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capter3 「刹那を超えて」 結 

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AM5:55

イーグル鋼機収容施設、第七格納庫。
朝日が登り始めた早朝。普通ならば聞こえる鳥のさえずりも今は鋼獣『模犬』によって爆発音と機械が裂かれる音に変わっていた。
自身に反抗する地上人、それに捉えられた同胞の叫びを聞き参じ、同胞の受けた屈辱をはらさんばかりの一方的な破壊と暴虐。
現れる地上の鋼人形の攻撃の全てをその身で貪りつくし、必死に回避行動を取る敵を追い詰め、その鋼鉄の体に牙を立てる。
それを繰り返す事二度、その圧倒的な力による蹂躙を楽しんだ。
ああ、弱い。まるで紙細工のようだ。
そう思い模犬は自身の持つ全能性に酔いしれ、彼らの救世主たる白い天使に心より感謝した。
模犬の近くにあったリフトが動きだし、地下から一機の鋼人形が現れる。
全体的に丸く太ったといっていい不格好なシルエットに紫色の装甲。
自分達がよく見てきた鋼機よりも全体的に一回り大きい。
腕も胴も脚、普通の鋼機に比べると肥えて見える、顔だけが小さくその大きな体に不釣合いな程だ。
どちらかというと洗練されたスリムなフォルムの印象を受けてきたこれまでの敵の姿とは似ても似つかない鈍くささを感じさせた。
そして、何よりも目につくのは右腕に装着されたその全長すら上回る大きさの巨大な筒だろうか。
6個の筒を六角形に無骨に繋ぎ合わせて、軸に一本の別の筒を置いて、一本の大きな筒に見せかけたそれは機体に異形の印象を大きく与えた。
見たことが無い鋼機に一瞬警戒を覚える模犬。
だが、それが鈍鈍しい一歩を踏み出しバランスを崩して機体を傾けさせた事でその警戒は消えた。
あまりに鈍重あまりに遅い。先ほどまで相手していた敵ならば、その動きの軽快さによって捉えるのが少々手間であり苦労したが、これはそうなる事はないだろう。
故に即座に模犬は疾走した。
すぐに自身の牙と爪で敵を破壊できると踏んだからだ。
敵は大きな筒をこちらに向けて構える。
鈍重な機体が脚部から杭のようなものを地面に打ち込み、両肩、背部にあるスラスターが稼働する。
また、弾丸を飛ばす兵器だろうか?
模犬は心の中で笑う。

―――馬鹿の一つ覚えが、貴様らの武器など我らには通用しないのだ。

そう確信して走る。
紫色の巨体のもった筒は回転を始め、そしてその筒にあった引き金に指をかける。
怒号のような発射音が響く。
そしてその瞬間、模犬に大きな衝撃が走った。
模犬は機体が大きくゆらし、転倒した。

―――な、何が…

何が起こったのもかもわからず、模犬は自分を見る。
気づけば体の感触が一部ない。脳を移植して得た自分の新しい右足が消滅している。
模犬の機体の修復を待たずに次の砲撃が来る、筒の回転は速度を増し、それが60度回る度に弾丸が模犬の身を襲いつづける。
2発、3発、7発、11発、23発、31発、101発、223発、599発、1009発――――たった一撃で鋼獣の体を削った弾丸は数え切れない程の暴風雨となって、1秒の間隔も開けずに怒号のような発射音と共に模犬の体を文字通り跡形もなく吹き飛ばす。
明らかなオーバーキル。再生させる余地もなく圧倒的な火力と圧倒的な速射性で敵を跡形もなく塵となった。




CR ―Code Revegeon― capter3 刹那を超えて―― 結



AM5:50 イーグル本部鋼機第七格納庫地下

シャーリー・時峰は雪華の無機質な操縦室内で乱れた呼吸をすっと飲んだ。
口の中にはまだ胃液の味が残っていて気分の悪さを増長させる。だが、シャーリーはそれに構わずレバーを操作して雪華を載せているリフトの遠隔操作を行う。
リフトは動作時にならす警報を鳴らしながら移動を開始し、地上へと雪華を運び始める。
シャーリーは小さく息を吐いて、レバーを強く握った。
また、本部からの連絡もあり蠍型の鋼獣以外にも3機の鋼獣が今ここに来襲したのだという。
状況は非常に悪いといえた。
既に地上では鋼獣が格納庫を襲っている。その為地上に出たらすぐに接敵する可能性が高い。
故に、地上に出た後の最初の1手これがまず戦局を分かつものになる。
その為、吐き気を催すような緊張がシャーリーを襲っていた。
雪華に搭乗するまでに精神を大きく消耗しているシャーリーには酷な事ではある。

(あまり、長時間の戦闘は持たないな。)

自分の状況を客観的に見てシャーリーはそう思った。となるならば短期決戦それしかシャーリーには残されていない。
機体が揺れる。それ自体は珍しい事ではないが重力バランサーが取り付られ揺れなどを和らげる処理が行われているS-21系列の機体では歩行しただけでここまで搭乗者に揺れが来るのは珍しいことであった。
カメラは登ってきた朝日を捉え、外の明るさに合わせてヘッドディスプレイが自動的に明度調整を行った。
そして、そのディスプレイに映るものを見て、シャーリーは息を呑んだ。
あちらこちらから出ている火と煙。
目の前で施設を半壊させ、そこから出撃したのであろう鋼機に牙を立てる鋼の獣。

「くそ!」

すぐにでもあれを倒さなければという思いに駆られ、シャーリーは感情的にリフトの拘束を遠隔操作で解除して、雪華に一歩を踏み出させる。
その瞬間、雪華は機体が傾いた。
シャーリーは慌てて右肩部にある3次元駆動スラスターを吹かせて強引に機体の姿勢を制御する。
雪華はなんとか姿勢を立て直し直立した。
その一動にシャーリーは絶句する。
知ってはいた。しかしそれを見聞きするのとそれを実際に体験するのは意味合いがまるで違う。
S-21Cアインツヴァインカスタムプランレギオネーター『雪華』は欠陥機である
雪華の象徴である右肩部からその右足の付け根近くまで伸びる巨大な50mmガトリング砲。
これは鋼獣を撃破するためにCMBUが作り上げた雪華最大の武装であるが、通常のS-21アインツヴァインではこれを持った時点でその重さに腕を落としてしまう。
その為にこの『雪華』は機体全体のフレーム増強が行われており、それが雪華の体が通常のアインツヴァインより二回り程大きい理由である。
それによって雪華はこの巨大なガトリングを装備することが可能となったが重心のアンバランスさは解消する事は出来なかった。
その為、歩行させる時、雪華は左に重心を傾けるようにさせなければ転んでしまう可能性がある。
これは動きの柔軟性にすぐれ、まるで人のようだと例えられたS-21系列の機体では決して考えられない事であった。
本来行われる筈であったテスト起動の際、この重心のズレのデータを取って、歩行プログラムに補正をかける予定であったが先日のテスト起動の際シャーリーは意識不明となりそれが行えていない。
故に、この戦いの間はシャーリーは手動でその重心のズレを制御しなければならないということになる。
また、それに伴うこの機体最大の欠点が一つある。
この機体は鋼機の平均重量8.0tを大きく上回る13.0tの重さの機体であり非常に重い。
これは様々なAMB兵装を一個の機体にこれみよがしに積み込んだ為の弊害であるが、その為この機体は一度転んでしまえば自力で立ち上がる事が出来ないという非常にピーキーな機体になってしまった。
つまりこの機体は転ぶ事が許されないのである。
この点を見抜いた久良真由里がこの機体をスクラップと評したのは非常に的を得た評価だと言える。
根本的な話この雪華という機体まともな戦闘機動自体が出来るかどうかが怪しい機体であった。
なんて不出来で、なんて不格好で、なんてめちゃくちゃで、なんて希望を乗せられた機体なのだろうか…。
シャーリーは雪華を見て、そう思う。
この機体は鋼獣を倒す。その願いのみで作られた機体だ。
鋼獣を倒すそれだけの為の執念、願いがこの機体を押しつぶさんとするようにしているのに、この機体は奇跡的にそれに耐えている。
それは先にみた自分の理想像を体現しているように思えた。

「お前を絶対に倒れさせない。」

そう誓うようにいう。
そう、倒れさせてはいけない。
既に死んでしまった彼らを重み、この背に乗るものに自分はいつか押しつぶされてしまうかもしれない。だがこの機体はそうさせるわけにはいかない。
そう強く思った。
すぐに思考を切り替える。今の機体の傾きから大体の安全マージンは理解した。
次は何をすべきか…。
敵との相対距離を測る。
おおよそ1200m程度、敵はこちらへと疾走を初めた。
その牙と爪でこの機体を先ほどまで自分が蹂躙していた鋼機のように破壊するつもりなのだろう。
その事実はただ幸運だった。
敵は地上に出たこちらをすぐに視認した筈だ。
そしてそのまま何も警戒もなく行動に移していたのならば雪華はそのまま鋼獣の牙にかかり何も成せないまま鉄くずへと姿を変えていただろう。
だが、雪華の異形それが一瞬、鋼獣を惑わせた。
そしてすぐに攻撃をしかける事をためらわせた。
この少しの時間、これが与えられたゆえに今―――

――――最強の一手を打てる。

―Plan2AMBガトリング発射モードへ移行。

雪華は右腕部に装着された身の丈ほどの巨大なガトリング砲を的に向ける。
それと同時に腰とガトリング砲に装着された姿勢制御用のパイルがアスファルトに突き刺さった。
両肩と背部に合計7基ある3次元駆動スラスターが稼働準備に入る。
全てはガトリングの反動と重さを軽減するための予備動作である。
迫る鋼獣。
それは疾風のような早さですぐに距離を詰める。
シャーリーは小さく息を吐いて照準をあわせる。慌ててはいけない。ここで慌てれば全てが台無しになってしまう。
そして、鋼獣がその牙を雪華にかけようと距離が20mまで詰まった瞬間、

「馳走だ。たんまりと喰え。」

トリガーを引いた。
轟くような発砲音を鳴らして銃身が回転する。
発射された特別製の弾丸は音の速度を容易く超えて暴風雨のように鋼獣の体に降り注いだ。
その一発一発が鋼獣を吹き飛ばし、体を大きく削る。
通常、鋼獣ナノイーター装甲は銃弾程度ならば分解して吸収してしまう性質を持っている。
だが、この雪華の持つガトリング砲はそれを許さない。
これはナノイーターの持つ弱点の2つを突いていた。1つはナノイーターは大質量を分解するのにはそれなりの時間をかけるという点。
もう1つは連続攻撃による分解と再生を上回る速度で攻撃を行うという点だ。
今雪華に搭載された巨大なガトリング砲、それはナノイーター装甲を破る為の案の一つである大質量による超高速攻撃という案をそのまま形として体現した兵器なのである。
だが、通常鋼機が許容できる重量や反動を大きく超えたそれはフレーム強化をした上で腰部に3つ装着されたパイルとスラスターによる反動制御を行わなければ撃てない代物であった。
結果打つための予備動作に大きな時間がかかり咄嗟の使用が出来ない武装の為、汎用性はあまりにも低い。
だが、その使用条件をすべて満たした場合に限り、このガトリング砲はAMB兵装の中でも最大の猛威を振るう。
毎秒108発の特殊弾は鋼獣のナノイーターの分解と再生の限界を超えてその体を侵食し、貪り、喰らい尽くす。
つまるところゴリ押しであるのだが、同じ対ナノイーター対策案である電流を用いた兵装と比べて一動で敵を殲滅出来るのは大きく優れた点であった。
鋼獣は原型を残さずその場から姿を消す。
それは雪華が鋼獣を撃破した事を示すのに他ならなかった。
シャーリーはそれを確認した後、すぐに辺りを見渡した。
まだ油断するわけにはいかない。
そうシャーリーの中に強い緊張がある。
前のブラックファントム捕獲作戦の際、リベジオンと今は呼称される機体の協力もあって、シャーリーのα部隊は鋼獣を撃破するという快挙を成し遂げた。
だがその勝利の美酒が、部隊全体に油断を生んだ。
シャーリー達はどこからともなく現れた増援の鋼獣により、部隊は壊滅、多くの仲間達を失う結果になったのだ。
その経験、それがシャーリーの警戒を解かせなかった。
また、今撃破した鋼獣の形状は先ほど自分と真由里を追ってきた鋼獣と大きく形状が異なっていた。どちらかというのならば、今撃破した鋼獣は前に部隊を壊滅させた犬型の鋼獣に近い。
となると今回捕獲し脱走した蠍型の鋼獣は他にいる事になるし、連絡にあった来襲した3機の鋼獣は既にここにいるということを示していた。
警報、機体がソナーで何かを探知しシャーリーに知らせる。
すぐにシャーリーはそちらにカメラを向けて視認する。そこには先の蠍型の鋼獣が尾を雪華に向けていた。
尾の先端は展開しており、青く光っている。
シャーリーの脳裏によぎるのは先の逃走時に尾が展開した後、一瞬の光の後、体に伽藍洞の穴があいた体になった鋼機の姿。

(―――不味い。)

そう直感的に思い。シャーリーは腰部のパイルをパージして全スラスターを最大出力で吹かす。
右方向へと加速する雪華。
その左肩をかするようにして走る閃光。
それは雪華の背後にあった通信施設に一瞬で消滅させた。
一瞬、ほんのコンマ1秒でも遅れていたのならば、回避できなかった紙一重。
つかの間の勝利に安息していれば、この一撃で今頃自分は亡き者になっていただろう。
それはシャーリーの背筋に大きな悪寒を走らせた。
だが、それだけでは終わらない。
急なスラスター移動から着地。次にシャーリーに襲いかかるのはこれだった。
この着地で転んでしまえばそれはその時点で敗北を意味する。
シャーリーは巧みにスラスターを逆噴射させて機体を減速させ、接地、その後足裏にあるパイルを強引に差し込んで無理矢理立たせる。
その強引な接地に雪華の脚部が少し歪む。
シャーリーはその現状に口を歪めた。
それはまだ機体の戦闘機動に支障を来たすレベルではないが数回繰り返せば機体の方が限界を迎える事を意味している。
今のような無茶は出来る限度があるのだ。
すぐさま、蠍型の鋼獣をカメラ越しに確認する。
展開した尾は雪華に向けられている。
それを見てシャーリーは一つ疑問を抱いた。だが、その疑問の解答を探す間もなく次の攻撃が雪華に降り注ぐ事になる。
雪華の近くに築かれた瓦礫の山、それが動き、その中から犬型の鋼獣が牙を立てて現れて跳びかかったのだ。

「―――っ。」

完全に虚を突かれた奇襲。
声にならない声をあげてシャーリーはレバーを操作しペダルを踏み込む。
もはや回避は出来ない。
距離は近すぎるし、ガトリングを打ち込もうにも発射体制になる程の余裕が無い。
だから、これは不可避の攻撃だった。

「――――なら!」

雪華は飛びかかる犬型の鋼獣に対して右腕部に装着されたガトリングをトンファーのようにして頭部の頬にぶち当てる。
襲いかかってきた犬型の鋼獣は予想外の反撃に体を飛ばし、地面に倒れる。
すぐさまシャーリーは左腕部を犬型の鋼獣に向け、内蔵された2本のワイヤーを発射する。
ワイヤーは犬型の鋼獣巻きついた。
その後、放電が開始される。超高圧電流が鋼獣を襲う。
雪華はすぐさま、犬型の鋼獣の前に迫りその頭を踏ませた。
足裏に装着された姿勢制御用のパイルがナノイーターを電流で無効化された犬型の鋼獣の脳天を貫く。
犬型の鋼獣はそれで機能を停止した。

「姿勢――制御用のパイルには――――こういう使い方だって―――ある!」

息も切れ切れになりながらそう自分を鼓舞するように言い放つ。
咄嗟の機転という他ない。回避不能の攻撃とみると否や即座に迎撃に移行し、ガトリングが壊れる可能性に囚われず武器として扱う判断力。
その後、左腕部エレクトロニカルワイヤーを使いナノイーターを無力化し、鋼獣の急所である頭部を姿勢制御用のパイルを使い破壊するという決断力と応用力。
今、シャーリー・時峰の鋼機乗りとしての能力の異常性が遺憾なく発揮されている。
シャーリーはすぐさま意識を蠍型の鋼獣に戻した。また、蠍型の鋼獣の尾は光を帯び―――――咄嗟に先の回避のようにスラスターに全開で吹かせて緊急回避を行う。
雪華の真横を走る閃光。
既に何度目かはわからない9死に1生を得て、雪華は回避する。
着地と同時に機体が悲鳴をあげる。
反動を殺しきれず機体が大きく揺れる。それで一瞬遠のきかける意識。シャーリーはそれを必死につなぎとめた。
シャーリーはそれに大きな危機感を覚える。
このような回避を続ければ機体も持たないが、それ以上に自身の限界も近い。
今、シャーリーは万全ではない。もしこの場に医者がいるのならば、すぐさま止められるような状況にある。

(あと、もって2分という所か…。)

それまでに決着を付けなければならない。
蠍型の鋼獣は再びこちらに尾を向けたまま静止している。
その光景を見て、シャーリーは先ほど一瞬脳裏によぎった疑問に確信を得た。

(恐ろしい威力だが連射は出来ず次弾発射にそれなりに時間がかかっている。)

もしあの閃光が連射出来るのであれば、回避した後の着地に合わせて次弾を撃てば確実に雪華は破壊されている。
だが、この二度の回避の中で敵はそれをしてこなかった。
つまり敵のあの驚異的な威力を持つ閃光はなんらかの溜め時間があるという事だ。

(おおよそ30秒程度の間隔という所か?)

既に蠍型の鋼獣とはおおよそ3000m程の距離が離れている。
切り札であるAMBガトリング砲はその大きな反動から集弾率があまりいいとは言えずその効力を完全に発揮する為には最低でも800m以内の距離で使うのが望ましい。
だが、敵はこの距離からでもこちらを射抜くことが出来るあの閃光がある。
姿勢制御用の腰部のパイルは先ほどパージしたこともあり予備が1セット、つまりガトリング砲は次の一回が最後の使用となる。
残ったチャンスはたった1度、だがそれを発揮するためには近づく必要もある。
そして近づくという事はそれだけあの閃光に被弾する確率も上がるということだ。それにまだ伏兵が潜んでいないとも限らない。
状況は限りなく不利といえた。
唯一付け入る隙があるとするのならば、おおよそ30秒の間隔でしか撃てないという点。
正確には間違いがあるかもしれないが、もう一度測るリスクも時間も自分には残されていない。
ゆえに今できることはこれを愚直に信じて突き進み、もう一度、なんとか閃光を回避しつつガトリング砲の射程距離まで接近、次の閃光を発射前にガトリング砲で撃破する。
これしかプランが残されていない。
シャーリーはすぐさま判断を実行に移す、両肩、両脚、背部に装着された全てのスラスターに火を入れる。
それと共に蠍型の鋼獣に向けて雪華は加速した。
これから雪華は蠍にガトリング砲を浴びせる為には、射程距離に入る為に1度、安全にガトリング発射体制に入る為に1度の合計二度あの閃光を回避する必要がある。
こればかりはほとんど賭けに近かった。
シャーリーは神経を研ぎ澄ませて敵を凝視する。
あの閃光を発射する際に、蠍型の鋼獣の尾が大きく光る事は既に確認済みである。30秒と想定したが、これは目安に過ぎずもっと早く打てる可能性もある。
ゆえにその瞬間を見逃さないようにしてその一挙手一投足を逃さぬように見ながらレバーを握った。
蠍の尾が光る。
シャーリーはすぐさま左と背部のスラスターの向きを変えて左へと回避行動を取った。
雪華は重い機体を動かすために体の各部にスラスターが内蔵されている。それゆえにその巨体に似合わず、高い速度で移動することが可能となるがその為に旋回性と柔軟性を殺しており、こういった回避行動は非常に苦手としていた。
それを行う為には3手先を読む予知めいた集中力と勘を利用して先読みで動かす必要がある。
第一射。
雪華の左側を突き抜けるようにして閃光が走る。
回避に成功、しかしまだ距離は1500m程ありこのままガトリング発射体制に入ることは出来ない。
つまり、もう1射この綱渡りをしなければならないという事だ。
―――800mを超える。
射程圏内、しかしギリギリまでシャーリーは近づく事を想定した。
あくまで最低でありこのガトリング砲は敵に近ければ近いほど大きな効力を発揮する。
次にガトリングを構えたら絶対に敵をしとめなければならない。だから確実性を取るためにも近づいた。
だが近づけば近づく程閃光の回避が困難になることを意味している。
蠍の尾が光る。

「来るか…。」

そう独り言を呟きながら残りの集中力の全てをその見極めに用いる。
第二射。
その起こりを見て、すぐさまシャーリーは雪華に回避行動を取らせた。
次の瞬間機体が大きく揺れ、アラートがなる。それは雪華が閃光に被弾した事を意味していた。
だが、シャーリーはそれを意に介さずすぐさま着地、機体がさらなる悲鳴を上げるのを無視してガトリング発射体制を取らせた。
シャーリーにとっては今生きている、ただそれだけで機体が致命的なダメージを受けていない事を確認する術になっている。
実際この判断は的確だったと言える。閃光は左肩部の半分を奪っていったが、その程度の被害ですんでいた。

―Plan2AMBガトリング発射モードへ移行。

腰部にあるパイルが地面に打ち込まれる。
スラスターが起動する、先の閃光で左肩のスラスターを失ったのは痛いがそれでも短時間程度の発射ならば耐えうるだろう。
ガトリング発射体制が完成するまでおおよそ20秒。
読みが正しければ次の閃光の発射に対して確実に先手が取れる筈だ。
シャーリーは祈るような気持ちで準備が終わるの待つ。
敵は閃光が間に合わないとみたのか回避行動を取ろうとする。
準備完了が告げらシャーリーはすぐ様トリガーを引いた。
回避しようとする蠍に向けてガトリング砲が怒号のように火を吹く。
今まで殺された仲間たちの無念と願いその轟音にこめたかのように叫ぶような発射音がこだまする。
その砲弾は確実に蠍型の鋼獣を捉えた。
だがその瞬間、射線に何かが割りこむようにして入り込む。
犬の鋼獣、報告にあった最後の1機それが盾となって蠍の鋼獣の前に立つ。
弾丸は犬の鋼機を貫くがそこれによって威力失い、蠍の鋼獣まで届かない。
それと同時に蠍型の鋼獣は尾を展開する。
尾は光を放ち、閃光の発射体勢へと移行する。
シャーリーはすぐさまガトリングの発射を中断。姿勢制御に使ったパイルを全てパージして、スラスターを吹かせ回避を―――

(間に合わ―――)

そして―――――閃光は放たれた。

―2―


絶望的な戦況の中で抗う1機の鋼機、その孤軍奮闘を遠くから見つめる者がいた。
その者は道化だった。
かつては世界に蝕まれた存在であったが、今やその世界から隔離された。
そんな意味の分からない代物だった。
誰でも理解できて、誰にも理解出来ない代物。
これを道化と言わずなんというべきか。
道化は戦況を眺めながら呆れた口調で言う。

「あーあーあー、まったくさ、最初は君かと思ったんだ。君こそが僕の愛しい人なんじゃないかなって…でもさ、やっぱりそれ違うみたいなんだよ。君は自分の事弱いだなんて思ってるかもしれないがそれは大間違いだ。君は強い、強すぎるんだ。それはもしかするとあのクソババアすら超える可能性があるぐらい。だからさ、君は違うって思ったんだ。それを確認したかったんだ。」

くすりと道化は笑う。

「まったく、羨ましいよ、本当に…。」

そう独り言を言って道化は戦況を眺める。
その結末がどうなるのか知りながら…。


―3―

閃光が放たれた。
その閃光はどのように雪華が足掻いても不可避なものだ。
それは確実に雪華の体を貫き、シャーリーの命を奪う。
それは対峙していたシャーリーこそが誰よりも理解していた事だった。
シャーリーは人の習性として思わず目を瞑る。
そして己が死んだのだと悟った。
少しの空白の時間…まだ呼吸が辛い、頭に激痛が走り、吐き気が収まらない。
だが、何故これを感じる事が出来るのか?
すぐに1つの答えが頭をよぎる。
けれどそれはありえない事だ。けれどレバーを握る手の感触がある。それはつまり

(まだ、生きている?)

シャーリーは恐る恐る目を開く。
その瞳にはディスプレイモニターがカメラ越しに移す光景が広がっていた。
そしてその光景に思わず息を呑む。
目の前に映るのは、蠍型の鋼獣、その盾となりガトリングで体をボロボロに撃ち貫かれた犬の鋼獣、そして一体の鋼機アインツヴァインだった。
尾に跳びかかりついていて、尾の矛先をその体重で強引にねじ曲げている。
必敗の運命を覆したのはそれだった。
蠍の鋼獣は尾と体を振り回すようにして動かして、しがみついていたアインツヴァインを投げ飛ばす。
投げ飛ばされたアインツヴァインは膝を地につけ、右脚をふっ飛ばしながらも着地した。

(まだ生き残りがいたのか…。)

そう胸に驚きが広がる反面シャーリーはすぐに思考を切り替える。
先ほどの攻撃を回避するためにシャーリーは雪華を強引に跳躍させた。
その着地の瞬間が迫っている。
既に幾度もの強引な機動で雪華の脚部は限界が近かった。

(立っていられるか…?)

雪華は着地する。
右脚部が大きく歪み雪華はバランスを失う。

(――――倒れる!)

倒れさせないと誓ったのに…この機体は絶対に倒れてはいけないのに…。
そう思いなんとかバランスを立てなおそうと肩部のスラスターの角度を調整して吹かせる。しかし先に左肩部のスラスターを失ったのもあって機体を支えきれない。
だから、倒れる事はもう免れない。だが、その時、何かが雪華に接触する音が聞こえる。
鋼獣にとびかかったのとは別のアインツヴァインが雪華を支えたのだ。
それで雪華は倒れるのを免れたのである。

「こちらγ3よりα1へ、γ3、γ4両名、貴官を援護します。」

突如入る通信、シャーリーはそれで何が起こったのかを理解する。
γ部隊の生き残り達が、今自分を援護しに入ってきてくれたのだ。

「感謝する。」

そう言の葉を返し…そして理解した。

(ああ、そうか私は一人じゃないんだな…。)

ふと腑に落ちるように思う。
一人では背負いきれない程の重荷、けれどそれを背負うと決めた。
けれどそれを一緒に支えてくれる者もいるのだ。
決して私は一人で戦っている訳じゃなかった。
シャーリーは雪華の重心を少しずらすようにして強引に立たせた。それを確認した後、雪華を支えていたγ3の鋼機から連絡が入る。

「γ3よりα1へ、あなたの指示に従います。命令を…。」

シャーリーは目から溢れたもの堪えながら、

「ありがとう。」

そう感謝の意を表して、時間を確認する。
先の攻防からおおよそ10秒、次弾の発射までもう20秒しかない。
ガトリングの射程距離内、モード以降しても間に合う猶予がある。
しかし、姿勢制御に必要なパイクは全てパージしてしまっていてガトリングを発射することは出来ない。
姿勢制御用のパイクを使わずに強引に打とうとしてもその反動で機体が転んでしまう可能性が高いからだ。
つまり雪華、最強の武装であるAMBガトリングは使用不可。
腕部に装着されたエレクトロニカルワイヤーも充電中であと120秒は使用することが出来ない。
万事休す、閃光から逃れ得て20秒の猶予を与えられはしたものの反撃の手が―――

「いや、ある。」

雪華の右腕に装着されたその身の丈程のガトリングを見てシャーリーは思う。
そう、まだある。
この機体には最後の切り札が残されている。だが、これの射程は極端に短い。
ゼロ距離、これを取る必要がある。

「α1からγ3より、これより当機は敵との距離を詰める。だが、接近するにあたってあの尾が厄介だ。先行して敵の注意を引くことは出来るか?5秒でいい。」
「囮ですか?ええ、それはうちの隊長のせいでもう慣れっこですよ。」
「すまない、絶対に君を見捨てたりはしない。幸運を祈る。」

自分を気遣うシャーリーの言葉にγ3は少し驚いたようにして

「そちらも。」

と短く返した。
そういってすぐさまスラスターを吹かし突撃するγ3のアインツヴァイン。雪華と違い機体が軽くすぐさま加速し、蠍型の鋼獣と接敵した。
シャーリーもそれに続くようにすぐさま機体を操作し、スラスターを吹かせ加速した。
閃光の発射準備完了まで残り8秒。
γ3は2つに別れた尾の攻撃で右腕を失いながらも回避し、時間を稼ぐ。
そのわずかな時間を利用して、雪華は蠍型の鋼獣に近づく。
閃光の発射準備完了まで残り5秒。
γ3は尾の攻撃をなんとか回避するもののハサミに捕まり脚部を切断され倒れる。
雪華、接敵する。
閃光の発射準備完了まで残り3秒。
敵は尾の形状を変え、閃光の発射体勢へと移行。
その瞬間で雪華は右腕のガトリングを押し付ける。
閃光の発射準備完了まで残り2秒。
その挙動で雪華の機体が揺れる。シャーリーは意識が遠のきそうになる意識を舌を噛む事で強引に繋ぎ止めてレバーのトリガーに指をかける。
閃光の発射準備完了まで残り1秒。
閃光を発射しようと光始める尾、与えられた刹那の機会。
その刹那を超えて―――――雪華は行く。

「一発限りの特別製だ!持ってけ!!」

シャーリーはトリガーを引いた。
AMBガトリングは中心にある大きな筒を軸にして六角形になるように筒が取り付けられている。
通常ガトリングの弾はこの外側の部分の筒から発射される。だが、このCMBUが技術の粋を集めたAMBガトリングにはもう1つの内蔵武装がある。
それが中心部の筒である、ガトリングに内蔵されたガトリングとは違う機構。
中心の筒から射出されたのは大きな杭だった。
杭は電流を帯び蠍型の鋼獣の脳天から突き刺さり尾の付け根まで貫き通す。
エレクトロニカルパイルバンカー。
たった一発限りではあるが、接射すればそれは確実に敵のナノイーター装甲を無力化して貫く大きな威力を持つ武装となる。
蠍型の鋼獣の尾から放たれていた光は失われ、目から光を失い機能を停止する。
倒れかける機体、シャーリーはガトリングを松葉杖のようにして地面につけてなんとか体勢を立て直す。

(ま、まだだ。)

あたりを見渡す。ここで油断してはいけない。かつてここで油断したから自分の部隊は壊滅した。
まだどこかに敵の伏兵が潜んでいるかもしれない。既に雪華は死に体で使える武装など残ってはいない。それ以上にシャーリー自身がもう限界を超えている。
そして彼女の警戒は間違ってはいなかった。
コンクリートを山のようにせり上がらせて、現れる。
それは鋼獣だった。
円型の肉体に尖った鼻、それは地上にいる生物でいうモグラを思わせる鋼獣だった。
地中にから潜行し、今地上にそれが現れたのだ。

(くそ…)

既に意識が朦朧としていて正常な判断が出来そうにない、もう戦えない。
そうシャーリーは思い、せめて自分の救援に駆けつけた仲間だけでも逃がす手立てはないかと白くなっていく意識の中で思う。
しかし、思考が出来ない、まとまらない。先の戦いでシャーリーの全能は使い果たしている。
もはやその瞳は思考が宿らず、ただ映像を見るだけになっている。見えるのは鋼獣とそれに襲われる鋼機達、そして紅の線状の光。

(あ…か…)

その紅には見覚えがあった。
血のような紅、見ているだけで恐怖を覚える紅、怨嗟の紅。
そしてその紅の光の先にはそれを纏う漆黒の機体がいた。
漆黒の幻影、機械じかけの魔王、怨嗟の魔王

「ふん、鋼機でこれだけの鋼獣を倒すとはな…まったく凄いものだ。」

怨嗟の魔王はオープンチャンネルで雪華とその仲間たちの戦果を称えるようにいう。

「ブラック…ファントム…」

おぼろげな思考で、シャーリーはその機体の名前をオープンチャンネルで告げる。
その声を聞いて、少し驚いたようにして

「ああ、あの時の隊長だったのか…。まあ、あんたはもう安心して、そこで寝ていてくれ、後は俺が引き継ぐ。」

そう言って紅の光をまとった怨嗟の魔王はモグラ型の鋼獣を蹴り飛ばす。
敵は大きく吹き飛び、仰向けに転がった。
そしてその象徴たる因果を歪める大槍を握り、その矛先を鋼獣に向けながら言った。

「ああ、それとな、一つだけ言っておきたい事がある。前もいったと思うんだがな…。」

少し懐かしそうに怨嗟の魔王は言う。

「この機体の名前はリベジオンだ。」

かすれていくシャーリーの意識。
その中で、一種の安心感を覚えながら怨嗟の魔王の言葉を聞く。

(ああ、そうだったな…)

そして、シャーリーの意識はそこで途切れた。



To be continued エピローグ

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