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機甲闘神Gドラスター 第二話(後)

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 やはり新調したシートは具合がいい。
 コンソール、モニター、レバー、ペダル……シートの安全性や座り心地に至るまで、全面的に壮馬の意見を取り入れて、操縦席は機能的に改修されている。
 力強くレバーを握ると、一体感が身体を包んだ。決して比喩表現ではない。自分の神経と機体の回路が繋がったかのような実感がそこにある。
 コックピットに飛び乗った壮馬へ、研究所の司令室より通信が入った。
『パイロット搭乗確認。クラウン、自動操縦解除。コントロールをそちらに回します』
 鈴を転がすような声で状況を伝えるのは、オペレーターの高山ミツキ。
 所内職員には、男女問わずその美声へのファンも数多い。
『こんな場所に、こんなタイミングで出てくるかよ』
 司令室には十字もいる。急な出撃要請に、また仕事が増えると不満顔だ。
 様々な銘柄の缶コーヒーを両手一杯に抱えて、という姿は、モニターに映らなかったことにしておいてやる。
「行きずりの凶行か、はたまた事業拡大か。悩むところだな」
『あん?』
「後で詳しく説明するよ」
 軽口を叩く壮馬と十字をよそに、ミツキは正確に状況を読み上げる。
 彼女は真面目に職務を果たす。
『システムオールグリーン。ドラストクラウン及びドラストアッシャー、共に問題ありません。いつでもいけます』
「よし、アッシャーの操作もこっちに回してくれ」
 素早くコンソールを叩き、壮馬はキーワードを入力する。
 司令室から2号機の操作権を委譲され、ほぼ同時に半自動に切り替えた。
「それじゃ早速――」
 壮馬は右側のサブレバーを握る。
 それを力強く前へ、
「ん?」
 押し込もうとする手が止まった。
 今正に手早く決めようとしたその時、モニターの端に気になるものが映った。
 離れたところにある大通り。いくつもの人影と、それらに追われるたった一つの人影。上から見下ろせばどちらも小さいものだが、両者間には明確なサイズ差がある。
 背格好からすると、追われているのは若い男性。思うところがあり拡大してみれば、その顔には見覚えがあった。
 彼は必死の形相で逃げ回っていた。だがただ逃げているだけではない。実に器用に立ち回って危機を回避している。
 時には紙一重に避け、時には距離を取り、時には蹴りを入れて敵の体勢を崩す。
 いや、それどころの話ではない。
 そのへんにあるものを武器に、手を変え品を変え大立ち回りを演じていると言ってもいいだろう。
 例えば今、折られた標識を片手に、窓を伝ってビル壁を駆け上がり、充分な高さを得てから鋼闘士に目がけて跳ぶ。カウンターを狙う拳を紙一重で掻い潜り、体重と腕力と跳躍力と重力を加算した一撃が、鋼闘士の頭部に突き立てられた。
 まるで洗練されていないが、命からがら逃げ惑いながらこの動き、天性の勘の片鱗を見せている。
 その様子に、沸々と壮馬の悪い癖が湧きあがってきた。口元に意地のワルい笑みが浮かぶ。
「はは。こりゃ話が早ぇや」
 己の体長の半分はあろうかという鳥を捕獲しようとするプレネガス。その手を壮馬の駆る大型戦闘機――ドラストクラウンは、巧妙にくぐり抜ける。
 予定を変更し、ドラストクラウンはプレネガスより距離を取り旋回。進路を変える。
 追い縋ろうとするプレネガスを妨害――クラウンを援護するのは、もう一機。クラウンと比べて幅広のシルエットを持つ怪鳥、ドラストアッシャー。
 機銃で牽制。大きな損傷を期待するつもりはない。この場においては、数秒、あるいは数瞬程度の足止めで充分だ。時間稼ぎはそれでいい。
 それを数度繰り返した後、役目を終えたアッシャーは、速やかにクラウンの後を追う。


「どっせい!」
 丁度その頃、半ばヤケクソな掛け声で無理矢理バックドロップを決め、隆斗は道路に一つ楔を打ち込んだ。
 頭だけを地面に突き刺した巨体は、身体のあちこちから火花をあげる。金属の手足がバタバタと揺れ、やがて動かなくなった。
「ど、どーだ……人間様ナメんな……」
 機能停止した鉄塊を足元に、強がりを吐く。
 息も絶え絶えに、ようやく鋼闘士最後の一体を破壊することに成功したところだ。
 正直、自分でも奇跡的な成果だと思う。死ぬ気になれば、物事なんとかなるものらしい。
「結局なんだったんだ、コイツら?」
 念のため辺りを見回してみるが、周囲には誰の気配もない。鋼闘士は無論のこと、逃げ遅れの一般人もいない。
 世情がもたらした不幸中の幸いとでもいうべきか、住民たちの危機管理能力の高さに感心する。
 とりあえず、当面の危機は回避したようだ。嫌な予感は去らない……というより意図的に思考の外に追いやっているが、とにかく一秒後に生命の危険があるわけでもなかろう。
 喉が乾いた。近くに自販機でもないものだろうか。
 顎先まで伝った汗を拭い、疲労感に満ちた身体に鞭打って、近くに安心して休憩できる場所はなかったものかと、頭の中で町の地図を広げる。

 だが文字通り一息つく間もなく、次の災難は襲いかかってきた。


 いかに広いとはいえ、それは人としての尺度の話。翼を広げたままでは障害物に引っかかる。
 ドラストクラウンは、翼を立てて横幅をなくす。大通り――ビルとビルの隙間を抜けるために。

 大慌てで通りを走り抜けようとする逃亡者を追う。
 この状況、追われる側にとっては気の毒な話だが我慢してもらおう。
 どんなつもりか知らないが、長々とこんな危険地帯で居残りしていたのが運の尽きだ。
 標的との距離が適当に近づいたところで、巨大戦闘機の腹の右半面が展開・変形し、鳥の右足のように形成された。
 鳥の足と言っても、それは生えている箇所を指した場合の話。正確な形状は、多岐に渡る分野で細かな作業に適した器官――すなわち、人間の手である。 
 そしてそれが持ち出されたからには、必要とされると判断されたということだった。あくまでこのパイロットによって、だが。
「そーら」
 巨大な手が、
「――よっと」
 追い抜き様に人影をすくい上げた。


 厄日だ。きっと今日は、人生最大の厄日。
 おそらくこれを超える厄日には、今後の生涯で出会うことはないだろう。
 生命の危機。このご時世だ、それ自体はさして珍しいものではない。
 単なる事故ならばまだマシな方で、この物騒な世の中だ、非戦闘員といえども、生涯に二度三度遭遇することは当たり前といえる。
 無事に切り抜けられるかはともかく、何事もなく一生を終えられるなら、これほど幸運なこともないだろう。
 だからといって、
「またかよぉぉぉぉ!」
 非常識な生命の危機が、同日に複数回迫ってくるのは、出血大サービスも度が過ぎるというもののではなかろうか。
 今度こそ本気で泣きたくなりながら、隆斗は“それ”相手にさっさと背を向け一目散に駆け出していた。
 空から迫ってくるのは、鳥のようなフォルムの戦闘機。ステゴロで立ち向かうには、いくらなんでも冗談がキツすぎる相手だろう。
 なので迷わず逃げの一手を取っているわけだが、如何せんサイズも速度も差がありすぎた。
 みるみるうちに両者間の距離は縮まり、
 戦闘機の下部から何かが出てきて、
 追いつかれ、
 持ち上げられ、

「ちょ、な、マ、マジで!?」

 後ろから来るもう一機の戦闘機に向かって、

「ええええええぇぇぇあぁぁっ!?」

 放り投げられた。


「ひぃやああああぁぁぁぁ!」
 成年男子が上げるには情けない悲鳴が響き渡る。
 だが、そのことで彼を責めるのは酷だろう。
 場所は地上数十メートル。街中故に速度は抑えられてるとはいえ、それでも時速数百km。命綱もパラシュートもなしで、強制的に決死のダイブ。
 それに加えて、体当たりを仕掛けてきそうにも思える戦闘機。
 これでも生きた心地がするならば、それは一体どんな人物だろうか。
 段々と戦闘機の接近する速度が遅く感じるようになる。
 事故に遭う時、人は世界をゆっくり認識するという。なんでも、危機に際して、脳内物質が分泌されるからだとか。
 これがよく話しに聞く現象か、と隆斗は思う。
 こうやってウンチクが頭を巡るほど暢気なのも、あるいはどこか場違いに構えているのも、きっとそのせいなのだろう。そうに違いない。
 遺書を記す時間はない。せめて心の中でどんな文言を綴ろうか。ここで走馬灯でも見えてくれれば、何を書き留めようか悩む必要もないのだが。いっそ思いの丈全てを刻むべきか。
 万感の思いを込めて、隆斗は合掌する。
「ん?」
 などと思いきや、そうではないらしい。意識だけが加速していたのならば、実際に合掌などできはしない。
 遅くなったのは、移りゆく景色ではなく戦闘機の方。迫り来る巨大な鉄の塊だけに気を取られていたため、勘違いしていたに過ぎない。
 さらに戦闘機の速度の調整が行われたことで、なんとなく隆斗にも状況が見えてきた。
 正直この先の展開は全力で拒否したいところだが、翼を持たぬ我が身では、最早成り行きに任せる他はない。
 戦闘機のハッチが開いた。きっとあの中では、意地悪な悪魔が手招きしてることだろう。
 つべこべ言っても始まらない。もう覚悟を決めるしかなさそうだ。
 大きく息を吸って、その瞬間に備える。
 さらに相対速度が合わせられ、隆斗は機体に空いた穴へ吸い込まれていった。
「ぃって!」
 すぐさまシートに尻を打ち付けることになりながらも、今はその痛みに若干の感謝を覚える。
 早鐘を打つ心臓は、命がある証に他ならない。
「し、死ぬかと思った……」
 肺からの空気と一緒に、言葉を吐き出す。
 それでも安堵している暇はない。これからが本番だ。
 毒を食らわば皿まで。こうなったら全て平らげてから、徹底的に文句を叩きつけてやる。


 一方、クラウンの操縦席では、得意気にガッツポーズを取る男がいた。
 そしてその男の様子は、司令室のモニターからでも確認できた。
 ごく一部、最早ツッコミ不要と思考停止――もとい悟りの境地に至った一部の所員以外は、壮馬の暴挙に言葉を失う。
『見たか十字、こうやるんだ。やり方が甘いから、警戒されてかえって手ぇ出し難くなるんだよ』
「んな問題か! 力技もいいとこじゃねェか!」
 画面に向けられた十字の抗議も、壮馬は飄々と躱す。
『馬鹿ぬかすな。重機で書道するより繊細な作業だぜ』
「技術じゃなくて手段だ、しゅ・だ・ん! Are you understand?」
『スカウトもナンパも、多少強引なくらいが丁度いいのさ』
「……ソレを多少で済ますなよ」
 十字でさえも呆れ返る。
 もっとも、壮馬とて最初からあのような強硬手段に出るつもりがあったわけではない。
 単に大通りに着陸し、まだ近くにいるはずの隆斗を即座に確保。次いでアッシャーに放り込む、ないしは状況に応じてクラウンに同乗させる。その程度のつもりだった。
 だが、おそらく気が動転していたためだろう。隆斗は路地に入ることもなく、大通りのど真ん中にて、背中を向けて逃げ出した。
 よって、手っ取り早い方法に切り替えたというわけだ。壮馬に言わせれば、あくまでも臨機応変に動いたにすぎない。
 だとしても『よって』の一言で、迷わずその手段を選ぶのも大概な話だが。
「まあいい。済んじまったことは仕方ない。あとはこっちに任せろ」
 熱さが喉元過ぎるのが早すぎるこの男もこの男で大概である。


 そして巻き込まれた側。物珍しさに、キョロキョロと周囲の観察をする。
 現在座っているのは、軽くS字に湾曲・可変して身体にフィットするシート。前方及び左右には、灯の入っていないモニター。以上。
 全く以てシンプルな造りだ。シート以外に何もない。
「ここは……コックピットか何か、だよな?」
 放り込まれた位置や状況的に間違いないと思うが、その割にはやけに小ざっぱりしている。
『正解です、難波隆斗さん』
「お?」
 突如ディスプレイが点灯し、外の様子が映し出された。
 離れたところでは、先程自分を放り投げた戦闘機が、巨大な人型ロボットの足止めをしている。
 他にも小さなウィンドウがいくつも開いていく。
 様々なグラフや図形。列挙される文字。
 読み方はよく解らないが、コンディションその他各種データが表示されているようだ。
 ウィンドウの一つには女性。その綺麗な声の彼女に話しかけられたのだろう。背景は不明瞭なのでよくわからないが、なかなかの美女だ。
「……っと、いかんいかん」
 一瞬鼻の下を伸ばしかけるも、そこは頭を振って自粛する。
「ちょっとちょっと、イキナリ何なのさ。キミ誰? 何で俺の名前知って……ってか、俺を殺す気になるほどの恨みでもあんの?」
『私は高山ミツキ。手荒なことして申し訳ありません。詳しい説明は後でしますから、まずは話を聞いてください』
「いや。ここじゃ逃げようがないでしょ」
 ハッチの開け方も判らないし。
 よしんば上手くいったとしても、高確率でノーロープバンジーを敢行することになる。その様、カタパルトから発進直後にエンジントラブルを起こす航空機の如し。
 勇者として讃えられるか指差して笑われるか、二つに一つの賭け。ハイリスクローリターン。
 どうにもこうにも、身動きが取れない。状況に流されるしかないのは辛いところだ。
『単刀直入に言いますと、アレを倒すためこちらと一緒に戦ってください』
「アレって……アレだよな。さっきの変なデクノボウのお仲間?」
『はい』
 改めてモニター越しの目標を見やる。
 出来損ないのゴリラのような不細工な怪物が、我が物顔で町を蹂躙している。
 依然戦闘機が応戦しているが、決定打に欠けるらしく、倒すには至っていない。
 現在進行形で増え続ける瓦礫の山を思う。
 本来ならば、町は決して戦場などではない。人々が安心して楽しく日々を暮らせる土地のはずだ。そして事実、つい先程まではその通りだった。
 それが突然、よく判らない何かのタメに、無力な人々が一方的に追われる羽目になった。
 今は無人の町だ。それはいい。
 だが、そうなる前に少なからず犠牲は出た。
 だが、知らない誰かの思い出は壊されていく。
 沸々と怒りが沸き上がってくる。
 今度は、隆斗が問いかける番だ。
「何をすればいい?」
『何を、とは』
「手伝いたいのはやまやまだ。けど素人に何を期待すんのかってこと」
『とりあえず、今回は感覚に慣れてもらうだけで構いません。レバーだけ握っていてくれればいいです』
「レバー?」
 二の句が出てくる前に、内装が変形を開始する。
 あちこちに収納されていたコンソールがせり上がり、隆斗の周囲に配置されていく。殺風景な空間が、あっという間にそれらしいものに変わった。
 指示に従い恐る恐る操縦桿を握れば、得も言われぬ高揚感が身体を包む。
『さぁて、お話は済んだな』
「うわ、また出た!」
 浸る間もなく、目付きとガラの悪い男が、別のウィンドウを使って割り込んできた。
 それはそうと、大量に抱えた飲み物を、一つでいいから分けて欲しい。
『単刀直入に言うぞ。ミツキと協力して、あのふざけたヤローをスクラップに変えてやれ』
「ん? てことは、あっちはあの娘が乗ってんの?」
『グダグダ言わず、やるのかやらねぇのか、どっちだ」
「どっちも何も、アレをぶっ壊すってのは大賛成!」
『上等。無理強いはしねェがな、今後も協力する気があれば、ミツキを教官に付けるぞ。操縦から格闘技まで、手取り足取り何でもござれだ。徹底的にしごいてもらえるぜ」
「もちろん協力するに決まってるさ! 大船に乗ったつもりでいてくれ!」
 表情は明るく、喉の渇きも忘れて力強く頷く隆斗。正義と煩悩の両立する、実に解りやすい男である。
『……では行きます。負担が強くなりますから、舌を噛まないよう注意してくださいね』
「オッケー! 世界の平和は俺が守る!」


 アッシャー内での会話は、その一部始終がクラウンのコックピットにも中継されていた。
『こんな感じでいいんですか?』
 一仕事を終え、ミツキはやや残る不安に表情を曇らせる。
 アドリブでお芝居に付き合っておいて、今更不安も何もないが、それは言わないお約束だろう。
 こんな時なのに微笑ましい一幕を展開する面々に、壮馬は苦笑する。
「十字もワルだねぇ。ミッちゃんもノリがいいや」
『それはいいですから、早く片付けてください』
 からかわれて、ミツキが僅かに頬を染める。
「了解」
 一転、壮馬の鋭い目付きがさらに険しくなる。
 あまり弄るのも可哀相だし、何より今はそんな場合ではないのも事実だ。目の前の敵を倒すのに集中する。
 今回の戦闘には、若干一名素人が混じっているが、あの様子なら遠慮はしなくても大丈夫だろう。最悪でも命に別状がある事態にはなるまい。
 ともかく時間稼ぎはもういい。これでようやく、まともに戦える。
 壮馬の手はコンソールの上を忙しく滑った後、改めてサブレバーにかけられた。
「クロス・アァーップ!」
 叫び、押し込む。
 内部機構が、まるで生物であるかのように活性化する。
 機体の隅々までエネルギーが巡り、増幅され、パワーが充実していく。

 ドラストクラウンとドラストアッシャーが急加速をし、それぞれプレネガスの左右を抜けていった。
 速度を維持しながら、二機の戦闘機が変形を開始していった。
 クラウンの腹が展開し、収納されていた両腕が姿を現す。アッシャーのV字型シルエットは、ブーメラン状からより鋭角になっていき、やがて人の両脚を構成した。
 クラウンの機首が折りたたまれて胸部装甲になり、胴体からは頭部が跳ね上がるように出現する。アッシャーの機首は四分割され、それぞれ前後左右の腰部装甲へと姿を変えた。
 プレネガスが振り向くよりも早く、二機は重なり一つの巨大な戦士となる。 
 全高53m、重量2730t。
 GEMリアクター式汎戦闘型STR(Special Technological Robot)、機甲闘神Gドラスター。
 合体は完了し、今、その真の力の片鱗を見せつける。
「さぁて、こっからが本番だ!」


 少し離れたビルの上で戦況を見届けながら、女は仮面の奥で苦い顔をした。
「Gドラスター……いつもいつも、邪魔をする奴」
 マスコミ等、各種メディアに公式発表されている名前をセイナは反芻する。
 北アメリカ大陸、太平洋新大陸、一部の宇宙移民居住区と、いくつか特筆すべき戦力の高さを見せる地域はあるが、とりわけ極東地区の防衛戦力は高い。そしてその一角を担うのは、間違いなくこの機体だ。
 初遭遇を皮切りに、交戦のたびに煮え湯を飲まされ続けてきた。
 面識がなかったから当然とはいえ、パイロットだと知っていれば、遊んだりせずに最初から全力で潰しにかかったものを。
 痛む腕を抑えながら、セイナは更なる怒りを募らせた。


 Gドラスターの輝く拳が、プレネガスの顔面を捉えた。
 全高はほぼ同じ。だが片や鎧を纏った巨人、片や鎧を纏った類人猿。見るからにウェイトが違う。
 しかしながら、Gドラスターはその不利を物ともしない。傍目には倍近くもありそうな巨躯を、一撃で数十メートル弾き飛ばす。
 さすがに重装甲タイプ。通常攻撃の一撃でリタイアとはならない。
 それでも殴りつけ、蹴りつけるうちに、プレネガスの装甲にも限度が見えてきた。徐々に、だが確実に破損は蓄積していく。
 逆にGドラスターは無傷だ。本来は繊細な構造であるはずのマニピュレーターを、打撃で酷使しているにもかかわらず。
 その理由は、戦闘開始時よりGドラスターの打突部位が包まれている、青白い炎のようなものにある。
 GEM(Genesis Energy Material)と称される、十字の発見した新エネルギー。
 安定・運用可能とした状態では、極めて軽量な粒子状の発光体となり、故に大量に生成された場合、あたかも炎の如く目に映る。
 何らかの物質に作用して多様な効果を発揮するものではなく、用途に応じてエネルギーそのものが効果を変える性質を持つ。
 ドラスターの強度や莫大――かつ同条件下でも状況次第で変動し得る――出力など、特殊な現象はこの性質から来るものが多い。
 未だ全容が解明されたわけではないが、限定的ながら超動技研によりその利用法は確立しつつあり、Gドラスターはその実験機であり成果でもある。
 無論、戦闘における運用は、何も格闘戦ばかりではない。
 距離が空いたのを見計らって、壮馬はGドラスターの右腕にGEMを収束させた。
「シャイニング・アロー!」
 指を伸ばし貫手の形をとって、肘から先が一気に射出される。
 光の尾を引いて、流れ星がプレネガスに激突した。右の盾を、完膚なきまでに破壊する。


「やはり低級無人機では無理か」
 防御の要を半分奪われたことで、セイナは判断を下した。
 所詮はバリエーション実験機。完成型には程遠い。
 本日、都合三度目となる召喚を試みようと、セイナはホルダーに手を伸ばした。
『やめておいたほうがいいよ、セイナ』
 その時通信が入り、セイナの手が止まる。
「リオルフ? 何故?」
『手負いで挑んでも、本領発揮できないでしょ』
「……」
 自分の専用機を呼び出そうとしたことを看破された。というより、言い方からするとモニターされていた公算が高い。
(プライバシーの侵害……)
 あまりいい気はしない。戦闘モードに移行し、さらに損傷を負ってしまったのだから、それも仕方ないといえば仕方ないが。回線を受信専用にしておかなかったのがまずかったか。
 もっとも、リオルフの言い分は正しい。
 雑魚に任せたままよりマシとはいえ、絶え間なく襲ってくる痛みもさることながら、セイナの左腕は動きに支障をきたすほどのダメージがある。加えて――他の仲間たちもそうだが――愛機も試作段階の未完成品。
 正直な話、充分な成果を挙げられる自信は無いのが現状だ。
「しかし、あのプレネガスでは、やられるのも時間の問題。それどころか、今までの戦闘データ以上のものを見ることもできないわ」
 何よりも、プライドが傷つけられたままだ。一矢報いるためにも、せめて新しいデータの一つくらいは欲しい。
 なお食い下がろうとすると、別の声が割り込んできた。
『そこで、こちらも増援を送る。お前はそれと入れ替わりに帰ってこい』
「ライン……!」
『怖い顔をするな……と言っても、顔は見えないが』
「ライン?」
『と、ともかく文句は後で聞く。だから今は言うとおりにしろ』
 静かな怒気をはらんだセイナの声に嫌な予感でもしたのか、ラインはさっさと用件だけを告げる。
「……了解した」
 渋々ながら従う。不本意だが仕方ない。
 セイナは、Gドラスターを一度睨みつけてからその場を後にする。
 鋼闘士の件も含めて、後できっちりラインで憂さ晴らししてやろうと、固く心に誓った。


 セイナが姿を消して数秒後、再び天地を繋ぐ梯子が掛かり、第二のプレネガスが出現した。
「もう一体追加? やけに気前がいいな」
 片側の盾を奪いこそしたものの、無駄な頑丈さに辟易ながら、そろそろ大技で決めてしまおうかなどと思っていた時だった。
 二番手は、最初の機体と対称的に、細身の高機動タイプ。得物はハリネズミのように設置された飛び道具。
 出現地点は、ドラスターの背後。丁度挟み撃ちの形となる。
 背中に飛行ユニットを背負っている機体が初手からこの配置ということは、空中も含めて三次元的に挟み撃ちを維持するつもりだろう。
 高火力でないにせよ、弾幕で足を奪い、そこを相方が仕留めるのが基本戦法。
 急な増援なのを考えると、正しい判断だ。
 片割れが万全な状態ならば、だが。
 プレネガスは後ろを取ったものの、隙を見せないGドラスターに、攻めあぐねて動きを止めている。
 同じく今まで相手をしていた前方の側も動かない。一方的に攻められていたのだ。増援があったからといって迂闊に飛び込んで、戦術を台無しにするほど無能ではないのだろう。
『壮馬、丁度いい機会だ。アレ使えアレ。テストにゃもってこいだ』
「任せとけ」
 十字の不敵な笑みに、同じく不敵な笑みで返す。
 一匹増えたところで雑魚は雑魚、慌てるまでもない。どうやっても戦力差を覆すまでには至らない。
 じりじりとタイミングを図っていたプレネガスたちに、動きの予兆が伺えた。
 そろそろ膠着が解ける頃合だ。
「三秒後!」
 司令室に向かって、短く壮馬は伝えた。

 すかさず壮馬の意を解し、ミツキは隆斗に指示を出す。
『分離します。歯を食いしばって!』
「え? ぅえっ――?」
 予想していない動きに視界が揺らぎ、急加速に胃がひっくり返ったような感覚が襲ってくる。
「き、きっついなァ、コレ」
 さしもの隆斗も、初体験の戦闘に弱音を吐いた。
 一度の合体だけでもキツイのに、突然の分離と高速機動という縦横無尽な動き。三半規管がついていくのか心配になる。
『掃除が大変なので、吐かないでくださいね。整備班に恨まれてしまいます』
「エ、エチケット袋は?」
『用意してません。頑張ってください』
「り、了解……善処します……」
 尚、例によって、この様子は壮馬に生中継されている。
 まともに会話できる余裕があるあたり、思った以上に適正は高かったらしい。
 もっと気を使わないでも良かったのかと壮馬は判断し、後々この会話が隆斗自身の首を絞めることになるのだが、それはまた別の話。


 まずは互いに制空権を握ろうと、二機の戦闘機と高機動型プレネガスは上昇を開始する。
 その最中、クラウンとアッシャーに目がけて地上からの攻撃があった。
 致命的な破損を受けていない左腕に仕込まれていた大型火器。アンカーで身体を固定しての砲撃は、おそらく重装甲型にとっての切り札だろう。
 それはまるで、天地逆さまに落ちる雷のようだ。
 なるほど。当たればデカイが、やや命中精度と速射性に欠け小回りも利かないカードを、ここで切ってきたか。やはり本来は、コンビネーションを想定して開発された機体なのかもしれない。
 いかなSTRでも、まともに喰らえばダメージは必至だ。
 牽制と狙撃。螺旋の軌道を描いて挟撃を巧みに躱し、クラウンとアッシャーは高機動型の後ろ――さらに上空を取りながら再合体した。
 すかさず壮馬は攻めに転じる。
 重力を無視した動きで天を翔ける鋼の巨神。その瞬間、戦域は上下左右の概念が惑わされる空間となった。
 Gドラスターの左手が右腰に流れる。それと同期して側面のアーマーも稼動、姿を変えた。
 “柄”を握り、腰装甲がパージされた。見るものが見れば、熟達の剣士による居合い抜きの姿が重なったかもしれない。
「――――」
 音を置き去りにして。
 刃の無い剣で敵を薙ぐ。
 すり抜けざまに横一文字の閃きが走り、高機動型は正中線で左右に分断された。
 柄は見せかけの飾りではなく、いつしか力を宿す。
 巨神が携え振るうは、苛烈に輝く光の刀身・ドラスティックブレード。GEM光粒子を収束し擬似的に実体化させた破壊の力。
 両断したプレネガスが爆散する頃には、既にGドラスターは地上目がけて翼を疾らせていた。
 あっさり相棒を失った重装甲型は、尚も砲撃を続ける。
 だがラッキーパンチは有り得ない。
 加速しながらも砲撃の尽くを避け、あるいはを切り払い、Gドラスターは突き進む。
 地面が壁のように迫る。
 あわや墜落かという距離まで近づき……ふわりと、2500t以上の質量が羽のように降り立った。
 再度大地を踏んで対峙する二者。
 向けられた砲口より放たれた一撃をブレードで弾き、余裕を見せて、巨神は優雅に納刀する。
 Gドラスターが仕上げにかかる。全身が燃えるようなGEMに包まれると、胸の前に構えた両手の間に一際輝く光球が灯った。
 同時に、世界から巨神を援く光が差す。天から、地から、火の粉のような輝きが湧き起こり、光球に吸い寄せられるように集まっていった。

 プレネガスのセンサーが目の前の現象を捉える。
 一体どんな現象なのかは全く不明だが、不明なら不明なりに解ることもある。
 あれは攻撃。それもとてつもない威力を秘めた。
 今までの戦闘から、機動力の差ははっきりしている。避けることは叶わず、発動したが最後、今度こそ破壊は免れまい。だがいかに強大な武装だろうと、発動前なら潰すのは容易い。
 プレネガスは最後の好機と判断し、Gドラスターを狙い撃った。

 青白い光球は大きさを増してゆく。
 火の粉、全身のGEM、そしてプレネガスの砲撃さえも飲み込んで、さらに強く、激しく。
「GEMスピリット・クラスター!」
 小型の太陽さながらに成長した光球を放つと、炎はプレネガスだけを呑み込み、瞬く間にこの世から消滅させた。


『状況終了。お疲れ様でした』
 完全にグロッキーで、生ける屍といった形容のまま突っ伏す隆斗のもとに通信が入る。
 天使の囁きも、今は縁起でもないお迎えのようだ。
「うぃーっす……」
 まだ生きてるぞとアピールも兼ねて、隆斗は力なく手を振った。


 所変わって、超動力技術研究所司令室。
 一通りの自己紹介を終えたところで、隆斗は目を丸くしていた。
「…………今、何と?」
「三津木壮馬だ」
「でもってオレが、Gドラスター開発者の神武十字。オレら二人が、お前の直属の上司になる」
 頼り甲斐のありそうなアニキと、目付きの悪い白衣のお兄さんが、気を悪くした素振りもなく得意気な顔で自己紹介を繰り返した。
 頭が理解を拒んだまま、次なる質問。
「この前の娘は?」
「ありゃただのオペレーターだ」
 冷徹に事実を告げる十字。
 沈黙が場を包んだ。
 たっぷり間を置いた後、腹の奥から魂の叫びを搾り出す。
「詐欺だああぁぁぁぁーーっ!!」
「嘘は何一つ言ってないぞ。お前が勝手に勘違いしただけだ」
 知らん顔して十字は小指で耳をほじり、指先についた垢を吹く。
「期待してたのにっ! 期待してたのにっ! 手取り足取り腰取りの指導に、わかっていても、淡い期待に賭けていたのにっ!」
 難波隆斗、二十一歳。成人して初の、割と本気のむせび泣き。
 そんな隆斗の肩に、そっと壮馬は手を置く。
「命懸けになるしな。侵略者をぶちのめす気がないなら、ここで引き返しても構わないが?」
「そりゃあ、そこに異論はありゃしませんけどね……でもっ! でもっ!」
 涙を拭い、決意を表明し、それでも諦めきれぬ何かがある。
 あの殺人的なカンヅメの中、たった一つの生きる希望は、輝ける未来を夢想すること。
 見知らぬ人々の幸せそうな笑い顔、そして美人のお姉ちゃんとのあんなコトやこんなコト。あったでしょう。あったはずでしょう。
 なのにその半分が、この男前共に否定され欠落してしまった。
「やっかましいガキだな」
「わはは。正直でいいじゃねえか」
 それに免じて、壮馬は一つご褒美を与える。
「あー、ほらほら隆斗。イタズラして悪かったよ。でもさ、ちゃんと所員には女もいるから。な?」
「……手ぇ出していいんスか?」
「フリーなら好きにしろ」
「よっしゃー! 頑張って人々を守っちゃうよ、俺!」
 青年は途端に生気を取り戻す。実に現金な男。そして実に……。
「ま、その前にみっちり仕込んでやるから、覚悟しとけよ。キッツイ訓練ご馳走することになるぜ。冗談抜きで、逃げるならこれが最後のチャンスだからな」
「どんと来い、ってなもんスよ。愛の前に不可能はない!」
 壮馬の忠告にも、鼻息荒く意気揚々と返す隆斗。
 十字は予感めいたものを覚える。
 こういうバカは強い。きっとどんな困難も乗り越え、逞しく育つだろう。

 余談ながら、仕事が体力勝負にもなる都合上、常勤の女性職員の絶対数は少ない。
 高山ミツキは婚約している。
 彼女を除いた所内一番の美人は、食堂の名物オバちゃん(四十路・既婚・三児の母)ともっぱらの評判。

 三日後、隆斗に割り当てられた部屋から、男のすすり泣く声が響いてくるとの噂が立つことになる。

 難波隆斗。実に現金な男。
 そして実に学習能力の無い男である。


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