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TONTO;プロローグ

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「どうにもならん」
 エストラゴンは言った。私は少し迷って、口を開いて、しかし何も言えずに閉じた。空気が乾いていた。少し油臭くて、ツンとくる化学的な臭いが、周りにはまだ残っていた。
 そこはなにかの畑の中だった。たぶんトウモロコシだろう、草の背が高いから。
 西陽は赤く、空はまだ青い。音がする。銃の音だ。まだ遠い、だけれど、遠すぎるというわけじゃない。むしろ近すぎる。今の、この状況に当てはめてみれば。
 エストラゴンの表情は、陰になってよくわからなかった。愛機の左足にもたれ掛かって、彼は残りの時間を袋小路に行き詰まった決断にあてていた。私は何もできない。ただ、じりじりと過ぎてゆく時間と、エストラゴンの存在を気にしながら、立っていることしかできない。
「シャフトが折れたんだ」
 エストラゴンはぽつりと呟いた。私に話しかけているようで、彼は彼自身に話しかけていた。自分に言い訳をするように、多分、彼自身の何かを諦めるために。
「時間もない。マフードの連中はもうじきここに来る。向こうの丘で夜営するつもりなんだろう。確かに、あそこは見晴らしがいいからな」
 普通に考えれば、エストラゴンは言った。
「あんな連中の捕虜になるなんて、まあ、きっと大丈夫さ。多分、そうだといいんだが」
 アポリアは完全に一人用の乗り物だ。一切の隙間は無い。生身のままの彼を抱えたとして、加速に耐えられるわけもない。残念ながら、彼を私の機体に乗せるわけにはいかない。彼はここに取り残される。つまり、彼はここで死ぬ。運が良ければ斬首されるビデオを撮られて、運が悪ければ拷問されて死ぬ。苦しみながら。
 自殺はできない、彼はそういう宗教に入っていた。そう深くは信じていなかったが、まったく信じていないわけじゃない。そういう話をしてくれた事がある。あれは、いつのことだっただろう。
「ウラジミル、君は行かなくちゃいけない」
 エストラゴンはアポリアのコックピットに取り付けられた緊急パックから拳銃を取り出して、地面に置いた。アポリアは一人乗りだ、そして私のアポリアは健在だ。私はふと恐怖を感じて、すぐにその事を恥じた。エストラゴンは穏やかな目をしていた。
 拳銃、そんなものに何か意味があるのだろうか。あるのだろう。可能性というものは、掴もうとしなければ掴めない。たとえ無駄だと分かっていても。
 私も、緊急パックから拳銃と弾倉を取り出して、彼に手渡した。彼は「ありがとう」と言った。
「僕は進めない、僕は進むだろう」
 最後に、エストラゴンは私の手を握った。冷たくて、かさかさとしていて、乾いていた。腕の、注射の赤い腫れが痛々しかった。
「娘を頼む」

 そうして、私は彼を見捨てた。
 後悔は無い。そういうものだ。ただ、無性に悲しかった。



 そんなに複雑な話じゃない。ひとつの国があって、二つの民族がいた。
 一方の民族は不満を抱えていて、数が多かった。
 もう一方は政治的な利権を持っていて、数は少なかった。
 そこに至るにはねじくれた歴史があり、西欧の植民地政策の影響も少なからずあった。風説の流布があり、民族の貴賤が形作られた。責任や原因はどこか深くに押し込められ、いつの間にか意味を成さなくなった。
 どちらの民族がより不幸か。
 誰が原因か。
 すべては複雑に絡み合っているのに、自分の生き方に都合のいい情報だけが取捨選択された。
そうして、内戦が起きた。きっかけは些細な事だったと思う。少なくとも、そこまで重要な事じゃあない。
数の多い方が、数の少ない方を駆逐しようとした。民族浄化。当然、人が死んだ。死ぬより辛い目にあった人もいた。
 まあいい、ここまでにしよう。よくある話だ。
 これ以上はよそう。こんな話は、飽きるほど聞いているだろうから。
 どちらがどれだけ不幸かなんて、結局のところ何の意味もない。言い訳にしかならない。
 重要なことは、私が利権を持っていた方に属するというで、浄化されつつある側にいる、ということらしい。私自身はそうは思えないのだけれど、とにかく今のこの国ではそうなのだ。
 シリアスで、冗談も言えない。その余裕もない。
「ウラジミル、聞いているのか」
「はい」
 上官が疑わしそうにこちらをねめつける。私は目の前の書類に目を通すフリをしながら、コーヒーの表面に写る部屋の天井をぼんやりと眺めた。
 正直な話、この作戦はあまり乗り気にはなれなかった。死にそうな気がするし、死ぬよりも酷い目にあう気さえする。
「質問があります。なぜ単機で、それもアポリアで行く必要が?作戦の成否の面においても、ヘリの方が遥かに向いていると思うのですが」
「それについては、NATOからの要請でな。どうしてもアポリアでなければならないらしい。この基地から例の高地、ええと……」
「カダス」
「カダス高地まで、川を挟んで一番近い。この基地には君しかアポリア乗りがいない。君はノーデンス県出身で、つまりカダス高地は君に慣れ親しんだ場所のハズで、そして君はエースだ」
 結局、質問に答えていない。私はコーヒーを啜った。上官は私の肩を叩いた。コーヒーがこぼれた。
「行ってくれるな」
 素直にNATOとの関係が大事だと言えばいいのに。私は足まで垂れたコーヒーをハンカチで拭いつつ、そう思った。



 宿舎に帰る前に、ハンガーへ寄ることにした。ふと、愛機を眺めたくなったのだ。理由はない。でもたまにそういう瞬間がある。手入れされていなくて、ひび割れて、所々草がはみ出した道を歩いて、月の無い夜の暗さに驚いて、そして気がついた。
 ハンガーの天窓が明るい。まだ消灯していない。リコだ、私は思い出した。そういえば、今日は水曜日だった。
 やたら大きくて分厚いハンガーの扉に近付くと、カツンカツンと音がした。隙間から覗くと、リコが私のアポリアに向けて石を投げていた。小さい石から順番に。石はアポリアに近付くと、ある一定の距離で必ずぽとりと落ちる。見えない壁にぶつかったみたいに。
 けれど、石が大きくなるごとに、石の落ちる場所とアポリアまでの距離は短くなり、最終的に拳くらいの大きさの石がアポリアの装甲に到達した。
「トントの調整?」
 石を拾い集めて、そこに貼り付けられたシールを確かめながら、メモ帳に何かを書き込むリコに話しかける。リコは艶の無い真っ白な髪を掻き、手に持った鉛筆を口でくわえた。
「メモリが弱ってきてるね、そろそろ替え時だろう」
「プログラム周りも再設定するなら、経験値はおじゃんかな……できれば今度の作戦が終わってからにしてくれない?なかなか厳しそうなんだ、今度のは」
「クレイモアで脚をもぎ取られたいなら」
「そこまでなの」
 なら、仕方ないか。私は頭上の白熱灯を仰ぎ見た。白熱灯は黄ばんで、ほとんど茶色に変色している部分もあった。すべてはリコの煙草が原因だ。ニコチンは恐ろしい。でもリコは自ら望んで死に近付く。
「こればっかりは、バックアップは無意味だから」
「そうだね」
 リコは黙った。会話が途切れる。ぼんやりと、愛機を見上げる。五メートル強の巨体が、逆光の中でこちらを見下ろしていた。いくら黄ばんでいても、白熱灯はまだ十分にその役を果たしている。
 しかし、いつ見ても核実験の不具合で巨大化したバッタに見えるな。初めて見たときから、ずっと妄想していたことが浮かび上がる。アルビノのバッタだ。カメラの防護カップは赤くて、装甲は白い。頭から突き出た二本のべらぼうに太い可動式のアンテナは触覚に見える。そして痩せ細った上半身、それに比べてバカみたいに太く、大きく発達した脚部。
「まさに兎だな」
「いや、バッタでしょう、どう考えても」
 リコはちらとこちらを見て、鼻で笑った。
「跳ねることには変わりない」
「子供の頃、映画を見たんだ。ハリウッドの怪獣で、こんなのがいた。それはバッタだった」
「さあ、俺は見たことがないからな」
「本当だってば」
「へぇ。で、どんな厳しい作戦なんだ?」
 またリコを見た。面倒くさそうに鉛筆の尻を噛んでいた。
「NATOの落とものを拾いに行く。死ぬかもしれない」
「どこへ?」
「カダス」
 へぇ、今度は意味と感情を込めてリコは呟いた。羨ましいな、と。音は掠れていて、古びていた。
「ノーデンス県か。お前さんの故郷じゃないか」
「五歳までしかいなかった。ほとんど覚えてない」
 でも故郷だ。リコは言った。リコは鉛筆を噛むのを止めて、天井を見上げた。リコの目は毛細血管が浮き出ていて、白熱灯と同じくらい黄ばんでいた。天井を見ているわけではないのだろう。どこかの空を見上げているのだ。
 沈黙。遠くでジープの走る音がする。上官が上に黙ってこっそりねぐらにしているゲストハウスに帰るのだ。ゲストハウス。どんな所なのだろう。豪華な所らしい。客を招待する場所なんだから当然だけど。
「なんとかするよ、メモリは、うまい方法を考えとく。里帰りする奴には最高の準備をしてやらないとな」
 自分にできうる限りの豪華さを想像していると、リコが唐突にそう言って、私の肩を力強く叩いた。もし手にコーヒーカップを持っていたら、すべてをぶちまけて大火傷しただろうくらいの強さだった。リコはヤケに活き活きとしている。
「何か勘違いしてない?」
 リコは笑った。掠れていて、古びている笑いだった。私にはその笑みの種類がわからない。私は若い。彼は老いている。私はまだ若い。
「で、いつ出発するんだ?明日か?」
「いいや、そのあくる日」
 そして、その日は快晴だった



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