創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第8話 ブレイカー

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sousakurobo

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―――――――大いなる力には、大いなる代償が伴う。それを受け居られらぬ者に、力を得る資格は無い――――――――――


未だに凄惨な現場である校庭と学校周辺で、救急隊員達が必死に救援活動を行う。重傷者や軽傷者含め、怪我人は大体収容した。
デストラウによって命を奪われた、学生や教職員達の死体を隠すブルーシートがそこらじゅうに引かれている光景は異様であると共に悲痛感を感じさせる。
氷室も草川も軽傷ではあるが怪我をしている為、現在救急車に乗り病院へと向かっている。

「雨……降ってきそうだ」
何気なく窓を覗いた草川が、空を見上げてポツリと呟いた。氷室はじっと目を閉じて、祈るように両手を合わせる。
あれから幾度か救急隊員に聞いたが、結局木原の安否を知る事は出来なかった。そして隆昭とメルフィーの安否も。
ポツポツと雨が一粒、二粒と降り出し始め――――やがてバケツをひっくり返した様な激しい土砂降りと化した。雨音を聞きながら、氷室は願う。

(神様……もし貴方がほんとうにいらっしゃるのであれば、どうか……私達に救いを与えて下さい)

『ヴィルティック・シャッフル』

第8話
ブレイカ―

俺は……悪夢でも見てるのだろうか。さっき、確かに俺はこの目でデストラウが機能を停止するのを見た。奴は確かに、ヴィルティックランサーの直撃を受けて沈んだ筈なんだ。
だが今、目の前で、その倒した筈のデストラウが地面に両足を着いて立っている。それも、致命傷である筈の箇所が完全に元の状態に戻って。戻ってじゃない。再生してだ。
俺の認識を遥かに超える程の化け物だってのか……。笑える場面じゃないのに、余りの無茶苦茶さに俺の口元から乾いた笑いがこぼれた。
悪い事はそれだけじゃない。奴の右手には、このヴィルティックの左肩を動けなくする程の威力がある大剣が握られている。あんなので斬られたら一巻の終わりだぜ……。

対してこちらはどうだ。左腕が損傷が激しい為か、全く動かない上に、ヴィルティックが普通の状態よりずっとパワーダウンしてるとか何の冗談だ。
球体を握っていると分かる。妙に感覚が可笑しい。ヴァースト状態からの反動かは知らんが、ヴィルティックの動きが重いし、遅い。
何にせよ、このまま止まってしまえば奴の良い的だ。いや、むしろ好きなだけ虐める事が出来るおもちゃかもしれない。額から汗から落ちてきて、手の甲に落ちる。
アルフレッドは5分経てば、元の状態に戻ると言った。5分間か……。キツイな。何がキツイかと言えば、俺の代わりに戦ってくれる……。

「メルフィー、返事をしてくれ。メルフィー!」
メルフィーがデストラウが再生して以降、全く応答してくれないのだ。俺が幾ら呼びかけても応答してくれないし、メルフィーからも通信が入ってこない。
情けない話だが、今の俺じゃヴィルティックを操るだけで手一杯で戦闘の方まで気が回らない。メルフィーが居てくれたから、俺はヴィルティックを自由に動かせたんだ。
本気で頭抱えたくなってきた……。俺だけであいつを、デストラウを相手にするなんて気が重すぎるし怖すぎる。だが一応聞いてみるか……。

「アルフレッド! 戦闘に関する操縦も、俺の方で出来るか?」
『出来ない事は無いが、恐らく君の処理能力が追い付かないし、ヴィルティックを操作するだけで手一杯だろう。……メルフィーが回復するまで待つんだ』

回復……するのか? こんな時に如何メルフィーに声を掛ければいいか分からない……。取りあえず後5分も持つかどうか……!
俺は頭を振って一度メルフィーの事を頭から切り離す。今はデストラウの攻撃を凌ぐ事に集中しなきゃな。まだ1分も経ってない。
シャッフルシステムさえ使えれば、何か好転するかもしれない。……5分だ。それまでは何をしても耐えきる。
もし5分経ってそれでもメルフィーから応答が無かったら……その時は、その時だ。両頬を両手で叩いて、俺は気合を入れる。

「そう言えば……メルフィーはどうしたんだい? 声が聞こえないけど」
「黙れ。お前には関係ない」
自棄に軽いオルトロックの声に本気で腹が立つ。コイツはメルフィーの何なのだろう。メルフィーはオルトロックを師匠的な存在と語っていたが……。
いや、この二人に何があったかなんて今は関係ない。いま重要なのは、コイツにどう対抗するかだ。ただでさえ戦力差が酷いんだ。集中しろ、俺。

「……なるほど。そこらに転がっている死体を見て思い出したんだな。鈴木君、君はどれだけメルフィーについて知っているか知らないが――――」

「メルフィーはね、沢山人を殺した人殺しなんだ。君が好きなテレビゲームの様な感覚で人を殺す、どうしようもない子なんだよ」

……俺の中でもう一歩、超えちゃいけないラインを飛び越えた気がする。メルフィーが人を殺す? ゲーム感覚?
俺に対する精神攻撃のつもりか? だとしても弟子に当たる人間をそうやってこき下ろすとか普通じゃない、異常だ、オルトロック・ベイスン。
だが怒るな……。俺はまたも溢れてきそうな怒りを抑えながら、なるべく冷静な声でオルトロックに反論する。

「ふざけるな。メルフィーがそんな事出来る訳が無いし、出来るとは思えない」
「君は何も分かっていないんだね。メルフィーは君が思っている様な可愛い女の子じゃないんだ。彼女は戦争である事を理解せず、ゲーム」

「止めて!」
メルフィーの声だけが、コックピット内に響いた。その声は、俺が今まで聞いた事無いような――――悲痛な、叫び声だった。
俺の中で何かが繋がりそうで繋がらない。それは繋がらないんじゃなくて、俺が繋ぎたくないだけかもしれない。そして今一度思う。
そんな事は今、関係無い。今はオルトロックを倒す事を考える事が最優先だ。メルフィーの事は全てが終わった後にする。俺はメルフィーに言う。

「メルフィー、頼む、戦ってくれ。ここを乗り切らないと、全て……全て終わっちまう」
俺がそう言ってメルフィーに声を掛けたが、メルフィーは何も言わない。……何を、メルフィーに一体何をした、オルトロック。
ここまでメルフィーが塞ぎ込むなんて相当酷い目に合わされたんだろうな。引きずり出したい。オルトロックを引きずり出して、ひたすらぶん殴りたい

「メルフィーに……あっちの世界でメルフィーに何をした。答えろ」
「私はただ戦い方を教えただけだよ。まぁ……キスくらいはしたかもしれないがね」
「てめぇ!」

思わず普段使わない様な言葉が口から出た。一瞬突発的な怒りが、俺の中で沸いた。ここまで人をおちょくる奴は初めてだ。コイツよりも草川の方が100倍品が良い。
しかしメルフィー……。如何して戦ってくれないんだ。身勝手かもしれないが、俺一人じゃ戦えないんだ。頼むから戦ってくれ……出ないと本気で何もかも終わる。

「その反応は実に愉快だな。ジョークだよ、私は年下には興味が無いんだ。……あぁ、そうそう、一つ言い忘れてたけど」

ジョークだと? あの下世話な言葉がジョーク……。ますます俺の中の怒りが溢れそうになる。いや、もう溢れてる。
とは言え対抗する手段が無い事が悔しいがな事実だ。一先ず回避だ。ここはまず後ろにさが――――あれ? 左腕の感覚が、無い?
俺はカメラアイを動かして地上に目を向ける。そんな馬鹿な……。さっきまであった左腕が、道路にへこみを作って落ちていた。右腕を動かすが、感覚が、まるで無い。
正面にカメラアイを戻すと、デストラウの右手には大剣、そして左手には――――ヴィルティックランサーが握られていた。……頭の中に最悪の事態が浮かぶ。まさか……。

「回復したのはデストラウだけじゃない。カードもなんだ。驚いたかい?」


状況は一言で表せば、「最悪」である。互角であった戦力差は完全にデストラウの方へと傾いてしまった。理由は多々あるが、決定的なのはヴィルティックの性能だ。
パワーダウンしたヴィルティックは、通常時のヴィルティックよりも反応速度も機動性が格段に低下しており、全くデストラウの攻撃に対応できない。
デストラウはそんなヴィルティックに対して脚部による攻撃だけで圧倒する。どれだけ隆昭が防御しようとしても、確実に隙を突き、ダメージを与え続ける。
如何逃げても、どう回避してもデストラウは必ず追いつき、蹴り上げ、踏みつけ、叩きつける。成す術が無い。

コックピット内で、隆昭はデストラウに攻撃を受ける度に、強烈な嘔吐感と、転倒したりビルにぶつけられる事による衝撃で激痛に見舞われる。
隆昭と共鳴する様に、ヴィルティックは各部の駆動部分がショートし、電子部分に火花が散り、灰色の煙が浮かんでくる。
ロボットとパイロット――――そのどちらに置いても、デストラウが強すぎる。失神しそうな中で、隆昭の頭の中で、ある不安が大きくなっていた。
隆昭を襲う嘔吐感は、その不安が原因である。闘いに集中しようとしても、どうしてもその不安が頭をもたげる――――。


ここまで……ここまで戦力差が酷いなんてな……。悔しい上にみじめだが、俺はデストラウに対して全く反撃する事が出来ない。避ける事さえできない。
攻撃の度に来る衝撃に、俺は吐きそうになりながらもどうにか踏ん張る。体中に言いしれない痛みが走って、その度に呼吸が出来なくなる。最悪……だ。
だが、俺自身が感じる痛みはどうにかなる。俺が本当に嫌なのは、俺がふっ飛ばされるせいで、周辺のビルが次々と壊れていく事だ……。
何やってんだ、俺……。町を守る為に戦ってるのに、街を壊してちゃ……。もし、逃げ遅れた人とかいたら俺は……。

……馬鹿野郎、そういう事は考えるな。今はデストラウに、オルトロックに勝つ事だけを考えるんだ。
メルフィーからの応答は未だに無い。俺はどうしようもなく、デストラウの攻撃を防御し続ける。くっ、骨という骨がいてぇ……。
もう5分くらい経ったんじゃないかと思い、俺はブラウザで表示されている回復までの所要時間を確かめる。……まだ2分とか、おい。
だがもう1分経った。シャッフルシステムが使えるようになったら、少しはこの状況を良く出来るかもしれない。俺は痛みに耐えながら、システムを発動する。

「シャッ、シャッフル……」

システムが発動し、カードが……。三枚? 三枚しか無いのか!? そうか、ここまでの過程をカードを使いすぎたのか……。
だが悲観する気は無い。三枚でも何か強力な武器か、あいつを混乱させるような効果があるカードがあるかもしれない。俺はその三枚の絵柄に目を付ける。
赤い縁が2枚に黄色い縁が1枚か……。赤い縁のはなんだこれ? 盾か? それともう一つは……メリケンサックか? 何かグローブの様に見えるが。
って武器カードはメルフィーじゃないと使えなかった。俺は残りの1枚に希望を託す。絵柄は、ロボットが二体いて、薄い影みたいな方のロボットが撃たれている絵だ。

「……アルフレッド、これは?」
『デコイだ。1度だけ、敵機体のターゲットロックを変える事が出来る。幻想と違ってモニターまで騙せないから、多重ロックオンが出来る武器を持つ機体には無意味だ』

一度だけ、か……。だが無事に避けられた所でどうする? メルフィーが動けない今じゃ、俺はまた的になるだけだ。意味が無い。
本当にどうすれば良い……。シャッフルした所でカードには恵まれない、戦える人は塞ぎ込んでいて応答さえ見せない。何から何まで最悪だ。
俺をあざ笑うかのように、デストラウの攻撃が頭部に直撃する。モニターが激しく乱れて、数秒経って回復するとデストラウが見下ろしていた。

「さっきに増して動きが酷いね。メルフィーが居ないと何もできないのかい?」

オルト……オルトロック! 気付けば俺は―――ヴィルティックはビルに突っ込んでいた。すまない、ヴィルティック、こんな奴がパイロットで。
ガラガラと上から瓦礫の破片が落ちてくる。何だろう、ここ……。大きなデパートかな。そういえば大きなバルーンみたいなのが浮かんでたっけ。
俺は直ぐに回避行動を取る為に球体を前に押しながらヴィルティックを起き上げようとした、その時。

「おや? 右手を上げてみてくれ。何か付いているよ」

右手? 何で右手なんか……。何でか俺はオルトロックの言葉につられて、右手を上げた。

『駄目だ! 見るんじゃない!』

アルフレッドの声が聞こえたが。俺は別に気にする事無くカメラアイを右手に動かした。……何でだ?
何でこんな、絵の具を塗りたくった様な赤い色がそこらじゅうにベッタリ付いてるんだ? 何だよ、この赤い色。どこから……。、
両手が、尋常じゃないくらいに震えだす。俺の意思とは関係無しに、カメラアイが地上に映る。そこにはぐちゃぐ―――――。

……うそだ、何で俺が、何で俺が人を……。違う、違う! 俺は、俺は好きで潰し……。違う、違う違う違う!
俺は戦ってたんだ。無我夢中になって町の皆を守る為にデストラウに一矢向くてい戦ってそう、違う、俺が、俺が殺したんじゃない!
事故だ、これは事故なんだ! 不可抗力なんだよ! しょうがないじゃないか! そうだ、俺は……俺は悪くない!
ヴィルティックが……ヴィルティックが殺したんだ! 俺じゃない!

「可哀相に……きっとお母さんを探していて迷子になったんだね。お母さんは今頃、必死になってその子を探しているよ」

「黙れ……」

「やっと自覚したかい? 君も人殺しなんだよ、私と同じくね」

「違う、俺は……俺はお前から町を守る為に……」

「君のその大義名分で、一体何人死んだのかなぁ。学校と駅前と今のビルと……」

「止めろ!」

俺は……俺は……こんな事をする為に戦ってたのか? 皆を守る為じゃなくて、皆を――――殺す為に?
球体から両手が自然に離れていく。離れた両手で俺は――――口を塞いだ。溜まっていた何かが一気に口から嘔吐となって出てくる。止まらない……。
しばらく吐き続け、激しく咳き込みながら俺は思う。俺のやってる事は……あいつと、オルトロックと同じなのか?  俺も、ヒトゴロシなのか?
分からない、何もかもが分からなくなってきた……。何が正しいんだ? 俺は……何だ?

「自覚してくれたようでなにより。それじゃあ死のうか。君が壊した、その子の未来と私達の未来に対する贖罪として」

『何をしている! 死にたいのか馬鹿が!』

誰かの声が聞こえて前を向くと――――大きな剣が構えた何かがこっちに飛んでくるのが見えた。

瞬間、俺は反射的に球体を後ろに滑らせた。モニターに激しい閃光が走り、俺は両腕で顔を防いだ。しまっ……。
……恐る恐る両腕を開けると、モニターには縦一線に、大きく深い亀裂が入っていた。その亀裂の間から、デストラウの姿が見える。
不幸中の幸いか、両方のモニターは死んでない。ただ、当り前だが正面の映像が見れない為凄く視野が狭く見える。

妙に頭がズキズキする……。左手で頭をなぞると、生暖かい感じがして左手を戻す。……血だ。破片でも飛んできたのか、頭から血が出ている。
つっ! 流れてきた血のせいで、右目が開けられない……。亀裂から入ってくる風のせいか、凄く肌寒い。外は酷い雨だ……。どこまでも状況はこちらに不利みたいだな。
それにしても危なかった……。もしもアルフレッドが何も言わなかったら、今頃ヴィルティックは一刀両断されてた。とっさに反応してくれたヴィルティックも凄いが。

「寸ででかわすなんてやるじゃないか。まぁ、反応してくれたヴィルティックに感謝する事だね」

……何も言い返せないし、もう言い返す気力も無い。けれどさっきは本気で危なかった。もし少しでも反応が送れていたらと考えるとゾッとする。
皮肉な事に、怪我を負ったお陰でパニックから脱する事が出来た。シートと言うか足元は見たくない。色んな意味で。それに……デパートの方も。
俺は頭を激しく横に振って、両頬を強く両手で叩く。確かに俺はどうしようもない罪を犯した……。だが今はその事を考えるんじゃない。
デストラウを止めるんだ。そうしないと、もっと沢山の人が死ぬ。これ以上、この町の人を……殺させて、堪るか。

「そう言えば……君はメルフィーの事について何も知らないようだ。それなら、彼女がどんな子なのかを大まかに教えてあげよう」

畜生、悠然と立ち構えやがって……。だが、反撃の糸口がなに一つとして掴めないのが現状だ。下手に動けば手痛い反撃を食らう。
……息が荒いで呼吸が整わない。凄ましく癪だが、少しだけ体力を回復する手前、オルトロックのホラ話を聞く。

「メルフィーは元々、ブレイブグレイブの選手だったのは彼女から聞いたかな。本当に優秀な選手でね、私も目を見張るほどの実力を付けていったんだ」

どうりであの攻撃が一々的確で鋭い訳だ……。全く迷いが見えないもんだ。怖いくらいに。……いや、ただの独り言だ、オルトロックに共感してる訳じゃない。
それで、その事が今、メルフィーが塞ぎ込んでいる事とどう関係あるんだ? そう言いつつ、俺の頭の中で何かが繋がりはじめる。

「それ故に、イルミナスによる世界への宣戦布告による戦争で、メルフィーはアストライル・ギアを自在に扱える人間として軍に召集された。特殊部隊の一員としてね」

「メルフィーは感嘆するほど敵兵士達を倒していった……いや、これではゲームみたいだね。大量に敵兵達を殺してくれたよ。とても楽しそうだった」

「やめて……下さい」
メルフィーの声が聞こえて、俺は唇を噛みしめる。メルフィーが拒んでも……あいつからの通信は無理やり入ってくる。
俺は反論したいが、喉から声が出ない。出てくるのは、荒い呼吸と寒さから来る白いため息だけだ。寒い……。

「まぁ仕方ないと言えば仕方ないだろう。メルフィーは幼かった。戦争が戦争だと理解できる程、精神は成長していなかったんだ」

「そんなある日、メルフィーにイルミナスの拠点を叩く為の作戦が伝えられてね。メルフィーは何時も通り、自分のアストライル・ギアに乗って拠点を叩く為に作戦に参加した」

「……お願いします。……止めて、ください……」

「メルフィーは実に鮮やかに、拠点、及びイルミナスの構成員達を始末した。だが、戦闘終了後、彼女は気付いてしまう」

「いや……止めて……」

「イルミナスの構成員には――――洗脳された彼女の友」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
瞬間、メルフィーの声から吐きそうなほどに切迫した叫び声が聞こえた。……そういう、事かよ。……畜生!

「止めろ! お前が戦いたいのは俺だろ! メルフィーは関係無い!」
メルフィーの叫び声に俺の中の怒りが再び宿る。オルトロック……そうやって易々と人の心を踏み躙るってのは、どれだけ残酷な事なのか分からないのか?
……分からないだろうな。分かっていたら、俺を挑発する様なおちょくった台詞を吐かないもんな。上手い言葉が浮かばないがマジで腐ってやがる。

それにしても俺は迂闊すぎた……。闘いに夢中になり過ぎて、メルフィーがどんな光景を見ているのかを全く理解していなかったんだ。
俺が戦っている間、メルフィーが見ていた光景は多分……だな。なんてこった……。
メルフィーが塞ぎこんだ理由は、俺にあったって訳か……。俺がもう少しメルフィーに気を使っていれば、こんな事にはならなかったのか……。

「理解して頂けたかな? 君が好いているその少女は、無邪気に人を殺す人間なんだ。君が一番憎む、私と同じタイプのね」

俺はギッと歯を食いしばり、正面に見えるデストラウを睨みつける。こんな事しても意味が無い事は分かっていても。
「黙れ……。俺は……俺はお前の話を信じない。俺はメルフィーを信じる。お前の様な、遊びで人を殺す下衆とは一種にするな」

「信じないも信じるも関係ないさ。だって真実だから。そうだろ、メルフィー?」

否定するんだ、メルフィー。ここで奴に飲まれたら、君は本気で戦う事が出来なくなる。俺は声を張り上げてメルフィーに言う。
「メルフィー! 奴の話を聞くな、今は戦いに集中するんだ!」
だが、メルフィーから帰って来た台詞は――――俺が一番、聞きたくなかった台詞だった。

「ごめん……なさい……」

何で……何でそうなるんだ、メルフィー……。それじゃあ、オルトロックの話は……。
あぁ、畜生! どこまで、どこまでメルフィーの心をいじくり倒せば気が済むんだよ! 変態ロン毛野郎!

「そうそう、今は殺し合いの最中だったね。話し合いではなくて」

オルトロックの声が聞こえた途端――――息が、詰まる。デストラウが既に間合いに入り込んできて、またも激しい衝撃が、俺の体を揺さぶる。
だが……。引かない。いや、回避しない。 もし下手に回避して、またビルとかに突っ込んだらどうしようもない。ここは防ぐんだ、奴の攻撃を。
襲ってくる痛みに歯を食いしばりながら、、ブラウザの回復までの所要時間を覗き見る。まだ……3分30秒しか経ってない……だと?
沸き上がってくる吐き気と、今に折れそうな間接の痛みに気が沈みそうになりながら、俺は後退せず、デストラウの攻撃を防ぎ続ける。

いつまで続くんだ……この、悪夢は……。


デストラウの猛攻を、ヴィルティックはその場を動かず必死に耐える。既にテール・フロント部の装甲は蓄積されたダメージにより、ほぼ全てが地上に叩き落とされた。
脚部も胸部も精悍でシャープなフォルムを既に保っておらず、ボコボコに凹んでおり非常に痛々しい。関節部はギチギチと音を立てて、動く度に煙を出す。
それでもヴィルティックが倒れないのは、耐久性を始めとするポテンシャルの高さによるものである。
しかしヴァースト状態の強さに比べると、同じ機体とは思えない程にヴィルティックはデストラウによってボロボロに打ちのめされている。
隆昭は球体に手を乗せるものの、何をする――――いや、何も出来ない為、ヴィルティックに防御態勢を維持する事だけを考えている。

(やはりしぶといな……。あの男が作った機体、伊達では無いと言う事か)
オルトロックは中々倒れないヴィルティックに舌打ちすると、シャッフルシステムを作動させた。そしてカードを二枚引く。引いたカード名は――――。
カードを見、不敵な笑みを浮かべてオルトロックはモニターに投げ飛ばす。デストラウのCASがカード名を告げた。


……どれだけ時間が経っただろう。まともに球体を握れない程、寒さで手の感覚が感覚が麻痺している。自分の手じゃないみたいだ。
散々吐いたお陰は知らないが、もう痛みには慣れた。ただヴィルティックが悲鳴のような音を上げているのが聞いていられない。
何か対策を考えようとしても、すぐに煙の様に消えてしまう。何をしても無意味で無駄であいつに喜ばれるだけな気がしてならない。
本音を漏らせば……誰でも良いから、助けてほしい。何したって良いんだ、この状況から抜け出せれば……。

「流石は……ヴィルティックだ。どれだけ攻撃しても倒れないなんて感嘆するよ。君は三度感謝したまえ。ヴィルティックのお陰で死なずに済んでいるのだから」

……何て返せば良い。はい、そうですね。ヴィルティックのお陰でぼくはしなずにすんでいます。ですからあなたをいますぐにでもぶっとばしたいです。まる。
けどごめんな、ヴィルティック。俺のせいでこんな酷い目に合って……。……切実に思う。俺には、力があれば……!

「しかしこのまま戦っていても面白みが無い。君にはこれから気合を入れて貰うよ」

気合いだと? さっきから……さっきからずっと本気で戦ってるんだよ馬鹿野郎が! マジで何処まで人を馬鹿にすんだ、この男は!
と、デストラウの様子が妙だ。何か周りに大きな湯気みたいな煙が2個浮かんで……その煙が、次第に形を成してくる。まさか……アレか?
まずい、な……。いや、非常にまずい……。幾ら偽デストラウがデストラウに劣ってても、今のヴィルティックの何倍かは強い。早さ自体はオルトロックが乗ってるデストラウ並みだ。

俺はヴィルティックを動かそうと……傷が多すぎるのか、全く動かない。どうする、どうするどうするどうする!
掌に大量の汗が滲む。まずい、偽デストラウが近付いてきた! 球体を必死に回すが、ヴィルティックは動けない! 万事……窮す……か?
俺は無意識に目を瞑っていた。死ぬなら痛くない方が……ん? 何で何にも起こらないんだ? カメラアイを左右に動かす。
偽デストラウが、ヴィルティックの右腕と左肩をグッと押さえつけていた。だからさっきから動かないのか……ってちょっと待て!

気付けばデストラウの腹に、大きくて長い……砲塔みたいなのが繋がっていた。それが花の様に開いて、中央の砲口か……? が青く光り輝いてる。

「これはエシュトリームクラッシュと言ってね。君の学校に穴を開けた武器なんだ。その時点で威力は3/1だが、これを……」

「最大出力でぶっ放す事にする。目標は適当に決めるから、撃たれたくなかったら10秒以内にそいつらを倒して私を止めてくれ」

……おい、ふざけんな。アレの何倍も強い物を撃ちこむだって!? やめろ、おい!
俺は球体を必死になって動かすが、ヴィルティックは全く動かない。カメラアイ……いや、顔しか動かない!
離せ……離せよお前ら! あんなのが撃たれてみろ! 何も残らないぞ! 

「動け、動けよ! 頼むから動いてくれ!」
俺はそう言いながらヴィルティックが飛んでいくイメージを何度も浮かべるが、ヴィルティックは梃子でも動かない。
代わりに偽デストラウが押さえつけてくる音が聞こえる。ちくしょう……畜生! 動けよ! 動けよヴィルティック!
デストラウが……デストラウがまるで品定めでもする様にその場をゆっくりと回っている。……動け、動けって! 今動かないと、皆……皆死んじゃうんだよ!


「残り5秒」
オルトロックの声が聞こえる。と、デストラウの動きが止まった。俺はその方向に目を疑う。
俺と……俺の家族が住んでるマンションが、砲塔の斜線上に入っている。待て……止めろ! 止めてくれ、オルトロック!

「3……2……」
「止めろぉぉぉぉぉぉ!!」

「1」


次の瞬間、デストラウの腹部に接続された大型荷電粒子砲――――エシュトリームクラッシュが眩い閃光を放ちながら発射された。
雷光の様に鋭い光を放つそれは、立ち並んだ建物を一瞬で蒸発させる。そして隆昭が住んでいるマンションも――――。全てが光の中で消滅していく。
5秒ほど経っただろうか、エシュトリームクラッシュがその役目を終え、デストラウの腹部から消失する。
デストラウの正面には、扇形に広がった荒れ地が広がっている。そこには建物はおろか草も、木も、何も残らない。


「嘘だ……嘘だ! こんな……こんな事って……」

消えち……まった……。俺の……俺の住んでいた、マンションが……。
親父やお袋、姉貴の顔が浮かんでくる。どう気持ちを整理すれば良いか分からない。俺は両手で両目を覆った。
消えた……? 仲間も、学校も、家族も? 消えたのか……? 何もかも……何もかも?

――――切れた。何が切れたかが分からないが、切れた。頭の中で。
俺は球体を殴りつけて無理やり手の感覚を取り戻す。何度も、何度も殴る。血が滲んできても関係ない。戻れ。戻れよ、感覚。
痛みのお陰で感覚が戻る。俺は球体に手を乗せての間に見えるあのクソ野郎の姿を捉える。俺から全てを奪いやがった――――最低最悪なクソ野郎に。
いつの間にか体は自由になっていた。これが狙いだったのか……? 俺に怒りを促進させる為に?

関係ねぇ。もうコイツに慈悲もクソも無い。ぶっ殺す。どんだけ汚い手を使っても、コイツだけは、絶対に許せねぇ!

「アルフレッド! 戦闘操作も俺に回せ! コイツだけは……こいつだけは俺の手で殺す!」

言うが早く、俺はヴィルティックをデストラウに向けて疾走させる。無駄だとしても、俺にはもう怒りを抑えるなんて事は出来ない。
タックルでもパンチでもキックでも何だって良い。あいつを殺す為なら、なんだって!

「シャッフル!」

シャッフルシステムを起して、俺はカードを選ぶ。どれだ、どれが奴に攻撃を与える事が出来る?
盾か、メリケンサックか。どっちにしろこの距離で出しても駄目だ。メルフィーがやったみたいに、零距離まで近づいて……!
段々デストラウの姿が見えてきた。待ってろ、クソ野郎。お前に殺された皆の分まで叩き殺してやる!

『待て! それはフェイクだ!』
瞬間、アルフレッドの声がハッキリと聞こえて、俺はヴィルティックを止めた。フェ……イク?
そんな――――次の瞬間、左右のモニターが真っ暗になった。嘘だ、こんな事、嘘に決まってる……。俺は混乱しそうな頭を押さえて、ヴィルティックを動かす。
亀裂から地上の様子が見え――――ヴィルティックの頭部が、近くで転がっていた。


「さっきも言ったじゃないか。感情的に戦えば死ぬって。もし君が私と直接戦っていたら、君は斬首されていたよ」


数秒前の事だ。デストラウは幻想のカード――――に残像を利用した偽物を使い、ヴィルティックを誘導して背後に回り、頭部をグランファーにより切断した。
頭部が切断されたものの、モニターは映像をコックピット内に映すといった機能を失っただけで、シャッフルシステムとトランスインポートは無事なのが幸いか。
隆昭は気付く由も無いが、とうの昔に5分経過している。しかし今の状態――――使えるのが右腕と脚部のみというのは、パワーダウンよりもタチが悪く、最悪な状態と言っていい。
燃え上っていた隆昭の激怒の炎が、次第に鎮火していく。次に隆昭が感じたのは――――どうしようもない、絶望だった。


無茶苦茶だ……無茶苦茶すぎる! もう何やったって無駄じゃねえか! 左腕は斬られる、首は斬られる、おまけにやっと捉えられたと思ったら幻覚!
こんな規格外すぎる相手にどう勝てってんだよ……。モニターが死んだせいで、周辺の状況下が何も分からない。
元々不利だったがそれさえ突き抜けてる。どうしようもない虚無感と絶望感が、俺の体にずっしりと追いかぶさる。
降伏? 無理だ、多分惨たらしく殺される。何をやっても……何もやっても無意味だ。無気力に、俺の手が球体から下がる。

「さて、どうしようか。もう君に抗う力は残されてない。賢い君ならどうするべきか分かる筈だよ」

如何するべき……どうするべきって何だ? 何をしたって殺されるのに。
俺は答えられない。何を言っても同じ結末を迎えるなら、俺はもう何も答えられない。静かに目を閉じて顔を覆う。
夢ならすぐに醒めてくれ。もう悪夢は良い。見たくない。こんな救いようも無い悪夢から、誰か救い出してくれ。
頭の中で学園生活が走馬灯のようにスライドする。会長、木原さん、草川……誰でも良いから、俺の手を引っ張って悪夢から抜け出させてくれ。
メルフィー、ごめん、ごめんな。未来を守るって言ったけど無理だわ。今さえ救えないのに、未来なんて到底無理だ。嘘つきでごめん。死ぬから許してくれ。

『……おけ』

あぁ、アルフレッド。すまない、結局こうなっちまったよ。ちゃんと言う事を聞いていれば、こんな事にならなかったのに。

『……手を置け』

ごめん、アルフレッド。何だか耳が遠くなってきた。それに猛烈に眠いんだ。最後は静かに……死にたい。

『早く球体に手を置け! 諦めるな!』
「無理だよ! あんなのに勝てる訳だろ! ただでさえボロボロなのに……もう無理だよ!」

本音だ。もう気丈に振る舞う事さえできなくなった。死にたい。俺はもう、死にたい。
涙も枯れてしまった。頭の血が止まったからか、右目が開けられるようになったけどその分デストラウの姿が鮮明に映って……。
もう無理なんだ。最初からこんな闘い、負ける事が当たり前だったんだよ。一度勝てそうになったのは本当に奇跡だったんだ。奇跡は二度は起こらない。

「おーい、返事はまだかな? 私は何分我慢弱くてね。後5秒以内に返答してくれ」

「5秒経ったな。この期に及んで迷っているのなら――――仕方ない。体に聞こうか。かなり痛いぞ」

え……? 次の瞬間、俺の体が磁石で引きつけられるように―――――違う、ヴィルティックが背中から何かに吸い寄せられてるんだ。
背中で凄い衝撃音が鳴って、俺の首が衝撃からか激しく上下した。何だ? ヴィルティックが全く身動きできなく……。

「このカードはバインドと言ってね。機体の動きを封じる事が出来るんだ。そして……」


オルトロックが指を鳴らした瞬間、隆昭とメルフィーを激しい電撃が襲う。メルフィーは悲鳴を上げ、隆昭はただ、苦痛に顔を歪ませる事しか出来ない。
今のヴィルティックは空中に浮かんだ巨大な魔方陣に動きを封じられており、全く動ける気配が無い。ヴィルティックの体を、幾多の稲妻が走る。
バインド――――それは、敵機体の動きを封じ、なおかつパイロットに対して電流攻撃によるダメージを与える事が出来るカードだ。
その効果の危険性から倫理性に欠けるとして使用を禁じられたが、イルミナスによる戦争勃発後には敵兵士に対する拷問として使用を認可された。

「さて、何分持つかな?」
モニター内を見ながら、オルトロックはほくそ笑む。
激しく降り注ぐ雨に、止む気配は無い。


                                   予 告


               オルトロックによって大事な人やプライドはおろか、立ち上がる気力すら奪われ絶望に打ちひしがれる隆昭
              そんな隆昭に対し、アルフレッドは諦めず戦えと叱咤する。必死に拒む隆昭に、メルフィーからの悲痛な通信が入る。
         何もかもが虚無と化した状況下の中で、隆昭が取る決断とは? 果たして、デストラウ、否、オルトロックを倒し、この悪夢から脱する事は出来るのか?

                             次回、『ヴィルティック・シャッフル』


                                   スピリッツ 


                           その「カード」が映すのは――――絶望か、それとも
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