『見ツケタ、見ツケタ、見ツケマシタ』

 SFに出てくるロボットみたいな声で黒猫、少なくとも猫っぽい黒いのが人間の言葉を喋っている。
 わたしはちょっと驚いた。これは、つまり……すごい、科学の進歩って。

「知らない間にあんなロボットまで作れるようになってたなんて、日本のものづくりは優秀なのねぇ」

 わたしはため息をついてネコ型ロボットにうっとりと見惚れた。犬型のロボットがあるのは知ってたけれど、飛んだり跳ねたりできるネコのロボットがあるなんて夢みたいだ。

「そんなわけあるか! あれはこの時代の技術じゃない! 敵が送り込んできてるんだよ!」
「あら、そうかしら? アシ……なんとかってロボットは人間みたいな動きができるのよ? なら、猫のロボットだって」
「馬鹿か、おまえ! ああー! もういいから放せ!」
「こ、こら! 暴れちゃだめ――きゃっ!」

 女の子が腕の中で釣り上げたお魚さんみたいに暴れ回る。この子がいくら軽いって言っても、動く人間一人を抱えてるのは難しい。
 わたしはどうにか彼女を押さえ込もうとしたけれど、バランスを崩して背中から転んでしまった。がつーんと椅子の角が肋骨の隙間に当たる。

「ぃ~~~!」
「うぐ……やめ、首が絞まる……!」

 わたしは思わず女の子を抱きしめて、ごろごろと床を転げ回った。
 痛い。本当に痛い。これ、きっと痣になってる。うう、この間事故に遭ったばかりなのに、また痛いところが増えるなんて。
 涙を堪えようと体に力を入れて、アルマジロみたいに縮こまる。女の子の腕がほっぺに当たった。あ、肌、すべすべ。

「や、やめろ。気持ち悪い、顔をこすり付けるな!」
「あ、ごめんなさい」
「謝るのなら早く放せ!」

 少し迷ったけど、聞こえなかったことにしてぎゅーっと抱きしめた。温かくて、何だろう、すごくほっとする。

「こ、こら! 聞いてるのか!」
「んー。お願い、もうちょっとこうしててもいい?」
「な……この―――」
『――いい加減にしろよテメエら!』

 声の余りの大きさに、わたしは電気ショックを受けた。悪戯がばれた子供みたいに、恐る恐る窓の方を見る。
 ネコ型ロボットが窓の縁にちょこんと座っている。でも顔は、ネジが三本ぐらい外れた感じだった。

『人の前でくんずほぐれつやりやがって、見てられるか! 羨ま――失礼だろうが!』
「やだ……流暢に喋ったわ。本当に色々できるのね」
「操ってる奴が話してるんだ、あれは」
『ちょっと小さいと可愛いだ何だと抱きついて! この節操なし! そんなんだから胸ばっかりでか――』

 そこまで言うと、猫ロボはガーガーとノイズの入った鳴き声を奏でる。接続の調子が悪いみたい、しばらくお待ち下さい状態だ。
 腕が解けた隙に女の子がするりと抜けて、立ち上がった。……ああ、もうちょっとぎゅってしていたかったのに。

『あー、あー。テステス……よし』
「あら、声が変わったわ」
「ああ、変わったな」
『えー、さきほどは申し訳ない。少し不測の事態でしてな。いやはや、面倒臭いだの何だの言っておきながら急に喋り出すのだから、まったく困りもので』

 やおら咳払いを挟みつつ、猫ロボはしっぽを動かした。顔のネジ模様はちょっとマシになっている。

『夜分遅くに失礼しましたのは、少しばかりお話がしたかったためでして』
「お話? 猫さんが?」
『いえ、これは私の声を中継しているだけで、まあ、電話とやらと同じものだと思って頂きたい』
「あら、そうなの」
「だからさっき言っただろう」
『では、ご理解頂いたところで用件をお伝えしましょう』

 猫電話の目が細くなった。まるで三日月、引き絞られた弓のように。

『――死して脱落するか、速やか且つ穏やかに降伏するか。三十秒以内に答えて頂きたい』

 わたしは声の意味するところが全くわからなかった。けれど事態は待ったなし。猫電話の中からは時を刻む不吉な音がカチカチと聞こえてくる。

『申し遅れました、私はキャスター。みことさんの競争相手となる方のサーヴァント、つまり貴女の敵ですな』

 ひどい冗談だとしか思わなかった。女の子もこの人も、テレビか何かの企画なんじゃないかって。
 でもそんな思いに反して、太鼓のような心臓の音が鼓膜に押しかけている。声も喉から先に出ようとしない。そうこうする間に、時計の音が二十を超える。

『ふうむ。残念ですな、では御機嫌よう。短きお付き合いでした』
「え――――待っ」

 カチン、と一際大きな音が鳴ったとき、女の子が猫ロボを掴んで放り投げた。それは窓の外できれいな放物線を描いて――重力に負ける前に、爆発した。
 肌が痺れる衝撃、間近で花火を見たような明るさ。爆風がわたしの側を通り過ぎていく。窓枠がぎしぎしと軋んでいた。

「あ――」
「――なんだ、ずいぶんちっぽけな爆発だったな。あんなんじゃ生身の人間も死ぬか怪しい」
「今の……は?」
「呆けるなよ、マスター。散々言って聞かせたはずだ。これは聖杯戦争、おまえはマスター、俺はおまえのサーヴァント。今のは敵さ、殺し合いの儀式のな」
「待って、あなたは……」
「”あなた”じゃない。”アーチャー”って呼ぶんだ。それが正しい在り方だ」

 アーチャー、の目が玩具を見つけた男の子みたいに光る。窓の向こう側ではギチギチと歯車が奏でる音がする。

「アーチャー……」
「敵は結構居るらしい。囲みを突破するのも一つだが、ここで迎え撃つ方が話が早いな。どうせ大した守りにもならないんだ、ちょっとぐらい壊れてもいいだろう?」

 暴れん坊はそう言って笑う。しゃらんと澄んだ音、腕の金輪は踊る。
 わたしは――

1:まだ何がなんだかわからない
2:家を壊すなんてダメ、ゼッタイ
3:お巡りさんを待つ