クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2006.05.28

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いはPart5
345 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2006/05/28(日) 16:45:35 ID:6tU1vImWO

魔族と人間との戦いから数年後。
魔物にいつ殺されるかとビクビクしていた人々は戦いの勝利を得たとき、もう何も恐れるものはないと胸を張り、世界中は喜びと希望に満ち溢れ、意気揚々として暮らしていた。
そしてここ、サントハイムでも同様。
以前、国王を始め、城内の人がごっそりいなくなるという神隠しにも似た事柄が起きた後。
蛻の空と化したサントハイム城にいつからか禁術にして神秘なる進化の秘法を利用した魔物…バルザックに乗っ取られたが、同国の王位継承権を握る王女アリーナを筆頭にした導かれし者たちによる討伐後、再び城には空虚が流れた。
サントハイム城に人が戻り、廃墟となりきった城の復旧、国の建て直しに東奔西走していた。
王の突然の帰国に不安定な政治政府の配下で暮らしていたサントハイム国領に住む人々は歓喜に沸き、積極的に城の復旧に必要な大工、設計士といった人材が各地から集まってきた。
「美しきことよ」国王も民の献身なる愛国心に頷き、快く受け入れた。人材は確保した。そこでもう一つ必要なものがある。それは、カネ。
流石に好意とはいえ、ボランティアではない。生活の糧がなければ今日の朝餉にもありつけぬ。
また、復旧にあたり建築材料の大きいものから消失した本など細かいものにも購入するにはどうしてもカネが必要になる。

現在のサントハイムの国家予算は微々たるものだ。だが国税を重くすれば今は国を思う民が反対に敵に回る事態が起きかねない。
そのことに頭を悩んでいた、貴族の発言場の貴族院、政治執行部の元老院は一つ考えを提案した。
アリーナは相も変わらず王女らしかぬ格好で自室にいた。
周りが忙しくしている中、体調が優れないという理由で隠っていた。半分は仮病で、ここ最近王女としての公務が重なって疲労が溜まっているというのが理由半分。
布団に潜り込み、目を閉じて考え込んでいた。
アリーナが小さい頃よく読んでいた本には『お姫様』が多く書かれており、その内容の殆どが『王子様とお姫様は結婚して仲良く暮らしました』であった。
わたしはお姫様なんだから、王子様と結婚するのねとぼんやりと考えていたことがあった。実際、今手元にきている見合い話の相手は『王子様』。プロマイドを見せて貰ったが、本で読んだような『王子様』がそこにはいた。
人材はあれど財政難。今のサントハイムの現状を打破すべく元老院が打ち立てたのは王女アリーナと他国王子との戦略結婚であった。
手っ取り早く解消するには土台もカネも安定した国との結婚。

サントハイムは広大で肥沃な国土と魚の打ち上げ量世界一と言われるほど魚類豊富な海域を有す。
悲惨な事例があったことや財政難に苦しんでいるといった事柄と、結婚相手となる王女がやや明るすぎるといったことから目を瞑れば、この国を喉元から手が出るほど欲しい国など数多にある。
互いの利益が一致すればいくらでも。
アリーナはわかっていた。
自分はいつか他国へ売られる商品だと。
自国を背負いこみ、他国へ嫁ぐに粗相があってはいけない。小さい頃から裁縫、マナー、言葉使い、読み書きを叩き込まれた。つまらなくて嫌いだったが。
体が丈夫でなくてはならない。立派な跡継ぎとなる男子を産む為に。
傷物であってはならない。婚前にどこの馬ともわからぬ男子と交わるなんてもってのほか。
それらは反対に婿を迎えるにも同様である。だが今の自分には、商品としては劣化品もよいところだった。
アリーナは寝返りを打った。
それに…。アリーナには結婚したい人がいた。それは平民出身のお抱え神官クリフト。小さいころから幼なじみとして育ったクリフトと、恋仲間になっていた。
いっそ、そのことを父である王に言えたら。否。大反対が起こる。
サントハイム国の法令の記述によれば、王位継承権と平民との結婚は禁止にはなっていない。が、身分の差が大きすぎる。

サントハイムの城下町サランで神官学校を主席で卒業。それは彼が努力家であり勤勉家であったのが実を結んだ結果である。
若くして神官という神に仕える高位に就けたものも彼の人柄と親身に取り組む背景の評価があってこそ。
アリーナが諸国漫遊の旅に出たとき、王はそうなった時のために以前より任命していた付き人を付けた。
アリーナの教育者で王宮魔導師、知られていないがサントハイムの友好国エンドールの貴族であるブライは兎も角、職業の位は高いが身分が低いクリフトが王に任命されたのは異例に等しい。
幼なじみだからと安心していたのであろうか。身分よりも異性を長い間近くにいさせてしまったことを王は悔やむべきだろう。
まるで磁石のN極とS極が惹かれ合うように、若い二人は身分の差などもともとないように惹かれ、愛し合うようになった。
ここサントハイムに帰ってきても人目を憚って逢瀬を重ねる。
王女、身分違いの青年と恋に落ちる。
と言えばどこかの英雄伝承、ロマンチックなものと捉えられがちだが、実際は頭をだいぶ悩ます首脳問題であった。
クリフトのことなんて忘れて、王子と結婚したら。それが私の仕事ではないの。
国が、愛するサントハイムが窮地を脱するなら個人の感情など、どうでもよいことでしょう。私という切り札を今使わずにしていつ使うの?

アリーナは目を瞑った。瞼に焼き付いているのは王子のプロマイドではなく、あの優しい瞳でアリーナを見つめるクリフトの顔であった。
「アリーナ姫様」
聞き慣れた声に飛び起き、ドアを開ける。
「ニケ」
ドアの先には金髪短髪の女官ニケがいた。
アリーナと同い年のニケは幼い頃からアリーナ専属の女官として勤めている平民である。アリーナの公務からプライベートなことまでを把握し、アリーナも他の専属女官より彼女には信頼をおいている。
「クリフト様よりアリーナ様がお疲れと聞いたので薬草茶を渡してほしいと頼まれ参りました。今忙しいのでこれないのは申し訳ないと…。あとこれを」
湯気が立つお茶のカップ受けの下には手紙。
「預かってきました」
「ありがとう、ニケ…」
周りに人がいないことを確認し、こっそり渡す。こんなことがばれてしまえばニケはすぐさまクビになる。それをニケは覚悟の上でアリーナとクリフトの間柄の橋渡しをかって出ている。
「早くそれを読んで良くなってくださいね」
ニケから手紙とお茶を受け取り、ドアを閉めたそのお茶を啜りながら机に向かい、手紙を読む。
読んでいる打ち上げにアリーナの顔から血の気が引いた。目眩がする。本格的に具合が悪くなったのかもしれない。
その手紙の内容を要約すると。

アリーナの結婚話は聞いた。わたくしにも縁談がある。身分違いの恋だったがそろそろお互いの道を歩みませんか…と。
これで…これで良かったのだとクリフトは思った。
最初から禁じられていた恋だったのだ。身分違いの恋。
アリーナと旅の道中、自分から想いのたけを伝え、返事を期待などしなかったが、否、本当はしていた。自分は王女、あなたのような下卑た平民など鼻っから興味はないとおっしゃってさえくだされば諦めがついた。
だが予想と反し、返ってきたのは自分のアリーナに対する気持ち以上に愛してくれていたアリーナの気持ちだった。
想いが通じ合った二人に咎めるものなど何もなかった。近くに王に通じるブライがいたから多少後ろめたいものはあったけれどもそれ以上に互いの気持ちが勝った。
いつか終わるこの旅に、また戻らなければならない城の前に、二人は情熱と愛しさをぶつけ合った。

ずっとずっと一緒にいようねと永遠を誓う言葉を出すのは暗黙の禁句だった。永遠よりも今この一瞬一瞬を大事にしながら生きてゆく…。
城に主君である王が戻ってきたのは勿論喜ばしい。あの激しい戦闘を体験し、また生きて我が家というべき城に帰ってこれたことに感謝を込めて神へ祈りを捧げた。
それと同時に見て見ぬ振りをし、そのことから背を背けたかった…。それはいつかは訪れると思っていたが…。クリフトは目を細めた。
まだ公にはされていないが、愛するアリーナと他国王子との結婚話。
もしわたくしが王子、もしくは王家との婚姻を結べるくらいの身分が高ければアリーナとの結婚は可能なのだろうか。
可能性はあるが多分不可だろう。何故なら戦略結婚にはカネが付き物だ。クリフトは国家予算なみの金額は持ち合わせていない。
身分なし、カネなし、あるのはアリーナに対する誠実にして熱い愛だけだった。
クリフトにも縁談が舞い込む。
優しき心と強き力を携えた蒼き瞳の好青年。世界を救った導かれし者の一人。
頭脳明晰、容姿秀麗といった四字熟語が悉く似合う、誠実な男性。ひけらかすことなくそれでいて謙虚。
クリフトを高く評価してくれている人は多くいたようで、遠方、近郊問わず毎日山のように見合いを申し込む手紙がクリフトがいる城内にある教会に届く。
アリーナが結婚するのであればわたくしも…と積んである手紙の一つを取り出した。

アリーナはいよいよ具合が悪くなり、高熱を誘発して自室にて療養中だった。
食事はすべて拒否、口に入るのは水分のみ。高熱での水分摂取はまだ脱水を防げるが高熱が長く続けば生命の危機。
解熱剤を投与しても一旦は下がるがまたすぐに熱が上がる。解熱剤の活用は血圧降下にも繋がる。もともと血圧が低いアリーナには負担が大きい。また、何も食べていない状態での服薬では胃がやられてしまう。
医者が被りを払う中、気休めの点滴をひたすら体へ落とす日々が続くそんなある日、ドアのノック音と同時に声。
「アリーナ様」
アリーナは熱により意識が朦朧となりつつもその声が誰の者であるかがわかった。
「クリフト様」
「ニケ、アリーナ様の上体を起こしてもらっていいか。粉にしてあるから噎せてはいけない」
クリフトは部屋に入るなりアリーナの身の回りの世話をしていたニケに指示を出す。ニケはアリーナの上体を起こし、クリフトがアリーナに声掛けて口を開かせクリフトの手に握りしめられていた粉薬を服薬させたあと、すぐさま水のみで水を飲ませる。
意識が薄れているアリーナにも眉間に皺がよった。
「パデキアです。どんな病気にも効くという。以前ミントスの町でわたくしがお世話になりました。これで安心ですよ。一週間もすれば良くなります」
「それって以前アリーナ様から聞いたことあります。ソレッタ地方でしかとれない秘薬中の秘薬だと」

「そうです。キメラの翼でソレッタへ行ってきて譲り受けたのです。それではアリーナ様、失礼します」
「クリフト様…っ」
ニケが呼び止める前にクリフトは事務的に仕事を終えるとすぐさま部屋を出てしまった。
「姫様…」
ニケはアリーナに振り返った。口の中のパデキアの苦味が残る中、アリーナの閉じた目から滴がこぼれた。
他国王子との見合い話はなるべく早いければ良いと日程を定められていたが、アリーナの病の療養で先に延びたらしい。
それでもアリーナの病が治り次第相手の都合がつけば早急に話を付けると枕元でニケから聞かされた。
解熱し、食事も漸く摂取出来るようになってきたアリーナには熱が蒸し返されるような話だった。
アリーナとクリフトとの関係を知るニケは職務とはいえ、こんなことをアリーナに伝えるのは大変苦しかった。

「ニケ…クリフトの縁談話はどうなっているの?」
ベッドで上体を起こし水分摂取を出来るまでに回復したアリーナが、洗濯物をたたんでいるニケに聞く。
「縁談話ですか…。アリーナに申し上げても良いのですか?今お伝えしても心身に悪いと思うのですが」
「気にしないで…知らなければ知らないで不安なのよ」

しからば…と。声を絞り上げ、ニケはクリフトの元には沢山の量の縁談話が舞い込み、一人一人に対処し、手紙ならば一通一通目を通していると伝えた。
「そう…」
アリーナは目を伏せた。
「クリフト様は姫様の結婚話が決まれば自分も、と思われています。クリフト様だって苦肉の策だと思います。好きな人が離れ離れになるのは苦しいです…」
ニケの恋人はニケと同平民で軍事力としてエンドールへ赴き、魔物との戦いで戦死したことを知っているアリーナは、アリーナの気持ちを打診ではなく心から共感してくれているニケに感謝した。
「姫様には幸せになって欲しいです」
姫様が納得出来る結果になって欲しい。「ニケ…」
ニケの目からボロボロと大粒の涙がこぼれて床の絨毯にしみを作った。
その日の夜、王女命令としてニケをクリフトへ派遣させた。
いくら王女命令であっても病気療養中であるアリーナの英気を養うのであれば自分は行かないほうがいいと躊躇ったが、非公開で互いに会うのはこれで最後かもしれないと意を決して王女の部屋へ赴いた。
「クリフト」
布団の上に座っていた寝具のままのアリーナは、この様な格好で対面するのはと非礼を詫びた。
「はっ。してわたくしにこの夜分遅く如何様でしょう」
お互いの身分をはっきりさせた態度は馴れ合いを防ぐ遮断方法と得たのか。膝と頭を下げたあくまでも他人行儀にアリーナは些か苛立ちを感じながらも言葉を紡ぐ。

「あなた、縁談話がきているようだけれど。それで良いのかしら」
「構いません」
「嘘」
「嘘ではありません」
「では神官ではない、お互い肩書きも身分をも取っ払った前提で聞くわ。クリフトは私を…今でも。慕っていますか」
クリフトは一瞬目を見開いた後すぐさま唇を噛み、沈黙を挟んで言葉を絞り出す。
「いえ…」
「私はあなたを愛しているのよ」
「…ですが、アリーナ様…」
「私は結婚するならあなたと結婚したいわ」
「わたくしにはあなたにそぐう身分がない」
「私が平民になればよいのよ」
アリーナの言葉に頭を上げた。
「…何をおっしゃるのです?」
額に流れる冷や汗を拭かず、アリーナの言葉に耳を疑った。
「私が王位継承権を却下すればあなたと同じ身分になるわ。そうしたら結婚だって可能よ」
「何を…。何をおっしゃるのかと思えばアリーナ様。そんな…そんなこと許されるわけがない!」
「知っているわそんなこと!」
クリフトの諫める言葉にアリーナは更に声を張り上げる。
「私は国を担う王女アリーナ。いつかはどこかの国へ嫁ぐことを前提にして生まれた…。他国への橋渡し、友好国との同盟を組めばこの国は強力な後ろ盾を得、いつまでも繁栄する」

ごく王女として全うな意見を述べるアリーナに成長しましたねと関心する間は今のクリフトに持ち合わせていなかった。
「だけど!自分の想いを殺せなかった!」
あなたを知ったから。人を愛すること、大事に慈しみ、想いあえることを知った。あなたがいて私がこんなに生かされていることを知ったの。もう他には同等な感情を持てるそんな人、いやしない。
「アリーナ様…確かにわたくしはあなたを慕い、所謂恋仲間になりました。ですが、わたくしの為に王位継承権を棄却するなど…」
「素直に…言って。私が王女でなくても、平民になったら。お金もなく裸一貫の私をあなたは愛してくれる?」
「わたくしは…寧ろそれが欲しいです」
クリフトの告白にアリーナは微笑んだ。
「ですが…アリーナ様が他国との婚約をせねばそれは…この不安定なサントハイムを救えないことになります」
アリーナの他にサントハイム国王位継承者はおらず、他国との結婚を拒否すれば、王の就任により国が成り立つ王国であるサントハイム国は衰退を辿る。
私はそうなればいよいよ城へ幽閉され、義務の元他国の王子を産むことになる」
クリフトはアリーナの唇から発する言葉の一語一語を傾聴してた。

「嫌だなんていいません。それが私の役目なのだから。個人の感情よりも国の為と考えてきました。だけど…愛を知ってしまった今の私には耐えられない。あなたがいなければ、私はこの世からいなくなってしまいたい」
「アリーナ様…。いいのですか…。あなた一人の問題ではない。一つの国がかかっているのですよ。あなたの愛する国が」
「私の覚悟は一つの国が滅んでしまう可能性をはらみます。ですが、国より、あなたを愛したい。あなたと生きていきたい」
紅蓮の瞳の奥に潜む確固たる意志は揺るがなかった。

気づいたら夜も更けていた。
アリーナの体調は本調子ではないが、他国王子との婚約が調停している今が絶好機。
夜間巡回している兵士の目をかいくぐり、必要最低限の荷物だけ持ち、クリフトはアリーナの部屋へとやってきた。
「お父様に手紙を書いたわ」
最後のサントハイム王女としての執筆、そして印を押した手紙を机上に置いた。
アリーナはニケを呼び、部屋に招き入れた。
「ニケ…いままでありがとう。私たち、サントハイムを去ることにしたの」
「姫様…。最後まで破天荒な方ですね。駆け落ちだなんて」

「ごめんね、最後まで迷惑かけて…。もし結婚することがあれば、サントハイムにこっそり連絡するから」
「姫様がいなくなれば私には仕える人がいなくなります。きっとこの後二人に通じた罪に問われ、サントハイムを追及されます。そしたらエンドールに行こうと思っているのです」
亡くなった恋人に逢いに。
「じゃあこれがもしかしたらニケとは最後ね…。…ごめんね、ごめんね最後まで迷惑かけて…。」
「姫様…。おてんばで我儘で、言うことを聞かないあなたを時には疎ましく感じたこともありましたが、あなたに仕えたことを誇りに思います」
「こんな時にしか本音は言えないものね」
アリーナは目尻を拭った。
「クリフト様。姫様をお頼み申し上げます。姫様。いままでありがとうございました」
握手を交わすとニケは二人を促した。
王女室の窓際にたち、クリフトは天に向かいキメラの翼を放り投げると、一瞬にして二人の姿はなくなった。

ごめんなさい、お父様…。最後まで我儘娘だったね。だけど…。この恋は諦めたくなかった…。
アリーナがむせび泣く中、クリフトはしっかり肩を抱きしめ、共に慟哭した。

サントハイムから足がつかず、尚且つ平和に暮らせる市町村を以前世界中を巡った二人に思い当たるのは一つしかなかった。
鬱蒼とした木々が自生する森の中、景観にそぐわぬ人工的な塔が印象の小さな村だった。

かつてここではルビーの涙を流すエルフのルビーを金にしようとした人間が虐待。
その恋人が人間を根絶やしにすると誓ったという暗い過去を背負う村であったが、今は魔族の地位を脱退した銀髪の元魔王と、善人間の計らいにより命を吹き返したエルフがこっそりと住む村。
ロザリーヒル。
サントハイムを乗っ取った魔物はこの魔族の王の指揮によるものであると信じて酷く憎んでいたし、殺したい思いにとらわれていた。
敵対していたアリーナも、旅を続けるにつれて真実を知り、サントハイムがこの者の仕業でないことを知ると手をとることが出来、行動を共にした。
そんな因縁の地に二人は腰を下ろした。ボビットやエルフが村人が大半であり、ここなら人間は殆どおらず、また周辺に集落はない。元であるが魔族の王が住むならば命危ういと人間は観光しに来たりはしないだろう。ここに住むことを願うと、
「私は村長ではない。勝手にせよ」
とぶっきらぼうに言い放つデスピサロ…。もとい。今は一人の青年、ピサロ。
「歓迎しますわ。部屋はこの塔の二階が空いておりますからどうぞお使い下さい」
とルビーの涙の持ち主、この村の名を冠した名前を持つエルフ、ロザリー。
二人は夫婦になっていた。
二人は理由を聞いてこなかった。人間の事柄に関心などないのであろう。
ありがたく塔に住まわせて貰い、二人での新しい生活が始まった。
畑を開墾し作物を育てる傍ら、クリフトはこの村の神父の地位を得、村人達に信仰を広めた。

独学であったが医者としての知識を持ち、傷を瞬時に回復させる手を持つのは森に入り傷を作って帰る村人に重宝された。
薬草学にも明るいのでボビットと共に森の薬草を摘んできて漢方にし、他の町へ売れば高い金額で売れた。
アリーナは畑に入りせっせと汗水流し作物を作りながら近場の大河へ魚釣りに出かけて魚貝類を手に入れる。鳥獣の狩りにも参加、必ずといって仕留めてくる。それを調理。
いつぞやクリフトにケーキを作ったが、パデキア味と言い示される程悲惨なものをだったが、自分が興味のあることは吸収が早く、また努力を怠らない。
鉄の爪を嵌めて果敢に魔物に斬りかかった頼もしき右腕に今はおたまが握られている。料理の腕前はメキメキ上がった。

二人を始めは快く思わなかった村人たちも、村の中心で火を焚きながら料理に舌鼓を打ち、酒を飲みながら和めば打ち解けた。
この二人は村にはなくてはならない存在になっていた。

風の便りで聞いた、訃報。
遥か西国サントハイムの王が崩御した。病名は明かされないが、心労によるものであったそうだ。
心労…。その言葉はアリーナの胸を痛めた。

アリーナがいなくなってからのサントハイムは大混乱を極めたと聞く。それだけ王女アリーナの失踪は国に打撃を与えた。
無論、いくらアリーナが正式に王位を脱位したと公表しても次期王はアリーナと拘るものは多く、沢山の人を使いに出して捜索したようであった。
ここロザリーヒルにもサントハイムの使いが来村したがピサロにより二人は匿われ、危機を脱した。
王位継承権を持つ者がいなくなった後、王と近しい血筋の者が即位したそうだ。
独裁政治を発足するがその手腕と人々の心を掌握するカリスマ性はいまいちであり、国の象徴である城の復旧に膨大な税を民から徴収し、それは貧困と、金銭的な束縛を民に与え、浮浪者を多く生んだと聞く。
民草の怒りが爆発すればいつ革命が勃発してもおかしくない現サントハイム王国。
もし、アリーナが即位し、国を、民を憂う正当な帝王学をも勉強してきたクリフトがアリーナをサポートすれば、国は一代は繁栄するだろうと民は考えた。
クリフトは身分が低いだけで、王への素質は誰よりもあると、サントハイム城外内問わず彼への評価は高かった。問題は彼の身分に執着する貴族院と元老院だけだったのだ。
だが、王位継承権とサントハイムを捨てたアリーナがここで戻るわけにはいかない。
今すぐ帰りたい。サントハイムに戻りたい。そんな思いがアリーナを貫く。だが、強固たる意志で地に踏みとどまった。

「お父様…」
西の方角へ向き、そんなサントハイムを、王の追悼を涙を流して祈ることしか出来なかった。

漸く生活も落ち着いたころ、正式にクリフトはアリーナに結婚を申し込み、喜んで受理された。
結婚式を挙げるにあたって、かつての戦友と、出来れば二人を取り持った女官ニケを呼びたかった。
叶わぬ恋と知りながらアリーナ達を応援し続けた人たち。想いが実った二人を祝福して欲しかった。
二人で行動すると周囲の人に怪しまれるといけないので、単独にてキメラの翼で各地に飛び、招待状を配った。
幸いニケはエンドール城でどういう繋がりか商人トルネコの元で働いていた。
報告すると皆がおめでとうと祝福してくれた。

ある晴れた日、ロザリーヒルの教会で結婚式が挙げられた。
二人の成長を幼い頃から見守り、アリーナの旅にも同行参加したサントハイム王宮魔導師ブライは高齢もあって既に亡くなっていた。この二人の晴れ舞台を一番に見たかったであろう。
戦友達。勇者ソロ、王宮戦士ライアン、武器商人トルネコ、踊り子マーニャ、占い師ミネア、そして仲人というべきニケ。
魔族の王ピサロとその妻ロザリー。村人が一同に介して、二人の結婚式へ参加した。祝詞を上げるのはクリフトの師匠であるボビットの神父。
今日の主役二人が白いドレスとタキシードに身を包み、バージンロードをくぐると祝福の言葉とフラワーシャワーを浴びせた。
式を挙げるにあたって、泣かないと決めていた二人だが、堪えても堪えてもこぼれ落ちる涙は止まらなかった。
静粛な時の中、神父の前に二人寄り添い、祝詞を戴く。

「汝、クリフト…」

今日という日を迎えるにあたり、沢山のものを犠牲にしてきた。

「妻、アリーナを生涯慈しみ、愛する…」

だからこそ、私たちは幸せにならなければならない。

「汝、アリーナ…」
それが報いになると祈って…。

「夫、クリフトを生涯慈しみ、愛し合い…」

この佳き日に。

「共に一生涯、沿い遂げることを誓いますか?」

『誓います』
夫婦になった二人は凛とした声で、誓った。

「あ~よい結婚式だったわねぇ~」
踊り子マーニャが涙を拭きながら感嘆した。
「アリーナたちがサントハイムを出てたなんて知らなかったよ」
勇者ソロが言う。
「結婚っていいものだな。俺もシンシアがいれば結婚するんだけど」
魔族襲来の際自分の身代わりになって亡くなったシンシアをソロは思い出していた。
「姫様…うっうっ…」
ニケは泣き通しだった。トルネコが寄り添い、一緒になって涙を流していた。
「一番に二人の晴れ姿を見たかったであろう父王とブライ殿。亡くなってしまうとは惜しいな」
ライアンが呟く。
「え?あそこにいるじゃない」
ミネアが指を指した。
どこ?ほらあそこよ。え?分からないよ。あ、そうか…。そうよね。ふむ…。そうなのか。
「今日は愛に満ち溢れているわね」
ミネアが指差す方向には優しい顔で微笑む王とブライの姿があった。

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