――――巨人がいた。

 ゆうに3mはあろうかという巨体。その巨体よりなお巨大な大槍を持ち、いかにも丈夫そうな帷子を着込んだ、文字通りの巨人である。
 並の人間であれば卒倒しかねないほどの威圧感を放つその巨人は、今宵戦うために立っていた。
 否、なにも今宵に限った話ではない。巨人は戦うためだけにこの地にやってきたのだ。
 全ては自らの武勇を証明するため。
 そのためだけに巨人――ランサーのサーヴァント、ゴリアテは聖杯を巡る戦いに身を投じる。
 聖杯などどうでもいい。ただ、自らの最強を知らしめるために。
 そうしてこの巨人は、武勇の証明の第一歩として、眼前の騎士を選んだ。


 ――――騎士がいた。

 不自然なほどに幅広い剣を持つ、神経質そうな騎士である。
 その顔に浮かぶのは、嘲笑。巨人の放つ威圧感をものともせず、逆に嘲笑うように巨人に視線を向けていた。
 この騎士にとって、屈強な巨体はまるで無価値だった。むしろ、ただ力が強いだけだと言うならその方が御しやすいとまで思っている。
 丸太のような大槍も、岩壁のような鎧も、それを操る頭次第。そしてこの巨人は、そう賢い部類では無い。
 そう断じたが故に騎士――キャスターのサーヴァント、ケイは巨人を嘲笑っていた。
 巨人の放つ威圧感など、モン・サン・ミッシェルの巨人と戦い、巨人ウルナッハを討ち取ったこの身に響く訳がない。
 誇り高き円卓の騎士は、剣を構えつつも口を開く。

「さて、ランサーよ。この私と戦い、なおかつ勝利しようなどという過信と蛮勇を、まずは褒めてやろう」

 当然のように、キャスターは毒舌を投げかける。
 永遠の毒舌家と呼ばれたこの男が、敵に投げかける言葉が毒舌以外であろうはずもない。
 それを聞いたランサーは、若干の苛立ちと共に鼻を鳴らす。

「ふん、舐められたものだ。チビの魔術師(キャスター)風情が、俺なんざ敵でもないってか」
「おや、私は純然たる敬意を持って貴様を褒めてやろうとしたのだが、それすら理解できなかったようだな。
 いや気にするな。貴様のような巨体では、脳に血を巡らせて物を考えるのも一苦労だろう。
 しかもその態度を見るに、それが恥ずべきことだということすら理解していないようだ。同情するよ」
「………………」

 無言のまま、ランサーが大槍を構える。

「はっ、図星を突かれて実力行使か? 確かに頭に血は巡っているようだ。気が短い、という意味だが」
「……俺はこういう時、どういう言葉で返せばいいのか知っている」
「ほう? それは是非ご教授願いたいが……まぁ、貴様の哀れな頭脳が弾き出す言葉などたかが知れよう。貴様の言う言葉とは――」

「「――――問答無用!!」」

 ランサーが大槍を大上段に振りおろし、それが開戦の合図となった。



「ええい、ちょこまかとォ!!」
「はっはっは、見た目通りのウスノロだなぁランサー!」

 紅蓮の炎が夜を照らし、嵐のように振り回される大槍が轟音を響かせる。
 一撃一撃が大地を砕くランサーの攻撃は、ことごとくがキャスターに回避されている。
 またランサーの大槍が万力を持って振り下ろされた。直撃すれば即座に肉塊と化すであろうこの一撃を、キャスターは涼しい顔でひらりとかわし、懐に入って見せる。

「まさに井の中の蛙大海を知らず。その程度で驕り高ぶれるというのは幸せなことだが――――」

 キャスターの持つ剣が煌々と輝く。
 鉄をも溶かし、全てを灰塵に帰すその剣を持って、キャスターは魔術師でありながら騎士を名乗ることができるのだ。

「どうやら、挑む海を間違えたようだな!!」

 キャスターの渾身の一撃がランサーを捉える。相手が並の戦士であれば、この一撃で勝負は決するだろう。それほどまでに鮮やかな一撃であった。


「――――それが全力か? キャスター……だとしたら、拍子抜けだな」


 されど。

「ふむ……予想はしていたが、硬いな。熱伝導すら完全に遮断するとは恐れ入る」

 されどランサーとて英霊の座に籍を置く戦士である。この程度で力尽きるほど、軟弱な存在ではない。

「ぐわっはっはっは!! 俺の『不枯なる銅泉(アイン・ジャールート)』を、そんなチンケな攻撃で貫こうというのが根本の間違いよ!!」

 これがランサーの宝具、『不枯なる銅泉(アイン・ジャールート)』。
 『武力では打破し得ぬ敵』という、ゴリアテの象徴たる鎧の宝具。
 あらゆる攻撃を無効化するこの鎧は、キャスターの渾身の一撃をもってしても傷一つつかず、焦げ跡すらついていない。
 打破する手段は、この宝具が持つ神秘を凌駕する圧倒的な神秘による攻撃。あるいは、剥き出しの頭部への攻撃のみ。
 しかし前者を選択することが不可能であることは今の一撃で証明され、後者は身長差の関係で非常に困難な選択であるということは火を見るよりも明らかだ。
 その事実を確認したキャスターは、忌々しげに舌打ちした。

「まったく、親愛なる我等が王の聖剣ならばその鎧も紙くず同然、そうでなくとも湖の騎士殿ほどの腕前があれば一呼吸の間に貴様の首を刈って見せるのだろうが……
 忌々しいことに、私の剣では貴様の鎧は貫けず、また貴様の防御を許さぬほどの速度も無い。はてさてこれは困ったな」

 後ろへ跳躍し、距離を取るキャスター。
 ランサーは、攻め込まない。距離を離せば有利なのはリーチで勝るランサーの方なのだから、踏み込む理由が無い。

「さぁ、どうするキャスター! 尻尾を巻いて逃げでもするか?」
「ほう……それはなかなか面白い冗談だ。誇り高き騎士である私が、貴様程度の敵を前にしてなぜ逃げる必要がある」

 ふっ、とキャスターの持つ剣から炎が消えた。
 灼熱の輝きは失せ、その手に握るのは妙に幅広い剣である。
 諦めた、のではない。キャスターの嘲笑うような笑みが、それを物語っている。

「しかし、そう舐められては心外だ。私の沽券に係わるのでな……特別に、芸を一つ披露してやろう」

 直後、キャスターの身からあふれ出す魔力の奔流。

 ――――来る。キャスターの切り札が、ヴェールを脱ぐ。

 そう確信したランサーは、しかし槍を握る力をより強くするのみでキャスターの挙動を止めはしない。
 それはランサーが自分の鎧に絶対の信頼を置いていることの表れであり、同時に武勇を証明するという願い故に必然の選択であった。
 相手の切り札を圧倒的な力でねじ伏せる。この程度できずして、何が最強の証明か。
 そしてその選択が、ランサーを破滅に導いた。


「『炎王(イグニス)』――――――――」


 あふれ出すのは、灼熱の赤。
 先ほどまで剣を覆っていた烈火の炎が、今度はキャスターの体そのものを包み隠す。
 円卓の騎士、サー・ケイ。永遠の毒舌家。火竜も呆れて飛び去る口達者。
 しかしそれは、ケイという騎士の一つの側面に過ぎない。
 マビノギオンに記された伝承によれば、ケイはその手からは熱を放出し、自在に背を伸ばす能力を有していたという。
 この宝具はその再現。業火の鎧が身を覆い、炎熱の王が姿を現す。故にその名を――――


「―――――――――――『結界(メイル)』ッ!!!」


 ランサーは、ゴリアテは、初めて他人を“見上げる”ということを経験した。
 その大きさ、4m弱。あまりの熱量に、周囲の空気が揺らいでいる。
 手に握るのは、巨人の短剣。刀身の不自然な分厚さや幅広さはこれが原因だ。そもそも、これは巨人の武器なのだから。
 炎そのものとすら呼べる姿と化したケイの頭部で――――炎の口が、いつもどおりの嘲笑を浮かべていた。

「やはり、愚者を見下ろすのは気分がいい。元来愚かな貴様ら巨人には、決して分からん感覚だろうな?」

 炎王の口から、火炎と毒舌が漏れる。
 ランサーが常に持っていた、巨大であるというアドバンテージはとうに消え去った。
 何より、自分より大きな相手と戦うという初めての経験に、ランサーは困惑していた。

 ――――だが。

「――――――舐めるな、キャスタァァァァァァァァァ!!!」

 この程度の障害を排除せずして、武勇の証明など笑わせる――――!!
 槍を構える。力を溜める。槍を突きだす。
 巨大化したとはいえ、しょせん元は脆弱な人間にすぎないのだ。少なくとも力比べにおいて、負ける道理はどこにもない。
 槍というより破城鎚と表現すべきほどの威力を内包した一撃を持って、ランサーはキャスターめがけて突撃をかける。
 圧倒的な質量と破壊力が、空を裂いて突き進む。

「ふん、巨人風情が――――だがその意気やよしッ!!」

 対するキャスターは短剣を腰だめに構え、真っ向から打って出る。
 確かに真っ当な力比べであれば、キャスターがランサーに敵うはずがない。
 しかし、この身は炎の王。そして誇り高き円卓に名を連ねる、王の剣である。
 得手とする強化魔術が肉体を補強し、万力と俊足を約束する。短剣の強度と威力を上昇させ、必殺と必滅を約束する。
 身を包む炎が一際大きく燃え上がり、背面から放出することで爆発的な加速を生み出した。
 暴力的な熱量を持って、地上を駆ける彗星となる。


 ――――――――交差は、一瞬の出来事だった。


 炎王が還る。
 その身を包む炎の鎧が、夜の闇へと消えていく。
 ランサーの全霊を込めた一撃は炎王の猛火を吹き散らし、キャスターの脇を抉り飛ばしていた。

「――――また、負けか」

 ――――――しかし、それまでだった。
 次の瞬間、頭蓋を叩き割られたランサーが、どうっと倒れ伏して大地を揺らす。

「最後の一撃、悪くはなかった。が……挑む相手を間違えたな、ランサー」

 キャスターの脇腹から血がどくどくと流れるが、それは死に至るほどの傷ではない。
 傷口を軽く撫で、治療魔術を施せば跡も残さず消えてしまう程度の、たったそれだけの傷であった。
 決して、ランサーが弱いというわけでは無い。ただ、キャスターが、円卓の騎士がランサーよりずっと強いというだけのこと。
 騎士王に忠誠を誓う最強の騎士達という称号は、伊達でも酔狂でもないのだ。
 ランサーが、光の粒子となって消えていく。

「さらばだランサー、古の巨兵よ。
 そしてすまない。サー・ケイに一太刀入れたなど、なんの自慢にもならんだろう」

 ケイは強い。並の騎士と比べるべくもない程度には強い。
 それでも、後世におけるケイの評価は低いと言わざるを得ない。それはケイがそう望んだからだ。
 自らは円卓の毒であり、道化である。
 たとえ他の騎士に、あるいは王にその首を跳ねられることになろうとも、憎まれることを選んだ道化だ。
 だからケイは、敵に挑んでは負けて行く。それがケイの、円卓における役割であるがために。

「故にせめて、私は貴様の武勇を讃えよう。その一撃、竜の爪牙に匹敵するものであったと」
「ふん……覚えておけ。次は、俺が勝つぞ――――」

 その言葉を最後に、ランサーはこの世から消滅した。
 残るサーヴァントの数、6騎。
 全ては聖杯に望みを託すため。キャスターは心の内で燃え盛る誓いの炎に薪をくべ、霊体となって去って行く。


「――――待っていろ、アルトリア。我等が王よ。我が妹よ。お前の苦痛(ねがい)に、否を叩きつけるために」