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ENGAZE! 第壱話

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「ちゃっちゃと済ませるか、ハニー?」
「その呼び方は頂けませんねご主人様」
「お前もいただけねえよ」
 自分の発言は忘れたかのように吐き捨て、ぼさぼさな髪の毛と妙にかしこまったスーツがちぐはぐな印象を与える男――九堂榊は、小さく笑みを零した。傍らに佇む少女は無表情のまま、「ははは」と乾いた笑い声を上げた。
 いや、上げたというのは間違いだろうか。彼女の声は、合成音声のように所々イントネーションがおかしい。
 それもそのはず、彼女はそもそも人ではなかった。見てくれこそ人にそっくりではあるが、その肌は病人あるいは死人も真っ青になるほど白く、瞳にはまったくと言って良いほど生気を感じない。
 彼女はアンドロイドだ。ここ数年で急激に市場に出回るようになった自律型人形。
 人とコミュニケーションを取ることが出来る、今までにないタイプのロボット。
 今まではヒトガタをしていてもその中に人間が乗り込むほかなかったロボット。だが今は違う。
 人間以上の力を持ち、論理的な思考を持つ彼らは、人間の元で人間と共に働く。
 人間が動かすのではない。自分から動く、それが彼女らアンドロイドだ。そして現在、この少女型アンドロイド――イドゥンもまた自分のマスターである九堂に付き従い、そのお仕事に巻き込まれていた。
「な、何なんだよ君ら!」
 今まで蚊帳の外に置かれていた男が、震える声を張り上げた。悲しいかなその声は寒空に虚しく消えていったが、彼の腕の中で体を縮こめる憐れな女子高生には満点をつけても良いほどの効果を発揮した。
「ひっ」と小さく声を上げた憐れなる女子高生はガタガタと震え出す。既に許容量を超え雫が溢れ出したその瞳の先には、冷たく光り自身の喉元を狙うナイフが一本。
 単純な図式だ。男が女子高生を盾に、九堂らに相対している。

「悪者は成敗、どうだねワトソン君」
「まさしく物語のハッピーエンドに相応しいねワトソン君」
「まて話の流れ的にお前がワトソンだろ」
 人質を取られていても何のその。緊張感のない漫才を繰り広げる男とアンドロイドが一体。
 まばらに広がる街灯に淡く照らし出される真夜中の公園には、到底似つかわしくない二人だ。
「私はあなた関連では妥協しない女ですから」
「いやしろよ」
「いやです。あなたの言うことを聞くくらいなら舌を噛みきった方がマシです」
「噛みきる舌ないだろ」
「あら」
 本当に緊張感がない。二人のやりとりに苛々したのかはたまた負けることはないと踏んだのか、悪者の男は先ほどと打って変わって強い口調で声を荒げた。
「お、おいお前ら! 大人しくしろ! これ以上近づいたらこ、この娘がどうなるかわかってんだろうな!」
「ですってよワトソン君」
「急に態度がでかくなったな。ああいうのに限って下は泣きたくなるほど情けないんだぜ。覚えときなイドゥン」
「生憎下ネタはメモリー出来ませんわ、ワト童貞ソン野郎君」
「きっちりかっちり覚えてんじゃねえかこの腐れアンドロイド!」
 イドゥンの言葉に、九堂が噛みついた。頼んでもいないのに漫才を始める二人に、悪者はこめかみをひくつかせ、女子高生は迫り来る恐怖にただ泣き喚く。
 九堂の怒声、無機質なイドゥンの声、無言の圧力を放つ男に泣き喚く女子高生。
 夜の公園は果てしなくフリーダムだった。
「っと、いかんいかん、任務遂行するぜイドゥン!」
「ようやくですね」

 多少なりとも自分が任務遂行の妨げになっていたことはけろりと忘れ、イドゥンが九堂の言葉に返す。
 言って、九堂は戦闘態勢に入った。と言っても少し大きめの腕輪が嵌っている左腕を口元に持ってきているだけだが。
 イドゥンもイドゥンで、生気を感じさせない瞳に色を灯らせた。深紅がふたつ、闇の中にぼうっと浮かぶ。
 その妖しげな二人の様子に、悪者の男は少したじろいだ。何が始まるかわからないのだから。
「イドゥン、モードチェンジ」
 腕輪がイドゥンへの指令デバイスにでもなっているのだろう。
「イエス、マイロード」
 命令にそう返し、イドゥンが直立不動のポーズを取る。
「アサルトモード移行」
 九堂の言葉と共に、イドゥンの両腕部が動きを見せる。人には思えないとはいえ、まだ人の腕を模していた腕部ハッチが展開し、中から夜中の公園には似合わないと断言しても良いほどに妖しく、黒光りする銃身を覗かせた。
 男と女子高生の二人が我知らず一歩退く。だがそんなことを気にも留めず、九堂は更に言葉を続けた。
「弾頭装填」
「イエス、マイロード」
 華奢な体のどこにミサイルが積み込まれているのか、がしゃりと重く冷たい音が公園の空気を振るわせた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」と男が慌てたように声を出したが、「まあ予想の内だろ?」と九堂は事も無げに返す。
「女子高生、そう天下の女子高生を誘拐するってのはこう言うことさ。つまり社会が許しても俺が許さないぜ!」
「……」
「うーん、やっぱイドゥンの突っ込みがないと締まらんな」
 ぼやき、つまらなそうに九堂が腕輪に向かって声を発した。
「ぶち抜けイドゥン!」
「イエス、マイロード」
「わわわわわやめてくれええええええ!?」
「きゃっ!」
 両腕から伸びる砲身に晒された男が慌てて後退する。男が逃げることに必死だったため女子高生は束縛を逃れ、三人には脇目もふらず、脱兎が如く公園から走り去っていった。
 九堂の目的はあの少女なのだが、犯人を捕まえれば色もつけて貰えるというので先に男をのしてから少女を捜すことに決めた。

「発射!」
 言うが早いか、両腕から小型のミサイルが発射される。反動でイドゥンが少し仰け反るが、それもすぐに戻った。
 さて、迫り来るミサイルに男が取った行動は九堂らに向き直り、体の前で両の拳を突き合うようにするという物であった。
 九堂が怪訝な顔を見せるが、その理由もすぐにわかった。物々しい音を立てながら――だが驚異的な素早さで――腕だけではなく、男の全身を覆うような装甲が展開される。
 腕から展開されたそれは、卵の殻のような球面をした装甲だ。イドゥンの発射したミサイルがヒットし、弾頭に積まれていた黄色い蛍光ペイントが卵の殻を黄色く彩った。
「ぺ、ペイント……。驚かせるなよ! 畜生、畜生!」
「お前、アンドロイドか……」
「……何!? そんなものと一緒にするな!」
「はぁ?」
「お、俺はなあ、サイボーグなんだよ!」
 サイボーグとアンドロイド。似ているようで、全く違う代物だ。
 アンドロイドは人造人間。彼らはゼロから作り上げられたものだが、サイボーグは改造人間。元は人間だった物の一部を機械に置き換えた物である。
 人間をサイボーグにする技術自体はアンドロイドの登場よりも早くから登場していた。
 一時期はサイボーグへの改造手術が社会的なブームを巻き起こした物だが、力を制御できなかったり全身を改造しすぎたせいで既に人間とは呼べない者が現われてしまったり、色々と問題が増えてきたためにサイボーグへの改造は法によって規制されることとなった。
 その内アンドロイドが台頭し、自身の体を機械に置き換えることなく能率の良い仕事が行えることが出来るようになってから、サイボーグ市場は廃れ、今やアングラの域に達している。
 今純粋な政府認可のサイボーグというのは、酷いケガや障害を抱えてしまった人々のことで、この男のような何の変哲もない男がサイボーグであること自体本来ならばあり得ない話なのである。

「サイボーグねえ……」
「俺はまだ人間なんだよ!」
「よく言うぜ、違法改造のくせに」
 違法改造。
 サイボーグ市場が廃れたと先ほど説明し、またアングラの域に達しているとも言った。
 だが、日本中にその存在が認められるサイボーグの数は、政府認可の有に十倍を上回る。
 何故かサイボーグという物は若い者達の心をくすぐるらしく、ファッション感覚で腕や足を切り落とし機械の物を取り付ける風潮が、ナウでヤングな世の若者達の間にはあった。
 九堂の目の前の男もそれと同等だろう。
「俺は……」
「ん?」
「なりたくてこうなったわけじゃない!」
 叫び、男の装甲がパージされた。常人以上の力で投げつけられ恐ろしいまでの速度で飛来する装甲を軽く躱し、九堂は男に向かって訊く。
「どういうこったよ」
「君が邪魔をしなければあああああ!」
「うわっ?」
 鋼の――捲れた袖から覗くその肌は、無機質な鉄であった――腕を振りかぶり、男が突進してくる。
 激情に任せたその攻撃に隙があるのは確かだが、しかし九堂はただの人間だ。頭を殴られれば最悪即死、あるいは頭蓋骨陥没くらいの大ダメージを被るのは必至だろう。
 舌打ちし、九堂はイドゥンのアサルトモードを解除した。
「アサルト解除、オートモード移行!」
 銃身が腕の中に仕舞われ、
「イエス、マイロード……そしていきなりピンチ」
「うわああああっ!」
 九堂を守るようにイドゥンが彼の正面に駆け、振り下ろされようとしていた男の腕を止めた。金属と金属がぶつかった時特有の重い音が響く。

「邪魔するなアンドロイド風情が!」
「黙りなさい腐れ●●」
 男の罵声にイドゥンが更なる暴言を吐くが、正直オートモードでの戦いにイドゥンは不向きだ。
 というか、戦い以前にオートモードでのあらゆる行動が苦手だったりする。
 アンドロイドの中でもイドゥンは最初期出荷の物で、まだ動きなどが洗練されていないのだ。
 今や彼女と同じ型のアンドロイドはアンティーク扱いだ。だが、アンドロイドを物扱いする輩が、九堂はあまり好きではなかった。我々人間と共に生活を営む仲間だという思いの方が強い。
 だから、九堂はいつまでもイドゥンを相棒として置いておく。
 そしてその相棒が、この男に馬鹿にされることがどうも我慢ならなかった。
「イドゥン! やるぞ!」
「ここでですかワトソン君のえっち」
「どうせわかってんだろ?」
「ええ」
「ゴチャゴチャ何なんだよ!」
 男が吠え、右の拳に加え左の拳をも振り下ろす。イドゥンの腕が軋みを上げた。
「ごめんな」と呟くと「柄でもないですね気持ち悪い」などと言われたのでとりあえずは任せておく。九堂は右手の薬指に嵌る指輪に視線を落とした。
 それは不思議な指輪だった。銀色の、地味な指輪。だが見る者に不思議な魅力を感じさせる代物だ。
 頷き、首もとにその指輪を持って行く。九堂の首には、左の腕輪に似たチョーカーのようなものが巻かれていた。
 そしてその両側面には、ちょうど指輪が嵌りそうな穴が穿たれている。
「イドゥン、行くぜ」
「優しくしてね初めてだから」
「嘘つけよ」
 笑い、両手で男の腕を支えるイドゥンに腕を回す。九堂が、まるで彼女を抱きすくめるような姿になった。
「お前ら何を……」
「愛の共同作業に茶々入れないでください」
 イドゥンが男の股間に蹴りを入れた。「うぐっ」と唸り、男が腕に込めていた力が少し弱まる。
 その隙を逃さずに、九堂がその顔をイドゥンの耳元に寄せた。
「イドゥン」
「……あなた」
 イドゥンが左手を離し、その薬指に嵌る指輪を九堂のチョーカーへ差し込んだ。
 間断なく、九堂も右の指輪をチョーカーへと差し込む。かちり、と何かのパズルが嵌った音がした。

 ――最初期型アンドロイドのみに搭載された、特殊機能。

 ――人間の神経とリンクするチョーカー。そしてアンドロイドの自律システムとリンクする指輪。

 ――人間の精神とアンドロイドの自律システムを同調させる、シンクロシステム。

 ――二人の武器は、それだった。

 ――パズルが嵌った今、

 ――後は、魔法の言葉を叫ぶだけ。

 ――二人一緒に、心を合わせて。


『エンゲージ!』


 九堂榊とその相棒イドゥン。
 探偵もどきを営む彼らの前に現われるのは奇妙な依頼や珍妙な依頼人。だが、その裏に蠢く謎の組織の影もあって……?

 二人で力を合わせるシンクロ型近未来アクションラブコメディ『ENGAZE!』20XX年公開予定!

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