ハチポチパロディシリーズ
             医大/The doctor


 ――兵(つわもの)の舞台は戦場だ。
 ――医師(オレ)の舞台は三千大千世界だ。



 ――――地上からは月が朧に霞んで見える。
 白と砂色の砂煙と砂塵が湯気の如く舞い上がり、一個の雲のように月を隠している所為だ。
 その砂煙は一つの暴力が起こしたものだ。
 嵐か竜巻か、一城を瓦礫の山に変える暴力が起こした事だ。

「口数が減ったわね」
「そうかい。寂しいならお喋りの話題をだしなァお嬢ちゃん(フロイライン)」

 瓦礫の山の上で素っ気ない会話が成される。
 一人は防壁を張った無傷の少女。
 一人は防壁無く七孔噴血した男性。
 緋斑に染まったガレキの山の上で少女と大人は殺意と仁義で睦み合う。

 瓦礫を粉砕しながら山のような巨体が降ってきた。少女のサーヴァントだ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーー!!!!」
 理性無くした雄叫び。
 十の知性を有したが故に巧みな二十の撃剣。
 矛・槌・剣・巨矢が自身の半分もない小人に落雷の如く落ちる。
 そしてそれらは、魔術理論に生きる半ホムンクルスの少女にとって、理解も知覚も出来ない医術(・・)によって逸らされた。
 超音速で迫る切っ先が突如コールタールにでも突っ込んだかのように減速し、得物同士がぶつかり合う無様を見せる。
 そして踏みしめた巨脚の裏がパンッ! と音を立てて砕かれる前の様相を成し、巨体を滑らせ転がす。山のような巨体は山を転がり落ちていく。
 切っ先も触れなかった男性からは喘鳴が漏れ、心魂が磨り潰される音がする。

「――――ケタ外れの緊張」
 囁くように少女は呟いた。
 麓から巨矢の群が吹き上がる風の如く疾走(はし)り昇る。ぐにゃりと軌道を曲げられ、男の脇を流れさっていく。音速の衝撃波が幾つも幾つも筋肉質の体躯を打ちのめす。
「……ギギッギ……」
 仰け反る喉。血の花が咲いた。朱に染まった視界には数百の時雨――――
 矢の雨だ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー!!!」
 吃りの鬨の声。
 ロマ式薬草学、バラモン教、煉丹術を合わせ崩し生み出した統合医術でもって迎撃。
 雨の雫が傘に弾かれ、曲面を流れるように矢が流れていく。
 直後、地面が爆発した。
 二十の豪腕が自身より遙かに巨大案山を殴り飛ばしたのだ。
 巻き上がる瓦礫・砂礫・砂塵。数万の石礫が投石機の如く迫り――
 崩壊前の姿を取り戻した壁に阻まれた。
 壁の向こうで連続した破裂音がした。

「――――間断の無い集中。只の一度もしくじれない状況」
 瓦礫の雨を打たれながら突き抜け巨人が暴威を振るう。
 瓦礫の雨に打たれながら自分以外に医師は医術を施す。
 駒のように、竜巻のように回転する嵐のような乱撃が巨人から放たれる。
 嵐のような乱撃を弾き、遠隔地の仲間に秘薬を想像力(イマギナチオ)で送る。
 二つの影が交差。
 意気軒昂の巨人はさらなる雄叫びを上げ、
 満身創痍の医師はさらなる医術を世界と仲間に施す。

「――――無理もないわ。貴方のその強靱さは驚嘆に値します」
 撃剣。曲げる。撃槌。逸らす。撃矛。弾く。撃矢。流す。
 施す度に、限界の限界の限界を超えた身魂が悲鳴を上げる。
 巨人は爪が剥がれ、筋を痛め、あちこちを骨折している非情に痛痒い損傷を受けている。
 それでもなお自己治癒を放棄し、他者治癒を優先する。
 それがまるで彼の在り方であるかのように(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。

 崩れて傾いでいく肉体。
 すぐさま水溜まりとなる血潮。
 されど霊魂はひとえに仁を思い、遠い仲間へ医術を送る。
 今ここで、オレは――――――膝を折るわけにはいかない――――



「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!!」
 だから、治す――!
「――――もういいわ眠りなさい。辛すぎる現実は無理に焼き付ける事はないわ
 行き(帰り)なさい、聖杯の内へ……」
 優しい言葉を投げかけた。
 その言葉は慈悲なのだろう。
 微塵も理解できない技術理論で、魔術以上の奇蹟と現象を起こす医師へ向けての手向けだった。

 ――もう日を跨いでいる。 
 長かった戦闘とはいえない医術行為を思い出す。
 日を跨ぐ前のやりとりをイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは思い出す。


「――――なぁんだ。もう帰っちゃうの? せっかく来たのに残念ね」
 くすくすという忍び笑いと共に、いない筈の少女の声が豪奢なロビーに響き渡った。

 可憐な少女だ。そして妖精のように可愛らしく、愛らしい。
 抱きしめれば折れてしまいそうな華奢な矮躯と利発そうな目鼻立ち。
 銀髪赤眼、半人半ホムンクルスの小聖杯である。

 深い森の奥――
 幻想の魔城――
 小さな城主、〈イリヤスフィール・フォン・アインツベルン〉は瀟洒な灯光の下、豪奢な赤い階段の上に、女王のように君臨していた――――
 異形の従者を引き連れて。

 異形がある。
 大人が三人縦に積み重なったよりも巨(おお)きい巨人だ。
 ――否、此(これ)は本当に巨人か?

 見よ、あの上半身を。
 両肩から生えた二十の豪腕を。
 数珠繋ぎに生えた十の頭部を。
 月のように輝く乱杭歯と銅の眼を。

 人は言う。
 彼は羅刹王。
 彼は太陽神(ヴィシュヌ)の化身(アヴァタラ)の敵対者。
 彼は神でも殺せぬ不死身の怪物!

 ラーマーヤナの魔王〈ラーヴァナ〉である――と。

 そして今はサーヴァント。
 怪物の暴力を更に高めた狂戦士(バーサーカー)のサーヴァント。
 生前の暴虐を完全に超えている、生前以上の羅刹(バケモノ)だ。

「こんばんは。あなたの方から来てくれて嬉しいわ、リン」
 花の妖精のような高貴な礼。
スカートを摘み、可愛らしく、そして冷酷に挨拶を投げる。
「――……ッ!」
 握りしめる拳。噛み締める奥歯。
 ――失敗した。逃亡に失敗した。ならば運命の先に待つのは“死”だけだ。
 遠坂の代は此処に途絶える。
「――遠坂」
 衛宮士郎は救出に来てくれた遠坂凛に言葉を投げる。申し訳なさと恐怖を滲ませた言の葉を。
「リン、シロウ下がって、逃げて下さい。ここは私が――」
 疲労困憊――その言いが当てはまる衰弱具合の剣兵(セイバー)が無茶を言う。
 イリヤに負けないぐらい可憐だが、こちらは瀟洒かつ流麗という言葉が似合うだろう。
 しかし荒い呼吸と希薄な活力で、普段の半分もそのような纏う空気が無い。
 魔術炉心はちびちびと回るだけで、僅かしか魔力が生産されていない。呼び水の魔力自体が少なすぎる所為だ。
 今生きていて使う分だけのエネルギーが生産されていない。だからもう一刻も猶予もなく、少し放っておけば簡単に餓死してしまいそうな状態だ。

 しかしそれを押し殺す。
 疲労など忘れた。
 飢餓感など喪失した。
 今は剣を取れ。
 戦え、斗(たたか)え――!
 戦わねば大切な、優しい彼らが死んでしまう――――!!?

 決死が大きな手に阻まれる。
「――こんばんは(グーテン・アーベント)、お嬢ちゃん(フロイライン)。
 しかし関心しねェなァ。お子様は寝台に入ってる時間だぜェ」

 セイバーの美貌を、口を塞ぐ清潔な白手袋の大きな手。塞がれた口に何かが流し込まれる。白く芳醇に薫る何かが、だ。
 三者の前に立つ白い影。魔王に比べれば小人が如き男だ。
 彼は無遠慮な仕草で、セイバーを後ろに追いやる。

「ドクター!」
「ドクタってセイバー大丈夫か!?」
「ゴホッゴッホゴホゴホゴホ!!?」
 三者三様の驚き。一人激しく咳き込んでいる。
 彼らは遠坂凛のエクストラクラスのサーヴァントである〈ドクター〉の背を見つめた。
 逞しい背(せな)だ。矮躯(約一五一センチ)の海老背の老人の姿を描いた肖像画からは、想像も出来ないほど大きな体と肉身の厚さだ。
 成る程確かに傭兵従軍医であり、遍歴医であり、騎士の血を引いているに納得できる体格だ。しかし少々腕力と体格が良いというだけである。
 町の力自慢と魔王を比べる方がどうかしている。
 蟻と戦車ほどの戦力差が、ドクターとバーサーカーの間にはあった。



「まだ夜は浅いわよドク。それに今日日の子供は徹夜くらいへっちゃらなんだから」
「そりゃ不健康そうなこって。寝なきゃ育たねェぜ、色々となァ淑女様(・・・)」
「――――――ッ!」
 カカカカカッと遠慮無く笑い飛ばす。育ちが悪い(・・・・・・)イリヤを挑発する。
 十対の腕に携えた矢弓、剣呑に輝く鏃を前に蟻は嗤い続ける。
 その様子を凛は美貌を苦悩に歪め、さらに奥歯を噛み締め――――とんでもないことを言った。

「……ドクター。少しで良いわ。アイツを足止めして」
「りょーかい」
 “死ね”という命令に、場末の酒場で奢ってくれと言われたばかりに答える医師。

非情。
 だが、最早それしかない。
 誰か捨て駒に成らなければ全員死ぬだけだ。
 だから蟻でもうざったく走り回れば、踏み潰す分だけ時間が稼げるだろう。

「……はぁはぁ……ドクター」
「五時間だ」
 セイバーはその素っ気ない言葉に未来予知じみた直感で解答を得た。

 五時間。
 あと五時間で、誰にも認識されず(・・・・・)に行っていた治療が終わる。
 だからセイバーを逃がす。
 治れば――――――少年と少女が生き残る可能性が生まれる。

「ドクターいくらなんでも無茶だ」
「ボーズ。オメーはやれば出来る子だよ。それにどうせやるんだったら心底からひっくり返して、ぶちまけるくらい無茶をしろ。
 ――いいか。お前はお前に成れ。エミヤシロウはエミヤシロウに成るんだ。それ以外に成るんじゃねェ」
 士郎は当たり前を言う。医師は適切な助言をする。
 少年も知っての通りこの医師(ドクター)のサーヴァント、屈強そうな見た目に反して戦闘力が優れていない。

 赤い魔槍のランサーにも天馬使いのライダーにも燕返しのアサシンにも魔女のキャスターにも不可視の剣のセイバーにもまったく勝てていない。
 刺され、轢かれ、分割され、燃やされ、斬られてもなお生き残り、マスターや衛宮士郎や無辜の生徒を満身創痍になりながら治していった。

 おそらく聖杯戦争史上最もしぶとく、二番目にダメージを与えなかったサーヴァントとして燦然と輝くことだろう。

 ――――そしてそれは此処で打ち止めになる。
 ――――そう終わりだ。
 ――――博士(ドクター)の時間は終わり、医者(ドクター)の時間が始まる。

「お喋りはおしまい? それじゃ始めよっか、バーサーカー」
「■■■■■■――!!」
 十の弦がギリギリと悲鳴を上げる。鋼鉄板とコンクリートを紙細工のように貫く十の矢弓が四人に牙を向ける。
「――――誓うわ。今日は一人も逃がさない」
「そいつァ行きなり破る事になるなァ!」
 勢いよく打ち合わされる手の平。
 優秀な魔術師(・・・)や直感に優れたセイバーに認識されることなく、玄関の大扉が開き、ベルトに金属片が付けられていた士郎の体が勢いよく少女二人にぶつかる。
 もんどり打つ三者。ベルトの金属片は元に戻(なお)るべく片割れへと足を運ぶ。三人を運びながら。
 ――――そして、小さな接着音がした。

 悲鳴と言い訳と非難が外で溢れた直後、
 一〇の矢が一人残った空間を射貫いた。
 轟音と爆音がロビーを揺るがした。




 城の調度が倒れ、シャンデリアはブランコのように揺れる。
 烟る砂塵と瓦礫の粒が、階段上にいる少女の足下まで舞い上がる。
 爆心地は更に濃密な砂塵に包まれ、中心を視認することは出来ない。
 慎みと遠慮と謙虚と手心を纏めて忘れてきたインド系英霊の巨矢の暴威だった。

 平均的な英霊二、三名を纏めて砕き散らすような暴力の渦である。
 四名狙っていたのが一人になりその分拡散していたが、ドクター一人を粉砕する威力は矢一本でお釣りが来る。
 だから爆心地の中心には、消えゆく肉片が在る筈だ。
 しかし――

「…………来てない」
 魂(・)が来ていない……。
 ならば、死んでいない!

「今、何をしたの――――」

 砂の紗幕から伸びる足。革帯が幾重にも蜷局を巻く長靴。現代の装甲服じみた黒パンツ。
 砂の紗幕から出でる体。革の継ぎ当てが胸や肩にある白シャツ。四分円の紋と二つの盾と三つ葉の白詰草の紋を背負う、右袖を切り落とした分厚い長白衣。
 自分で仕立てた第五次聖杯戦争用戦装束を纏った彼だ。
 三秒前と何ら変わらないドクターの姿が、のんびりと歩を進める壮年の男の姿があった。

「パラケルスス――」
 真名の呼びにドクター=パラケルススは薔薇色の遮光眼鏡を掛け、応える。
「秘密。怖(こえ)ェおじさん暴れさせんのやめさせたら教えてやるよ」
 婆娑羅の黒白の蓬髪を揺らし、
 鋭い赫眼に楽と仁の感情を湛え、
 心の樅の実の中に悪魔を封じ、
 患者に向けるような笑顔を浮かべてパラケルススはそう言った。
 〈Azoth〉の刻印された長剣は佩いたまま、白手袋を脱いだ――数十数百の傷と胝と染みで前衛芸術のような色合いになった両手の平を揺らしながら――


 ……まったく食えない男だわ。本当に食えない男。
 イリヤは思う。彼の事を。
 そんなに飄々と、バーサーカーに殺されるのに笑顔を浮かべて。

 バーサーカーは黙したまま、次の矢を番える。
 理性の大半を失う狂化ランクBであっても、心魂まで刻んだ武練は消えない。
 目的の為に千年の苦行に耐える精神は、理性が無き如き問題にしない。
 おまけに十個の脳を持つ異形だ。
 一つの理性が無くとも、十の知性が理不尽にも狂戦士の常識を覆すのだろう。

 妙だったわ。いいえ、ずっと以前からそう……。
 彼が治癒に長けているのは逸話通り。でも一切の魔術の気配も痕跡もなかった。
 ずっとそうだった……。

「バーサーカー」
 女王のように命を下す。
 引き絞られた弦が先より鈍い悲鳴を上げる。さらに破壊力と速度を生み出すのだ。
「――まあいいわ。理解(わか)らなくても良い。死ねば誰も彼も黙っちゃうんだから」
 少女の凜徹した殺意。無邪気の中の酷薄で鋭利な部分が剥き出しになった意思。

 一瞬、森の中も城の中も固唾を呑んだように――――止まる。

 ――理解(わか)るぜ、淑女(じょう)ちゃん。
 ドクターは思った。
 今、理解したな。彼らのように、――――自分には理解できないことを理解したな。
 懐かしいと思った。

「――消えて逝きなさい」
 冷徹な命。
「■■■――!」
 幻術! 十の知性が不条理を一秒だけ実行させる。
「パラケルスス――!」
 十対の腕を流れるように使い、機関銃のように巨矢を次々と射る。
 次々と次々と――瞬く間に百を超える矢を射る。
 射られた矢は超音速で斜め下に滑走し、幻術によってその数を数十倍に膨らませた。

 矢の大軍が――
 ――ロビーを埋め尽くす。
 全方位から――
 ――パラケルススを射貫く。

 ――その十の負の十八乗秒前(刹那)、パラケルススの医療が世界を治した。




 巨矢の大軍は、玄関扉側の壁を破壊し、床に数十ものクレーターを築き、衝撃波がロビー中を振動させた。
 豪奢なロビーは廃墟と化し、隣接する部屋もまた繋がり廃墟と化す。
 逆鱗に触れられた龍の如く癇癪を起こす風が、砂塵を瞬く間に吹き飛ばす。

 さすがに障壁を張ったイリヤは、無傷のパラケルススを見つめる。
 無傷の床を見つめる。
 無傷の限定世界を見つめる。
 癒された世界(・・・・・・・)を見つめる。
 桜色の唇からは言葉が零れた。
 それは千の齢を越える魔術師の血の叡智が導き出したものか。
 それは魔術師殺しである父親の血による発想力によるものか。

「――――まさか、あなた医術(・・)でこれを……!!」
「そうだ―――――― 
 何万回もこの手で戦って(治して)きた……。 医術の深さはオメーらの理解の外」

 小さく狭い無傷の世界の中心で、パラケルススは悲しい事実を宣言した。
 現代(いま)も只一人、誰にでも進める道の最果て(悲想天)に彼はいる。
 人々はまだ道半ば、真如の医を理解できず迷宮に迷っている。


 一つのリンゴがあるとしよう。
 そのリンゴに青虫が齧り付いた、としよう。
 青虫は食欲のままに皮を食い破り、果肉を食い荒らす。
 リンゴは虫食いのリンゴへと変わった。傷ついて変わった。傷在りリンゴになった。
 それを癒したらどうなるか――
 果肉が盛り上がり、青虫を追い出すだろう。若しくは青虫を果肉の圧力で押し潰すだろう。
 そしてリンゴは健康な、傷のないリンゴへと戻るだろう。


 断ち割られた空気を癒す力が、巨矢が生み出す衝撃波を押し返し、矢の軌道をねじ曲げる。
 矢という凶器によって傷ついた世界を癒す力が、強引に暴力を逸らす。
 幻の矢は無視し、現実の矢だけ軌道を曲げる。
 言葉にすれば簡単だろう。しかしそんな事はない。

 ロビーから城の外まで世界の構成要素から固有振動、世界霊魂、大源容量を全て把握し、大気空間の状態を流体の対流はもとより、
 音波から光波まで干渉・回折・反響・ドップラー効果までリアルタイムで知覚。
 超音速の矢の軌道を始点から終点からを見定め、矢が起こす衝撃波から音のヘルツ値を観測。さらにロビー内にいる三者の生理的な発生物による世界の干渉も考慮に入れて計算する――――
 Aと言う世界が、矢を射られる事でBという世界に変わる理屈を一切合切素粒子まで含めて計算してAと言う式に戻せと言うのに等しい蛮行だ。
 そしてその膨大な時間がかかる思考を一切しない。
 一切せずに、解答式(BからA)を想像せずに夢想する。
 考えず、想像無しに想像する。

 無想。
 無念。
 無我。
 則天去私。
 大悟徹底。
 思わずとも、考えずとも――――識る。
 何も考えず最高最上最適の行動を起こす。
 武であれ、文であれ、技を扱うものにとっての最上の境地、無想無念の境地。
 だから速度で劣るパラケルススは、ラーヴァナよりも速く事を起こせる。
 起こせなければ死んでいただけだ。だから起こせたパラケルススは無想(無双)だ。

 ――そしてそれは、一体どれほどの研鑽を積めば辿り着く境地なのだろうか。
 幾千では届くまい。
 幾万と傷を診て、傷つける加害のものを診て、自然を診て、ヒトを診て、世界を診る。
 その姿勢を見るとゾッとするだろう。
 ヒトの悪意、敵意、殺意、世の理不尽、暴虐、自然が生み出した物(きず)を診続けるなど、魂を引き裂かれるような苦痛が襲うのだから。
 その体すら医療の施しが追いつかずすり減らして、
 その心すら自らの悪魔を封じられるほどに想操して、
 その存在すら医道に捧げる供物とすらして、一個の“医”にしせしめる程に――

 無想の医術。
 無窮の医業。
 偉業にして異形にして医業の統合医師。

 冷たい汗が小さな背を流れる。
「……正直、驚きつくしても足りないわ……。そこまで行き着けるものなのね、ヒトというのは。
 スイスのトリスメギストゥスの雷名は伊達じゃないのね」
「違(ちげ)ェ!」
 言葉を遮る一喝。名誉ある評価を遮る理由とは。
「オメーらが相手するのはトオサカリンをマスターとする只の医師。
 オメーらは只の医師の前にひれ伏す。
 ――それだけだ」

 トリスメギストゥスなどと言う只の神域の錬金術師と一緒にするな。
 ――オレは医者のパラケルススだ。
 ――オレはホーエンハイムのフィリップス・テオフラストゥス・アウレオルスだ。




 そして、羅刹王を超えた羅刹王の暴威は一切有効打を与えることなく、彼の医道に阻まれた――――


 彼の非常識さを回想し終わる。
 魔術協会が、聖堂教会が躍起になるわけね。
 ――――彼があと数年長生きしていれば、もうちょっと生きている間に認められていれば、世の神秘は現在より遙かに少なくなっていたでしょうね。
 魔術師は思う。それはきっと大袈裟ではないのだろう。

「――――せめて最後は楽に、逝きなさい」
 死に満ち満ちて押し潰されたパペットのような風体。
 血と肉と体液を外に振りまきながらも傾いで曲がった体で立つドクター。
 彼に落ちる巨大な影がある。高々と得物を握った二十手を持ち上げバーサーカーだ。
 巨人は、号令を静かに待つ。
 やはりいやに知性的だ。非常識なインド英霊は、聖杯戦争程度の枠組みでは囚われないようである。

 不撓不屈の背を晒すドクター。
 しかし、あまりにもそれは儚い。
 そして遂に――――断頭台の縄は断たれる。

「やりなさい、バーサーカー――――ァア!!?」
 可憐な唇からは抜けた言葉が零れた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーー!!!」
 理性無き言葉は魔力の豪打によって吹き飛ばされた。

 聖杯戦争中一度も抜かれる事の無かった彼の佩剣。
 いまそれは抜かれ、艶やかな刀身を晒している。
 長い長い刀身は真っ直ぐで、持ち主のように強くて固い。
 二つのアゾット剣を通った金の少女(・・・・)はそう思った。
 確かな重みが血溜まりに降り立つ。
 影は恭しく彼の佩剣を握っていた。
 最高の宝物のように、掛け替えのない財産であるかのように、彼の生涯を共にした愛剣をミトンのような籠手の左手で握っていた。
 金の少女は重い――と思った。
 全ての人々の祈りが結晶化した光の剣よりも、
 賭で死刑執行吏から得た、世界とヒトを治してきた彼の剣の方が重いと思った。
 敵の血の重さと生きた命の重さの違いなのだろうか、と王は思った。

「――――ドクター。貴方に感謝を」
 呟きは力強く、活力に満ち満ちてそして親愛に溢れている。
 生前以上の魔力の渦を滾らせ、召喚直後の十倍以上の活力を賑わせるセイバーは誠意の言葉を今まで戦ってくれた戦士に、今まで治療してくれた医師に贈った。
 金砂の髪に、聖緑の瞳。
 医師を守るは聖剣の仕手。
 サーヴァント・セイバー――――過・剰・復・活!

「……応。あとは英雄(ヘルト)の時間だァ。――――まっ、きばれや」
 細胞が崩れかけた体をようやく施せた自分自身の医術で処置をする。血まみれの手を適当に振り、ドクターはそのまま息を吐き、命の水を飲んだ。
 そのまま大の字になった。空の瓶を枕に寝始めた。
 セイバーはその様子を心底敬意を持って見つめた。愛剣を静かに腰の鞘に納めた。

「嘘……。私のバーサーカーの相手をしながら、セイバーを治していたというの!?」
 イリヤは自己肯定できない疑問を吐く。
 信じられない事だ。言うならば日本と南米の仕事を現地で同時に片付けるようなものだ。
「■■■■■■■■■■■■ーーーー!!!」
 雄叫び。一切合切それがどうしたと断じ、狂戦士は進撃する。
 高位の存在(りゅう)の因子など、再生のエネルギーにしかならない。
 されどその理論を覆す、圧倒的な破壊エネルギーが存在したならば、解は違うだろう。

「この一撃、医大なるドクター・パラケルススに捧げる」
 解かれる風の封印。
 顕現する光の聖剣。
 星の光よりも、白く白くなおも白く――――白熱して輝くラスト・ファンタズム!

「約束された(エクス)――――――――――」
 あまりの猛りに自壊しそうな程振動する剣。
 迫る暴威。
 そよとも動じず、騎士の“そうあれかし”の祈りを解放する。

「―――――――――――勝利の剣(カリバー)!!!」

 白光(ひかり)が世界を埋め尽くした。


 この日より、冬木の森という地形は消失し、剥き出しの断層が見られる深い窪地となった。


●後日談 ●


「何をやっているのでしょう私は? 説明がほしいです本当に」
「立つ鳥跡を濁さずってこの国の諺があるだろう。黙ってワーキング!」
 窪地でセイバーとドクターは窪地を森に治していた。
 その周りで、バーサーカーとの死闘中、大聖杯にありったけの道具を使って安全及び解体・封印処置をしていた四人のホムンクルスと寿命を治療されたイリヤが遊んでいた。



 ギャフン!(End)





 後書き
 ハチポチパロディシリーズの第二弾です。前作より長いですね。書いてるうちにどんどん長くなってしまいました。
 本当は「オメーらは只の医師にひれ伏す」の下りで終了する予定でしたが、やはり血泥の戦いというのを書いてみたくあり、冒頭に持ってきました。
 七孔噴血しているのは集中しすぎであちこちの血管が破けて、筋肉や神経が断裂しているからです。A・ARMの使いすぎじゃあありません。
 パラケルススは黒白髪の赫眼ですがホムンクルスじゃありません。薬品に被れて髪の色や皮膚の色が染まってしまった所為です。白子に産まれ、幼少期は体が貧弱でした。
 しかし今は単細胞生物やヒドラもかくやのしぶとさ。六体のサーヴァント相手にズ他襤褸にされても立ち上がる不死身のタフネス。
「貧弱だったボクも医師の倫理を胸に刻むだけでこんなに逞しくなりました!」
 ……失礼。取りあえずスキル説明などを。
 劇中で使用した術は只の医術です。神秘を扱わない賤民(一般人)から学び取り、魔力を使わずに魔術のように遠隔的に働きかける事が可能となる術です。
 魔術基盤に接続していませんから魔術理論に生きる者にとって感知も理解も出来ないIJUTHUです。
 まあはっきり言って劇中のような使い方するより防御魔術や迎撃できるだけの身体能力を鍛えた方が消耗も代価も少ないんですけどね。
 樅の実の中で育った彼は人の為の医術を研究を続けていたら心の中の、樅の実の中の悪魔を操作できるようになりました。解脱じゃありませんよ? 何を言っているのですか?
 キャスター適正は、Aランクに相当する魔術スキルが無い為(治癒系統であってもAに届かない)、適正はありませんが、道具と知識に頼ったキャスターなら慣れる可能性はあります。
 ウェイバーと同じく実践力が不足しているのです。
 やはり最後はギャフンと終わるのが内藤イズム。