クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2010.06.11

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kuriari

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クリフトのアリーナの想いはPart11
232 名前: まがとき1/2 Mail: sage 投稿日: 2010/06/11(金) 23:39:06 ID: dVEtkK/e0


暗闇に沈む宵に向けて逢魔が時は迫りつつある。
黄昏の色合いを纏い、光と陰が交錯する暮れなずむ景色に人々が帰路の流れを生じさせる。
そこには子どもの姿も多く、友人同士や兄弟で駆け足で連れ立って進む子らもいれば、父親や母親に手を引かれている子もいた。
人々の暖かな営みを感じさせるそれらの光景を道の端に寄り、一人眺める主君の後姿。
クリフトは呼びかけるために歩んでいた足を止める。
彼のいる場所からは後姿しか窺えず、アリーナの表情は見えない。
深みを増した金の光が、朱を帯びる蜂蜜色の彼女の髪をいっそう鮮やかに照らす。
だがその輝かしくも幻想的な姿に反して彼女の背から受ける印象は、小柄な姿態も相まってどこか哀憐を誘う。
宿屋へ戻るよう声をかけんとしたクリフトだったが躊躇われ、言葉ごと声を飲み込んで。
しかし、どうしていいかも分からずただ立ち尽くしていた。
その間も刻々と周りには落陽の色が広がる。
準じて街並みは妖しき竜のあぎとに飲まれいくかのごとく濃厚な影に沈まんとしている。
さながら帰路を急ぐ人々の動静は、禍々しくも感じられるこの状況からの逃避にも見えた。
「……何をやっておるんだ」
「え、あ。ブライ翁」
後方から聞き覚えあるしわがれた声に呼びかけられ、クリフトは現実感を取り戻す。
「まったく。おぬしは主人をお連れすることも出来んのか。そんなことでは側近は務まらんぞ」
やれやれと魔杖で肩を叩きながらブライは彼の横を通り過ぎ、
老境など感じさせぬ颯爽とした足取りでアリーナのもとへとまっすぐに進む。
迷いも躊躇いもない老臣の歩みに、クリフトもまた臣下として主君への忠誠心を奮い起こして続いた。
胸中に渦巻いていた、可憐なこの少女を抱きしめたいなどという愚かな願望はねじ伏せて。

ブライがアリーナに声をかけると、彼女はゆっくりと老師のほうへと振り向いた。
寂しげにブライを見る俯きがちな表情から日頃の溌剌さはなりを潜めている。
しかしクリフトの存在に気付くと一瞬だけ面持ちを強張らせたが、
それこそ瞬く間にその容相はいつもの『おてんば姫』のそれになる。
その姿の痛ましさに彼は胸を突かれる。
「なによ、二人そろってお迎えなんて。一人でだってあたしはちゃーんと宿屋に戻れるんですからね!」
「迷い子のように立ち尽くしておられたのに、どの口がおっしゃるか」
「ま、迷子になってたわけじゃないもの!
その、ちょっとこの夕暮れの情緒ってやつを堪能していたのよ。子ども扱いしないでちょうだい」
長きをかけて培われただろう信頼の深さが垣間見える姫君と老師の軽口の応酬は、夕暮れ独特の物悲しい空気を和ませる。
「へんにブライがからかうから、せっかくの風情が台無しだわ。クリフトもそう思うでしょ?」
「ですが夕闇には魔が潜むと言います。まだ陽があるうちに我々も戻りましょう」
「あら。魔物なら大歓迎よ!」
「魔とは魔物であるとは限りません。禍いのたぐいのことも含まれているのですよ。
不意に降りかかる禍いはいかにアリーナ様とて退けようがありませんからね」
アリーナの繕う弱さには気付かぬふりで、しかつめ顔で彼は神官たる振る舞いを普段以上に心掛ける。
否。彼女が弱さをさらけ出せるほどの度量がまだ己には備わっていないことにこそ、気付かぬふりを装いたかったのかもしれない。
「っもう……はーい、わかったわよ。老師殿と神官さまの仰せのとおり、早々に宿屋へと参りますわ!」
聞こえよがしに言いまわしこそ丁寧なもので締めたものの、
語尾を荒げて足早に黄昏の街路を進むむくれた姿にさきの痛ましさはなく。
クリフトの胸には安堵と、少しばかりの未練気が過ぎる。
「ほれ、何をしておる。我らもさっさと参るぞ」
ブライの声音は、そんな僅かな未練気さえも厳かに窘めるかのように彼には響いた。


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