――もうだめだ。
誰が言ったかはわからないが、誰が言ったかなど意味をなさないことである。
誰もが考えていることを代弁してくれているだけなのだから。
“アレ”が現れたのはいつ、どこだったのか。
今年の春、トリステイン魔法学院……らしい。
公式な記録を確認する人間がいないから伝え聞いたかぎりだが、生徒の一人が召喚した使い魔として“アレ”は現れた。
たしか公爵家のご令嬢だったか。二つ名は、なんだったかな……?
身の丈を大きく超える鏡――そりゃそうだ。実際に見たわけあるか。鏡は使い魔の大きさに合わせるらしいからな、大きかったんだろうよ。
奴が一歩踏み出した。たったの一歩だ。あの巨体にふさわしい大きな一歩だったろうが、それだけだ。
踏み出した一歩で、ご主人さまになるはずだった腐れ令嬢も、生徒も、教師も、魔法学院も含めてだ。
きれいさっぱり水晶だよ。あそこは今でもきれいに残ったまんまだと。――さあな、愛着でもあるんだろう。
加減がわからなかったのかね? ほら、聞いたことあるだろう。奴の腹にゆがんだ水晶がついてるって話。
一番最初に自分のまわりまで氷みたいに固めちまった名残だとよ。バカなもんだぜ。
で、そんときにしばらく動けなかったってんで、魔法学院がおかしいなと気づいた人間がお上に伝えてからは……知ってのとおりよ。
全部が全部、水晶でできた学院に魔法衛士隊が向かって総攻撃だ。――どこの隊だったか? ……あー、そうだ。グリフォン隊だ。城勤めの職人が言ってたな。
結果は知っての通り。隊は全滅。唯一の生き残りのワルド子爵も左腕を持ってかれたそうだ。なんでも婚約者が生徒の中にいたってんだからツライだろうよ。
このままじゃあ、世界の終わりだってことで各国に支援要請を出したはいいが、アルビオンは内戦でゲルマニアは足踏み。ガリアとロマリアに至っては返事すらなしときたもんだ。
トリスタニアは陥落寸前。すわ始祖ブリミルもトリステインをお見捨てになったか、そんな話でもちきりだった。
いつからか失踪扱いだった隻腕のワルド子爵が、アルビオンから援軍を連れてきてね。それがレコン・キスタだったから驚きよ! しかも間者だったことを白昼で告白してそのまま出撃だぁ。……しびれたねぇ。
フツーなら裏切り者は処刑だ。――もちろん。そんなことできるわけがねえ。あの人はハルケギニアに必要な人間だからな。
こっから俺達の反撃だ。
尻ごみしてたゲルマニアも参戦して、ダンマリを決め込んでたガリアもロマリアも加わって大戦争よ。――大抗争の方が合ってるって? 違いねぇ。
子爵は混成部隊の隊長となって前線で戦ってたそうだ。
そうそう、思いだした。奴が動きを見せなくなって膠着状態が続いた頃。どっかの詩人が“世界の黄昏”とか縁起でもないこと言ってた頃だよ。
虚無が復活したって話が出てきてな。それも一度に三人だ。その三人と使い魔が、かの魔法騎士隊の象徴となったんだ。
アルビオンのガンダールヴ。ロマリアのヴィンダールブ。ガリアのミョズニトニルンってね。
全面的にじゃないが、エルフとも協力してな。“場違いな工芸品”でなんとかできないかってことになってるそうだ。
――結果? お前も知ってるだろ?
空に浮いた水晶大陸に、動く水晶ガーゴイル。水晶製の始祖の聖典に成金ですら捨てる水晶の鎧。そんでもって水晶の魔法学院。
残ったこの砂漠もだんだんと砂が水晶になってきてる。終わりなんだよ、俺達は。
ん? ――虚無の使い魔ぁ? わかったわかった、教えるよ。つっても魔法騎士団がいっつも歌ってるがね。
神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な“我”の盾。無限にあふれる剣たちと、勝利を約する聖剣で、天飛ぶ我らを守り切る。
神の右手がヴィンダールヴ。心優しき“我”の笛。四肢に宿した幻獣と、光り輝く王冠は、信ずる我らの救いとなる。
神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり“我”の本。ヒトガタ作りし、知恵を持ち、操る我らの兵となる。
――こいつが俺達の希望だ。……希望だったんだ。
そして最後にもう一体。記すことさえはばかられる。神の渓谷。死の世界。
その身は何も寄せ付けず。広げ、侵すは我らさえ。
誰も歩みを止められず。広げ、侵すは陸海空。
如何な方策効きもせず。広げ、侵すは知恵さえも。
しかし、記そう今こそは。
かの者指す名は「究極の一」。
エルフが伝えし名は「O.R.T」。
我らは我らに抗わん。
抗うべきは、かの水晶。
いざ立て、騎士よ。敵を討て。
「月姫」より、『オルト(ORT)』召喚
最終更新:2009年08月29日 21:32