2009/09/29 nagasima
THBT it is finally time to expel Myanmar from ASEAN.
ついにミャンマーをASEANから除名する時が来た
ミャンマーの軍事政権
1962年,軍事クーデターが起こり,以後1988年まで軍事独裁体制が続く。しかし,経済政策の失敗から深刻なインフレを招くなど,ミャンマーの経済状態を悪化させた。1988年に民主化を求める大衆運動が活発化したため,政権のトップは辞任した。しかし同年軍部がクーデターによって政権を掌握。総選挙を公約としたため,全国で政党が結成される。軍部も体制維持のため国民統一党を結成。民主化指導者アウンサンスーチーは国民民主連盟(NLD) を結成した。しかし選挙前にスーチーは自宅軟禁される。選挙の結果NLDが圧勝したが,軍部は結果を拒否し,民主化に対する弾圧を強化する。
2007年ミャンマー反政府デモ
2007年に始まりそれ以降進行中である。抗議の原因は過去2年間で9倍以上に跳ね上がっていたガソリンなどの燃料価格を突然500%も引き上げたことだった。学生と反政府活動家らによる活動は,何十人もの逮捕者,拘留者を出し,抗議のデモンストレーションは軍部によって早急に,厳しく対処された。
Argument
Gov.側
Opp.側
ASEANに加入していることの利点…その地域全体の人口や経済規模が大きくなるため,国が豊かになれる
ミャンマーの経済は困窮している
1,国の主力である稲作が3年続いた天候不順によって96年から減産,停滞を繰り返した。さらに97年度以降は政府の外資不足による化学肥料の供給不足も加わって農業生産自体低調となった
2,ODAの停止による影響
3,97年のアジア経済危機からの影響※
経済状況を悪化させないためにはASEANに加入していなければならない
仮に除名されると,国民が困窮に苦しむ
※(
http://www.jmfa.or.jp/info/edition1.html)
最終更新:2009年09月30日 22:27