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獣貌の鉄

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ParaBellum

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目を閉じ、息を落ち着ける度に、体の奥底からの震えに胸を乱す。
狭いコクピットの中で、ラカは操縦桿を握り締めては、また離す。
感応装置は視覚、聴覚ともに落としてあるが、観衆の騒乱は機体を揺らして、振動となって伝う。
沈黙したコンソールには、無機質な数字のカウントダウンだけが浮かんでいた。目をやって、ラカは独りごちる。
「後、五分。後生の猶予にしては、少しばかり短すぎるな」
ラカは操者として、新米ではない。だが試合を目前にして、ラカは震えていた。
初めてフィールドに出る時の、尻の穴から脳天までを突き抜ける冷たさを、久しぶりに思い出す。
開始四分前を数字が告げ、停止していた感応装置が再びリンクする。鉄の塀で囲われた、広い闘技場が目に映る。
高い塀の上では無数の観客が、思い思いの罵詈を叫んでいた。闘技場の中、遠く映るのは現在首位《暴威》ゴルト。鉄と油の覇者が駆る機体。
それはラカにとって、鉄貌の怪物に相違なかった。

ゴルトに対した相手の死亡率は、極めて高い。試合とは名ばかりの、兵器を使った殺し合いである以上、もとより敗者の死亡率は高い。しかしその中でも、ゴルトは群を抜いていた。
そのために《暴威》などという喧伝文句が付けられるようになったが、その本質は残虐性によるものではなく、観客へ向けてのパフォーマンスでもない。
勝利への道理に根ざしたものである。
闘技場のルールは降伏か、戦闘不能。
だが機体規格の統一が図られていない為、一見戦闘続行不可能に見える機体が、油断を招いての搦め手、あるいは起死回生の一撃によって勝利を得ることが、稀にではあるが発生する。
それは油断をしなければ防げる、ほんの僅かな可能性。だが、ゴルトは相手の機体を執拗に攻撃し、破壊する。異常なまでの、敗北への忌避。

鉄片混じりの、黄色い砂地にゴルトの機体は立っていた。二足の機体だが、そのフォルムは人型には程遠い。巨躯の獣が、背骨を歪に曲げて立っている様に近かった。
武装は四門。右肩の擲弾砲。左肩の野戦砲。右腕のレールガン。そして左腕の重ガトリング。対してラカの機体は、標準的な人型のフォルムに、右腕に取り付けたブレード、それに両手で抱えたショットガンのみ。
ゴルトとラカの機体を比して、ラカは武装の射程、そして火力では劣るが速度、小回りに大きく勝る。速度で翻弄し、相手の装甲を削っていくというのがラカの主な戦法になる。それは重鈍な相手に対しての、一つの定石ではある。
ともあれ射程で劣る以上、まずは初撃を避けなければ、そこで試合は終わるだろう。

開始を告げるサイレンが、鳴る。直前、フットペダルは既に踏み込んでいた。サイレンと同時に、限界まで脚部ブーストを吹かして駆ける。
瞬間に二本の光条が疾った。野戦砲からの一本は、胸部のすぐ脇を抜ける。弾筋の描く太い光線は、その威力をうかがわせた。
冷や汗をかく間もなく、次弾が機体の近くに着弾し、炸裂した。轟音と、衝撃がラカを襲う。
無数の破片と爆風が機体を破損させていくが、その脅威は威力ではない。
無視できないダメージではあるが、致命的なものではない。この状況での脅威は、動きが制限される事にある。
二つの砲撃に間を置いて、右腕の三ツ爪がラカに狙いを定めていた。
迸る青電光が、死圏を告げている。ゴルトの強さは機体の火力ではなく、その砲撃の精度にある。
レールガンの一撃は正鵠にコックピットを射抜き、容易くラカを消し飛ばすだろう。
爆風を受けてバランスを崩した機体を、爆風と同じ方向に加速することで立て直した。
そして間髪入れずに、強引に加速方向を変える。起点にした左足のフレームが歪む感触も、気に掛ける余裕は無い。
機体がVの字の、乱雑な軌跡を描く。突然の急制動に、吸収しきれ無かったGがラカの体を圧し潰した。肋骨が軋み、肺から漏れた息が奇妙な音を鳴らす。
だが歯を食いしばり、尚も加速をかける。万に一つの勝機があろうと、少なくともこの間合いにはない。
近距離、あるいは至近へと飛び込まなければ。レールガンの一撃が腹部を貫通し、抜ける。

汗を拭う暇にも満たないが、相手が次弾を打ち込むまでの隙に肉薄する。
ガトリングの銃身が回転を始める。しかしそれは、既にラカの射程圏内に入ったという事でもある。
ガトリングと向きあう様にして、ショットガンを構える。狙う先は、右腕のレールガン。真っ向から撃ち合えば、幾許もなく肉片と鉄屑になるのは想像に難くない。
けれども、致命的な損傷さえ避ければ後は構わない。ならば、相手の武装を減らせばいい。破壊には至らないものの、放った散弾の衝撃でレールガンは照準を逸らした。
不運にも銃身は観客席を向き、一角の数十人が消失し、数百人が肉片になった。しかしその様な結果に気をやるだけの余裕はラカには無く、あったとしても些事に過ぎない。
限界まで加速度を上げる。ガトリングの弾が機体を穿ち削るが、瞬時に戦闘不能へ至りはしない。
再び肩口の二門の砲塔が火を吹くが、近距離では身を屈めているだけで射角の外へ逃れられる。
白く霞む視界で、加速度的に大きくなる敵機の輪郭が、彼我の距離が望む間合いに届いた事を告げた。
長大な砲身を持つ肩部武装は、懐に潜りさえすれば完全に無力化されたと認識していい。左腕を付き出して、体をかばうようにしてゴルトへと突っ込む。
相対する距離はもはやゼロに近い。再度、ショットガンを相手の右腕めがけて放つと、手放す。レールガンが明後日の方向に放たれた。再充填までの時間は、もう与えない。
左腕をガトリングの銃口にかざす。左腕が削れて砕け、捻れていくが、盾としては十分。後、一動作。エーテル刃を展開し、胸部装甲の奥、コックピットに向けて、殴りつけるように腕を突き出す。
そして、一つの疑問がラカの脳裏をよぎる。
ゴルトに対して相性の悪い武器である、ショットガンが囮である事は相手も端から見抜いているだろう。
ブレードの一撃こそが本命であることは予測されているはず。そして、四門の武装全てが無力化する至近距離は、ゴルトにとって何より忌避すべきものだ。
しかし、容易く届いた。確かにラカは死に物狂いで、この闘技場にあってトップクラスの動きを見せた。
だがそれだけで届くものなら、ゴルトはかくも長くこの闘技場に君臨してはいない。時が停滞し、思考だけが上滑りする感覚。
その正体を把握しあぐねるラカの目前に、敵機の背部からマニピュレータが展開される。それが違和感の答え。格納腕に装着されていたのは、長大な鋸剣。
つまり、この状況は、誘われたもの。
ラカは虎口に飛び込む鼠の如くの、道化。青く帯光している刀身が、引き絞られた叫びのような駆動音をあげる。
右手のブレードは、既に胸の装甲に迫っている。あと僅かで、エーテル刃は胸装甲を貫き、コックピットにいる操者を消し飛ばせる。
敵の武装が四門ともに無力化された間合いで、先制すらも取った。だが、勝利には足らない。
ラカの刃が装甲を溶かし貫く間に、ゴルトの鋸剣は機体ごとラカを両断するだろう。
死と敗北の目前、積層装甲が薄皮同様に裂かれていく中で、しかしラカは笑った。
極限まで高まった昂ぶりと恐怖の綯交ぜになった、凄惨な笑み。
笑って、最後の一手を放つ。
起死回生の一手ではない。端からこの手に賭けていた。隠伏の奇撃にして、必壊の一撃でなければこの怪物に届かない事は、既に知っている。

右腕が、爆ぜた。
肘を起点とする、指向性を持った爆発。肘から先の腕は弾丸の如く、ゴルトの装甲に喰らいつく。
腕はその半ばまでもめり込んだが、致命的な損傷ではない。だが同時に、広げられた掌には孔が一つ。
千切れた腕が、再度爆ぜた。衝撃吸収を度外視した威力で、内蔵パイルバンカーの杭が装甲を食い破る。
鼠の口中の獅子の牙、抱えた奇策は諸刃の愚策。
ラカは右腕の装甲、パイルバンカーを除いた駆動機構を犠牲にして、流体エーテルのカートリッジを限界まで搭載していた。
敵弾がどれか一つでも右腕装甲を貫通し、カートリッジに被弾していたら、右の半身が弾け飛び、滑稽な敗北を抱えながら惨めに死んでいただろう。
そして、カートリッジの役割は三つ。まず、腕を分離させる事。次いでパイルバンカーの炸薬。最後の一つは――
一拍おいて、腕が炸裂する。腕を一つの弾頭とした、規格外の爆発。
エネルギー効率は、兵器としては劣悪に過ぎるが、力の筋道を与えてやれば支障はない。装装甲内で起きた爆発は、二つの方向に力を収束させる。
装甲に穿たれた大穴と、杭の穿つ先、ゴルトの座すコックピットへと。轟音を立てて、機体胸部から光柱が放たれる。
めり込んでいた腕は、内側からの爆発で、跡形も無く消し飛んだ。
その裏側、僅かにコックピットへと届いた亀裂から迸る光に灼かれて、ゴルトは蒸発した。
ラカの機体は、爆風の衝撃に吹き飛ばされる。激しく揺さぶられるコックピットの中で、ラカの意識は途切れた。
機体はしばらく転がった後、地面に伏した。左肩半ばにまで食い込んでいた鋸剣のせいで、左腕は肩口から千切れていた。
対して主を失った敵機は、ゆらりと、仰向けに倒れる。敵を見失った鋸剣が、尚も地面をガリガリと削っていた。

鈍痛に、ラカの意識は覚醒する。モニターに映るのは一面の空。
ラカは機体を操作して起き上がろうとするが、コックピットが揺れるだけでどうにも上手くいかない。ハッチを開けて、外に這いずり出る。
見えたのは、二つの鉄屑。胸に大穴を開けて倒れた機体と、両腕をもがれて、無数の孔が穿たれた機体。
それから鉄の灼ける匂い。音は、何も聞こえない。
観客は、誰も予想していなかった帰結に、息を呑んでいた。数秒をおいて、ラカは状況を理解する。
熱に燻った意識で、拳をふりあげて勝鬨を叫ぶ。痛い程の静寂は、その動作で爆発的な熱狂に裏返った。

観客の、そして自分の予想すら裏切ってゴルトを殺し、得たもの。
それは金であり、地位であり、栄誉。そしてもっと原始的なもの。
鋳鉄を喉奥に流しこまれるような、ひどく純粋で、暴力的な歓び。自分の心が、許容を超えた熱に容易くひしゃげる感触がした。

一つの確信があった。この喜悦を舐めた自分は、もう引き返す事はないと。
癒えない飢えが、他の、従来持っていた全ての価値観を追いやって、満ちていく。
強者を続けるための、勝利への絶対の希求。
これから先、飽くことのない渇望に、此の上無い充足を見るだろう。
末路は既に見えている。白く濁る視界の隅に打ち捨てられた、血と肉に汚れた鉄屑。
それはゴルトの残骸であり、ラカの未来視。

試合の終わりを告げるサイレンは、血と鉄の祝いを込めて鳴り響く。
何の事もありはしない、狂気は勝者に継がれたのだから。


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