クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2009.11.17

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kuriari

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クリフトとアリーナの想いはPart10
715 名前: 1/10 ◆YISOKD5/z2 Mail: sage 投稿日: 2009/11/17(火) 10:15:29 ID: nKK06aaP0

 「アリーナ姫の秘密」に関する考察


サントハイムの誉れ高き女王アリーナの死後、一冊の本が出版され、
世間を賑わせた。
「アリーナ姫の秘密」という名のその本は、かつての臣下であり仲間でもあった
神官クリフトから、アリーナに送られた手紙をまとめたものである。
そして本の編纂、出版に携わったのは、これまたかつての仲間、
大商人トルネコであった。

トルネコはエンドールの平和と発展に貢献した偉人として知られているが、
実際には抜け目なくずる賢い商人そのもので、軍事増強を図るボンモール相手の
商売で暴利を貪った挙句、エンドールに内情を密告することで国王に取り入った
というのが実情のようだ。
その際に国同士で交わされた書簡に関して、トルネコが手を加えたのではないか
という説があるが、「アリーナ姫の秘密」の出版経緯を考えれば、信憑性のある
話かもしれない。

トルネコが他人の筆跡を真似る、つまり文書偽造の技術に長けていなければ、
「アリーナ姫の秘密」は存在しえず、神官クリフトがアリーナに宛てた手紙は
彼女の棺に納められていたのかもしれないのだから。


◇《以下、「アリーナ姫の秘密」前書きより》◇

あの冒険から二十年近くは経っていただろうか。
突然の懐かしい来客が持ってきた依頼が、全ての出発点だった。

「トルネコさん、貴方にしか頼めない依頼があるのです」
そういうと、彼は私の前に数々の秘宝―――商人なら噂くらいは聞いたことが
あるが、実際に目にしたのはどれも初めてという品ばかり―――を置いた。
「私に代わって、ある方に手紙を送り続けて欲しいのです。
 ペースは一月刻みほど、内容が少々厄介なのですが…」
「いや、ちょっと待ってください!
 手紙とはいえ、あなたの代わりなんて私には無理ですよ!」
彼の要求はあまりに突拍子のないもので、私は反射的に断った。

しかし彼は、私の反応など意に介さず、話を続けた。
「手紙の内容は、便箋5枚分程度の冒険小説を書いてくださればよいのです。
 私もできる限り原案を作ろうと思いますが、
 トルネコさんなら旅の経験も豊富ですし、
 ネタが切れることもないでしょうから」
そこまで聞いて、私は彼の依頼内容を詳しく聞いてみる気になった。
報酬欲しさもあったが、何より好奇心がそうさせたのかもしれない。
「それで…どういった経緯で、アリーナさん…いや、女王様にそんな手紙を?」

そう、彼はかつての旅の仲間であるサントハイムの神官クリフトであり、
手紙の相手というのはかの国の女王、アリーナだった。
といっても、クリフトは既にサントハイムを離れ、放浪の神官になったという
噂を聞いたことがあった。
浅黒く焼けた肌や、どことなく憔悴して痩せこけた顔などを見ても、
今目の前にいる男が少なくとも城仕えではないのは確かだろう。

一方のアリーナは、サントハイムに戻って間もなく他国の王子と結婚し、
子宝には恵まれたものの夫に先立たれ、現在は女王としてサントハイムを
統べている。

持っていた鞄から束ねられた便箋と年季の入ったノートを取り出すと、彼は
そのアリーナ女王について話し始めた。
「あの旅を終え、サントハイムに戻った後、
 アリーナ様は私を呼びつけてこう仰いました。
 『私に自由をくれてありがとう』と」
彼は遠い目をして、話を続けた。
「何のことかと聞けば、ミントスで私が倒れた事件のことだというのです」

そう言われ、私もミントスで初めて彼らと出会ったこと、氷の洞窟で
件の女性がなんというか…実に勇猛な活躍をしていたことを思い出した。
「なるほど。
 確かにそのおかげで彼女はあなた方監視役の目を逃れて
 自由に冒険できたわけですな」

「ええ…私もそういう意味かと思ったのですが…違いました。

 『私はずっと城の中で生きてきて、自分が自由だと感じたことなんて
  一度もなかった。
  それで自由が欲しくて城を飛び出したのに、何も変わらなかった。
  武術大会で優勝したときさえ、ずっとお父様の手の平の上でもがいてる
  だけって気がしてたわ。
  お父様は私に危険がないことを百も承知で泳がせてるだけじゃないかって。
  サントハイムの皆が消えてからは…言うまでもないでしょ?
  お父様を…皆を助けなきゃって、使命感でいっぱいで、息苦しくて
  押しつぶされそうだった。
  でも…クリフトが病気になって…あの時だけは違った。
  クリフトを助けたい一心で駆けずり回って…
  あの時だけは、国も身分も何もかも、忘れることができたの』

 アリーナ様は、そう仰ったのです」

そこまで言うと、彼はふうと溜息をついた。
疲れた表情が、彼の顔を何倍にも年老いて見せていた。
少しでも空気を軽くしようと、私は努めて明るくこう言った。
「つまり…姫君から愛の告白を受けた、ということですかな?」
私の言葉に、彼は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに苦笑まじりの顔で
こう答えた。
「そうだったのかもしれません。
 ですが私はアリーナ様の言葉に打ちのめされていました。
 この方は、私には計り知れない苦しみを抱えているのだという現実を
 突きつけられたのです。
 頑然とした身分の差は、しかし形骸化したもので、乗り越えることのできる
 外因的な障害だと思っていました。
 しかし違った。
 そもそも、私とアリーナ様は生きる世界が違ったのです」

彼の言葉は、とても強く印象に残った。
旅の間、彼が想い人との身分差に悩み続けていたことを知っていたからかもしれない。
その悩みを彼は(残念な形ではあるが)決着させ、自らの生き方を決めていた。

私は、彼の依頼を引き受けることにした。

彼の「仕事」の引継ぎは、想像以上に厄介だった。
手紙の内容は―――本編に関わる為、あまり詳しくは触れないが―――彼の言う
通り、冒険小説で、登場人物は若き日のアリーナ姫と神官クリフトという設定だ。
二人は毎回新しい場所を訪れ、ダンジョンを探索したり、街の騒動を解決したりする。
そして―――ここが一番難しかったのだが―――手紙の中の二人は恋人同士で、
しかしまるで子供のように無垢で、精神的な繋がりしかないという点だ。
ただの商人である私にとって、小説を書くというだけで一苦労なのに、
当事者だけが共有できる感覚を再現するのは至難の業だった。

とはいえ、当のアリーナ女王には、まったく気付かれていないようだった。
彼女からの返信に不審がっている様子はなく、「今度はこんな場所に行きたい」
といった物語の催促を受けるくらいのものだった。

そんなある日、私は商人仲間から、アリーナ女王が重い病に倒れたという噂を
耳にした。
私は、アリーナ女王宛に謁見の時間を頂きたいという旨の手紙を送った。
もちろん、商人トルネコとして。

時を待たずして、アリーナ女王からサントハイムに招かれ、謁見の機会を得る
ことができた。
個人的な要件だと伝えてあった為か、通された場所は彼女の私室だった。
華奢な椅子に腰掛け、静かに微笑むその人は、旅の仲間だった頃からは想像
できないような、気品あふれる女性に成長していた。
彼女には既に成人近い子供がいるはずだが、年齢を感じさせないほど美しかった。

「今日はその、アリーナ女王陛下にお願いがあって参りました」
挨拶も早々に、私は本題を切り出した。
「そんなにかしこまらないで。昔みたいに呼んでくれたらいいわ、トルネコ」
「は、はい…それじゃあ、アリーナさん。
 実はその…あなたがクリフトさんと交わした手紙について、お話があります」
そう言うと、アリーナ女王の顔色がさっと青ざめた。
「な…どうしてそれを…!?」
「クリフトさんから聞いたからです」
彼女により強く理解させる為に、私は「前回の手紙」の一文を暗唱した。
その効果は絶大で、彼女はワナワナと震えだし、もはや私の顔を見ることすら
できないほど狼狽していた。

「…そんな…どうして…あれは私たちだけの秘密だったのに…」
「残念ながら、もう秘密ではないんです。
 それに、彼はもういない。
 二年ほど前に、巡礼先で亡くなったそうです」

彼は、私が問題なくアリーナ女王への手紙を書くことができると判断すると、
またすぐに旅に出た。
ゴットサイドに巡礼に行くと言っていたが、彼が死んだと知ったのはそれから
間もなくのことだった。
この話を受けた時点で、彼が自らの死を予感しているのだろうことは感づいて
いたが、かといってどうしてやることもできなかった。

「でも…でもクリフトから手紙は来ていたわ!
 つい二週間前だって…!」
「その手紙はクリフトさんに頼まれて私が書いたものなんですよ」
「…!…」
彼女は絶句し、二の句も継げないようだった。
さすがの私も、茫然自失となっている彼女に対し、話を続けるわけにはいかず、
しばらく無言のときが流れた。
彼女が気丈にも続きを促したとき、むしろ私のほうが躊躇したくらいだった。

「…続けて、トルネコ。
 それともあなたが代理で手紙を書いていたことを告白に来ただけなのかしら?」
「いえ…
 アリーナさん、どうか私にあなた方の手紙の権利をお譲り頂きたいのです。
 その中には私が書いた分もありますし…正確には21通分ほど。
 その執筆料として頂けないかと」
生気の抜けた彼女の顔が、みるみるうちに紅潮していくのがわかった。
「執筆料ですって…!?
 ああ、ブライの言ってた通り! 本当に商人っていうのはタチが悪いわね!
 そんな打診に、ええいいですとも、なんて答えると思うの!?」
彼女は声を荒げ、かつてのアリーナを思わせる気迫でこちらに詰め寄ってきたので、
冗談抜きで命の危険を感じ、慌てて別のアプローチに切り替えた。

「私はあなた方の手紙を一冊の本にまとめ、世に送り出したいと思っています。
 それは確かに商人としての打算もありますが、
 何より、他ならぬあなたの為を思ってのことです」
「…私の為、ですって…?」

「クリフトさんはいつもあなたの幸せを願い、陰から支えてきたんです。
 だからこそあなたのそばを離れ、あなたが望む通りの冒険小説を書いて、
 勇気づけようとした。
 そうしてあなたの為に一生を捧げたというのに、
 今のあなたはあまりに幸福とはかけ離れている」
「…何を言うの…私は幸せよ。
 確かに、女王としての人生は私にとって大きすぎる重荷…
 それでも、クリフトは私にこの上ない贈り物をくれたわ。
 目を閉じれば、私の心はいつでもあの頃に戻ることができる…」
潤んだ瞳でこちらを見返す様に、私の心は締め付けられるようだった。

「いいや、それは違います、アリーナさん。
 あなたが言ってるのはただの現実逃避だ。
 クリフトさんが言っていた自由ってのは、そんなんじゃないはずです」
彼が紡いだ物語には、何度もアリーナ姫に自由とは何かを説くシーンがあった。
そしてその仕事を引き継いだ私も、同じメッセージを送り続けていたのに、
この人には届いていないのだ。

「『人間の心は何にも縛ることができません。
  だから、アリーナ様はいつだって自由であらせられます』

 …それが、クリフトさんがあなたに伝え続けたことです。
 あなたが思い出に逃げることを望んでいたわけじゃあない…」
そこまで言うと、私は彼女に背を向けた。
背後で彼女のすすり泣く声が聞こえたが、私は何も言わずに立ち去った。

正直に告白しよう。
私は、彼からこの話を持ちかけられたときから、本にまとめようと決めていたのだ。
彼は昔から自分が手紙に書いたことをノートに複写していたし、手元には彼女の
手紙もある。
二人の死後、私がこれをどう扱い、どう儲けようと構うまい、そう考えていた。

しかし、いつからか私の中に、自由という妄執に取り付かれた彼女を救いたい、
という気持ちが生まれていた。
少なくとも、二人の秘めた想いを世間に公表することにより、彼女はひとつの
しがらみから解放されるだろうと考えたのだ。

いつのまにか私は、物語の中の神官クリフトになりきっていたのかもしれない。

◇《以上、「アリーナ姫の秘密」前書きより》◇


前書きが示す通り、「アリーナ姫の秘密」の出版にはアリーナ自身の許可を
得ていたようだが、実際に本が出版されたのは彼女の死後となった。

死の直前のアリーナから受け取った手紙として、トルネコは後書きに以下の
文面を載せている。

『トルネコ、あなたのお陰で、私は真の自由が何であるか、ようやく気付く
 ことができました。
 私は水面に映る月を手に入れようと、必死で水をすくっていただけなのかも
 しれません。
 頭上の月に気付かずに、降り注ぐ光に気付かずに。
 私は今、クリフトが眠るこの地で、とても穏やかな日々を過ごしています』

この手紙は現在まで保存されているが、大半の歴史研究家はトルネコによって
偽造されたものだと考えている。
何故なら、アリーナから送られた書簡として保存されているもののほとんどが
同じ封蝋をされているのに対し、このトルネコ宛の手紙だけは、簡易な糊留めの
形跡しか残っていないからだ。

恐らく、トルネコは物語を美談としてまとめる為、このような手紙をでっち
あげたのだろう。

王家の血統が政治、宗教の両面から神格化されていたサントハイムにおいて、
スキャンダルはご法度だった。
実際、たいていの王室ゴシップ本はすぐに出版差し止め処分になっており、
現在まで文書や資料が完全な形で残っているものはほとんどない。

しかしこの本は黙認され、今なお関連書簡が数多く残されていることから、
トルネコが作り上げた「アリーナの手紙」は、当時のサントハイム権力者を
黙らせるに十分な効果を上げたと言えるだろう。

そもそも、クリフトの手紙は実に特殊な、つまり「女王の為に書かれた冒険小説」
の体をなしており、それをまとめて出版するだけなら、王室を敵にまわすこと
もなかった。
しかし前書きで女王の秘められた想いを暴露することにより世間の注目を集め、
後書きではこの本の存在そのものが彼女の救いであるかのような演出により
王室側の批判を封じ込めた。

これがすべてトルネコの計画であったなら、彼の計算高さは驚嘆すべきものだ。

死期を悟ったアリーナが、故国の王室を離れ、家族とも距離を置き、一人
ゴットサイドで晩年を過ごしたという記録は確かに残っている。

しかしアリーナは本当に、真の自由を手に入れ、心安らかな日々を送った
のだろうか?
愛する者の死という新たな鎖に繋がれ、苦悩と贖罪の日々を送ったのではない
だろうか?

それを知る手段はもはや何も残されておらず、永遠に「アリーナ姫の秘密」
のままである。


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