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グラインドハウス 第12話

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匿名ユーザー

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 目覚めてまず感じたのは激痛だった。
 涙を浮かべながらベッドから這い出て、洗面所で顔を洗い、寝癖を直し、着替えて部屋を出る。
 朝のタルタロス廊下には人影は無かった。マコトは昨夜、家に帰るのが面倒になって、
タルタロスに泊めてもらったのだった。
 朝食を、売店ではなく外のコンビニまで買いに行ってそこで済まし、タルタロスに戻る。
まだ戦いまでは時間があるので練習室にこもることにした。
 ……もしかしたら、これが自分の人生最後の1日になるかもしれない。
 だけどわざわざそんなこと確認するまでもなかった。
 考えてみれば今まで過ごしてきた毎日も「最後の1日」だったかもしれないのだ。たまたま生き
延びてきただけであって、あの日常と今のこの状況には何も変わりは無い。
 だから、自分が誰かの人生を終わらせても、それを非難されるいわれは無いんじゃあないか……?
 マコトは大きなあくびをした。




 時間がきた。マコトは所持品をタルタロスに預ける。
「今回はこのヘッドセットをご着用ください。」
 職員に差し出されたのはヘッドホンとマイクのついたインカムだった。「なぜ?」と訊くと、「『ケ
ルベロス』からの要望でございます」とのことだった。
 ふぅん、と適当に返事をして、地下への階段を下りていく。薄暗く冷たい廊下にはコラージュが立っ
ていた。
「残念だよ。」
 彼はマコトの前に立ちふさがる。
「君を見るのもこれで最後だなんて」
「やってみなきゃわからない」
「僕は経営者だからね。中立を保つように努力はしているけれど、さすがに今回は君に同情するよ。」
「……よけいなお世話だ。」
 マコトはコラージュのわきを通り、廊下を進む。たどり着いた扉の向こうからはあの熱気と騒々しさ
が漏れ出していた。
 いよいよだ。
 全身の怪我は治っていない。
 しかし、遺書も書いていない。
 ここで勝って、コラージュの信用を得れば、タルタロスを滅ぼすための足掛かりになる。
 負けたら、死だ。
 ふと、ユウスケの顔が胸をよぎる。
 ……大丈夫。オルフェウスはケルベロスに負けなかった。
 独り小さく頷いて、大きく息を吸って、扉を開けた。


「うぇるかむとぅううううざ、『タルタロス』!」
 まず周囲の歓声すらも凌駕する大音声でマコトの鼓膜を震わせたのは、口だけ男のいつもの言葉だった。
「待ちくたびれたぜ、『オルフェウス』!俺たちを餓死させる気かっつーのっ!」
 マコトは檻の中に入る。
「オルフェウスの戦績は1勝!倍率2.55倍!童貞捨てたばっかりのまだまだ初々しい坊やだぜ!対する
のはぁあああ――」
 歓声があがる。
「――『ケルベロス』!」
 どうやらケルベロスが登場したようだ。マコトはインカムを身に付け、檻の、相手が見える位置に移動した。
 驚いた。
「戦績は3勝!倍率1.06倍!その名の通り、タルタロスに挑む奴らを返り討ちにしてきたぜ!人畜無害そう
な外見に騙されるなよぉ!コイツはなかなか性格悪いぜ!」
 ケルベロスは檻に入り、マコトが自分を見ていることに気づくと、微笑み、近づいた。
 インカムのスイッチが入る。
 ケルベロスは言った。
「やぁ、アマギくん。」
「……お前だったのか。」
 マコトの目の前に檻の金網を挟んで立つ少年は――コウタ・キムラだった。彼はシャツにジーンズの爽やかな
格好で、笑顔を携えて立っている。周囲の雰囲気に全くそぐわないその姿からは、彼の静かな異常性がにじみ出
ているように感じられた。
「僕もコバヤシくんにスカウトされてね。」
「……いや、納得した。だからお前は、ユウスケが消えた直後から俺に近づいてきたんだな。」
 キムラは首を振る。
「いいや。僕が君がプレイヤーだということを知ったのは、一昨日、食事をしたときだよ。そうじゃなかったら――」
 彼は口端をつり上げる。その目に宿る光はどこかおかしい。
「――君はここに立ってられない。」
「昨日の連中もお前か。」
「うん。役に立たなすぎて笑ったよ。」
「……よかった。」
「何が?」
「お前は『死んだほうがいい人間』だ。」
 マコトのその言葉を聞いてキムラは哄笑する。
「そんなことはないよ!『死んだほうがいい人間』なんて、この世にいない!」
 マコトは無言。
「じゃあ――もしも、僕がタルタロスに参加している理由が、『難病を患っている妹の治療費を稼ぐため』
だったとしても、君は僕をそう断ずるかい?」
「……どうせ嘘だろ」
「いや、まぁ――嘘なんだけどさ。」
「クズが。」
「ひどいなぁ。」
「いつまでいちゃついてやがんだファッキン!!」
 口だけ男の怒号が飛ぶ。
 キムラは辺りを見回した。
「皆待ちくたびれてるみたいだ。おしゃべりはこの辺にしようか。」
「その前に、ひとついいか。」
 移動しかけたキムラにマコトは言う。
「ん、なに?」
「……お前、もしかしてユウスケを脅してたか?」
「え、うん――なんで知ってるの?」
「……そうか」
 もしかして、と思ってカマをかけてみたが、やはりそうか。
 腐ってやがる。マコトは怒りで握りこぶしが震えていた。
「それじゃあ位置につきやがれ!」
 口だけ男の声に従い、マコトはグラウンド・ゼロのシートに座る。ICカードは差すかどうか迷って、
結局使った。
「さぁよーやっく!スタートした今回のグラウンド・ゼロ!まずはいつもの機体選択!」
 マコトは操作レバーを握る。腕全体に激しい痛みが走るが、昨日からずっとレバーを握っているんだ。
さすがに慣れた。
 機体は使い慣れた重装型AACVを選択する。相手のキムラは――
「ケルベロスは高機動型!オルフェウスは重装型!こいつは見ごたえのある勝負になりそうだぜ!」
 高機動型か。
 マコトは舌打ちした。
 AACV高機動型は、マコトの使う重装型と比べふた回りほど小さく、装甲も薄い。しかしそれを補っ
た桁違いのスピードが最大の武器だ。
 蝶のように舞い、蜂のように刺すという高機動型の戦闘スタイルには、動きの鈍い重装型はすこぶる相
性が悪い。が、一発当てれば充分大逆転も狙うこともできる。
 ならば、とマコトは次の武器選択画面で、一撃の威力が大きく装弾数もそこそこのバズーカを選んだ。
「お互いに武器選択も終っ了!いよいよ始まるぜぇー……『タルタロス』が!」
 口だけ男の声。
 画面にはいつもの機体発進ムービーが流れている。
 そして視界が雲海で埋まり――
「さぁ!今回のステージはぁ――!?」
 ――いきなりの射撃がマコトたちを襲った!
「――『山岳要塞』だ!」
 マコトは機体を翻らせ、地面から襲いくる銃弾の槍を避けてとりあえず地面を目指す。
「これまたメンドクセーステージだぜぇ!険しい岩山の斜面に建設されたこの要塞からは、プレイヤーに向
けて常に機銃の射撃が浴びせられる!バトルに夢中でいつの間にかHPが無くなってる、なんてことにゃあ
ならねーようにな!」
 口だけ男の言葉をマコトは聞いていない。このステージでダメージを食らわず地面に降りる方法は予習済みだ。
 通常落下速度をおとすため下方へ向けて吹かす両肩のスラスターを上方へ向けて吹かす。そうして下方に加速
することで要塞からの射撃をくぐり抜けるのだ。
 そして地面との接触時の角度がなるべく鋭角になるように機体の落下軌道を横に反らしながら着地する。
その時にAACVの足で数歩地面を歩くことで、速度を高めに保ったまま着地できる。
 そうしてマコトが降り立ったのは要塞の下方だった。
 このステージ『山岳要塞』は険しい岩山の斜面に造られた要塞、という設定で、口だけ男の解説通り、
両プレイヤーに常に要塞から射撃が加えられる、プレイヤーたちの間では最も嫌われているステージの1つだ。
 その要塞からの攻撃は地面に降り立ってしまえば届かないのだが、プレイヤーたちにとっては実質的に空中戦
を封じられたも同然なので、必然的に低空飛行での戦いが多くなる。
 そのため、最初のゲームスタート時にステージの『どこ』に着地するかは非常に重要なのだが、マコトは早く
もミスを犯してしまった。
 マコトは山の斜面の下方に着地してしまっていた。高低差のあるステージでは、当然上の方が有利となる。
 レーダーを拡大し、マコトは『ケルベロス』の――『キムラ』の位置を確認した。
 キムラは斜面の中ほどからやや上の位置にいた。向こうは着地に成功したようだ。マコトの位置から相手は
目視できない。
 ならば。マコトはペダルを踏み込んだ。
「初期配置はケルベロス有利!しかしこのステージはこれじゃ終わらないぜ!」
 一瞬存在を忘れてた実況の声が耳をつんざく。
 スラスターを二度ほど吹かして斜面を少し上る。その先には分厚いゲートがあった。
 そこで通常射撃に使うボタンを押すと、ゲートが開いた。機体をその中へと滑らすと、広い空間に出る。
 空間の天井は低いが、横の広さはなかなかで、その左右の端にはAACVがずらりと並んでいる。ここは要塞の
AACV格納庫(という設定)だ。しかしマコトの目的はここではない。奥へと機体を滑らせた。
 奥の壁にはいくつもの扉が並んでいる。ゲートと同じように1つを開け、中に機体を滑り込ませると、
そこはエレベーターだった。
「オルフェウスは下方の格納庫からエレベーターで山のどこかへ出るつもりだ!もぐら叩きは成功するか!?」
 口だけ男の『もぐら叩き』という言葉にマコトは感心した。なるほど、上手いな。
 格納庫奥にあるAACV運搬用のエレベーターはいくつかルートがあり、それぞれはステージのばらばらな
場所に出る。
 要塞内に入った時点でマコト機はケルベロスのレーダーには映らなくなっているので、相手はマコトがどこ
の出口から飛び出してくるのかはその時まで判らない。まさにもぐら叩きだ。
 エレベーターは上昇する。少しルートが斜めになったりしたあと、わりとすぐにまた扉が目の前に現れた。
 一瞬で開いたそこから飛び出す。マコトの目はレーダーに貼り付いていた。敵機の位置は――10時の方向
下方45度!
 要塞の上方に飛び出したマコトは機体を捻り、バズーカでロックオンをする。マコトがキムラを目視したの
はこの瞬間が初めてだった。
 キムラの選択したAACVは高機動型だが、外見に独自のカスタムが施されていた。全体は黒く塗装され、
戦闘機の機首のような形状のコックピット周りには赤くつり上がった、恐ろしい獣の目のような模様が描かれて
いた。遠目から全体を見たら犬の頭にも見える。手に持っている武器は――珍しい、ショットガンか?
 要塞の上であさっての方向を向いていたキムラはマコトを見つけ、振り向く。が、マコトはすでにバズーカを
撃っていた。通常ならば直撃コースだが、高機動型ならまだ回避できる。キムラは要塞の上を滑るようにバズー
カの弾を避け、そのまま空中に躍り出た。
 その様子を見てマコトは反対方向にスラスターを一瞬吹かし、その上でキムラの上方をとるように飛ぶ。要塞か
らの射撃を受けるが、重装型ならば大したダメージにはならない。冷静にバズーカの狙いをつけて、撃った。
 キムラは機体をロールさせるようにその弾を避ける。
 しかしその次のマコトの、キムラが避けた先の空間で、スラスターのエネルギー回復のために一瞬飛行を慣性
に頼らざるを得ないポイントを狙って撃った弾は命中した。敵の高機動型は片足の装甲が吹き飛んで、きりもみ
回転をする。
「イィイヤッホゥ!こいつは見事な予測射撃!前回とはまるで別人だぜオルフェウス!」
 観客からのヤジも飛ぶ。
 実は一番驚いていたのはマコト自身だったのだが(まさか当たるとは)、これはチャンスと思い、キムラが体勢
を立て直す前に畳み掛けようとさらにバズーカを撃った。
 キムラは下方に加速し、まだ無事な方の脚で地面を蹴り、要塞の建物の影に隠れた。
 よし、有利だ。
 マコトはそう思い、要塞からの射撃を避けつつキムラが隠れたのとは別の建物の上に着地した。
 レーダーに注意を払いながら、今後の作戦を頭の中で組み立てる。
 今の攻防で、マコトはキムラの実力のほどを把握していた。
 あいつは、確実に俺より弱い。ゲームのランクで言えばCクラスの上位といったところだろう。
 普通に戦えばまず負けは無い。
 にも関わらずキムラがランキングで自分より上位にいるのは、きっと自分にしてきたような卑劣な妨害を他の
プレイヤーにもしてきたからだろう。
 だが自分はイナバさんの手当てのおかげか、体の痛みもあまり気にならない。
 残念だったな、ケルベロス。
 オルフェウスはお前を突破する。
 そのとき、インカムからキムラの声がした。
「……思ったより、やるね。」



「思ったよりやるね。」
 タルタロスの別室、薄暗い部屋でカメラとモニターを通してその戦いを見守っていたコラージュはそう後方の
タナトスに呼び掛けた。
 タナトスはモニターを少し離れたところから眺めつつ、何か物思いにふけるようでもある。
 その様子を見て、コラージュは言った。
「ダメだよ。」
「……わかってる。」
 タナトスは立ち上がった。
「どこへ?」
「……少し気になることが。」
「気になること?」
「あのキムラとかいうプレイヤー……直前に、パソコンで『何か』をしていた。」
「へぇ?」
「悪い予感がする」
「なるほど」
 コラージュは顎に手をやる。
「じゃあ、調べてきてよ。何か問題あったら言って。」
「ああ。」
 タナトスは頷き、闇に溶ける。
 コラージュはモニターに向き直った。
 そして独り、つぶやく。
「……だけど、タルタロスはここからだよ。」



「どういう意味だ」
 マコトは聞き返した。
「そのままの意味さ」
 マコトとキムラは互いに銃を向け合いながら、要塞上に着地した状態で睨みあっていた。
 間合いはどちらにも有利になりえる距離。このギリギリの距離で、キムラはマコトに話しかけてきたのだった。
 キムラの高機動型の右足は大きく破損していて、火花を散らしている。あれでは通常に比べて行動に遅れが出
るだろう。
 つまり、現在ではマコトの方がやや有利だ。
 なのに、わざわざ話しかけてきたキムラには何か不気味なものを感じる。
「……アマギくん。」
 キムラが言った。
「君は、名前を『オルフェウス』としていたね。」
「それがどうした」
「どうして?」
 マコトの眉間にシワが寄る。
「言わなくちゃいけないのか」
「いいや。ただ、僕の名前――『ケルベロス』という名前――の由来を教えておこうと思ってね。」
 こんなときに?
 マコトは不快だった。
「ギリシャ神話において、ケルベロスは冥界への入り口を守る番犬。冥界へ入ろうとするものには何もしないが、
そこから逃げようとするものにはその牙をもって襲いかかる――」
 マコトは引き金を引いた。
 発射されたバズーカ弾はケルベロスに当たる前に、彼の持つショットガンの散弾で撃ち落とされ、爆散する。
煙と土埃が画面を覆った。
 だがキムラは語りを止めない。
「――その外見は漆黒の体毛の大きな猟犬。そして最大の特徴は――」
 キムラの画面に、埃と煙を切り裂いてマコトの機体が大写しになった。右腕の大剣を展開させ、
必殺の一撃を放とうとしている。
 だがキムラは慌てず、機体をジャンプさせ、マコトを飛び越えた。プールに飛び込むように飛び越えたので、
その姿勢は空中で逆さまになる。
 マコトはスラスターを吹かして急転回し、再びキムラを画面に捉えた。
 その時に、それは起こった。
 転回する画面が急にスローになる。処理落ちだ。と、同時にノイズが走る。
 そんな中でもキムラの声だけはなぜかよく聞こえた。
 土煙の向こうに、逆さまの『ケルベロス』が見えた。
「――ケルベロスには、『3つ』の頭があるということさ!」
 画面が揺らぐ。大きなノイズが走る。観客たちが歓声をあげ、口だけ男が叫んだ。
「きいいいいたああああぜええええッ!」
 ノイズが晴れる。正常な状態に戻った画面を見て、マコトは驚愕した。
 『ケルベロス』の姿勢は通常のものに戻っていて、マコトの機体の前方に着地している。
 だがそこにはどういうわけか、『3体』のケルベロスが立っていた。
「……は?」
 状況を理解する間もなく、ケルベロスの1機が手に持ったショットガンを発砲してきたので、反射的にジャンプ
して避けると、避けた方向がまずかったらしく、要塞からの射撃をモロに側面からくらう。そうして一瞬注意力を
削がれた瞬間、2機目のケルベロスが近接戦用の高熱ナタを突き出して突進してきた。それは右腕の大剣を盾のよ
うに用いてガードしたが、そうして姿勢が崩れたところに至近距離、しかも背後から3機目のケルベロスの射撃を
マコトは受けた。
 一気にHPゲージが2割ほど吹き飛んだ。
「YhaaaaaaHaaaaaaッ!!」
 口だけ男が興奮して叫んだ。
「ついに本性を現した『ケルベロス』!新たに出現した2体のAIはプレイヤー用にカスタムされてるぜ!連携は
バッチシ!3対1になったオルフェウスはどう立ち向かうのかあっ!?」
「こんなのアリかよ!」
 マコトは3体のケルベロスから全力で逃げつつ、そうこぼした。
「こんなのチートじゃねぇか!コラージュ!反則だろ!?」
 会場に向かってそう叫んだマコトに、スピーカーから答えが飛び出す。
「別にチートが反則だなんて言った覚えはないんだけど。」
 コラージュの声だ。
「ハァ!?」
「まあ『HP無限』とか、ゲーム自体が成り立たなくなるようなチートはさすがにダメだけどね。」
「ふざけんな!」
「無策で挑んだ、君が悪い。」
「――だそうだよ。」
 スピーカーからの声が途絶えた後、続けてマコトにそう語りかけてきたのはキムラだった。
「これが『タルタロス』さ。バカは死ぬ。ただそれだけ!」
 ケルベロスはバラけた。マコトを取り囲むように飛行し、ショットガンで睨みつけてくる。
 重装型は高機動型にスピードで大きく劣る。すぐに追い付かれ、マコトは囲まれた。
 ショットガンが同時に撃たれる。マコトの正面の1体からの射撃はガードしたが、後方にまわりこんだ2体からの
攻撃はそうもいかなかった。またHPゲージがぐんと短くなる。観客が沸いた。
「『KILL』!『KILL』!『KILL』!『KILL』!」
「うっせぇ!」
 画面から目を離さず観客どもを一喝。しかしコールは鳴りやまない。
 舌打ちしつつ状況を打開するための策を考える。
 とりあえず、明るい材料を探すことにした。
 まず幸運だったのは、このステージだ。
 『山岳要塞』は上空を飛行するプレイヤーに射撃を浴びせてくる。マコトの操る重装型にはその射撃は大した
ダメージにならないが、キムラの高機動型は装甲が薄いため、そこそこのダメージになる。
 そのため、ケルベロスは可能な限り射撃を避けなければならず、そのためにマコトへの攻撃を妨害されていた。
 つけこむ隙があるとするなら、そこだ。射撃によって乱されたケルベロスの包囲をなんとか抜け出しながらマコト
はそう思った。
 追ってくるケルベロスの1機にバズーカを撃つ。簡単に避けられた。
「3体に分かれたケルベロスに刃が立たないオルフェウス!果たしてこのまま弄り殺しかぁ?根性見せろよこのヤロウ!」
 実況が耳障りだ。しかし、焦ってはならない。
 とりあえず今は高度を下げずに、要塞からの攻撃を避けつつ飛んでいる。高度を下げればあっという間に包囲されて、
しかも二度とは逃げられないだろう。
 ――いや、アリだな。
 思い直して、ペダルを踏む足を緩める。バズーカで牽制をかけつつ、要塞施設の、大きな建物の屋上に着地した。
「おぉーとコイツはヤバいぜぇ!ケルベロスがオルフェウスを取り囲むぅ!」
 着地したマコトをホバリングで取り囲んだキムラは、マコトの真正面に浮かび、余裕ぶった様子で語りかけてくる。
他の2体はマコトの後方へまわった。
「観念したのかい?ダメだよ、ちゃんと逃げなきゃあ。」
 無視する。
「シカト?まぁいいや。」 息を吐く。
「ああ、そういえばさ――」
 そうキムラが言った瞬間、マコトの後方に居たケルベロスが高熱ナタを構えて突進する。話しかけてタイミングを
外しておいての不意の一撃、素手でのケンカの基本をキムラは行ったのだった。
 ――だが、素手での喧嘩なら、マコトの方が経験豊富!
 後方から襲いかかってきたケルベロス。キムラがそうくることを――後方からの攻撃を本命としていることを――
今までの2回の攻撃から、その2回のどちらとも違ってまず後方の相手からしかけてくるということを正面のケルベ
ロスがこちらに話しかけてマコトの気を引こうとしたことから(それでもまだ後方の2体のケルベロスのどちらが攻撃
をしかけてくるかは判らないままだったので、最後は直感に頼ったが)、読んでいたマコトは、そのケルベロスの方向
を一瞬相手よりも速く向き、そして右腕の大剣を展開させないまま、それで打ちすえた。
 完全に攻撃の姿勢になっていたケルベロスは受け身もとれずに地面に叩きつけられ、大きく火花を散らしつつ、
連続攻撃をマコトに浴びせる予定で、すでに同様の攻撃姿勢をとっていたもう1体のケルベロスの方に吹き飛ぶ。
 そして見事に2体のケルベロスがぶつかったその瞬間に、マコトの放ったバズーカが2機をまとめて貫いた!
「今日はツイてる!」
 観客が歓声をあげる。だがマコトにそれに混ざる余裕は無い。すでに背を向けた方向から最後のケルベロスがナタを
振り上げて迫っていたからだ。
 このままバズーカ発射の反動を利用して打撃を浴びせ、そうして姿勢が崩れたところに大剣を叩き込めば、俺の勝ち
――マコトはそのつもりだった。
 だが、それはその瞬間に襲ってきた。
 操作レバーとボタンを操っていた両腕が、激しい痛みと共にひきつる。マコトは思わず叫んで、両手を離した。
 忘れていた。この痛み――!
 涙が目に浮かぶ。あの、ヤロウ――!
 ケルベロスは危険を察知したのか、結局攻撃はせずに軌道を急転回させてマコトから離れていた。
「なんてこったいオルフェウス!?一発逆転のチャンスを自ら逃しちまったぞ!しかもプレイヤーは苦しんでいるみて
ーだ!」
「……今日はツイてる。」
 完全に動きが止まったオルフェウスを見て、ケルベロスは嘲笑うようにそう言った。
「あのままだったら間違いなく、僕の負けだったね。君は強いよ……」
 マコトは画面の向こうにいるキムラを、シートの上で体を折り曲げながらギッと睨み付ける。
「だけど、僕の方が運があった。それだけだ。」
 ケルベロスがマコト機のそばに着地し、高熱ナタを抜く。
「それじゃあ……さよなら」
ナタが振り下ろされる――
 ――そのとき、それは起こった。
 高熱ナタがまさに振り下ろされて、マコトの機体のHPが一気に吹き飛ばされそうになったその刹那、
画面に再び走ったのは、大きなノイズだった。
 筐体に突っ伏していたマコトは、涙の向こうにそれを見た。
 会場がどよめく。
 画面が消えた。
「おおぉ!?」
 口だけ男がすっとんきょうな声をあげる。
 インカムからキムラの声がした。
「君……なにを、した?」
 マコトは手をついて体を持ち上げ、周囲を見渡す。
 会場は沈黙していた。
 誰もこの事態を予測していなかったようで、空気がひどく重苦しい。
 ……やがて、口だけ男の声がした。
「……あー、どうやら、機材トラブルみてーだ……」
 それをきっかけに、再び観客たちはざわめき出し、やがてそれは怒号の嵐となった。
 マコトとキムラを囲む金網に様々なものが投げつけられる。マコトはインカムを耳に当てた。
「これはどういうことだよ?」
「君の仕業じゃないのか?」
 キムラの声。
「俺は知らない」
「そうか……じゃあ、本当に故障?」
「どうかな……」
 もし本当に故障だったなら、この戦いはどういった扱いになるのだろう。あのままでは確実に自分が負けていた
けれど……。
 会場はますます悪く熱い気を帯びている。もう金網に指をかけて音を立てている人間も1人や2人ではない。
 どこか冷めた気分でそいつらが金網を破るのを待っていると、自分たちが入るのに使った、会場の外への扉が開い
たのが見えた。
 そこから早足でマコトに近づいてきたのはスーツ姿の男たちで、彼らはマコトの腕を引いて早く外へ出るよう促す。
 素直に指示に従って、マコトは会場の外へ出た。


 暗い部屋で、コラージュがモニターを見つめている。彼は携帯電話を片手に思案顔をしていた。
(おかしい……)
 タイミングが良すぎる。
 あれではまるで誰かが意図的にトラブルを起こして、勝敗を曖昧にしようとしたかのようだ。
 そもそも、タルタロスにおいてグラウンド・ゼロの筐体のメンテナンスは常に万全に保っている。故障なんてまず
あり得ないはずだ。さらにその上で、ゲーム筐体に関係するあらゆる場所――電源や、データ管理のサーバーなど――
には警備の人間を常駐させている。
 だからもし誰かが意図的に故障を引き起こそうとしたのなら、物理的なものを引き起こすのはかなり困難だ。
故障原因は今調べさせているが、おそらく、プログラムに関係するところが原因だろう。
 携帯電話が鳴った。素早く出る。
「どう?」
「タナトスだ。」
「原因は分かった?」
「ああ。どうやらサーバーがクラッキングを受けたらしい。動作に問題が起こるコマンドが打ち込まれた形跡がある。」
「やっぱりか。どこから?」
 コラージュは訊いた。グラウンド・ゼロのサーバーはネットワークから独立しているので、外部からのアクセスは不可能。
 なのでタルタロス内部からのアクセスであることは分かりきっているのだが。
「複数の候補があるが、偽装が巧妙ですぐの特定は難しそうだ。」
「……犯人はプロ、かな。」
「その可能性が高いな。」
「それにしても、セキュリティソフトは特注だろ?並みのプロでも太刀打ちできないはずの。」
「考えられるのは『並みのプロ』じゃない……か、もしくは『セキュリティの開発者本人』かだな。」
「開発者ってたしか……」
「……『サイクロプス』と名乗っていたな。」

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