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地球防衛戦線ダイガスト 第十話

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第十話 颯爽!ヘルマン・ファルケンハイム

 アフバルト・シュバウツァー大刃士――地球における軍制では大尉程度――が士官用のサロンに入ると、唐突に壁のような濃密な花の香りに襲われた。何事かと探さなくても原因は見つかった。色とりどりの宇宙バラの花束が保塁の様に積まれた向こうに、もはや優雅とは到底言えぬ状況にもかかわらず、涼しい顔で喫茶するヘルマン・ファルケンハイム大刃士の顔が見えた。
 他にも士官室には主計や補給の士官たちが運悪く居合わせており、強すぎる宇宙バラの香りに居心地悪そうにしていた。
 兵站部門は現在の第三外征旅団の中で最も忙しい部署だった。皇国の正気を疑う経済焦土作戦のあおりを受け、今も占領地の市民へと配給が滞らぬように輸送の手配に忙殺されているのだ。それもモンタルチーノ商会などという犯罪者を遣ってまで。
 常ならば戦場の華であるアフバルトたち戦闘部隊でるが、イマイチ振るわない今となると、兵站の士官たちにこそ気を配ってやらねばならないだろう。
「何の戯れ事か、ファルケンハイム大刃士!ここは卿の私室とは違うだろう」
「僕の部屋ももう一杯でね」
 ファルケンハイムは馬の面に何とやらで、花の香りですっかり潰れているだろう半発酵茶を啜っている。
 そういや通路にまで花輪が立ててあったな。アフバルトは士官居住区の惨状を思い出して頭痛を覚えた。全ては出撃が近いファルケンハイムの熱烈なファンからの贈り物だった。
 このブラウンの髪をラフに撫でつけて時代的な口ひげをたくわえた優男は、どれ程の奇矯な行動があろうとも第三外征旅団きってのスタアである。天賦の操縦手腕と、敵にも権力にも恐れ気のない立ち居振る舞いは、移り気なお茶の間のご婦人方のハートを潤して止まない。新帝国であるツルギスタンの中核たらんと期待された貴族子弟による士官学校での高等教育は、この放蕩無頼の男の本質を見事にオブラートで包み隠し、その一挙手一投足に洗練さの中に隠された少年心のようなモノを見え隠れさせるに役立っていた。
 まぁ、所謂あれである、ギャップ萌え。
 とはいえヘルマン・ファルケンハイムだって、好き好んでこんなひねた大人になった訳ではない。
 貴族という既得権益の血筋を絶やさぬ予備として、それも妾腹の子供としてこの世に生を受けたヘルマンは、腹違いの兄が成人して結婚し男児が産れるまでは、家督を継ぐ可能性も無く、婿養子にもなれずの無聊を運命付けられていた。貧乏貴族ゆえに売られるも同然でファルケンハイム侯の妾となった彼の母に与えられたのは屋敷の離れであり、この待遇がまたヘルマンの眼に人の世を斜めに見せた。
 結果、彼の少年時代は似た境遇の貴族の二男、三男たちと徒党を組んで無頼を気取り、荒れに荒れる。
 まぁ、所謂あれである、キレる少年達。
 多少の暴力沙汰は各家とも体裁があるため、黙っていても揉み消してくれた。
 そのまま順調にワルの道を転げ落ちていったのなら、いつかどこかで『お忍び中の天下の副皇帝』とか『自称貴族の三男坊』とか『婿養子の昼行灯だが夜は必殺な警邏』とかにブッスリと成敗されたのだろうが、幸運にもそうなる前に彼に人生の転機が訪れる。
 ツルギスタン帝王スレイヤード・フォン・シュヴェルトべルグ・キーン・ツルギスタンが荒れる貴族の二男三男問題を憂い、来るべき帝国主義時代の軍人の中核を担わせる初級幹部のための士官学校を創設するや、問題児たちを問答無用で放り込んだのである。
 軍隊というのは平等に関しては枚挙に暇がない。誰でも何らかの使い物になるまで『かわいがられる』。無聊を囲っていた悪たれも此処では特別扱いされなかったし、銀河帝国時代には惑星強襲梯団を担っていたツルギスタンにはその教育システムも備わっていた。
 ここでヘルマンは喧嘩に明け暮れた放蕩時代に磨かれた思い切りの良さで、戦闘部隊の上級将校資格とブレーディアンへの搭乗資格を得るに至る。
 戦場の花形の搭乗者となると世間の目もガラリと変わった。さすが武門の家の二男だけある、国と兄を盛り立てる何と忠義の者よ、と。
こうなると多少のヤンチャも喜んで家が揉み消してくれた。それに家に居場所の無い彼としては、実力を正当に評価してくれる軍隊は居心地が良かった。そんなこんなでヘルマンは士官学校を出て3年もしない内に立派な軍人――頭に不良が付くが――になっていた。
 …やはり好き好んでひねくれたのかも知れない。
 まぁそんなわけで第一機甲部隊のゲオルグ・バウアーよりも人生をエンジョイ・アンド・エキサイティン!している彼は、先日のGBCの人気番組『突撃!となりの最前線』でもって、自信満々でぶち上げたわけである。
『夷狄の機械人形は確かに大したパワーだね。しかし僕の快速打撃部隊を捉えられるかな?ここに宣言しよう、次の戦闘があの機械人形の命日になると。そして、勝利を栄光をキミに』
 誰に?と聞くのも野暮な話で、程無くホッカイドウの第三外征旅団へと、我こそはと思う御婦人方から花束が届くようになった。中には本当に『関係』のある情婦も混じっている事だろう。
 それで、この花束パニックである。
 ゲオルグ・バウアーといい、ヘルマン・ファルケンハイムといい…アフバルトは一向に連帯感を抱けない同僚たちの素行を前に小さく溜息をついた。

「いいぜ、お前がダイガストを倒せるって言うのなら、まずそのふざけた妄想をぶち崩す」
 大江戸博士は変な電波でも受信してしまったのか、大鳳の指揮室内で妙なポーズを取りながらひとりごちた。
 4月下旬。そこは既に限定戦争開始15分前の岩手山中演習場上空であり、2週間前と同じように大鳳は失速手前の速度で獅子王を降下させ、ダイガストへと合体するシーケンスを見守っていた。
「ところで教授?」
 透はオペレーターシートに体重をかけ、身を捻って後方の大江戸博士に声をかける。そうすると充分に自己主張したボディラインのメリハリが見えてしまうのだが、天然モノと精力を別の事に全力投球している中年とでは問題にならない。
「どうして帰りはダイガストを丸ごと拾って帰るのに、行きはわざわざ分離して運ぶんです?」
 教え子の唐突な質問に博士はこの世の終わりのような顔になった。
「透くん!キミは浪漫というものが解らんのかね!?」
「夜景の綺麗な場所でとか、バラの花束と一緒にとか、そういうの素敵ですよね」
「スィーツ!そういうのは鷹介とやってくれ」
「!? 鷹くんとはただの幼馴染で、そういうのじゃありませんっ!」
「まぁこの際キミの依存症の度合いは置いておいて、だ…開始前に毎回合体するのは、お約束だからだ」
 煮え切らない男女の心の機微を依存症と言い切られたことより、透はその後の一言の方が気にかかった。
「まさかダイガストが合体するのって…」
「もちろん意味はあるぞ!子供がよろこび、子供心を失わない大人からも支持が集まる。それに複雑な合体機構を維持する事で、内外に我々の技術が喧伝される」
「自分で意味の有る無しを強調している時点でオチが着いてるじゃないですか」
「キミは時々刃物の様に鋭くなるね…」
「ええ、教授の教え子ですから。工学でもエネルギー科学でもないですけど」
 透は晴れやかな微笑みをみせた。
 空の上がそうこうしている内に、下では合体したダイガストが戦闘開始地点に到達していた。
 コクピットで虎二郎は半ばオフレコでもたらされた陸自からの事前情報を、現在の外部情報と刷り合わせて鷹介と自分のディスプレイに送る。
 ダイガストの後方800mあたりに岩手駐屯地の第9戦車大隊の再編成分、20両あまりがひかえていた。前回の儀仗獣兵と乱戦を繰り広げた生き残りだ。生き残りといっても文字通りの意味でなく、戦車と戦車長、操縦手、砲手、装填手という、道具と人とのパッケージングが組みなおせたケース、という意味だった。
 防衛省ではいよいよ銀河列強に対抗できる武器に目処が立ったらしいが、それが形になって岩手駐屯地に届くのは何時の事か。
現地の戦車兵達はこの1週間で戦車用の壕を掘り、その上に木材と土とで屋根を付けて簡易の掩体として、砲塔だけを地上に突き出し息を潜めている。
 異星の索敵技術を前にそれがどれ程有効か、あるいは意味があるのかすら解らなかった。しかし最善は尽くしておきたかったし、そうでもして動いていなければ、やっていられなかった。
 桜はようやく東北でも開花し、演習場からでも丘や平野の所々で薄紅の色を目視できる。年嵩の戦車長たちはこれで見納めかと、水鏡のような心境で桜の花の咲きほこる様に目を向けていた。
 再編成組は若者が極端に少なかった。稼動可能な戦車に優先的にベテランが割り振られていたのだ。それは戦力の維持というよりは、もっと心情的なものが基になっていた。
 同じ現場に居合わすにしても、大江戸博士たちと自衛官たちにはそれほどの認識――と現実――の違いがあった。
 そして今日も運命のサイレンが鳴る。

「さぁ本日も始まりましたツルギスタンと日本の対戦、列強市民の皆様も興味深々でしょう。何しろついにツルギスタンの快男児、銀河の種馬、ヘルマン・ファルケンハイムが出てまいりました。ここでも手の早さを存分に見せつけ、新たな撃破数を稼ぐのでしょうか。解説のリッケントロップさん?」
「今回はファルケンハイム氏の発言で空気を読んだのか、ジエイタイも数を出してきていません。よほどダイガストに自信があるのか…ひょっとしたらツルギスタンのワンサイドゲームに――」
「おおっと!!」
 レポーターが解説者の言葉を遮って色めきたつ。
 映像は開始直後に土煙を上げて突進を開始した五機の儀仗兵とブレーディアンを捉えていた。陣形だろうか、儀仗兵が先陣を切り、一歩遅れてブレーディアンが追う形になっている。その全てがこれまでのどのツルギスタンの同形機よりも細身で、そして速かった。
 五機の儀仗兵は細身の剣と小型の丸楯を装備したメッサーと呼ばれる高速仕様機だった。それぞれが斜めに走っては互いの位置を入れ替えながら、横隊そのものは形を崩さずに、一枚の壁となって高速で迫り来る。まるでアメフトの強豪チームのような一糸乱れぬフォーメーションだ。それも斜め移動は未来位置を予測させない程度で左右に切り替わるジグザグ移動のため、砲塔に自動追尾機能を持たない74式戦車では尚の事、狙いが付かない。
 当然、あの旧式の大砲を構えたダイガストも命中弾など出せないはず。
「ところがぎっちょんっ!」
 虎二郎が儀仗兵の操縦者たちの思考を呼んだかのように声をあげると、ダイガストがヤマト砲に仰角をかけて発射した。
 巨人兵たちの奏でる鉄靴の行進曲が一際大きな号砲にかき消される。爆風が大気を掻き乱し、近場の桜が風に舞った。
空中を駆け上がる砲弾は当然の如くまだまだ運動エネルギーが有り余っており、放物線を描く前に儀仗兵の頭上を素通りする軌道だった。しかしダイガストの砲撃システムは発射後2秒で砲弾内部の信管を起動させる。
 結果、儀仗兵の頭上手前で派手な炎の華が咲き、地上へと1.4トンもの鉄量が鋭い破片となって降り注いだ。重金属汚染とか気にしてしまう所だが、この際贅沢は言っていられない。
 鋼鉄の雨は儀仗兵を散々に打ち据え、二機の脚部に深刻な損害を発生させた。もんどりうって転げるこの二機には当然のように74式戦車からの戦車砲がお礼参りの如く殺到する。ベテラン揃いだったので、こういう時には目端がきいていた。
 撃破し切れるかは疑問だが、これで少なくとも二機は脱落し、残る三機も横隊を崩している。
 華々しい効果に虎二郎が鼻を鳴らした。
「あれだけ大口叩いたんだ、過去の映像試料から対策を練るさ」
「敵機3、ミドルレンジに接近してるよ」
 透の警告が鷹介の耳に届く。戦場の間近で管制を行う彼女に、鷹介は危険だから辞めて欲しいと思う反面、いつもと変わらない幼馴染の声に安心もおぼえていた。割り切れないものに無視を決め込み、前面モニターの敵機にピックアップされた簡易情報を読み取る。
「了解。ブレーディアンとの合流前に処理する」
 過去のGBCの映像からツルギスタン第二機甲部隊は軽量快速の儀仗兵による幻惑と、直後のヘルマン・ファルケンハイムによるブレーディアンの突撃でもって速攻をかけるのが確認されていた。
 ならば待ってやる必要も無い。ヤマト砲の信管を調整して、攻めっ気満々の鼻面に先制打撃をくれてやる。残った者には、
「ブラストマグナム、発射!」
 ヤマト砲を放り投げたダイガストの両腕が白煙をひいて水平に発射された。それぞれが体勢を崩した儀仗兵メッサーを正面からぶち抜き、貫いた衝撃が機体後方で派手な爆音を響かせる。間違いなく機体中枢を粉砕された二機の儀仗兵が崩れ落ち、役目を果たした腕部が帰還の為の旋回を開始した。
 残された最後の儀仗兵のパイロットはその瞬間を見逃さなかった。体勢を建て直し、どこかやられたのか不快な駆動音に変わった機体のスロットルを全開まで押し出す。
 彼らには彼らの義務と名誉があった。もちろん国家や民族の存亡のようなシビアな物ではないが、それでも彼らが最善を尽くす理由としては充分だった。
 軋みをあげる機体に鞭打ち、両腕を失った状態の機械人形の懐に飛び込む。突進の威力をそのままに、細身の剣をその胸部に向け――
「ライアット・クローラー!射出!」
 鷹介の声とともに、ダイガストの肩から金属光沢を放つ板が飛び出した。肩装甲の下から鎧武者の袖鎧のように垂れていた、獅子王の履帯だった。
 形状記憶合金で構成された履帯は装甲下に引き込み、縮小させて仕舞い込んでいたのだが、これを元のサイズに戻してたわめて、板バネの要領で撃ち出す。先端の打突部は薄く、鋭く変形させ、標的に貫入する刃としての威力を高めている。
 先日の鷹介の使い勝手の良い武装を、という要望に大江戸博士が――渋々――応えたものだ。
 この両肩から1本づつ飛び出した近接戦闘用の射突槍は、反撃手段が無いと踏んでいた儀仗兵を真正面から貫き、加速していた相対速度分も含めて深々と食い込んだ。
 形状記憶合金がしなりながら肩装甲に引き戻されると、ご丁寧に儀仗兵の破孔もまた抉り広げられる。この機も下半身に関する骨格が破壊されたのか、膝から崩れ落ちた。
 ブラストマグナムも無事に再接続し、これでダイガストは戦力を取り戻す。対するツルギスタンは残すはブレーディアンが一機。さてどう出るか、虎二郎は瞬時思考を巡らしかけたが、透の悲鳴にも似た報告が全てを覆した。
「敵機、急接近!」
 最後の儀仗兵が地に倒れ伏す、その後ろから細身のブレーディアンが一気に間合いを詰めてくる。
 幾ら機械の目が戦場を見渡していても、メインモニターの情報を判断するのは人間の役目だった。敵はそこを解っていたのか、ともかく鷹介がダイガストの拳を固める頃には、ヘルマン・ファルケンハイムは撃尺の間合いに踏み込んでいた。
「反応が遅いぞ、皇国人!」
 ファルケンハイムのブレーディアンが痛罵と共にレイピアのような腕で突き込んできた。
 鷹介がダイガストの左腕の装甲を添えて受け流そうとすると、まるで刃が離れまいと装甲の上を滑るようにはしり、肩装甲に突き入る。
 何が起きたのか察知する暇も無く、ブレーディアンの右腕は引き抜かれざまにダイガストの右腕の表面を撫で切って引き戻る。
 間髪入れずにブレーディアンが半身から突き入ってきた。今度は鷹介は刃に触れず、斜め前に踏み出して避けながらブレーディアンと交錯する。得体の知れぬ違和感が接近戦を続ける事を拒んでいた。
 振り返りざまにダイガストの索敵システムに照準を任せてトリガーボタンを押し込む。
 30mmレールガンの火線が地を穿ちながら斜め上に跳ね上がり、ブレーディアンへとせまる。
 ブレーディアンが横に半回転して射撃をかわすと、その位置に狙い澄ましてダイガストの肩装甲からライアット・クローラーが突き出された。しかしそれはレイピアのような腕部が二度閃くと、右へ左へと切り払われてしまう。
「イイ読みだ、しかしボクのヴィントシュトースを捉えるには…」
 次の瞬間には声は間近から発生していた。
「圧倒的に遅い!」
 短距離を跳躍するように懐に飛び込んだブレーディアン――ヴィントシュトースの切っ先がダイガストの胸部に突き立っていた。かと思うと刃を返して引き抜き、下がりざまに左腕の細剣でダイガストの腕を撫で切る。
 速い。その名の如く、突風のような速度でヴィントシュトースはダイガストを切り刻んでいた。その細身の剣身のお陰で損害は未だ装甲で留まっていたが、
「何をボサっとしとるか、舐められとるぞ!?」
 大江戸博士の叱責が鷹介たちに飛んだ。それは正鵠を射ていたようで、ヘルマン・ファルケンハイムは愛機を半身に構え、その剣先をくるくると回して余裕を見せている。
「闘牛といったかな?地球にも粋なスポーツがあるようだが、まさにそれの気分だ」
 ファルケンハイムの軽口に鷹介は憮然としながらも、火器管制から最適の武装を選択する。
「その慢心が命取り、ってな」
 ダイガストの腰アーマーがアンカーとして撃ち出される。エネルギーの帯を曳きながら、左右からヴィントストースを挟みこみ、絡めとる魂胆だった。
 対してコクピットのファルケンハイムは口ひげの下で唇を愉しげにゆがめる。
「いいや、これは余裕というものだよ」
 ヴィントシュトースが両手を広げてくるりと回ったかと思うと、あえなくエネルギー帯を切断されたアンカーが軌道を外れて宙を舞った。と、さらにそこから回転を加速させ、竜巻のようになってダイガストに肉薄する。
 とっさに30mmレールガンが臨機射撃で飛んだが、一本足の剣である下半身を軸に上半身を左右に振るうと、『おきあがりこぼし』のような急激な軌跡でもって火線を潜り抜けてきた。体勢の変動とともに直下からすくい上げるような斬撃がとぶや、寸でのところでダイガストが仰け反ると、兜の前立てのような飾りの左半分が切断されていた。
 鷹介は危険を感じて右拳で最短距離の寸打をはなちヴィントシュトースを突き放そうとしたが、ここでもファルケンハイムは風のようにダイガストの右脇に飛ぶと、逆にその右腕に斬りつけて更に背後に回りこもうとする。
「鷹介!使うぞ!」
 虎二郎が答えも聞かずに後部座席から99式誘導弾改の発射キーを押しこんだ。
 ダイガストの後方へと、不可視の次元背嚢から立て続けにミサイルが発射される。ファルケンハイムも予期せぬ反撃に追撃を諦めて距離をとった。
 もちろんミサイルはロックオンなどしていない。ただ無理やり飛ばしただけであり、
「こういう使い方もあるさっ!」
 虎二郎の指が猛烈なスピードでコンソールパネルを行き来し、ダイガストの視覚データとミサイルをリンクさせてブレーディアンへと終末誘導をかける。四方八方からミサイルが押しつぶすように飛び――
「そういうのを無粋というのさっ!」
 御丁寧に口調を合わせると、ファルケンハイムのブレーディアンの肩装甲下から偏光レンズが顔を覗かせるや、赤色の熱線が虚空を薙ぎ払う。
 迎撃されたミサイルが一斉に炎の華を咲かせ、爆風が周囲の桜の花を派手に散らせた。
「ハッハーッ!皇国の花も中々見れるじゃないか!ま、ボクは紅蓮の炎を思わせる真紅の宇宙バラが好みだがね」
 ヴィントシュトースの腕が黒煙を切り払い、その切っ先をダイガストに向ける。
「さぁ、まだあるだろう?ソルニウムの剣を抜きたまえ」
 ソルニウム。何の事かと鷹介が首を傾げるより早く、通信機から大江戸博士の唸るような声が聞こえてきた。
「超金属ヒヒイロカネの列強での呼び名だろう。輝鋼剣のことを指してるに違いない。鷹介、挑発に乗るなよ。励起状態のヒヒイロカネを制御できるのは今の事象転換炉じゃあ1分だ。それを過ぎればヒヒイロカネは更に高い励起状態に移行して、自身のエネルギーを放出し尽くすまで分子結合を崩壊させる波動を放出し続ける。ここら一帯が不毛の荒野に変わるぞ。もう少し待つんだ、俺と透くんとであのスカシ男の行動を計算して、最適の行動予測を送ってやる」
 どうだろうな。鷹介は素直に博士の言うことに従えなかった。
 ファルケンハイムという男が本気を出しているとは思えなかった。あの軽口といい、ミサイルに囲まれるまで飛び道具も使わなかった事といい、まだ余力は残しているはずだ。
 端的に云うのなら、もっと速くなるはず。鷹介の戦士としての勘働きが、そう警告を発していた。
 ヴィントシュトースの速さは儀仗獣兵のような三次元的な速さではない。あくまでクロスレンジ――至近の攻防に関した捌きの鋭さだった。
ならば輝鋼剣も同じ土俵の得物として、使いようは有る筈。問題は博士が指摘するとおり、輝鋼剣が一太刀必殺である事を保障できる刻限。
 74式戦車からの砲撃が続く中、ダイガストは背の次元背嚢から鞘に収まった直刀を、ゆっくりと取り出した。
 それはファルケンハイムには躊躇うように見えた。現にダイガストは柄に手をかけたまま、あの金色の刀身を顕そうとしない。
「やはりソルニウムは手に余るかね」
 少し白けた様に呟くと、ファルケンハイムは愛機を疾走させた。
 敵はもはや万策尽きたのだろう。この銀河の辺境でも、速さが全てに勝る証明をしたのだ。
 あとはあの機械人形の首を落とせば。
 刹那、ファルケンハイムは背筋を凍らせるような感覚に思わず機を横滑りさせ、ダイガストの後方へと回り込んでいた。
 自分の周囲に上がる土煙の中を、ダイガストは左腰に据えた輝鋼剣に手をかけた状態で、こちらに振り返る。僅かに腰を落とし、右足は前に。剣は抜かず、闘いの備えでも無いだろうに、ファルケンハイムはその姿に威圧感を覚えずにはおれなかった。
 だが、その姿は何よりも戦闘的なものである。
 それは居合いと呼ばれていた。

 居合いというものには色々と誤解がつきまとう。
 フィクションの剣士の腰間から立て続けに剣閃がほとばしるや、ごろつきが次々と切り倒される。それは動と静を内包した、講談としては最高のスパイスだろう。ところが実際の居合いとして、流祖の業を色濃く残すという流派などは、一度抜けば仕留めるまで鞘に収まらないと云われる苛烈な型が特徴である。講談のように鞘に抜き差しを繰り返すのは、なかなかお目にかからない。
 また実際の居合いは傍目には緩慢な動作とも見られ、急場においては意味がないと軽んじられる始末である。昨今では何でも日本の真似をしたがる奇特な人々により、大陸の剣の技法を混ぜ合わせた全く別の紛い物が世界に発表されるなどして、『速さ』という概念が更に誤解されている。
 では居合いの速さとは何なのか。
 それは一挙動に集約された動作の密度である。一つの挙動の中で体軸を一本の線に乗せ、柄を一直線に突き出し、鞘を引き、刃を寝かせ、鞘を左半身の捌きで払い、肘から先を伸ばす。さすれば鯉口を切った太刀先は弧を描かず、一本の線として最短で標的の急所を切断する。
 日本における刃物の使い様とは、如何にして切断部位の起点と終点とを一直線の最短で振るうかにある。そして居合いは、この道理の一つの答えである。
 ならば幼少の鷹介に戯れに体捌きを伝えた近所の老人が、現代にそぐわぬ達人であったと仮定して、ロボットがその動きを再現できるのかと問えば、残念ながら都合良い答えは出てこない。それは直接的にはダイガストが人体の動きを再現できるロボットではない事が理由であり、武術的な側面で語るのならロボットに日本武術の要諦である筋と重心――動作の基点となる概念――が存在しない事が理由となる。
 例えばモーションキャプチャーしたCGがどれだけ機敏に動こうとも、それは外面の動きをなぞっただけに過ぎず、人体の内面で行われている重心の変動は再現できていない。つまり現在のCG技術では人間の動きの機構を再現できてはいないのだ。
 一方で重心移動に関しては我々の世界におけるホンダのASIMOが、倒れる方向に足を出すという身体操作の根源を再現しているので興味深い。
 話を岩手山中演習場に戻そう。
 それでは居合い腰で佇むダイガストは全くの張子の虎なのか、と云うとそうでは無いようで、ファルケンハイムは彼の知識にあるどの戦闘意欲とも掛け離れた今の夷狄の機械人形の姿に、しかし異様な警戒心を抱かずにはおれなかった。
 だが、今の自分の状態を警戒とするには彼の美学が許さない。
 不動とは彼の速さとは全く異なる概念だった。むしろ動かない事は彼にとっては戦闘の放棄であり、悪にも等しい。ファルケンハイムの戦闘倫理は動であり、動き続ける事が常にイニシアチブを握る手段であった。
 一方の鷹介も気が気で無かった。輝鋼剣を取り出したことに腹を立てた大江戸博士からの通信を例によって小音にしぼり、それぞれの手の中の操縦悍を一際やわらかく握りなおす。
 鞘の中の輝鋼剣――正確にはその主要構造材である特殊金属はアイドリング状態であり、この状態なら分子結合を破壊するという剣呑な量子力学上の現象は発生しない。
 敵はこちらの意図に気付いているだろうか。遥か異星の剣士に、この付け焼刃的発想は通用するだろうか。だいだいダイガストはそのイメージを形に出来るのか。
 鷹介は機体へと送るイメージを絞り込む。速く、ではない。無駄を削ぎ落とし、一拍の中に全ての動作を収めるように。
 こんな事なら本格的な剣術でも習っておくべきだった。雑念を小さな吐息とともに吐き出すと、やがて鷹介の意識はダイガストの全高30メーター弱にまで放散してゆく。
 いつしか74式戦車の砲声も止み、二つの巨大兵器は戦場の中央で止め絵のように対峙していた。立ち込めた砲煙が春の風に流され、演習場の隅の山桜を散らした。薄紅の吹雪が舞うや、互いの姿が花弁の裏に隠れる。
 刹那、殺気としか言え無いものが花吹雪の中で膨れ上がった。
 音もなく、巨大な物体が動いた後を知らせる突風だけが吹く。
 気が付くと巨大兵器達は指呼の距離に接近し、動きを終えていた。ヴィントシュトースは振り下ろした右腕を伸ばしきり、ダイガストはその刃の下に片膝を着いていた。抜き打った輝鋼剣を振り抜いた姿勢で。
「輝鋼剣 抜刀桜花…なんてな」
 鷹介は呟きつつ、金色の剣に一度血振りをさせると鞘に収めた。鯉口のメカニカルロックが冷たい音をさせて刀身を封印するや、ヴィントシュトースの上半身が胴と分かれて落下し、地響きを立てる。
 虎二郎は後部座席で舌を巻いていた。彼は機体コンディションを常にモニタリングしていたから、何が起こったのかを理解していた。
鷹介の意図を実現させるため、胸部内グラヴィティ・スプラッシャーの重力子偏向機構がダイガスト内に重力を増加方向で発生させ、それを重心移動と同じように行動起点として移動させたのだ。そしてダイガストは機械ではなく、筋肉でもない、あたかも剣士の振るう剣のような突発的な動きを再現した。
 勿論、そんな機能はダイガストには想定されていない。マン・マシン・インターフェースが機体に想定外の行動を執らせたのだ。
『俺たちはいったい何を造ったんだ?発達した科学は魔術と区別がつかないというが、制御できないメカニズムなどナンセンスじゃないか…』
 輝鋼剣の使用終了に伴い、シート越しに感じる事象転換炉の振動が落ち着いてゆくのが感じ取れる。虎二郎は今はそれに何よりの安堵を感じていた。

「ああ、くそっ!」
 ヘルマン・ファルケンハイムが悪態をつきながら、手動でコクピットハッチを開いて外に飛び出す。
「なんという事だ!こんなものは美しくなければ速くもな…い?」
 そこは巨大兵器が全力で一合した際の風が吹き荒れ、吹き戻しと共に大量の薄紅の花弁が舞っていた。
 そして舞い散る桜の中に佇立するダイガスト。
 桜の花弁はやがて風に解け、青空の何処かへと消えてゆく。
 ファルケンハイムは『そうか、この華はこうやって見るものか』と唐突に納得した。咲き誇り、散る様までも人の目に留まる。
 しばし呆けたように桜吹雪に見惚れるファルケンハイムだったが、唐突に口髭を歪めると、『かか』と大笑をはじめる。
 まったく笑うしかない。良い様にやられたものだった。スピードで翻弄するつもりが、全てを出し尽くす前にカウンターで破られたわけだ。
 静から動、それもまた速さに違いない。何より、
「銀河の果てで良いものを見せてもらった。キミはまったく敬意を払うべき敵手だ…ダイガスト!」
 ファルケンハイムの宣言は絶妙のカメラワークで撮影されていた。きっとこの一敗は能天気な視聴者には演出と思われるのだろう。お茶の間に愛されるというのも、列強のエースの無視できない要素であった。
「それに、この国の華にもな」
 彼の呟きは小さく、笑みは淡く、演習場の上空に滞空するGBCの撮影ドローンでは捉える事ができなかった。
 遅咲きの桜は北国に遅い春の訪れを告げてゆく。それは残念ながら列強との凍てついた関係の軟化を示すものではない。流血を剣戟の火花でもって温めるしか方法は無いのか。
 今は答えられる者はいない。

つづく

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