創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

『正義の執行者』 プロローグ

最終更新:

ParaBellum

- view
だれでも歓迎! 編集
プロローグ

 事件は膠着状態に縺れ込んでいた。
 機動警備隊の隊員である萩尾武丸は、依然として進展しないこの事態に警備用人型兵器<ガード>のコクピット内で苛立ちを隠せずに居た。
 犯人が違法改造の人型兵器<マシン>で銀行に押し入ったという通報が警察に届けられたのが四時間前の事で、機動警備隊が銀行を取り囲んだのがその十分後の事である。
 現場は繁華街の真ん中に本店を置く帝国銀行。銀行内に人質として捕らえられている人はおよそ三十七名。実行犯は一人だという。
 犯人の逃走前に現場の包囲が完了した当初、萩尾を含め多くの機動警備隊員が、今回の事件は楽に片が付く、と思っていた。
 一見して解る、日常的にマシンに乗りなれて居る訳ではないパイロット。銀行の職員に通報を許してしまった注意力の低さ、無計画性。何より単独犯と言うことが大きかった。
 人型兵器犯罪はその危険性故に重罪であり、被害の拡大を防ぐという名目さえ立てば、大抵がパイロットの生死を問わない――コクピットへの攻撃が許可されるのである。
 しかし、犯人の乗るマシンの所属が不明だと解るや否や、彼らの甘い考えは覆された。
 通常、マシンには製造社のID登録が施されている。例え個人が所有するカスタマイズ機であったとしても、機体識別の為のID登録は必要で、
IDを所持しない――所謂所属不明機は正規の方法で燃料の補給すら出来ないのである。
 一般人が人型兵器を入手する場合、機体を購入するか盗難するかしかない。そしてどちらの場合も、メーカーが製造している時点でID登録は完了しており、
その後の所有者の名義が書き換えられるだけである為、ID登録がされて居ない機体は通常ありえないのである。
 この事から、機動警備隊は犯人が所持している違法マシンの出所を調べなければならなくなってしまった。
 その為にも、人質の命は勿論、犯人を殺す事も許されなくなってしまい、犯人の死角となる壁を突き破っての突入の計画は取り止め。
 犯人に機動警備隊は強攻策に出られないと悟られた末に、この泥沼ともいえる睨み合いが始まってしまったのだ。
 互いに身動きの取れないまま、悪戯に時間ばかりが過ぎてゆく。人質の健康を考慮したら、一刻も早い事件解決が望ましいのであるが、犯人を一瞬で行動不能にする決定打が存在しない以上、軽率には動けない。
 どうすればいい?
 萩尾は操縦桿を握る手に力を込めた。
 やはり一番成功率が高いのは突入を行う事である。通常ならばバンカーや特殊鉄鋼弾でコクピットを打ち抜いて行動不能に持ち込む所を、ショックビーム系統の非殺傷武器でパーツ内部を破壊し、動けなくするべきである。
 問題は、相手の機体がミラーコーティングなどを施しており、ショックビームを無効化、あるいは軽減する事が出来た場合である。
 一瞬で相手の動きを止める事が出来なければ、狭い銀行内で犯人と突入隊の戦闘は避けられなくなる。こうなってしまうと、人質の無事は保障できない。
 突入が不可能な以上、犯人を何とか銀行内から誘い出し、その上で捕獲しなければならないのだが、銀行を取り囲む機動警備隊ガードの数と犯人の数から、犯人がこの包囲を強行突破して逃走する事はまずありえない。
 もちろん、犯人がこのまま大人しく出て来る筈もない。
「くそぅ……」
 操縦桿を握る萩尾の掌に汗が浮かぶ。
 通常ならば、人型兵器犯罪に対するプロフェッショナルである自分達にとっては難はない事件だというのに、人質だけでなく犯人の無事を確約しなければならないというその一点で、身動きが取れなくなってしまう。
 コレほどまでの無理難題は無いであろう。
 萩尾は悔しさに歯噛みした。
 そんな時、機動警備隊専用コードでの通信が入った。
『お困りのようですね』
 本部から犯人の無事を問わない許可が入ったのかという萩尾の期待は、ノイズ混じりの耳障りなメタルエコーによって打ち砕かれた。
「何だコレは!」
 ヘルメットの通信機越しに、同僚達の困惑の声が聞こえる。
 ソレは萩尾も同様の思いであった。
 変声機を連想させる声色のメタルエコーが示すものは、日本で一二を争う機密性の通信システムの防壁をすり抜けられ、外部の人間に横から接続されているという事である。
「誰だお前は!」
 萩尾は性別も判らない声の主に叫んだ。
『私は……そうですね、正義の味方……とでも言いましょうか』
「正義?」
 何を言い出すのだコイツは?
 言うに事欠いて、正義だと?
 あまりの異質な返答に、萩尾は言葉を失ってしまった。
 驚きとも、怒りともつかない、言い表せない不快な感情が胸に込み上げてきて、吐き気すら覚える程である。
 しかし、当の本人は本気らしく、
『ええ、正義です。少なくとも、貴方達警察の人間よりかは正義であると自負しています』
「ふざけるな! 機動警備隊の通信コードを不正に解析して通信してくる奴の、何所が正義なんだ!」
『そうしないと、貴方達と連絡が取れないからです』
 耳障りなメタルエコーの声は悪びれた様子もなく即答した。
『しかし、まぁ、アナタが一番話しの通じる人らしい。他の人は混乱するか、一方的に喚き散らして私の話を聞いてくれようともしない』
 俺だって、お前の話など聞くつもりはないさ。
 思わずそう返しそうになるのを寸での所で堪え、萩尾は通信に集中する。
 メタルエコーのせいで性別は勿論、年齢も判別できない。声以外に聞こえる音はなし。ならば、相手の話し方の癖や特徴だけでも掴むしかない。
 正義を名乗っているが、この声の主が自分達警察の味方だとは決まって居ないのだ。
『これから、私が人質を救います』
「どうやってだ? 突入は出来ない」
『ええ、解っています。ですから、犯人自らに出てきてもらいます。その際に、人質を連れて出てこなければ、彼らに危険は及ばない。そうでしょう?』
「そんな都合のいい事があるものか」
『ありますよ』
 そこで通信が一旦切れた。
 一分ほどの沈黙が続き、再び機動警備隊の通信コードで通信が入る。この正義を名乗る第三者は、どうやら完全にコードを解析しているらしい。
『コレから、犯人をおびき出します』
「何をするつもりだ!」
『ただ、貴方達に協力してもらうだけです。そう、貴方達に数十秒動かないで貰うだけ――』
 何を言っている?
 何をするつもりだ?
「待て――!」
 萩尾は叫び、視線を周囲に走らせる。
 その時、ソレが見えたのは全くの偶然だった。
 萩尾はソレが何かも解らぬ内に、大きな動きは場を悪化させる恐れがあるにもにも拘らず、半ば反射的に操縦桿とフットペダルを操作していた。
 萩尾のガードは大きく身を屈め、全力で後退する。未確認の飛来物を避ける事だけしか考えていなかった為に萩尾のガードは十数メートルの距離を一気に奔り、
背中からビルの壁に減速無しでぶち当たり、壁に半ばめり込む形で停止した。
 高速で飛来してきたソレはコールタールにも似たどす黒い粘液で、萩尾が先程待機していた位置のアスファルトにべったりとこびり付いていた。
 萩尾がその物体が何なのか思案していると、周囲の機動警備隊ガードが一斉にエンジンを停止する。
「どうした!」
「わからん、急にOSがショートして、強制終了してしまったようだ!」
 同僚との通信中に先程の物体が薄く煙を噴いている事に気が付き、萩尾はソレが非殺傷武器だと気付いた。
 ソレに続いて、先程同様に何所からか飛来してきた杭の様なものがアスファルトの地面に撃ち込まれていく。杭から勢い良く黒煙が噴出し、ソレに伴い萩尾のモニターにノイズが走った。
「センサー煙幕だと……?」
 萩尾は唖然としながらも、カメラを標準のセンサーアイからノーマルアイへと切り替えた。乱れて何も見えない映像と各種データがモニターから消え、
代わりに人間の視界と変わらない映像がモニターに表れる。とはいえ、黒煙で視界は遮られ、何も見えない事に違いはない。
 しかし、黒煙の流れ方から、煙の向こうで何かが動いた事に萩尾は気付いた。
「まさか――」
 慌てて上空を仰ぎ見る。
 濛々と立ち上る黒煙を突き抜け、銀行強盗の違法マシンが上空へと逃走している所だった。
「やられた!!」
 萩尾は機体を立て直し、単独で犯人を追った。
 アレだけの体当たりをかましておきながら、背面に備えられた飛行ユニットが無事だったのは幸運な偶然だった。
 インカムからは同僚の驚きの声ばかりが聞こえ、誰も犯人が逃走した事に気付いていないようである。
 萩尾がようやく飛行体制に入った時、犯人との距離はかなりのモノになっていた。もしこの距離を詰められないままであれば、犯人が逃走用の偽装シェルターを用意していた場合は逃げ切られてしまう事になる。
「クソっ!」
 謎の声の主に、まんまとしてやられた苛立ちに悪態をつきながら、萩尾は犯人の機体を追ってスラスターを噴かせた。
 全てはあの声の主の仕業だ。
 機動警備隊の通信コードを解析し、回線に割り込んできたあの声の主が、あのコールタールの様なものと煙幕で萩尾の同僚達の機体の動きと視界を奪い、銀行強盗の逃走を援助した。
 そして、国内最高峰の性能を持つ機動警備隊のガードを完全に無力化できる性能の非殺傷武器に煙幕の存在……。そのような改良型の話は、世間はおろか、警察組織にも一切出ていない。
 ID登録がされていない所属不明機と、最高機関の機動警備隊の一員である自分が知らない武器、機動警備隊の通信コードを解析し割り込んできた声の主。
 少なくとも、何らかのつながりがありそうではあるが、単純に一括りにしていいのだろうか、と萩尾は考える。
「ん?」
 言い表せぬ違和感を胸に、萩尾は、逃走する犯人の上空から何かが高速で飛来している事に気付いた。
 センサーアイに切り替えてデータを割り出すと、降下の角度はほぼ垂直で、このまま降下すれば犯人と接触するであろう軌道をとっていると判明した。
 何だ、アレは。
 萩尾はモニターに拡大されたソレを見ながら、口の中で呟いた。
 全身を赤く染めた、頭部から二本の角を生やしたマシンだ。
 つるりとしたヘルメットの様な頭部。その側面から、後部へ流れるように突き出した角。
 その頭部にはメインカメラらしきものは存在せず、異質な不気味さを放っている。 
 赤いマシンはその自分の胴体ほどの太さの豪腕を振りかぶり、垂直に落下しながら、猛禽を思わせる鉤爪を生やした拳を、萩尾の目前で、
「正義の名の下に」
 そう叫び、逃亡する銀行強盗のマシンに、容赦なく叩きつけた。
 ソレは言い表すならば、スイカを棒で叩き割ったかのような光景。
 違法改造のマシンは頭部からへしゃげ、かち割られ、コクピットを潰し、機体がアルファベットのHの形になった所で、赤いマシンの手から零れ落ちるようにゆっくりと落下していく。
 落下先はビルの屋上。鉄塊となったソレは、運良くビルの屋上を突き破る事も無く、無造作且つ無様に着地した。
 萩尾はただ呆然と、ホンの数秒前まで銀行強盗だったその残骸と、目の前に突如現れた赤いマシンを見比べている。
 何が起こったのか理解するまでに、彼は数秒の時間を要した。
「お前……」
 萩尾は一拍遅れて犯人が着地したビルの屋上に降り立った。
 コクピットを潰されていながら犯人が生存しているとは考えにくかったが、確認だけでもしておきたかった。
 しかし、ぐしゃぐしゃに潰れ、歪んだマシンを間近で見て、萩尾は小さく呻いた。
 生体反応のスキャンをするまでも無い程に、マシンの中で一番丈夫に作られている部位である筈のコクピットが、まるでプレスされたかのように薄くなっており、パイロットが生きて居る筈が無い事が嫌でも理解できた。
 萩尾はコチラに背を向けたまま動こうとしない赤いマシンにショックビームの銃口を向けた。
 言いたい事、言うべき事は沢山あった。
 しかし、そのどれもが、先ず最初に言うべき言葉ではないような気がしてしまい、ソコから先の言葉が何もでない。
 赤いマシンはそんな萩尾に向き直り、相変わらずのメタルエコーでこう言った。
「正義への協力に、感謝します」
 ソレがどういう意味だったのか。
 萩尾は何も理解できぬまま、ぼんやりと高速でこの場を離脱していく赤いマシンを見送っていた。
 追いかけようと言う考えすら浮かばなかった。頭の片隅がジンジンと痺れ、カラカラに喉が渇いている。今の自分は正常な思考が出来て居ないのだという自覚だけがあった。
 ただ一つ、彼の足元で、銀行強盗が身元不明の何者かに殺処分されたという事実だけがソコに残されていた。


 ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます)
+ ...

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー