クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2014.09.15_3

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kuriari

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【クリアリ】クリフトとアリーナの想いは Part13【アリクリ】
927 名前: 紡がれる愛 1/4 Mail: sage 投稿日: 2014/09/16(火) 22:43:35.93 ID: tIpaBg9U0

今からおよそ二十一年前。

国一番のおてんばと呼ばれ、天真爛漫さが魅力的だった王女アリーナ。
しかし、神官クリフトとの不本意な別離が尾を引き、心身ともに焦燥してしまう。

彼女がこの屋敷へ静養に訪れたのは、写真の日付からおよそ半年前。
体調の異変に気づいた当時の母と祖母が王女を問いただすと、
さすがに隠しきれないと観念したのか、これまでの経緯をすべて打ち明けた。
問診の結果、自分に起こった事実を知った彼女は、産むと言ってきかなかったという。

「生命を宿した喜びと失った悲しみの両方を知る私たちは、
 あの方の願いを拒むことなど到底できませんでした。同じ女でしたから」

祖母は二度の流産を経験し、難産の末に産まれたのが一人娘である今の母。
結婚して間もなく病を患った母は、授かった最初の子を諦めざるを得なかったそうだ。
二人は悩みに悩んだ末、この屋敷で密かに出産させることにした。
ただし、母親となる王女には非情ともいえる、三つの約束を守ることを条件に。

最初の一つは、出生の事実を誰にも告げないこと。
次の一つは、生まれる子と実の父となるクリフトとは絶対に会わせないこと。
そして最後の一つは、自分が生みの母だとは決して名乗らないこと。

彼女たちの準備は抜かりなかった。
心労で病に伏したという名目で、王女をこの屋敷に逗留させることにしたのだ。
この家の当主である父にも悟られないよう、秘密裏に事を進めてゆく。

それから半年後、玉のように元気な男児が産声を上げた。
髪の色は父親譲りの紺青だが、顔立ちは祖父である前国王によく似ていたという。
幸か不幸か、このことが出生の秘密を闇に埋もれさせる結果となった。

「あの方は、最後まで約束を守られました。実の子でありながら養子として引き取り、
 ここまで立派に育て上げられたのですから」
「では、私は…私の両親というのは――――」

「そうです。あなたはアリーナ様とクリフト様との間に生まれた子なのです」

その瞬間、青年の頬に一筋の涙が伝う。
喜怒哀楽のどれにも定まらない何かを乗せ、輝く水晶のように零れてゆく。
写真を見た時から、ある程度の覚悟はできたつもりだった。
なのに、いざ真実として告げられると、心の準備など実にあっけなく脆いものだ。

「どうして。どうしてもっと早く…」

本当のことを言ってくれなかったのか。
青年は目を見開いて唇をきつく噛み、立ちすくむ母の肩を強く揺さぶった。
なぜだ。どうして今なんだ。

あと数か月早ければ、実の息子として最期を看取ることができたのに。
もう数年早ければ、父の顔を一目でも見ることだってできたのに。
もし、もっと早ければ…両親を引き裂いた王家の決定をも覆してみせたのに――――

戻せない過去。消えない絶望。青年は自分の無力さを呪わずにはいられなかった。

「ごめんなさい。あなただけはどうしても守りたかった。アリーナ様も、私たちも」

堪え切れずに泣き崩れる母を目の当たりにし、青年は我へと返った。
泣かせてしまった罪責感が、激情の泥海に溺れる彼を引きずり出したのか。
つかんでいた肩から両手を離し、うつろな目で天井を仰ぐ。

祖母が亡くなり、実母である女王も逝去した今、出生の秘密を知るのは母だけとなった。
墓場まで持っていく覚悟で、孤高の番人となる道を選んだに違いない。
だが、生みの母さえ守り通した約束を、させた側から破棄させることになろうとは。
青年はこれ以上、己の心情を吐露する気にはなれなかった。

大人になったのだからと強がるつもりはない。
亡き両親への強い慕情や王家に対する憤りは、今もなお胸の中でくすぶっている。
でも、ここにいるたった一人の生き証人を責め立てるなんて、曲解もいいところだ。
一瞬とはいえ感情で我を忘れた自分を、青年は心の底から恥じていた。

「申し訳ありませんでした。母上のお気持ちも知らず、私は何ということを…」

乱暴に握り締めた両手をいたわりのそれへと替え、立ちすくんだ母を支える。
己のしでかした結果の重さに、今更ながら心が痛む。

母は涙痕が光る青年の頬を優しく撫で、嗚咽で嗄らした声を振り絞った。

「あなたは紛れもなく、お二人の真剣な愛情によってこの世に生を享けたのです。
 それを下劣な中傷や醜い政争などで…愛しいあなたを穢したくなかった」

確かに、それは理にはかなった正論だろう。
自分が女王の隠し子だとわかれば、この国に混乱をもたらすのは必至。
臣下との情事の末にもうけた忌むべき落胤として、存在すら危ぶまれた可能性もある。

子供の視点で考えれば、都合よい大人の言い訳に聞こえたに違いない。
しかし、国の統治者としての立場からすれば、十分納得に値する理由だった。

「九年間しか一緒にいなかったけれど、今でもあなたは私の大切な息子。
 許してほしいとは言わない。でも、どうかそれだけは…忘れないで……」

「お…かあ…さん――――」

青年は無意識のうちに、幼い頃の呼び名で母を呼んでいた。

最後にこの名で呼んだのは、住み慣れたこの屋敷を離れた日のこと。
別れが辛いと泣きわめく自分を落ち着かせるため、母が瞳を潤ませながら
根気強く抱き締めてくれたことを、今も鮮明に覚えている。

そして今、泣き崩れる老いた母を、瞳を赤く腫らした青年が優しく懐抱する。
身にまとう紅緋の衣装が、どちらのものともつかない涙で葡萄色へと染まってゆく。

許すも許さないもない。そもそも悪いことなど何一つないではないか。
もしすべてを嘘偽りと切り捨てれば、これまでの人生そのものを否定せねばならない。
自分は望まれて誕生し、大切に守られ育てられてきた。今はそれだけでいい。

「…今までお辛かったでしょう。母上の苦しみを、これからは私も一緒に背負っていきます」

自身には見えざるもの、母にとっては生涯囚われるはずだった秘密の呪縛。
これからは二人の両親と自らを繋ぐ絆として、大切にしていこう。
無理やり開けた禁断の宝箱。最後に残ったのは、自分に注がれた愛情という名の貴石。
真実の解明ばかりに気を取られ、危うく見失うところであった。

手にするまでの犠牲は大きかったが、青年は輝けるそれを自らの胸に収めることができた。
もうこれ以上、秘密が彼の心に揺るぎを与えることはないだろう。
その証拠に、使いから戻った途端、母と自分のただならぬ様子を案じる弟に対し、
臆することなく即興のおどけ芝居を打ったからだ。

「久しぶりに母上を独り占めしたくてね。お前が邪魔だったから、わざと使いに出したのさ」

思惑どおり、真に受けた弟が「心配して損した」と頬を膨らませたのは言うまでもない。


昨晩遅く城へと戻った青年は、翌朝から机に山積みの書類と悪戦苦闘していた。
ただでさえ多忙な公務に加え、昨日の無断外出がさらに拍車をかけた。
だが、今の彼に弱音を吐いている暇などない。
昨日の一件によって、最優先で進めるべき課題ができたからだ。

数日後、南東の孤島ゴットサイド修道院で、最高位の神官と握手を交わす新王の姿があった。
我が国の復興に貢献したクリフトを、彼の故国であるここサントハイムでも
丁重に弔いたい旨の親書を作成し、国王自らが赴いて届けたという。

当初は難色を示していたゴットサイド側だったが、度重なる交渉の結果、
通商協定の締結と遺品等の一部引き渡しを行うことで、双方が合意に至った。
私情だけではなく、国益をも考えた迅速かつ知略にとんだ行動。 
新王として初めて臨んだ外交は、不調が濃厚とされた下馬評を見事に覆したのである。

それからさらに数日後、遺品と遺髪の一部が使者を通じて青年に手渡された。
修道院の規定により、一度埋葬した遺骨の移動は認められなかったが、
これまた前例のない遺髪の返還には応じたことから、ある程度の譲歩は見せたのであろう。

亡き実父の生きた証は、誰にも邪魔をされずに拝見したい。
青年は生みの母である女王の部屋で、遺品と対面することにした。

小さな箱に入った遺髪は白い部分が多く、青年の髪の色と同じ紺青は時折交る程度。
存命ならまだ四十代後半だったはずなので、異国の地での苦労がうかがい知れる。
やりきれない思いが、またも青年の心の繊細な部分を疼かせた。

その他には、何冊かの書物と護身用にと携えていた奇跡の剣、
そしてクリフトがこの国を離れる際に着用していた衣装が納められていた。
二人で寄り添う写真の中で彼が身にまとった、あの深緑の法衣と帽子である。

至る所のほころびや破れの跡が、度重なる歴戦の結果を物語っている。
手先が相当器用だったらしく、簡単な縫い物なら難なくこなしたという。
かつての持ち主の人柄が偲ばれる一品を前に、青年は袖を通したい衝動に駆られた。

写真を参考にしながら、見様見真似で手際よく法衣を身につけてゆく。
不思議なことに、身の丈その他に一寸の狂いもなかった。
まるで誂えたての衣装を着たかのように、身体にしっくりとくるのが心地よい。

意外に苦戦したのが、縦長の帽子と背中へ袈裟懸けにした奇跡の剣。
慣れない重みに、青年は思わず身体の均衡を崩しそうになる。

気が付くと、肖像画の女王と鏡越しに目を合わせる形になっていた。
まるで自分のぶざまな姿を笑っているように見えたのは、単なる錯覚なのか。
気恥ずかしい面持ちで体勢を建て直し、鏡に映る肖像画の隣で直立する青年。
あの写真と同じ光景が再現されたような気がして、自然と彼の頬が緩んだ。

「“実母上”。近いうちに、私はお二人の子として“実父上”の遺髪を墓碑へ納めに参ります。
 代わりにこの装束は形見としていただきますが…よろしいですよね?」

笑みを浮かべる肖像画の主は、我が子の懇願に沈黙をもって応えた。

サントハイムの輝ける太陽として、凛々しく君臨し続けた女王アリーナ。
対してクリフトは、まばゆい陽光を包み込む蒼海のように穏やかな人物だったという。
二人が互いへの愛を犠牲にしてでも守りたかった、美しいこの国の大地を踏みしめる自分。
そんな自らにできること、すべきことの答えはもう決まっていた。

ここをもっと良い国にしよう。青年は胸に手を当て、肖像画の前で決意を固めた。
今はまだ非力ながらも、それぞれの地で静かに眠る二人への最大の親孝行になると信じて。

これ以後、長きにわたり善政が敷かれ、サントハイムは建国以来最大の繁栄を誇ることとなる。


( 完 )


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