クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2007.02.12

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いはPart6
931 :アネイルお湯物語1/8 ◆ByK7Tencho :2007/02/12(月) 23:45:55 ID:lcFJDkxc0

ここは温泉の町アネイル。あたしが来るのは、これで二度目になる。
長年の持病や病後の回復には、ここのお湯が一番効くらしい。
お湯の中でじっとしてるなんて、あたしの性分には合わないんだけど。

先を急ぎたいあたしたちが、あえてここに立ち寄った目的は二つ。
病み上がりの神官、クリフトの体調を回復させるのと、身体を清潔にするため。
一ヶ月近くも寝たきり状態だったから、歩くとまだふらつきが残るんだって。

ところが、みんな忙しくって…クリフトを温泉に入れてあげる人が誰もいないの。

じいやのブライは、氷の魔法の使い過ぎで、持病の腰痛がまたもや復活。
今は宿屋のベッドで横になってる頃じゃないかな。情けないわね。

ソロは「俺は男の裸には興味ねえから、主君のお前が何とかしろ」とそっけないし、トルネコさんにも、「長い間滞ってた武器の研磨に入るので…」と、やんわり断られた。
昨日までソロたちの仲間だったホフマンって人は、商売の勉強中で忙しいみたい。

あーあ、これで男性メンバーは全滅か。
他に、誰か引き受けてくれそうな人なんて…あ、いたいた。

「ねえ、ミネアー、ミネアったらー」

いつもなら気軽に応えてくれるのに、ミネアは呼んでも返事してくれなかった。
暗くて狭い馬車の奥で、じっと座ってる。いったい何をしてるのかしら?
あたしがさらに声をかけようとするのを、お姉さんのマーニャに止められた。

「あれは占いの魔力を保つための瞑想なの。一度始めたら、数時間はあのままね」

そんな…困ったなあ、どうしたらいいんだろう。
腕を組んで考え込むあたしに、マーニャはとんでもないことを口走った。

「手伝う人がいないんだったら…アリーナ、あんたがクリフトを温泉に入れてあげたら?」

ちょ、ちょっと。いきなり何を言い出すかと思えば――――
あ、あたしが?クリフトを温泉に入れる、ですって?

「ソロも言ってたじゃん。あんたのお供なんだから、やっぱり主君が面倒見なきゃね。
 あ、アタシも野暮用があるからダメよ。じゃ、ヨ・ロ・シ・ク」

マーニャったら、あたしの肩をポンと叩いて、口笛を吹きながらどこかへ行っちゃった。
実を言うと、一緒にお風呂に入るのは初めてじゃない。小さい頃に何度か入ったから。
でも、それは十年以上も前の話。今は…そんなことできるわけないでしょ!
はあ。ここでずっと悩んでいても、仕方がないわね。
……わかったわ、あたしが入れればいいんでしょ。もう、みんな自分勝手なんだから。
あたしは、誰かに言い訳をするかのように、珍しく独り言を口にした。
だけど、本当は…自分自身に対しての言い訳のような気がする。

とりあえず、湯上げ用と身体を洗うタオルは揃えたし、石鹸も持った。
替えの下着は、トルネコさんが用意してくれてた。よかった、探す手間が省けたわ。

あたしが自分をお風呂に入れると知ったクリフトは、
案の定、首がちぎれんばかりの勢いで「とんでもありません!」と横に振った。
でもね、毎日身体を拭いてもらってたとはいえ、一ヶ月くらい入浴してないのよ。
「不潔なままでいると、みんなに嫌われちゃうから」って説得したんだけど、変なところで頑固なあいつは、首を縦に振ろうとはしない。

あら、そう。じゃあ「これは王女としての命令だから、従いなさい」って言ったら、クリフトは、うつむいていた顔を上げ、「…承知しました」って頭を下げた。
そうそう、人間やっぱり素直さが肝心よ。さあ、温泉まで行きましょ。

湯場に着いたあたしたちは、男湯の脱衣場に入った。
平日のお昼前のせいか、お客さんはあたしたち二人だけ。
番台のおばさんが、男湯を貸切りにしてくれた。ふーん、意外と気が利くじゃない。

でも、何か視線が痛いのよね。シワだらけの顔がにやついてるし。
「若い人たちはいいねえ。しっかり楽しんでおいでよ」って、どういう意味かしら?

クリフトが着替えてる途中、あたしはカゴ置き場の陰に隠れてた。
着替えが終わったって言ったから、あたしはクリフトの前まで出てきたんだけど…

…ちょっと、何よその格好は。
あんたね、女の子じゃないんだから、胸までタオルで隠すのはやめたら?
あたしがそう言うと、クリフトはしぶしぶタオルを胸の下まで下ろした。
うーん…さっきよりはましだけど、身体を洗うのには邪魔よね。

あたしはタオルをつかみ、おへそが見える位置まで下ろしてやったわ。
そしたら、クリフトは小さな悲鳴を上げて、あわてて胸までタオルを戻した。

やだ、全部下ろすわけないじゃない。
言ったあとで想像したら、恥ずかしさで顔が真っ赤になっちゃった。
よく見ると、クリフトの顔も赤くなってる。まさか、熱のせい?
あいつの額に手を当てたけど、顔が赤いだけで熱はなさそうだから、たぶん大丈夫ね。

あたしは、足元が危なっかしいクリフトに肩を貸し、ゆっくりと椅子に座らせた。
桶と椅子は、このあたりで採れる最高級の香木を使ってるんだって。
上品ないい香りが浴場内に漂ってる。まるで湯気そのものが香るような感じね。

まずは頭を洗うため、桶で温泉の湯を汲み上げた。
温度を確かめたあと、最初に手足にかけ、それから頭と身体に湯をくぐらせた。
それから、あたしは洗髪用の石鹸を泡立てクリフトの頭になじませる。
くしゅくしゅと頭全体を洗い、かゆいところがないかを確認した。

「特にございません」と言ったクリフトは、目を閉じてじっとしてる。
久しぶりの入浴だから、気持ちいいんだろうな。

ミントスで倒れてからは、ブライや町の神父様が毎日身体を拭いてくれてたし、
ソロたちがブライを連れてパデキアの種を取りに行ってる間は、ホフマンさんが宿屋に残って、クリフトを世話してくれてたんだって。
あたしが思ったよりも、身体は清潔な状態だった。

頭に何度もお湯をかけて洗い流し、もう一枚のタオルで髪の水分を拭き取った。
今度は身体を洗うため、タオルに石鹸をこれでもか、と何度もこすりつける。
嫌がるクリフトを無視して、あたしは巻きつけたタオルを腰まで下ろした。

まずは背中から洗おうとした時、あたしは思わず息を飲んだ。
だってクリフトの背中、傷痕だらけだったんだもの。

これは間違いなく、今までの戦いでできたものだわ。きっとそうよ。
ちょっと待って。戦いでならあたしの方が傷を受けてきたはずなのに、どうして?

あたしは、袖をまくり上げて自分の腕や肩を確かめてみた。
目を凝らしてよーく見ないとわからないくらい、傷痕は薄くなってる。
マーニャやミネアも、あたしが指差して見せないとわからなかったくらいだから。

そういえば、クリフトはいつもあたしやブライの回復を優先させてたわね。
だから、たとえ傷ついても、自分の回復は後回しにしてたんだわ。
ほんの小さな傷でも、手当てが遅れると化膿したりして傷痕が残るから、ってミネアが教えてくれたっけ。

バカね。クリフト、…あんた、本当に大バカだわ。
あたしやブライには「私は大丈夫です」って平然としてたくせに。
やせ我慢ばっかりするから、結局ミントスで病気になって倒れたりしたのよ。

昨日までの戦いを思い出したあたしは、自分の目が潤んでるのに気がついた。
やだな、泣くつもりじゃなかったのに。
どうしよう、涙が止まらない。おまけに鼻までぐしょぐしょになってる。
あたしはあふれる涙を腕で拭い、あわてて鼻をすすった。

鼻をすする音が聞こえちゃったのかな。クリフトは振り向いて
「大丈夫ですか?もしかしてお風邪を召されたのでは…」と声をかけてきた。
もう、相変わらず心配性なんだから。
あたしは「ちょっと石鹸が目に入っただけ」ってごまかしておいた。

うん、あたしは大丈夫だよ。
もっともっと強くなって、クリフトが自分に回復魔法をかけられるようにするわ。
これ以上、あんたの身体に傷痕を残させたりしない。
だから、もうあたしや誰かのために無理はしないでね。

おっと、早く身体を洗ってあげなくちゃ。このままじゃクリフトの方が風邪引いちゃう。
あたしは石鹸たっぷりのタオルを背中に当て、ゆっくりとこすり始めた。
でも、無数の傷痕が気になって、どうしても強くこすれない。
傷自体は完全に治ってるんだから、もう痛くないってのはわかってるのに。

時間をかけて背中をこすったあと、今度は胸の方を洗おうとした。
なのに、クリフトは泡立ったタオルをあたしから取り上げ、自分で洗い始めたの。
何よ、あたしがちゃんと洗ってあげるって言ったのに。
上からそっと覗き込むとクリフトはあたしの視線から逃れるように横を向いた。

「す、すみませんが、後ろを向いていてください」
クリフトは小声でそう言うと、腰のタオルに手をかけた。

あ……そっか。
クリフトの言っている意味にやっと気がついたあたしは、少し離れて後ろを向いた。
やだわ、また顔が真っ赤になっちゃったじゃない。

「もう終わりましたから」とクリフトが言ったので、
あたしは元の位置に戻り、桶で湯を汲んで、もう一度あいつの身体を洗い流した。
背中の傷は、今もなお、あたしの心をぎゅっと締めつける。
ごめんね、クリフト。こんなになるまで気がつかなくて、お姫様失格だね。
自分の力の差も考えずに、突っ走ってばかりだったせいだわ。

あたしは、クリフトの背中に頬を寄せ、首に手を回した。
小さい頃、ここはあたしだけのものだった。温かくて安らげる秘密の場所。
こうして頬を当てると、今も温かくて気持ちいい。
違うのは、あの頃より大きくて広くなってるのと、痛々しい傷跡だけ。

あんまり居心地がよかったから、身体もぴたっとくっつけて目を閉じた。
そしたら、クリフトがか細い呻き声を上げ、前の方を押さえてうずくまってんの。
具合でも悪くなったのかと思って、あたしは様子を見ようとするんだけど、さっき胸の方を洗おうとした時以上に、真っ赤な顔で反対向くのよね。
こっちは心配してるっていうのに、変なクリフト。

さて、そろそろ湯船に入れてもいい頃かな。
気を取り直して、あたしはクリフトの肩に手をかけて、立ち上がらせた。
平らな岩に座らせ、あいつは湯船に足を踏み入れる。
クリフトが腰のタオルに手をかけるのを見かけたあたしは、
急いでその場を離れ、あいつが湯船に入るのを待った。

チャポン、と小さな水音をたて、クリフトが湯船につかった。
あたしはおそるおそる近づき、湯船を眺めてみた。
濃い乳白色の温泉だったため、上半身から下は全く見えないみたい。
よかった。これなら近くで様子を見ていられるわ。

…やーね、クリフトったら鼻歌なんか歌っちゃって。よっぽど気持ちがいいのね。
そういえば、クリフトが鼻歌歌ってるの、あたし初めて聴いたわ。
そうだ、あたしも足だけつかっちゃおうかな。
桶で湯をすくって両足を洗ったあと、右足を上げて湯船に入ろうとしたら、
あたしは床で足を滑らせ、よろめいてしまった。

「きゃあっ!」

あたしはバランスを崩し、大きなしぶきとともに湯船へと落っこちた。
深さはそれほどでもなかったのに、あたしの全身は湯船へと沈んでいく。

クリフトがすかさずあたしを抱え、水面へと上げてくれたけど、もう遅いわ。
あーあ、全身ずぶ濡れになっちゃった。髪の毛もびしょびしょになってる。

「ご無事ですか?」と問いかけるクリフトのそばに、折りたたまれた白い布が。
あれって、もしかして…さっきまで腰に巻いてたタオルなんじゃ。
今のクリフトは、何も身につけてない。ということは――――

「きゃーっ、きゃーっ、あっち行ってー」

パニックに陥ったあたしは、湯船から上がり、岩の上にぺたりと座り込んだ。
あれ?クリフトの様子がおかしい。顔がまた赤くなって、両手で鼻を押さえてる。
白い温泉があいつの周辺だけ赤いわ。たぶん鼻血ね。のぼせちゃったのかしら?

その理由は、あたしにもすぐにわかった。
さっき湯船に落ちたせいで、あたしの服は濡れてしまった。そのせいで服が透けて、つまり…あたしの出っ張ってるところが、丸見えになっちゃったのよね。

「やだーっ。見ないでよ、バカっ」

あたしが両手でふくらみを隠し、水面で足を強くばたつかせていた時、聞き覚えのある声が、湯気の奥から聞こえてきた。

「大丈夫かい?悲鳴が聞こえたから、様子を見に来たんだが…
 お取り込み中だったのかい。こりゃ、お邪魔だったかねえ。いひひひ」
「おや、兄ちゃん。あんた鼻血出してるじゃないか。でかい図体して、意外とうぶなんだねえ」

湯気の中から現れたのは、入り口にいた番台のおばさんだった。
あたしは着替えを受け取り、いつも以上に素早く袖を通した。
クリフトは気を失っているらしく、おばさんが湯船から上げ、着替えさせたみたい。
もう、世話が焼けるんだから。

ようやく心が落ち着いたあたしは、離れにある休憩所で、意識が戻ったクリフトの顔を眺めてた。

もういいわ、って何度も言ってんのに、クリフトは「申し訳ありません」の一点張り。
しょうがないから、「恥ずかしかったけど、本当は楽しかったよ」って本音を言っちゃった。

そしたら、クリフトは「実は……私も…です」だって。
どちらからともなく、あたしたちは大きな声で笑い合った。
こんなに笑ったのは久しぶり。それに、クリフトが笑うのを見たのは、もっと久しぶりだわ。

「あ~ら、お二人さん。ずいぶんとまあ、仲睦まじいことで」
「よう、クリフト。また鼻血なんか出して、何かやましいことでもしたのか?」

やだ、マーニャにソロ!…まずいわ。よりによって、この二人に見つかっちゃうなんて。

「何だよ、その嫌そうな顔は。俺は町の娘とのデートを中断してまで、捜しに来たってのに」
「そうよぉ。あたしだって、お化粧の時間を削って捜してたのよ。感謝してほしいわ」

だったら、自分の用事しててよ。他の人に頼めば済むことじゃない。

「あら、アリーナの髪の毛濡れてる…そうか。あんた、クリフトと一緒に入ったんでしょ!」
「へえ。よかったな、クリフト。そのうちお前も『あれ』から卒業できるぞ」

ち、違うわ。これはあたしが足を滑らせて、って……あたしの話、全然聞いてない。
それに、『あれ』って何よ。クリフトが卒業したのは、神官学校だけなんだけど。

いい加減からかうのも飽きたのか、二人は「もうすぐ昼飯だからな」と言い残して去っていった。
そっか、もうお昼なんだ。あたしたちもそろそろ帰らなきゃ。

帰り道の途中、あたしはクリフトの肩や背中をじっと見つめていた。
小さい頃は、あたしより痩せっぽちで弱々しかったのに、いつの間に、こんなにたくましくなったんだろう。全然気がつかなかったわ。

今日は、あたしがまだ知らないクリフトを見つけられた、大切な思い出の日。
クリフトにとっては、どんな日になったんだろう……いつか、こっそり聞いてみよっかな。
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