創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<Last ep>

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sousakurobo

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<ROST GORL

Last ep>

私の中で時間が、音が、その一瞬―――――全てが、止まった。頭の中で、ティマが取った行動が理解しようとするのを拒んでいる。
ティマは私に目を合わせない様に俯き、小さく息を整えている。次の言葉を探しているかのように。そして――――ティマは顔を上げた。
雨のせいだろう、ティマの目から涙が流れている様に見える。私はそのティマの顔があまりにも悲し過ぎる為か、真正面から見れない

「お願い、マキ……私を……私をここに置いて、逃げて」

ティマが震えている声で、私にそう言った。ティマ自身は私を心配させまいと笑顔を作ろうとしているが……。
そのせいで余計、ティマの表情は泣いている様に見える。――――駄目だ、見ていられない。私はティマに近づこうと足を一歩踏み出した。

「来ないで!」

ティマがそう叫んだ。喉の奥から必死に絞りだした様な……そんな声だった。

「駄目だよ、マキ。もう……私と一緒にいちゃ。これは……私の、問題だから」

ティマはそう言って、笑顔を作ろうとする。しかし、どうしても泣き顔になってしまう。その度にティマは自分の目を擦った。
私はどうするべきか迷い、そこで立ち止まった。ティマはゆっくりと擦っていた手を離すと、私に話しかけた。

「私ね……今までずっと考えてた。マキとずっと幸せに暮らしていきたいなって。ずっと、ずっと二人で」

「ティマ……」
「けど……」

ティマが私を見る目には、言いしれない悲しみと恐れと―――――諦めが見えた。

「けど……それは夢なんだって。何時までも夢を見ていたいと……そう思ってた。けど、夢は何時か――――醒めるって、気付いてた」

ティマはそこまで言うと、目を瞑って掌で隠した。泣いている事を、私に隠す様に。
ティマ自身が気づいているかは分からないが、ティマの息がだんだん荒くなっている。
何度かティマは息を吐き、少しだけ空を見上げると、私を見据えて、言った。笑顔でも何でもない――――哀しい表情で。

「ありがとう、マキ。こんな……こんな私に、幸せな夢を見せてくれて。嬉しかった。私の事を心から……思ってくれる人が居て」

「ティマ――――」
「だけど――――やっぱり駄目だよ。私には……悪い人達の為に作られた私には、そんな夢を見る資格なんて、無いんだよ。だから……」

「お願い、マキ。私は、私自身の罪を償うから……マキは、逃げて。私のせいでマキの……マキの夢が消えちゃうから」

ティマがそう言って私に背を向けると、歩きだした。
私は自分の掌が異常なくらい、強く握り拳を作っている事に気付く。もう奴らに対して怒りなんて怒りなんて感情は通り越している。
だがそれ以上に、私は私に腹が立っている。ティマにこんな悲痛な決意を抱かせた、情けない私自身に。
ティマの姿が次第に小さくなっていく。その背中の小ささに私は……私は……。

「ティマ!」
自然に、私の口はティマに対して叫んでいた。同時に足がティマへと走り出す。
ティマは足を止めて、その場に立ち止まった。そうだ、それで良い……。私は右手をティマに差し出して、言った。

「……一緒に来るんだ。君の夢は、ここで終わりじゃない」

ティマは振り向こうとしない。だがティマは握っていた拳を閉じたり、開いたりしている。
迷っているのか……なら、取るべき行動は一つだ。私はティマの左手を掴んで、言った。

「さぁ行こう。ティマ」

だが、次にティマが取った行動は、私が握った手を――――払う事だった。ティマが私に振り返った。

「ティマ?」

ティマは両方の拳を握り、肩を震わせている。そして私の体に体当たりすると、私の胸をせいっぱい叩いた。
痛みは感じないが、心が……痛い。どうして……どうしてこんな事をするんだ。

「ティマ……」

ティマは私の胸を何回か叩き、ずるずると腕を下ろした。顔が見えないくらいに深く俯くと、小さい声で、言った。
「どうして……どうして、逃げてくれないの?」

ティマが私を見上げた。ティマの目から、大粒の涙がこぼれて――――地面に落ちた。

「私なんて……私なんてあの日、ホントは廃棄されてて当然だったんだよ。悪い人達の思い道理にさせない様に」

私は何も言わない。ティマが何を言おうとしてるのかが何となく分かるからだ。そしてそれは――――とても辛い事だと言う事にも。
ティマは一度言葉を止めて私の胸に顔をうずめると、絞る様な声で、私に聞いた。

「……マキはどうして、そんな、そんな私の為にここまで頑張るの? 私を……私をあの人達に渡せば、全部済むのに」

私はティマの頭を撫でて、ティマの顔を親指で上げる。お願いだから……そんな哀しい顔をするのは、もう、止めてくれ。
「ティマ……それはね、君の存在が、私にとっては必要だからだ。だからあいつらに渡したくない。絶対に」

「……嘘」
ティマはそう言って、私の体から離れた。肩の震えを抑えようとしているのか、さっきより拳に力を入れる姿は、もう……。
「ホントは……ホントはマキ、私の事が鬱陶しいんでしょ?」

「そんな事……思ってない」
「嘘だよ。……何時も周りの人達から変な目で見られて、悪い人達から狙われて……ホントはもう、私と一緒に居たくないんでしょ?」

私は何も答えない。多分ティマは、私に嫌いだと言われれば、別れても辛くないんだと思って言っているんだろう。
違うよ、ティマ。そんな事をしても私は……君の事を嫌いになんてなれない。

「ねぇ……そうなんでしょ? そうだって……言ってよ!」

ティマは力一杯そう叫んだ。普段しない事をした為か、ティマは力無く、地面にへたり込んだ。

「……そう言ってくれないと私……辛いよ。このまま……マキと別れるのが」

私は何も言わない。言わない代わりにティマに近寄り、ティマの前にしゃがんだ。そして両肩を掴んで、呼びかける。
「ティマ、私の目を見るんだ」

ティマが俯いていた顔を上げて、私の目を見る。
「良いかい、ティマ。夢ってのはね、自分自身が目を閉じない限り、ずっと醒めないんだ」

「ティマ、君の目はまだ閉じてなんかいない。だから君の夢は、まだ醒めてはいない。それに……」

「それに、私の夢には、君が一緒に居る事が条件なんだ。ティマ」

私はそこまで言いきり、ティマの目から流れている涙を指で拭き取る。雨は私とティマを容赦なく濡らすが、そんなの関係無い。
ティマの体を引き寄せ、私は強く、強くティマを抱きしめた。そして―――――。

「一緒に……私と夢を見ていてくれ。優しく、温かい夢を――――私と一緒に」

ティマの目の瞳孔が、少しずつ開いていく。さっきまでのネガティブな感情が浮かんでいた眼から一転、生気が宿っている。
ティマは驚いている様な、嬉しいような複雑な顔をすると、雨音にかき消されそうなほどの、小さな声で私に聞いた。

「……ホントに、私で良いの?」
「むしろ……君とじゃないと困る」

「マキ……」
そう言ってティマは大声で泣き声をあげて、私の胸にうずくまった。初めてだ。ティマがここまで感情を爆発させたのは。
その泣き声でさえ愛おしく感じる。ティマの体に温かさを感じる。何時ものティマに戻ってくれたみたいだ……良かった。

「行こう、ティマ。奴らが来る前に」
私がそう言うと、ティマは大きく頷いて答えた。
「うん!」

――――上空。ヘリコプターは旋回しながら、ティマとマキを探索する。狙撃手が狙うのは勿論ティマである。先程からスコープ越しに注意深く二人を探している。
タカダから命令を聞いたタケハラは、狙撃手にティマの頭と、同行者のマキ・シゲル以外を狙って狙撃する様に伝えた。
狙撃手は難易度が高い注文だと思ったものの、タケハラの口から、今回の任務のギャランティが跳ね上がる事を教えられると俄然躍起になり、二人を探している。
と、ライフルのスコープが、二人を捕捉した。スコープレンズには、ティマの手を掴んで走るマキと、必死についていくティマが見えた。

「目標を捕捉しました」
狙撃手の言葉に、タケハラは即座に反応すると狙撃手に聞いた。
「今すぐ撃ち抜けるか?」

狙撃手はライフルを構えながら、少しだけ困惑した様子で返答する。
「同行者……マキ・シゲルがティマの手を引っ張って走っています。このまま撃てばマキ・シゲルに誤射する可能性が高いです」

狙撃手の言葉にタケハラは、苦虫を噛みしめた様な表情を浮かべた。
タケハラは気が気ではない。先程、タカダから再度連絡が来たがその時の口調が明らかに今までの声の調子とは違うからだ。

「お前の面子を今すぐ潰しても良いんだぞ。なぁ」

ドス声から一転、感情を感じさせない冷静な声でそう言われたタケハラは、四の五の言わず今すぐにでもこの仕事を終わらしたい気持ちになった。
もうあのアンドロイドの機密などどうでも良い。早くティマを社長の元に献上しなければ、俺は……。
その時、狙撃手がタケハラに言った。

「マキ・シゲルとティマの動きが止まりました」

「ふぅ……キツイな……」
私の脳裏に、忘れていた右足の痛みが走る。さっきまで興奮していたせいか、全く痛みは感じなかったが……。
冷静になった途端にずきずきと右足に痛みを感じていき、今は歩く事を億劫に感じる程に、疲労感が溜まっている事にも気付く。

「マキ……大丈夫?」
「大丈夫だ、心配無い」
やっと調子を取り戻したティマを不安にさせちゃいけない。しかし困った事に体は正直だ。
肉体の疲労はぶっちゃけピークに達しているよう。体が中々言う事を聞かない。それに止血しなければ……最悪の場合ばかりが浮かぶ。

「済まない、ティマ……ちょっとだけ、休んでいいかな」
私はそう言って、近くの大木に座りこんだ。休んでいる暇などありはしないのだが、少しでも休みを取らないと、体が激しく悲鳴を上げている。
色々と不幸続きだが、幸い土砂降りだった雨が小雨になっていた。そう、傘が微妙に必要なくらいの……。

私はふっと思い出す。確か……ティマと初めて出会った時は、こういう天気だったな。
ゴミ捨て場でパーツを損失していたティマを、私は何の気まぐれか拾って修理したのだ。今思うとかなりインモラルな出会い方だと思う。
様々な苦労はあったが、ティマと過ごした時間はとても楽しかった。ティマの成長は見ていて楽しく、そして心が温まった。
もしもティマをあの日拾わなかったら、私はいつも通り、変わり映えの無い日々を送っていたのだろうか……。そう考えると私はティマに惜しみない感謝をしなければならない。

……まだ昔を懐かしむ年じゃない。休憩は終わりだ。私は痛みの残る右足を奮わせ、立ち上がり、待っているティマに言う。
「良し、行こう。ティマ」
「あ……待って、マキ」

ティマはそう言うと何故か服を脱ごうとしている。……って。
「ちょっと待てティマ。……何を?」
「えっと……マキの右足の怪我を、止血しなきゃと思って……けど布が無いからどうしようかなって……」

私は何故だか、ぷっと吹き出して笑っていた。そうだ……この子は学んだ知識を変な形でアウトプットする癖があった。
そのせいで色々と困った事になったな。けれどそれらは全て、ティマが頑張って知識を使おうとしていると言う事だ。
ティマはガンバリ屋さんだ。知識を身につけて、それを自分の物にしようと頑張る。私はそんなティマの姿に打たれた。可愛らしくもあり、一生懸命であるその姿に。

「ありがとう、ティマ。でも大丈夫。十分歩けるよ」
「ホントに大丈夫……? 無理、してないよね?」 
そう聞くティマの口調には、私を心から心配しているそんな感情が乗っていた。……こうしてるとホントに夫婦みたいだな、私達は。

「あぁ。行くぞ、ティマ」

私は立ち上がり、ティマを先導する為に先に行く。さっき私の愛車を潰してくれた、あの狙撃……腹立たしいが、凄く正確だった。
一体何処から狙っているのかが分からない。しかしタイヤをあそこまで正確に狙い打ちしていると言う事は……まさか空からだろうか?
そう言えば、私達を追いかけていた筈の刑事達の姿が全く見えなくなった。もしかしたら退いたのかもしれない。

色々な事が頭をよぎるが、一先ず決まっている事はティマと逃げ切る事だ。例えそれが、酷く困難だとしても。
……あれ、そう言えば、ティマが何も言わないな。どうしたんだろう。私は振り返ってティマに声を掛けた。

「ほら、ティマ。早くしないと……」

息が、止まる。ティマの動力部がある心臓に――――黒々とした穴が、開いていた。
しかも穴からは冷却剤が血の様にドクドクと流れていた。ティマは私に手を伸ばしていた、私の手を、握る為に――――。

「マ……キ……」

「ティマ……ティマ!」
私の足が無意識にティマに駆け寄る。ティマがぐらりとその場に倒れそうになるのを、両腕で支えた。
ティマの胸から流れる冷却剤が、ティマの着ている服を青々しく染めた。ティマは息を荒くして、苦しそうに呻いた。

「マキ……」
「ティマ……くっ!」

ティマが、支えている私の手を強く握っている。震える手から、ティマが怖がっている事が伝わってくる。
私が……私が油断したばかりに……。さっき休まなければ、こんな事には、ならなかったのに……!

「大丈夫……大丈夫だ、ティマ」
私はそう言いながら、ティマの手を握り返す。何にせよ早くここから逃げなければいけない。
ティマの背中と両足を抱えて、私は走りだす。早く……早く奴らから隠れないと、ティマが……。

「何? 逃げていっただと?」
秘書からの連絡にタカダは溜息を吐いた。一体何時までたかがアンドロイドごときに手間取っているのだろう。タカダの感情は既に怒りから既に呆れに変わっていた。

「刑事の奴らはどうした? 森が広くて特定できない? ……全くどいつもこいつも屑ばかりだな、お前も含めて」
タカダはグラスの中のワインを一気に飲み干すと、ぶっきらぼうな言い方で秘書に伝えた。
「良いか、二度は言わん。ティマの頭部とマキ・シゲルさえ傷つけなければ何でも良い。メモリーチップを取り返せ」

タカダはそう言ってデータフォンを切った。男が何故か拍手をしている。。
「いやぁ、凄い凄い。私はその人を尊敬しますよ、何がそこまで駆り立てるんでしょうね。まさかメモリーチップの存在でも知っていて……」
男の言葉に、タカダは半ば呆れ気味な口調で返す。
「マキ・シゲルはただの民間人だぞ、そんな事知る訳無いだろ。気狂いだよ。自分がどんな危険な目に合おうがたかがアンドロイドを守ろうなどと……」

言いかけてタカダはふっと、モリベの言葉が浮かんだ。

――――私は恐れた……。ティマの事を。ティマが……ロボットの域を超えていた事に対して。
――――だが、マキ君とティマを見て分かった。その恐れは必要の無い危惧だった事に。
――――私は……マキ君に……いや、未来に託す。人とアンドロイド……いや、人とロボットが主従関係ではなく、互いに理解し合い、共存できる……そんな希望を。

「理解し合う……か」

タカダはふっとほほ笑み、静かに思う。面白い。良いだろう、モリベ。事の次第では、お前の――――。

私はティマを抱えて無我夢中で走った。とにかくティマを休めさせる事が出来る、そんな場所を見つけたい。
もう痛みも疲労感も何も感じてない。ただ私はティマを救いたい。それだけで自らの体を突き動かしていた。
ティマは苦しいのだろう、息を荒くし、時折私の名前を呼んで呻いている。……すまない、すまない、ティマ。

――――私の目前に建物が見えた。白くて大きい建物だ。良かった……。
近づいてみると、誰もいない事に気付く。……廃墟だ。少し離れて見てみると、屋根の部分に大きな十字架が立っている事に気付く。
中に入ってみると、所々壊れていたり、朽ちている長椅子が二列に別れてズラリと並んでいる。正面を見ると聖母と天使が描かれた巨大なステンドグラスが見えた。
どうやら……ここは廃墟と化した教会みたいだな。中まで伝っているツタを見る限り、相当昔に建てられたようだ。

……冷静に観察してる場合じゃない。私はティマを抱えたまま、近くの長椅子の影に隠れた。
ここなら少しは隠れる事が出来る……かな。しかし隠れた所で、ティマを修理するための道具は全て愛車と家だ。
……認めたくない。認めたくないが……今の私には、ティマを直す為の……術が無い。

ティマの胸元に開けられた穴を見ると、銃弾がティマの動力部に深く突き刺さっていた。
これじゃ……これじゃティマの側自体を取り外さなきゃならない。そんな手間も労力も掛かるんじゃ、どちらにしろ……。
私は床を殴りつけた。どう足掻いても……駄目だと言うのか……。

「ごめん、マキ……」
ティマが私に顔を向けて、そう言うと――――ほほ笑んだ。

「最後まで……マキに迷惑かけちゃった……ね」
違う……私が、私があの時、ティマを……君を引っ張っていれば……。

「すまない、ティマ……。君を守る事が……出来なかった」
私はティマの手を握ってただ、詫びるしか出来ない。私は私の無力さを恨む。
ティマは微かに首を横に振ると、か細いけど、しっかりした声で言った。

「ううん。マキは……マキは十分……頑張ったよ。私こそ……ごめん」
私はただ、ティマを抱きしめる。それしか、今の私には出来ない。
外の雨が既に止んでいて――――ステンドグラスから、眩い朝の光が漏れていた。

「あのね……マキ、私……ね……」
ティマが私に話しかける。私は顔を近づけて、その声に耳を傾ける。

「ずっと……ずっと、思ってた……の」

「どうやったら……マキの……お嫁さんとして……生きて……いけるのかなって」
ティマの……温かかった体温が次第に冷たくなっていく。私はティマの体温を逃さない様に、グッと抱きしめた。
だけど……私の意思など関係無く、ティマの体が冷たくなっていく。

「でも……何時もドジ……ばっかり……で、マキに……迷惑ばかり……掛けて……」

私は頭を振って、ティマの言葉を否定した。
「違う……違うよ、ティマ。そんな事は無い。充分、ティマは私の妻として……妻として……」

言葉が、出てこない。
ティマの手が、私の目をなぞった。ティマは私の頬を撫でて、優しい声で言った。

「マキ……泣か、ないで……。マキは……何も……悪くない……から」

ティマに言われて気付く。私は――――泣いているのかと。
目の前がぼやけて、ティマの微笑んでいる顔が滲んで見えるのは……そう言う訳、だったのか。

「マキ……寒い……。もっと……ギュッと……して……」

私はティマをさっきよりも強く、強く抱きしめる。
私達は互いに――――抱きしめあった。いつまでも……このままで良いと思うくらいに。

「ねぇ……マキ」

「何だい? ティマ……」

「私……幸せ……だったよ。マキと……一緒に……色んな事を学んだり……笑い……あったり……」
ティマの言葉が次第に途切れていく……言語機能が既に失われてきているんだろう……。
ティマの中の機能が……次第に消えていく。だが私にはそれを止める術など……ない。

「このまま……消えても……私……悔い、無い……」
「ティマ、大丈夫……きっと……きっとまだ……」

どんな言葉も、空に浮かんで消えていく……。私は……私は……。
ふと、ティマが何処かを指差した。私はその先に目を移す。割れている大きな窓に―――――。

「虹……」
ティマが言う通り、鮮やかな虹のアーチが架かっていた。七色の綺麗な虹が……。

「凄く……綺麗……」
「あぁ、綺麗だ。とても……」

この子が―――――この子が一体何をしたって言うんだろう。作られて壊されて捨てられて……。
私は神を恨む。この子にこんな過酷な生涯を負わせた神を、私は許さない。

「あれ……」
「ティマ?」
「虹……見えなく……なっちゃった……」

気付けばティマの眼が、蒼色から灰色になっていた。視覚機能が……。
止めたい、ティマの機能が停止していくのを。どんな手を使ってもどんな事でもする……。
だから……だから、ティマの機能停止を……止めさせてくれ……。

「マキ……何処……? 見えない……よ」
「ティマ、ここに居る。私は、ここに居るよ……」

私が出来る事はティマに……ティマに……駄目だ……何も、浮かばない。

「マキ……ごめん。私……もう……駄目……みたい」

ティマはそう言って、静かに目を閉じた。――――駄目だ、ティマ。眼を……目を開けてくれ。

「私の事……忘れ……ないで……ね」
「忘れる訳無いだろ……忘れる筈が無い……」

ティマは私に小指を向けた。私はその手を掴みながら、自分の小指を絡ませた。

「私の事……忘れ……たら……針……千本……飲ます……」

「指……」
「……切った」

指を切ると、ティマは安心したような、柔らかい笑みを浮かべた。そして……言った。

「マキ……あり……がとう……。私を……愛して……くれて……」

「大……好き……」

……ティマ? 返事を……返事をしてくれ、ティマ。……ティマ。
私は何度も呼びかける。ティマ……起きてくれ、ティマ……頼む、ティマ。
何時もの様に、いつもの様に私を困らしてくれ。図書館に……図書館に言って本が読みたいと……そう言ってくれよ……

頭の中で、ティマの表情が浮かんでは消えていく。何時もの澄ました表情、喜んだ表情、驚いた表情、悲しんだ表情、泣いている表情、そして……笑顔が。
だけど……もうティマは何も私に言わない。静かに目を閉じたまま、手足をだらんと伸ばしている……だけだ。

もう一度、ティマの体を抱きしめた。けど、ティマの体は――――体は、冷たい……ままだ。
これが……これが、私達の結末なのか? こんな……こんな結末……私は、望んで……。
自然に私の目から涙が流れて、ティマの頬を濡らした。もう……もう、笑いかけてくれないのか、ティマ……。

と、私のポケットからケースに入った何かが落ちてきた。絶対に使わないと誓っていた……デッドチップだ。
だが……もうこれを使う理由はない。もう……ティマは全ての機能を停止した。したが……。

もしも……もしもアールスティック社がティマを手に入れたら……また、ティマは凄惨な運命を背負わされるかもしれない。
確かにティマは機能を停止した、が内部が機能を停止しても……外見はそのままだ。今後……ティマを模ったコピーが出ないとも限らない。
それだけは……それだけは絶対に……私は震える手を無理やり自制しながら、ケースからデッドチップを取り出した。
そして……ティマの額に触れ……メモリーチップを取り出す。そして……そして、私は……。

手から……デッドチップが落ちる。駄目だ……やはり……挿せない。
私はティマを床に置いた。そして――――唇を重ねた。ティマの唇は何処までも冷たく――――美しかった。

周囲が騒がしい。どうやら既に――――アールスティック社に包囲されていたようだ。
全部……終わり……か……。

そう言えば何だか体がだるい……な。嫌に頭がふらふらする。
もう……良い……か。私はティマの横に横たわって、ティマを抱き寄せた。

頭の中で、ティマの声が、ティマの表情が、リフレインする―――――。

「読んだ本に書いてあったから。寝てる人はえっと……接吻で起こすって」

「何か難しそうな顔してたから、何か心配ごとでもあるのかなって……」

「……マキ、私……マキのそばに居たい。そういう……そういう記憶を作りたい。これから」

「ごめん、マキ……私、マキの妻として何かしてみたかったの」

「ねぇ、マキ……私達、夫婦だよね?」

「……キス、して」

―――――ありがとう、ティマ。愛、してる。








「今日朝未明、○○県○○山で、32歳の修理士である男性がよそ見運転をしていた対向車と激突。全治○カ月の重症を負いました。
          よそ見運転をしていた40歳の男性は病院に運ばれましたが間もなく死亡。なお、この事故による……」







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