TOUCH ~触れ合った人々の些細な問題~

長い夜、長い朝

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「もう12時だな」
有馬浩之がそう言って、あくびをした。日下部悠太は有馬のあくびを貰ってしまい、慌てて口元を押さえる。
二人のホテルマンは、フロントに立って4時間になる。さすがにこの時間になると、フロントに訪れる客はほとんどいない。ロビーにだって客はまばらだ。
「今日のナイトは誰だっけ」
日下部が訊く。有馬は手元の資料を見て、「小林さんだ」と言った。ナイト担当の小林マネージャーは、今はまだ仮眠室で夢の中だろう。彼のシフトは1時からである。
「そう言えば、小林さんなんだけど」
「うん?」
「そろそろ子供産まれるらしいぜ」
「マジで?」
「女の子だってよ。奥さん綺麗だから、奥さん似だったらいいなぁ」
確かに小林マネージャーの奥さんは美人で、大学時代では学内のミスコンで2年連続グランプリに輝いたという話だ。
「あー、俺も子供ほしーなー」
有馬はそう言って椅子に座った。日下部は立ったままだ。いつ客が来るかわからないからである。
「お前、彼女いるじゃん。」
「だってアイツ、子供嫌いだもん。その癖保育士見習いだぜ? 詐欺みてぇなもんだよな」
「はは、お前も大変だな。俺は気楽な独り身だ」
「お前、その発言はジジイだよ」
「ジジイでいいよ。俺はもう少し独りでいるよ」
「お前はそれが似合ってるわ」
有馬は笑いながら立ち上がる。
「2番行ってくるわ」
2番とは、トイレのことだ。
「いってら」
日下部は有馬の背中を見送り、カウンターに向かった。

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