「なかなかに楽しませてもらったぞ、道化。だが貴様の仮面は剥がれた。
素面に戻ってはもはや狂うこともできまい。この茶番も幕引きだ」



 黄金のサーヴァントの背後の空間が歪み、二十を超える宝具が取り出される。
それらはまっすぐに切っ先を老騎士へと向け、主の命を今か今かと待っていた。



「雑種には過ぎた代物だが……我を楽しませた褒美だ。
わが財の刃にかかって果てることを許そう」



「くっ!こんな時に……」



 凛は苦々しく呟いた。とはいえ、ほんの数刻前までの彼女ならばまだ希望はあった。
彼女を守る老騎士―――ライダーのサーヴァント『ドン・キホーテ』はかの英雄王の天敵といっていい。
現実すら侵食する彼の妄想は、相手がより強い幻想に生きる者であるほど強力に作用する。
 現に過去の二度の戦闘では、一度目は相手が高層ビルの巨人たちと戦っている隙に逃げ仰せ、
二度目は繰り出された宝具のことごとくが的を外れ、あるいは暴発した。
 しかし今回ばかりはそうもいかない。ドン・キホーテを英雄たらしめていたその宝具も、
あらゆる幻想を錆付かせる強力な固有スキルも、すべて先ほどの戦闘で失われていた。
 ―――『破戒すべきすべての符(ルールブレイカー)』
あらゆる魔術・神秘・契約を無効化するその宝具は、それでも英雄王の手から放たれれば
ライダーに届くことなく地に落ちる筈だった。
しかし、先ほどの間桐慎二の捨て身の一撃により、その刃はライダーの胸に確かに穿たれた。
 ルールブレイカーが破戒したのはマスターとの契約ではなく、老騎士の『狂気』。
己が伝説の騎士であるという妄想。彼が騎士である為の『誓い』を木端微塵に打ち砕いた。
夢から醒めた騎士はもう騎士ではなかった。一度現実に気付いてしまえば、もう妄想の世界には帰れない。
 自らの妄想に周囲を巻き込む彼の能力は、このとき完全に失われた。
夢の跡に残ったのは、アロンソ・キハーナという一人の男と、年老いた痩せ馬だけだった。



「ライダー……」



 主を守るように立つライダーの背に向けて、凛が躊躇いがちに何かを言いかける。
振り向いたライダーと眼が合い、そして―――彼女は決心した。



「ライダー。あの金ぴかと戦って、できるだけ時間を稼いで」



事実上の死刑宣告とも取れるその命令に



「仰せのままに、わが主よ」



 ライダーは満足げに頷き、そう宣言した。
それを聞くと凛は振り返ることなく大聖杯のもとへと駆けていった。




「ク……カハハハハハハハ!捨て駒にされたか!つくづく滑稽だな。道化!」



 英雄王の嘲笑に、老騎士は静かに首を振った。



「我がマスターは命令に令呪を用いなかった。何故か解るか?アーチャー」



「それが何だというのだ」



「この命令を私自身が望んでいた。ということだ」



 そう、ライダーは自ら捨て駒となることを望んだ。
だからこそ、凛は彼を切り捨てることができたのだ。



「貴婦人のために命を賭けることは、騎士の誉れであるからな」



「ハッ、何を言うかと思えば、どうやらまだ夢の中のようだな!」



「夢か……そうだな、ずっと夢見てきたことだ。」



 それは痛ましい夢だった。
 孤独な老人の狂った妄想だった。
 偽りの名を名乗り偽りの敵と戦った。
 だがそれでも、偽りの騎士であったとしても、
 世の不正を正さんとしたその理想は―――
 男が幼いころに憧れた『騎士道』は―――
 ――――――けして偽りではない。



「我が願いは叶えられた。もはや夢を見る必要はない。
守るべき主。この世で最も強大な敵。感謝する。私は今、真の騎士となった」



 ヒイィィィィイイイイイン



 老騎士に呼応するように甲高く嘶いて、痩せ馬が前に進み出る。



「ありがとうロシナンテ。もう少しだけ付き合ってくれるかい?」



 かつて彼は、「すまなかった」といった。
 長い旅にずっと付き従ってくれた友に、馬鹿な妄想に付き合わせてしまってすまない、と自らの夢を否定した。
そうではかった。あの時、死の淵でサンチョに言うべきだったのは、謝罪の言葉などではなかったのだ。
只一言「ありがとう」と、お前のおかげで私は騎士たりえたと従者をねぎらってやればよかった。
 それでも友は主を騎士として葬った。彼もまた狂ってしまったのだという人もいる。
だが老騎士は信じたかった。あの馬鹿げた旅路が友にとって、真実価値の在るものだったのだと。



「ありがとう、サンチョ」



 今はもう届かない。それでも呟かずにいはられなかった。



「さっさと来い、茶番は見飽きた」



 痺れを切らした英雄王が空中の剣を構える。
ロシナンテに跨った老騎士はランスを掲げると高らかに宣言した。



「我こそは伝説の騎士、ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ!!
この世すべての悪を、討ち滅ぼすものなり!!」



 ランスを構え、痩せ馬の腹を蹴る。
彼の騎士道において、最初で最後の疾走が今、始まった。




 眼前には三十にも及ぶ宝具の群れ、只のひとつでもライダーの身をかすめれば
それだけで身体が消し飛ぶであろう力を秘めた宝具の雨の中を
年老いた痩せ馬が駆け抜ける。決して疾くはない。老いた馬の脚では
次から次へと射出される宝具をかいくぐることなど出来はしない。
しかし――――――



「馬鹿な!?何故当たらぬ!」



――――――錆付いた幻想(ラスト・ファンタズム)
失われたはずの老騎士の固有スキルが、今確かに発動していた。
正気を得たことで潰えたはずの彼の騎士道は、彼が真の騎士となったことで甦ったのだった。



「ならば!」



 宝具の雨は痩せ馬に狙いを定める。ライダーのスキルは騎乗物にまでは及ばない。
ロシナンテは遂に膝を屈し主を放り出した。しかし、遅すぎた。痩せ馬は老騎士を英雄王の眼前にまで運んでいた。
かつて征服王の英霊馬すら成し得なかった偉業を、只の老いぼれた痩せ馬が成し遂げたのだ。



「うおおおおおおおおおおお!!」



「チィッ!!」



二対のサーヴァントの腕が交差する。
老騎士のランスと英雄王の剣。
その胸に届いたのは――――――



「……カハッ!」



 血を吐いたのは老騎士のほうだった。
その胸には英雄王の乖離剣が突き刺さっている。
 幻想はより強い幻想によって打倒される。
天地を切り裂いた『最強の幻想(ラスト・ファンタズム)』は
老騎士の『錆付いた幻想(ラスト・ファンタズム)』に打ち勝ったのだ。



「……夢から醒めたか?騎士よ」



 王の問いに老騎士は穏やかに笑って答えた。



「……ああ、いい夢だった。また…観たい……ものだなぁ……」



「安心しろ、お前は偉大な騎士だった。王であるこの我が保障しよう」



 老騎士は嬉しそうに頷くと、光の粒となって消えていった。
こうして、騎士道に憧れ、騎士道を演じた男は、遂に自らの騎士道を完遂した。
それを狂気と、愚かな妄想だと人は言う。しかし彼の騎士道は確かに何かを守ったのだ。
その答えはこの戦場の先、大聖杯の間にて出されることとなる。





……To be continued