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> 怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。
> おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた、等しくおまえを覗き返すのだ。
>   ―― フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ 『善悪の彼岸』


ゼロの表層意識を読み取らんと、広げられたのどかのアーティファクト……。
薄暗がりの中、その異様な紙面に、のどかは息を飲む。
「――な、何なの、これ?!」

ページは、真っ黒だった。一見して、真っ黒だった。
絵日記形式の片鱗も残さず、グチャグチャと何かに埋め尽くされている。
……否、よくよく見ると。
確かに、それは絵日記だった。一応、いつもの絵日記帳の枠線も罫線も残っていた。
ただその枠線も罫線も全て無視し、紙面全てを埋め尽くさん勢いで文字が溢れている。
到底正気とは思えぬ「言葉の断片」が、縦横無尽に踊っている。

『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』『ロ兄』『<WhokilledCockRobin?>』『血マミレ希望』
『1.立ち止まれば斬る 2.歯向かったら折る 3.逃げたら吊るす 4.要するに殺す』
『T?ten sie!T?tensie!』『豆知識:人間の体重の1/13は血液』『獣ノ様ニ激シクSEX』
『魔法のプリンセス・ブラッディ★ゼロ! 変身! リリカル・トカレフ・キルゼムオール♪』
『赤い花咲いた 綺麗に咲いた』『magisterummagichachazero』『……電波、届いた?』

統合失調症(古い呼び方では精神分裂病)の患者の一部が、時にこのような書き方をする。
紙の余白が許せぬのか、文字でびっしりと埋め尽くすまで書き続ける強迫的行動。
チャチャゼロの「表層意識」は、まさにその典型的な様相を呈していた。
こちらにまで「感染って」しまいそうな圧倒的な狂気に、のどかは激しい眩暈を覚える。

――ちょっと「普通」ではない絵日記帳の表示。
あるいは本当は、そこで本を閉じておくべきだったのかもしれない。
まだその時点なら、のどかは「引き返せた」のかもしれない。
けれど、彼女は。
「で、でも、これだけ『情報』があるんだから、どこかに手がかりがあるかも……!」
彼女はじっくりと読み込み始める。マトモな文章の体を成してない、文字の羅列を追う。
比較的意味の通る言葉を探し、1つ1つ確認していく。

『コレで6人か』『茶々丸の餌付けしてる野良猫ウゼー、殺しちまいてー』『満月マダー?』
『ツマンネェ御主人ガ丸クテツマンネェ下克上シテヤル』『アルベールにぞっこんLOVE』
『諸行無常』『『ケケケッ』と『キャハ!』、どっちが相手を追い込めるかナ。精神的ニ』
『うぜーうぜー、読心術者のガキうぜー。何がボーヤに用事だ、俺を疑ってるくせにヨ』

「……!!」
その一文に、のどかは思わず凍りつく。
バレてる!? チャチャゼロを疑っていることが、その本人にバレている?!
さらに文章は続く。珍しく長い文章。驚きつつもその続きを読む。思わず読み続ける。
『大体だな。読心術ってのは魔法においては基礎的な術に過ぎないんだよ。
 確かにあのアーティファクトは使い勝手がいいけどよ、マァそれだけサ』
そう――確かに読心術というのは、実はあまり難しい魔法でもない。
実際に麻帆良学園にやってきたばかりのネギが使えたほど、簡単な術なのだ。
ただ通常は呪文が必要で、また額への接触も必須。これでは実戦に使えない。
そういう意味では、接触も呪文も不要なこの本は、極めて便利な代物なのだが。

『で、読心術は基本であるだけにな――それに対する対策ってのも、ちゃんとあるのさ。
 例えば、無意味なコト・本質からズレたことを、ワザと思い浮かべたりだとか。
 例えば、呪詛返しの要領で、相手に術を返したりとか――』
ネギが麻帆良学園にやってきたその日、タカミチが咄嗟に取った方法がまさに前者。
意識の表層に『ノーパン』などの単語を思い浮かべ、それ以上の侵入を阻止したのだ。
闇の世界で豊富な経験を積んできたチャチャゼロが、素直に心を読まれるはずもない。

『ケケケッ』
ざわり、とログハウスを囲む森が揺れる。風があたりを吹き抜ける。
どこかから、笑い声が聞こえる。耳障りな笑い声。いやこれは幻聴だろうか?
その声に応じるように、日記帳の紙面が、紙面を埋め尽くす文字が、ユラリと揺れる。
そんな機能はないはずなのに。一旦書かれた文字は残り続けるはずなのに。
紙面に溢れる文字が次々にブレて、リアルタイムでどんどん書き換えられていく。
一体、何が起こっているのか。
魅せられたように見入ってしまうのどか。怖いのに、何故か目が離せない。
そして――のどかは、見た。見てしまった。

『好き好き好き好き好き好きネギ先生大好き』『ねこにゃにゃんの新作絵本まだかなぁ』
『現実ノ世界ヨリ本ノ世界ガ好キ』『夕映の飲んでるジュース、あれ美味しいのかな?』
『怖い。いろんなものが怖い。怖い』『本屋じゃないですー、本屋って呼ばないで下さいー』
『本に貴賎なしです』『キス。キス。キス。キス。大人のキス。ディープキス。フレンチキス』
『CelticMoon』『魔法って凄いなぁ、魔法の本凄いなぁ、魔法使えるようになりたいなぁ』

「……!? こ、これって、ひょっとして私の……!?」
強迫的に埋め尽くす構成はそのままに、無秩序にあふれ出す『のどかの』精神。
普段『いどのえにっき』が映し出すのどかの表層意識とはまた違う。
もっとあからさまな、もっと露骨な、表層意識に留まらない、のどかの丸裸の魂。

『ハルナは正直苦手です、ってかお節介で煩くてズカズカ踏み込んできて鬱陶しい……』
『夕映はトモダチだけどトモダチって時々面倒だよね特に夕映は変に思い悩むんで』
『クラスの能天気な連中マジうざいみんなバカばっか五月蝿いぞ黙ってろこのバカども』
『嫌い嫌い自分が嫌いみんなが嫌い世の中が嫌い何もかも嫌い閉じこもりたい』
『前髪は心の盾。表情を見られなければ。何考えてても。バカどもに分かるはずないし』
『大人の男は嫌い不潔汚らわしいネギ先生は子供だから大丈夫子供だから子供だから』
『ククク、この本さえあれば。この本があればみんなの心が読み放題♪ アハハ♪』

「あ……? え……?!」
なんともえげつなく、赤裸々に晒される心の奥底からの声。蒼ざめるのどか。
激しい眩暈。貧血のあまり立っていられなくなって、その場に膝をつく。
膝をつきながら、しかし目だけは本から離せない。
もう読むのも苦痛なのに、視線を逸らすことができない。本を閉じることができない。
「あた、あたし、こ、こんなこと、考えてなんて……」
『いいや、これがお前の本心。これがお前の素直な気持ち。
 欺瞞にまみれたお前の表層意識、一枚ひっぺ返せば醜く邪悪な心で満ちているのさ』
「これが、私……!? いつもの私は、嘘ってこと……?!」

ゼロの呪詛返しにより、逆に暴かれたのどかの精神。逆に操作されたのどかの本。
悪意と呪力を上乗せされた『えにっき』は、のどかの深層心理にまで踏み込んでいた。
どんな人間でも、心の底には邪悪な部分がある。親友にも不満はある。
ただ本当は、醜い部分も持ちつつ、でもそれだけではないのが人間なのだ。
醜さをも上回る優しさや自制心があって、それら全てひっくるめて1人の人間なのだ。
けれど、そういう醜い部分だけを切り出し、こういう形で晒されてしまえば……
のどかに、耐えられるはずがない。
ただでさえ自己評価の低い彼女に、反論できるはずがない。
ゼロの悪意に満ちた誘導、それに素直に乗ってしまう――

『世の中バカばっか。でも一番のバカは自分自身』
「わたし、自身……」
『みーんな気付いてないと思ってる。みんなをバカにしてること、バレてないと思ってる。
 でも実際は、モロにバレバレ♪ みーんなちゃんと気付いてる♪』
「みんな……気付いてる……」
『恥ずかしいよなー。情けないよなー。ネギ先生だってちゃんと気付いてるぜ。
 気付いてて、でも優しいから付き合ってやってるんだぜ。見てて哀れ過ぎるから』
「そんな……ネギせんせーも……?」
のどかは気付かない。気付く余裕がない。
いつの間にか日記帳の文面が、自分の精神からかけ離れてきていることに。
悪意をもった誘導と攻撃にすり替わってきていることに――


……エヴァのログハウスの前。すっかり暗くなった空。
呆然としたのどかが、本を抱えて座り込んでいた。
すっかり魂の抜けたような様子の彼女。表情を完全に隠す前髪。
ただ頬だけが、涙に濡れている。いつまでも枯れることなく、濡れ続けている。

「……あれ、のどかさん。どうしたんですか、こんなところで!?」
1日分の修行を終え、エヴァの小屋から出てきたネギが、彼女の背に声をかける。
ビクン! と震えるのどか。慌てた様子で立ち上がると、ペコペコとネギに頭を下げて。
「な、ななな、何でもありませんッ! し、失礼しますッ!」
「あ、ちょっ、の、のどかさんッ!? 危ないですよ、こんな時間に……!」
ネギの制止の声も届かない。のどかは逃げ出す。全速力でその場を逃げ出す。
とてもではないが、ネギのことを正視できない。
自分の顔も姿も何もかも、ネギに見られたくない――ネギ先生にだけは、見られたくない――!
「の……のどかさーん!?」

――かくしてのどかは、精神を犯された。
ゼロの悪意に満ちた読心術と暗示の前に、その魂を叩き壊された。
のどかは前髪を上げる勇気を失い、『いどのえにっき』を覗く勇気を失い、そして――

「――あれ? そういえば今日、本屋ちゃんは?」
釘宮円の新たな髪形に、ふと朝倉和美が呟く。
のどかがゼロの心を読もうとした日の、翌日の朝。
チア3人組の変化に気を取られ、クラスの大半が欠席者の存在を忘れていた。
クラスの中を見回して、事情を知ってるであろう人物を探し、声をかける。
「ねーねー、ゆえっち。本屋ちゃんどうしたか知らない?」
「のどかなら……昨夜遅くに帰ってきてから、ずっと様子がおかしいのです。
 布団に潜り込んだまま、出てこようとしなくて……。部屋に引き篭もっているです」
和美の問いに、席から見上げる夕映は困惑も露わに答える。
親友である夕映にとっても、のどかの急な豹変はまるで理解不能だった。
何があったのか尋ねてみても、マトモな返答がない。夕映さえも避けるような態度。
気分が悪いの、と布団越しに応えた彼女を寮の管理人に任せ、出てきたのだが……。

「なんだ、本屋今日は休みなのか。……困ったな、ちょっと頼みたいことあったのに」
夕映と和美の会話を耳に挟み、呟いたのは長谷川千雨。
「用って何ですか、千雨さん」
「いや、ちょっと図書館島で調べたいことがあってさ。本探すの手伝って欲しかったんだ。
 あのバカげた図書館、プロの手ェ借りないと使えねーしさ……」
「なら、代わりに私が手伝うです。のどか程ではありませんが、本の検索なら……」
のどかの話題から離れ、図書館の話に移る2人。
そんな2人をよそに、和美は腕を組んで考え込む。彼女の正義感が、刺激される。
「う~ん……。襲われたのが2人に、同時期におかしくなったゆーな、本屋、チア3人……。
 なんでまた、このクラスばっかり変なことが起きてるんだ?!」

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