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第4話【トライアングル】Aパート

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ParaBellum

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「それでは、機甲騎士についての講義を行います。耳をかっぽじってよく聞いて下さいね」
「は、はい」
「返事はイエスマイマムです」
「イエスマイマム!」
 キルデベルタ内コクピット。操縦席に座った由希音は、前方のモニターに映るオドレイの言葉に耳を傾けた。
 モニターの端では、デフォルメされたオドレイが指揮棒片手にこちらを見据えている。由希音専用キルデベルタにのみ搭載された補助AI、【オドレイmk-Ⅱ】だ。
 初めて騎士を駆る由希音のため、オドレイが超速度で取り付けたらしい。改めてオドレイの熱意を感じ取ると共に、由希音は彼女への感謝の念で一杯になった。
 ここまでしてくれているのだから、自分もその熱意に答えるほかあるまい。
「まず基礎知識から入りましょう。機甲騎士とはどのような存在でしょうか」
「……巨大な騎士、鋼鉄の騎士……ですか?」
「模範的な回答ですね。しかしそれでは不十分です」
「そ、そうなんですか」
 普段もそれなりに厳しいオドレイだが、このオドレイmk-Ⅱ、本人よりも更に厳しくなっている気がする。
 それもそのはず、元は整備士であり機甲騎士を弄くることを生き甲斐としてきたオドレイにとってこの講義は譲れないものなのだ。自身の分身でもあるmk-Ⅱには持てる限りの知識と情報を突っ込んだに違いない。
「良いですか、機甲騎士とは芸術なのです。完成されたフォルムは言わずもがな、兵装やその挙動、全てにおいて美しいもの、それが騎士! 騎士とはまさに芸術なのです!」
「はぁ……」
「あなたは芸術品を動かしている。それを忘れてはいけません。絶対に」
「機甲騎士は……芸術品……と」
 自分に言い聞かせるように呟く由希音に、mk-Ⅱは優しい笑みを向けた。
「ですが芸術であると同時に騎士は人殺しの道具でもあります。戦争に使われている以上、避けては通れぬ評価です」
「……」
「使い方を間違ってはいけません。自分の得ている力を見誤れば、必ず良くないことが起こります」
「……イエス、マイマム」
「よろしい。では機甲騎士の簡単な仕組みについてご説明しましょう」
 モニター上をぴょんぴょんと駆け回り、mk-Ⅱが説明を開始した。
「まずは動力源のお話です。何をするにも、ここでエネルギーを作り出さねば騎士は動いてくれません。故に! 動力部は騎士の命綱! ぶっ壊したらきつい折檻が待っているのでご注意を」
「え……」
「大丈夫、普通に使っているだけなら壊れはしません。……さて、機甲騎士は動力として輝素と呼ばれる物質を使います」
「輝素?」
 由希音の言葉に呼応して、モニター上に輝素の説明が表示される。
 大気中に存在する分子の割合を示した円グラフが映し出され、その隣に輝素の基本説明が並ぶ。
「輝素とは、空気中に存在する小さな分子であり、それ単体では何の力も持ちません」
 由希音がその説明を読み上げた。
「一説には世界を作り上げたものとも言われますが、詳しいことは定かではありません」
「そう。謎が多い物質なのです、輝素は」
「……機甲騎士は、その輝素を濃縮したものをジェネレーターで爆発させ、そこから得たエネルギーを利用することで駆動します」
 由希音の声に相槌を打ち、mk-Ⅱが指揮棒を振るった。
 モニターにウィンドウが一つ出来、そこに機甲騎士のスカート部分が映し出される。
「ここが機甲騎士の動力部。輝素ジェネレーターと呼ばれるものですね」
「ここから輝素を取り込んで爆発させるんですか?」
「……それが出来ればいいのですが、我々の技術力では騎士に搭載できるほど小型の濃縮装置つきのジェネレーターは開発できていません」
 至極残念そうに、画面上のオドレイが肩を落とした。技術屋の彼女にとって、結構深刻な問題なのだろう。
「ですので、騎士は一定間隔で濃縮輝素を供給しなければなりません。濃縮輝素が空になると問答無用で機能停止するのでご注意を」
「イエス、マイマム」
「空気中の輝素からそのまま濃縮輝素を作り上げ、半永久的な活動を可能にする騎士も存在すると言われていますが真相は定かではありません」
 もしあったら是非ともこの目で見て触ってそして愛でたいものです、とmk-Ⅱが呟いた。
 流石は分身、とことんまでに機械好きである。
「輝素に関連して機甲騎士の成り立ちもお話ししましょう」
「はい、教官!」
「今現在、この大陸に存在する機甲騎士は大きく二つ。我がフランツァの誇る量産機キルデベルタと、隣のブルグントの量産機、クローヴェンです。さらにエース用の機体などを含めますが、それでも大分すれば二つだけです」
 ぴん、と指を二本立てつつモニターのオドレイが説明する。
「ではいつ頃から、かのような騎士は運用されはじめていたのでしょう。……正直なところ、詳しいところはわかっていないのですが」
「え? じゃあ、勝手に自然発生でもしたってことに……」
「いえ……キルデベルタやクローヴェン自体は、人の造りし騎士なのです。伝承では、つがいの機甲騎士が全ての騎士の始まりとも言われますが……、まあ、戯れ言ですね」
 ふっ、と小馬鹿にしたようにオドレイが笑う。
「いつキルデベルタが造られたとかはわからないんですか?」
「詳しいことはわかりません。……さて、昔話をしましょう。騎士を発見し、騎士を駆ることを知った人々は、まず農作業など生活のために役立てはじめました。
 時が経つにつれ、輝素が動力源と知った人々は研究を始め、我々の生活レベルは飛躍的に上昇しました。しかし、そこで人々は現状に満足できなくなりました。
 豊かになれば成程、人は更に豊かさを求めます。いつからか、騎士を使って人々は争うようになってしまいました。自分たちには争いに打ち勝つだけの力があると知ってしまったためですね。
 ……つまり、ユキネ様、ご自身の力を見誤らないよう、それだけはお願いします」
「……オドレイさん……。はい、わかりました!」
「良い返事です。……それでは、操縦方法の確認へと移りましょう――」
 mk-Ⅱの指揮棒がまた振るわれ、新しいウィンドウが姿を現せる――。



機甲聖騎士ザイフリード 第4話【トライアングル】Aパート



『一歩、右、左、右……』
『良い具合です。素晴らしい上達具合です』
 フランツァ王国、王都から少し離れた平地に、バギンズ邸はあった。
 機甲騎士の整備棟が存在することからわかるように、バギンズの敷地はかなり広い。
 それもそのはず、バギンズ家と言えばフランツァの名門貴族。当然屋敷の敷地が広ければ、治める土地も広く、国王からの信頼も厚い。 
 そんなバギンズの敷地内。整備棟と面する、大きく開けた機甲騎士教練場に、紅い塗装を施された機甲騎士が屹立していた。その動きは非常にゆっくりで、その足取りも少し危なっかしい。大地を揺らし、土埃を巻き上げながら、紅い騎士は進んでいく。
 搭乗者は紫藤由希音、一月前、バギンズ家が当主ファルバウト・バギンズに拾われた少女である。
「なかなかセンスがあるようじゃないか」
「ええ、そうですね」
 由希音が動かす紅い機甲騎士――由希音専用キルデベルタ――の動きを目で追いつつ、整備棟の側に立っていたファルバウトが嬉しそうに傍らのメイド、オドレイに呟いた。彼の言葉に、オドレイは静かに応対する。
「やはり私の目に狂いはなかった。彼女は素晴らしい騎士になるよ」
「そうですね……。しかし、まさか戦場に駆り出すわけじゃないでしょう?」
 ファルバウトの言葉に同意しつつも、オドレイは少し不安そうな声音で彼に尋ねた。今の時代、騎士を駆ると言うことはすなわち戦争の駒となることである。
 まだ自分とそう年も変わらないであろうユキネが戦場に駆り出される姿なんて見たくない。そもそも彼女は、争い事には向いていないだろう。
「さて、どうだろうな。私個人としては、彼女を是非とも我が騎士団に迎え入れたいのだけれどね」
「何故です」
 強い口調で、オドレイが訊いた。
「兵の士気が上がるだろう。彼女なら姫騎士、あるいは戦場の女神にだってなれると思うのだが」
「彼女がそれを望んでいるとでも?」
「望む望まないにせよ、騎士を駆るとはそう言う事じゃないのか」
 ファルバウトの突き放したような言葉にオドレイはその端正な顔を少し歪め、彼に向き直って言った。
「彼女を騙したのですか……? よくもそんな卑劣な真似を」
「……生憎、綺麗事を言ってはいられない状況なものでね。我が軍が負けるとは露程も思わないが、勝てるかどうかと問われればそれは厳しい」
「だからと言って……」
「私は彼女を気に入ったのさ。彼女は可愛らしい少女だし、騎士の素質もあると来た。……引き入れない理由はない」
「彼女は、まだ身元も知れぬ人物なのですよ」
「ならば今日からここが、彼女の家となるまでさ」
 ファルバウトに何を言っても無駄だと察したのか、オドレイは口をつぐんだ。
 自分の決めたことをとことん貫き通す男だと言うことは知っていたが、いくら何でもこれは酷すぎる。
 ユキネはまだ、年端もいかない少女だ。自分と変わらない――17か18そこらで、戦場に駆り出されるなんて……。
「……」
「心配するな。私は何も彼女に殺しをさせるつもりではない。そんな汚れ役は全て私が背負う。彼女が背負うものは、人々からの希望と女神の名、それだけだ」
「……それは、彼女の肩には重すぎます」
「無論彼女のことは全力で守る。彼女には我が騎士団の象徴になってもらわねばならんのだ」
 憮然とした顔を崩さないオドレイは、満足そうに微笑むファルバウトの足を蹴り抜いた。
『ユキネ様、順調ですよ!』
『ありがとう、オドレイさん……じゃなくて、mk-Ⅱ!』
 外部スピーカーから、コクピット内の彼女たちの会話が聞こえてくる。
 ユキネのその楽しそうな声を聞いていると、やっぱりファルバウトの選択は間違っている――、そう、思う。
「……ユキネ様……」
 これから先、彼女の身に起こるであろう事を考えたオドレイの声は、少し震えた。
 それは無力な自分に絶望したかのような、か細い、声だった。

「そろそろ良いだろう、ユキネ! 君はもう立派に騎士を動かせる!」
『ファルバウト将軍……。本当ですか!?』
「もちろんさ!」
 一通りの訓練を終え、膝を屈めたキルデベルタに向かってファルバウトが声を出した。
 声を返すユキネの声は喜色に彩られており、彼女がいかに機甲騎士の操縦を楽しんでいたかを物語っている。
「ユキネ、降りてきてくれないか」
『あ、は、はい!』
 慌てたような声の後、由希音専用キルデベルタのコクピットハッチが開く。人と同じく、心臓の位置する左胸のアーマープレートが左右に展開、そこからぴょこりと由希音が顔を覗かせた。
 だが勢いよく動いたせいか、お下げが彼女の動きを追従するように跳ね、彼女の顔を打つ。
「いたっ……えへへ……」
「……素晴らしい。あの髪型は何というのかね」
「おさげ、らしいです。しかし……たまには自重して下さい」
 照れ隠しに舌をちょっと出し、はにかんだように笑う由希音の姿にファルバウトがうっとりとした声を出す。
 側に控えるオドレイは、冷たい声で、しかし呆れたように言った。
「おさげか。ふむ、オドレイ、君もどうだ」
「私はこの髪型が一番好きなので」
 アッシュグレーのショートカット。
 オドレイは静かに、しかしどこか絶対的な自信を持った声で告げた。
「遅くなりました……将軍」
「いや、構わないさユキネ。……しかしその将軍というのは……正確には誇り高きフランツァ王国が機甲騎士団長なのだが……」
 キルデベルタを降りたユキネの言葉に対し、残念そうな声でファルバウトが訂正を入れる。
 将軍というのも正しいが、正確には誇り高きフランツァ王国の機甲騎士団長なのだ。
「あ、ごめんなさい……将軍」
「……構わないよ、ははは」
(ファルバウト様が折れた)
 珍しくファルバウトの負けである。オドレイは驚いた顔で二人のやりとりを見つめていた。
「……おっと、本題に入り損なった。ユキネ、これから王都へ向かおう」
「王都……」
「フランツァの中心、人や物が盛んに行き交う活気溢れる都市だ。きっと君の気に入る」
(そして騎士団本部もある)
 笑顔で語るファルバウトの横で、オドレイはファルバウトの言葉に付け足す。
 彼の思惑を聞いた時から、オドレイは心の中に暗雲が立ちこめるのを感じていた。
 抱いている感情は不安、恐怖、焦燥……そのどれもが当てはまるような気もする。
 由希音に何かがあったらと考えると、非常に怖い。まだ会ってから一月しか経っていないというのに、既に由希音はオドレイにとって大事な人物の一人になっていたのだ。
「……」
「どうしたんですか、オドレイさん」
「いえ……。我ながら、不思議なものだと」
「?」
 なんでもありませんよ、と由希音に笑い返し、オドレイは地に膝をつけている由希音専用キルデベルタの元へと向かった。最終調整を行おう。そうすれば、きっと少しは気も晴れる。
 大好きな機械に囲まれて、スパナ片手に汗を流して、機械油にツナギを汚し、ジェネレーターの奏でる重低音のハーモニーを心ゆくまで楽しもう。
「……」
 でもやっぱり、心の中のもやもやは晴れそうになかった。

 オドレイが無表情かつもの凄い勢いで握ってくれた両手がまだ痛む。
 絶対を十回ほど繰り返し、「必ず無事で戻って下さい」と懇願するように言った彼女の真意は全く読めないのだが、多分騎士のことだろうな、と由希音はぼんやりと考えていた。
 現在、由希音とファルバウトはフランツァ王国の王都へと歩を進めていた。正確に言うと、歩いているのは騎士なのだが。
「……それにしても格好良いなあ」
 フットペダルを軽快に操作しながら、由希音は正面モニターに映る騎士を見つめた。姿形は、ほとんど普通のキルデベルタと変わりはしないが、その色は、全てを飲み込むような艶のある黒色で、本来は丸みを帯びているはずのヘッドパーツ部分が流線型の兜型をしていた。
「あれはファルバウト様専用の、キルデベルタのカスタム機です」
 由希音の呟きに反応し、オドレイmk-Ⅱが解説を始める。
「名前はなんて言うんですか?」
「騎士団長専用機は、代々キルデベルガンの名を冠します」
『私の機体が気になるのかな、ユキネ』
「あっ、将軍!」
 モニターの端に、ファルバウトの顔が映ったウィンドウが表示される。どうやら通信が入ったようだ。
『騎士はどうだい?』
「すごいです! 自分がこんなに大きな騎士を動かしているかと思うと、凄く興奮します!」
『ははは、君に騎士を与えたのは正解だったようだね。喜んでくれて何よりだよ」
 腹の底で何を考えているかはともかく、爽やかな笑みを浮かべたファルバウトは王都までは後数分で到着することを由希音に告げた。
 空は快晴、絶好の散歩日和となりそうだ。
『と、思ったのだがそうでもないらしいな』
「へ?」
 先ほどとは打って変わって、真剣な表情のファルバウトがモニターに映る。
 目の前のキルデベルガンも、その動きを止めていた。何があるのだろうか、由希音は当りに視線を彷徨わせた。
 ここは王都へと続く街道であり、ファルバウトと由希音、二体の機甲騎士は舗装された道ではなくその傍らの平野を歩いている。視界を遮るものがまったくないため、何かがあれば必ずわかるはずなのだが……。
「……ユキネ様! 騎士です!」
 mk-Ⅱが鋭く叫ぶ。由希音は、騎士が接近していることを知らせるモニターの指示に従い、機体のカメラアイを右方向へと向ける。
 一体、二体、三体。独特のカラーリングを施された機甲騎士が、こちらへ向かい歩いてきている。
 姿形から判断するに、キルデベルタだろう。しかし彼らが纏う雰囲気は、到底騎士とは思えないようなものであった。
 言うなれば堕落した騎士……、墜ちた者たち……、あるいは――
『――盗賊共、だな』
「盗賊……」
『たまにいるのさ。機甲騎士の持つ圧倒的な力に溺れる馬鹿たちが』
 呆れたようなため息を漏らし、ファルバウトがキルデベルガンを臨戦態勢に入らせる。
 どうすればいいのかわからないでいる由希音に対し、ファルバウトは動かないで、待っているようにと告げた。
『すぐに終わる。騎士団長の名は伊達ではない』
「将軍……」
『……将軍……いや、もう良い……』
 もう二度と訂正する気はないのだろうかと軽くへこみつつ、ファルバウトは目前の敵の挙動に集中した。

 余程のことがない限りは三分ほどで片がつくだろう。
 ファルバウトは既に得物を抜きはなっている敵を前に、そんなことを考えていた。
 敵は、キルデベルタの基本兵装の一つである貫通レイピアを手にしているのが二体、そしてもう一体が長距離支援用なのか、これまた基本兵装の一つであるカノンマスケットを装備していた。
 何というか、敵ながら情けない兵装だ。
「……全く。騎士団長に挑むのであればそれなりの得物を用意すべきだと思うのだがね」
 そもそも相手が自分のことを騎士団長であるとわかっていない、などという可能性は捨て置きつつ、ファルバウトは操縦席脇のコンソールを手早く操作した。
 キルデベルガンの背中に交叉するよう収まっていた二振りの剣が、圧縮空気の力で跳ね上がる。
「私を相手に回したこと、存分に後悔してもらおうじゃないか」
 後ろ手に柄を握りしめ、漆黒の騎士キルデベルガンは盗賊相手に相対した。
 交戦の意思表示。一体だけで何を粋がっているのかと、盗賊達はせせら笑う。
「俺たちに勝つつもりか!? この状況で!」
「無論だよ。雑魚に興味はないが、たまにはこの剣も斬る相手がいなければな」
「……てめえ……!」
 安い挑発にまんまと乗っかってきてくれる盗賊共だ。
 余りにもコテコテの小物臭に辟易しつつも、ファルバウトはキルデベルガンのフットペダルを踏み抜いた。
 瞬間、ブースターが全開となり、漆黒の騎士は先頭でレイピアを構えていたキルデベルタに肉薄する。
「……レイピアの使い方をわかっているのか、お前は」
「何を!」
「レイピアは刺突武器だ。振りかぶるような得物じゃない」
 諭すように呟いて、ファルバウトは機体上半身を捻りつつ左手の剣で、相手の、レイピアを握っていた右手を切り落とす。
 そのままの勢いで、斬撃。右手の剣が敵の下半身部分を切断した。
「うわあああっ!?」
 下半身と右腕を失った騎士が、バランスを崩して地に伏せようとする。
 すんでの所でそれを拾い上げたファルバウトは、腰部バーニアを利用して体を半回転。
 直後、前方からカノンマスケットの弾が飛んできた。それを拾い上げた騎士の体で受け止めた後、ファルバウトはバーニアを噴かし後方へと飛び退く。
 それからワンテンポ遅れて、先ほどまでキルデベルガンが立っていた場所を、レイピアを突き出したキルデベルタが通り過ぎていった。
「なにっ!?」
 急に攻撃を避けられた敵パイロットが狼狽えた声を出す。
「流石に、ブースト全開になっていれば嫌でも気付く」
「くそったれ!」
 吐き捨て、敵機体は連続刺突を繰り出してきた。
 貫通レイピアは、その名の通り敵の機体を貫通し、機能停止、あるいはコクピットブロックを貫き搭乗者の命をも停止させるのが目的の武器である。
 先ほど斬り捨てた盗賊はそれを理解していなかったようだが、この相手はそこのところ、しっかりと理解しているらしい。
 鋭い突きが、キルデベルガンを捉えようと迫ってくる。
 この武器を扱う時には、どこを攻撃すればいいか、などといったことは問題にならない。
 必要なのはただただ手数。下手な刺突も数打ちゃ当たるなどとは言わないが、手数で相手を圧倒すればいずれ勝機は見えてくるのだ。
(よくわかっているじゃないか。騎士崩れか?)
 狙撃手からの攻撃のことも考えて、ファルバウトはレイピア使いを軸に機体を動かし攻撃を避け続ける。
 それにしてもレイピアという武器は敵に回すと面倒なものだ。
 突き攻撃のリーチが長いのはさることながら、その切っ先は決して正確に突き出されるものでないということが問題である。
 剣を突き出している内に、その切っ先がぶれてきてしまうのだ。これは防御側にとって面倒なことこの上ない。
 いかに集中していても、下手をすれば予期せぬところに攻撃を受けるかも知れないからだ。
 そもそも視認できる部分が小さく細いと言うこともあって、相手に回すのは嫌な武器である。
「が、余り関係はないな」
 いい加減攻撃を避けるのにも飽きたのか、面倒になったのか、ファルバウトはレイピアが突き出されるタイミングと同時に右手の剣を振るった。
 剣と剣とがぶつかり合い、激しく重い振動音が大気を揺らす。レイピアの切っ先は見当違いの方向にずれた。 
 まだ振動している剣を握りしめていても隙を見せるだけなので潔く打ち捨てて、動きを止めた敵機体にタックルを決める。
「ぐおっ!」
 コクピットブロックを揺らされ呻き声を上げる盗賊は気にしないことにし、ファルバウトは右拳のフック、右脚でロー、その勢いを利用して一回転後に左手の剣で敵を斬り捨てた。
「……初めからとっとと決めていれば良かったか」
 残るはカノンマスケット装備の騎士だけである。
 カノンマスケットは砲撃用キルデベルタに基本搭載される兵装の一つだ。
 内部機構で濃縮輝素を爆発、その反動で弾丸を発射するという仕組みの武器で、その威力はなかなかに高い。
 流石にキルデベルガンの装甲を貫くとは思わないが、コクピットブロックに食らえば内容物が逆流するくらい体を揺らされるのは必至だろう。
「手早く決めよう」
 敵のミスは、遮蔽物も何もないところで、得物にカノンマスケットを選択してしまったことだ。
 予備動作が長いこの兵装は、遮蔽物や味方の陽動があって、初めて高い効果を得る。
 こんなだだっ広い平原で、敵を狙撃しようだなんて阿呆にも程があるというものだ。ましてや機甲騎士を駆ることにかけては大陸の中でも五本の指に入るようなファルバウトを敵に回してしまうとは。
 ファルバウトは、少し遠くに立ってカノンマスケットを構える騎士に向かいあった。既に敵は弾丸の装填を終え、射出モーションに入ってしまっている。
 途中からの制御変更は効かないのがカノンマスケットの短所であり、そしてそれはどう考えても致命的なまでの隙であった。
「動けない的ほど狙いやすいものはない」
 ファルバウトはコクピットの中で獰猛な笑みを浮かべ、機体の両手に剣を握った。そこから、両腕を袈裟斬りのように振るう。
 風を斬り裂き、鋭い音を立てながら、二振りの剣は敵の機甲騎士を喰らわんと疾駆する。
「う、うわあああああっ!?」
「場所を選ばなかったのがいけなかったようだな。諦めろ」
 剣の一つはカノンマスケットを。もう一つは上半身と下半身の接合部分を断ち斬って、戦闘は終了した。
 ファルバウトの勝利である。盗賊退治に要した時間はおよそ三分。予定通り、といったところか。
「……ざっとこんなものかな?」
 モニターの端に表示されたウィンドウから見える、ユキネの尊敬の眼差しにファルバウトは笑みを返した。

 機甲騎士を王都のすぐ側にある騎士団整備棟に預けた二人は、その横にある騎士団本部に足を運んだ。
 その佇まいは立派なもので、貴族の屋敷と同じか、それ以上の大きさを誇っている。
 当然内部の装いも見事なもので、広い廊下には赤い絨毯、壁には機甲騎士を描いた絵画などが飾ってある。
 由希音はその出来の素晴らしさに目を奪われ、きょろきょろと辺りを見回した。
「ははは、気になるかい」
「凄く豪華ですね……」
「我がフランツァが誇る騎士団の本部だからね。当然と言えば当然さ」
 端正な顔に笑みを浮かべ、ファルバウトは廊下を進んでいく。その後ろに、由希音もついた。
「これから、騎士団のみんなに君を紹介したいと思うんだ」
「私をですか?」
「そうさ。きっと歓迎してくれるに違いないよ」
 そう言って笑うファルバウトに由希音は笑みを返したが、実際、何が起ころうとしているのかはわからなかった。
 自分は単なる異邦人。騎士団に自分を紹介したところで何かがあるわけでもないし――。
「ユキネ、これから時々、私の仕事を手伝ってくれないかな」
「へ?」
「書類整理や視察等々、私には色々仕事があるのだが、補佐官的な役割の人物がいなかったのさ」
 屋敷に籠もっているよりはずっと良いと思うのだけれど、というファルバウトの言葉に、由希音は先ほどの彼の言葉の意味を理解した。
 ――これから私は、騎士団の一員になるんだ。騎士を駆る、誇り高き機甲騎士団の一員に。
「――やらせて下さい、将軍」
「そう言ってくれると思っていたよ。初めはデスクワークがメインだろうけれど、慣れてくれば君にも騎士を動かしてもらうことになると思う」
「はい、頑張ります!」
「ははは、頼もしいね」
 言いながら、ファルバウトは非常に豪奢な作りの扉の前で歩みを止めた。
 おそらくここが、彼の仕事場、騎士団長室なのだろう。由希音は少し緊張して唾を飲み込んだ。
「さ、私の仕事場へようこそ」
「はい、将軍――?」
「どうした、ユキネ……。ん? バレル! そこで何をしている!」
 由希音に続いて部屋に入ったファルバウトが、声を荒げた。
 二人の視線の先には、騎士団長専用であるはずの椅子にどっかりと腰を下ろし、机に脚を投げ出す、礼儀知らずな男がいる。
 やる気のなさそうな垂れ目と、口元にうっすらと浮かべている挑発的な笑みは、由希音に「この人は絶対好きになれない」と感じさせるのに十分であった。
 名をバレル・ブラウン。機甲騎士団副団長、つまりはファルバウトの次位に位置するほどの実力を持った男である。
「おやおや、これは団長サマのお帰りですか」
「バレル。君は自分のしていることがわかっているのか?」
「いやぁ? ただただ、団長サマのために椅子を暖めておいただけですとも」
「ふん、足を投げ出しふんぞり返る椅子の暖め方があるとはな。恐れ入ったよ」
 ファルバウトの皮肉もどこ吹く風。バレルはよっ、と体を起こし、わざとらしく腰を曲げて礼をした。
「どうぞお座り下さいませ、団長サマ?」
「君がこの部屋を出て行ってからにさせてもらおう」
「言われなくともそのつもりでしたよ、ええ勿論ね。……おやぁ? 団長、この少女は?」
 つかつかと由希音の方に歩み寄ったバレルが、品定めするかのような、居心地の悪い視線を由希音に投げかける。
「彼女はユキネ。新たな騎士団の仲間だ」
「ほぅ、ほぅほぅほぅ。……団長にはもう抱かれたのか? ハハッ、せいぜいヨロシクやってくれよな? んん?」
「……あなた……」
 バレルの下卑た物言いに、由希音が眉を潜める。この男は、おそらく由希音が最も嫌う人種の一人だ。
「冗談だっての、そう怖い顔するなよな、ユキネちゃん。ハハッ」
「……」
「まぁまぁ、ヨロシク頼むぜ」
 ずい、とバレルが右手を差し出す。由希音は、その手を取るか取るまいか逡巡し、ファルバウトに視線で助けを求めた。
 彼女の救難信号を受け取ったファルバウトが、口を開く。
「バレル、一つ訊きたいことがあるのだが」
「なんですかね、団長サマ」
「道中、盗賊共に襲われたのだが。心当たりはあるか?」
「おやおやおや、そいつは何とも運の悪い。そんな奴らは捨て置けませんねぇ?」
「無力化して打ち捨ててある。回収しておいてくれ」
「承りましたとも、団長サマ。ご命令通り回収してきます。……ええ、勿論、命ももろもろね」
 にやり、と不気味なまでに口の端を吊り上げたバレルが、団長室を後にする。
 ファルバウトはつまらなそうに鼻を鳴らし、呟いた。
「やはり裏で後を引いていたようだな……あの男」
「……将軍……」
 団長室には、何とも言えない嫌な空気だけが残った。


Bパートへ続く!


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