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初戦(後)

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irisjoker

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 『Robochemist!』


 第四話「初戦(後)」



 ―――……気に食わない。

 これは二人の人物が顔を合わせた瞬間思ったことである。
 不思議である。相手の素性も良く理解しておらず、また会話すらしていないのに、思ったのだ。こいつとは、そりが合わないと。
 センジュが呼んだという模擬戦の相手。重装甲六脚の外殻機は現在のところ軍では運用されていない戦車(陸地の少なさと戦うべき相手がいないため)を彷彿とさせた。
 もう一機の方は洗練された美しさよりも実用性と堅実さをもとめた二脚型で、狙撃銃の運用を前提している機体だった。
 模擬戦なのだから、当然顔合わせをする。
 機体から降りたセンジュチームの面々は、相手チームと顔合わせするべく並び、機体から出た二人もまた並んだ。整備士や付き添いの連中も野球の試合前のように並ぶ。
 六脚式機体『ヘルゴラント』から降りてきたのは、なんと初日の船でナンパをしてきた青年だった。その青年は何が楽しいのか分からないがヘラヘラ笑いながらアルメリアに握手を求めてきて、彼女はそれを無視することにした。
 二脚式機体『ジェーヴァ』から出てきたのは、色素の薄い肌に金髪、長身痩躯の青年であった。青目は人を殺したような危険かつ冷酷な光を宿しているように思われ、しかし悪くない顔の造形だった。
 だが二人は顔を合わせるや一秒未満の速度で思ったのだ。嗚呼こいつは駄目だ、親しめない、と。
 アルメリアは直感的にその青年――ブランと名乗った――を気に食わないと思い、またブランもアルメリアを見てこいつは敵だと直感的に認識した。
 かくして、試合前に視線の鍔迫り合いをするという状況が発生し、シュレーと金髪の青年ミハエルは右往左往することになったのである。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ここでメタルナイツという競技について簡潔に記そう。
 競技者は全高五mで脚部のあるロボットに乗り、許可された武器を使用して戦う。
 攻撃手(アタッカー)、防御手(ディフェンス)、目標(ターゲット)の三機の参加が必要。目標を撃破できなければ試合で勝利出来ず、逆に目標のみに限定して攻撃をしかけることも可能。
 攻撃手、防御手の装備に制限はないが、目標機を守るのは防御手であることが大半である。
なお目標に関しては無人機であることが決定されている。理由は危険だからである。
 使用可能な武器は自動誘導兵器、自動照準、化学エネルギー兵器、光学兵器を除いたほぼ全て。ただし余りに大口径過ぎたり、熱放射で溶かすような兵器の使用は禁止。
 他のルールは、センサーは通常視覚センサーのみ。
 可燃性燃料を使用した推進機構の装備禁止。
 無線機の使用は可能だが、外部と通信することは禁止。
 戦闘不能になった相手に対し故意に追撃を加えた場合、即刻試合停止処分。
 こんなところである。
殺し合いでもなければ、かといってボール遊びでもない。演技抜きの本気で殴り合うプロレスを(そんなものは無いが)機械版にしてみましたとでも言えばもっとも近いかもしれない。

 「……ルールはこんなものですね。分かりましたか?」
 「分かった」

 ……という以上の話を隣のアオバから一気に聞かされたクーは、膝の上ですやすや眠る黒猫のクロの背を撫でながら頷いた。
 なるほどまったく分からん……というのが本音だったが、なんとか噛み砕いて解釈しようと努力し、それを悟られんと頷く。
 つまり目標撃破で勝利。一行で纏めて、あとはじわじわと理解していくことにする。
 クーはアイリーンの紹介により不足していた整備士の手伝いをすることになり、ここに居る。なんでも社会に出て学ばぬものを会社で働かすことは、例え身内でも難しいということらしい。
 聞いたところによるとアイリーンとセンジュは交友関係にあるらしく、アイリーンはセンジュの研究に出資しているとか。何の研究かは教えてくれなかった。
 クーはクロを赤ん坊を抱くよう腕に包むと、一定のリズムをつけて揺り籠としつつ、画面を見た。コンクリート製の障害物が多く配置された競技場が映っていて、計六機の外殻機が戦いを待っている。
 試合開始のブザーが高らかに鳴り響き、ここにアルメリアとシュレーの初戦が始まった。


◆ ◆ ◆ ◆


 最初に仕掛けたのはシュレーだった。
 ブザーが鳴るや否やいきなり散弾銃を抜くと、アルメリアの乗るプロトファスマに手を振り、ローラー全開で前進したのだ。ローラーが地面を擦る喧しき音が響く。
 前方には不気味なほど身動きをしないジェーヴァと、障害物に身を隠し更にその後ろに目標機を覆い隠したヘルゴラントの巨体がある。障害物が多すぎて遠距離からの攻撃は困難であろう。

 ≪ちょっと攻撃しかけてくるー!≫
 ≪え、ちょ作戦は≫

 アルメリアの制止の言葉を振り切り、シュレーが往く。
止むを得ず全機関銃を起動してリンクすると、後ろの方で怖々としている目標役を隠しつつ、コンクリートの柱に身を半分隠す様にする。
 それに驚いたのか、ヘルゴラントは盾をしっかりと構え直したが、ジェーヴァは慌てず騒がずローラー機構で柱の陰に身を置き、狙撃銃を構えた。

 ≪――――落ちろ≫

 極寒の声が凛と鳴るや、狙撃銃の引き金が落とされた。発砲炎。高速弾が吐きだされ、貧弱な『蚊』を貫かんとす。

 ≪甘いッ≫

 身を捻る、弾丸がアノフェレスの触角の一本を吹き飛ばす。
 応戦。散弾銃を撃ち放つ。
避けられる。散弾が無駄にはじけてピンクをまき散らす。
障害物から狙撃銃が覗いた。とっさに身を躱す。射撃炎一つ眼に映り、コンクリート柱にピンクの華が咲いた。

 ≪おおっと、俺も参加しにゃーいけないな!≫

 軽薄そうな声の主、ヘルゴラント搭乗中のミハエルは全砲門を開く。両肩部に大型の箱のようなものがせりあがり固定、前面が開き、中身が丸見えとなる。そこにはきっちり計られたようにぎっしりとそれらが詰まっていた。
 ミハエルはそれらを斉射した。
 ロケット弾発射ポッド。本来なら炸薬を詰め込むべき場所に塗料を詰め込んだそれは、数十もの弾頭が同時に発射される、外殻機の数少ない面制圧兵器であった。
 実際の試合では炸薬ではなく、速度つまり物理エネルギーで破壊することしかできないが、それでも雨あられと降り注ぐそれは心理的にうすら寒いものがあろう。
 斜め上にロケット砲弾の雨が飛ぶや、ある一点で真下に向きを変え、降り注ぐ。
 ――トップアタック。
 従来の兵器と同じように、というかメインカメラを損傷するとサブカメラのちんけな映像頼りに戦闘しなくてはならない外殻機にとって、頭部への攻撃は致命的だ。
 その弱点をつくべく面制圧・トップアタック、しかもルールに抵触しないように考慮した結果、こんなモノが出来上がった。
 無論総重量が恐ろしく重い為に(数を揃える必要がある)搭載したら動きは鈍重になるが、六脚式で動くことを諦めたような『ヘルゴラント』であれば造作も無いことだ。

 ≪教授! 下がってください!≫
 ≪撃ち落とせ!≫

 そのロケット弾の大まかな狙いは目標の撃破であり、センジュがリモコンで操縦する四脚の貧弱な機体は右往左往して、真上から落ちてくる鉄の雨から逃れんとした。アルメリアは全砲門を開くと、真上に弾幕を展開。
 大量のロケット弾に、計六本の弾丸線が迎撃開始。多数の射線を確保できる利点が幸いし、命中航路を直走るロケット弾の全ての撃破に成功。ピンクの飛沫がプロトファスマにかかった。

 ≪おおぅっ!?≫

 命中しない進路を取ったロケット弾が地面のあちこちに突き刺さり、砕けてピンク色塗料を血糊の如くブチ撒けたので、センジュは思わず無線に唸った。

 ≪やってくれたなー!≫

 などとしている間に、アノフェレスが一気に距離を詰めて行っていた。あのロケット弾の雨をくぐり抜けたのではなく、懐に踏み込んだだけ。

 ≪ブラン、支援すんぜ≫
 ≪頼む≫

 アルメリアはセンジュの機体と競技場の端まで退却して、はたと気がついた。目標を守るために後ろに下がれば、当然支援攻撃が出来なくなるということに。
 無防備になったシュレーのアノフェレスに対し、二方向からの猛攻が繰り出される。単機で出過ぎたシュレーは彼らのキルゾーンに嵌ったのであった。
 ブラン搭乗機ジェーヴァの左右非対称の頭部カメラアイがにやりと嗤う。ターゲットサイトに迷い込んだ憐れなカトンボにマズルブレーキ付きの狙撃銃を向け、息を止め、視界と心で狙う。
 ジェーヴァの腕部関節が固定され、人間がやる『骨で狙う』状態がここに成立する。
ジェーヴァ、発砲。
 ヘルゴラント、発砲。
 キルゾーンに誘い確実に始末できる。その筈だった。問題はイレギュラーがあったということだけ。
 狙撃銃の高速弾と、盾に備えられた機銃弾の描き出す×に対しバックステップを踏み、かろうじて避けた。
 機銃弾が絡みつくように流れを変える。ローラー全開、後退、だが、イレギュラーもそこまでだった。

 ≪あっ≫

 狙撃銃の弾丸がアノフェレスの右腕に着弾。ピンクに染まり、元より装甲の薄い機体はそれを『破壊』と判断。ぐったり垂れ下がる。

 ≪あわわっ!?≫
 ≪シュレー!≫

 咄嗟に左腕で散弾銃を掴み取り反撃の一発を目標を後ろに隠すヘルゴラントに撃ち放つも、コンクリート柱に半身を隠した機体に満足に当たる訳も無く散弾の数発が掠っただけにとどまった。
 二方向からの射撃に、シュレーはとうとう防戦を余儀なくされた。コンクリート柱に身を隠し時折散弾銃を撃つ。するとその数倍の量の弾丸がお見舞いされる。
 お得意の三次元機動をしたところであの布陣を崩せるような気がしない。操縦の才能はあれど、経験が希薄ではどうしようもなかった。

 ≪アホめ、一人で突っ込めばああなるのは目に見えていたと言うのに……≫

 完全にドン詰まった試合状況を観客のような口ぶりで言うと、センジュは目標役をしっかりと遂行するべく、プロトファスマの陰に機体を移動させた。
 ムズムズと表現すればよいのだろうか、前に進もうとして後ろに下がり、前に進み後ろに戻りを繰り返すアルメリアに、センジュは呆れたように口を開き。

 ≪どうした、お前が行かんとやられてしまうぞ≫
 ≪分かってますけど………ああっ、もうっ≫

 ここで臆病になってどうするというのか。
 万が一に万が一のことがあろうとも使用するのはペイント弾。いくら被弾しようともピンク色になるだけ。しかも運命を左右する実試合でもあるまいし、躊躇って負けるなんて嫌だ。

 ―――……行くしかないのだ。

 ぎゅっと手を握る。そして全ての銃が正常に稼働していることを確認すると、プロトファスマの全脚部に命じ、やわらに一歩を踏み出した。

 ≪行きます!≫
 ≪よし≫

 ローラー回転開始。アルメリアはこうして弾丸飛び交う場に踏み出した。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「どう思いますか?」
 「負ける」
 「でしょうね」

 観客席。
 その様子をこれまた冷静な瞳で観察していたクーは、一秒とかからず言葉を紡いだ。傍らのアオバも同意見なのか頷くと、神妙な面持ちで画面を見つめ直す。
 銃撃で釘づけにされたアノフェレスの背後から、障害物に身を隠しつつ援護に入ろうとするプロトファスマ。相手側は到底模擬戦とは思えぬほどに弾丸を連射し、弾幕を形成している。
 敵を近づけまいとする六脚式ヘルゴラントと違い、二脚式ジェーヴァは一見乱射しているように見えて、的確に命中弾を叩きださんとしている。
 そう、弾幕の中に銀が如く輝ける一撃が入り込んでいるのだから、タチが悪い。
 やっと前進に成功したプロトファスマのカメラアイが俄かに光量を増すや、全機関銃を発射。到底単機が成しえるものではない、六本の濃密な弾幕が相手側へと投じられ始めた。
 アオバは言った。

 「まるで戦争ですね」

 ペイント弾飛び交う競技場は、なるほど確かにそう見えぬこともなかった。

 「戦争はもっと酷い」

 かつての資料で戦争を見たことがある(現在は国家間戦争が無い為)クーは首を振ってそう言うと、気持ちよさげに寝息を立てるクロの首の肉を摘まんだ。伸びた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 対峙して分かった事がある。
 六脚式の方はとにかくとしても、二脚式の方の狙撃能力は異常であると。

 ≪………う≫

 ちょっとはみ出した前足関節部にペイント弾が突き刺さり、極端に動きが悪くなる。応戦。両手の銃を先に向け、全銃を二脚式ジェーヴァの方に向けるや、弾幕を叩きつけて行くが、隠れられてしまい、意味を成さない。
 一見火力が高いように見えるプロトファスマであるが、ルール上の縛りにより一方方向にしか射撃出来ないため、実のところ余り火力は無い。
 多方向に攻撃するには全ての銃を自分で管制するか、使用する銃を限定するかしかなく、そうすれば普通の外殻機と大差なくなってしまうし、今は必要が無いのでやらない。
 かつて地球で運用されていたレシプロ戦闘機が機銃を数多く搭載した理由と大差ない理由で機関銃が搭載されているだけなのだ。まぁ、それでも他の外殻機と比べれば破格の猛火力かもしれないが。
 引き金を絞る。弾丸の群れが飛翔。首筋の筋が浮き出る。後退、アノフェレスが散弾銃を撃つべく障害物の陰から出るのを支援。
 だが、顔を出すと同時にヘルゴラントによる銃撃がへばり付く。
 これでは埒が明かない。
 アルメリアは焦燥感と、気に食わないがための苛立ちを隠せずにいたが、同時に打開策を見つけられずにいた。精悍な顔立ちには一抹の疲労。

 ≪これじゃ……≫
 ≪ようし、私がちょっと攻撃かけてくるから支援お願いね!≫
 ≪え? また?≫

 散弾銃で応戦、すぐさま身を隠す。人間の銃撃戦さながらの動きを見せていたシュレーは、残弾を確認しつつ、通信にそう言った。
 アノフェレスの片方のカメラアイが光を一瞬だけ消し、更に親指まで立てて見せる。無駄に芸が細かい。

 ≪もうこうなったら突っ込むしか無いじゃん?≫
 ≪………分かりました。当たって砕けろってやつですね≫
 ≪そうそう、女は度胸!≫
 ≪それを言うなら男は度胸だと思います≫
 ≪細かいことはぴょんぴょーんってことで!≫

 そうだ。何を戸惑う必要があるのか。覚悟は決めたならとっとと実行すべきではないか。こうしている間にも自分の行使可能な手は減り続け、時間だけが過ぎて行くばかり。
 早速動こうとするアノフェレス。アルメリアは、なんとか活路を見出そうと考えつつも射撃は止めない。銃が過熱しないように時折止めても、引き金から指を離さない。
 ――そうだ、ルール上、目標さえ撃破できれば勝利なのであれば、自分がやられてもいいのではないか? 
だがそれをやれば戦力は半減し、事実上の敗北を認めることとなる。防御手が撃破されれば目標役を守るものは居なくなり、攻撃手のシュレーのみで攻撃と防御をこなす羽目になる。それで勝てるわけがない。
せめて片方だけでも撃破できればいいのだが、ヘルゴラントにしてもジェーヴァにしても、自分達と同じ最近乗ったにしては余りに熟練した動きを見せ、それこそ軍人であるような……。
 どうする。乗るか降りるか。模擬戦とはいっても負けたくないと思ってしまう。アルメリアという女の子は意外と負けず嫌いであった。
 ええい、ままよ。アルメリアは無線を開いた。

 ≪私が囮になります。センジュさんは下がって、シュレーは目標を狙ってください。敵に構わないで、早急に!≫
 ≪分かった、私は退こう≫
 ≪りょーかい!≫

 センジュ操る機体が四脚をわしわし動かして、隙を窺って後ろの障害物に身を隠すと、更に後退。それを見計らったアルメリアは機体に命じ、わざと機体を障害物の陰から覗かせた。
 向こう側のコンクリート柱から銃が覗くや、一瞬で照準を付け発砲。マズルブレーキから白煙。弾丸は狙い違わず、プロトファスマの脚部に突き刺さりピンクを散らした。

 ≪今です!≫

 アノフェレス、ローラー機構全開。足から火花を散らし、動かぬ右腕ではなく左腕のみで散弾銃を握って、物陰から飛び出した。青い眼光が横に帯を曳く。
 ヘルゴラントの盾がそれを撃ち滅ぼさんと横に動かされ―――アルメリアの集中射撃によろめいた。アルメリアはプロトファスマをローラーにより完全に姿を晒し、全銃を撃ちまくった。硝煙が機体を包む。六つの発砲炎が流星の如く輝く。
 六丁全ての残弾が減っていく。薬莢が滝のように落ちて行く。構わない、全て持って行けと思う。
 怒涛の銃撃で障害物はもはやピンク一色となるが、目的の相手には届かぬ。
 ジェーヴァの狙撃が前脚にまたもや命中し、ピンクで染まる。動きが止まる。致命傷と判断されて、脚の一本が今ここに完全なお荷物と化した。

 ≪イィィィヤッホー!! シュレー行きまーす!≫

 アノフェレス、突貫。
 脚部からこれでもかと火花を散らし、腰を落とした状態で一気に距離を詰めて行く。軽量故に疾風の如く速く、更にそこに不規則な動きを混ぜることで決して狙いをつけさせんとして。
 ジェーヴァの狙撃はしかし命中せず、遥か向こうの壁にピンクの弾痕を刻むだけ。薬莢が狙撃銃から排出、からんと地に落ちた。

 ≪ミハエル!≫
 ≪分かってるぜ!≫

 接近を許せば目標の撃破は免れぬ。やや焦りを感じたブランの一言にミハエルは機敏に応じ、盾をコンクリート柱に接触させて機体の方向を変えると、プロトファスマの銃撃を防ぎつつアノフェレスを撃つ。
 アノフェレスの背後から銃弾の線が追いすがる。それはさながら鞭のようにしなり、蚊の貧弱な体を地面に落とさんと。
 相手に対し横っ腹を見せる格好のアノフェレスの頭部が傾いだ。

 ≪必殺シュレちゃん走法!≫

 ブランはまた息を止めると、狙撃銃を構え、そしてはっと目を剥いた。

 ≪何ッ!?≫

 前方障害物確認、ローラー微弱、コンクリート柱横面に両足を接地、ローラー全力回転、脚部踏み込み開始、姿勢制御、“後方一回転”。

 ―――跳。

 この場に居る全員が恐らく驚愕したに違いあるまい。
 アノフェレスの姿がぶれる。コンクリート柱の側面に両足で蹴りを入れるように飛び込めば、ローラーを使って一回転。
 余りの機動を見せつけられて、ミハエルの射撃は追尾出来ず滅茶苦茶四方八方に散開してしまった。瞬間、たちまちアノフェレスは着地すると、ひょいと柱を蹴り、次の柱に、更に次の柱の“側面を蹴り”ジャングルに棲むと言う猿並みの動きを見せつける。
 ローラーで壁を蹴れば一瞬だけ重力と重量に抵抗できるが、まさかその一瞬で他の障害物に飛び乗るだなんて、誰が想像したか。アノフェレスは確かに軽く敏捷で反応性に優れそれは可能だろうが、あくまで理論上は、だ。
 しかしシュレー=エイプリルという女はそれをやってみせた。場所が場所ならなんとかタイプとか呼ばれていたかもしれない。

 ≪そんでもってこう!≫

 射撃が明後日を向いた僅かな隙を利用し、接近。全力疾走の影響で機体は炙られた窯のように高温になっており、シュレーの全身から汗が次々に蒸発していくほど。
 心臓が早鐘を打ち、筋肉は乳酸に浸されて頭はアドレナリン漬け。戦闘欲とでも言おうか、かなり下品な表現にするとシュレーはムラムラしていたと言っても良かった。
 距離、中距離から至近距離へ。
 今度はアノフェレスのカメラアイが蒼く嗤う。蚊と舐め切っていると足元掬われるぞ、と。

 ≪ちっ………落ちろ≫

 ターゲットサイト中央に敵を捉え、引き金を人差し指の腹で優しく触れる。銃を撃つときは、乙女の肌に触れるようにせねばならぬと教えられている。
 ブランはジェーヴァを片膝付かせ、更に側面のコンクリート柱に体重をかけるようにして狙撃銃を放った。反動により機械の腕が跳ね上がりそうになり、操縦席までが微かに動揺した。
 ―――命中せず。アノフェレスの反応性の良さを利用し、わざと大仰な身動き。胸部を狙った銃弾は肩を掠っただけ。

 ≪うおっ!?≫

 支援せんとしたミハエルのヘルゴラントに、次々と弾丸が叩きこまれる。被弾を前提に隠れることを止めたアルメリアのプロトファスマの全力攻撃である。思わず退く。
 アルメリアは動かぬ前脚を庇いながらも、機体をじりじり歩かせた。

 ≪お願い、行って……!≫

 ミハエルは止むを得ず後退を強いられ、相棒に支援の手を差し伸べられない。既に盾はピンク色の弾痕でべっとり。いつ破壊判定が出て捨てなければならなくなるかも分からなかった。
 シュレーはそれを見ると散弾銃をブランのほうに振り回す様に構え、撃ち、跳躍、ヘルゴラントの真正面へと降り立った。
 散弾の内数発がジェーヴァの装甲に色彩を添えた。
 二機を手負いの一機が翻弄するという異常。だがそれが蚊ではなく肉食の豹と考えれば当然か。

 ≪前だミハエル!≫
 ≪分かってる!≫

 盾仕込みの銃が唸りを上げて銃弾を吐き出し、前方の敵を排除せんとした。
 が、その頃には既にアノフェレスは地を蹴り跳躍していた。鋭き放物線を描きくるり半回転、丁度獣がするような四つん這いでヘルゴラントの上に圧し掛かる。六脚が突如の重量増にがくがくと上下に揺れた。

 ≪火力だけじゃ何もできないってね!≫

 アノフェレスが動く片腕で散弾銃を構え、ヘルゴラントの不格好な頭部にかツんと銃口を当てた。銃身より尚熱い機体は大気を揺らめかせ、幻影が突如実体化したようでもあった。
 シュレーはこれでもかと散弾銃を撃ちまくった。残り僅かな弾丸全てをもって、その頭部を完全にピンク色に染めん。役に立たなくなった散弾銃を投げ捨て、跳び、着地。
 ヘルゴラントの頭部は完全に破壊されたと判断され、ミハエルの視界が大きく制限された。思わず叫ぶ。

 ≪メインカメラがやられたっ………ミハエル!≫

 残った武器はブレードだけ。たったそれだけでヘルゴラントを倒し、ジェーヴァを倒せるわけも無く、勝利を手繰り寄せるにはプロトファスマの攻撃を待つか、目標を倒すかの二つに一つ。
 ヘルゴラントは、余りに接近されたせいでどうしようもなく身をよじるだけ。ジェーヴァも狙撃しようにも誤射の可能性がある以上動けなかった。
 チャンス到来。乾ききった唇を、唾液すら少なくなりつつある舌で舐めた。

 ≪貰ったぁー!!≫

 シュレーはヘルゴラントの背後にいたはずの目標を撃破し、試合を終わらせようと思った。背中に装備されたブレードが跳ね上がり、それを無事な左手で受けて握ると、水平に構え、ローラーにより駆けた。

 ≪残念だったな?≫

 だが、そこに相手チームの目標機は無かった。はたり、動きを止めたシュレーを嘲笑うは、いつの間にやらシュレーの背後に回ったブラン。
 メインカメラがやられてもなお射撃を続けていたヘルゴラントと真っ向から撃ち合いをしていたアルメリアは、やっと事態の深刻さに気が付き、叫んだ。センジュも同じく無線機に叫び。

 ≪いかん!≫
 ≪シュレー!≫

 ここに至ってセンジュチームの面々ははめられたことに気がついたのだ。
 防御手などという役柄があるのだからてっきり目標機も防御手が守っていると勘違いしたのだ。ルール上それに関するシバリは無く、あくまでその方が望ましいとされているだけに過ぎない。
 だから、よもや攻撃手であるブラン搭乗機ジェーヴァが目標機を匿っているなど、考えつきもしなかったのだ。
 センジュなら気が付きようがあったかもしれないが、見える位置に無い限りは仕方がなかった。戦闘中に目標機をこっそりと移動させていたなんて予想は出来なかったのだ。
 無防備なアノフェレスに、ジェーヴァは狙撃銃をくんと向けて致命的な一撃を放った。胴体直撃。装甲のもっとも薄い部分にピンクが広がる。戦闘不能。五mもある機体が倒れて沈黙。虚しく熱気が上がる。

 ≪今なら崩せるっ………!≫

 こうなっては作戦もへったくれも無い。
 彼我戦力差二対一。唯でさえ動きの鈍い上に脚部を損傷した六脚式と、メインカメラがやられただけの六脚式、そして損傷軽微な二脚式。
 アルメリアはいかにも勝機があるようなことを呟くと、プロトファスマで前進した。もう勝てっこないなんてことは分かりきっている。だからセンジュはこれ以上なにも言わなかった。

 ≪追い込むぞミハエル≫
 ≪無茶はするなよな≫

 かくして、プロトファスマは彼らの狩り場に踏み込み蹂躙される側に置かれた。
 初戦は苦い敗北で幕を閉じたというのは言うまでも無い。



   【終】

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