創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

Strangers 第二話

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irisjoker

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だれでも歓迎! 編集
天気の良い昼下がり。呉服港の磯の香りがする柔らかな風が髪を軽く揺らす。
港や市場から離れた呉服通りは一通りも少なく閑散としているが、決して過疎に苦しむ田舎ではない。
サーグナーツを代表する三大国家に所属する海洋都市マスクアート自慢の九大港の一つ、呉服港の就労人口の
約六割が水産関係に従事しており、こんな天気の良い日なら労働者の殆どが港か、市場か、船の上で仕事中だ。
こんな時間帯に呉服通りを闊歩するのは仕事の無い余程の暇人か、観光客のどちらかしかいない。

あくびを噛み締め、眠たげな目でふらふらとした足取りで道を行く男――長谷堂宗也を呉服港流に評するなら、
覇気の感じられない、やる気の無さそうな暇なガキといったところだろうか。
二十四歳にもなるのだからガキと呼ばれる様な歳では無いが、呉服港の流儀に則るなら、こんな時間にやる気
の無い顔をして仕事もしない様な人間は何歳になってもガキ、半人前、出来損ないの扱いで十分なのだ。

「あー、あったあった。これだ。喫茶カナン」

「はいはい。お帰りはそっちですよー」

宗也が一人ごちながら塗装が剥げかかったウェスタンドアを押し開けると、ドアの軋む音に合わせて、店長兼
看板娘の生天目リリスが宗也の方を見向きもせずに客商売にあるまじき態度で、暴言を吐く。

「開口一番に帰れとは是如何に。是如何に」

「あら?」

観光シーズンから外れた今の時期。特にこの時間帯は何処の店からも客足が遠退き、閑古鳥が鳴いている。
暇を持て余した他店の店子達が冷やかしに来る事を見越した上での暴言だったのだが、リリスの暴言に対する
返答は聞き慣れない声で、まさかの来客にリリスは意外そうな表情で、弾かれたように振り返る。

「皆の心の癒し、鍋将軍です」

「病院はあっち」

そして、リリスは鼻を鳴らして、冷めた表情で指先を大通りの方へと向ける。
十歳近く年下の少女から冷や水をかけられるかの如く、暴言を吐かれる変人。長谷堂宗也とは、そんな男だ。

「あらまぁ、連れないですねぇ」

「まあ……でも、昨日は危ないところを助けてくれて、ありがとう。お陰で無事に帰ってこれたよ」

しかも、リリスの命の恩人であるにも関わらず、この扱いである。
尤も、何処でも似た様な扱いなので、宗也は気を悪くした風でも無く、頭を振って柔らかい笑みを浮かべた。

「心身共にご無事なようで此方も一安心です」

覇気、やる気、金は無いが、溢れるほどの暇を持つ変な奴。宗也の人物評を集めると枚挙にいとまがないが、
但し、これがこう見えて、創世神話に記される前文明を滅ぼした災厄さえも、この調子であしらえる程の力を
内包しているのだから分からないものである。

「で? 私の命の恩人様は、こんな時間に仕事もせずにぶらぶらしてて良いわけ?」

「いえいえ、こうしてぶらぶらするのも仕事の一貫でして、時が来れば本気出しますよ。多分」

「まるで怠け者や子供の言い訳だね」

リリスは、この時間帯の常連客となっている少女達の顔を思い出して、溜息を吐いた。

「で? 昼ご飯食べた? まだだったらご馳走するよ」

「では、お願いしましょうか。見た目麗しい少女の手料理というだけで贅沢ですしねぇ」

「ありがと。作ってるのは工場機械だけどね。私はただ暖めるだけだし」

そう言って、リリスはカウンターの上に、冷凍された食品が入った透明のビニール袋を乱暴に乗せる。
主菜から副菜まで、何もかもが入った真空パックされた袋の中身を無造作に皿に出し、調理器の中に入れる。
態々、客の目の前でやる必要の無い暴挙に流石の宗也も笑顔を凍り付かせた。

「そうやって簡単に男の幻想を打ち砕くの止めません? 仮にも命の恩人ですよ?」

「だって女の子に幻想を持つような子供でもないでしょ?」

「あっはっは。男は何歳になっても子供なんですよ」

「あー。はいはい。そーですか。私みたいな子供には分からない話だね」

つまらないことで不満気な表情を浮かべたと思えば、また同じような理由で得意気に笑い出す。
ころころと表情を変える宗也とは対照的に、リリスは子供の言葉を受け流すような大人然とした態度だ。
念の為に補足しておくが、宗也の歳は二十四歳。リリスの歳は十六歳である。

「では、これを機に男心が分かるようになって下さい」

「面倒くさいなぁ……」

「女心ほどではありませんよ? で、あちらの扉に張り付いている素敵なお嬢さんはお知り合いですか?」

「宗也さんよりも面倒臭い上に限りなく他人に近い知り合いだよ」

リリスが知る限りでは、こんな時間帯に宗也の言う様なバカな真似を人目も気にせず出来る人物は一人だけだ。
だから、リリスはぞんざいな口ぶりで宗也の指先を目で追う事もせずに顔を背けた。

「酷ッ!」

リリスのにべも無い言動に、宗也曰く扉に張り付いていた少女は扉を乱暴に開け放ち、足早に詰め寄る。

「だって、実際にアンタ、面倒臭いし……」

「って言うか、お兄さん誰!? リリスとどういう関係!?」

「誰って……一目見れば分かるでしょうが……面倒臭い」

「まあ、普通に考えれば分かりますよねぇ」

勢い良く宗也を指差し、唾を飛ばしながら叫ぶ少女は、心底面倒臭そうにそっぽを向くリリスと、
取りあえず笑みを浮かべる宗也を何度も見比べ、得心がいったかのように手を叩いて叫んだ。

「恋人!!」

的外れ甚だしい答えを。

「客よ!」

「客です」

「なんで、こんな時間に客が来るのさ!? 絶対可笑しいって!! ウチには来てないのに!!」

宗也のことを客では無く、リリスの恋人などと的外れなな発言をした理由は全て、それに集約される。
幼馴染で同じ基礎学校に十年通ったにも関わらず、リリスは両親から独立して店長。片や林檎は両親と同居で
扱いは一従業員。この上、客足が遠退く筈の平日の昼にも関わらず、客が付く様になったら目も当てられない。
それくらいなら、リリスに恋人が出来た方がマシだという無謀な願望であった。

尤も、先にリリスに恋人を作られてしまったら、商売人としてだけで無く、女としても差を付けられるという
ことに気付いていない。リリスの身長は百六十半ばと長身だが、そのボディラインは異性を魅了するのに全く
不足無い。その一方で林檎は百四十台前半と小柄でボディラインは直線に近い。既に差が付いているとも言う。

「本当に何なんですか、このはっちゃけガールは」

「リリスの親友にして呉服酒店の看板娘、能美林檎とは私のことさ! 趣味は都市伝説研究!」

何もかもがリリスとは正反対の林檎は勢い良く一回転し、鋭いステップを踏んで、宗也を指差す。
小柄のせいか、それとも落ち着きの無い挙動のせいか、まるで小動物の様な林檎に宗也は取りあえず、笑みを
浮かべ、リリスは苛立たしそうに髪を掻き上げる。そして、宗也は得心がいったかのように手を叩いた。

「ああ、親友の方でしたか」

恐らく、的外れではない答えを。

「親友じゃないから。限りなく他人に近い他人だから。で、林檎の言う都市伝説ってのは酔っ払いの法螺話を
曲解して誇大解釈しているだけの馬鹿話ってだけだから。宗也さん、律儀に耳を貸さなくて良いからね?」

「都市伝説……ですか?」

「へぇ……耳を貸さなくて良いって言ったのに、食いついちゃうんだ。良い歳した大人が」

リリスは、自分に理解の出来ない娯楽に宗也が興味を持ったのが面白くないのか、宗也を半眼で睨み付けた。

「年頃の女性がしたらあかん目になってますやん。ちょっと仕事の関係で、そういう感じのお話が好きな人が
いてはるってだけですよ。例えば、鉄っぽい火吹き狼の噂とか、物騒な噂とか、そんな感じの都市伝説をねぇ」

「ああ……そういう事」

つい先日、法螺話の影に隠れて性質の悪い真実が舌なめずりをしている事を思い知らされたばかりのリリスは
この下らない雑談自体が宗也の仕事にとって必要な事なのだと、納得したかの様に首肯する。

「どうしたの?」

「別に、何でも、取り敢えずは宗也さんに対する物の見方が変わらずに済んだってだけ。取り敢えずだけど」

「いや、本当にどういう関係? お客さんなんだよね? お兄さんに見覚え無いし、この辺の人じゃないよね?
それに何て言うか、お兄さんに対してだけ普段と態度違うくない? 私達のときはそんなんじゃないじゃん!」

リリスが同年代の少女達に対して、突き放す様な言葉を放つのに対して、宗也に対しては、一定の評価をして
いるような言動に事情を知らない林檎は、まるで珍しい玩具を見つけた子供の様に目を輝かせる。

「あー、五月蝿いな。何か火吹き狼みたいな、馬鹿馬鹿しい話があるんなら宗也さんに聞かせてあげなよ。
私には林檎の話の面白さなんて欠片ほども理解出来ないけど、宗也さんなら多分、楽しんでくれるかもだし」

「なーんか、釈然としないなぁ……」

「早く!!」

リリスは林檎を急き立てるようにカウンターを何度も叩き、殴打音を店内に響かせる。

「わ、分かったよ。えーっとね、火吹き狼の噂が出始めた頃に流れた噂があるんだけどさ。
みんなが港や海に出るくらいの時間帯になると、街に巨人が現れて悪さをするんだって!」

「巨人が悪さ……ですか?」

真昼間に現れる巨人。呉服港の性質上、確かに悪さをしたとしても、夜と並んで人目に付き難い時間帯だ。
真昼間になってから漸く活動を開始する宗也は、ばつが悪そうな表情を浮かべて苦笑する。

「えっとね。他の巨人と周りの物を壊したり、火吹き狼と一緒に物を燃やしたりするんだって」

「ふー……ん」

「たはは……」

先日の一件で目の前にいる宗也に思い当たる節を見つけて、リリスは刺すような目で宗也を睨み付ける。
伝わっているか如何かはさて置き、宗也は「そんなことはやっていません」という意を込めて苦笑した。

「二人ともどうしたの?」

「いえいえ、何でもありませんよ。ありませんとも」

(巨人って宗也さんの……)

(ストレンジギアのことを言っているんでしょうけど、此処まで曲解された状態で噂が広めている目的は一体?
此方の耳に入れば、疑念を持たれるくらい分かるでしょうに。唯の賑やかしの類ってことは無いと思いますが)

当事者だからこそ言えなくなる事もある。誰々が言っていた。誰の部分が曖昧だから都市伝説や噂話としての
面白さや信憑性が出るのだが、当事者自身が巨人だの火吹き狼だのと声高に叫んでも、誰も信用などしない。
そして、信用しないと分かっているから当事者自身も閉口するしかない。

林檎みたいな性質の人間ならば嬉々として言い散らすのかも知れないが、宗也が記憶する限りでは件の騒ぎに
巻き込んだ人間の中に噂話の発信源となる該当者がいない。巻き込まれた人間は揃って心身喪失状態、または
気絶している等、夢か現かの区別すら付いておらず、巻き込まれた人間が噂の出所にはなるとは考え難い。

(いや、これは迂闊だったかも知れません……噂話になっていると聞いた時点で疑念を持つべきでした)

五度に渡るタイラントハウンドの暴走は、呉服港の少女達の間で火吹き狼と名を変え、噂として広まっていた。
リリスが真偽を確かめに来たということは、少なくとも四度目の暴走の時点で、巻き込まれた人間以外に目撃
されていた証明に他ならない。

(下手人? いやいや、立て続けにご自慢のストレンジギアを撃破された挙句、コアクリスタルを奪われたのに
意味の分からない噂を子供達の間に広める意図が分かりません。下手人は此方に気付いていないと考えて良い)

下手人が噂の発生源だとすれば、タイラントハウンドを単機で暴走させたとしても宗也に鎮圧されるのは火を
見るよりも明らかだ。それは連日の戦闘から理解出来ている筈だ。それにも関わらず、タイラントハウンドの
発生パターンに変化は無く、下手人と思わしき者からのリアクションも見られない。

(本当に天文学的な確率で発生した"事故"なのでしょうか? でも、それだとしたら、この第三者がこんな噂を
少女達の間に広めた理由が分からない。理由無き犯行とか面倒なんで本当に勘弁して欲しいんですけどねぇ)

幾つかの疑問が湧き上がり、考え込む宗也をフォローするかの様にリリスが口を開いた。

「林檎ってさ、毎回毎回、そんな話を何処の誰から仕入れて来るわけ?」

「え? リリスってば、どうしちゃったの?」

林檎は信じられないモノを見たような表情で、怪訝そうに視線を宗也からリリスへと移した。

「何が?」

「いや、だってさ、いーっつも噂話とか聞かせてあげても、ガン無視ぶっこくか、酷いこと言ってばっかで、
私の話なんて、これっぽっーちも聞いてくれないじゃん。それなのに今日は興味持ってくれるなんて……」

(林檎如きに悟られるなんて慣れない事はするものじゃないね)

普段のリリスと林檎のやり取りを傍目から見る限りではリリスが林檎に対し、一方的に暴言を吐いている様に
しか見えないのだが、その実、互いに言いたいことだけを言って、聞きたいことだけを聞いているという長年
の信頼関係によってコミュニケーションとして成立している。

尤も、傍目から見たら会話のキャッチボールでは無く、ルールも情けも無用のハイスピードボール。
投げる数も自由。投げる方向も自由。相手が投球フォームの最中に顔面狙いで剛速球を投げても良い。
それで壊れる程、安い関係では無いから毎日の様に少女達は懲りること無く、喫茶カナンを訪れるのだ。
だから、林檎は取れない筈の、かわされる筈の球を打ち返されたことに強い違和感を感じたのであった。

(何と無くですが、リリスさんの今後の人間関係に変な影響を及ぼしそうですねぇ)

「まあまあ。林檎さんは情報通の様ですが、お客さんとはそういう話もされるのですか?」

宗也は考えを一旦、中断する。リリスへの助け舟という意味もあるが、呉服港の少女達の間で宗也の行動が噂
になっているのであれば、噂を知る少女達を洗っていけば良いだけのことだ。これが本当に噂や都市伝説なら
話の大元に辿り着くのは困難だが、彼女達が言う噂は事実であり、辿り着けない道理は無い。

「そりゃあね! 気持ちよく買い物してもらうためにも、お客さんとのお喋りは接客の基本だもんね。
それに商売柄、酔っ払いの相手も多くってさ、そういう、嘘か?真か?って話は毎日のように聞くんだよ。
てかさ、リリスだって美人なんだから、もっと愛想良くすれば、お客さんもっと増えるのに勿体無くない?」

「別にどうだって良いでしょ。私の事は」

「歳相応に表情豊かだとは思いますが……そうですね。月並みな台詞ですが、リリスさんは笑った方がもっと
素敵になれるかと思いますよ。可愛らしい少女の笑顔を見て不快になる人は滅多にいませんしねぇ」

「本当に唯のお客さん? 表情豊かとか可愛らしいって初めて聞くよ? リリスって無表情系美人で通ってるし」

「うる、さいな……」

リリスは宗也と林檎に背を向ける形で、そっぽを向いて黙り込む。因みに宗也がリリスを可愛いと評したのは
単純に年齢の問題だ。子供の期間が短く、自立が早いマスクアートの少年少女達は十六歳にもなれば一人前の
扱いを受けるということもあり、他の国の同年代の少年少女と比較して、大人びた顔立ちになる傾向にある。

それでも、同年代の少年少女と比較して大人びているというだけであって実際に大人。特に宗也の様な外国の
大人の目からすると、矢張り、まだまだ無邪気な子供でしか無く、美人と言われてもピンと来ないのであった。

「それにしても、そんなに面白そうな話を知っている方々がいらっしゃるのならば、是非とも一度お会いして
此方にも色々と話題をご提供して頂きたいものですねぇ」

「じゃあ、草月探偵事務所に行ってみたら良いよ」

「探偵事務所……ですか?」

「うん! そこのおっちゃんが火吹き狼とか、巨人の話を聞かせてくれたんだよ!」

「そうですか」

「林檎ッ!!」

突如として観音開きのウェスタンドアが爆音を立てて、開け放たれると共に爆音にも負けぬ怒号が轟いた。
やたらと恰幅の良い中年女性が肉食獣の様な足取りで、林檎に迫り、大砲の砲門のような豪腕を伸ばす。

「げ、母ちゃん……」

「アンタ、またリリスちゃんに迷惑かけてッ!!」

大喝一声と共に林檎の母はクレーンアームの様な指を林檎の頭に減り込ませ、外へと引き摺る。

「イタタ、イタイ! イタイってば!!」

此処、喫茶カナンと林檎の呉服酒店は五件隣の目と鼻の先。彼女が店に強制送還されても悲鳴は暫く途切れず、
宗也は苦笑を浮かべ、リリスは肩を竦めて呆れ顔を浮かべる。

「ん~、台風の様な親子ですねぇ」

「ゴメンね。慌しくって」

「いいえ、林檎さんを誘導してくれて助かりました。お陰で仕事を進める事が出来そうです」

宗也は満足げな笑みを浮かべて、休憩時間は終わったと言わんばかりに席を立ち、リリスに背を向ける。

「あんまり、大っぴらに出来ない仕事なんだろうけど、私の口止めとかしなくて大丈夫なの?」

「そのつもりはありませんよ。だって、リリスさんは絶対に口外しないでしょう?」

宗也は顔だけリリスに向け、先程と代わらぬ笑顔を浮かべて答える。

「まあ、林檎みたいな性格なら喜んで言いふらすんだろうけど」

「そうだとしても、口止めする気はありませんけどね」

「面白がられるか、白い目で見られるか、どちらにせよ信用はされないだろうね」

「ええ。なので口止めも口封じも不要です。下手に隠し立てして勘繰られても困りますしねぇ」

「宗也さんでも困ることあるんだね」

「そうですねぇ……深みに嵌って、此方の預かり知らぬ所で死なれても後味悪いですからねぇ」

「成る程、ね」

同じ言葉でも意味合いと意識。そのどちらもが剥離している。言外に此方に深入りすると死ぬと言われている。
あまりにも血生臭い世界の人間なのだと今更ながらに気付いて、リリスは神妙な表情で頷いた。
やる気が見えずとも、覇気が無かろうとも、どんなに笑顔を浮かべていようと、そういう人間なのだと。

「隠し事をする時の極意は、隠さない事なんですよ。下手に隠すから暴きたくなる。
人間というのはね、リリスさん。見える物よりも見えない物を見たがる生き物なんですよ。
だからと言って、銀行口座の暗証番号も隠さない方が良いというわけではありませんがね」

「何と無くだけど分かったよ。聞かないなら何も言わないけど、聞けば答えるって事でしょう?」

「ご理解頂いて何より。聞かれたら、いっそ包み隠さず話してしまえば良いさって考えです」

「じゃあ、聞くけどさ。あの巨人は一体、何? 貴方は一体、何者?」

「神代の時代に世界を破滅に追いやった破滅の因子を隷属させた兵器、ストレンジギア。
そして、ストレンジギアを使役する我々の事を人々はストレンジャーと。そう呼びます」

何処までが本気で、冗談なのか分からないような宗也の言葉に、リリスは眉根をひそめる。
神代の時代、創世記など真に受ける様な人間など、聖堂教会に所属する極一部の狂信者くらいのものだ。
広義ではリリスも聖堂教会の信徒になるが、聖堂教会の言うことを何でも鵜呑みにしているわけではない。

だが、リリスは不本意ながら、自分自身の常識を超える物事に対し、有り得ない。非常識だ。見間違いだ。
勘違いだ。嘘だ。と切って捨てる事の出来ない経験をしてしまっている。
しかも、その渦中にいたリリスを救い出してくれた宗也の言葉なだけに林檎の様に鼻で笑うことが出来ない。

(それにしたって、いくらなんでも創世記はぶっ飛びすぎだよね。だけど、宗也さんの言う事だし……)

考えた所で真偽の程がはっきりするわけでも無いので、リリスは考えるのを止めた。本当に過去に人間が神を
生み出したのかとか、過去に文明が滅んだとか考えて明らかになるものでは無い。分からない事は気にしない。
知らなくて困らないのなら尚更だ。そんな事よりもリリスにとって、もっと重要な事がある。

「料理に手を付けた形跡が全く無いね……恩返しくらいちゃんと受けろっての」

リリスが考え込んでいる間に宗也は喫茶カナンを後にし、草月探偵事務所を訪れていた。

「漸くのお出ましか。長谷堂宗也」

「チガウヨ。朕は北京で密入国を生業にしているテポ・ドン三世ネ。宗也チガウヨ。ヨロシ?」

無精ひげにだらしなく着崩したシャツ。開いた胸元には黄金色のチェーンネックレスが輝いている。
軽薄そう笑みを浮かべたホスト崩れの様な男――彼こそが草月探偵事務所の所長、草月流である。
そして、彼に向かい合っている男が、ただのふざけた阿呆である。

「噂以上にふざけた野郎だな」

宗也の早速の振る舞いに流は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
一方の宗也は流が自身の顔や名前などの前情報を得ている事を改めて、認識した上で口角を吊り上げた。

「長谷堂宗也、二十四歳。王都出身。ストレンジギアの三体以上の同時制御が可能な超一流のストレンジャー。
流派は四方一天流。八歳の時に天涯孤独の身になったが、その類稀な能力を見出され、若干十歳でありながら、
主戦力として王都を始めとする世界各地の紛争地域を転戦するようになる。記録上の出撃回数は約百を越える。
十四歳の時に傭兵団は壊滅。以後のの記録は残されておらず、二十一歳から便利屋として表舞台に再び現れる」

「はいはい。降参降参。流石は探偵……と言いたい所ですが、よく其処まで調べましたねぇ」

流は見た目とは対照的に手にした紙を淡々と読み上げ、一方の宗也は次から次へと経歴を暴かれ、能面の様な
表情で、投げやり気味に両手を挙げた。態々、暴かずとも聞かれたのなら全て答える腹積もりではあるものの、
流石の宗也でも、こそこそと腹の内を探られ得意気に披露されて、気持ちの良いものでは無かった。

「眉唾モンの調査報告だったが、その態度から察するにマジみたいだな? 同じストレンジャーとして忠告だ。
超一流のストレンジャーって奴は、ただ其処に存在しているだけでアホ程、目立つんだよ。覚えときな」

ストレンジャーの格付けは、ストレンジギアの所持数と同時制御数に由来し、一般的にはストレンジギアを
三体以上所持し、尚且つ二体の同時制御を可能であれば、一流とされる。
その定義に倣って、流は宗也を超一流と評した。それが良いことか否かは、また別の問題だが。

「この街に来てからの行動は、そんなに目立っていましたか?」

「そうだなァ。俺は今回のコアクリスタルの暴走騒ぎを追っている最中に、お前が暴れているのを見つけてな。
最初はお前が犯人と近いと思って監視していたんだがな? 他にもお前を監視している奴を見つけてなァ……
まあ、其処からは綱渡りの賭けだったんだが、まあ、流石は俺ってトコか」

「賭け……ですか?」

「まあ、ああいうことだ」

草月は肩を竦め、窓の外に指を刺す。その指先には螺旋を描くかの様な軌道で、空を切り裂く黒い影があった。
影の動きを追う宗也のダークブラウンの瞳が鉛色に染まる。体内のストレンジギアの能力により視覚が補強され、
黒い影の姿を認識する。猛禽類の様なフォルムに漆黒の装甲、頭部に相当する箇所には砲が黒光りしている。

「アレは……装着型ストレンジギア、ガルバトスですか」

ストレンジギアは大別して、宗也のガルドやキメリウスの様な思考と反射。稼動経験で自律稼動する『使役型』
ストレンジャーに鋼の装甲を纏わせギア化させる『装着型』の二種に別れる。尚、どちらも制御方法や性質が
異なる為、優劣は無い。あるのは、どちらも使えた方がストレンジャーとして有利になるということだ。

二体のストレンジギアを同時制御出来ることが一流の条件とされているのも、『使役型』と『装着型』の両方を
同時制御出来れば、ストレンジャーとしての隙や弱点は無くなると言われていたことに由来する。

「ま、見ての通りだ。お前を監視している奴がいることに気付きはしたんだがな、同業者かと思いきや
妙に殺気立っていやがる。で、探りの一つでも入れてやろうと思ったら、俺まで監視される始末だ」

「こういうことは、これまでに何度も?」

「いいや、連中も目立ちたくは無かったんだろうな。目撃者の俺と、邪魔者のお前。一網打尽に出来る機会を
待っていたんだろうよ。お前に疑念を抱かせ、誘き寄せた甲斐があったもんだぜ。お互い、あんな物騒なモン
に空から監視されていたんじゃ、気が滅入るってもんだろ?」

「良い性格してますよ。ホント」

「だが、管理者からの依頼をこなす為に一歩前進出来ただろう?」

実際の所、一歩どころでは無い程の前進だ。暴走したストレンジギアを何体叩いた所で手がかりを掴むことは
出来ないが、装着型のストレンジギアの襲撃ならば話は別だ。中に人間という名の情報源が入っているのだ。
宗也にとってみれば、宝箱が翼を生やして飛んで来たようなものだ。

「何処から何処まで調べだしたのやら……」

「そうだな。相手が空にいるんじゃ、ガルドやキメリウスみたいな近接戦闘用のギアじゃ太刀打ち出来んだろ
うからなァ。此処はライトニングモナークを出す場面じゃないのか?」

「此方の手の内も筒抜けですか……探偵という人間が嫌いになりそうですよ」

状況は上々。悪くは無いが、依頼主のことさえも筒抜けになっているのは流石に気分が悪い。
だが、手持ちのギアの機種名どころか、呉服港で一度も使っていないギアの機種名まで言い当てられ、流石の
宗也も観念したのか、諦めたように苦笑いを浮かべた。気にしても仕方が無い、と。

「心配しなくても俺ほど、優秀な探偵なんざ早々いやしねぇよ」

「それは何より……ライトニングモナーク!」

宗也の傍らに球状の物体が浮かび、七基のブースター、三基の六連装砲塔、更に二基の大型砲門が生える。
丸まったハリネズミ、或いはウニの様な姿を見せると共に一筋の火線を放ち、空を切り裂く。
砲撃の反動で草月探偵事務所を粉々に打ち砕いた一発の砲弾はガルバトスを貫き、人気の無い砂浜に叩き落す。

「一撃で撃ち落すとは流石じゃないか」

「弾代だってタダじゃないんですから、この程度は当然ですよ。経費で落ちるので、神経質に一撃必殺に拘る
必要は無いのですが……まあ、癖って奴ですねぇ」

梁しか残っていない状態までに事務所を破壊されたにも関わらず、流は辛うじて残ったソファに腰掛けたまま、
足を組んで口笛を吹く。過去を探られたことに対する宗也なりの意趣返しのつもりだったのだが、本当に大切
な情報は全て流の頭の中にあるということもあり、特に痛痒を感じた様子は無い。

「流様」

外壁や調度品が消し飛び、梁だけになった草月探偵事務所に集まった人だかりを掻き分け、女が現れる。

「おう。ご苦労さん」

「こちらのお嬢さんは?」

「草月アンナ。草月探偵事務所の主、草月流の妻にございます」

「奥さん……ですか?」

草月の妻を名乗り、やうやうしく一礼する女に宗也は怪訝そうな表情を浮かべる。

「美人だろう?」

「娘さんでは無く……ですか?」

「嫁以外の何に見えるってんだ?」

軽薄そうな雰囲気や格好のお陰で流は実年齢より若く見えるが、よく見ると目元の皺や、頭髪の白髪等三十代
半ばらしい部分が見え隠れしている。
それに対し、アンナのしなやかな手足や大きく露出した肩は瑞々しく、髪の艶など流とは比較になる筈も無い。

(リリスさんよりは年上でしょうけど……)

「親子にしか見えませんが、もしくは愛人」

「ほんの十六歳差だ。許容範囲だろう?」

草月流、三十五歳。妻、アンナ、十九歳。宗也は率直且つ、遠慮の無いストレートな感想を口にする。

「ロリコンですか」

「莫迦野郎。お前とは一度、きっちり話し合う必要があるな」

流はロリコン扱いされたのが気に食わないのか、それとも、趣味を理解してもらえなかったのが気に食わなか
ったのか定かでは無いが、宗也は知った事じゃないと顔を背け、アンナが右手で引き摺る物体に目を向ける。

「いえ、こっちにはありませんので、そのままマイノリティを貫いて頂ければ」

「マイノリティじゃねぇ!」

「あ、あの流様?」

「おお、悪い悪い。其処の小僧がガルバトスのストレンジャーで良いんだな?」

アンナはガルバトスの装甲が張り付いた男を大した荷物でも無い様子で、引き摺り、流の前に差し出す。

「はい。ですが、困った事が一つ……」

「コレ、死んでません?」

宗也はアンナに引き摺られた男の顔を覗き込み、苦笑いを浮かべる。ガルバトスの装甲のお陰で繋がっている
ように見えるが、胸部から下がごっそりと無くなっている。ストレンジャーは体内に取り込んだストレンジギ
アの影響により身体能力、五感、認識能力、記憶力等、人間としての能力を強化する性質を持つ。

その中でも特筆すべきはその不死性にある。並大抵のストレンジャーでさえも、心臓や脳を破壊した程度では
精々、数日、仮死状態に陥る程度で完全に殺し切るのは容易では無い。これはストレンジギアの動力となるコ
アクリスタルが内包する膨大なエネルギーを生命エネルギーに転化している為で、ストレンジャー自身の優劣
が影響することは殆ど無い。

だが、生物としての領分を越えた能力もコアクリスタルありきの能力だ。それ故に宗也が放った一発の砲撃が
ガルバトスのストレンジャーのみならず、コアクリスタルまで撃ち貫いているのであれば、助かる術は無い。

「死んでませんって……おいおい、ブチ貫いたのはお前だろ?」

「では、あの程度で死ぬような雑魚の分際で、程度を弁えずに仕掛けて来た彼が悪いという事で」

呆れ顔の流にしたり顔の宗也。そして、困り顔のアンナ。

「その……殺した事が問題と言うよりは、この方の立場に問題があると言いますか……」

「あァ? ……このガキ、確かバルヴィン公爵家の小僧じゃねぇか。マジかよ」

流は弱りきった表情で髪を乱暴にかき上げる。宗也にとっては聞き慣れない名前だが、宗谷はこの機会を寧ろ
良いものだと考えた。もしも、これが何処ぞの誰とも知れない人間ならば、自らの手で手がかりを断ち、少々
面倒を被ることとなるが、公爵家に連なる人間ならば話はずっと簡単だ。

「雇い主曰く、下手人やそれに関わる人間を殺しても正当防衛の範疇ということで処理してくれるそうなので、
特に問題になることはないでしょう。それに公爵家を検める良い口実も出来ましたし……これは大きな前進と
言っても良いでしょう。と言うわけで、彼の遺体を此方で預からせてもらえませんかねぇ?」

尤も、フェルニアから多少なりとも小言の一つや二つ、聞かされる羽目になるのだろうが。

「俺は、このガキの監視から開放されたかっただけだからな。別に構やしねぇが……」

「ええ。事務所の修繕費用くらいは出すように掛け合っておきますよ。それから善意の協力者ということで、
依頼主に有事の際には草月探偵事務所を頼るようにと紹介もしておきましょう。実入りの良い仕事ですしね」

「良し。交渉成立だ」

宗也は満足そうに、にこりと頷いて襲撃者の遺体を樽の中に、ぬいぐるみを玩具箱に無理矢理仕舞うかの様に
詰め込んで、流達に後ろ手に手を振って草月探偵事務所を後にした。

「良かったのですか?」

「あまり係わり合いになりたくないタイプだ。出来ればこれっきり。最悪でも敵対するのは避けたいんでな」

宗也の姿が見えなくなるなり、アンナは流を窺うように覗き見る。
事務所を破壊されたものの、結果的には監視者を排除し、呉服港の管理者フェルニア・アラニンとのパイプを
築くことも出来、どちらかと言えば、今回の騒動は草月探偵事務所にとっては益となる部分の方が大きい。

だが、それ以上に流にとっては宗也と敵対。寧ろ、関わりを持つことを忌避していた。

「そんなに危険な方だったのですか?」

「そうだなァ……ストレンジギアの保有数や制御数以上に厄介なのが、アイツの流派と精神面だ」

「四方一天流の後継者……とありましたね」

「四方一天流ってのはな、殺人と殺戮を肯定、推奨し、敵は死ぬまで殺せってのが極意の物騒な流派でよ。
奴の実家がその一派なんだが、奴が十歳の時には長谷堂家と四方一天流は奴を残して滅んでいる。さて問題だ」

勿体ぶった言い回しで流はアンナの腰に手を回し、額を合わせる。

「奴が四方一天流を学んだのは何歳でしょう?」

「えっと……十歳以前……ということですか?」

「正解。ガキの時分に情操教育と一緒に人の殺し方と壊し方を叩き込まれているってわけ。そんなぶっ飛んだ
奴なんか、敵とか味方以前に関わりを持ちたいと思わねぇよ」

四方一天流――その歴史を遡ると神代より伝わる古い流派だが、流が語った殺人と殺戮を肯定というのは少々
の語弊がある。厳密には殺戮に最も理想的な答えを導き出す為の流派だ。

良心、罪悪感等、人としての常識に囚われる事無く死を撒き散らせるだけの精神性と、一般社会と摩擦する事
無く溶け込めるだけの背反する二つの精神性を心に同居させる事こそが四方一天流の真髄である。

長い歴史の中で四方一天流は剣による殺戮へと形を変えていくこととなるが、決して剣術に拘る必要は無い。
錆びた刀、折れた刀、刃の状況がどうであれ、柄尻で頭蓋を叩き割り、脳を抉れば殺傷という結果は同じだ。
その他にも、一撃必殺を見込めないのならば、死ぬまで斬り続け、刃が砕けたら、柄で死ぬまで殴り続け、
柄が無ければ、拳で、歯で、ありとあらゆる手段を用いて殺せば、過程は違えど結果は同じだ。

だから、流派を受け継いだ使い手は全く同じ名前の、全く異なる奥義を持ち、其々に殺戮方法を研究していた。
それ故に殺戮手段は剣に限らず、素手でも、毒でも、罠でも、戦術兵器でも、結果が殺戮であれば是とされる。
それ故に一人を殺す為に一国を滅ぼす事さえも是とされる。武芸者では無く、殺戮者の為の流派であった。

殺戮や力に酔わない為の精神修養も必須とされている為、宗也は流が恐れる殺戮者では無い。
基本的には専守防衛を旨としている為、流の懸念しているような事態は余程、宗也の怒りに触れる事が無けれ
ば、起こりえない事だった。

尤も、流のような立場の人間に腹の内を探られる事も無くなるので、宗也としても不本意に思うよりも余計な
ストレスを抱えずに済む為、誤解されているくらいで調度良いと考えた。

それに殺戮者の為の流派を受け継いだのだ。当然だが叩けば叩く程、埃が無尽蔵に飛び出すような身だ。
リリスや林檎の様な表社会の子供に探られるのと違って、痛くない腹など持ち合わせていない。

宗也は流が好奇心旺盛な少年の心を捨てきれない男では無く、引き際を弁えた大人である事に安堵を覚えなが
ら、ガルバトスの使い手の遺体をフェルニアの前に差し出す。

「随分と物騒な成果物を持って来たな」

口ぶりの割にはフェルニアが遺体に向ける目は、恐れも、哀悼も無く、物体に向けるモノだった。
それどころか、遺体の顔を足蹴にして、顔の向きを自身の方へと変える。

「襲撃を受けましたので、ちょっと小突き返したら死んでしまいましてねぇ」

「バルヴィン公爵家の末弟……確か、名はクレイクとか言ったか」

「彼の右腕ですが……インプラント化されているんですよねぇ」

宗也はクレイクと呼ばれた男の遺体の右腕を無造作に持ち上げ、フェルニアに見るよう促すが、フェルニアは
言外に見辛いという目線を宗也に送る。
宗也は注文の多い依頼主だと苦笑を浮かべて、クレイクの右腕を切り落とすと、フェルニアは漸く、クレイク
の右腕を手に取って様子を伺う。

「まだ真新しいな。そんなに使い込んでいない……いや、最近になって手術を受けたのか?」

「型番から施工者を追えませんかね?」

フェルニアは腰に挿したナイフでクレイクの右腕から皮を剥ぎ取り、鮮血に染まった生体パーツを取り出し、
自身の生体パーツと比較し、損耗度の低さから推測を立てる。

インプラント化には莫大な費用がかかる為、特定の施設でしか施術を受ける事が出来ない。
その上、ストレンジャーとして絶大な力を振るえるようになることから、地方自治体の認可が必要となる。

通常ならばフェルニアを始め管理者達は認可制の事柄の一つ一つを把握することは無いのだが、インプラント
化に関しては住民の一人が戦術兵器になるという事もあり、インプラント化した者の氏名、生年月日、住所、
職業、連絡先、その他のパーソナルデータを把握しているのが当然だ。

従って、本籍地を呉服港に置く、クレイクのインプラント化についてフェルニアが実態を把握していないとい
うことは本来、あってはならない事だ。
尤も、フェルニアの性格上、職務を怠慢する事は有り得ず、クレイクがフェルニアをはじめとする管理者等の
力の及ばない組織でインプラント化手術を受けた事の証明に他ならなかった。

「良いだろう。調べが付き次第、バルヴィン公爵家に乗り込む。同行しろ」

「了解です」

フェルニアには管理者としての権力と、ストレンジャーとしての能力を持ち合わせている。
それにも関わらず、宗也をバルヴィン公爵家に同行させるという事は、バルヴィン公爵家をこの世から一寸の
油断も無く、完全に消滅させる腹積もりなのだろうと、宗也は推測を立てる。

バルヴィン公爵家が後ろめたい何かを隠し持っているのは言うに及ばず、フェルニアの逆鱗に触れるどころか、
鷲掴みにしている。一番寛大な処置でも財産を没収の上、爵位の剥奪と追放。だが、苛烈なフェルニアのこと
順当に考えれば、自身と親族の命込みで全てを奪われることとなるだろうと。

(歩合は期待出来そうですねぇ)

「どうかしたのか?」

「いいえ、唯の皮算用です。暫くは食うに困らなさそうだってね」

そう言って、宗也は笑顔を浮かべて肩を竦めるのであった。


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