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ビューティフル・ワールド 第四話 狂気

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――――リヒトと子供達の姿が廃工場から立ち去って数時間後。すっかり日が暮れ、淡い月明かりが、無感情に廃工場内を照らしている。

目の奥で閃光が走る。まるで二日酔いの朝の様な強烈な頭痛。どうにか歯を食いしばりながら、グスタフは起き上がった。
相当な時間、気絶していたようだ。記憶が飛んでいる。しかし頭痛が引いてくると共に、おぼろげに記憶が蘇ってくる。

そうだ……リヒト、リヒトエンフィールドという名の男だ。
大事な取引を身分を騙ってふいにした挙句、「商品」――――子供達を根こそぎ奪った憎き男。
それもだ、確かヘ―シェンというオートマタを使い、野良オートマタを一機残らず倒してしまった。そうだ、一機残らずだ。                      
記憶が鮮明に、かつ明確になっていく内、グスタフの胃の中でムカムカしたモノが湧き出てくる。無駄だと分かっていても「商品」を探すが、やはり人っ子一人いない、

……野良オートマタ? グスタフは無意識にそのワードを口にした。するとものの数秒経たない内に、グスタフの顔がみるみる青ざめていく。
グスタフは思いだす。破壊された野良オートマタは野良という体裁は取っているものの、実際は野良ではない。借り物だ。
ある男に、もしもの時の保険として借りておいたのだ。闖入者に対するカウンターとして。ある男はグスタフのそれに対して、気前良く8体ものオートマタを貸した。

ただし、一つだけ条件がある。絶対に傷を付けず、なおかつ汚れも無いちゃんとした状態で返す事……もしも破れば、それ相応のペナルティがある、と。

グスタフに野良オートマタを貸し出したその男は、グスタフらの生きる黒い業界では、オートマタのディーラーとして広く名が知られている。……危険な男という意味で。
男の名は……その時、何かを蹴り上げて、地上に着地する音が廃工場内に響いた。グスタフはビクっとして、その音のした方向へと体を向ける。
同時に、股間にダメージを負った紫スーツを除き、沈黙していた手下達が、ふらつきながらも立ち上がる。
しかし、既に手下達の顔からは戦意は喪失しており、早くここから逃げたいと言った感じで、グスタフに視線を向けている。
……未だに白目を剥いているのを見ると、もしかしたら紫スーツは二度と立ち上がらないのかもしれない。

何者かが、グスタフの元へと歩いてくる。音が近づいてくる度、グスタフの額に異常な程流れる冷や汗。
やがてグスタフの前に、何者かが月明かりに照らされて、その姿を現した。

その人物は長身の男、だ。ウェーブがかった漆黒の黒髪に、口元に生えている不精髭は、奇妙な事にだらしなさを感じさせず、むしろ色気さえ漂う。
そしてグスタフを真正面から捉える目は、鋭く、それでいて理性と凶暴性を兼ね備えており、肉食獣の王者――――ライオンを彷彿とさせる。

体よく整った薄い口元に若干の――――意地の悪い笑みを浮かべる。獲物を喰らう前の肉食獣の如く。
男の体を覆う赤茶色のロングコートからは、今まで男がどんな人生を歩んできたかを感じさせてくれる、乾いた血の匂いがする。
夜風が吹き、コートがバサバサと靡く。その中から見えるは、細身ながらも一切の無駄無く、完璧なまでにシェイプアップされた男の肉体だ。

しかしこれらの特徴はあくまで前提に過ぎない。男の最大の特徴は――――左腕が、消失している事だ。
本来、普通の人間にある筈の男の左腕には、ブラブラと垂れ下った袖が靡いては返る。しかし男はそれが当り前の様に気にも留めない。
不気味な笑みを浮かべたまま、男はグスタフに対して一言目を発した。

「一部始終、見させてもらった。俺が言いたい事は分かるな?」
「オ、オルバー……」

顔を青ざめ、冷や汗を掻きながらも軽く体を震わせるグスタフと、グスタフを笑みを浮かべながら見下す男。それをただ見ている手下――――否、違う。
先程まで伸びていた紫スーツが、ハッとして起き上がった。だらしなく零れている涎を腕で拭い、紫スーツは視点を右往左往し、グスタフを見つけた。
そして何かを察したのか、右手を背後に回すと、スーツの後ろポケットに入っている折り畳みナイフを取り、収納していた刃を引き出し、強く握りしめた。
一歩ずつ足を進める男に、グスタフは後ずさりする。意図してかは分からないが、男が歩く度に、グスタフは壁際へと追いつめられていく。
焦りからか、背後に注意していなかったグスタフが壁にぶつかった。その目は捕食されようとしている小動物の様に、恐怖に慄いている。

「本気で戦ってあのザマか。言っておくが、野良オートマタ共に一切の不備は無い。全てはお前のミスだ」
「ち、違うんだオルバ―……その、なんだ、知らなかったんだ……あんな野郎が取引相手を装ってたなんて……だから……」
「お前が幾ら騙されようが俺には関係無い。だがな、俺の貸した商品をあそこまで傷物にするって事は、どういう意味か……分かるよな?」

決して気付かれぬ様、紫スーツは忍び足で、男の背後へと近づく。男はグスタフを追いつめて問答している為か、気付いていないようだ。
男の真正面に立った紫スーツは、折り畳みナイフを持った両手を腰元へと持ってくると、低く体勢を取る。このまま男の背中を刺すつもりだろう。

「さて……どうケジメを付ける? 8体分の修理費は安くは無い事は、お前が一番分かっている筈だ」
「頼むオルバ―、話を……話を聞いてくれぇ……」

と、グスタフは気付く。男の背後でナイフを構える、紫スーツに。紫スーツもグスタフに気付き、親分を救いだす為に俺頑張りますよ! 的な感じで表情を引き締める。
だが、何故かグスタフは紫スーツに対してはっきりと険しい顔を浮かべ、なおかつ激しく首を振った。おい馬鹿今すぐやめろと言いたげな表情だ。
しかし紫スーツにはそれが、今すぐ助けを求める怯えた表情に見えた。紫スーツは力強く頷くと、男に向かって走り始める。次第に縮まる距離。

そして。今にも男が刺されようとしているのに、冷やかに上から見つめる琥珀色の目の少女。後数歩で、ナイフが男の背中に突き刺さる――――その時。

「――――雑種が」

男がドスの利いた声でそう呟き、舌を打った瞬間、紫スーツが握っていた折り畳みナイフが、宙を舞い、虚しく地上にカランっと音を立てて落ちた。
男は体を回転させ、長身を際立たせる長い脚で、折り畳みナイフに向かって回し蹴りを放っていた。だが紫スーツには蹴られたという感覚は無い。
それもそうだろう。何故なら男の攻撃に、一切音が無かったからだ。紫スーツはおろか、他の手下も、グスタフでさえ何が起こったのかが分からない。

回転蹴りを決めた男の姿は、まるで彫刻の様に美しい。グスタフも手下も、紫スーツも時間が止まったかのように動きが停止している。
はっとして、紫スーツが動こうとした途端、男の動きが視界から消え――――瞬間、紫スーツが体ごと、地面に叩きつけられた。

「なっ……」
男からの攻撃を、紫スーツは全く認識出来なかった。気付けば自分の体が地面に横たわっており、なおかつ男に顔を踏まれていた。
喜々とした面持で、男は紫スーツの顔を踏みつけている足に、力を加えていく。男が力を込めていけばいくほど、紫スーツの顔が醜く歪んでいく。
あまりの激痛に紫スーツは男の足を叩くが、男は更に力を加えていく。ブチリと、耳を背けたくなるような、何かの音が響いた。
紫スーツは涙と血を垂れ流しながら、遠くなっていく意識の中、必死に男の足を叩く。だが、それに反して、男は力を――――。
瞬間、強烈な破裂音と共に、男のズボンを、おびただしい量の血液が赤黒く染める。目の前の凄惨な死体に男は

「……はは、ははは、ははははははははは!!」


と満面の笑みを浮かべて笑った。
周りの手下達はただ、紫スーツが男に異常な方法で殺されているのを見ているしかなかった。それは何故か。体が動かないからだ。

男が放つ、この世の人間とは思えないおぞましいオーラに。この異常な光景も露知らず、少女は退屈そうにあくびをした。

紫スーツを踏んでいる男の足に、形容出来ない柔らかい感触が走る。もはや紫スーツの顔は、見るも無残な姿へと変わっており原型すら無い。
べチャリという音がして、男は靴底を見る。紫スーツだったモノの眼球がへばりついていた。男は舌打ちすると、靴底を地面に叩き付け、擦り潰した。

手下の一人が、紫スーツの変わり果てた姿に耐えきれず、膝を付いて嘔吐した。他の手下達はただ、紫スーツの骸に虚ろな目を向けている。
男がふと、忘れていたのか、グスタフを追いつめた壁に目を向ける。しかし時既に遅く、グスタフの姿が消えていた。
恐らくというか、自分だけ助かる為に廃工場から逃げたのだろう。男は舌打ちして、紫スーツの骸を蹴り飛ばした。ゴロゴロと闇の中に骸が消えていく。

と、男は周りの手下達を一瞥すると、再び口元に――――笑みを浮かべた。

「くそ……くそったれ!」
息を荒げながら、グスタフは必死に廃工場から疾走する。手下がどうなろうが知った事じゃない。俺さえ生き残れれば、それで良い。

グスタフは思う。あの男――――ライオネル・オルバ―はやはりヤバい人間だった。どうして俺は……あの男に関わってしまったのか。
ライオネルに関する噂は腐るほど聞いた事がのに。契約を無視したり、野良オートマタを壊した人間は、仲間含め全員、皆殺しされると。
また、マフィアやギャングという一大勢力でさえ、その凶暴性故に手出しは出来ないと。幾らなんでもオーバーなんだと、俺は笑い飛ばしていた。
それに何故かは知らないが、他のディーラーに比べて貸出料が異様に安いのもあったかもしれない。何故安いかは分からないが……。

――――だが、ライオネルと対峙した瞬間、今更ながら思いだす。
俺は昔、ただのギャングの下っ端だった頃、ライオネルが邪魔してきたギャングを皆殺しにするのを見た事があった。
そう――――あの意地の悪い笑みを浮かべ、次々と凄惨な方法で、殺していくのを。

「……ここまで……逃げれば……」
グスタフは息を整える為に走るのを止めた。夜である事もあって、すでに廃工場は見えない。見えないが、とにかく遠くまで走って来た事は確かだ。
かなりの距離を走ったと思う。このまま1日くらい歩けば、適当な街が見つかるだろう。幸い、金なら沢山ある。
落ち着いたらまた再び、同業者を募れば良い。一先ず今日の事は全て忘れよう。あの男ととも、二度と関わらない。

一応後ろを振り向くが、人の気配は無い。グスタフは胸を撫で下ろし、再び歩き出そうとした。

「手下を置いて敵前逃亡か。笑わせるな」
突如後ろからあの男――――ライオネルの声がして、グスタフは反射的に振り向いてしまった。
次の瞬間、グスタフはライオネルによって首を掴まれると、締め上げられながら天高く、持ち上げられた。
頸動脈が締められ、満足に息が出来ない。グスタフは只、ライオネルに視線を向ける事しか、出来ない。
「あのガキも少しは人を見る目が身に着いたようだな。確かに三流の屑だよ、お前は」
そう言いながらグスタフを絞め上げるライオネルの右腕は、細身の体に反して異様な程に盛り上がっていた。
浮きあがっている血管と怒張した筋肉の塊は、ライオネルの雰囲気と相まってどこか人間離れしている。まぁそれもそうだろう。

右腕一本のみで、グスタフを持ちあげているのだから。並みの腕力ではない。

「それとな、お前の手下は全員あの世行きだ。あちら側でせいぜい詫びるんだな」

グスタフの顔が恐怖に慄く。最後の抵抗をしようと体を動かそうとするが、もはや意識が遠のいていき、視界が真っ白に染まる。
数秒後、太いパイプが折れる様な音がして、グスタフの首がガクンと項垂れた。ライオネルは乱暴にグスタフを放り投げる。
と、後ろにあの杖を入れているのか、身の丈ほどの大きなギターケースを担いだ少女が、ライオネルに話しかけた。

「お仕事終わった?」

少女の言葉に、ライオネルは振り向くと、今までの狂乱ぶりから一転、無表情で答えた。

「帰るぞ。醒めた」



                            ビューティフル・ワールド

                         the gun with the knight and the rabbit


「つまり! 要約すると、皆さんは未来人という事ですね! 分かります!」
キラキラと目を輝かせて、リタがテーブルに身を乗り出してそう言った。リタの反応に、女性は嬉しそうに笑う。
やおよろずの面々に既に適応している、むしろ適応しすぎている女性と違い、まだ少女と青年は緊張しているのか表情が硬い。

黒髪の少女との契りが終わった後、三人はルガ―達と共に下のリビングに降りて、夕食が出来るのを待つ。
少女が黒髪の少女に夕食の用意を手伝いますと言ったが、黒髪の少女は優しげに微笑み、今日は疲れているだろうから休んでいて下さいと返した。
三人はそれぞれ、黒髪の少女が用意してくれた服に着替えており、偶然にも三人に丁度ぴったりのサイズである。

台所では、ルガ―と黒髪の少女が今日の夕食であろう料理を作っている。
何時にも増して大人数の為、今日の料理は大鍋を使用しており、グツグツと煮込まれている大鍋の中の料理からは、湯気と共に実に食欲をそそる匂いがする。
食事が出来る間、リタとライディース、それに遥と、未来人こと三人は親交を深める為、しばし会話を交わす。内容は無論、三人が居た世界についてだ。
ちなみにリヒタ―・玉藻・ヘ―シェン及び、オートマタの事については……。
いきなり説明すると驚かせてしまうだろうと言うリヒタ―の提案で、誰かが自分達を紹介するまで待機している。玉藻はリヒタ―の提案に少し不満げだが賛同した。

「そう。巨大ロボット同士で闘い、自由に宇宙旅行する……そんな世界よ」

女性がリタ達にそう説明するのを少女と青年は静かに聞いているが、内心分かっている。
あくまで明るく話しているが、実際に起こっている事――――戦争については話さない様にしている事に。恐らく女性も、真実については話したく無いのだろう。

「凄いな……あまりにも話が大きくて、上手く想像できないよ」

女性の話に、ライディースは眼鏡をクイっとして感嘆の息を漏らす。普段は割りかしクールな目線で物事を見るライディースだが、女性の話には素直に興味深々と言った具合だ。
ふと、青年が遥の顔をチラチラと見ている事に気付く。何か自分も話を切り出そうとしているが、どうも浮かばないようだ。
女性の話を聞いていた遥が、青年の視線に気づき、ん? と青年の方を向く。が、青年は照れ隠しの為か、遥から視線を逸らし、俯いた。
「あ、そうそう……そういえばさっきから不思議に思ってたんだけど」
ライディースがそう言って、女性に疑問を投げかける。

「あのパイロットスーツ……で良いのかな。ここに運んできた時からベットに行くまで、全く汚れてなかったのは何でかな? 
 草原の上とはいえ、多少は汚れると思うんだけど。下らない質問ですまない」

ライディ―スの疑問に女性はふむふむ……と頷くと、分かったわと言って何処からか一枚のカードを取り出した。
両面透明で、何か文字が打たれている不思議なカードだ。女性はそのカードをテーブルの中央に置いた。

するとそのカードの面から何かが空中へと浮かんできた。ホログラムだ。思わずライディースと遥が驚いて身を反らす。
対照的にリタはおぉー! と声を上げて、カードから出てきたホログラムに、一層目を輝かした。

映像には女性が来ていたパイロットスーツであろう、衣装が映し出されている。大きさにして10㎝程度。
何と表現したらいいか、そのパイロットスーツはボンテ―ジを彷彿とさせるデザインで、赤色と相まってなかなか刺激的だ。
女性は人差し指でその衣装を回しながら、やおよろずの面々に説明し始める。

「まず、これが私のパイロットスーツね。結構良いデザインでしょ? さて、ライディース君のなぜなにについての答えなんだけど、至極簡単。
 私達が来ているパイロットスーツには特殊な加工が成されててね。ちょっとの汚れはおろか、そんじゅそこらの銃じゃ傷つかないほどの耐久性なのよ。

 まぁ、流石にマシンガンレベルの銃が相手じゃちょっと危ないけどね。そうだ、面白いもの見せてあげる」

続けて女性は、耳を二回軽く叩いた。すると女性の両耳を半透明の物体が覆い、やがてその物体は黒いヘッドホンとして実体化した。
目の前で起こった事に、遥とライディースは狐に包まれた様な唖然とした表情で女性を見つめ、リタはおぉぉぉぉ! と声を上げ、少女マンガに出てくるキャラ並みに目を輝かせた。
やおよろずの面々の反応に、女性は期待道理といった感じで堪えた様に笑う。

「……どういう事なんだい?」
ライディースが恐る恐る、女性に説明を求める。その反応に女性はヘッドホンを軽く二度、トントンと叩いた。
するとヘッドホンの輪郭が次第に薄くなっていき、やがて煙の様に消えていった。遥とライディースがただただポカンと、口を開けている。

「御覧の通り、種も仕掛けもございません。あるのはちょっとした科学力だけ。……っと、ちゃんと説明しないと駄目ね、ごめんなさい」

「私達の世界では、こういう風に物体を自在に出したり消したり出来るの。小難しい言葉を使うと圧縮転送って技術が発達しててね。
 貴方達が見たあのロボットは普段、銃として圧縮転送……つまり、普段は銃として使っているのよ。非戦闘時には」

「……すまない、なんというか現実味に欠けてて上手く言えないんだけど……あんな巨大なのがその……銃になるってのかい?」
「ええ。ついでに言うと、私達が着てたパイロットスーツにも圧縮転送が使われてて、何時どんな状況でも私服や制服に着替える事が出来るわ」

女性の説明に、遥とライディースは心もとなさげに頷いた。やはり現実感が欠けている、いや、欠けすぎていて理解し得ないのだろう。
それを察してか、女性はテーブルの上のカードをしまい、もう一枚別のカードを懐から取り出した。両面白色のカードで、縁に英語で花という文字が打たれている。

「いまから圧縮転送の一例を見せるわ。よーく見ててね」
自然に女性の手元にやおよろずの面々の視線が集中する。リタと言えば、先程から未知の技術に心がときめき過ぎているのか凝視して全く動かない。
そして女性は、手品を見せる前の手品師の様に、カードを挟んで三人に見せながら口元に寄せて、唱えた。

「トランス・インポート」

瞬間、カードから白い雲の様な煙がほわほわと女性の手元を隠した。煙が晴れると、驚くべき事に女性の手元に鮮やかな色彩の花束が握られていた。
遥は呆然というか、呆気に取られた表情で拍手している。うおぉぉぉぉぉ! とリタはサルの様に飛び跳ねてオーバーに驚くと、女性に花束を見せて欲しいとねだった。
女性は嬉しそうに笑いながら、リタに花束を渡す。ライディースとリタがその花束が造花ではないかと、匂いや感触を確かめる。
……が、どう見てもこれは本物の花だ。ちゃんと花特有の心安らぐ香りがするし、少し湿った感触。この感触は、造花では出せまい。

「実はこの花、その男の子……隆昭君って言うんだけど、彼が試練を乗り越えた記念に、男になったのを祝って用意したんだけどね。


 隣に居る女の子……メルフィーとラブラブしてたから、渡しそびれちゃった」

女性の余計なひと言に、やおよろずの面々の視線が花束から少女と青年に切り替わる。とてもつない早さで。
あまりにも唐突な女性の振りに、青年が激しく咳き込んで、慌てて立ち上がった。その慌てぶりは尋常ではない。
少女と言えばかなり照れており、顔を真っ赤にして誰とも目を合わせない様に俯いている。

「ちょ、ちょっとスネイルさん! 何言ってるんですか! ラブラブって……」
「あら? 私は事実を言ったまでよ。あのホテルの一件は熱かったわね―。歌ってくれ。未来の為に。だっけ」
「ちが、いや、アレは違います! アレはその、メルフィーを励ます為に……って、何勝手に人の会話盗み聴きしてるんですか! 犯罪ですよ!」
「壁にスネイル障子にスネイルって知らない? そういう事よ」
「訳分かりませんよ!」

「……何というかライみたいだね。あの隆昭って子」
「えぇ。まるでライディースさんの御兄弟みたいです」
女性と青年の不毛なやり取りに、遥とリタは小声でそう言った。無論、ライディースには一切聞こえていない。

「ちょっと良いかな」
二人の会話も露知らず、ライディースは明るい声で女性に再び話しかける。会話を切ってくれたライディースに、青年は内心感謝した。

「貴方達が未来から来た事は重々理解できたよ。わざわざその貴重な技術まで見せてくれて……どう感謝すれば良いのやら」
「良いのよ、別に減る物でも何でもないしね。何時かパイロットスーツの方も見せてあげるわ」
「それは嬉しいな。でだ、僕達はまだ、貴方達の名前を知らない訳だが……そろそろ教えて貰っても良いかな」

ライディ―スの提案に、遥とリタは小さく頷く。特に遥は動作は小さいものの、先程からずっとその事が気になっていた。
今後どれだけ一緒に過ごす事になるかは分からないが、名前は知っておきたい。そうすれば少しは今より距離が縮まるかもしれない。
女性はそうね……とひょうきんな態度から一転、神妙な面持ちになった。少女もと青年も、顔を上げてやおよろずの面々に向き合う。その時だ。

<いい加減くたびれたぞ。何時まで待たせる気だ>

少しイラついている女性のドスの利いた鋭い声がして、青年はビクっとする。どこからその声がしたのかを探していると、テーブルに視線を戻して、ビビる。
何時の間にかテーブルの上を杖がグルグルと回っている。いや、飛んでいる。いや、浮遊している。青年は思わず驚いて叫んでしまった。
「うわっ! 杖が飛んでる!」

<いきなりこの私を杖呼ばわりとは失礼だな……貴様>

「しかも杖が喋った!」

<だから杖と呼ぶな!>

杖――――もとい玉藻が、三人をチェックするように空中で静止する。そして女教官の様なハリのある声で、三人に言った。

<私の名は玉藻・ヴァルパイン。このやおよろずを取り仕切っている古参であり、オートマタの一機だ。それは後説明するとして……。
 貴様達が何者かであるかは把握した。少なくとも嘘や出まかせではない事は信じよう。だがこの世界にはこの世界のルールがある。
 良いか? 貴様達が今までどう生きてきたかは知らんが、この世界に居る以上、この世界のルールに従って貰うぞ。それがしきたりだ。分かったら返事をしろ> 

「はい!」
「分かったわ」
「は……はい」

少女と女性に比べ、どうにも青年の返事の歯切れが悪い。玉藻は青年に体を傾けると、喝を入れた。
<貴様! 返事はどうした!>
「は、はいぃ!」

玉藻の新人への喝入れを尻目に、リヒタ―が遥に近づき、ちょっと心配気味な声で聞いた。
<マスター、あの三人、悪い人間ではなさそうですが……信用に値しますか?>

リヒタ―の質問に、遥は小声で答える。
「うん。まだもう少し付き合ってみないと分かんないけど……多分、良い人だよ」

遥は思う。ここまであの三人を運んできて良かったと。もし助けて無かったらと思うと、とても胸が痛くなる。
前より生活が幾分騒がしくなりそうだが、そのぶん楽しい生活になりそうだ。なりそうだが……。

なんだろう……この妙な胸騒ぎは。

「たーまーちゃん、いきなりそうやって新人さんを怖がらせちゃだーめ」
<む……まどか。……お前が言うなら>

可愛らしいエプロンに身を包んだ黒髪の少女が、テーブルの上に大きなテーブルマットを引いた。
黒髪の少女にそう言われて、玉藻は先程の威勢はどこへやら、殊勝にも壁際に寄り添って静かになる。
後ろからこれまた可愛らしいひよこエプロンに身を包んだルガ―が、大鍋をもってドンっと、マットの上にお玉の入った大鍋を置いた。

「おぉ、今日はシチューですね! この香り……クリームシチュー!」
「って、匂いだけで分かるのかよ!」

「あのライディースって人……隆昭さんみたいです」
「彼、良いツッコミのセンスよ。鍛えれば無限大に伸びるわね」
女性と少女が小声で会話しているが、青年にもライディースの耳は届いていないようだ。むしろ青年は空腹の為か、大鍋に入ったシチューに気を取られている。
と、リタの手に握られている花束に気付く。そして花束から、女性に目を移す。女性は微笑んで、ルガ―に行った。

「私からのちょっとしたプレゼントよ。出来たら、花瓶に入れてくれると嬉しいわ」
「小粋なプレゼント、感謝するよ。食卓が鮮やかになりそうだ」
それから黒髪の少女とルガ―は非常に手際よく、人数分の食器を配置する。女性が出した花束は、綺麗な花瓶に入れられてテーブルを彩る。

「あれ? 何か一人分多くないですか?」
ふと、気になって青年が質問する。確かに遥の隣に、一人分のイスと食器が置かれているからだ。
青年の疑問に、ライディースが答える

「あぁ、そこにはウチの大黒柱が座るんだ。もうすぐ帰っ……」

「リヒト・エンフィールド、ただいま帰還!」
<ヴァイス・ヘ―シェンもただいま帰還!>

突如、謎の鮮やかな赤毛が印象的な長身の伊達男――――リヒトが、元気な声で叫びながら、リビングへと乱入してきた。
リヒトと一緒に明快な声でヘ―シェンも叫ぶ。ノリと良い戦闘中といい、本当に息の合ったコンビだ。
リビングに入るや否や、リヒトはくんくんと、周りの匂いを嗅ぎ、緩んでいる表情から無駄なくらいキリっとした表情になり、大鍋に向かって指を差していった。

「ずばり! 今日の夕食はホワイトシチューだな!! 俺の予測は当たる!」


言いしれない、痛々しい、虚しい、沈黙が流れる。
<……間が悪いぞ、馬鹿野郎>
あまりにもあんまりなその雰囲気に、リヒトの顔が次第に曇りだし、やがて三人に向かって言った。


「あ~……何かすまねえな、飯前だってのに食卓を冷ましちゃって。で、あんた達は?」


―――――遥か遠く、やおよろずとも、廃工場からもずっと離れた場所で、その作業は行われている。
その場所は言わば厚い雪と氷によって成形された極寒地である。既に真っ暗闇な夜だと言うのに、多くの照明を使って、
照明が照らす中、大量のオートマタと、防寒服で身を包んだ男たちが忙しなく動いている。どうやら何かの発掘作業の様だ。

この現場を、冷淡な目で見ている一人の男が居る。防寒服の中の中から見えるは、衰えよりくる、弛んだ頬と肉体。
顔には多くの皺が刻まれており、相当の年月を生きていた事が分かる。髪と髭は既に白く染まっている。
男は老人である。しかし、だ。姿見は老人ではあるが、普通の老人とは明らかに違う一点がある。

目、だ。その目は野望に燃える若者様にギラついており、しかしそれでいて思慮の深さと知的な雰囲気を漂わせている。
老人は作業現場をただ黙々と見続けている。まるで、今か今かと何かが発掘されるのを心待ちにしている様に。

と、男の背後から、一人の男が歩いてくる。勿論、防寒服を着ている。
防寒服から若干見える男の服は黒く、恐らくスーツであろう。
しかし、グスタフの手下の様な下品な印象は受けない。絶対的に規律を守る、そんな印象を受ける。
男は老人の耳元まで近づくと、芯の通った声で耳打ちした。

「只今、ステイサムが出発致しました。到着は明後日になるかと」
男の言葉に、老人の目が若干見開く。老人は現場を見つめたまま、男に聞く。
「奴の抹消はステイサムに一任しているが……何処の馬の骨に依頼すると言った? まぁ、私には関係ない話だが」
男はズボンから携帯機器を取り出し、パネルに触れると、老人に返答した。



「やおよろずの――――リヒト・エンフィールドという男にです」




                                  第四話


                                   狂気


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