クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2006.09.28

最終更新:

kuriari

- view
管理者のみ編集可
クリフトのアリーナへの想いはPart6
長編7/12 1へ2006.03.09
247 :1/10 (前前スレ506):2006/09/28(木) 22:39:59 ID:fQbSPOmW0

 悪い噂ほど広まりが早いとはよく言ったものだ。
 午前中、サランの教会で神学の授業を終え、クリフトがサントハイム城に戻ってきたのはもう昼が近い時間だった。城内の教会へと戻るその道中、クリフトに浴びせられる視線はいつものものとは明らかに違っていた。
 服装がおかしいわけではない。目立つ怪我をしているわけでもない。
 理由はひとつ。一昨日の夜半、城壁での出来事だった。真夜中に誰もいない城壁で、アリーナを腕に抱きしめているクリフトの姿を目撃した若い兵士は、間違いがあってはならないとその件を兵士長に報告した。報告を受けた兵士長はその話を大臣に伝え、国王の耳に入るまでになった。そして人の耳から耳へと伝わる中、また別の者から誰かへと伝わっていく。無理もない。サントハイムにおいて前代未聞の醜聞であるからだ。
 噂には尾ひれがつきどんどんと話が大きくなっていっている。当事者であるクリフトが誰に対しても一切弁解をしていないことがそのひとつの要因でもある。何も言わずにいることが、噂を肯定していると周囲には思われている様子だった。
 慣れ親しんだはずの城に、ひどく居心地の悪さを感じる。それでもクリフトは堂々と通路を歩く。いつもと何一つ変わらぬ素振りで、周りの視線を何も感じないよう受け流しながら。
「クリフト」
 不意に呼び止められクリフトが振り向くと、そこには樫の杖をついたブライの姿があった。
「……ブライ様…」
「陛下がお呼びじゃ。ついてまいれ」
 裁かれるときがきたのだ。覚悟ならばずっと昔にしていたはずだ。
 クリフトははい、と短く返事をするとブライの後をつき王座の間へと歩いていった。

 張り詰めた空気が王座の間に満ちている。呼吸をすることにすら神経を使うようだ。
 サントハイム国王、大臣、秘書官、アリーナの家庭教師が数名。それに兵士長と問題の現場に居合わせた兵士。教会の神父、そしてブライ。それらの人物の視線の中心にクリフトは立っていた。国の重鎮たちが集められた中で否応なく緊張感が高まる。
「クリフトよ。お前にある嫌疑がかけられていることは、わかっておるな?」
 まず口を開いたのは大臣であった。
「はい、承知しております」
「一昨日の夜、南西の城壁にてアリーナ姫にいかがわしい行為をしようとしていた。そういった報告がそこの兵士より伝えられておる」
「………」
「何か、言い訳があるのならば聞こう」
 大臣より促され、クリフトは唇を開く。周りの射抜くような視線が自分に集中している。ひどく落ち着かない気分になるが平静を装う。
「私は、確かにあの夜……姫さまと共に南西の城壁、その踊り場付近におりました。それは間違いありません」
 できるだけ冷静でいられるように深く息を吐いた後、クリフトはそう言った。
「ですが、姫さまにいかがわしい行為をしようなどとは、しておりません」
「そこの兵士はお前がアリーナ姫の身体を抱いていたと証言しておる」
「それは……」
「それがいかがわしい行為でないとすれば、一体何なのだ」
 大臣の声がより厳しいものへ変わる。怒鳴りこそしていないが、威圧感を帯びてあたりに響く。それにひるむことなく、クリフトは大臣のほうをまっすぐに見遣る。

「それは……」
 それでも返す言葉が見当たらず、クリフトは唇を噛んだ。
「どうつもりなのだ、クリフト。お前は神の道を志す者であろう。このような行いを、神が許すとでも思っておるのか」
「………」
「なんとか言わぬか!」
 黙り込んでしまったクリフトの態度がよほど気に入らなかったのであろう。大臣はついに自分を制御することができなくなってしまったかのように、大きな声でクリフトを怒鳴りつけた。しかしクリフトは顔色ひとつ変えぬままその場に立ち尽くしている。まるで仮面をつけているかのように。
 再び静寂が訪れる。遠くで子どものはしゃぐ声が聞こえていた。
「私は……」
 ゆっくりとした、穏やかな声でクリフトが静寂を破った。
「私は、姫さまのことをお慕いしております」
「な、なんと……」
「姫さまのことを、愛しております」
 もう、何が壊れてもよかった。このような事態になって、今更何を隠そうというのだろう。この気持ちは、アリーナに伝えないでおくことを心に誓い、そしてその誓いは守られることなく彼女の知るところとなった。一度外れてしまったたがはゆるいものに変わってしまったのだろうか。それとも、もう感情を抑え込むことに疲れてしまったのか。自分が思っていたよりもずっと安易に、唇は本心を曝け出す。

 クリフトの告白に王の間がざわついた。クリフトに対する非難の声がそこかしこで上がる中、国王と神父、そしてブライだけはさして驚きもせず表情も変えぬままでいた。
「お前は、何を言っているのか…自分でわかっておるのか」
「はい」
「姫に懸想するなど…あってはならぬこと」
「………」
「お前は神官であろう。なんという不届き者めが!」
 大臣の怒りは頂点に達した。顔を真っ赤にし、声を震わせながらも怒鳴りクリフトを罵倒する。怒りのあまりか、足元が不安定になりよろめいた大臣の様子に、秘書官が慌ててそばに寄り添う。近くにいた神父も大臣の様子を察し駆け寄り手を差し出すも、その手は乱暴に振り払われてしまう。
「神父殿、そなたが長らく面倒を見てきた少年は……とんでもない男にな
ったものですな」
「…大臣殿……」
「主君の姫に懸想し、その身体に触れるなどとんでもない。それで神官を名乗らせるなど恥ずかしいと思われんのか?」
 大臣の怒りの矛先はクリフトのみではなく、その親代わりといっても過言ではない神父にまでも向けられた。今まで静かに事態を見守っていた神父も、その言葉に痛むはずだろう振り払われた手をそっとひき、姿勢を正すと大臣に向かって深々と頭を下げた。
「申し訳、ございませぬ……」
 一瞬だけ見えた、神父の横顔。表情からは少なからず憔悴が伺えた。その顔を見たクリフトはきつく目を閉じた。世話になった人にあのような顔をさせるために、今まで城に仕えてきたのではないのに……。クリフトは居たたまれなさにぐっとこぶしを握った。

 それと同時に、笑い出したい衝動に駆られた。今まで自分が大切にしてきたもの、守り続けたかったものたちがあっけなく壊れていく様を目の当たりにして、その儚さに笑い出したくなった。こんなに、こんなにも簡単に崩れていくのか。結局、孤児であり生まれも両親もわからず、たいした後ろ盾もない自分をかばってくれる人など、いなかったのか。クリフトの中に黒い感情が芽生えてくる。孤独さがじわりじわりと、その黒い影を心の中に充満させていく。
「クリフトよ……」
 今まで沈黙を守り、静かに目の前で起こることを見守っていたサントハイム国王がようやく口を開いた。いつもと変わらぬ穏やかな声でクリフトに話しかけた。
「そなたには、してもし尽くせぬほど感謝をしておる」
「は……」
「そなたがまだ小さいころから、いろいろと迷惑をかけた。ことアリーナの事に関しては。あれは手のつけられんおてんばじゃ。いつのことじゃったかな。ひとりで勝手に城を抜け出し森に入り暗くなっても帰って来ず…
…そなたがアリーナをおぶって帰ってくる姿を見たときのことは忘れられん。あのときほど心配したことはなかったわい」
 大臣のように激昂することもなく普段どおりに国王は昔のことを思い出しつつ語りだした。立派なひげを時折撫でつつ、目を細めながら。
「本当に、感謝しておるのじゃよ、わしは」
「……ありがたく思います」
「じゃがな、そなたとアリーナを一緒にすることはできん」
 それははっきりとした声だった。穏やかで怒気をはらんできるわけでもなく、いつもの国王の声である。しかし、クリフトにひとかけらの希望を抱くことも許さない、強い決心からくる言葉だった。

「わしにはアリーナしか子供がおらん。わしのあとを継ぐのはアリーナだけじゃ。やはり相応の相手と結婚させたい」
 期待していたわけではない。期待など、していたわけではないのだ。
 それなのに、ズシンとのしかかる重い言葉。クリフトは静かに受け止めるしかなかった。その言葉は国王の偽りのない気持ちだからだ。国王として、またひとりの親として。
「どのように、処分していただいてもかまいません」
 今が、裁かれるとき。
 どんな罰を受けようとも、かまわないとクリフトは思う。
「どのような罰も、甘んじて受けます。ですが、姫さまがラスダ殿とご結婚されても、今までのように顔を合わすことすらなくなっても、私の気持ちは変わりません」
「……クリフト…」
「私はこれからも変わらず、姫さまを想い続けるでしょう。今までのご恩を仇で返すつもりはありません。ただ、姫さまを想うことだけを……どうか、お許しください」
 そう言うとクリフトは国王に向かって深々と頭を下げた。
 この恋はかなうはずもない、泡沫のような……。
 それでも今までに心に巡った様々な感情と苦悩。それが幾重にも重なり連なり、たくさんの思い出となった。それを今すぐに打ち消すことなどできず、もう少し心が安まるまでアリーナを想い続けていたかった。女々しいと自覚していても、簡単に諦められる恋ではない。最初から望みのない恋ではあったのだけれど。
「クリフト、アッテムトに行かぬか」
 頭を深く下げたままのクリフトに、意外な言葉を国王は向けた。

「先日、キングレオより書状が届いてな。領内のアッテムトの復興が思わしくないそうじゃ。キングレオは自国の復興に追われほとんどアッテムトの方まで手が回っておらぬ、とな。例の鉱山からは有毒なガスこそ出なくなったものの、まだ地下深くには魔物も出ると聞く。そなたは神官であり、また魔物たちとの実戦経験もある」
「はい……」
「どうじゃ、行ってくれぬか」
 クリフトはゆっくりと顔を上げ、国王の顔を見た。
 そして静かに首を縦に振った。
「はい、喜んで」
 体のいい左遷であることはその場にいた誰もが気づいていた。左遷どころか、もう2度とサントハイムには戻れないと言うことも。当然、クリフトもその意味がわからないわけではなく、アッテムトに行くということがどういうことなのかを真摯に受け止めていた。
 クリフトはもう一度国王に深々と頭を下げると、王座の間から立ち去って行った。罪人もいなくなり静けさだけが残ったこの場に、これ以上居る理由もないと、集まった人々は各々の部屋に戻っていった。大臣も少し血が上りすぎたとあって、秘書官とともに自室へと下がった。
「のう、ブライよ……」
 この間、一言も口を挟むことのなかったブライに、不意に国王は話しかけた。
「……これでよかったのじゃろう、な…」
 まぶしい光が差し込んでくる窓辺のほうを見ながら、呟くように言った国王の顔をブライは見遣る。

 アリーナのことを愛しているのだと、クリフトははっきりと言った。周囲の冷たい視線と言葉の中、何に臆することもなく。その心は真実で、揺ぎ無いものだと伝わってきた。あの旅のさなか、クリフトの感情には気がついていたブライではあったが、特に忠告することをしなかった。もっと前に、釘をさしておくべきだったかという後悔が、ブライの頭の中を支配する。
「アリーナがどう思っているかは知らんが……許すわけにはいかん。クリフトのことはわしも気に入っておる。自ら命じたこととは言え、なんとも後味が悪いものじゃな……」
 メイドのひとりが水差しを持ってきた。冷たい水をグラスに注ぎ、ひと口だけ口に含んだ。
「……陛下、これを…」
 ブライは王座に近づくと古い紙切れのようなものを取り出した。
「これは……」
「乗船券ですな。ハバリア発、エンドール行きの」
「これがどうしたと言うのじゃ」
「もう20年以上昔のことになりますな。サランの教会前に置き去りにされていたクリフトの、産着の中に入っていたものです」
 国王が手に取ったその乗船券は、紙質も劣化し色もほとんど茶ばんでいた。書かれている文字もところどころ薄れてしまい、辛うじて読める程度となっている。
「ブライ、クリフトのことを調べておったのか?」
 国王の問いかけに、ブライは深く頷いた。

「はい。姫様の旅に同行する以前から、少しずつではありますが……。ですが、手がかりが少なすぎて結局わからずじまいでした。奴の生まれも、両親の存在も」
「………」
「わしは最近になって思うようになりましたのじゃ、陛下。奴は、クリフトはその手のひらに生と死を操ることの男。あの若さで神官の高等魔法を使いこなすことができるなど、本来ならばありえぬことでして…。奴は…、
それこそ選ばれた男なのでしょう。神という存在に」
「そなた、わしが神の子をないがしろにしたと言いたいのか?」
 国王の顔つきが変わる。サントハイムは古くからの宗教国家だ。国王も信仰心に厚く、ブライの言葉は半ば侮辱に捉えられたのだろう。
「めっそうもございませぬ。ただ、わしは不思議なのですじゃ。あれだけの能力を持っているクリフトの、出生がなにひとつわからぬことが。年寄りの戯言と思ってくださって結構でございます」
 少し国王の機嫌を損ねたブライではあったが、そこはゴンじいや今ではサランに移り住んでいる教育係の老人ともども、長年にわたり国王の身の回りに携わってきた者ゆえのはぐらかしでやり過ごす。
 国王は自らが下した命令とは言え、なんとも言いようのない不快な感情を持て余し、ついブライに八つ当たりまがいのことをしてしまった。それを自覚すればするほど、自己嫌悪に陥る。
 国王はグラスの水を飲み干すとおもむろに立ち上がった。
「ブライよ、わしは少し散歩をしてくる。来客があれば、対応しておいてくれ」
「やれやれ、相変わらず陛下は人使いが荒いですなぁ」
「頼んだぞ」
 王座の間から立ち去っていく国王の背中を、ブライはその場に佇んだまま見送った。

判断をするには短すぎるあの時間の中で、多くを悩んだことであろう。
その背中が国王の複雑な思いを語っているかのようだった。わからないわけではない国王の感情を理解はできても、その決断を批判することなどブライにはできなかった。自分の身を危うんでのことではない。今ここで、離れておくことが、アリーナにとってはともかくとしても、クリフトにとっては最良の道かもしれないからだ。
 翌日の早朝、クリフトはごく親しい人にのみ見送られ、サントハイムを発った。長年世話になった神父に深々と頭を下げこのたびのことを詫び、ブライには公私共に面倒を見てもらってきたことの感謝を伝えた。
 まとめてみれば荷物らしい荷物などほとんどなく、城を離れるにしては異様なほどの軽装だった。
 キメラの翼を放り投げると、クリフトの身体が空高く舞い上がる。
 哀しいほど晴れ渡った青い空に、クリフトの姿は一粒の光となって遥か彼方、アッテムトへと運ばれていった。








                        END.


2006.08.23   続き2006.11.10

タグ:

506さん
目安箱バナー