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廻るセカイ-Die andere Zukunft- Episode20

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匿名ユーザー

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駅前にあるホテルの一室。そこにヴァイスとシュヴァルツ、ヴィオツィーレン、エーヴィヒカイトとオレが集合していた。
シュタムファータァはベッドに寝かせてあり、目覚める気配はない。エーヴィヒカイト曰くセカイを消費しすぎたためとのこと。
あの後、オレは浜辺にいた3人に合流し、そこにエーヴィヒカイトが車を寄越してきてそれに乗ってここに着いた。
神守邸より近く、尚且つ邪魔も入らなくシュタムファータァを安全に休められる場所ということではここが一番らしい。
そこでエーヴィヒカイトとオレは事の顛末をヴィオツィーレンに説明していた。
黙ってオレたちの話を聴いていたヴィオツィーレンだが、表情はとても苦い物だった。騙されていたのだし、当然だろう。

「つまり、ナハトがシロちゃんたちを殺そうとして、私に嘘の情報流して揺籃に仕向けたってこと?」

「ああ、そうなるな」

エーヴィヒカイトがそう答えると、再びヴィオツィーレンは何か考え出す。
彼女も先ほどまで混乱していたし、心と情報と整理するのに精一杯なのだろう。
そして、考えが纏まったのか、しっかりとした表情でゆっくりと口を開いた。

「……ちょっと待ってよ。それかなりおかしいわ。シロちゃんたちを殺そうとするのは、一般人を殺そうとしたって理由で無理矢理にでも納得出来るけど、後者も含めると話は全く別だわ」

後者というと、ナハトが嘘の情報をヴィオツィーレンに流したことか。
そこら辺の事情はセカイの意志の内部事情に大して詳しくないオレが想像するのは難しい。

「キレさせて躊躇いを無くさせる……とか」

我ながらツッコミ所満載の理由だとは思うが、これしか思いつかない。
ダメもとでオレがそう言うと、ヴィオツィーレンは考える間もなくすぐに答えた。

「私の普段の仕事を知ってるナハトがそんな小細工使ってまでやるとは思えないわね。そもそも、どう考えても今回のことはメリットが無さすぎる」

「あのときヴァイスたちにトドメを刺さず、生きているのを知っていて、尚且つ二人を大事にしているヴィオツィーレンに、嘘の情報を教えて向かわせたって、すぐバレて敵に回るだろうってことくらい、ナハトやディスもわかっているはずだろうに……」

エーヴィヒカイトが重々しくそう言う。口にこそ出さないが、今ここにいる誰もが同じことを思っていた。
騙した上にその相手が自分の家族の仇だと知れば敵に回るのは、誰でも簡単に予想できる当然の結果だ。
そんなことを敢えてやったとなれば、それ相応の理由があるハズだ。理由無しにそんなことをやるような組織とも思えない。

「ヴィオツィーレンを敵に回すことで生まれる、メリットや目的があるってことか」

「自分で言うのも何だけど、私は革命派にとっても切り札……私一人の損失は大部隊を一つ失うに等しいはずだわ。それに変わるメリットなんて、想像つかないわ」

……大部隊一つって。こいつ、そんなとてつもないリーゼンゲシュレヒトだったのか?
たしかに"総合戦闘能力最強"なんて仰々しい二つ名がある以上、別におかしくはないことではあるのだが……。
ヴィオツィーレンの戦闘を実際にこの眼で見ていないオレにとっては、実感が全然沸かなかった。
外見が普通の女ってのもあって、正直ナハトよりすごい存在とも思えない。

「革命派は……ディスは、ヴィオツィーレンを敵に回してまで果たしたい目的があった。その目的のためにはヴィオツィーレンは邪魔だった。今は、そう考えるしかないだろう」

「私の存在に匹敵する目的なんて、想像できない故に怖いわね。私が革命派にいたら果たせないことでしょ……?全然わかんないわ」

革命派の主戦力だったヴィオツィーレンと、保守派のリーダーであるエーヴィヒカイトが考えてもわからないのだ。
オレがこれ以上考えても何も意味はないだろうし、この二人もこの先答えが出るとも思えなかった。
今はとりあえず揺籃とシュタムファータァの無事を喜ぶことにしよう。セカイの意志の事情なんて、オレには関係がない。

「ディスの考えてることなんてそう簡単にわかったら苦労しないさ。それよりヴィオツィーレン。お前……これからどうするんだ?」

「え?勿論"保守派"に入るに決まってるじゃない。ナハトに対して借りを返さなくちゃいけないし、何より……シロちゃんたちがいるし、ね」

あっけらかんと答えるヴィオツィーレン。どうやら、オレが思っているほど革命派に忠誠はなかったらしい。
まぁ、自分の家族を傷付けた相手と同じ組織にはいたくないだろう。それに騙されているのだから、そうまでされて革命派に所属したままでいるなんて人間はそうそういないだろう。

「そうか。お前ほどの存在が保守派に入ってくれるなんて、両手を上げて喜びたいほどだ。歓迎しよう」

「よろしく。シロちゃんたちがいる間は私も協力してあげるわ。それはそうと、安田俊明ってのはどれ?」

エーヴィヒカイトとヴィオツィーレンが握手を交わすと、ふとそんなことを言い出した。
自己紹介もしていないのにオレの名前を知っている。となると、革命派にはオレの存在は既に知れ渡っているということか。
ナハトと二度あってるし、イェーガーとも会っているから当然か。バレてない方がおかしいだろう。

「……オレだが」

「ふーん。アンタがイェーガーを……ね」

ヴィオツィーレンが興味深そうな瞳で、真っ直ぐにオレを見つめる。
普段だったらこっちも正面から堂々と見返すところだが、どうも気恥ずかしくなり目を逸らしてしまう。
リーゼンゲシュレヒト状態だと全くわからないが、ヴィオツィーレンの容姿ははっきり言ってかなり美人だ。
いくら相手が相手と言えど、こっちが健全な男である以上見つめられて照れない男などいないだろう。
……オレのキャラじゃないとは思うが、男なのだ、仕方ないと言い訳したい。

「別にオレが倒したわけじゃない。やったのはシュタムファータァだ」

「ってもアンタがいなかったら余裕で負けてたでしょ。ま、とりあえずこれからよろしくね、ヤスくん」

正直あの時の作戦は今考えてみれば色々と穴だらけだったし、法に触れることも幾つか犯した上での結果だ。
たしかに撃退こそしているが、あまり褒められたことでもないだろう。賛辞を素直に受け取ることはできなかった。
差し出されたヴィオツィーレンの手を取る。正直照れくさいが、顔と態度には出さない。

「ああ。……って、ヤスくんっで何だよ」

「え、気に入らなかった?」

ヤスくん……今まで生きてて初めて呼ばれたあだ名だ。だが、別に悪い気はしない。
名前で呼ばれているわけでもなし、特に気にすることもないだろう。

「……いや、別に構わねぇ。っと、そうだ。あのシュタムファータァの力、何なんだよアレ。あんなのあったなら最初っから使えよ」

オレは道中の車の窓から遠目に見ただけだったが、それだけでもあの力が何か特別なモノだということは伝わった。
上空に螺旋を模したような物体が出現したと同時に、シュタムファータァを中心に翡翠色の光が展開していき、あっという間に二人を包み込んだ。
今まで非常識な物を見てきたが、あれは非常識なんてレベルを越えていたように感じた。

「そう言ってやるな。アレは今回の戦闘中に初めて使えるようになったんだ。あの技の名前は世界を浸食する、と書いて"界侵"。オーバードライブと読む」

世界を侵食……?オーバードライブ?なんか一気に胡散臭くなってきたな。
正直、そういうファンタジー地味た力は勘弁して欲しい。自分の理解の範疇を明らかに越えてるため、頭が混乱してくる。
だが、それを直接言ったところで何もならないため、話の続きを聞くことにする。

「"ケッツァ"以上のリーゼンゲシュレヒトなら誰でも使うことの出来る、我々の"決戦奥義"だ。その形態はシュタムファータァのような結界式や、本人の能力向上、武器など十人十色だ。使用には様々な制約があるから、おいそれと使える力ではないが」

つまり切り札ってことか。"ケッツァ"以上が全員使えるとなると、今後相手にすることになるリーゼンゲシュレヒトはそれを想定して戦わねばならないということになるだろう。
……そういえば、イェーガーは使わなかったな。考えてみると固有能力も知らないが、手加減していたってこともないだろうし。
どうせイェーガーのことだ、狩りを楽しむためとかそういう理由で自分に枷をしているのだろう。今度機会があったら聞いてみてもいいかもしれない。

「"ケッツァ"以上ってことは……お前らも使えるのか?」

「私とクロは、まだ発現していないので使えないです」

「私の"界侵"は、切り札だから知っている人はいない。私のは一目に付きすぎるから、発動したら見た存在は全て殺すことにしてるしね」

「俺も"界侵"は既に発現しているんだが、消費するセカイ量が俺自身のセカイ量を上回っていてね。情けない話、抜けない刀ってわけだ」

十人十色とは本当みたいだ。ヴァイスとシュヴァルツはだからあの時の戦闘では使わなかったのか。
それにヴィオツィーレンのはやたら物騒そうだし、エーヴィヒカイトに至っては発現しているが発動出来ないと来たもんだ。

「色々あんだな……。てことは、シュタムファータァはこれでかなりパワーアップしたってことか?」

「どうなんだ、ヴィオツィーレン?」

「いや最初は驚いたけどぶっちゃけ微妙じゃない? 吸収と抑圧の力を持つ"界侵"ってのは強力だけど、ほんのちょっとしか抑圧も吸収もされなかったし」

エーヴィヒカイトがヴィオツィーレンに聞くと、彼女はそう答えたのだった。
そうか、微妙なのか……。だが、能力の詳細についてはシュタムファータァに聞くよりヴィオツィーレンの方が詳しいことを知ってそうだ。
持っている武器のスペックを把握しておくことは非常に大事だ。ここで有耶無耶にするわけにもいかない。

「抑圧と、吸収?」

「読んで字の如くよ。シュタムファータァの"界侵"、"廻るセカイ"は領域内にいる相手のセカイを吸収し続け、尚且つセカイの放出を抑圧する力を持ってるの」

つまり相手は力に制限を掛けられた上にどんどんパワーダウンして、こっちは普通に動ける上にパワーアップしていくってことか。
それがシュタムファータァの新たな力、"廻るセカイ"。話だけ聞くと、その能力は微妙ではないと思うのだが……。

「いや、それってかなり強くないか?」

「私も最初はそう思ってビビったけど、実際はさっきも言ったけどほんのちょっとしか吸収も抑圧もされなかったんだもん。見かけ倒しよ、見かけ倒し」

なるほど、能力の性質自体が強力でも力が弱すぎるために大した脅威にならないということか。
なんというか、実にシュタムファータァらしい力だな。中途半端というか宝の持ち腐れというか。
心の中で苦笑してしまう。力を得たといっても、オレの気苦労は変わり無さそうだ。

「まぁ、そんな簡単に強くなれるはずもないよな……」

「でも安心しなさい。私が仲間になったってことは、もう揺籃が消される心配はないってことよ」

「……なんでだよ」

「私が、そのくらいの力を持ってるからってことよ。私を倒せるリーゼンゲシュレヒトなんて、それこそディスくらいだわ。まさか敵の総大将自ら攻めてくるってことはないだろうしね」

胸を張って自身満々にそう宣言するヴィオツィーレン。敵の総大将しか倒せられないリーゼンゲシュレヒトって、本当か?
たしかに総合戦闘能力最強とは聞いているが、正直ナハトより強そうには見えないんだが……。
ナハトと対峙した時は一般人のオレでもわかるほどの"迫力"があったが、ヴィオツィーレンには感じられなかった。
近くで戦いを見たわけではないし、少なくともイェーガーやシュタムファータァよりは強いのはたしかだとは思っているが。

「そりゃ、頼もしいことで」

「アンタ信じてないわね?シロちゃんたちが絡むと私、冷静じゃなくなっちゃうから本来の力を出せなかっただけで、実際はかなり強いんだからね?」

「別に疑ってねぇよ。マジで頼りにしてるさ」

真っ正面から戦ってくれる戦力が増えたのだ。本心から頼りにしているし、頼りにせざるを得ない状況でもあるのだ。
エーヴィヒカイトはまだ回復していないし、ヴァイスとシュヴァルツもそうだ。そしてシュタムファータァは今回で戦闘不能。
今もし革命派の連中が攻めて来たら、迎撃手段はないのだ。家族が絡むと本来の戦闘能力が発揮できないのは若干気になるが、それでも強力な力を持っているのは事実だ。
そんなリーゼンゲシュレヒトが自ら矢面に立ってくれるのだ。そりゃあ頼りにもするし、安心できる。


「……しかし修学旅行だったのにこっちに戻ってくるなんて、君も相変わらず無茶をするな」

話が一段落着くと、苦笑しながらエーヴィヒカイトがそう言う。
たしかに考えてみると自分でも無茶なことをしたとは思うが、イェーガーと会い、状況を知って足を用意してもらったという幸運の結果だ。
もしそれがなければ、揺籃にすら行けなかっただろう。今回ここに着けたのは完全に偶然の産物だ。
それに椎名が学校の方に言い訳してくれるって保証があった。方法は予想できないが、椎名なら大丈夫だろう。

「揺籃がヤバいってなったんなら、修学旅行どころじゃないだろ。……まぁ、今回オレ何もしてねぇけど」

そう、結局オレが来た意味は全くなかった。シュタムファータァと共に戦うことすら間に合わなかったのだ。手遅れと言ってもいい。
今回の相手がヴァイスとシュヴァルツの家族だったから説得できたものの、普通のリーゼンゲシュレヒトならこうはいかなかった。
きっと今頃、全滅してオレは絶望に打ち拉がれていただろう。本当今回は偶然に偶然が重なった一件だった。

「帰りは俺がヘリを用意しよう。保守派のリーダーなんだ。権力ってのは、こういう所で使わないとな」

「マジかよ。悪いな」

そう言うとエーヴィヒカイトはポケットから携帯を取り出す。海に落ちたのにいつの間に買ったんだ、と疑問に思うが口には出さない。
どこかに電話を掛けようとするエーヴィヒカイトの手を、ふと隣りに立っていたヴィオツィーレンが止めた。

「そんなの用意しなくても、私が送ってあげよっか? 一瞬で」

「一瞬でって……そんなのできたら苦労しねぇだろ」

ど◯でもドアがあるわけでもなし、そんな移動手段が現実的に存在するならオレも来るのに苦労はしなかった。
だがオレのそんな常識は、ヴィオツィーレンの言葉によって粉々に打ち砕かれたのだった。

「私の能力、"空間と空間を繋げる力"よ?揺籃と旅行先までの"繋げる"なんて、余裕よ」

「んな遠距離まで可能なのかよ。どんだけ非常識な連中なんだお前ら……」

「想像してるほど便利じゃないわよ。同じリーゼンゲシュレヒトなら座標を狂わすことくらい簡単だし、戦略的な使い方はまず出来ないと思っていいわ」

戦略的な使い方は出来ないと言っても、そんな遠距離を瞬間移動するなんて一般人からすれば常軌を逸しているにも程がある。
なんか毎月毎月オレの常識が破壊されていってる気がする。どうかこれ以上はやめて欲しいと願う。
……まぁどうせ、アーブスなんちゃらであるディスはもっとイカれた能力があるのだろうが、今は聞きたくなかった。
あくまでオレは一般人だ。あまり踏み込んで後戻り出来なくなるのは勘弁して欲しい。

「じゃあ場所教えて。出来るだけ正確なのをね」

「はいよ、これで大丈夫か」

携帯のナビアプリを起動して、場所の周辺地図と大まかな北緯と東経を割り出す。
場所はホテルの近くの駐車場でいいだろう。場所を開いた画面のままオレは携帯をヴィオツィーレンに手渡した。

「たださすがに初めての場所だから、繋げるのに少し時間はかかるけどね」

ヴィオツィーレンがそう言って目を瞑ると、周囲に仄かな光が満ちていく。
そのまま数十分経つと、光が円の形を描いて収束していき、一気に光が強まったと思った瞬間、形状は一変していた。
先ほどの光の円の所には、駐車場の景色が映しだされていた。あまりにも非現実的な光景に、思わず息を飲んでしまう。

「……もう大抵の事には慣れたつもりだったけど、これは正直驚いたわ。実際に見るとヤバいな……」

「ま、"稀少種"、エクスツェントリシュだしね。その名は伊達じゃないってことよ」

置いていた手荷物を持ち、靴を履いて円の前に立つ。
あとはこのまま足を踏み出せば無事帰ることができる。
だがその前に、一つ聞きたいことを聞いてからにしよう。

「……アンタ、さっきまで敵だったってのに、随分切り替え早いんだな」

「ナハトに騙されたってのと、クロちゃんを傷つけた怒りで、シュタムファータァに対する敵意なんてもうないからね。元々、私は保守派とか革命派とか興味ないし」

「じゃあ何で革命派にいたんだよ」

「そんなの決まってるじゃない。革命派の方が巨大な派閥だったから、二人を守りやすかった。ただそれだけよ」

実にわかりやすかった。というか、オレもその考えは理解できるし、似たような物だと思う。
オレだって、揺籃という場所に執着がなければわざわざ戦うことを選ばず、皆を説得して島を出ていたかもしれない。
ヴィオツィーレンは場所に執着がなかった。二人がいれば、二人が元気でいるのならば、どこでも良かったのだ。
だから、そこの居場所に裏切られれば移動するのに躊躇いはないということか。実にシンプルだ。

「まぁでも……それにしたって、なんつーかさっきまで敵だった相手に、よく普通に話せるな」

「そりゃ性格の問題ね。気にくわない?」

「いや、そんなことはねぇ。オレもあんまそういうのは気にしないからな」

相手に敵意がなければこっちだって普通に話す。それが例え先ほどまで敵だった相手でも、だ。
それに今回はオレが直接戦ったというわけではないし、あまり敵対していた感覚もなかったからというのが大きいだろう。
オレの言葉を受けたヴィオツィーレンは、少し驚いた表情を見せた後、軽く笑みを見せてこう言ったのだった。

「そ。そりゃ良かったわ」

そして、オレは空間の穴に足を踏み入れ、揺籃を世にも珍しい形で後にしたのだった。




駐車場を出たあと、椎名に連絡を取りさり気ない形で学校連中と合流することが出来る手はずとなった。
身近な人間にはオレがサボったのはバレてるらしいが、先生にバレていないのであれば何も問題はない。
今はホテルにチェックイン後の自由時間らしく、時間までなら好きに出かけていてもいいらしい。
椎名の手腕に感謝しつつ、適当にホテル付近をブラブラ歩く。

「オレ、今回何もしなかったな……マジで行く意味なかったよな。結局シュタムファータァとも話すことすら出来なかったし」

シュタムファータァは"核"を破壊されてはいないものの、セカイを大量に消費したため今すぐには目覚めないとのこと。
修学旅行後までには目が醒めているらしいが、今すぐには目覚めないし、無理にというのは悪影響らしい。
オレも特に話したいことあったわけではないが、ここまで大仰に抜けだしたのが無駄だったとなると、さすがに釈然としない。

「サボった上に骨折り損とか、クソ笑えねぇ」

「何が骨折り損だったの?」

ふと後ろから声が掛けられる。誰もいないと思っていたため正直かなり驚きながら後ろを振り返る。
そこにはピンク色の髪をツインテールに縛った少女が、人懐っこそうな笑みを浮かべて立っていた。
神崎志帆。たしか委員長こと宮部の友達で、屋上から自殺と勘違いしてひと騒動あった少女だ。

「うおっ!……と、神崎か。久し振り、になるのか?」

「そうだよもう! あの時喫茶店であんな別れ方してから一度も喋ってないもん」

不貞腐れたような表情で言う神崎。そう言えば、喫茶店で一方的に別れてから喋っていなかった。
宮部とは同じクラスだったから機会はあるが、神崎は隣りのクラスだ。中々会う機会はない。
それにそこまで親しくもない相手だから、正直忘れてた。

「いや、あん時はマジで悪かった。急な事情があったんだよ」

「あと安田くん、学校でも私のこと無視するし。声掛けてるのに」

「すまん、それは普通に気付いてなかった」

無視……したか? たしかにオレはそこまで愛想が良い方じゃないが、さすがに話しかけられて無視はしない。
オレに覚えはないが、神崎がこう言っているのだ。大方松尾とかと話していて気付けなかったのだろう。
覚えがないのは事実だが、無意識に無視と思わせてしまった可能性もあるので素直に謝ることにする。

「気付いてなかったって……まぁいいけど! それで、何が骨折り損だったの?」

「あー……、ちょっとこっちのATTはどうなってんかなって思って抜け出してみれば、どこのゲーセンにも筐体が無くてさ。サボったのにこのオチかよってな」

……自分で咄嗟に言い訳に使っておいてなんだが、ホントにゲーセンに行っておけば良かった。
この地域のATTユーザーの実力も気になるし、色々と楽しめそうだと思う。
最近行けてなかったし、良い機会だ。この修学旅行中に一度は足を運んでおこう。

「せっかくの修学旅行なのにゲームセンター行ってたのー? 勿体ないよ!」

「オレにとっちゃ動物園より楽しいさ」

「む、じゃあさ安田くん。前の喫茶店の埋め合わせということで、これからちょっと二人でデートしよっか!」

神崎が満面の笑みを浮かべてそう言いながら、オレと距離を詰めてくる。
いきなり言われたことと、神崎の迫力に思わず後退ってしまう。

「いや、意味わからねぇ。というかもうすぐ点呼だろ?」

「今までサボってたんだから少しくらい大丈夫だよ。ね、安田くん……?」

「っ……おい、神崎っ……!」

こちらに手を伸ばしてくる。この距離じゃ避けることも出来ないし、突き飛ばすなんてもっての他だ。
内心危機感を感じながら眼は神崎の瞳に吸い込まれるように外せなかった。そのまま、時が過ぎるのを待つだけかと思われた、が。

「おーっと!そうはさせんぞ神崎志帆!」

その言語と共にいきなり後ろから肩に手を回され、一気に引き寄せられる。
後ろから手を回されているため、あまり身体の自由が利かない状態ながら首を後ろに向けると、それは予想だにしなかった人物だった。

「って、伊崎!?」

「伊崎くん!?」

伊崎孝一。千尋や千春と同じオレの幼馴染の一人であり、兄貴分のような存在。
そして、何故かリーゼンゲシュレヒトのことを知っている。そのことについては、未だに聞くことが出来なかった。
その伊崎の顔が、今眼と鼻の距離にある。男にここまで顔を近付けられると、いくら相手が美形であろうと気持ち悪い。

「はっはっは。酷いじゃないか俊明……ATT全国ランカーであり、お前の幼なじみの俺を誘わないで一人でATTだなんて。そして女の子とデート……だと……」

悲しげな顔を向ける伊崎を無視してなんとか拘束を解こうとするが、伊崎の身体能力に敵うはずもなかった。
こういう時自分の運動不足に後悔するが、今更仕方のないことではある。

「お前、顔近ぇよ」

したり顔な伊崎に思いっ切り睨みつけるようにそう言う。
だが、伊崎はオレのツッコミを無視しながら一人で勝手に語り続けた。

「そんな羨ましい事は断じて許さん!よって、修学旅行実行委員長権限としてお前を連行するぞ俊明!」

「むー、伊崎くん。ちょっーと空気読めてないよ! 今いい雰囲気だったのに」

「いや、それはないわ」

良い雰囲気では全くなかった。むしろ危機感を感じていた。出来たら逃げたかった。
神崎の意図が理解できずオレは困惑していたのだ、正直伊崎には感謝したいくらいだ。

「すまないな神崎。俊明はこれから俺と二人で一緒に遊ぶんだもんな!」

「お前単純に暇だっただけだろ」

こういう事がなければ素直に感謝したいのだが、昔からこの男は一つ余計なことをしてオレを助ける。
助けてくれるのは有り難いが、たまには素直に助けることだけをして欲しい。
……まぁ、もう十年来の付き合いだ。それが今更無理だということは当にわかってはいるのだが。

「そんなことはない!お前だけ遊んでてズルいとか実行委員長だから中々遊べないからだとかそんなことは断じてない!」

肩に回していた手が外され、身体の自由が戻ったことに安心してふと息を吐いた瞬間、手首を掴まれる感触。
伊崎の手が、オレの手首にがっしりと掴んでいた。勿論、オレの力でそれを外すことは無理なことはわかっている。
だんだん嫌な予感がしてくる。そして、それは得てして当たるものでもある。お約束と言ってもいいだろう。

「というわけで神崎、すまないが俊明は俺がもらった。次のクラス行動の時にまた会おう!さらば!」

「おい伊崎てめぇ引っ張るなっうわあああああぁぁぁぁ……」

嫌な予感は見事に的中。呆気に取られた神崎を置いて、伊崎はオレの腕を掴んで物凄いスピードで走っていく。
……なんというか、今日は散々な一日だった。サボってるオレが言うのもおかしいが、普通の修学旅行を送らせて欲しい。
そんなことを思いながら、オレは伊崎に付いていくために必死に走らざるを得ないのだった。





駐車場付近の路地。先ほどまで二人の少年がいた所には、今は女の子一人しか残されていない。
その少女はしばらく呆気に取られた表情だったが、やがてその表情は苦笑いへと変わった。

「……はぁ。あと少しだったのに、本当良いタイミングで来るんだからなー伊崎くんは」

少女の赤い瞳が、二人の消えた方向を見据える。
表情こそ笑っていたが、その眼は決して微笑みと呼べる物ではなかった。

「修学旅行中なら大丈夫だと思ったのに。本当に大事なんだなぁ、安田くんたちのこと」

少女は髪を靡かせながら振り返り、先ほどまで見ていた方向と逆に歩き始める。
その足取りは軽やかに、道を進んでいく。

「でも、焦る必要もないよね。"セカイの意志"は安田くんたちがなんとかしてくれそうだし」

その呟きは、街の喧騒で誰にも届くことはない。絶え間なく移り変わる人の波へと流されていく。
誰も彼女の言葉に反応する人物はいない。少なくとも、今は、まだ。

「どんなに完璧な人間でも、隙は必ずある。私はマイペースにゆっくりと進めるね、伊崎くん。ふふっ」

そう楽しげに呟くと、彼女は軽やかな足取りのまま、彼たちとは逆の道を歩いて行った。

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