クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2014.09.15_2

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kuriari

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【クリアリ】クリフトとアリーナの想いは Part13【アリクリ】
923 名前: 二 綻びゆく絲 1/3 Mail: sage 投稿日: 2014/09/15(月) 21:08:45.79 ID: KapdKcF70

あれからはや三月が過ぎた。

うだるような暑さが続く真夏の昼下がり。
連日の公務に忙殺される青年は、気晴らしに城の最上階へと足を運んだ。

彼が向かったのは、歴代の王に代々受け継がれてきた寝室。
豪華な額に飾られた先代女王の肖像画が、涼しげな笑顔で我が子を迎える。
即位十年の節目を記念に、絵心のある青年が半年をかけて描いた大作だ。

最初は「恥ずかしいから」とモデルになるのを固辞していた女王だったが、
完成した絵を見るや否や一目で気に入り、寝室に飾るよう指示したという。

出窓から吹き付ける涼風を受け、青年は亡き養母への思いを馳せる。
だが、彼がここを休息場所に選んだのは、単に感傷に浸るだけではなかった。

青年は懐から取り出した小さな鍵で、半月ぶりに引き出しの錠を開けた。
取り出したのは、生前の女王が密かにしたためていた日記。
処女王として世を去った彼女が、唯一愛した男性との出会いから、
身を引き裂かれる思いで決意した別離、その後の変わらぬ想いが記されている。

手つかずの日記を前に、青年はほっと安堵の胸をなでおろす。
間に合ってよかった。他の誰かに見られたら大変どころの騒ぎではない。

偉大な主を失ったこの一室は、新王である青年が使うことになり、
明日から外観および内部の改装に取り掛かることになっている。
万が一日記の内容が世に漏れれば、世界を揺るがす醜聞になるのは必至。
この国の名誉…いや、彼が一番守りたかったのは、気高き女王のそれなのかもしれない。

青年は日記に挟まれた写真を取り出し、目を細めて写真を眺める。
若き日の女王と、その隣で笑みを浮かべる端正な顔の男性。
互いに想い合うも、添い遂げることなく散った二人の愛が、この中では輝き続けている。
青年は写真を見るたび、胸を締め付けられずにはいられなかった。

二人の笑顔が滲み始めたのに気づき、そっと目頭を押さえた青年。
指のすき間から零れ落ちた哀情の欠片が、開いたままの日記へと音を立てて落下した。

(いけない!養母上の大事な日記が―――)

水濡れの痕が残らないよう、青年は慌てて拭った。
幸いにも跡は残らずにすんだが、手に残るかすかな感触が気にかかる。
もう一度撫でてみると、些細な疑問は強い確証へと変換された。

表紙と接着部分の見返しに、何かの細工が施されているようだ。
大切な日記を破損させないよう、青年は慎重にそれを裂いてゆく。
取り出されたのは灰白色の封筒。はやる気持ちを抑え、青年は中身を取り出す。
そこにはまたも、一枚の色褪せた写真が。

青年の目に留まったのは、鮮やかな樺色の巻き毛を無造作に束ね、
生まれて間もない赤子を胸に抱く女王の姿だった。
威厳に満ちた名君の姿とは対照的に、まるで地母神のごとく慈愛あふれる表情。

幾度となく手に取って眺めたのだろうか。写真の状態はあまり良くなかった。
裏面に目をやると、右下に日付と場所が小さく記されていた。

(二十年前、先月の末日。南の屋敷にて、か――――)

どこか見覚えのある場所もさることながら、気になるのは記された日時。
そう、彼がこの世に産声を上げた日から、わずか五日後だったのだ。

青年はふと、ある昔のうわさ話を思い出した。

彼には弟が一人いる。養子として迎えるならば、本来なら末子、
あるいは次子以降から選ばれるべきはずが、なぜ長子である自分が抜擢されたのか。
当初は城の内外で物議を醸したが、彼がよき後継者として成長するにつれ、
その資質を見出した女王の名声の一つへと、いつしかすり替わっていった。

抱かれた乳飲み児。背景に映る古ぼけた家具や装飾品。
あらゆる疑念や憶測は、激浪となって青年の心をこれでもかと揺さぶった。

たゆたう心を払拭できないまま、謁見の間へと戻った青年。
玉座には腰を掛けるものの、放たれた衝動の篝火は勢いを増すばかりだ。

「大臣!すまないが所用で出かける。悪いがあとを頼む」
「へ、陛下!急にどちらへ!?」

周囲の者が止める間もなく、青年は緊急用のキメラの翼を携えてその場を立ち去った。

またも城を飛び出されるとは、ますます先代の陛下のようになられて。
偉大な大叔父であった亡き宮廷魔術師のように、自分も主君に振り回される運命なのか。
空白の玉座の傍らで嘆く初老の紳士は、ため息とともに力なく肩を落とすのだった。


サントハイム大陸の東北部に位置するのどかな町、フレノール。
この町の南には、廃業した道具屋を改装して建てられた屋敷がある。
九歳まで青年が過ごした、赤い屋根が良く目立つ懐かしい我が家。
ここを訪れるのは実に三年ぶり。王位を継承してしてからは初めてとなる。

頑丈な門扉の前で、青年はしばらく黙ったまま立ち尽くしていた。
今の私は一体どちらなのだろう。故郷に戻りし息子か、それともこの国の新王か。
自分の立場が定まらないまま、無駄な時間だけが過ぎていく。

「兄上っ!」

二階の窓から声をかけてきたのは、青年の六つ違いの弟だった。
丸みを帯びた幼顔は、いつしか父譲りの精悍な顔立ちになっていた。
重々しい扉を勢いよく開けた弟は、無邪気に青年の腕へとしがみつく。
以前は肩にすら届かなかった彼の背丈は、今や長身の兄と頭一つほどの差だ。

「元気そうだな。お前、また背が伸びたんじゃないか?」
「はい。このままだともうすぐ兄上を追い越しますね」
「こいつ、生意気だぞ!」

大人ぶる弟の髪をくしゃくしゃとかき回し、青年は久方ぶりに大声で笑った。
国中の期待を一身に背負う為政者としての葛藤など、もはや存在しなかった。
国王という重厚な鎧をいとも簡単に脱ぎ捨てられる、大切な場所――――
あれほど自分に重くのしかかっていた重圧感が、実に他愛もなく思えた。


「一体どうしたというのです、騒々しい。……まあ!いつこちらに?」

外の騒ぎを聞きつけた壮年の女性が、何事かと駆け寄ってきた。
柔和な笑顔で迎えるその女性は青年の生母。先々代国王の弟の一人娘であり、
現在は侯爵家として、ここフレノールを統治する権限を与えられている。

彼女の夫、すなわち青年と弟の父は、戴冠式の一昨日に突然の病で急逝し、
喪に服した侯爵家は、戴冠式への出席を辞退せざるを得なかった。
それゆえ、青年は三年ぶりに家族との対面を果たしたことになる。

「ご無沙汰しております。母上」
「陛下。この度はご即位おめでとうございます。戴冠式への不参、この場を借りてお詫び申し上げます」

「私こそ、慣例とはいえ父上の葬儀に参列がかなわず、ご無礼いたしました。
 ……さあ、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう!ここでの私は母上の息子ですから」

青年は母の小さな背中に手を当て、予期せぬ再会に涙ぐむ彼女の身体を引き寄せた。

父への墓参を済ませ、三人は家族水入らずの談笑に花を咲かせる。
亡き父との思い出や幼い頃の兄弟げんか等、話題が尽きることはなかった。
しかし、青年が一枚の写真を見せた瞬間、安らぎのひと時は終焉の時を迎える。

「あなた、どこで…それを……」

白い肌に染まる薔薇色の頬が、一瞬にして血の気を失ってゆく。
いつも笑顔を絶やさない母が初めて見せた、計り知れない絶望と虚脱感。

真実を求めてこじ開けた箱のはずが、最初の宝物は底の見えない後悔。
言葉を失った青年は、ただ黙って見ていることしかできなかった。
嵐の前の静けさにも似た沈黙が、母と自分の間で滔々と流れゆく。

青年は思案した。弟は先ほど使いに出したので、しばらくは戻らないはずだ。
自分を強く慕う彼には辛い現実になるであろう、これからの話は聞かせたくない。
純朴な弟の心情をおもんばかる兄の、精一杯の計らいだった。

「これは生まれて間もないあなたと、当時王女だった…アリーナ様です」

次の一手を打ったのは、青年ではなく母の方からであった。

差し出された写真を青年から受け取り、写真の主に「ごめんなさい」と小さく呟く。
そして、震える身体を深呼吸で整え、閉ざしていた口を少しずつ開き始めた。

(三 紡がれる愛 に続く)


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