夜の新都、ビルの屋上に、二人の人影が立っていた。

「どうしても、魂喰いをやめる気は無いのか?慎二」
正義の味方を目指す魔術師見習いの少年、衛宮士郎は眼前に立つ悪友に問いかけた。

「くどいな。僕にはやりたい事と、やらなけりゃならない事がある。魂喰いはその一つだ」
かつて魔術師を目指していた少年、間桐慎二は、偽臣の書を握りしめ、迷い無く言い放った。

「やらなくちゃいけない事っていうのは、桜の事か?」
「さあね、想像に任せるよ」
その時、慎二のすぐ傍に、飛行服を着た白人が出現した。幽世の存在、サーヴァント。騎乗兵の役を与えられた男だった。
「やあ、シンジから話を聞いている。君がエミヤシロウだね」
敵に対してもにこやかに微笑する男―――普通である。
これまで、士郎とその相棒は、様々なサーヴァントと相対してきた。そのいずれもが、英霊の名に恥じぬ武威と迫力を存在全てから発していた。
だが、目の前のライダーからはそういったものが感じにくい。もっともこれは自分の召喚したバーサーカーにもいえる事例だが。とにかく、このサーヴァントにも言葉を投げかけた。
「あんたは魂喰いなんてして、どうも思わないのか?」
「思うところはあるさ。自分の名と、祖国の名誉に泥を塗る行為だからね」
ライダーの表情から微笑が消え、影が濃くなった。
「しかし、それでも為さねばならないことがあると言えば、君はどう思う?」
「俺は「そこまでだ。ライダー」」
言葉を遮った悪友は、厳しい目で士郎を見ていた。
「お前もだ。衛宮、ここに来たのは話のためじゃない。僕とお前はマスターで、ここには誰もいない。なら、やるべきことは一つだろう?」
慎二の言葉に、士郎も、傍らにサーヴァントを顕現させた。光の粒子が集束し、人型を作り出す。
優雅な束帯。
流水のような黒い髪。
夜海のような黒い目。

―――美しい子供である。

顕現した英霊は、顔の造作では無く、存在そのものが光を放っているような高貴さと可憐さを持っていた。
正にこの国においての最高の象徴。
人の国に降り立った太陽。
現人神。
衛宮士郎のサーヴァント、バーサーカー。


幼帝が、口を開く。涼やかな声である。しかしその口調には怒りが混ざっている。
「朕(わたし)が治めた神州の民草。その方が民草を傷つけし異人か」
バーサーカーの問いに対し、ライダーも答えた。
「その通りです。天皇陛下」
「やめる気は無いのだな?」
「ええ、正義を勝ち取るには戦い以外ありますまい」
「水天皇、安徳帝言仁である。異国の英雄よ、この場で散華せよ」
バーサーカーの手に握られた剣が、輝きを増す。
瞬間、ライダーが跳躍する。その周囲には風が渦巻いていた。
「ドイツ第三帝国、ルフトヴァッフェ所属、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル―――征くぞ」
風は物体を形作る。それは飛行機の形状となったそれにライダーは乗り込んだ。
空気が変わる。ライダーは今まで相対したサーヴァント達に勝るとも劣らない武威を見せつけた。
―――然り。
馬を持たない騎士などいない。文字通りの意味での人馬一体ならぬ、人機一体。
あの飛行機―――Ju87、ドイツ第三帝国が誇った急降下爆撃機。それに騎乗した状態でこそ、『ライダー』たりえるのだと、士郎は理解した。
そのままシュトゥーカは急上昇し、上空で点になるまで飛び上がり続けた。

警報音に似た風切りの音。友軍の兵士達からはジェリコのラッパと呼ばれ、敵軍の兵士達からは悪魔のサイレンと呼ばれた轟音が夜空に響き渡る。
「来るみたいだぞ。バーサーカー」
「うむ。こっちに近づいている」
慎二は既に退避している中、ビルの屋上に残っているのは士郎とバーサーカーだけだ。
バーサーカーが剣を構える。かつては持つにも一苦労していた神器は苦もなく振るうことができるようになった。
協力者の力によるものだが、だからこそ彼等のためにも負けるわけにはいかないと、士郎は思う。
決意を新たに空を睨む。
鉄の怪鳥は寸前まで迫り、両翼に顕現した37mmFlak18機関砲が一斉に火を噴いた。

「―――ほう」
ライダーのサーヴァントたる英雄、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルは眼下の光景に少しばかりの驚きを口にした。
飛来した弾丸は、全てバーサーカーたる安徳天皇が身体から発した魔力によって、中空で叩き落とされた。
「やるね、しかし『慣れているとは思えない』」
あれだけの荒技が最初から使えるのであれば、この身が接敵した瞬間に粉々にすることも難しくなかったはずだ。
考えてみればあのバーサーカーは最初見たときから、そのステータスの高さやスキルの多さに比較して、身のこなしや戦略の判断が、どうもチグハグなのだ。

英雄は戦いをくぐり抜け続けた者達だ。
十字軍の勇士として騎士の中の騎士と謳われた獅子心王。
剛力と巨躯を誇るペリシテの巨人兵士。
天帝の子である九つの太陽を撃墜した弓の神。
暗殺教団の伝説を生み出した山の老人達の始祖。
そのいずれとも相対したライダーだからこそ分かる。バーサーカーのあの力は、何らかの方法で底上げされたものだ。サーヴァントを易々と強化できるということは、
「キャスター、か」
ライダーは機関砲を消失させ、別の装備を顕現させた。



「ああ、いい。これこそオペラだ。カイザーを『脚色』したかいがあった」
激戦が行われている場所から離れた別のビルの屋上では、キャスターのサーヴァントが歓喜の表情で右手を振るっていた。
「それでこそだ。カイザー!ドラッへの力を奮い、全ての敵を噛み砕け!!」
「本当にあのナチ野郎に勝てるんでしょうね。衛宮君とバーサーカーは」
興奮するキャスターこと、リヒャルト・ワーグナー。バーサーカーを次元違いに強化した張本人は、背後から怨嗟に満ちた目で自分を見るマスター、遠坂凛を見やった。
「たりめえだ。魔力放出、対魔力、筋力も耐久も敏捷性もパワーアップ、こいつで勝てねえ方がおかしいぜ」
「そう、それならいいけど」
「フロイライン。今はオペラを楽しもうぜ。世紀の天才、ワーグナーの新作オペラだ。感涙モノだぜ?」
「ええ、バーサーカー一人強化するのに、劇場一つ借り切って遠坂家の全資産の半分をマスターである私に無断で使ったかと思うと血の涙が出そうだわ」
遠坂凛にとって、このサーヴァントは召喚した当初から気に入らなかった。
性格に難があるだけでは無く、維持にかかる魔力は通常の三倍。そのくせ魔術は使えない。
そして、凛にとって最大の不幸は呼び出した彼が史実通りの浪費家だった点に尽きる。
凛が戦費として蓄えていた貯蓄は、二日でキャスターの放蕩のために消えた。
そして、キャスターの宝具。『至高なる我が絢爛歌劇(リヒャルト・ワーグナー・フェストシュピールハウス)』を更に豪華にするためと称して、遠坂家が先祖代々受け継いできた土地や宝石、魔道書にまでキャスターは目をつけた。
劇場の彫刻一つのために幾つの金には代えられない宝石が人手に渡ったのか、考えたくも無い。
しかも、宝具に対する効果は、ただ豪華になるだけだと知ったとき、本気で令呪で自決させようかと思った。
しかし、凛は悪夢がまだ終わっていないことを、次のキャスターの台詞で思い知った。
「なーに、ケチなこと言ってんだ。俺が使ったのはフロイラインの全財産だぜ?」

―――ハ?ナニヲイイヤガリマシタカ?

「俺は半端な仕事はしねえ。使う時はパーッと使うべきだ。宝石はまとめて宝石商に売った。家も土地も売った。まあ、坊主の家に厄介になるから不便は無えだろ。あと、それでも足りない分は借金したから、ほれ」
そう言うとキャスターは、闇金として評判が悪い金融会社のチラシを真っ白になっている凛に手渡し、自分は持ってきたワインを飲みながら、観戦の続きをしている。
「あー、美味え。パトロンの金で飲む酒程美味い酒はねえや」
故に、大爆発寸前の凛に気づく筈も無く、飲み干したワインの空瓶を放り投げる。それは凛の頭に当たった。
「ありゃ、もう空か。しかたねえ、フロイライン。ちょっとそこの無人契約機で金出して」

「死ねや、コラアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

凛の鉄拳がキャスターの顔面に直撃し、そのまま回転しながら吹っ飛ばされたキャスターはビルから転落した。
「ハア、ハア、ハア、ハア、ハア……」
肩で息をした凛は、戦闘中のビルを見ると、絶叫した。
「勝てぇぇぇぇぇぇ!!勝ちなさい!!衛宮君、バーサーカー!!勝たないと私がどうするか分かってんでしょうねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


遠坂凛の声が聞こえる。
遠いのでよく聞こえないが、どうやら勝利を願って激励してくれているらしい。
「……勝たないとな、バーサーカー」
「当たり前だ!勝って、聖杯を手に入れるのだ!!」
バーサーカーは意気込みも露わに、水流を操り飛行機からの銃撃を防いでいる。
年相応の元気な子供らしい表情を見せたバーサーカーの姿に、士郎はそれを頼もしく思いながら、バーサーカーの願いを思い出していた。

『朕(わたし)に、別に聖杯で叶えたい願い事は無い。しいていえば、聖杯を手に入れること自体が目的だな』

バーサーカーが、安徳天皇が、聖杯を手に入れることを切望しているのは、叶えたい願いがあるからでは無い。
正確に言えば、安徳天皇の願いは、『自分で何かを手に入れる』ことだ。
生前持っていた帝位は、自分で手に入れた物では無く、他者から与えられただけのものだった。
自分は幸せだったのだろう。国で最高の位に座り、三食が与えられ、多くの者達が最期まで守ってくれた。
だからこそ、自分は自分で手に入れた何かが欲しい。かつての生は紛れもなく幸福だったと、多くの人々に守られたこの身は決して無為な存在ではなかったと、胸を張って言えるように。
バーサーカーの叫びに、士郎は頷いた。
「ああ、聖杯は俺達の物だ」


「全く、頑固な対空砲火だ。いや、放水か?」
Ju87を操りながら、ライダーことハンス・ウルリッヒ・ルーデルは下から放たれる水の弾丸を回避していた。
凄まじい攻撃だが、ライダーは涼しい顔で回避していた。急降下爆撃のプロフェッショナルとして、無数の対空砲火をくぐりぬけてきたライダーにとって、この程度の弾幕ならば、それほど慌てるものでもなかった。
地上に目を落とす。
自分の戦友であるシンジは、既に遠く離れた場所に退避している。攻撃の頃合いだろう。

―――床に身を伏せ、気色の悪い生物に嬲られる少女。
それが、ライダーが現世で始めて見た光景だった。
シンジからある程度のことを聞いたライダーは、当然元凶である怪老を斃そうとしたが、何を仕掛けているかわからない以上、シンジと共に聖杯を手に入れるしか、シンジも本来のマスターである少女もあの不気味な屋敷からは解放されないと理解した。

『あいつの為じゃ無いさ……だけど、それでも妹だからね。聖杯の力を少し分けてやるくらい吝かじゃないよ』

最初は戦いに怯えるだけだったあの少年も、今ではかつての戦友達と同じ、かけがえのない相棒となった。
ライダーは決意した。元々願いなど無く、ただ戦いを求めて召喚に応じた身だ。ならばこの身と、爆撃の技をもって聖杯を手に入れようと。その為なら泥でも舐めてみせると。

「聖杯は手に入れる。戦友とその妹を、妄執と狂気から永遠に解放するために」


飛行機が、急上昇し、そして急降下してくる。その動きに、士郎とバーサーカーは息をのんだ。
それこそ、ペリシテの巨人を一撃で葬り去ったライダーの絶技―――!!
「急降下爆撃!!」


「『空の魔王(カノーネン・フォーゲル)』だ。そのビルなど、ひとたまりも無い。仮に爆撃に持ちこたえたとしても、地上までの自由落下に耐える事はできない……さらばだ。東洋の皇帝と、マスターの少年よ」
爆弾が全て投下され、一斉に屋上の敵を狙う。


悪魔のサイレンと共に飛来してくる爆弾を見ながら、バーサーカーは自らの宝具、『水天宮草薙剣(すいてんぐうくさなぎのつるぎ)』を構えた。
「士郎!ゆくぞ!」
声色には僅かに緊張の色が混ざり、身体は強張っている。それでも両眼は空を見ていた。
そんなバーサーカーを見て、士郎は剣を構えている手に、自分の手を重ね合わせる。
「大丈夫、できる筈だ」
その言葉に、バーサーカーは花のように笑った。
「当たり前だ!」
構えている剣から湧き出す魔力が霧となり、周囲を白色に包む。魔力の集束は必要無い。『解き放て』ば、全ては終わる。自らの魂に刻まれた八岐大蛇の因子と、血に刻まれた天照大神の因子を合一させ、生まれる力を全て神剣に流れ込ませる。
想像するは、かつてこの剣に名を付けた日ノ本最強の武人、創造するは、その英雄がかつて振るった至高の一撃。
今にも衝突しようとする上空の爆弾と、『射線』上にいるライダーの機体目がけて、振り下ろす。
真名開放に、バーサーカーと士郎、二人の声が重なった。

「「『天叢雲(あめのむらくも)』」」

―――かくして、神話の蛇は再び現世に顕現する。


「!?」
空中に出現した洪水。
ライダーにはそうとしか言いようが無かった。濁流は爆弾に衝突すると、爆風全てを吸収、いや、かき消した。
そして、八尾に枝分かれした水流は、四方八方からライダーを屠りにかかる。
「戦略兵器も持っていたのか。参ったな」
だが、危機的状況にあくまでライダーの口調は軽い。機体を操り、水流から逃げにかかる。
そして、水流八尾の隙間から、屠るべき敵の姿を垣間見た。
濁流の間隙を縫って飛ぶ。攻撃の全てをスレスレで躱し、或いは機体の一部を犠牲にして飛び続ける。
そして、銃弾の有効射程距離に接近した。
「貴方達と戦えた事は、英霊(エインヘリャル)の誇りだ。全てが終わったら、ヴァルハラで酒を酌み交わそう」
敵への敬意を持ちながら、ライダーは引き金に手をかける。
そして、気がついた。


「あんたは強いよ。ハンス・ウルリッヒ・ルーデル。だけど、あんたの負けだ」
ライダー迎撃の作戦は、二撃目が存在する。一撃目の『天叢雲(あめのむらくも)』、そして。
士郎は、濁流を抜けてきた飛行機に向かって、投影した剣を引き抜く。
それはごく普通の十字剣として生まれ、担い手となった王の心と、聖地奪還に燃える騎士達の思いによって聖剣となった剣。異教徒殺しの宝具。それを一度目にした衛宮士郎の投影によって、それは今彼の手にある。
「『獅子吼する―――勝利の剣(エクスカリバー・ライオンハート)』!!」
聖光が、敵機を包み込み、夜空に一つの太陽が生まれた。


「……ふう、やれやれ。今度の戦争はこれで終わりか」
ビルの屋上に倒れ伏したライダーは、無傷で立つバーサーカーと士郎に一瞥を送ると、上空を見上げた。
夜空を見上げるライダーの下半身は既に消滅している。霊核も損傷しているのであろう、最早動くこともできそうにない。
「あの攻撃がフェイントで、マスターの攻撃が本命だったとはなあ」
呑気そうに笑うライダーに、士郎も口を開いた。
「総攻撃をかいくぐって安心したところを、獅子心王の剣でとどめを刺す。あんたを倒すにはこれ以外なかった」
「宝具の二段重ねを使わなければ撃墜できないとまで、思わせるとは、私も偉くなったもんだ」
その時、屋上の片隅から聞こえた足音に、意識がそちらの方を向く。
「……ライダー」
姿を現した慎二に、ライダーはそれまでとはうって変わって沈痛な表情を形作った。
「ああ、畜生、口惜しいな。シンジ達を空に解き放つ事が出来なかった……シンジ、すまない、すまなかった」
「何言ってんの、馬鹿野郎」
英霊の心からの謝罪に、慎二は傲岸に笑った。
「お前がいなくても、僕はやっていける。僕はお前がいなくても大丈夫だ。桜だってどうにかしてみるさ。だから……笑って逝けよ。『戦友』」
慎二のその言葉に僅かな沈黙の後、ライダーはフッと微笑んだ。
「そうか……そうだな、さらばだ戦友、ジークハイル」
「ああ、あばよ。ハンス・ウルリッヒ・ルーデル、僕のサーヴァント。ジークハイル」
そこで、ライダーは完全に消滅した。それまで見届けると、慎二は笑顔のまま涙を流す。
「僕はまだ戦う。宿命と戦ってみせる……衛宮、攻撃したければ、やれよ」
士郎は、無言で背を向けた。そして一言だけ呟いた。
「いつか、皆が笑っていた場所で待っている」
そのまま歩き出す士郎を追う前に、バーサーカーは慎二に向き直る。
「当然、そこにはお前もいる筈だぞ」
そのまま、霊体化し消えた。


自分以外いなくなったビルの屋上で、慎二は空を見上げていた。ライダーが自分を乗せて、翔けた空。
「あいつは、いつか桜も乗せたい、って言ってたよな」
慎二は歩き出す。目指すは間桐の屋敷、呪われた我が家。
「僕は気が短いんだ。いつかなんて、待ってられない。早く、早く、一刻も早く、僕らは自由になる」
歩く道程は険しく、遠く、それでも誇り高く少年は第一歩を歩き出した。