ジャーナリストの署名

THBT newspaper journalists should sign their names on their articles.
新聞記者は自身の記事に署名すべきだ。


①現状分析・基礎知識

  • 記事には署名記事と無署名記事がある
署名のある記事は署名記事と呼ばれる。署名の有無はその記事の中に記者の視点が入っているかどうかによって決まり、ストレート記事には署名を入れないのが原則である。しかし解説や分析記事では記者や識者の意見・視点が含まれるので署名記事になる。フィーチャーも記者独自の観点からテーマを決めて書くため、書き手の署名が入る。
(ストレート記事・・・日常で起こっている事故や事件を伝える。記者が実際に取材して書いた記事のほかに、記者会見やプレスリリースで発表されたものを記事化したものがあり、これらは事実を伝えることを使命とした記事で、書き手の意見や詳しい解説は含まれないのが普通。
フィーチャー・・・読み物記事とも。ニュースほど速報性はないものの、より詳しい内容で事件や事故を掘り下げたものである。スポーツでいうなら、選手個人にスポットを当てた人物紹介記事などがフィーチャーの代表的なもの。)

  • なぜ署名をするか
新聞は事実を伝えることが第一の使命だが、同じ事実でも視点を変えればいろんな考え方が可能である。それに対して「記者はこう考える」「このような視点から事件を検証する」といった意見の提示が署名記事の意味するところで、自分の視点や観点を記事という形で提示することに責任を持つために自らの名前を記事に付記する。記者は署名記事の中で自分の意見を述べる際には、それが正しいことを客観的に証明できるだけの材料を集めなければならず、こうすることによって記事に込められる視点が「私見」とは異なるものになる。そして、それに対する反論や異論は受ける用意がありますという覚悟が署名には込められている。
http://www.japantimes.co.jp/shukan-st/writer/writer_sports/writer_sports.htm?v=034


②問題点

  • 無署名記事が無責任な記事を生む
日本では、代表的なマスメディアである新聞や雑誌で、著者の名前が書いていない無署名の記事が多い。
無署名にする最大の理由は、問題ある記事を書いたときでも、記者個人への責任追求が及ばないからである。組織の内部では、それなりの責任は取るだろうが、外部に名前が出ないことで、失敗した人は生き延びられる。このような体質の業界だと、競争による記者の淘汰が起こらず、レベルの低い人も仕事を続けることができる。個人的に大きな反省もしないので、問題のある記事を何度も書き続ける。また、業界全体として見ると、書いた記事の質が向上しないなどの問題も起こる。さらに、個人への責任が生じない世界に長くいると、質の高い記事を書けるようになる可能性も大きく減る。業界全体では、レベルの低い記者の割合がどうしても増えてしまう。つまり、業界自体のレベルが低下する可能性もでてくることになる。
http://www.st.rim.or.jp/~k-kazuma/JC/JC153.html


③Argument

Gov.
  • 無責任な記事を書かせない、記事に責任をもつ
  • 競争による記者や業界の質の向上
  • 読者の安心感
  • 特定の記者にファンがつく

Opp.
  • 情報源が分かってしまう(プライバシーや機密事項が危険?)
  • 記事は新聞社名で出しているから署名は必要ない
  • 記者の意見が過度に非難される可能性(→読者ウケのいい記事しか書けなくなる?)

Opp.の意見がパッとしません・・・

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最終更新:2010年03月07日 11:13
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