クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2006.12.31

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いはPart6
737 :【ソフィアの初恋】1/10 ◆ByK7Tencho :2006/12/31(日) 14:59:59 ID:n22I0lxZ0

一筋の薄雲が流れる、ある晴れた日の朝。
とある国の城では、王女とその花婿との結婚式が盛大に行われようとしていた。
祝福の花火と歓声があちこちで上がり、二人の晴れ姿を一目見ようと、
国の内外からたくさんの人々が詰めかけた。

王族と平民という身分の壁をもろともせず、互いの愛を貫き通したこと。
また、花婿が神官の地位を辞し、彼女の伴侶となる道を選んだという話は
いつしか逸話として広まり、人々の心はさらに高揚した。

式場となる大聖堂内には、生死と苦楽を共にした仲間も参列していた。
故国の国王を含む城内の全ての者が消失するという、不可解な事件の真相を究明する
旅を続ける中、大いなる運命の下で出会った彼らとは、今でも親交を深め合う間柄だ。

旅を終えてからは、それぞれの故郷で平穏無事に暮らしていたが、
二人の結婚の話を耳にするや否や、すぐさま駆けつけてくれた。
寡黙で律儀な男気あふれる王宮戦士、今や世界有数の豪商となったかつての武器屋、
太陽の申し子のごとく陽気な踊り娘と、その妹で月の輝きにも似た神聖さを有する占術師。
彼らは、二人を厳しくも温かく見守ってきた老魔導師と和やかに談笑している。

だが、その中に一人だけ姿を見せない者がいた。

城の外れの庭で、木陰にたたずむ人影。
淡い浅葱色のドレスと豊かな緑の髪が、そよ風で静かに揺れていた。
慶祝の日だというのに、澄んだ青い瞳を伏せ、表情には陰りが見られた。
彼女の名はソフィア。かつては皆から勇者と慕われ、尊敬を集めていた女性。

芝生の上に力なく座り込み、うつろな目で城の上方を眺めるソフィア。
彼女には、今日の晴れの日を素直に喜べない理由があった。

それは、今から数年前にさかのぼる。
ソフィアが17歳の誕生日を迎えた日、故郷の村が突然魔物たちの襲撃に遭い、
両親や村人、さらに無二の親友と呼べる少女までもが犠牲となった。

自分が将来復活するであろう、地獄の帝王を阻止する唯一の希望であったために、
彼らは自らの命が消えることもいとまず、運命として受け入れた。
だが、彼女にとっては、それが深い心の傷として残ってしまった。
自分さえ勇者として生まれなければ、彼らは今でも――――

過去に仮定を求めても、それは空しい白昼夢に終わるだけ。
そう自分に言い聞かせ、ソフィアは故郷の村をあとにした。
運命に導かれた占術師や踊り娘との出会い、東方の洞窟での孤独な戦い、
港町の要である大灯台で出会った、恰幅のよい武器屋との再会。
彼らと共に過ごす日々は、そんな彼女に束の間の安らぎを与えてくれた。

武器屋の所有する帆船で向かった最初の町、ミントス。
初めての船旅で、すっかり酔ってしまったソフィアたち一行は、
休息を取るため、他の店には目もくれず真っ先に宿屋に向かった。
二階の一室の鍵を受け取り、一行が部屋に入ろうとした時、
隣の部屋からかすかな呻き声が聞こえてきた。

放っておこうという踊り娘の意見を制し、ソフィアは隣室のドアを叩いた。
そこには魔導師らしき老人が、ベッドで横たわる若者の様子をうかがっていた。
異国からの旅人らしいが、身なりのよさから見て、どこかの王城あたりに仕える者だろう。

予想通り、彼らは西の大陸にある王国、サントハイムの王女の従者であった。
老人は宮廷魔導師のブライと名乗り、寝床で伏せる青年を紹介した。
彼の名はクリフトといい、城の大聖堂で神官の職に就いていたという。
この町に着いた途端、何の前触れもなく突然流行り病に倒れたそうだ。
病自体の感染率はどちらかといえば低いそうだが、長旅での疲れが災いしたのかもしれない。
厄介なことに、この病は一度かかると致死率が非常に高かった。

南方のソレッタ城周辺でのみ、栽培が可能なパデキアと呼ばれる万能薬があるらしい。
その話を最後まで聞かないうちに、王女は手がかりを求めて南へと早馬を飛ばした。
しかし、一週間が過ぎたというのに、吉報が舞い降りる気配はまったくない。
それどころか、王女の安否すらわからぬまま、時間だけが無情にも過ぎていくばかりだ。

(素敵なひと…)

病気の時でさえも、これほどの端整さを保っているのだから、
元気になった時の笑顔はもっと魅力的に違いないと、ソフィアは率直に思った。

回復の呪文を使えば、病は完治できなくとも、延命の手助けにはなるかもしれない。
占術師の女性が呪文を詠唱しようとするのを、ソフィアの手が止めた。
なぜそんなことをしたのかわからなかったが、無意識のうちに手が勝手に動いてしまった。

ソフィアは覚えたばかりの中程度の回復呪文を唱え、青年の胸に手を当てた。
苦痛に満ちた顔が緩み、荒い吐息は少し穏やかになったように見えた。
しかし、これはあくまで一時しのぎ。全ての元凶である病を根治しなければ、
この苦しみからは「死」以外の理由で解放されることはない。

何としてでも、この青年の元気な姿が見たい。
多少の困難を伴ったが、ソフィアたちはパデキアの根を首尾よく手に入れることができた。
急いで宿屋に戻ると、ベッドの横で鮮やかな赤い髪の少女が眠っていた。
背丈は自分よりも小さいが、年は自分と同じくらいだろうか。
青年の痩せ細った手を握り締め、閉じた瞳からは大粒の涙が今もこぼれ続けている。

ソフィアは即座に少女が何者であるかを理解した。
病が進行し、意識もおぼつかなくなった青年が、うわ言で繰り返し呼び続けた相手。
青年が誰よりも敬愛する祖国の主君たる若き王女、アリーナであった。

ソフィアは軽く背中を揺さぶって王女を起こし、根を煎じた飲み薬を青年に与えた。
薬を飲ませるだけなら、わざわざ彼女の眠りを妨げる必要などなかったが、
青年のそばに寄り添ってほしくない、という感情がこみ上げてきたため、わざと起こしたのだ。

ソフィアはこの時初めて気がついた。
青年には憧憬の念を、王女には嫉妬のそれを、自らの心にねじ込んでしまったことを。

それから数日後、病が治り、体力もすっかり回復した青年を含む王女ご一行は、
ソフィアたちの新たな仲間として、一緒に旅を続けていた。
三人は外見によらず、それぞれの道の手練れで、目を見張るほどの実力の持ち主であった。
王女は神業にも近い格闘技の熟練者、魔導師の老人は氷を自在に操る呪文の専門家、
そして、神官の青年は回復と防御系の呪文に長け、また剣術の心得も身につけていた。
彼ら三人が加わることで、ソフィアたちの旅は以前よりも随分楽になっていた。

青年はソフィアの回復魔法の力を増幅させ、また効率よく使えるようにするため、
時間を見つけては、彼女の呪文の稽古に当たってくれた。
青年の的確な指導とソフィア自身の努力もあって、回復系の呪文は飛躍的に上達した。

故郷の村では、村自体の存在意義の特殊性もあってか、同じ世代の男性は誰もおらず、
青年はソフィアにとって、初めて接する同年代の異性となった。
いつしか彼女は、彼の姿ばかり目で追うようになっていた。
たとえその眼差しに写っているのが、自分以外の女性であることを知っていても。

今は皆で一致団結し、世界の危機を救う目的を果たさねばならない大事な時期。
自分に芽生えた感情は、双方にとって足かせにしかならないことも、十分承知していた。
それでも、憧憬の心が情念へと変化していくのを、彼女自身ですら止められなかった。

時は流れ、ソフィアたちは数日間の死闘を経て、ついに真実の敵の野望を打ち砕いた。
仲間たちは故国へと戻り、彼女も廃墟と化した村の復興を心に誓った。
そんなソフィアの士気を鼓舞するかのように、彼らは多忙の合間を縫って復興に尽力してくれた。
もちろん、その中には額に汗を拭う青年の姿もあり、彼が訪れる日を指折り数えて待つのが
彼女の日課となった。

だが、世の中には見たくないもの、見なければよかったと思うものが少なからず存在する。

ソフィアは旅が終わってからも、青年と王女との関係が気になって仕方がなかった。
最初に訪ねてきた時は、幼なじみの間柄から特に進展はなかったようで、
そんな二人の姿を見るたびに、彼女は胸を撫で下ろしていた。

しかし、次の再会時に見かけた二人からは、以前とは明らかに違う雰囲気を感じた。
その次、また次と回を重ねるにつれ、二人の距離が少しずつ縮まっていくのを、
ソフィアは悲痛な面持ちで見つめる以外に成す術がなかった。

ある夜、仲間らや新たな村人たちとささやかな宴を開いていた時のこと。
二人の姿が見えないのに気づき、ソフィアは探しに出かけた。
「二人だけいなくなったと」いう状況に、彼女は胸騒ぎを覚え、村中を探し回った。

気がつくと、村の外れにある小さな泉まで来ていた。
月明かりがとても美しく、澄んだ水をたたえた泉はまるで水鏡のようだった。
ソフィアが水面に目をやると、何やら人影のようなものが揺らめいていた。
視線を移すと、青年と王女が互いの腕の中で何かを囁き、唇を重ねあう姿が目に飛び込んだ。

夜風が吹き始め、水面に映った二人の姿が小刻みな揺れを見せ始めた。
と同時に、ソフィアの瞳に写る二人は、水面よりも大きな歪みが生じた。
それは、完熟の日を迎えることなく地に落ちた青い果実のように、
彼女の淡い初恋が終わりを告げた瞬間だった。

ソフィアは二人に気づかれないよう、声を殺して泣いた。
かつて村を離れる途中で山小屋に迷い込んだ際、主である木こりの老人が
与えてくれた寝床で、泣きながら一夜を明かしたことを思い出した。
こんなにも早く同じ泣き方をしなければならない日がくるとは、予想すらしなかった。

泣き疲れ、いつの間にかうたた寝をしていたソフィアは、冷たくなった夜風で目が覚めた。
夜もすっかり更け、盛り上がりを見せた宴もすでにお開きとなっていた。
眠気の残る身体を起こして周囲を見渡すと、遠くから一筋の光がこちらに近づいてきた。

もしかしたら、魔物の残党が侵入したのかもしれない。
ソフィアは持っていた皮剥き用の短剣を抜き、素早く身構えた。
戦いが終わって数ヶ月が過ぎたというのに、彼女の剣術の腕は少しも衰えていなかった。

殺気立ったソフィアの前に姿を見せたのは、彼女にとって意外な人物だった。

蒼い短髪を揺らし、息を切らした青年が、松明を片手に広い肩で呼吸を繰り返していた。
誰よりも仲間思いの彼は、彼女の身を案じ、村中を探し回ってくれたのだろう。

青年はうつむき加減のソフィアを見て、大丈夫ですか、と声をかけた。
彼女はそれには応えず、いきなり彼の胸に飛び込み、華奢な両腕を広い背中に回した。

突然の出来事で戸惑う青年に、ソフィアは自分の思いを打ち明け、
少しの間でいいからこのままでいさせてほしい、と哀願した。
もちろん、困らせるつもりは毛頭なく、ただ感情と行動が一致したに過ぎなかった。
青年はどうしてよいかわからず、松明を握り締めたまま、その場で立ちすくんでいた。

しばしの時間が流れ、ソフィアの心に落ち着きが戻り始めた。
自分の身勝手にもかかわらず、許容も拒絶もしなかった青年に、心から感謝していた。
もし青年が自分を受け入れ、その優しい腕で抱きしめられたら、
きっとこの思いの呪縛から解き放たれる機会を、永遠に逃してしまうだろう。
逆に突っぱねられてしまえば、この純粋な思いはやがて嫌悪感へと変わり、
青年と以前のような関係には、二度と戻れなくなるに違いない。

二人で戻ると誤解されるから先に帰る、とソフィアが言うと、
青年は黙って頷き、持ってきていた予備の松明に火を移して彼女に手渡した。
自分の姿を誰にも見られないよう、ソフィアが用心しながら走る中で、
さっき見た光と同じような明かりが、木々の間からちらつくのが垣間見えた。
そのあとで、パン、と乾いた音が後方から聞こえたような気がしたが、
不思議と後戻りしようという気は起きず、そのまま家路へと急いだ。

翌朝、村の東の外れで早朝の祈りを奉げる青年を見かけた。
だが、いつもと様子が違う。よく見ると、左の頬が大きく腫れていた。
ソフィアはいつものように軽い挨拶を交わしたあと、どうしたのかと声をかけたが、
彼はただの打撲だから心配ありません、と心配する彼女を諭した。

ソフィアも歴戦を征してきた猛者だ。負傷の種類や経緯くらい、一目見ればわかる。

そういえば、さっき青年に会う前に、稽古に出かける王女とすれ違ったが、
自分への視線が針のように刺々しかったのを、鮮明に思い出した。
もしかしたら、昨夜の場面を王女に見られ、そのことを厳しく追及された彼は――――

釈明して王女の誤解を解くべきだと、ソフィアは強く主張したが、
青年は優しい笑顔を浮かべたまま、首を横に振って拒否した。
彼女が理由を問い詰めると、あれは二人だけの密かな思い出であり、
他の誰かに語ることではないからと、淡々とした表情で説明した。

青年が何を言わんとしているのか、ソフィアには容易に理解できた。
それは彼の思い出ではなく、自分にとっての思い出なのだと。
青年自身の立場が危うくなっているというのに、それでも自分を案じてくれる彼に、
何という浅はかなことをしてしまったのか、とソフィアは激しく後悔した。

それからさらに数年の時が流れ、ソフィアの許に届いたのは、
青年と王女が翌月に結婚するという知らせと、結婚式への招待状だった。

聖職者とは、神に己の生涯を捧げることを約した者。
その身分を有したままの恋愛はご法度であるし、ましてや婚姻などもってのほかだ。
青年が神官である限り、自分のものにはならないが、他の誰かのものになることもない。
だが、彼はこれまでの地位や功績と引き換えに、王女との未来を歩み始めようとしている。
自分を包んでいた生ぬるい安堵感が静かに砕け散るのを、ソフィアは感じていた。

愛情があって結婚に至ったとはいえ、青年の門地門閥を理由に異議を唱える者も少なくない。
また、二人の結婚に最も強く反対したのは、意外にも彼が所属していた正教会だという。

青年は、神官という職業に誇りを持っており、誰よりも生真面目で優秀な人材である。
それはソフィアたちにとっても、また正教会にとっても然りであった。
正教会側が反対に転じた理由も、平和が訪れて以後、神官の慢性的な不足が問題となる中で、
青年という逸材の流出に危機感を抱いたためだと、以前に老魔道師から聞いた。
それでも青年は、聖職者としてではなく、夫君として王女を守る決意を固めた。
精一杯悩み抜いた末の、彼なりの決断であったに違いない。

国王が承認したとはいえ、他に後ろ盾のない二人には、多くの苦難が待ち受けているだろう。
せめて仲間である自分たちだけでも、二人に祝福を送り、支えになってあげなければ。
王侯貴族の世界とは無縁の世界で生きてきたソフィアには、理解しがたい事柄であったが、
複雑に入り組んだ事情を小耳にはさむたびに、彼女はそう考えるようになっていった。

今日までのことが、走馬灯のようにソフィアの頭の中をよぎっていく。
病気の一件では、何度もお礼の言葉をかけられ、そのたびに顔を赤くしたこと。
初めて一緒に買い物に出かけた際、奇妙な防具を試着した姿を見て、思わず笑ったこと。
王女と抱擁を交わす姿を目の当たりにし、虚脱感に襲われたこと。
自分の軽率な行為が予期せぬ結果となってしまい、後悔の念に駆られたこと。

もちろん、青年への思いを完全に断ち切れたわけではない。
だが、美しくも苦い初恋の思い出を、冷静な気持ちで正視できるようになったことで、
ソフィアはさっきまでの苦渋に満ちた自分の表情が、少しずつ和らいでいくように思えた。

結婚式の始まりを告げる、大聖堂の鐘の音が鳴り始めた。
澄んだ音色は、離れたこの場所でも十分聞き取ることができた。
そろそろ行く時間だ。皆に黙って出てきたから、きっと心配しているだろう。
ソフィアは立ち上がり、ドレスにまとわりついた芝草を丁寧に取り除くと、
この場所に辿り着いた頃とは正反対のしっかりとした眼差しで、再び城の上方を見つめた。

遠くから誰かを呼ぶ声が、鐘の音に混じって聞こえてきた。
踊り娘と占術師の姉妹が、自分の名を呼んでいるのに気づいたソフィアは、
右手を振ってにこやかに応え、軽やかな足取りで彼女たちの方へと向かった。

その時、ソフィアは姉妹の隣に見知らぬ男性が立っているのに気がついた。
自分と同じ緑色の髪は肩まで伸び、透き通った青い瞳は真っすぐにこちらを見つめている。

男性はゆっくりとソフィアに近づき、軽く一礼をしたあとでこう言った。

「はじめまして。ソフィアさん…ですね。僕はソロ。あなたの双子の弟です」

ソフィアは驚きのあまり、声が出なかった。
双子の弟の存在は、以前に天空の城を訪れた際、謁見した竜の神から告げられていた。
しかし、対面どころか消息の糸口すらつかめず、もう生きて会える機会はないだろうと、
半ば諦めの気持ちでこれまでの日々を過ごしてきた。

弟だと名乗った男性―――ソロは、勇者の血筋をより確実に守るため、
二人は生まれると同時に引き離され、別の地でソフィアと同じように育てられたという。
そして彼女と同様、故郷が突如魔物たちに襲われ、大切な人々を一瞬にして失った。

ソロもまた、育ての両親と別れる間際に、自らの宿命と双子の姉の存在を初めて聞かされた。
やがて魔物たちの攻撃が彼にも及ぼうとした時、勇者の息の根を止めたという報告が伝わり、
魔物の群れは、彼の生命を奪うことなくその場を去った。

助かったのは、不幸中の幸いかもしれない。
だが、ソロはその時のショックで記憶と言葉を喪失し、あてのない放浪の旅へと出ることになる。
ある時はどこかの屋敷の傭兵、またある時は女衒の手下など、生きるためなら何でもしてきた。

世界に平和が訪れても、ソロは堕落した生活から抜け出せず、場末の町をさまよっていた。
そんなある日、まばゆい光とともに、天空からの使者を名乗る女性が現れた。
彼女は、自らに課せられた二つの使命を果たすため、地上へと降り立ったのだという。

一つは、失った記憶と言葉を自分に取り戻させること。
もう一つは、同じ血を分けた双子の姉との邂逅を促すこと。

女性はソロに地図を渡し、記された場所へ行くようにと伝えた。
そして、最後に彼女は自分と双子の姉の幸せを空から祈っていると言い残すと、
目頭を押さえながら別れを告げ、再び光の彼方へと消えていった。

ソロは半信半疑だったが、たしかに言葉と記憶は元通りになっていた。
楽しい思い出や悲しい過去がしばらく脳裏を交錯したが、しばらく経つと安定していった。
彼は不思議な使者の言葉を信じ、地図を広げて印の付された場所を確認すると、
持っていたわずかの小銭でキメラの翼を買い、願いを込めて空高く放り投げた。

だが、いざ到着したものの、顔や姿がわからないのにどうやって捜せばよいのか。
途方に暮れるソロの横を、神秘的な光を放つ水晶玉を持った美しい女性が通り過ぎた。

女性は、見覚えのある男性の緑の髪に目を留め、その姿を水晶玉に映してみた。
そこで彼とソフィアとの運命の絆を見出し、群衆の雑踏へと消えゆこうとする彼を呼び止めた。
今からわずか数十分前の出来事である。

これからは地上に生きる唯一の肉親として、できる限りの協力をしていきたいと、
ソロはソフィアの手を取り、強く握り締めた。
ソフィアもこれまでの時間を取り戻すかのように強く頷き、ソロの両手を優しく握り返した。

しかし、今は感動の余韻にひたっている時間はない。間もなく結婚式が開始されるからだ。
若い男性には誰よりも目ざとい踊り娘が、迷わずソロの腕に抱きついた。
顔中真っ赤になって照れる彼を、慣れた手つきで先導するように引っ張っていく。
妹の占術師は、また姉のいつもの病気が始まったか、と激しく柳眉を釣り上げるも、
ソフィアとともに踊り娘とソロのあとに続いて、式の開催場所である大聖堂へと急いだ。

兄弟のように接してきた幼なじみの男女と、離れ離れになっていた実の姉弟が、
同じ日に新たな家族としての一歩を踏み出すことになろうとは。
運命とは実に不思議なものだ、と改めてソフィアは思った。
彼女にまとわりついていた心の曇りは完全に消え、いつもの清々しい表情に戻っていた。

今の自分ならきっとこう言えるだろう。作り笑いではなく、心からの笑顔を添えて。

「二人ともおめでとう。いつまでもお幸せに」

空からはいつの間にか薄雲が消え去り、澄み切った青天となっていた。
そう、まるで今のソフィアの心と連動するかのごとく。


(完)
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