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ビューティフル・ワールド 第十三話 交差

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irisjoker

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真っ青な、空。こんなに空は青かったかなと、俺はぼんやりとした頭で思う。何でだろう、負けたのに清々しい気分だ。

両手を差し伸ばすが、手が届く筈が無い。そのせいか、色んな意味で自分自身の未熟さを痛感する。
完全に先手を取られた。油断していた訳じゃない。マナは使わないとはいえ本気で挑んだが、見事な位手玉に取られてしまった。
と、遮る様に鍛え上げられた大木みたいに太い右腕が、俺に手を差し伸ばす。その手の持ち主はニヒルな笑いを浮かべながら、俺に言った。

「前に会った時より強くなってるじゃねえか。だが、まだまだだ」

顔を傾けると、太陽の逆光が当たって表情は伺えないけど、俺に手を指し伸ばすその男が、白い歯を覗かせて楽しげに笑っているのが見えた。
遠慮なく手を握り、起き上がる。右腕を見ると鍛錬の賜物である盛り上がった筋肉と共に、数多の戦地を掛けてきたであろう多々の傷跡が見えた。
さっきまで俺を遠慮無くぶん投げまくったこの腕は、今は俺を労っている様で優しく感じる。

「前も言った覚えがあるが、お前は何が何でも力で押し切ろうとする所がある。もう少し考えて戦えば、傷は増えなくて済むぞ」
「悪いが俺は力で相手を圧すって戦法が好きでね。細かいのは性に合わないんだ」

俺の返答に、その男はそうかいと呆れ混じりに苦笑しながら煙草を一本取り出し、火を点けた。
煙草の先端から白い煙が蛇の様に管を巻いて、空中へと昇っていき、やがて青空に吸い込まれるように消えていった。

「良いか、エンフィールド。戦いに置いて大事なのは早さや力、技術である事は分かってるよな。けどな、最終的に勝敗を決めるのは」

男は指先に蛍の光の様に淡いマナを集束させると、吸っていた煙草を手品みたいに一瞬で昇華させた。
そして拳を握り、俺の目を真っ直ぐに見据えたまま、心臓の位置をトンっと軽く叩いて、言葉を続けた。

「心だ。エンフィールド、お前はやおよろずを支えていく為にも、そして護る為にもここを鍛えろ。何があっても、折れない心になれ。
 肉体なんざ後から着いてくる。まだお前には可能性がある。その可能性を広げる為にも、心を鍛えつづけるんだ。……何言ってんだろうな、俺は」

「それって、遺言か?」

俺がそう言うと、男は馬鹿野郎と俺を小突き、笑って、言った。

「次に会う時は互いに夢を叶えた時だ。エンフィールド」

「あぁ、ジャック――――」

「っく!」

額、否、全身から滝のような汗を流しながら、リヒトは起き上がった。夢を、見ていた。それもかなり具体的で、リアルな夢を。
しかし悪夢では無い。どちらかというと心地の良い夢だった。こう、懐かしい思い出に触れ、自分自身のルーツを探る、そんな夢だった。
だがリヒト自身の意思と反して、その夢を体が受け付けない。拒否している……? まるで思いだすなと言われている様に。
一先ず今自分に何が起こっているのか、リヒトは頭を回転し始めようとした瞬間。

「やっと起きたか。よほど疲労が溜まっていた様だな」

凛として芯の通った女性の声がして、リヒトは反射的にそちらの方向に顔を向けた。そこには知らない女性が椅子に座りむしゃむしゃと、コッペパンを食べていた。

頭が軽く混乱していて何が何だか分からない。分からないが、取りあえず冷静になって周囲に目を移す。シックな模様と色使いの壁面。
小洒落れたインテリア、淡い蛍光灯。下を見るとクリーム色のベッドの上に自分が寝かされている事に気付く。ここは……ホテルか?
前を見ると、どこかの画科の絵が額縁に入れられて飾られている。が、その手の知識には疎いというか興味が無いリヒトは、左方の窓に目を移した。
窓の外の空は薄暗くなっていて、気の早い一番星が小さく、しかししっかりと自己主張するように光っている。

そして最後に、コッペパンをリヒトに関わらずムシャムシャと食べている女性へと、目を移す。
秋桜を思わせる、可憐な刺繍が織り込まれた白いシャツに、下品だが胸の大きさを現す様に盛り上がった朱色のネクタイ。硝子玉みたく透き通っている蒼色の瞳。
リヒトは特定の属性にしか興味を示さないが、そんな彼でも単純に、今目の前にいる女性は綺麗だと思った。後ろに掛けられているコートは、女性の物だろう。

ふと、掌を見ると、くるくると何重にも巻かれている白い包帯が見えた。
包帯には地の跡であろう、赤い斑点が薄くぼんやりと滲んでいる。胸元を触ってみるが、弾が貫通した場合に出来る傷は無い。どうやら無意識下に寸前で弾を塞いでいた様だ。
最低限のマナを集束させ防壁にする事で、致命傷を防ぐ。頭で考えなくとも長年の経験から、リヒトはほぼ反射的にその行動を行っていた。

「君を見つけた時は驚いたよ。掌に弾が突き刺さっていたんだ。多分胸に撃たれたのを寸でで防いだんだろうが、一体どんな魔法を使ったのか教えて貰いたいね」

コッペパンを食べ終え、女性は口元の端々を吊り上げてそう言った。本人は笑っているつもりなのだろうが、その目も口も全く笑っている様には見えない。
リヒトは巻かれた包帯をじっと見つめながら、女性の方を見ずにボソっと、言った。

「……アンタが助けてくれたのか」

リヒトがそう聞くと、女性は傍らに置かれた紙袋からリンゴを取り出し、皮が付いたまましゃくしゃくと頬張りながら淡々と答える。

「感謝して欲しい、とは言わないさ。何故なら私は君に最初から用事があったからね。その為に助けたと言っても良い」

リンゴを嗜みながら女性は、紙袋の反対側に置かれたアタッシュケースを器用に開くと、ガサゴソと弄って銀色の掌に収まるほどに小さなケースを取り出した。
ケースを開いて、ケースと同じくらいの大きさの紙を取り出し指に挟むと、リヒトに手渡す。リヒトは無言でそれを受け取る。

「Endersstay、エンダ―ズステイ……マシェリ―……ステイサム?」

リヒトが怪訝な表情と音色で女性の顔を伺うと、女性――――マシェリ―・ステイサムはリンゴをゴクンを飲みこみ、答える。

「その名刺を見てもらえれば分かってもらえると思うが一応自己紹介をしておこう。私の名はマシェリ―。マシェリ―・ステイサム。
 エンダ―ズステイなる、オートマタの開発、運用、その他様々な事業を手掛けているそうだな……企業の一社員と言っていい」

「で、そのエンダ―何たらが俺に……」

段々状況を理解してきて冷静になった途端、リヒトの頭の中でビデオテープを逆回転する様に突如として、自分自身に何が起こったかが蘇って来る。
何時も通りの筈だった、人助けの依頼、しかしそれは罠で、ライオネルと名乗る片腕の男の奇襲。ヘ―シェンと一歩も引かない戦いを繰り広げる、紅いオートマタ。
理由は分からないが紅いオートマタによって機能を停止したヘ―シェン。連れて行かれる、ヘ―シェン。俺を見下し、嘲笑うライオネル――――。

「おい、大丈夫か?」

何時の間にか片手で頭を抱え呼吸を荒くしていたリヒトを、マシェリ―が心配する。心配する割には淡々としていて言葉に感情が見いだせないが。
そうだった……。ライオネルなる男に偽の依頼を受けた俺は、奴と戦っていた。奴の本当の目的はヘ―シェンで、俺はみすみすヘ―シェンを奪われ、拳銃で撃たれた。
無意識に掌に集束させたマナを展開し、致命傷になるのを防いだ。防いだは良いが、代わりにヘ―シェンを救う事が出来なかった。出来な……かった。
思いだす度に自分を諌める様に、頭の中がズキズキと痛む。どうにか痛みを押えながら、リヒトはマシェリ―に呼吸を整えながら、聞いた。

「大丈夫だ……それより、アンタの事は何て呼べばいい?」
「ステイサムでもマシェリ―でも好きな方で呼んでくれて構わない」
「それじゃあマシェリ―、その……何だ、今までの経緯を教えてくれないか? まだ頭が混乱しててな……」

マシェリ―はリヒトの言葉にふむ、分かったと頷くと、紙袋から瓶に入った牛乳を取り出して蓋を開けた。
一口、二口と飲みながらマシェリ―は冷ややかで淡々とした、抑揚の無い声でリヒトに説明し始める。

「実を言うと、君を見つけたのは全くの偶然だった。恥ずかしながら目的地……君が所属しているやおよろずに向かっている途中、迷子になってしまってね」

迷子とは外見や口調と反してドジっ子みたいで面白いなとリヒトは言いかけたが、止めておく。

「ちょうどその時雨が降ってた事もあって、どこか雨宿りが出来る場所が無いかな? と探していると、君が突っ伏していた場所に辿りついてね」

「そこで血を流して倒れている人間を見つけたんだ。何事かと思い助けてみると、何と君だった訳さ。たまには神も小粋な事をするもんだと笑ったよ。
 君の掌に突き刺さっていた弾を取り出して包帯を巻き、このホテルまで連れてくるのは中々骨が折れたよ。まぁ、この町がオートマタに寛容だったから良かったけど」

事情を説明しろとは言ったがここまで一気に説明されると少々呆気に取られる。呆気には取られたが、リヒトはマシェリ―の説明を大体理解する。
それにしても怪我の応急処置をしてもらった上にこんな所にまで運んでくれたとは、感謝してもしきれないほど感謝したい気分だ。
しかし、どこか妙だ。妙と言っては失礼だとは思うが、何か釈然としない。

「む、まだ何かもやもやしているような顔だが、何か疑問でもあるのか?」
「疑問っつーとまぁ、疑問なんだが……」

「助けてもらった事には激しく感謝してるよ。アンタが助けてくれなかったら、俺は今頃寒空の下で凍えていたかもしれん」

そこでリヒトは一旦言葉を切る。どうも短時間であんな事があったせいか、上手く頭の中が纏まらない。纏まらないが一先ず。

一先ず分かっている事は、ライオネルに挑まれ、負けた事。ヘ―シェンを連れていかれ、実質パートナーが居なくなった、事。
目の前で牛乳を飲んでいる――――マシェリ―・ステイサムと名乗るが女助けてくれた事。どれも紛れも無い事実だ。そして俺は実質、敗者だ。
現状を把握し、リヒトの中で一つ、今すべき事が確定する。マシェリ―に向き合い、リヒトは言った。

「――――依頼、教えてくれ。なるべく、時間は掛けたくない」

リヒトの言葉に、マシェリ―は牛乳を飲み干し紙袋の近くに置き、紙袋からまたもリンゴを取り出してしゃくしゃくと食べだす。
開きっぱなしのアタッシュケースの中を数十秒ほど弄くり、傍目からみて10~15ページ程に束ねられた紙束をリヒトの前に置いた。

「もう少し早く言いだすかと思ったが、意外と時間が掛かったな。まぁ、状況が状況だし仕方ないか」
「なぁ、マシェリ―。初対面でこういう事を言うのもなんだが、なんつうかこう……もう少し明るく話してくれないか? どうもその話し方だとテンションが下がるんだわ」

リヒトの言葉にマシェリ―はキョトンとすると、特に怒る事も無く申し訳無いと言って、続ける。

「私自身もこの口調は治したいと思ってはいるがな。どうも仕事をしていると、この喋り方が癖になっていて困っているよ」

自分の事なのにどこか他人行儀というか、冷めきっている口調でマシェリ―はそう答えた。
このまま淡々と話されると正直テンションが下がっていくが、この才口調なんてどうでも良い。話を続ける。

「それで、俺にどんな依頼をしたいんだ? その、エンダ―ズステイとかいう企業の社員さんが」 
「あぁ、説明しよう。だがその前に、その紙束を読みながらにしてほしい。君にする依頼の概要が入ってるから」

マシェリ―にそう言われ。リヒトは置かれている紙束をパラパラとめくってみる。
中にはマシェリ―が書いたのか企業が書いたのかは分からないが、硬質で無機質な文章が1ページにぎっしりと書かれており、リヒトは内心読む気を無くす。
まぁ、文章の合間合間に、白黒の写真やらが挿入されている為、どんな内容なのかは大体イメージが出来る。マシェリ―が依頼内容を話しだす。

「最初のページの概要を読んでもらえれば分かると思うが、我が社はオートマタに関する事業に力を入れている。
 分かりやすく言えばオートマタを商品として扱っている会社だ。詳しい内容は後で読んでみてくれ」

最初のページを捲るとなるほど、企業情報として、オートマタの売買やら開発やら色々な事をしている事が分かる。しかしこの文章だとどうにも読む気が起きない。
にしてもエンダ―ズステイなる会社がある事は長年生きてきて初めて知った。ちょくちょく、オートマタを使っての商売がある事は知っていたが。

「数年前、私達はある新型オートマタを開発していたんだ。今までのオートマタと全く違う、新機軸のコンデンサを搭載した、そんなオートマタをな」

ページを捲ると、その新型オートマタの情報とやらが載っている。オートマタに関する知識は詳しいつもりだが、病み上がりのせいか頭に入って来ない。
文章の横には、新型オートマタの断面図が前面と背面に分けられて載っている。リヒトはふっと、思う。
何故だろう。初めて見る筈だが、この形状に見覚えがあって堪らない。リヒタ―とも玉藻とも、ましてやヘ―シェンとも全く違う、非常に細身な変わったオートマタだ。

「そのオートマタのマスターとしてある男が採用された。軍隊上がりのいけすかない男だ」

いけすかない、と言った時のマシェリ―の音色に一瞬、感情が見えた、様な気がする。
その感情は怒りか、悲しみかは分からないが、話を聞きたい為リヒトは気にせずスル―し、耳を澄ます。

「その男は神子としての能力は非常に優秀だったが、性格面に難があってな」
「……どうして性格面に問題がある奴を採用したんだ?」
「……その頃は多少人間として問題があろうと、神子として優秀な人材を欲していたんだ。新型オートマタに見合う人材をな」

突っ込みたい。明らかにこのエンダ―ズステイが(表向きは)まともな会社であろうが、裏ではのっぴきならない事をしているであろう事を。
まぁ今はそんな事を突っ込んで話を有耶無耶にするのは得策ではない。リヒトは敢えて押し黙りながらページを捲る。

その例の男の写真を見……た瞬間、リヒトの息が一寸、止まる。まさか、という思いが頭を過ぎる。
その男の顔写真は、さっきまで戦っていたあの男と酷似していた。否、髭を剃っていて短髪な為、あくまで顔が似ているだけかもしれない。
しかしもう一度そのページを見ると、間違いなくその写真に写る男は、あのヘ―シェンを奪った男にしか見えない。身なりを清潔にしている為、多少若く見えるが。

「採用された当初、男は真面目に新型オートマタの試用テストを行っていたんだ。しかし試用テストが佳境に入ってきた頃……」

口調は相変わらず無感情だが、リヒトは確かにマシェリ―が両手をグッと強く握っているのを見た。それが何を意味するのか、今はまだ分からない。

「……男は、新型オートマタを使い研究員や社員達を手当たり次第に惨殺していった。そして……」

「私の……妹を人質にして、脱走した」

はっきりと、今までの口調とは違い、俯いたマシェリ―の声には感情が滲んでいる。それは同僚を殺害された悔しみか、それとも妹を奪われた悲しみか。
どちらかは分からないが、言葉を区切りつつ、怒りを噛みしめる様にいうそれには、今まで見られなかった人間らしい部分が伺える。
マシェリ―は俯いていた顔を上げると、リヒトに、言った。

「それからその男の姿も……オートマタも、私の妹の行方も、分からなくなった」
「分からなく……なった?」

「名も身分も、そして存在さえも隠して、奴は我々から姿を眩ました。だが……」

「最後のページを見てほしい」

リヒトはマシェリ―の言葉にパラパラと紙束のページを捲り、最後のページへと向かう。心なしかリヒトのページを捲る手は早くなっていた。
そして開き、理解する。不鮮明で不明瞭でぼやけている。ぼやけてはいるが、色が付いているその写真に写る男の姿は紛れもなくあの男――――。
ライオネル・オルバ―だった。黒い長髪に、ロングコート、何より画像越しでも分かる、禍々しいオーラで分かる。

「その男の名はライオネル。ライオネル・オルバ―。最近続出している、連続オートマタ強奪事件の犯人だ」

マシェリ―の口からその言葉を聞き、リヒトの頭の中である事象が鮮やかに蘇ってくる。そう言えば数日前、ルガ―から聞いた覚えがある。
最近、アリ―ナの上位入賞者やその他、名が知られた実力者である神子のオートマタが何者かに強奪していく事件を。なるほど、そういう事か。
あの男が何を考えているかは分からないが、少なくとも何かの目的があってオートマタを、そして……ヘ―シェンを強奪した事だけは、分かる。

「ライオネルは奪ったオートマタ、名を」
「神威、だろ」

マシェリ―により先に名前を言い放ったリヒトに、マシェリ―の瞳孔がちょっとだけ大きくなる。

「何故、君がその名を?」
「今さっき……戦ってきたんだよ。そのライオネルと、神威にな」

話していると自然に目つきが悪くなっていく事に気づく。実際話しているとあの記憶が蘇ってきて不愉快極まりない。
しかしこれで、何がバラバラだったモノが一つに繋がってきた気がする。何故、ライオネルがあんなオートマタを所持していたのか、その疑問が解けた。
そして本気では無かったとはいえ並の男を物ともしない自分と余裕で渡り合う程の力。何処にでもいる普通の神子ではあるまい。

だが、それらの事実と、ライオネルが言っていたレインボウズなる傭兵団の存在がどうにも上手く繋がらない。
何か大きなピースが一つ、欠けている様な気がしてならない。そのピースさえ嵌れば、真実という名のパズルが完成する、そんな気がする。

「悪いがどういう事か聞かせて貰えないかな?」

マシェリ―にリヒトは同時に蘇って来る頭の痛みにイラつきながらも、事情を話しだす。

「アンタに助けてもらう前に一件、依頼があってな。その依頼が例によって、奴が仕掛けていた偽物の依頼でね」

「……なるほど、つまりその掌の傷は」

「あぁ……。油断していたとはいえ、完全に負けちまった。……奪われちまったよ。あいつをな」

リヒトの言葉にマシェリ―が何かに気付いたのか、イスから立ち上がりリヒトの周囲に目を向ける。数秒すると、静かに椅子に座りなおした。

「君にはヴァイス・ヘ―シェンというパートナーがいた筈だが……なるほど、そういう事か」

「そういう事だ。……そろそろ、依頼内容について話してくれないか、マシェリ―」

リヒトが真っ直ぐ、マシェリ―を見つめてそう言った。マシェリ―はリヒトを見据え返しながら、アタッシュケースから一枚の紙。
そしてどこからか聖書らしき本を取り出してその上に紙を置き、同時にペンを取り出すと、リヒトに言った。

「ざっくばらんに言わせてもらおう。リヒト・エンフィールド、君に依頼を申し込む」

「ライオネル・オルバ―を排除し、強奪された新型オートマタ、神威を取り戻してほしい。それと……奴に人質にされたままの、私の妹を救いだしてほしい」


「良いさ、引き受ける」

予想だにしないリヒトのあっさりとした即答に、さっきよりもマシェリ―の瞳孔が大きくなる。顔には出ないが驚いている様だ。
しかし、リヒトはそれだけで終わらず、何故かマシェリ―の目前で人差し指と中指を立て、ピースを作った。マシェリ―は当然首を捻りながら、言う。

「ピースなんかしてどうした?」
「ピースじゃ……ピースに見えるか。まぁそんな事はどうでも良い。依頼を引き受ける代わりに二つ、条件を飲んで貰うぜ」

「条件? 何だ、言ってみたまえ」

まず一つ目、とリヒトは中指を折って人差し指を見せると、その条件をマシェリ―に突き付けた。

「俺に依頼した以上、俺自身の方法で、奴を追い詰める。協力する事は構わないが、過剰な干渉は止めて貰うぞ」
「良いだろう。とは言え君に、ライオネルが居る場所が分かるのかい?」

そう言いながらマシェリ―は、アタッシュケースから筒の様に丸められた細く長い紙を取り出して、リヒトの上に広げる。
どの紙は古ぼけた地図で、一面を木を現す緑色が沢山書かれている。その中で一点、大きな×印が書かれている。

「奴の尻尾を掴むのに苦労したよ。時間も金も大量に使ってな。だが我々はどうにか、奴がオートマタを使っての違法な売買を行っている事を、突きとめる事が出来た。
 奴を得意先とする悪党をひっ捕らえ、場所を聞き出したんだ」

「……おい、ちょっと待て。場所が割れているなら、何故一気に襲わないんだ? あんた達みたいな企業なら依頼せずとも、容易に出来るだろ?」

リヒトのその疑問に、マシェリ―は顔を近づけると一転、冷徹さを感じさせる声で、リヒトに返す。

「誤魔化しても君には無駄だろうから率直に話そう。我々企業は少しでも不利な事象を知られる訳にはいかないんだ。沽券と面子に関わるからな。
 なるたけこちらから手を出さずに、ひっそり処理して貰いたい。事が表沙汰になる前にね」 
「……つまり、自分から手を汚さずに、不祥事をもみ消したいって事だろ? 新型オートマタを奪われたっていう、都合の悪い事実をな」

互いに睨みあう、リヒトとマシェリ―。その間には暗い火花が、散っている様に見える。
と、マシェリ―があの、目も口も笑ってはいないが端々を吊り上げている表情で、聖書とその上の紙にペンを挟んで渡す。
黙ってリヒトがそれを受け取ると、マシェリ―は言った。

「依頼金となる小切手だ。……いや、君の言葉で言うと口止め料かな? 好きに書きたまえ。正し常識的な範囲で頼む」
「悪いが受け取る気は無い。むしろ、受け取る訳にはいかないな。胡散臭くて堪らん。それに」

「考え方を変えたよ。今俺は、俺自身に依頼する。奴からどんな形であろうと、ヘ―シェンを奪い返すって言う依頼をな。
 そしてアンタのその依頼はついでだ。俺はヘ―シェンを取り返す事を優先する。神威の奪還とアンタの妹を救うのはそれからだ。良いか?」

そう言い放ち、リヒトがマシェリ―に聖書と小切手を突き返す。リヒトの目は笑っておらず、マシェリ―を軽く睨んでいる。
マシェリ―はそんなリヒトに、乾いた笑い声を浮かべ苦笑いしながら、受け取る。

「面白い男だなぁ、君は。私の見込んだ通りだ」
「得体の知れない連中に褒められても嬉しくも何ともないけどな」

「……っと、条件のウチのもう一つを聞いてないが?」
「おっと、そうだった」

そう言ってリヒトは折っていた中指を立てて、ピースを作る。

「あんたのそのオートマタ、俺が許可するまで召喚するなよ。奴がオートマタ……神威を出してこないなら、こっちも生身で対抗する」

マシェリ―が受け取った聖書――――アンシェイルを見、リヒトに言った。

「了解した。君が承諾するまで召喚はしないよ。にしてもよくこれがオートマタだと分かったな」
「勘だよ、勘。これでもベテランなんでな」

そう言って初めてリヒトは笑って見せたが、マシェリ―はリヒトを見ずに椅子に羽織っていたコートを取ると、立ち上がっていた。少し拍子抜けする、リヒト。

「さて、君に伝えるべき事は全て伝えた。私はそろそろ失礼させて貰うよ」

そう言い残し、マシェリ―はリヒトに背を向けると部屋を出る為にドアへと歩いていく。
その時、タイミングを図っていたのかどうかは分からないが、リヒトはあっと大きな声を出し、マシェリ―を立ち止まらせた。

「言い忘れかけたが、奴が俺にまた会いたいと言ってたぞ。場所まで指定してな」

リヒトがそう言うとマシェリ―が勢い良く振り返った。目の色が明らかに変わっている。

「何処だと言った?」
「確か……エルステッド領、バビロンタワー……」

そう言った途端、リヒトとマシェリ―の視線が合わさる。二人とも同じ事を考えていた様だ。

バビロンタワーとは、この世界を象徴する巨大な建造物――――軌道エレベーターの対になる様に設計、開発された建造物だ。
しかし様々な諸事情があってで開発中止となり、撤去する事も出来ずにそのまま廃墟となって放置されている。
そんな場所に誘い込んでくるとは、どう考えても何かがある。何かがある、が……。

「罠だと思わないのか?」
「いや……恐らく奴は本気だ。確証は無いが、そんな気がするんだ。もし仮に罠だとしたら、アンタが教えてくれた奴の本拠地にでも殴りこむよ」

するとマシェリ―が口元を掌で押さえ、何か考えていると顔を上げてリヒトに言った。

「良いだろう、奴の誘いに乗ってみてくれ、リヒト・エンフィールド。ただ」
「ただ?」

「私も、君とライオネルの戦いに参加させて貰う。君だけでは幾分不安だからな、色々と」
「俺一人でも充分だが……構わんよ。それとさっき言った二つ目の条件、分かってるよな」
「神威が出てこない限り、こちらがオートマタを召喚しない、だろ? 分かっているよ」

「それと」

「もしも白いヘ―シェンタイプ、耳がウサギみたいなアンテナで、白い機体が出てきたら攻撃するなよ。そいつは」
「君のパートナーだろ? にしても注文が多いな、君は。まぁ、法外な依頼金を持ちかけてこないだけ、常識的だけど」

あぁ、そうそうとマシェリ―が胸元から、薄く黒い、長方形の箱の様な物を取り出し、リヒトに放り投げた。それがベッドの上に落ちる。

「危うく忘れる所だった。これを持っていてくれ」

怪訝な表情でリヒトがそれを拾い上げる。持ってみるととても軽く、横から見ると1cmにも満たないほど薄い。
その上にはシールの様な白い丸が縦三列横三列で配置されており、更にその上には赤い文字で1~9までの数字が刻まれている。

「携帯端末だ。まぁ言うなれば小さな電話機みたいなもんだと思ってほしい。
 もし少しでもライオネルに関する情報が入ったら、すぐに君に連絡するよ。代わりにもし私に何か頼み事があるなら何時でも構わないから連絡してほしい。善処するよ。
 それと、電話を掛けるのと同じ要領で数字が付いているボタンを押せば何処にでも繋がると思うぞ。無論、君の家にもな」

そこまで伝え、マシェリ―は踵を返すとドアノブに手を掛けようとした。その時。

「待て、マシェリ―」

リヒトに呼び止められ、マシェリ―の動きが止まる。

「そう言えばアンタの妹の名前、聞いてなかったな。なんて言うんだ?」


マシェリ―は振り向かずに、リヒトの質問に答える。

「リシェル」

「リシェル、クレサンジュだ」

「……どうして名前が違う?」

「いつか教えるよ。君の依頼が無事に、終わった時にね」

部屋を出ると、窓の外の空はすっかり日が落ちており、夜空を瞬く星々が彩っていた。
空を見上げながら、マシェリ―は一息吐いて歩き出すと、壁に寄り掛かって星を見上げながら一人、呟いた。

「……もうすぐ助けてあげるからね、お姉ちゃん」



誰もいなくなり、何となく寂しくなった部屋で。
リヒトは手元の携帯端末を数秒ほど見つめていると、恐る恐る、ボタンを帰る場所であるあの家の電話番号を押した。
押し終わり、そっと耳元に当てる。奥から電話の掛かる音がして――――繋、がった。

「もしもし……まどかか? 俺だよ、リヒトだ。悪いんだけど今日……」


火花、散る。

咽かえる様な鉄の、油臭い匂いが充満する中、男は黙々と作業を続ける。その様子を壁際で腕を組み眺める、紅いオートマタ。
オートマタの頭部を溶接で溶かし、内部機械にある物体を取り付ける、そんな地味ではあるが精密さを必要とする作業を男は行っている。
緑色に発光するそれが、そのオートマタに接合された。ゆっくりと頭部の蓋を閉め、螺旋を回して再び固める。長時間に渡る作業が、遂に終わったようだ。

<終わったか>
「おう。ヘ―シェンタイプは初めてだから結構時間が掛かったが、まぁ、上々だ」

ライオネルと神威の前に、照明に当てられたそのオートマタ――――ヴァイス・ヘ―シェンが姿を現した。その姿には何時もの様な気丈な様子は全く見られない。
生気無く、ライオネルと神威を映しこむモニターは暗く沈んでおり、正に機械人形、その物だ。

と、一人と一機の近くに忍び寄る、人間の影が一つ、その後ろで歩いてくる、巨大な物体の影が三つ。

<あーあ、めんどくさ……ていうか陰気臭くて嫌なんだけど、こんな所>

活発であり元気さを感じさせながらもその実、底知れない意地の悪さを思わせる少女の声が、ワザとらしく大声で響く。

<文句垂れんな、シュヴァルツ。フラガラッハから直々に聞かされた任務って事、忘れてんのか?>
<だってホントならムジナが行く筈だったじゃん。何であたしが代わりに行かなきゃならないのよ>

<仕方ないでしょ? あの人にはあの人の任務があるんだし、ちゃんとしないとフラガラッハが怒るよ>

少女の声を嗜める、剛毅でかつ、凶暴性を秘めた男の声と、男とも女とも断定できぬ、ミステリアスで中性的な声。
次第に姿を現し始める、三つの影の持ち主達。ゆったりと、神威とライオネルに近づいてくる。
壁から背を離し、神威が音も無く日本刀を掌に召喚させると、ゆらり、ゆらりと一歩ずつ、歩みながら、問う。

<何者だ――――貴様ら>

<何者だぁ? 名乗るならそっちから名乗りなよ、えっと……誰だっけ、アンタ?>

あからさまに馬鹿にした口調で、少女の声の持ち主がケラケラと神威を笑って見せる。
その瞬間、神威の放つ雰囲気が渦を巻いて変容し、少女の声の持ち主を引きずり込む。が――――少女の声の持ち主に、一切気圧される様子は無い。
逆に喜々とした感じで右足を引きながら、マナを集束させている。

<だから止めろって、シュヴァルツ>
<売られてんじゃん、喧嘩。レオン、アンタは下がってなよ>

少女の声と裏腹の、ドス黒い狂気を全開にして、少女の声の持ち主が神威に向かって体勢を取る。
同時に神威も日本刀を突き付けつつ、紅い粒子を放出しながら――――。



「そこまでです」



右手で神威の日本刀を、左手でシュヴァルツの右足を押えながら、先程まで気配を消した人間の影が、衝突せんとした二機を寸前で食い止める。

<貴様……>
<……へぇ>

神威もシュヴァルツも本気で撃ち込んだが、それをこの人間の影――――の持ち主は一瞬で止めて見せた。
しかも力を込めようと、うんともすんとも動かない。人間の影の持ち主は二機を押えたまま、ニヤつくライオネルに、言い放った。

「全く……笑っていないで止めて下さいよ、ライオネルさん」
「わりいわりい、でも楽しそうだから止めなかったんだ」


「待ってたぜ、ノイル・エスクード」



                      ビューティフル・ワールド


                  the gun with the knight and the rabbit



                         第二部 13話


                           交 差


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