クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2008.12.25

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kuriari

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クリフトとアリーナへの想いはPart9
671 名前: 【ザラキーマ】1/5 ◆cbox66Yxk6  Mail: sage 投稿日: 2008/12/25(木) 19:37:33 ID: GIUbkasK0

「ねえ、クリフト。ザラキの上級呪文って何だっけ?」
「上級致死呪文……ザラキーマのことですか?」
「あぁ、そう、それ。ザラキーマよ」
「それが……どうかしましたか?」
かすれる声を自覚しつつ問い返した私に、姫さまは無邪気に微笑んだ。
「前から思っていたのだけどね、クリフト、かなり修行を積んだでしょ? 
そろそろ唱えられるようになっても不思議じゃないかなって」

その言葉を耳にした瞬間に走った衝撃をどう言い表せばよいのかわからない。
ただ、頭に浮かんだのは、なぜそれを姫さまが訊くのかということだけ。
どうして、よりにもよって姫さまなのか。
ザラキーマについては、いつかは訊かれることだと覚悟していた。
旅を続ける上で、仲間の戦闘能力を把握することはとても大切なことだったから。
しかし、なぜよりにもよって姫さまが、それを私にお尋ねになるのだ。
私は震える唇をきつくかみ締め、呻くように呟いた。
「ザラキーマは……私には荷が重過ぎるようです」
私の返答を聞いて何を思ったのか、姫さまは「ふぅん」と小首を傾げ、私を見上げた。
「クリフトぐらい強くなっても難しいのね。わたしは呪文のことってさっぱりわからない
から何とも言えないけど……きっといつかは唱えられるようになるわよ」
ザラキーマを会得できず落ち込んでいると思われたのか、姫さまは私を元気付けるように笑った。
「……そうですね。そうなれればいいと、私も思います」
喉に絡みつくような不快感と戦いながらも、私はやっとの思いで微笑んだ。
「もうっ、気弱にならないの! クリフトならできるって、わたし、信じてるから」
―――信じてるから。
そう言って、まっすぐに見詰めてくる姫さまを直視することも適わず、
私はただ項垂れるしかなかった。

上級致死呪文、ザラキーマ。
高位の神官でさえ、唱えられるものは存在しないのではないかという超難度の神聖魔法。
否、正確に言えば、呪文自体を発動させることはある一定の水準を満たしていれば可能なのだ。
唱えるだけなら―――結果を顧みなければ―――可能な神官はいる。
いる、ということを知っている。
なぜなら、自分もそのひとりだからだ。
術を発動させるだけの技量も精神力も不足はない。
私は唱えようと思えば、今すぐにでも唱えることができるだろう。
だが、私は唱えることができない。
使えるのに、使えない……使わない。

―――なぜ?

それは、呪文の持つ性格ゆえ。
最上級致死呪文ザラキーマは、敵全体に向けて放たれるものだ。
―――敵全体。
それが問題なのだ。
初級致死呪文ザキ、中級致死呪文ザラキは、単体もしくは敵の一部のみに放たれる。
範囲が限られているため、目の前にいる敵に集中し、その姿を脳裏に思い描くことは
さほど難しいことではない。
要するに敵認定がしやすいのだ。
それに比べ、敵全体という定義はなんと曖昧で、恐ろしいものか。

私はそこに思考が至ったとき、そのあまりの恐ろしさに身震いした。
そう、敵とは何だ?

もし呪文の発動中に私が心を乱してしまったら結果はどうなる?

例えば、ソロさんに助けられる姫さまの姿を見て私は平静でいられるだろうか?
私が望むべくもない強靭な肉体を持つライアンさんに私は嫉妬を感じていないだろうか?
いつも明るい話題で姫さまを笑わせてくれるトルネコさんに、私にない魅力を感じて
苛立っていないと言い切れるだろうか?
私より長い時を姫さまと過ごしてきたブライ様を、どこか羨んでいないだろうか?

もし、彼らを心の奥底で憎く思っていたら?
無意識であったとしても、彼らを排除したいと思ってしまっていたら?

―――怖い…怖くてたまらない。


「おーい、アリーナ。悪いんだけどさ、水汲み手伝ってくれないか?」
「あ、うん。今行く」
ソロさんの呼びかけに快く答えつつ、姫さまが手を振る。

その光景に、私の胸がずきんと痛んだ。

この痛みがある限り、私はザラキーマを唱えることはないのだろう。
なのに、姫さまはそんな私の胸の裡を知ることもなく、仲間の待つ馬車に向かって
駆け出す。
その後姿をじっと見つめていると、ふいに姫さまが美しい赤毛を靡かせ振り向いた。
「ねぇ、クリフト。わたし応援してるからね」

だらりと垂らしていた腕に徐々に力が入る。
「姫さま……」
なぜ、なぜ貴女がそれをおっしゃるのか。
「貴女がいるかぎり、私はザラキーマを唱えることはできないのに」
貴女への狂おしいほどの恋心があるかぎり、私がそれを使うことはありえないのに。
「私は、こんなにも貴女が愛しくて、そして……」
握り締めた拳が、震える。
「その無邪気さが、優しさが……憎いです」
もし、私がザラキーマを唱えたら?
「私は貴女を……」
硬く目を閉ざし、震える拳で口許を覆う。
「私は貴女を、殺してしまうかもしれない」

―――この、恋心ゆえに。

                                     (終)




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