創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

capter1 MAIN 中編

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
―本当に教えてよかったの?―

どこか幼さを残したような声で彼女が告げる
「いいんだ、久しぶりに人と話した気がした。」
密室にある小さな玉座に腰かける青年は少々の喜の感情を帯びさせ答えた。

―人と?―

彼女は続ける。
「ああ、そうだ、人とだ。人間ってああいうモノも持っているんだという事を忘れていたよ。」
いつもならば、彼女の問いなどには暴言を浴びせ返している青年だったが、今日はそんな気分になれなかった。

―ありがとうと言われた事?―

そうなのかもなと青年は笑う。
「あんな経験はいつ以来だろうな、少なくともこいつに乗り込んだ時からはそんな事言われた事はなかった
いつも、いつも、殺したい、壊したい、まだ生きたい、死にたくないそんなものばかり見てきたせいでああいうものがあるというのをすっかり忘れていたよ。」
あの日、あの決意の元にこの機体に乗り込んで一体どれほどの月日を戦っただろうか…と青年は思い返す。

―でもその希望が叶わないものだと知った時、その人の絶望はさらに大きくなるよ…―

真理だろう、人は望みを持つからこそ、その望みが高ければ高いほど、落ちた時、どん底まで落ちこんでしまう。希望と絶望は等価なのだ。
だが、それでも――
「あいつらならば、やってくれる、そんな気がするんだ。」
青年は信じてみたかった。自分が見てきたものが全てでは無いと証明してほしかった。

―それでも駄目だったら?―

彼女の発言を現実的だ、一つの事を除けば現実を見る事以外の事をしない。
「その時は―――」
青年、黒峰潤也はその時、一つの決意をした。

―馬鹿、どうせあの人たちは救われないのに―




CR ―Code Revegeon― capter1  「Beelzebub of grudge」 THE MAIN STORY 中編






――広域熱線放射まで残り2分。


第七機関直属組織「イーグル」戦闘部隊αチーム「α5」、南雲ゲンジは静かに機体をそこに座らせ上空にいる敵を見上げた。
空にいるのは九つの尾と背に負った輪が特徴的な鋼獣・焔凰だ。
残り数分で自分たちをここら一帯ごと消滅させるような攻撃を行うのだという。
まったくなんという理不尽だとゲンジは唾を吐く。
常識的に考えるのならば、そのようなことはありえないという出来事であったが、ゲンジは今、自身の目に映る敵がその常識という枠の外の存在である事を熟知している。
残された時間は1分と50秒ほどだ。
だが、だからといって、ゲンジにここから逃げ出す術は無い。
否、逃げようとも思わない。
そもそも今回の任務事態が気に入らなかったのだ。
ブラックファントムの捕獲などという、みみっちい事の為に演習を数か月間やらされていたのがそもそもゲンジにとってストレスでたまらなかった。
もし、あのシャーリー・時峰がこの部隊の隊長でなければ、ゲンジは三日でその訓練を投げ出していただろう。
シャーリー・時峰への恩義、その感情だけが彼をその訓練を続けさせた。
その思いと行動に後悔など微塵も無いが、やはり、憤りが溜まるのは抑えらなかった。
だが、今この場はどうだ?
目の前にいるのは我々人類の仇敵。
この感情をぶつけるには絶好の機会じゃないか…。
ゲンジの口元が歪む。
「不謹慎だが、感謝するぜ、鋼獣…。」
ゲンジは鋼機を立たせ、その両手に持たせた二丁のアサルトライフルの銃口を焔凰に向けた。
「良いサンドバックになってくれよ!!」
そうしてゲンジは雄叫びをあげながら自身の鋼機の両腕に持たせたアサルトライフルのトリガーを引いた。
絶えることなく火薬が炸裂する音が鳴り響き、その銃口から発射された無数の弾丸は焔凰に向けその身を衝突させる。
ゲンジの鋼機に握られた二つのアサルトライフルから発射される弾丸が嵐の如く焔凰の体に命中し、焔凰はその体を九の字に曲げた。
鋼獣の特徴の一つにその強靭な装甲を上げられるが、例えその装甲で実質的なダメージを防ぐ事ができても足場の無い空中では弾丸が衝突した時に発生する衝撃を無効化する事は出来ない。
故に焔凰は空中でバランスを崩す。
だが、この程度で終わる焔凰では無い。
すぐさま自身の翼を羽ばたかせ自身の態勢を立て直す。
そして自身に銃口を向けた敵を視認し、機械と機械が擦れるような咆哮を上げた。
ゲンジを敵と認識したのだ。
焔凰の背中に背負われた円輪が二つに割れる、そして体からその二つの半月輪がゲンジの乗る鋼機に向けて発射した。
すぐさまゲンジはアインツヴァインに発砲をやめさせ、機体を走らせる。
半月輪は左右から孤を描き、ゲンジのアインツヴァインをその身で切り裂こうと追う。
ゲンジは左手に握られたアサルトライフルを投げ捨て、右手にあるアサルトライフルを両手で持たせる。
―――携帯武器の形態を切り替えます、ARモードからGRモードへ
ゲンジのゴーグルにアサルトライフルの形態変更の終了の表示が現れる。
「んじゃまー。」
二対の半月輪の片方に向けてグレネードランチャーへと変形したその武器の銃口を向ける。
ゴーグルにロックオンの報告が入る。
「おらよっと。」
トリガーを引き発射。
ぼんっと間抜けな音が鳴り、そこから発射された榴弾が半月輪と衝突する。
その衝突と同時に榴弾が爆発、爆風で半月輪の一つはゲンジ機への軌道から逸れ、大地に突き刺さった。
そしてゲンジはすぐさま、砲弾を装填し、もう一つの半月輪に銃口を向ける。
だが、そんな一挙一動を待ってくれるほどこの攻撃は甘くない、もう一つの半月輪はゲンジ機の体を切断しようと10m程の距離まで迫っていた。
この距離で撃てば、自機もただでは済まない。
ゲンジはすぐさま迎撃を諦め、機体を地に這うように屈ませた。
半月輪はゲンジ機めがけて後方から迫ってくる。
鋭角的に決して獲物を逃さぬようにと、迫るそれはさながら生きるものの生命を刈り取る死神の鎌だ。
だが、南雲ゲンジとアインツヴァインはそれを一笑に伏す。
地を這うように脚部を大地にあて、自身の目前に迫った半月輪のさらに下に潜り込ませ、そこから半月輪の側面を蹴り上げた。
半月輪はゲンジ機の上方に軌道をそらし上方へと向かい機体の肩をかすめていく。
しかし、これで攻撃が終わるわけでは無いゲンジ機の肩をかすめた半月輪は再び宙に浮かびを弧を描いてゲンジ機をめがけてUターンを行う。
執着深く失敗しようと何度でもその命を刈り取ろうとするように…。
だが、既に十分な距離は取った。
グレネードランチャーを半月輪に向け、トリガーを引く。
榴弾の直撃とともに爆発、二つ目の半月輪も軌道を曲げ大地に突き刺さった。
そしてゲンジは自身の機体に中空にいる、焔凰を見つめさせ、手のひらを見せ、翻し、それで終わりか?と手招きをする。
焔凰は怒り狂うように咆哮する。
焔凰はその巨大な両翼を小さくし、ゲンジ機に向けて滑空を始めた。
目標は当然、ゲンジの機体だ。
ただ、一直線に全身を獲物を射抜く一矢ようにして突撃してくる。
速度はあるものの軌道は単純でアインツヴァインの性能とゲンジほどの技能があれば、それは回避できない攻撃では無い。
だが、ここでゲンジ機には一つの問題が発生していた。
アインツヴァインの右足、先ほどの半月輪を蹴ったその左足がまともに動かなくなっていた。
原因は先ほどの半月輪の回避の際に鋼機に通常想定されていないアクロバティックな動きをさせた事と半月輪を蹴り上げた際に受けた反動の双方が重なったのだろう。
足を引きずるようにしてゲンジは機体を動かすが、焔凰が補正を利かせて向きを微調整してくる。
回避する為にはギリギリまで引き付けた上での回避が必要なのだ。
だが、今、ゲンジの機体にはそれを行う為の足が無い。
万事休す、焔凰の逆鱗に触れた南雲ゲンジになす術は無く、その機体は敵の攻撃を受けるのを待つだけの木偶の坊だ。
焔凰の体躯がゲンジ機に目前まで迫る。
これを打破する方法は無い。
だが…それはこれがゲンジと焔凰の1対1の戦いだった場合の話だ。
そう、南雲ゲンジはたった一人でこの焔凰に立ち向かっていたのでは無い!!!
その焔凰の鋭利な鋼爪がゲンジ機を捕らえようとしたその瞬間、焔凰の後方から四本のワイヤーが発射され、焔凰の体を絡め捕らえた。
それと同時に焔鳳の後方に潜伏していた二機の鋼機は立ち上がり腕部から放出されたワイヤーを肩にかけ深く大地に踏み込み、焔凰の体をワイヤーで引く。
急激な反動が焔凰はバランスを崩すが、翼を大きく開き、羽ばたき、その2機の鋼機の引く力を強引に引き返すそうとする。
2体の鋼機を腰を深く落としそれに堪えようとするが、少しづつ地面を擦るようにして引きづられていく…。
なんというパワーだろうか。
焔凰は足場もない中空で翼から生まれる推力だけでアインツヴァイン2機のパワーを凌駕しているのだ。
それは鋼機と鋼獣の絶望的なスペック差を浮き彫りにする事実だ。
だが、今はそんな事は問題では無い。今、彼らにとって重要なのはそのような事では無い。
ゲンジは機体に持たせたグレネードランチャーの銃口を焔凰に向けた。
一時的にとはいえ、対象が静止しているこの距離ならば、弾速が遅い榴弾でも当てる事が出来る。
ゲンジは機体にトリガーを引かせた。それと共に榴弾が銃口から発射される。
焔凰に向けて発射された榴弾が直撃し爆発する。
すぐさま、ゲンジはアインツヴァインに新しい榴弾を装填させる。
「おおおおおおおお!!!!!」
一発が当たった程度では終わらせない。
もう1度は無いチャンス、自身の持つ榴弾全てを吐きだすまで休む暇なく攻撃が繰り返される。
ゲンジのゴーグルに弾切れの表示が出る。
元々ゲンジの機体の可変ライフルには予備の榴弾は積まれてい無いためこれ以上の弾丸は無い。
ゲンジは目標のいた場所を見る。
焔凰の体は爆薬の爆発による煙に飲み込まれ、目視出来ない状況になっていた。
煙が少しづつ晴れていく…。
薄らと見えるのは双翼を持つ大鳥の影だ。
それが何なのかゲンジは理解している。
恐らくは他の二人も同じだろう。
だが、それにショックを受ける事は無かった。
当然あるべき事実として受け止めている。
この程度で倒せるのならば、絶望的な相手では無いのだ。
そうして焔凰は薄れていく煙の中から現れた。



タイムリミットまで残り1分



「まあ、当然の結果か…。」
第七機関直属組織「イーグル」戦闘部隊αチーム「α6」、加持蓮はアインツヴァインの背部にある小さな操縦席で呟いた。
機体のカメラが捕えているのは二翼と九つの尾を持つ鋼獣『焔凰』だ。
流石にあれだけの攻撃を受けて無傷であったというわけではなく、体の各部に破損が見られる。
だが、それは所詮微々たるものとしか言えないものでもあり、焔凰の機能は問題なく動くだろう。
それに対してこちらは焔凰に向けワイヤーを放った左腕が焔凰を捕らえていた際に腕全体に負荷の限界を超え、電気神経をねじ切られてしまいもはや機能しない。
この事実は今、自分たちがやったのは足掻きでしか無い事を示していた。
いや、そもそもとしてこの戦い自体が足掻きでしか無いのだ。それほど、鋼獣と鋼機には差がある。
蓮は右腕が震えているのを感じた。
それを見て、あいかわらず自分は情けないなと思う。
実際のところ、蓮はこの状況が怖かった。
生死が隣合わせの事態、想定されていないイレギュラーの来襲、そしてそれからの逃避が不可能であるという現実、自らの手が届かない領域にいる絶対的な存在への恐怖。
蓮は普段は冷静沈着を装っているがそれは、一種の自己暗示のようなものでその本質は臆病だ。
仲間を見捨てて逃げた過去もある。
この絶望的な状況、『α5』南雲ゲンジならば、それがどうしたと笑ってみせるのだろうが、蓮はそこまで精神が強い人間では無い。
加持蓮にしてみれば死ぬ事はなによりも怖い事であり、自分の生は何よりも優先したい事である。
蓮には機関への愛や忠誠などといった感情は微塵も無く、このような兵隊をやる事になったのもそもそも、それ以外を彼の周りの環境が許してくれなかったからだ。
そんな蓮についたニックネームがアントラスト(信用できない男)であった。
蓮自身その評価は正当なものだと思っているし、その汚名で呼ばれる事も当然の事だと思っている。
そして、それはこれからも同じことであり、決して変わらない自分の本質だと思っている。
だが、蓮は出会ってしまった。
情けない話であるが、蓮が今、この場に立つ事になったのも全ては一人の女の為なのだ。
それは知られたりすれば、ゲンジにいらぬ尾ひれを付けて、機関内に言いふらし回られ、格好のネタにされるような事実であり。
決して誰にも知られぬように蓮は自分の中に閉じ込めている思いだ。
その女の事を思う旅に蓮は思う。
おそらくは彼女はこんな所で戦意を失う男など愛してくれないだろう。
今、彼女は自分に絶対の信頼を寄せてくれている。
それは蓮が望むような形では無いが、ある種、その信頼は盲信的であり、それを裏切られるなんて事は微塵も考えていないだろう。
蓮は自分がいかにずるい人間なのかを知っている。だから何度も、その誤解を解こうとした。
自分は最低でどうしようも無い人間なのだと、あなたにそのような信頼を向けてもらえるような光を持った人間では無いのだと、何度も、何度も、何度も…。
だが、彼女はそんなことを言われる度に少し困ったような顔をしたあとに言うのだ。

―だから、私はお前を信頼しているんだよ。―

こう、言うのだ。
操縦室内の壁に向けて自分の頭をぶつける。
敵に恐れを抱く己を戒めるように、情けなくどうしようもない自身の本質を封じ込める。
彼女の信頼され、思われているような人間であれるようにと!
金属に衝撃による音が響く、そしてその音は頭の中で残響となって残った。
この限られた時間の中で、自身を正常な状態に戻す事など不可能だろう。
だが、これで良い、正常な自分など捨ててしまえ、今ここにいるのは彼女の思っている自分だけで良い。
無線通信が入る。
「α6、そろそろ大詰めだ、そっちの機体の状態はどうだ?」
彼女は、そう蓮に聞く。
「奴とのパワー比べをした際に、左肩の電気神経をやられました、ですが、まあ、このぐらいは予想の範囲内でしょう。」
「そうか、こちらは認証作業に手間取っている、何せ古い型の兵装だからな、時間までには間に合うと思うがあと30秒ほどは必要だ。」
「了解です、では今からα5のサポートに入ります、α6の機体も足をやってしまっているみたいですから一人では苦しいでしょう。」
「すまないな、君が私の部隊にいてくれて良かったよ。」
「当然です、この俺がいるんですから、この戦いに敗北はありえません。」
なんという嘘八百、いったい何時、お前がそのような過信を出来るような人間になった?
本当は逃げたいんだろう?
逃げられないと知っていても現実逃避をしたかったんだろう?
だが、そんな心が一つも籠っていない強がりを吐いた蓮に彼女は言うのだ。
「ああ、頼りにしてるよ。」
その言葉を受けて、蓮は自分の感情を自分の本質を偽る。
彼女の前では自身は完璧な人間でなければならない。
自分のような人間を信じてくれている彼女に報いなければならない。
だから、蓮は、今この時だけはそうあれるようになろうと思った。
そして、蓮はその震える小さな手で操縦桿を握り直した。
焔凰と『α5』南雲ゲンジの戦闘は続いていた。
焔凰は爆撃後その翼でワイヤーを切断し、すぐさまゲンジの元に直行した。
そしてその脚の爪での攻撃に移行する。
上空から急降下して加速を付けていた先ほどと違い、回避不能という程の速度では無かったが、機体の片足がまともに動かない状態でその攻撃を回避するのは至難の業であった。
焔凰はその足の鋭利の爪でゲンジの機体の体をかすめていく…。
ゲンジは動かない方の足の関節をロックし軸にして、最低限の動きでなんとか焔凰の猛攻を凌いでいるのだ。
だが、それも限界に近い、攻撃が繰り返される度にその爪はゲンジの機体を捕らえようとしている。
おそらくはあと2、3度目かの攻撃には完全に機体は捕らえられるだろう。
焔凰の攻撃がゲンジの機体に迫る。
ゲンジ機の肩から腰までを斜めに切り裂くようにして足が掃われた。
「ぐっ。」
ゲンジは機体の体を後ろにそらせて間一髪でその攻撃をかわす。
機体の胸部にこすれた爪が三筋の跡を残していく。
だが、これだけで焔凰の攻撃は終わらない。もう片方の足を今度は後ろに剃った機体に爪を押しつけるように突き出してきた。
機体を後ろにそらさせた所への突き。
これを無傷で回避する事は不可能だ。
ならば、とゲンジは最低限の被害で済むようにと自機の右腕を焔凰の迫りくる足にぶつける。
爪が自身の機体を引き裂く音。
腕と足がぶつかった時の衝撃の反動を利用して、なんとか胴部への直撃を回避したが右腕を切断された、否、爪で削り取られたというべきか…。
機体が大地を転がり、背後にあった巨木にその巨躯をぶつける。
ゴーグル越しに機体が自身に何かを訴えかけている。
見るまでも無い、右腕が使い物にならなくなったという事だろう。
今はそんな事を確かめるよりも、早く、立たなければ…。
左の掌を地につける。
まともに機能しない片足と片腕ではスムーズに立つ上がる事すら出来ない。
まだまともに動く右膝を地に建て芯のように固めた左足のつま先を土に潜り込ませ、バランスをとる。
だが、その行為は余りにトロい。
焔凰はそんな一挙動を待つような敵では無かった。
再び迫る、焔凰の爪撃。
その爪は頑固な鋼機の装甲をバターでも切るように簡単に切断するほどの凶悪な切れ味を持つ攻撃。
絶対絶命、絶対不可避の一撃。
「――流石にここまでだよなぁ…。」
やれることは全てやったし、これだけの時間と高度を稼げれば、恩の字といった所だろう。
ゲンジは戦闘を諦め、脱出装置を起動させる。
カチ、カチ、カチ。
何度か入力を繰り返すが、脱出装置は起動しない。
「よりにもよってこんな時に故障かよ…。」
心当たりがなくも無かった、先ほどからの焔凰との戦闘の中で何度もコックピットのある背部に大きな衝撃を与えていた。
その際に、脱出装置になんらかの不具合が発生してしまっていたとしても不思議な事では無い。
約束された死の未来、そんな中でやっぱり、あの人は怒るんだろうなぁ…とゲンジは思う。
―私の部隊では誰も死ぬことを許さない、私の部隊に入ったからには君たちには絶対生還を義務として貰う。―
隊に入った時、彼女が自身の部下に向けていった台詞だ。
なんて甘い思想だろうか…。
自分ですら見た事のない地獄を目の当たりにしてきた筈なのに…そんなもの叶う筈がないと知っている筈なのに…。
いや、だからだろうか、だからこそ、このような甘い思想に彼女は憑かれたのだ。
誰も死なせないという甘い、甘い幻想、それが、それが叶える事が出来たならばどれほど素晴らしい事か…。
それを叶える為に…彼女はここまで来たのだ。
「死にたく…ないな…。」
死ぬ覚悟が無かった訳では無い。
だが、そう、彼女のシャーリー・時峰の幻想を自分が壊すというのがたまらなく嫌だった。
カメラ越しに一機の鋼機が出てくるのが見える、α6の機体だ。隊長の認証終了までの護衛を投げ捨てて、自分の所へ来たのだろう。
だが、来るのが少し遅かった、その距離からでは間に合わない。
やはり逃れられない死。
そして、その鋭利な爪は振り下ろされ――

―――その時、ぱしゅっんとなんとも気の抜ける音が鳴り響いた。
銃声では無い、まるで空気が発射されるような音。
その数瞬後に焔凰は大きくバランスを崩した。
一瞬、ゲンジは何が起こったのか理解できなかったが、この音をゲンジは知っている。
実体を持たないが高密度に圧縮した空気を射出し、対象に大きな衝撃を与える特殊兵装。
これは…α4の空圧砲か!!!
焔凰はバランスを翼を何度も大きく羽ばたかせ、態勢を立て直そうとする。
それに見向きもせずα6機は焔凰の真下を潜り抜け、ゲンジの乗る鋼機の肩を抱き抱え走りぬける。
ゲンジは機体が大きく揺れるのを感じる。
大地を引きずりながら、機体が動かされているのだ。
絶対では無いが、一応の安全圏への離脱。
その後、α6は右腕に持たせたアサルトライフルを焔凰に向けて撃ち放つ。
ゲンジは空圧砲による遠距離砲撃支援を行ったα4と隊長の護衛を投げ捨て自身の救出にきたα6に向けて、
「てめえら、二人とも何してやがる。」
そう、苦々しく言った。
それを呆れたようにα6は返す。
「何を?ふん、何をだって?α5、君はやはり馬鹿だな?我々のチームには絶対生還の義務があることを忘れてたのか?それに隊長から許可も貰っている。」
ああ、どうせ俺は馬鹿ですよ、わかりきった事を何度も言うな馬鹿が…。
α4がそれに続く。
「そうですよぉ、忘れたんですかぁ?」
ああ、お前も相変わらずウザい。
てめえも潜伏して、俺らがもしもの時の為に必ず戦闘データを持ちかえれるようにという保険だっただろうが、それが何してやがる。
せっかく安全域にいたお前の居場所が奴にばれちまったじゃねぇか。
お前ら、みんな、みんな、みんな、大馬鹿野郎だ。
「まったくあんなもん律儀に守るもんでもないだろ…。」
でもそれがある意味このαチームの正しい姿なのかもしれない。
元々、普通の軍隊にいられなくなったような奇人変人の集まりだ。
ならば、このようなおかしな奴らばかりであるのが正常なのだ。
「奴のチャージまであと30秒ほどだ。だが、俺達はその前に切り札を得る。そうすれば隊長がすべてを解決してくれるだろうさ、それまでの辛抱だ。お前はそこで寝てろ、あとは俺がやる。
 お前のようなアクロバティックな操縦技術は俺にはないが、俺でも時間を稼ぐくらいの事は出来る。」
そんな軽口を叩きながらα6は弾を切らしたアサルトライフルのマガジンを取り換える。
その一瞬の間を逃さず焔凰は突撃してきた。





自身の機体に迫りつつある焔凰の動きをトレースし、機体に回避行動を取らせながら、α6『加持蓮』は考える。
先ほどから、焔凰の行動には一つおかしい点があった。
普通に考えるならば、それはありえない話だ。
何で奴はその特徴たるエネルギーを用いた攻撃を行わない。
奴の尾一つ一つには発電所が一日に生産するエネルギーに相当するほどのものが蓄えられているのだという。
そのエネルギーを攻撃に転化する術も持っており、今、我々の目の前で行われているカウントダウンはそのエネルギーを最大限まで利用した広範囲攻撃なのだ。
だが、おかしくないだろうか?そもそもそのような攻撃に奴が乗り出す切っ掛けになったのは自分たちが隠れていたからだ。
ならば、もはや、そのように貯蔵する必要もなく、自分たちにそれを使ってもいいものだ。
元々自分たちのこの戦闘はあわよくばこの戦いの中でそのエネルギーを散漫に使わせようなどという狙いもあった。
だが、焔凰はそれを行わなかった。
それは何故か?
恐らくは答えはこうなのだ、焔凰はまだ、自分たちの前に現れていない存在を意識している。
そもそも焔凰は何を目的にここまでやってきた?
ああ、そうだ、自分たちαチームと焔凰の目的はまったく一緒、つまりはブラックファントムを目当てに奴はここまでやってきたのだ。
今、奴らはブラックファントムが行動不能な状態になっている事などは知らない。
故に常に唯一自らの仲間を破壊している、ブラックファントムを警戒している。
いうなれば、そのエネルギーは対ブラックファントム用の貯蔵なのだ。
だから自分達と闘う時もその尋常ならざる能力を使わずに自分たちとの戦いに臨む事になっている。
逆にいえば、自分たちなんてその程度で十分なのだ。
鋼獣の強靭な装甲はこちらの攻撃をほとんど通さないという事実だけで、
ここまでズタボロにされてしまっているのを見れば、現状では自分達はその程度の存在だという事を示しているに他ならない。
だから、焔凰はその程度の存在に攻撃されたのに怒りのような行動を起こした。
だが、その怒りというものは人が自らをさした蚊をその手で叩き潰そうとするようなものではないかと蓮は思う。
それで潰そうとしたのを予想外に逃げるので奴は自分達にさらなる怒りを感じたのだ。
つまる所、焔凰は自分たちをその程度の存在として見ていないのでは無いだろうか?と蓮は考察していた。
ならば―
「――そこに付け入る隙はあるかな。」
蓮の機体の眼前まで迫る焔凰の鋼爪。
それは自身の機体から見て、右の方向から左へと薙ぎ払うように振り下ろされる。
定石通りならば、ここは後ろへの回避が適当だ。
だが、蓮はあえて機体を焔凰に向けて機体を走らせた。
先ほどから、α5『南雲ゲンジ』と焔凰の戦いを見ていて、気づいた事がある。
焔凰はあらゆる攻撃を二段構えで行っている。
南雲ゲンジが先ほどこれとまったく同じ状況に陥った時、彼は後ろへの回避を実行したが、その後、突くように繰り出されたもう片足にある鋼爪が襲いかかる事になった。
半月輪での遠距離からの攻撃もそうだ一つ目は先行させ、若干遅延気味に届いた二つ目でその機体を切断しようとした。
一度目は外すことを前提で放ち、二つめの本命で対象の全てを持って行こうとする。
相手の行動を先読みし、決定打を放っているのだ。
例えそれが全力では無いとしても、敵は確実に自分たちの命を刈り取る選択をしてきている。
驕りはあれども油断は無い、まさに強敵と言えよう。
絶対的な戦力を温存すれど、だからといってその温存した戦力以外の手は全て使ってきているという事だ。
南雲ゲンジはそれを類希なる操縦技術を駆使し、なんとか回避する事に成功したが、そのような操縦技術は蓮には無い。
油断を突けばどんな絶望的な状況でも勝機があるが、この敵には油断は無い。
だが、あえて蓮はそこを突く。
用意周到な攻撃というのはある程度相手の行動を予測して行われるものだ。
ならばだ、その先読みを崩すイレギュラーを起こしてみたならばどうなるか?
機体の体を焔凰の鋼爪が左腕を抉る。
だが、今はそれで良い。
もはや使い物にならなくなった腕ぐらい、くれてやる!
その代り、俺が、俺達が…お前の全てを奪いつくす!!!!
蓮の乗るアインツヴァインは焔凰の真下を通り抜け、左腕が破壊された衝撃でバランスを崩しながらも背後に回る。
それと同時に右腕からワイヤーアンカーを放った。
予想外の行動に虚を突かれていた焔凰の首にワイヤーが巻きつく。
「捕まえた!」
それと同時に蓮は機体の全体重をかけて、ワイヤーを引っ張った。
焔凰は横からの力に、体のバランスを奪われる。
先ほど、α5に迫っていた際にワイヤーを巻きつけた胴部とは違い今回はその首にワイヤーを巻きつけている。
空中にいるという事は滞空時にバランスを保っているという事が重要となる。
先ほどは二機がかりであったとはいえ、芯をずらしたような攻撃には至らなかった。
それに加え、先ほどは前進しようとする敵を後ろに引っ張っていたのだ。
当初はそれでも二機がかりならばいけるという算段で会ったが、焔凰の想定以上のパワーで強引に押し切られてしまった。
故に今回は芯をずらし、前へと進もうとしていた敵に横の力を入れてバランスを崩す。
そうして焔凰は地に堕ちた。
「今です!隊長!!」
焔凰が堕ちた地点から600メートルほど離れた地点から蓮の叫びに呼応するように一機の鋼機がブーストジャンプする。
αチーム隊長、『α1』シャーリー・時峰のアインツヴァインである。
その右腕にはブラックファントムの黒槍を携えている。
先の戦いでブラックファントムが鋼獣を一刺で消滅させた巨大な黒槍である。
これを使えるようにする時間を稼ぐ為に、これの射程内に敵を引きこむ為に、α5は自身を囮にし、焔凰を引き付けていた。
その間に、シャーリーは黒槍の認証コードをブラックファントムから受取り、それに対応させる為の機体OSの簡易ダウンデートを行う。
これまでの攻防は全てこの黒槍の使用認証の時間稼ぎとその射程内への誘い込みであった。
そして、今その戦いは成果として実を結んだ。
千載一遇唯一無二のチャンス。
シャーリーは機体を焔凰の背に乗せる。
そして黒槍を大きく構えて―
その瞬間、焔凰は激しい抵抗を起こした。
強引に体を動かし、ワイヤーを翼で断ち切る。
そうして翼をはばたかせ、強引に自らの体を中に浮かせようとする。
焔凰の背に乗ったシャーリーのアインツヴァインは、バランスを崩して、焔凰の体から転げ落ちそうになるのを首を左腕で九の字にロックして凌ごうとする。
それに構わず焔凰は体を振り飛翔を始める。
10t近くある鋼機の重さをまったく無視するように焔凰は宙に浮き、そして自分の背に張り付いたアインツヴァインを大地に振り落とそうとする。
それと同時に、焔凰最後の尾に光が灯った。
タイムリミット。
自身の体にがっちりくっついたアインツヴァインを落とすような挙動をとりつつ、焔凰は飛翔を続ける。
地上から500m、1000m、2000m。
3000mに到達した時点で焔凰はその身を中に止める。
そうして一度大きく降下し、また再び飛翔をする。
自身の背にある荷を強引に振り落とそうというのだ。
アインツヴァインの腕の関節が限界を来たし、焔凰の首から手を離す。
宙に放り投げられるアインツヴァイン。
そのまま、地上に向かって落ちていく…このまま落ちれば絶対壊滅、否もし助かったとしてもその先には焔凰の広域熱線放射による絶対死の攻撃が待っている。
焔凰は顔を地上に向けその嘴を開く。
光が高速で焔凰のくちばしに集まりはじめ、それは大きな砲口と化す。
エネルギーのチャージはすでに終了している、あとはその一撃を放つだけでこの一帯はあとかたもなく消滅してしまうだろう。
だが、その時不可解な現象が起こった。
地上に落下している筈のシャーリーのアインツヴァインが、空中に浮いたまま留まったのだ。
肘関節が用をなさなくなった左腕を焔凰の方にあげながら、右手に握った黒槍を投擲する態勢をとっている。
鋼機はフライトユニットが無ければ飛行は出来ない。
背部にあるブースターを使えばそれなりに大きな跳躍は出来るが、所詮それは中空に浮くなどという事を実現出来るものではなく、ありえない事であった。
だが、今、それは現実に起こっている。
その光景を見た、ゲンジと蓮は思う。
シャーリー・時峰、やはりあなたは化け物だと…。
遠距離からの為、仔細に見る事は出来ないが、彼女の乗るアインツヴァインの左腕から銀色の線が発せられていた。
アインツヴァインの両腕部に内蔵されているワイヤークローだ。
彼女は自身の鋼機が振り落とされる瞬間、左腕からワイヤークローを発射し、焔凰の胴部に巻きつけることで自身を釣り、落下を阻止したのだ。
所詮は鋼獣には大した重石にもならない、先ほど蓮はバランスを崩すことに成功したが、今、シャーリーの機体がワイヤーを巻きつけている
だが、腕一本で鋼機の全体重を支えられるわけもなく、シャーリーのアインツヴァインの腕はすぐさま悲鳴をあげ限界を迎える。
黒槍の投擲態勢をとっているものの形だけで精一杯でもあり、このまま、投擲してもそれは焔凰に回避される所か、届きすらしないだろう。
そんなアインツヴァインの見向きもせず、焔凰は発射態勢に入る。
これが撃たれるという事は全ての終わりを意味する。
シャーリー・時峰が守りたかったものすべてが無に帰すという事を意味するのだ。
そして彼女は、そう、彼女はそのようなことをさせるのを絶対に認めない。
機体背部のブースターをフルブーストさせワイヤーを巻きつつ、焔凰に向けて突撃する。
その反動で限界を迎えていた左腕が吹っ飛ぶ。
なんとしても黒槍の射程距離まで機体を持っていかなければならない。
距離を詰める、250m、200m、150m、100m。
射程内に焔凰を届く、この距離ならば、たとえ無理な投擲でも、焔凰を捉える事が出来る筈だ。
そうしてシャーリー・時峰はこれまで自身の部下たちの思いを乗せるようにして、アインツヴァインに黒槍を投擲させた。
機体の加速も得た黒槍は標的に向かって一直線に向かう。
狙うは後腹部、エネルギー貯蔵庫である尾を今から破壊しても効果は薄い。
既にエネルギーはあの砲口に送られている筈なのだから、あの焔凰を消滅するに足るエネルギーが残されているのか疑問があった。
だが、だからといってあの態勢から小さな頭部を狙うのはあまりにも博打である。
故にシャーリーは後腹部を狙った、エネルギー貯蔵庫である尾のエネルギーが集まる大きなパイプのようなものがある筈だと…。
その可能性に僅かな望みをかけて…。
そして、その矛先は焔凰の後腹部を貫いた。
その瞬間、時間が止まった。
発射態勢に入っていた焔凰の砲口、そしてその焔凰の後腹部に刺さった巨大な黒槍、左腕を失い空中に掘り出されたシャーリーのアインツヴァイン、それを地上から見上げるシャーリーの部下、そしてそれを動かぬ体で傍観する漆黒の鋼機。
焔凰の嘴から熱戦が放射されれば、焔凰がどうなろうとこの一帯は消滅してしまう。
故にαチームがこの状況で勝つにはシャーリーの攻撃が発射までに届いていなければならない、それでいいて、焔凰がチャージしたエネルギーで自滅しなければならない。
それがもし必殺の攻撃でなかったとすれば、傷を負いながらも焔凰はこの一帯を焼き尽くしてしまうだろう。
彼らはその永遠ともいえる一瞬を神に祈った。
その凍った時を一番最初に破ったのは焔凰だった。
自身に突き刺さった黒槍を無視するように、その嘴を開きなおして――
その時だった、焔凰に刺さった黒槍の傷から光が漏れだしたのだ。
漏れ出した光は焔凰の身を包みこむようにして広がり、焔凰の機体を蝕み始める。
光は焔凰の体を核として球状に広がり始める。
それと同時に大きな衝撃の余波が生まれ、中空に投げ捨てられていたるシャーリーのアインツヴァインは吹き飛ばされた。
シャーリーは吹き飛ばされる力を加速力にし、背部ブースターでブーストをかけ、その光球から距離をとった後パラシュートを散開する。
地上からその鋼機を見上げる二機の鋼機。
賭けは成功したのだ。
それは砂粒一つを摘みあげるような所業であり、0では無いが、限りなく0に近い可能性を救い上げるに値するような事象だった。
それを彼らは成し遂げた。
ついに人類は、鋼獣に自らの力で一矢報いる事に成功した。
シャーリー・時峰の元にα6『加持蓮』から通信が入る。
「た、隊長、α4が、サヤが!!!」
その声には勝利の余韻に浸る声は無く、まるでこの世の終わりのような絶望的な響きがあった。




さて、話の腰を折ってすまない。
まずは、はじめましてと言っておこうか、私はこの物語の語り部である。
この物語は死の実感であると考えてもらいたい。
死とはなんだろうか?という高尚な物語では無いが、登場人物は死と向き合う事で何かを知り何かを得何かを失っていく…。
これはそのような物語だ。
その象徴がご存知の通り、あなたも知る漆黒の機体、今はブラックファントムと呼称されている怨嗟の魔王の事だ。
怨嗟の魔王には一つの力がある。
これは神の定めた法則すら殺す力であるが、決してそれはそれを扱う者の心を裕福にすることはないだろう。
力とはなんらかの対価を支払うことで得られるものだ。
あるスポーツ選手は時間と努力という対価を支払い、それを実力として身につけていくように、大小はともかくとして何かを得るには必ず何かの対価を支払っている。
リベジオンのもたらす力もまたそれを扱う人間になんらかの対価を要求する。
この物語は王道ではない。
では、このあたりから初めていこうではないか、ついにCode Revegionの幕が開ける。
暗黒の第一章ついに幕開けである。
それでは皆様、ごゆるりとお楽しみください。
The fate of the traitor of God is not happy.




焔凰とαチームの戦いから3分後、山岳地帯下腹部。





「――なあ、やめてくれ。」
一人の女の声がそこに響いていた。
それ以外になる音は金属と金属がぶつかり合う音だ。
「頼むから、やめてくれ…。」
懇願するように女性は言う。
女の声は震えている。
「―――頼む、頼むから。」
あまりにも弱弱しい女の声。
1分ほど前から女性は同じ事を何度も繰り返している。
女は四肢を砕かれた鋼の人形の中におり、目の前で起こっている光景をただ一人モニターゴーグル越しに見つめているのだ。
「頼むから、頼むからそれ以上、それ以上、私の部下を噛まないでくれぇぇぇぇぇ!!」
女の絶叫が響く。
だが、それを無視するように6体の鋼の異形は何かをむしゃぶりつくすように食していた。
異形が食すのは2つの鋼の機体。
かつて女の部下として共に闘い戦場を生き抜いてきた大切な仲間の乗る機体だ。
「噛むな、噛むな、噛むな、砕くな、砕くな、砕くな、頼むから、頼むから、もう私から部下を奪わないでくれ、お願いだから…。」
あまりにも悲痛な願い。
女の声に既に戦意は無かった。
ただ、何もできずその惨劇の傍観を強いられている。
彼女に許されたのはただ許しを乞う事だけだ。
だが、異形達はそれを気にも留めず食事を続ける。
腕をもぎ、足をもぎ、頭を食い潰し、そして胴体にその牙を立てる。
「や、やめろ、やめてくれ、それはダメだ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてください、やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて…。」
牙が胴体に突き刺さる。
牙に赤黒い液体が付着したの女は見た。
「う、うぁ、あああ、うあああぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
即死だっただろう。
あれに乗っていたのは優しく強い男だった。
自身の弱さを知りながら、それでいてそれに立ち向かおうとする男だった。
鋼の異形はそのまま咀嚼するようにゆっくりと鋼機の胴部を頬張る。
跡形も無くなる程にその鋼機を食し終えた後、6体の異形は女の乗る鋼機の方に歩みよってきた。
女の機体も喰らうつもりなのだろう。
女は逃げだす気力すら失っていた。
「なんで…なんで…私は…また…。」
女は自分の力のなさを呪った。
また、自分は仲間を守ってやる事が出来なかった。
なんて自分は無能なのだろう。
そう、またなのだ。
たかだか鋼獣、一体を倒しただけで天狗になっていた。
そこから敵の増援が来るなど考えてもいなかった。
一瞬の隙を突かれ、集団で迫るそれにすぐさま対応する事が出来なかった。
それがこの結果を呼び込んだ。
たった、たった四人の部下すらまともに生還させる事が出来ない。
そうして獣を模した鋼の異形達は女の目の前に立つ。
それは死が約束された瞬間だ。
そうして、その毒牙が迫ろうとした時、その異形の一つが宙を浮いた。浮いたというよりは何かに吹き飛ばされたという方が正しいのだろうか。
それに反応するように5体の鋼獣は臨戦態勢に入る。その時、女は自身の背後に何かがいるのだと気付いた。
女の機体は既にメインカメラである頭部を失っており予備カメラで外の光景を見ているため、自身の機体より背後を見ることができない。
だが、そのような事が出来る存在を女は一つだけ知っている。
しかし、それはありえない事なのだ。
それは機能自体を凍結され木偶と化しており、今、行ったような戦闘機動がとれるような機体では無い。
予備カメラの前に漆黒の機体が姿を現す。
背面から見るそれはその大きく歪な翼がなんとも象徴的に見えた。
手の甲が大きく展開し、紅い光を発生を大地から発生させそれを吸い取っていく…。
紅い光は鋼獣の口内からも発生しており、それら全てが、漆黒の機体の元に集っていく。
「あんたらは、こいつの事をブラックファントム(黒い亡霊)と読んでいたな。確かにあれは中々に的を得たネーミングだった。」
漆黒の機体の中から発せられる男の声が響く。
「だがな、こいつの本当の名前はそうじゃない、こいつの本当の名前はな――」
一体の鋼獣が漆黒の機体に向けて飛びかかる、それを漆黒の機体は紅い光を纏った拳で殴りつけ吹き飛ばした。
「――リベジオンだ。」


To be continued

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