クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2003.05.09

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いは
809 :名前が無い@ただの名無しのようだ:03/05/09 21:09 ID:MI9isdmO

 その日は朝から何故か腹部がしくしくと痛んだ。それでもいつものように朝食を食べ、今日は勇者を相手に稽古を取って(マーニャ以外の相手にはここしばらく負け無しだった。開始直後のメラゾーマで不覚を取ったその朝、この辺でその鼻へし折っとかないとアンタどんどん調子に乗るからね、と彼女は欠伸をしながら寝床へ戻っていった)、勇者を引っ張るようにして旅の歩みを進めた。痛みの理由が分かったのはもう日も暮れ、今日の寝床を探そうかという時だった。薄暗がりの中から現れた魔物の群を文字通り一蹴し、ふうと息をついて皆の方を振り返った。

「アリーナ」
 マーニャが眉をひそめて、太ももの、露出した褐色の肌がなめらかな曲線を描いている辺りをとんとんと指で叩くのでアリーナは下方に目をやった。
 濃い色のストッキングで目立たないが、赤い染みが確かに広がっている。一度気づけば、もっと奥の部分のぬるりとした感触も明らかに感じられるのだった。
 ・・・ああ、また。
 アリーナはマーニャにひらと手を振って馬車を目指した。そこには彼女の分身の、占い師がいる。

「ミネア」
 果たしてミネアは馬車の中、戦いから戻ったライアンに回復魔法をかけていた。顔を上げたミネアは(こうして見ると姉妹同士本当によく似ている)、無骨な戦士の手前どうにも言葉の続きを出せないでいるアリーナを見ると心得顔で、ごめんなさいちょっと待ってて、と微笑んだ。その対応の仕方にかすかな安堵を覚え、アリーナも曖昧な笑顔で返事をした。
 脚がこんなことになっている以上、ぺたりと座り込むわけにもいかない。ぎこちない動きで足を上げ、床に上がると隅の方で所在無さげに棒と立つことになる。馬車の天井は低く、一行ではブライの次に背の低いアリーナでも帽子を被ればわずかに前傾姿勢を取らざるを得なくなる。下腹部に気を使いながら、アリーナは壁にもたれた。それにしても、こんなになるまで気づかなかった辺りなんとかならなかった
ものか。鬱々と考えているうちに妙な形に口を曲げているアリーナを見て、ミネアがくすりと笑った。

 ライアンがそそくさと馬車を出て行ったのは、女二人の微妙な空気に居辛さを感じたのだろう。その背中を苦笑して見送った後、さて、とミネアは荷袋の口を開けた。アリーナはおずおずと彼女の方に歩み寄るが、その動きも油の切れた機械のようである。
「次の街では買い足さなければね」
言いながら、ミネアは袋の奥から目的のものを取り出した。はいと渡されてアリーナは萎縮する。赤の染みを初めて見たのは3年前。
普通の事だと城の者には教わった。ミネアもマーニャも、何をそんなに嫌な顔をするのだと言う。一方で、処理に必要なものも自分で持っておけ、それならそんな顔をして受け取ることもないだろうとも。しかし何故だか、いやそのわけは自分で先刻承知済みではあるが、その白いふわふわしたものを手元に置いておくのは気が咎めたのだった。

ありがとうと小さな声で言って、アリーナは外へ出た。白いものは服の下に隠して、仲間に見られず事を済ませられる場所を探した。ストッキングも、後で替えなければ。意識するほどにぬめぬめと現実味を帯びてくる感触に、アリーナはひどく惨めな気分になった。

次の朝には、腹部の痛みは重しとなって腹部に響いた。クリフトに肩を叩かれても、ミネアに揺すられても、トルネコのくだらないダジャレで一行全員が固まってしまってもアリーナは起き上がらなかった。毎年痛みが酷くなってくるのよねとぼやいていたのはマーニャだったか。でもそれなら、もう少し段階を踏んで酷くなってくれればいいのにこの突然の鈍痛は。
結局、アリーナ抜きいう珍しい状態で一行が移動を始めた馬車の中、アリーナは毛布にきつくくるまり痛みに耐えた。

これは女だけにある現象なのだという。子供を生むための準備なのだと。いつ生まれてくるか分からない子供のために、一月毎にこんな不快に耐えなければならないとは、子供を生むとはそんなに価値のあることなのだろうか。男ってずるい。自分は痛い思いなんてしないんでしょう?せっくすとかいうものの時だって、痛いのは女だけで、男は自分だけで気持ちよくなれるんだって、そんな私はせっくすなんてしないけれど、絶対しないけれど、何だかすごく不公平な感じがしてならない。それに、そうそれだけじゃなくて、身体のつくりだって。
そう、身体だって。つまりはそこなのだ。
クリフトだって。

 夕方ミネアが作ってくれた飲み物は温かく甘い味がして、茶渋に満ちたような身体をよくほぐしてくれた。おそらく一向に回復の兆しを見せないアリーナを見かねて、なにがしかの薬草を使って淹れてくれたのだろう。ようやく食事が出来る程度に回復したのは一行が既に野営の準備に入った頃だった。身体を起こすと腰骨がきしんで、アリーナは顔をしかめた。どうやら今日は魔物のパレードだったらしい。馬車からのそりと顔を出したアリーナを見て、随分と泥にまみれた面々が一斉に振り向いた。
「あ・・・ごめん」
 不可視の力に押し戻されるように身を引いたアリーナに、各々慌てて場を取り繕う。真っ先に駆け寄って来たのはクリフトである。

 アリーナ様、アリーナ様御身体の方は大丈夫なのですか申し訳御座いませんこのクリフト、本来ならば何をおいても姫様の御傍に控え御身体の御具合を考えなければならなかったところをおめおめと醜態を晒し、いやそんな賤身の言い訳よりも姫様御身体の御具合は、なんと下半身の鈍痛でいらっしゃる、ならば遅ればせながらこのクリフトめが今すぐ薬を、はあ、ミネアさんが、しかし姫様、急いては事を仕損ずるいやいや用心に越したことなし怖れながら・・・
「大丈夫だから、心配しないで」

 軽い頭痛を覚えてアリーナは言った。そんな事を言って、クリフトは何も分かっていないのだ。今のアリーナの状態にしたって、風邪か何かとでも考えているに違いない。風邪でこの状態ならそりゃあさぞかし重い風邪でしょうよ。それにクリフトには、結局私の痛みなんて分かるはずがないんだから。男のクリフトには。
 そうですか、と言ってクリフトは引き下がった。さっきまでの勢いはどこへやら、しゅんと頭を垂れてぐちぐちと焚き火をつつき始める。頭痛は治まりそうになかった。

 風に当たってくると言ってアリーナは馬車を離れた。頭は今や鐘になったようで、しかも鐘は火事だか何だかとにかく危険らしきものを知らせているらしく内側からがんがんと力任せに叩かれている。ひとつの原因は下腹部の痛み。
もうひとつは脚の付け根の生暖かいぬめり。最後はさっきから後ろにくっついて来るクリフトである。
「姫様」
 足元は膝まである硬い植物で覆われていて、寝起きの格好のまま足早に歩を進めるアリーナのふくらはぎに引っ掛かっては赤い爪あとを残していく。そのまま行くと崖だから気をつけてと勇者が言っていた。走っていってまっすぐ落ちればこの痛みもなくなるだろうか?

「姫様」
 それもできない。クリフトが後ろにいるから。このまま進めばこの男はやがて姫様そっちは崖ですよ落ちるんですよとか分かりきった事をぐだぐだと述べて、ああそうクリフトだ。全部クリフトが悪いんだ。クリフトは小さい頃からずっと私にくっついてきて、その頃から私より背が高くて、でもそれはクリフトのほうがふたつも年が上だからだと思っていたのに、いつか追いつけると思っていたのに、そう喧嘩になれば私の方が昔から一度も負けたことなかったけど(だってクリフトってば一発で泣いちゃうんだもん)、背丈とか手の大きさとかだけはずっと私が負けたまんまで、私の方が強いのに私の方が小さくて、それは姫様が女性で私が男だからですよなんて笑って言って、私の方が強いのに、私が男だったら絶対クリフトより大きいのに、クリフトなんて私よりよっぽど女っぽいんだから私が男でクリフトが女だったら良かったんだわ。

それなら何も問題無かったし、こんな痛い思いしなくても良かったし、きっともっともっと強くなれたし、そりゃあ今だってこのパーティーじゃ私に勝てる奴なんていないけど(マーニャのあれは不意打ち)、でもきっと、もっと、もっと。
「姫・・・」
「うるさいっ!」
 小さな風が起きる程の勢いで振り返り、アリーナは一喝した。クリフトはびくりと身体を震わせたが、一瞬目を閉じて(どうやら心を落ち着けようとしたのだろう)姿勢を正すとアリーナに一歩歩み寄った。
「そちらは崖です、落ちたら怪我ではすみませんよ」
 アリーナはため息をついた。頭の鐘は、もうひび割れそうになりながらひたすらがなりたてている。
「そんなことしない」
「脚も傷だらけになってしまわれて・・・アリーナ様も女性なんですから、」

 もっとご自分の御身体を大切に、と続くはずだった言葉は口から出なかった。
本日初めてのアリーナの回し蹴りは、がんがんと鳴り響く頭痛にも影響されること無く的確にクリフトの脇腹を捉えた。不意打ちを食らったクリフトは、受身も取れずに背中を強打して転がった。そのままうずくまって呻き声を漏らす。醜い。
アリーナは心中でそう吐き捨てて、未だ悶絶しているクリフトにつかつかと歩み寄った。
 私の方が、もっと。
「立って」
 冷たく言い放つと、クリフトはよろよろと立ち上がり、痩せた身体を折り屈めてアリーナを見た。
「だったら私は男でいいわ。クリフトが女になればいいじゃない」
「姫・・・」
「女だってベホマもスクルトも唱えられるし、剣だって使えるでしょう?別に男でなくてもいいよね」
 脇腹を押さえるクリフトの左手を取り、その手首をあらん限りの力を込めて握り締める。痛みにきっと叫び声を上げるだろうと思われたクリフトは、しかし口の形のみをひめ、と僅かに動かしただけで何も言わなかった。

「男じゃなくても、いいでしょう?いらないでしょう?ちゃんと使えやしないでしょう?男の、」
 私だって。
「身体」
きっと。
「いらないなら、私にくれればいいじゃない。使えないなら、私ならもっとずっと有効に使ってあげられるのに、代わりに私の身体をあげる。クリフトにあげる、あげる、こんな、」
 握った手を、アリーナは自分の乳房に導いて乱暴に押し付けた。今度こそ、クリフトは呻き声を上げた。それは痛みによるものではなかったが、そんなことはどうでも良かった。
「こんな身体、あげるからねえ、私に、その身体を、ちょうだいよ・・・」

 抱いてとアリーナは言った。どう言えば良いのか知らなかったから、多分伝わるだろうと思った言葉を吐き出した。クリフトは小さく身体を震わせ、アリーナの乳房に押し当てられた手を引き戻そうとしたが、アリーナがそれを許さなかった。
ひめ、さま。
クリフトの上ずった声を遠く聞く。アリーナの頭痛はもう痛みを越えて、吹きすさぶ風のような一連の音となって頭蓋骨から項を渡り、指先までを痺れさせていた。その痺れは指が掴むクリフトの手首に行き着いて、発光すらしそうな熱となって放出されていた。
アリーナは掴んだクリフトの手をぐいと引いて、自分の身体もろとも木の根元に倒れこんだ。もう一度、同じ言葉を。クリフトがふるふると首を横に振るが、構うものか。世間では、男はこうなったら激情に負けて突っ走ってしまうということだから、別にそれで構わない。

 己ではそうと知らずに眉を歪めて、抱いてよともう一度。今度は強く。自分の上に被さって、いつの間にやら昇っていた月を背後に負ったクリフトの瞳を射抜くように見る。いつもの神官帽は取ってやった。ベルトも外してやらねば駄目だろうか?情けない。
 世間では、こうゆう行為の事を交わるとか、ひとつになるとかゆうのだと聞く。それなら、交わってひとつに溶けた魂が、またふたつに分かれる時、強く願えば帰り道を外れて、相手の身体に入ることも可能ではないか?情事とそれに続く眠りの後、目覚めたら目の前に自分がいて、そういう自分の心はクリフトの身体の中にある・・・そんな馬鹿げた絵が、今のアリーナにはある程度以上の真実味を帯びて語りかけてくるのだ。
 ふうと息をついて目を閉じた瞬間、強い力で身体を引き起こされた。
 同時に意識も現実へ引き戻され、きょとんとクリフトを見つめてしまう。月の光に揺らいでいたはずのクリフトの眼は、迷いを残しながらも力をもってアリーナを捉えていた。

「あ、アリーナ様は、ご自分が女性であられることに、苦痛を感じておいでですか」
 毅然とした口調になるよう努めているのだろうが、どうにも吃ってしまう。
アリーナは半ば反射的にこくりと頷いた。クリフトの眉がきゅっと歪んだ。
「しかし、しかし私は、こう思います。アリーナ様が、女性でありながら男にも勝る類稀な才を神からお授かりになってお生まれになったのは、きっと何かの意味のあることだと。同じく、私が男であり、マーニャさんやミネアさんが女性であることにもです」
 アリーナの肩を掴んで支えるその手が、ぶるぶると震えている。
「アリーナ様は確かに、女性であられることに不便を感じていらっしゃるようです。ですがきっと、それは、なんと言うか、間違いではありませんが、その」
「間違・・・」
 自分の苦痛を否定する言葉に反応しかけたアリーナの唇を、クリフトは口付けで塞いだ。やがて離れたその頬が赤く燃えているのは、月明かりに照らされてはっきり浮かび上がってしまっていた。

「ア、あアリーナ様」
 吃りがさっきより酷くなっている。
「お男と女は、こうゆう風にするものです。ささ先ほどアリーナ様が私に命じられたようなことも、するものです。あ、いや、お女同士とか男同士とかそういったことは、また個人の自由ではありますが」
 今そんなことはどうでもいいだろうというような事を、クリフトはしどろもどろになって言い繕っている。半ば放心しながらそれを客観的に観察して、クリフトらしいと苦笑する自分をアリーナは自覚していた。
「ですからええと、私は、アリーナ様が、自分が女性であられることを良かったと、少しでも、か感じていただければと思います。そのために、男である私が、・・・助けになれるのなら」
最後の言葉はほとんど聞き取れなかった。
「・・・クリフト」
「は、はい?」
「何言ってるのかよくわからない」
 一気に脱力したように見えたクリフトの髪にアリーナは手をやった。昼間の戦いで、随分苦労したのだろう。泥と、血にまみれている。頬も、顎も、首も。疲労はほぼ極限に達していた。それはクリフトも同じではないだろうか。それでも、アリーナは笑顔を向けた。多分、泣き顔のように見えただろう。
「でも、わかったことにする。するから」

 女であることが嫌だった。それは駄目だとクリフトは言う。クリフトとこんな風になることを望んではいなかった。
 けれど、クリフトはとても優しいので。
 彼女の名を呼ぶので。
 クリフトの手や、服や、全てがみるみる赤く染まっていくのを見てアリーナは泣いた。流れて落ちる涙をせき止めるために、必死でクリフトの身体にしがみつかねばならなかった。自分より一回り大きな手のひらが髪を梳く。
 涙はどうしても止まらなかった。
 クリフトが、彼女の名を呼ぶので。何度も。
 何度も。

 ぐったりと横たわった身体で、アリーナは仰向けに空を仰いでいた。月の光が照らすのは彼女自身である。結局、魂は入れ代わったりなどしなかった。アリーナはアリーナのままで、何も変わりはしなかった。
横ではクリフトが、じっと眼を閉じている。寝ているわけではなさそうだ。
脚に絡みつくどろどろとしたものは、きっと目にすれば赤いのだろう。起き上がってなんとかしなければと思いはしたが、不思議と不快感は無かった。頭の中で唸っていた風は、いつしか静かになっている。

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