起きて最初に確認したのは、全身のけだるさと魔術回路の痛みだった。
目覚まし時計を見てみると、既に昼過ぎになっている。
「まあ、今日は学校休むように連絡したからいいけど」
やはり、身体の調子が悪い。原因は分かっていた。
「あんた、魔力食い過ぎなのよ。バカスカ、バカスカ、フードファイターじゃないんだから」
「◆◆―――◆◆◆◆―――◆◆◆―――」
光の粒子が集まり、昨日召喚した狂戦士が顕現した。
何に苛立っているのか、唸り声を上げて部屋の中を歩き回っている。
召喚した当初は大変だった。いきなり暴れ回り、工房を半壊させた後、敵を求めて彷徨い、危うく家の外に出るところだったこのサーヴァントを制御できたのは、やはり凛の素質によるたまものだった。
意思疎通は簡単な命令以外無理にしても、魔力供給の量を調節することによって、ある程度動きを抑制させることはできる。
「吸い取ってる分だけは働いて貰うわよ。霊体化しなさい」
命令した上で魔力供給を少なくすると、自然とバーサーカーの身体が薄れてくる。完全に姿が消えたのを見計らい、凛はコートを羽織った。
庭に出る。昼の日射しは消耗した身体に、僅かなりとも活力を与えてくれているような気がした。
外出の目的は、セカンドオーナーとして冬木市内の見回りと、参加者として各陣営の威力偵察。


「……柳洞寺に異常は無し。てっきりキャスター辺りが陣地にしているかと思ったけど」
冬木は表向き平穏を守っている。前回の戦争では酷い被害が出たことから、今回も同じようなことが起きるかと危惧していたが、杞憂に終わったらしい……今のところは、だが。
一日中街中を見回ったが、どのサーヴァントの姿も見られない。使い魔も放ったが、結果は変わらない。
「穴蔵決め込んでるのかしら?」
凛は西日を見た。もうじきに日が暮れる。聖杯戦争は人目につかないために、戦闘はあくまで夜に行われる。と、いうことになっている。
いつ戦闘が始まっても、闘う覚悟はできているが、正直に言えばバーサーカーの制御にもう少し時間が欲しいところだ。
最後の見回り場所に立ち寄って、結界のある遠坂の屋敷に戻った方がいいだろう。
凛は、当初から決めていた最後の見回り場所を見上げた。
穂群原学園。


校舎の屋上から、街を見渡す。家々の明かりが灯り、夜の世界にも人がいることを感じさせてくれる。
「だけど、ここからは魔術師の時間よ」
決意と共に夜景を見渡すが、校舎にも異常は無かった。そろそろ帰ってもいいだろうと思ったとき、夜の校庭から不審な音が聞こえることに気がつく。
はっとした凛は、遠見の魔術で状況を観察する。
明らかに異常な量の神秘を内包した男と女、その後ろに居る子供は銀髪と紅眼を持っている。
「……アインツベルンのホムンクルスと、サーヴァント」
向かい合った正面にもサーヴァントらしい女がいる。そして、その場にいる人物が判明した瞬間、驚愕で呼吸が止まった。
「衛宮君……?」
『あの娘』が一緒に笑いあっている相手。
「三枝さん、氷室さん、蒔寺さん」
知り合い。魔術師では無く、一人の人間としての遠坂凛の知り合い。



なぜ、彼等がいるのか。考える間もなく、剣を持った男が彼等の方に近づく。
反射的に凛はバーサーカーを顕現させ、叫ぶ。
「バーサーカー、ぶっ倒しなさい!」
「◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
咆吼して飛び降りたバーサーカーに数秒遅れて、凛もまた飛び降りる。
「こんばんは、かしら。衛宮君、三枝さん」
呆けた表情をしている知り合いに、努めていつもと変わらない『遠坂凛』としての顔を見せた。


「はじめまして、それともお久しぶりと言った方がいいかしら、アインツベルンさん?」
冬木のセカンドオーナーとしての貫禄を見せ、魔術師の少女は眼前の敵に僅かに微笑んだ。
「ええ、そしてさようならを始めましょう」
アインツベルンのマスター、二騎との契約という法外な技を見せる少女は、天真爛漫な笑顔を崩さない。
互いの従卒が前に出る。口火を切ったのはセイバーだった。
「宝具を使われる前に倒させて貰うぞ。狂戦士(ベルセルク)!!」
閃光のような斬撃が、バーサーカーの心臓を狙う。その速さにバーサーカーは反応できずに、魔剣がバーサーカーの心臓に吸い込まれていく。
「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!」
だが、バーサーカーへの攻撃をしかけたセイバーは、即座に飛び退いた。今まで居た場所の地面を、バーサーカーの持つ槍が突き刺し、校庭に地割れを作る。
剣を構えたセイバーは、バーサーカーの前に立つ。その表情に軽い驚きが生まれた。
「……それがタネか」
バーサーカーの胸部が、変色している。今まで人肌の色をしていた皮膚は、土器のような質感と配色に変貌していた。
その変化は、ビキビキという不快な音と共に、瞬く間に全身を覆う、数秒も経たずにバーサーカーは両眼と口以外の全身が土色の皮膚に包まれた姿となった。口の部分が裂けたように大きく開く。
「◆◆◆◆◆◆―――◆◆◆―――◆◆◆―――!!!!!!!!!!」
両眼を狂気にギラつかせ、大口を開けて叫ぶバーサーカーは、その姿と相まって正に怪獣の外見となっていた。
「吠えるな、やかましい!」
セイバーの斬撃が連続してバーサーカーを襲う。
頭部、眼球、腹部、両腕、踵、胸部、首、背中……ありとあらゆる部位にかけられた総攻撃は、しかしバーサーカーにダメージを与えられていない。
勢いを全く落とさずにバーサーカーの攻撃がセイバーを襲う。
マシンガンのような斬撃を放つセイバーは間違いなく超越した存在だ。
だが、それならばそのセイバーの攻撃を正面から受け止めて平気でいるバーサーカーは何者なのか。
埒があかないと悟ったか、セイバーは片脚でバーサーカーの頭を蹴りつけて後退する。
「◆◆◆◆◆◆◆……◆◆◆◆◆……◆◆」
「イリヤ」
バーサーカーの視線から隠すようにイリヤの前に立つ剣士は、自分のマスターに話しかけた。
「まだ、戦争は始まったばかりだが、あのバーサーカーは手強い」
そこで、セイバーは言葉を句切った。
「宝具を使っていいか」
うーん、とイリヤは腕組みして、少しの間考える素振りをした。
「まあ、いいでしょう。弱点がばれたところで、ランサーがいるから心配は無いわ」


マスターの言葉に、セイバーは満足げな表情を見せる。そして、剣を構え直した。
「いくぞ。狂犬。身体の硬さが自慢らしいが、竜以上かどうか見てやる」
瞬間、セイバーが持つ剣の刀身が陽炎のように揺らめき、黄金の光を爆発するように放った。


宝具とは人間の幻想を骨子に作られた幻想。英霊が持つ物質化した奇跡であり、いずれも強力な兵装だと、士郎は最初にキャスターから聞いていた。
だが、聞くのと実際に見るのとでは迫力が違う。思わず後ずさりをする程その光景は凄まじい。
「あれが、セイバーの宝具」
呆然とするキャスターの視線の先には、恒星の輝きがあった。全てを焼き尽くす太陽。それが剣の形状をしている。離れているこっちにまで熱が伝わってくる。
セイバーは絶対の自信を表情に見せ、剣を振りかぶった。その圧力だけで突風が巻き起こる。

「運命られし―――」

必殺の一撃を前にしても、バーサーカーは退こうとしない。退く、という回路自体が無いのかも知れない。
「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!!!!!!!!!」
その姿にセイバーは敬意を覚えたか、それとも覚えたのは哀れみか、一切の躊躇無く、振り抜いた。

「―――破滅の剣(グラム)!」


太陽が、爆発した。


太陽剣グラム。
かつて神々の王オーディンが英雄シグムントに与え、その後その英雄の息子の手に渡った魔剣。
神によって与えられ、小人によって鍛え直され、そして邪竜を討ち果たした剣。
その担い手はシグルド。鳥の言葉を理解し、不死身の身体を持ち、無双の力を誇る大英雄である。


太陽剣の爆裂は、空を切り、周囲を爆炎に包み込んだ。
「……大丈夫か!」
「う、うん」
「生きているのが不思議だわ」
由紀香とキャスターの無事な声に、安堵する士郎は、視線を戦場に向ける。
かつて、体育祭や部活で賑わった校庭の面影は何処にも無かった。
地割れがあちこちで亀裂を造り、地殻変動を思わせる程の変化をもたらしている。
無事な地面は殆どが炎上し、あるいは高熱に晒され溶解していた。
振り返って校舎を見ると、全ての窓ガラスが割れ、外壁は黒く変色している。昔テレビで見た、火山の噴火で全焼した建物を彷彿とさせた。
文字通りの、超攻撃。戦略兵器に匹敵する攻撃は、しかし士郎達に軽傷すら与えていなかった。
攻撃を放ったセイバー自身も、驚愕の表情を形作っている。その視線は眼前のサーヴァントを捉えていた。
あれほどの攻撃を受けていながら、バーサーカーは立っていた。陶器にヒビが入るような音が響き、その異形の皮膚が剥がれ落ちていく。僅かな時間で狂気に囚われてはいるものの元の人間らしい姿に戻ったバーサーカーは、そのまま眼光をセイバーに向けた。
士郎は理解した。自分達も飲み込むはずだった攻撃は、全てバーサーカーが耐え抜いたのだ。
自分達の生命を死守したサーヴァントの隣に、マスターの少女が立つ。

「……『耐えろ』って命令、聞いてくれたみたいね」

魔力を相当量持って行かれたらしい、遠坂凛の額には汗が浮かんでいた。片手に刻まれた令呪の一画がかき消されたように消えている。セイバーは合点がいった。というように頷いた。
「令呪で、サーヴァントの力をブーストさせたか」
「涼しい顔しているけどいいの?私はあんたの真名が分かったのよ」
「分かったからどうした?名前が知れただけで死ぬわけじゃ無い」
セイバー―――北欧の大英雄、シグルドは、慌てること無く、魔剣を一閃した。

パリン。

硝子が割れたような軽い音と共に、刀身が砕け散る。柄だけになったそれを鞘に戻すと、セイバーは拳を握りしめた。


「刀身が元に戻るまで、素手で持ちこたえる自信はある」
「いや、今度は私が闘おう」
前に進み出たのは、長槍を手にした女戦士だ。ランサーは槍をバーサーカーに向ける。
「兜に装着してある白鳥の羽と、槍、シグルドってことは……懲りないわね。また自分の男を殺す気?」
茶化すような凛の言葉に対し、怒気が膨れ上がった。セイバーとランサーのものであることは言うまでも無い。
「俺の女を、侮辱しないで貰おうか」
「その舌を串刺しにしてやろうか?魔術師」
「バーサーカー、セイバーの背後をとって倒しなさい」
英霊二人の怒気に対し、凛は何処吹く風とバーサーカーに指示を出した。ランサーの怒気がますます膨れ上がる。
「私がさせると思うか?」
「ええ、思うわよ。だからキャスター、衛宮君」
話を振られた士郎は木刀を持ち、キャスターは自らの宝具である書物を取り出す。
「これで二対二。加えてそちらのセイバーは剣が使えない。それほど分の悪い勝負じゃ無いわ」
堂々と言い放つ凛に対し、ランサーは冷たい眼差しで槍を構えた。
「いいだろう。その誤った認識から焼き尽くしてくれる」
第二回戦が始まろうとしていた。


『運命られし破滅の剣(グラム)』の余波によって、校舎の屋上も鉄柵が折れ曲がり、床が剥がれるなどの被害に見舞われていたが、そのようなことを気にもせず、そこにいた存在は眼下の戦いを監視していた。
「何て威力、これがシグルドの宝具とは」
「ああ、恐ろしい力だ。俺なら余波だけで消滅するだろう」
スーツ姿の麗人と、白い防寒着を着込んだ男がそこに立っていた。
「でも、おかげでセイバーの真名が知れたわ。いや、マスターを仕留めれば全て終わる」
あれほどの大英雄ならば、維持にかかる魔力も膨大なものだ。ランサーも従えているとなれば、マスターが落命すれば、次のマスターを見つける暇も契約を結ぶ暇も無く消滅するだろう。
「今、攻撃するのか。バゼット」
これまで戦闘の推移を監視していた自分のサーヴァントに、バゼットと呼ばれた女性は指示を与える。
「ええ、アサシン。標的はアインツベルンのホムンクルスです。銀髪の少女を狙いなさい」
「了解」
アサシンと呼ばれたサーヴァントは肯定の意を返し、短めの小銃を構えた。
銃口はピクリとも動かず、正確に標的に狙いを付けている。
このサーヴァントが狙いをつける姿に、バゼット・フラガ・マクレミッツは常に緊張を覚える。
彼は戦いなどしない。ただ死を与えるだけだ。まさに死神。
ギリースーツを死神のマントに錯覚する程、彼は濃密な死の気配を漂わせていた。
命を刈り取る弾丸が放たれるまで、後数秒―――。



「凄い……」
剣士の青年。
槍を持った女性。
怪獣のような戦士。
魔法を使う女性。
人形のように可愛い少女。
いつも見る顔で、そしていつもとは決定的に違う姿を見せる二人。
全てが由紀香には理解できず、それがとにかく凄かった。
三枝由紀香はただの一般人だ。戦いなどテレビアニメの中でしか見たことが無かったし、そもそもこんな世界が現実にあるなどと少しも考えていなかった。
思わず、自分の頬をつねってみるが、頬が痛いだけで壊れた学校も目の前の戦いも依然としてそこにある。
つまり、これは夢でも何でも無くまぎれもない現実なのだ。
「いってぇ……あれ、あたし学校から家に帰って……」
「む、蒔の字か……由紀香までどうした?」
「蒔ちゃん、鐘ちゃん!気がついたんだね!」
地面に寝かせておいた二人の覚醒に、由紀香は喜びの声を上げる。同時に、頭の犬耳がピコピコと動いた。
「あれ、その耳どうしたの由紀っち。何かのパーティーグッズ……ん?」
「それにしてはリアルだな。まるで頭から直接生えているような……む?」
楓は鐘の背にある翼を、鐘は黄金色の獣毛が生えた楓の手足をそれぞれ凝視する。

「「……コスプレか」」

少しの間沈黙が流れ、お互いが自分の身体に起こっている異変に気づき、翼を引っ張ったり毛を抜こうとしたりする。そしてそれが紛れもない生身だと判り―――


「「なんじゃあ。こりゃあああああああああああああ!!!!!!??????」」


「そりゃあたしは黒豹だけどさ、だからって身体が動物になるか、オイ!改造人間か?サイボーグか?はっ、まさかこれは悪の組織の仕業か?許せん!!」
「親の因果が子に報い……何かのたたりか?それとも蒔の字の言うとおり、悪の秘密結社に改造された……だとすれば、これから孤独な戦いを強いられて……!」
黒豹少女蒔寺楓は思いっきり混乱し、普段は冷静な氷室鐘も、間違いなく混乱している。
「まっ、蒔ちゃん、鐘ちゃん、落ち着いて。とにかく今は……」
鐘と楓の混乱を宥めているとき、由紀香は、戦闘の続きを見る。
「いいわ。ランサー、セイバー。剣一つ無くなったぐらいで最優の称号は砕けないことを教えてやりなさい」
自身の危険など、考えもしていないのだろう。イリヤスフィールと自己紹介した少女は、余裕で武器を持った男女に命令した。


その姿をじっと見ていた由紀香は―――『何か』がやってくると気がついた。
それは、きっと良くないモノで、ここにいる誰かを傷つけようとするモノで、そして、今この場では自分以外誰もその良くないモノに気づいていない。
何故か視線が校舎の屋上に向いた。何故だか知らないが、あそこに誰かいると思ったのだ。
『誰か』がいる。そしてその『誰か』は、目の前で戦っている人達と同じ存在だと、感覚で理解した。

……何かが起ころうとしている。

真っ白な人影は、細長い筒のようなものを構えている。夜で、しかもあそこまで遠い場所のことが正確に判ることに驚いたが、それよりも筒の正体を理解したとき、心臓が止まりそうになった。

ライフル。

アクション映画でしか見たことのない、人を殺せる凶器。
それを持つ誰かが、それを構えて誰かを狙っていることに気がついた。
反射的に、銃の先端を見て、誰を狙っているかを探る。普段の自分からは想像もできない程、機敏に身体と精神が動いた。

筒先にいるのは―――イリヤと呼ばれた少女。

反射的に駆けだした。運動音痴で走るのも得意じゃない筈なのに、まるで風のように走り抜けることができる。

たん。

小さな音に少し遅れて、殺意の塊が飛来した。


その場の全員が、銃声には気づいていた。
だが、音が発せられる前に動いたのはただ一人、茶色い髪の少女だけだった。
完全に不意を突かれた形になったセイバーとランサーは主の危機にすぐさま迅速な行動を取ろうとしたが、相対していた敵サーヴァントへの警戒に気を取られ、由紀香の疾走に比べてコンマ2秒ほど遅れた。
サーヴァントに匹敵する速度で走り抜けた少女は、イリヤスフィールに抱きつくようにして、それまで立っていた場所から移動させる。勢いのままに、二人で地面をゴロゴロと転がった。
瞬間、イリヤがそれまで立っていた地面に小さく砂埃が生まれた。
地面を叩いた物体は小さく、しかし人一人を殺めるには十分過ぎる威力を持っていることは明らかだった。
由紀香はイリヤを抱きしめたままで起き上がる。そしてイリヤが無事なことに安堵の表情を見せ、一言喋った。
「大丈夫?」
「…………」
イリヤは何も答えない。心なしか驚いているようにも見える。
そこに、彼女のサーヴァントである二騎がやってくる。
「イリヤ、怪我は無いか!」
「……え、ええ、大丈夫。彼女のおかげで怪我は無いわ」
セイバーの緊迫した声に、戸惑いながらも返事を返すイリヤ。ランサーはイリヤの無事を確認した後、周囲に注意を向けた。遠見のルーンを使って闇夜を索敵する。
「……何処から撃った?いや、何処にいる?」
それでも、闇に潜む別の敵を見つけることはできない。


「三枝ー!!」
士郎が我に返ったのは、何者かが狙っていることに誰もが気がついた少し後だった。
近くに敵サーヴァントがいるにも関わらず、地面に座り込んでいる三枝由紀香に向かって走る。

あんな女の子が頑張っているのに、それなのに、俺は!何もできていないじゃないか!!

自己嫌悪と心配がゴチャゴチャになったまま、必死に辿り着く。
「大丈夫か!」
「う、うん。私なら大丈夫」
無事な姿に安堵するが、その時敵のサーヴァントがいる事に漸く気づく。
「……」
息を呑む。剣士と槍兵の視線は鋭く士郎を射貫いている。
「もういいわ。セイバー、ランサー」
イリヤが二騎の従者に声をかける。そして士郎達に背を向けた。
「今日はもうおしまい。つまんないから」
「……そうだな。これをやったサーヴァントに警戒せねば」
「そう言うのなら、仕方が無いか」
イリヤはそのまま振り返ってにこりと笑う。その表情は無邪気な子供のものだった。
「じゃあね、お兄ちゃん。また遊びましょう」
破壊を振りまいた主従は校庭の闇に消えていく。完全に見えなくなった時、呆然としていた鐘が口を開いた。
「遠坂嬢、衛宮、説明して貰えないだろうか」



「……失敗しましたね」
「ああ」
アサシンは二発目を撃たなかった。撃てば今度こそ居場所を特定されかねないからだ。
もし接近戦に入ればアサシンは終わりだ。キャスターにさえ勝てるかどうか疑わしい。
幸運なことに、アインツベルンの主従も、遠坂の魔術師達もその場から去るだけでアサシンを探索しようとはしないらしい。このチャンスを逃す手は無い。すぐさま逃げの一手を打つことに決めた。
「スコアはゼロだが、判ったことも多かったな」
「ええ、セイバーの真名と宝具が判ったのは大きいですね」
「そしてもう一つ」
アサシンは霊体化して消える。後には声だけが残された。
『俺の攻撃を察知することができる人間がいる。それが分かった。今度は失敗しない』
決意と殺意を滲ませたその声は、夜の闇の中に消えた。



炎に見舞われた穂群原学園に駆けつけたのは、消防でも警察でも、聖杯戦争の隠蔽を行うスタッフでも無かった。
「うわっ、なんだよこれ。まるで空襲の跡みたいじゃないか」
文句を言いながら、特徴的な髪型をした少年は焼け跡を歩く。
『これが戦よ。なかなかの宝具と見える』
声が響いた瞬間、光の粒子が集まる。数秒後にはそこに美しい黒髭を持つ中華風の鎧を着た武人が立っていた。
「とにかく行くぞライダー。これだけの宝具を使ったのなら、使った奴の魔力はスッカラカンの筈だ。そこを狙う」
「うむ。よかろう。慎二は打ち合わせ通り隠れておれ」
ライダーと呼ばれたサーヴァントの言葉に、少年―――間桐慎二は不服そうに口を尖らせる。
「隠れるだけかよ……何かマスターを狙うとかは」
「儂がまとめて薙ぎ払えば何の問題もあるまい。楽に勝てることが悪いか?」
「……それもそうか」
「うむ」
ライダーは尊大に頷く。納得した様子の慎二も、自分が戦場に近づくにつれて緊張の表情を見せる。
建物の角を曲がれば校庭だ。ライダーは角のところで息を潜め、一気に躍り出た。


「我が名は関羽、字は雲長!此度の聖杯戦争においてライダーのクラスで現界した英霊よ。命のやり取りをしに参った!!この首取って名を上げんとする者はいるか!!」


三国志の大英雄の大音響に対し、返す声は無い。隠れていた慎二がおそるおそる校庭を見ると、そこには破壊の跡があちこちに残る無人の校庭が広がっていた。
「なっ……いないって……僕たち出遅れたのか?」
慎二の呆然とする声に対し、ライダー―――関羽雲長は、ふむ。と頷いた。
「天はこの儂がまだ戦うときでは無いと言っているようだのう」
「納得してんじゃねえよ!僕の緊張返せー!!」
慎二のツッコミも何処吹く風と、遠くからは消防車とパトカーの警報音が響いていた。


―――かくして、静かな夜は終わり、これよりこの街の夜は恐怖を覆い隠す暗闇となる。