「―――そう、穂群原学園だ。被害は甚大……そうだ。不発弾の爆発でそうなったということにしよう。では、そのプランに沿って頼む」
事後処理を行う教会のスタッフに電話で連絡をした後、神父である男は受話器を置いた。
そして、教会の入口に目を向ける。そこにはスーツ姿の女性が立っていた。

「良く来てくれた。バゼット・フラガ・マクレミッツ」
「お気になさらずに、言峰綺礼」

聖堂教会の人間と、魔術協会の人間、決して歩み寄らない両組織の人間が邂逅した。


「―――前回の聖杯戦争は陰惨を極めた。殺人鬼がマスターとなり、本来の監督役であった私の父は死亡、そしてあの大火災、
秘密裏に行われるはずの戦争が世間にこうまで被害を与え、神秘の隠匿という大前提を崩壊させる寸前まで行われたことは、実に憂うべきことだ」
言峰は首を振り、悲観した風に締めくくった。
「君にはこの聖杯戦争で前回のように狼藉を働くマスターとサーヴァントを狩る事に協力してもらいたい」
「ええ、私もそのつもりで来ました」
言峰の言葉に、バゼットは快く応じた。

―――バゼットは気づかない。言峰綺礼が彼女の令呪が刻まれている左手を見ていることを。

「私はアサシンを召喚しました。彼ならマスターの情報を集める事にも、危険な存在の排除にもうってつけでしょう」
「アサシンか、それは好都合なサーヴァントを召喚したものだ」
満足げに頷く言峰は―――決定的な一言を口にした。
「ああ、ところで『それ』のことだが」
「?」
バゼットの視線が、言峰が指差した先、祭壇の上の十字架に向けられる。
何の変哲も無いホーリーシンボルに、バゼットは首をかしげた。

その隙を、言峰綺礼が見逃すはずも無い。

一瞬で黒鍵の刃を顕現させると、女の左腕を穿ちにかかる。殺気に気がついた女が振り向いたときにはもう遅い。
バゼットの表情、驚愕と哀哭がない交ぜになったそれを見て、言峰綺礼は嗤った。
「ああ、そうだ。その表情が見たかった」
言峰の奇襲は完璧に近い。もし、この場にバゼットの味方である第三者がいたとしても、普通の人間では対応すらできないだろう。


―――あくまで、普通の人間ならば。


ドアを金槌で叩くような音がした瞬間、鉛弾は直線の弾道を描き飛んでいく。
教会の扉を撃ち抜いた一発の火線は、即座に刃物を持つ腕に命中した。
防弾機能と防護の術式が編まれた僧衣は大した威力でも無い銃弾を通さなかったが、衝撃まで殺しきることはできず、黒鍵は甲高い音を立てて床に転がり、言峰はバゼットに体勢を立て直させる暇を与えた。
バゼットは、奇襲を仕掛けてきた本人を見やりながら、距離を取る。
「念のため、鍵穴から中を覗いておいて正解だったな」
銃撃した当人は素早く扉を開けて入り、ポツリと呟いて銃口を神父に向けた。
「―――ク。暗殺者の英霊相手に騙し討ちは分が悪かったか」
獣のような笑みを浮かべる神父にアサシンは無言で銃を撃つ。銃創が神父の額に穿たれ、仰臥して斃れた。


「……」
無言で立つバゼットの額には冷や汗が浮かんでいた。
それはアサシンを奪われそうになる程、自分が弱いことに気がついたからだ。
言峰がかつてと比べて更に研鑽したのか、そうでないのかは、バゼットに知るよしもない。しかし、これだけは言える。
言峰にはバゼットと戦う意思があり、自分には言峰と戦う意思が無かった。
だから、簡単に騙され、殺されかけた。アサシンがいなければ、自分は早々に脱落していた。
その事実に、屈辱と恐怖が涌き上がってくる。
「バゼット、退くぞ」
アサシンの言葉にようやくバゼットは我に返った。
正当防衛だったとはいえ、自分達は監督役を殺害したのだ。早々に立ち退かなければ厄介なことになる。
「まだ調べたいことはあるが、諦めろ。下手をすれば敵が増えかねない」
「……ええ、確かに」
アサシンの先導でバゼットも教会を出る。一度だけ振り向いて言峰の遺体を見やった。そしてすぐに踵を返すと、教会を出ていった。


誰もいなくなった教会で、しかし動くモノはあった。
言峰綺礼の遺体、その額の穴から湧き出るように吹き出す物体―――黒い汚泥は、ゆっくりと言峰綺礼の傷口を埋めていった。やがて完全に傷口が塞がった時、今まで死体だった『何か』が立ち上がった。
「突然の危機を想定し、常に警戒を怠らず、引き際も素晴らしい。良いサーヴァントを引き当てたな。バゼット・フラガ・マクレミッツ」
笑う。それは嘲笑か、それとも祝福の笑みか。立ち上がった死人は、澱んだ眼で背後の空間を見た。
「それだけに手に入れられなかったことは惜しい。が、『お前』から見ればどうだ。手こずる相手か」
返ってきた言葉を聞き、言峰は笑いを深めた。
それはおぞましい、全てを冒涜するような笑みだった。


衛宮邸の茶の間。普段は明るい声が響く茶の間で、しかし現在は緊張が支配していた。
黒衣のキャスターは掌を由紀香の頭にかざし、精神を集中させて何かを詠唱している。
それが終わり、琥珀色の双眸を開いたキャスターに、マスターである士郎が期待を込めて口を開いた。
「キャスター、何とかできそうか?」
「……残念だけど、無理ね。これをやったのは現代の魔術師じゃ無い。これは宝具によるものよ」
その言葉に沈黙が陰鬱な物に変わる。キャスターの眼前には犬の耳が生えた由紀香の頭があった。


学校での戦闘後、一行はこれからをどうするべきかで話をした。
ともかくも遠坂凛が説明をする事になり、その場所として衛宮士郎が自分の家である衛宮邸を提供した顛末だ。
遠坂凛の口から出てくる説明に、それを聞く者達は驚く以前に呆然としていた。
魔術。
サーヴァント。
聖杯戦争。
いずれもライトノベルやアニメのような話であり、そしてそれが現実である事は先程の光景で証明されている。おまけに、自分達はそれに無理矢理な形で関わらせられようとしていることを聞かされた。
「大体は分かったが……とにかくもこれをどうにかして貰えないだろうか」
鐘は自分の背中から生えている翼を手に取って引っ張った。
由紀香の耳は帽子を被れば何とかなるだろうが、鐘の翼や楓の手足は誤魔化しようが無い。これでは日常生活を送る事すら出来ないだろう。
遠坂凛と衛宮士郎は、キャスターに解呪を依頼した。

―――だが、芳しくは無かった。

「分かっていることは、これをしているのは魔術では無く宝具。それも相当に霊格の高い宝具によるもの。本来の担い手ならともかく、私に手が出せるものじゃないわ」
「それなら、遠坂がやったみたいにこの令呪でキャスターをパワーアップしたらどうだ?それなら……」
士郎の縋るような言葉に、キャスターは首を横に振った。
「出力が足りないとかそういう話じゃないの……わかりやすく説明するわ。ねえ、貴女」
話を黙って聞いていた少女にキャスターは話しかける。
「は、はい。何ですか?」
由紀香の視線を真っ直ぐ覗き込むキャスターは、口を開いた。
「何か、おかしな気分はしないかしら。例えば、できるはずの無い事をできたとか、それとも、あるはずの無い記憶を持っているとか」
「あの、そう言えば、何か変なことが。私の名前は三枝由紀香って言うんですけど、他にも名前がある気がするんです。それから、そのもう一つの名前の持ち主のやったことも覚えているような気が……」
「そういえば、アタシも操られてた時に何か夢みたいなもの見てた気がするな」
思い出したように言う楓に、鐘も反応した。
「……お前もか?蒔の字。私も何か戦うような夢を見ていた気もするが」
「ああ、それそれ。伽和羅(かわら)身につけて、剣持って戦うんだよ。自分の事じゃない筈なのに、妙にリアルな夢でさ」
その言葉に、キャスターはふうと溜息をついた。


「……本人の精神と、外部からの精神、つまりはその宝具によるものが、融着している。下手に引き離したら本来の精神にも悪影響が出るかも知れない」
キャスターの分析に、士郎は歯を食いしばって呻いた。
「……そんなことを、三人はされたのかよ」
「今は冷静に解決策を考える時よ。士郎」
怒りを募らせる士郎を宥めるキャスターだが、その表情は固い。楓が慌ててキャスターに詰め寄る。
「ちょ、ちょいまち。じゃ、このままこの姿で生きていけってのか?」
キャスターは無言でおもむろに楓の腹部に手をかざし、口を開いた。
「少なくとも姿はどうにかなると思うけど。貴女達が持っている以上、ある程度は自分で運用できる筈だから」
「ほ、本当?う~ん。戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ……」
由紀香が手を合わせ、拝むように念じた。すると、犬耳が髪の中に吸い込まれるように引っ込み、見えなくなる。
「おお、戻ったぞ。由紀香!」
「えっ……本当!戻ってる!」
鐘の言葉に手鏡を覗き込んだ由紀香は、自分の頭上から犬耳が綺麗に消えていることに歓声を上げた。
「強く念じれば、元に戻るのか」
「よし!メ鐘、アタシらもやってみよーぜ!」
そのまま、二人して手を合わせて念じる。
「「戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ、戻れ」」
二人で目を固くつぶって、一心不乱に唱えている姿は危ない新興宗教のようでなかなか不気味だったが、効果はあったらしい。
楓の手足は人間のそれに戻り、鐘の背にあった翼もうっすらと消えていった。

「「戻ったー!!」」

「これで少なくとも、外見はどうにかなるという事が分かったわね」
冷静に呟くキャスターの隣に座る士郎は、暫くつぐんでいた口を開いた。
「キャスター、聖杯なら三人の身体を完全に戻すことができるのか?」
士郎の言葉に、今しがた喜び合っていた三人が視線を向けた。
「聖杯が言葉通りの物なら、ね」
事も無げに言うキャスターの言葉で、衛宮士郎は表情を決意に固めた。

「……なら俺が聖杯を手に入れて、三人の身体を元に戻す」

その言葉に、三人は驚愕し、由紀香が真っ先に口を開く。
「待って、衛宮君!聖杯戦争って危険なんでしょ?」
「承知の上だ」
「承知の上だって、お前……分かってんのかよ。バカスパナ!」
「いくらなんでも、無茶だ。考え直せ」
楓に続き、鐘も士郎を止めるが、士郎は首を横に振る。
「もう、俺は巻き込まれているんだ。キャスターのマスターとして。今更引き返す道なんて無い」
士郎は淡々と話を続ける。


「俺は聖杯なんていらない。キャスターが使う分と、三人が元に戻るために使う分さえあればそれでいい。」
「だが!校舎をあんな風にしてしまう連中が相手なんだぞ?」
「なら、尚更だ。サーヴァントに敵うのがサーヴァントだけなら、俺が聖杯を手に入れるしか無い。それしか氷室達の身体を元に戻す方法が無いのなら、それを選ぶのが当然だ」
士郎の言葉に、その場の全員が言葉を失った。
この少年は、知り合いとは言え他人のために戦うと、剣の一振りで鉄筋造りの校舎を焼くような怪物達の闘いに身を投じると言ったのだ。
三人のいずれもがなにか言おうとしてやめた。この少年が戦って、聖杯を手に入れてくれれば自分達は元の日常に帰れるという考えを誰もが抱き、
すぐにそれが少年を死地に追いやることである事に気がつき、そんな考えを抱いた自分が醜くて仕方が無かった。
悲壮な雰囲気が漂った空間は、一人の少女が立ち上がったことで、沈黙が終わる。
「じゃあ、私は帰るけど、衛宮君。話したいことがあるからちょっと来てくれない?」
優等生の皮を脱いだらしい遠坂凛は、こちらの方が素であろう態度で士郎を呼んだ。


「正直なところ、私も聖杯で叶えたい願いは無いのよ」
凛の言葉に、士郎は驚愕した。
「じゃあ、何だってこんな闘いに参加したんだよ。俺みたいに偶然召喚したわけじゃ無いんだろ?」
「まあ、それは置いといて。聖杯を三枝さん達のために使うって本当?」
真剣な顔で聞く凛に、士郎は少したじろぐも、はっきりと答えた。
「ああ、そうしようと思う」
「キャスターはそれでいいの?」
凛の言葉にもキャスターはいつもの感情の起伏に乏しい表情を変えなかった。
「士郎に従うわ」
「そう。それなら約束して。どちらが最後まで残って、聖杯を手にしても、三枝さん達のために使うと」
「本当か!?」
万能の願望機を、自分と同じく他者のために使う人間がいたことに、今度は士郎が驚いた。
「別に深い意味は無いわ。ただ冬木の管理者として、こんな風に一般人を好き勝手されて気に入らないだけ」
「えっ、遠坂ってそんなに偉い人だったのか?」
「衛宮君、どれだけこっち側のものを知らないのよ……」
士郎の無知に、凛は額に指を立てて首を振った。
「とにかく、三枝さん達のことはできるだけ他のマスターにもばれないようにしましょう。宝具を取り出せない以上、先手を打って彼女達を攻撃しようなんて連中がいないとも限らないわ」
「とりあえず、当面は犯人のサーヴァントとマスターの捜索だな。分かった。遠坂ありがとう」
「お礼はいいわ。いずれ戦う相手だもの……ああ、そうそう」
「なんだ?」
「……やっぱりやめといた方がいいわね。それじゃあ、衛宮君、キャスター。また戦う日までね」
そう言うと、遠坂凛は怪訝な顔をした士郎とキャスターを残して去って行った。


家路についた凛は、既に自宅である遠坂邸の正門前に立っていた。
「そりゃそうだ。万が一のことを考えれば、綺礼には連絡しない方がいいわね」
遠坂凛は独り言を呟きながら、先程自分の頭に浮かんだ考えを反芻する。
―――教会による三人の保護。
一瞬浮かんだ考えは、すぐに否定された。教会は正義の味方では無い。巻き込まれた人間の記憶を消して日常に返すぐらいのことはするだろうが、それは神秘を秘匿するという仕事をしているにすぎない。
おまけに現在の監督役は魔術協会とも繋がっているあの兄弟子だ。
もし協会にでも知られたら、三人の身柄がどうなるかわかったものではない。
宝具を身に宿した一般人だ。最悪、保護という名の実験材料化なんてこともありうる。
衛宮士郎は、家に人を招くことを躊躇しないような殆ど一般人、注意を払っておけば問題は無いだろう。
キャスターにしても、その衛宮士郎に忠実らしい。多分、大丈夫だ。
「問題は、明確なルール違反を犯したサーヴァントとマスターか」
一般人を操って他の陣営を襲わせる。神秘の漏洩にも繋がりかねないそれは、冬木の管理者としても遠坂凛としても許せそうにない。
「これでますます負けられなくなったわね。バーサーカー」
「◆◆―――◆」
凛は霊体化している従者に話しかけた。聞こえてきたのは相変わらずの唸り声だが、同意しているらしい。
「じゃあ、帰りますか。明日からが大変よ」
決意を新たに凛は玄関から自室へと向かった。


それは一見したところでは何の変哲も無いワンボックスカーだった。
誰が知るだろうか。それを根城にしている二人の内の一人が、人間では無いことを。
『……宝石は、まだあるわね。でもバーサーカーの維持にも使うから、今度は少し多めに……』
車内に積み込まれた機材から聞こえるのは、現在遠坂邸にいる少女の声だった。
敵マスターの声はかなり鮮明に聞こえる。技術の進歩を感慨深げに実感していたサーヴァントは、車に近づく気配を察知し、銃を手に取る。
召喚当初に所持していた狙撃銃ではなく、現代で用意したサブマシンガンである。
一定のリズムで叩かれる車のドアに、アサシンは銃口をそのままに、ただ口を開いた。
「バゼットか」
「ええ、戻りましたアサシン」
そのまま車内に入ってきた自分のマスターに、アサシンはようやく銃を下ろした。
「現在、遠坂凛は家の中だ。狙撃地点は幾らか確保しているが、学校があの状態になったのは痛いな」
「行動のパターンが読みにくくなりますからね。それでも、聖杯戦争である以上彼女が外に出ないことはあり得ない。仕留めるにはその時です」
ああ、とアサシンが首肯する。
「バーサーカーは燃料を食い荒らすアメリカ車のようなものだ。ガソリンタンクが空になれば自ずと停車する」
アサシンの中でバーサーカー陣営の攻略法は既に出来上がっているらしい。
敵の工房がある筈の遠坂邸の情報を得るために盗聴器という科学の産物を使う提案をしたのはアサシンだ。
魔術師らしく、科学との縁が薄いバゼットにとっては不安が残る提案だったが、それの有効性は目を見張る物がある。
魔術的な要塞は、英霊の気配遮断と魔力を欠片も有しない機械装置には無力だった。
遠坂を初めとする陣営の情報を断片的にでも手に入れることができるアドバンテージは大きい。
車内に設置した機械を操作しているアサシンを見ながらバゼットは召喚直後の彼の台詞を思い出していた。

『俺は弱い英霊だ。多分殴り合いならマスターの方に分がある。だが、負ける気は無い。協力してくれ』

アサシンは確かに弱い英雄だ。パラメーターの殆どがEランクという脆弱さは、この戦争に参加したサーヴァント中最弱だろう。
それでもバゼットはアサシンを恐ろしい英霊だと思う。彼は弱いが、それは決して弱点になり得ない。文明の利器を惜しげも無く使い、その力を利用し、更に発揮する。
自分の弱さを知っているという事は、自分の持つ機能と性能を理解しているということだ。
執行者として数多の魔術師を狩ってきたバゼットにとって、もし相手取るならアサシンのような輩がもっともやりにくい。反面、味方にできればこれほど頼もしい相手もいなかった。
バゼットはアサシンについて不満は何も無かった。ただ問題があるとすれば。
「ほら、各種機器のマニュアルだ。読んで覚えろ」
アサシンが手渡した分厚い紙の束に、バゼットは僅かに身じろぎした。
「こ、これら全てを覚えるのですか……」
はっきり言って、バゼットは細かい操作が苦手だ。当然機械に関しても同じ事が言える。
「アサシン。魔術師という物は機械の扱いが不慣れでして……」
「じゃあ、練習して苦手を克服すべきだろう。俺にしても機械の扱いは専門家というわけでは無いんだ。バゼットにもできるようになって貰わなければ困る」
一分の隙も無い正論に、バゼットはなすすべも無くマニュアルを受け取った。
「戦いは情報の有無で幾らでもひっくり返る。そのあともまだ勉強して貰うことはあるからな」
聖杯戦争が終わるまでにどれだけの学習をさせられるのか、想像したバゼットは溜息をついた。


夜の繁華街は、会社帰りのサラリーマンや水商売に関わる人間で賑わっていた。
その中で、変わった装丁の本を持つ少年が虚空に話しかける。
「ライダー、これで冬木の大体の場所は回った。何か質問はあるかよ?」
『ない。しいて言えば、儂の最終宝具が使える場所が少ないな。こうも建物が密集していては』
返ってきた言葉に、慎二は再び問いを口にした。
「そんなに強力な宝具なのか?」
『うむ。もっとも、それを一度使えばしばらくは大幅に弱体化するという欠点もある』
「そうか、対策を考えておかないとな」
間桐慎二に魔術回路は無く、よってサーヴァントに供給できる魔力も無い。
しかし、本人が保有する魔力炉心と宝具によって魔力は普通に戦う分には全く困ることは無い。
最終宝具も多少無理をすれば放つことができるというのが本人の弁だ。
「勝てる。勝てるぞ。ライダー、そして僕とお前の願いを叶えるんだ」
『勝てるのでは無い、勝つのだ。儂は負けぬ』
一種傲岸とも言える強気な答えに、慎二は召喚時の光景を思い出していた。


『関羽雲長、騎乗兵の位を得て顕現したり―――喜べ。貴様らの勝利よ』


蟲倉の蟲を全て吹き飛ばしそうな豪風と共に出現したサーヴァントは、不遜な態度で周囲を見回した。
その眼光が、肩で息をしている召喚した本人に向かう。
「お前が儂を呼んだのか?」
「待て!よ、呼んだのはそいつだけど、マスターは僕だ」
多少震え声で話す慎二に、ライダーは一瞥すると、口を開いた。
「よろしい。この戦いに参加するには、かりそめとは言えマスターは必要。お前をマスターと認めてやる」
思いっきり下に見られながらも、こうして間桐慎二の聖杯戦争はスタートした。



「そこでだ、お前の宝具は……」
その時、肩同士が触れ合う衝撃を感じる。
「何だ。テメエ?」
話に集中する内に、人にぶつかってしまったらしい。振り返ると、明らかにチンピラ然とした男が立っていた。
「何独り言ブツブツ言ってんだ。電波かアァ?」
慎二の態度が気にくわなかったのか、チンピラはますます突っかかってきた。
チッと舌打ちして、小声で背後のサーヴァントに声をかける。
「ライダー、お前の戦闘力を見るぞ。こいつを半殺しにしろ」
虚空からの声は、慎二にのみ小声で伝えた。

『嫌じゃ』
「ハ?」


サーヴァントの声色は先程までと少しも変わらず、ハッキリと拒絶した。
「何言ってるんだよ。ご主人様のピンチだぞ!?」
『鶏を捌くに牛刀は用いぬ。この程度の輩に力を奮うなどしたくない』
なおも言い募ろうとした慎二だったが、側頭部への火花が出るような衝撃に受身を取る暇も無く昏倒した。
「バーカ!気持ち悪いんだよ。間抜け!」
大笑するチンピラは、倒れた慎二を何度も踏みつけた。周囲の人間も巻き込まれることを恐れてか、手を出そうとはしない。チンピラはそのまま慎二の懐に手を入れ、財布を抜き取る。手際からして慣れているのだろう。財布から一万円札を全て抜き取ると、そのまま去って行った。


「何で助けないんだ!この大馬鹿野郎!!」
ようやく立ち上がった慎二はビルの間にある路地裏に入り込むと、思い切りライダーを怒鳴りつけた。
実体化したライダーは、涼しい顔で慎二の怒鳴り声を聞いている。慎二が怒鳴り疲れて肩で息をすると、口を開いた。
「馬鹿たれ、あの程度の輩を退けられぬようでは仮とは言え、儂のマスターたる資格など無い」
「な、なんだとお……」
顔を紅潮させる慎二は、その時手に持っている物に気がついた。
サーヴァントを隷従させる偽臣の書、これは無理な命令で無い限り、サーヴァントを御することができる物。
歪んだ笑みを浮かべて、慎二がそれを手に取ろうとしたとき、ライダーの低い声が響いた。
「それで使える命令はせいぜい一回。こんなくだらん事に使う気か?」
その言葉に、一気に頭が冷える。確かにそうだ。こんなことに使うべきでは無い。
だが、殴られた痛みと受けた屈辱は自身を苛む一方だ。
「畜生……」
その時、壁に立て掛けてある『ある物』に気がついた。


その男は、街の鼻つまみ者だった。
自分より弱い人間をいたぶって、自分が強いと錯覚する感覚を愛していた。
必然的に中学生の時から恐喝で金を稼ぎ、一時の遊興の代価に当てた。
文字通りの街のダニのような人間だが、かと言ってヤクザになろうとも思わず、このまま一生を人から金銭を脅して手に入れて中途半端に生活できると本気で思っていた。
先程の少年からくすねた戦利品を数えているとき、後頭部に痛撃が走るまでは。
余りの痛みに意識を手放しそうになるが、後ろを振り返ったときに顔面を靴のような物で蹴られて、意識は無理矢理繋ぎ止められた。
「よくもまあ、やってくれたね。まずはさっき僕からくすねた金を返して貰おうか」
首筋に突き出された鉄パイプを前に、その男は今まで自分が傷つけた人々がしてきたように、地面に這いつくばって、こくこくと頷いた。


「ようやった。やられればやりかえせばよいのだ」
相変わらず尊大な態度でライダーは慎二を(一応は)褒めた。
「やかましい!大体僕に何かあったらどうするつもりだってんだよ!」
「その時はその時よ。どのみちあの程度できなければ、お前は死ぬだけだ」
あっさりと自分が死ぬと断じたサーヴァントは、もう一度霊体化する。
『さて、屋敷に帰って鋭気を養うとするか。なあ、マスター』
「帰るのかよ」
『儂を呼んだ場所で休めば、儂の魔力も戻りやすい』
「……わかったよ。その代わり今後は僕の指示に従えよ」
『だが断る。悪手を打とうとすれば、当然儂は拒否するぞ』
「そこは、承諾するところだろうが!!」
傍目から見れば、慎二一人でギャーギャーと騒いでいるようにしか見えない主従は、そのまま夜の街を家路についた。








第三話まで書くと、やっぱり自分が長編書いてるんだと実感が湧いてきます。
何とか書き上げましたが、本音を言えばひむてんで出てくるようなネタギャグの数々を書きたいです。
以下、没小ネタ



~凛が三人娘に聖杯戦争の概要を説明したあと~
「―――以上が聖杯戦争の概要よ」
誰もが黙っている中で、一人が口を開いた。
「あのさ、ちょっといいか?」
蒔寺楓がしきりにキャスターの方を向きながら、凛に尋ねた。
「何かしら。蒔寺さん」
「遠坂がさっき言ってた英霊だけどさ。いや、分かってるぞ。霊なんて全部プラズマで説明できる嘘っぱちだし、アタシは平気だし、大丈夫だし、だけど、本当に、本当に、本当にキャスターさんって……ゆ・う・れ・い??」
楓の縋るような問いかけに、キャスターはきょとんとしながら答えた。
「?ええ、そうよ。私は一度死んだことがあるもの」


―――時が止まった。


「勝利への脱出!」
「蒔の字、人の家の障子を突き破るんじゃない!」


蒔寺楓、心霊耐性E(超ニガテ)


実際に書いてみたかったのですが、話の雰囲気上どうしても割愛せざるを得ませんでした。
今後はギャグも入れてみたいなあと思います。それでは皆様ご機嫌よう。

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最終更新:2013年09月12日 00:49