肌がちりつくような、変な感触がした。不思議に思って振り返ると、窓の向こうに赤い光が見える。火事でも起きたのかなと外を見てみたけど、街に変わった様子はない。赤い光はどこにも見えない。

「あれ、気のせいかしら」
「違う、気のせいなんかじゃない。今のは宝具だ。それも、かなり強力なやつだ」

 女の子が真剣な表情で言った。ぶすっと突き出していた口は引っ込めて、狩人のような精悍さで窓の向こう、海を見ている。

「もう動き出した奴が居るなんて、もしかして俺が最後だったのか? くそ……っ」

 窓に足をかけて飛び出そうとする女の子。わたしは彼女を後ろから抱きかかえて、持ち上げた。うーん、思ったよりずっと軽いのね、この子。

「こ、こら! 何をする! 放せ!」
「馬鹿を言うんじゃありません。お家がどこにあるのか言うまで放しませんよ」
「家なんて無いって言ってるだろう! いつになったら分かるんだ!?」
「大体逃げようとしても無駄ですから。さっきお巡りさんに電話したから、観念なさい」
「お……俺のことを喋ったのか!? 散々聖杯戦争について説明しただろう! 居場所を知られたら間違いなく襲われるぞ!」

 わたしはため息をついた。この子はたっぷり強情で家の場所も電話番号も話そうとしないから、仕方なくわたしの家に連れて帰ったのだけど、ずっとありもしない空想ばかりを並べている。

「この街にはすごい仕掛けが張り巡らされてて、呼び出されたお話のヒーローや怪物が戦うんでしょう? うん、そうね。夢を持つのは悪い事じゃないわ。でも考えてみなさい。そんなすごい仕掛けがあるなら、誰も気付かないわけがないでしょう」
「そんなことまで知るか! 何か隠す仕掛けがあるんだろ!」

 こういうとき一人っ子だと辛い。弟か妹がいれば宥め方もわかるんだろうけど、わたしは小さい子をあやした経験がまるで無い。どちらかというと、いつもわたしがあやされる側だったのだ。
 そうだ。わたしがどうあやされてたかを思い出せばいいんだ。お母さんはどうやってわたしの相手をしてただろう。いつも、そう、一緒に動物と遊ぶことが多かった気がする。
 ちょうどいいところに、塀の上を黒猫がモデルさんみたいにキャットウォークで歩いていた。

「あ、ほら。あそこに猫がいるわよ」
「……ああ。それで?」

 それで、と言われても困る。でも他に方策もないから、もうちょっと粘ってみることにした。

「可愛いと思わない?」
「そうか?」
「あら、跳んだわ。バランスいいわよね、猫って」
「そうか?」

 わたしはここで諦めた。やだなあ。最近は気温が下がってきてる気がする。

「で、猫の話は終わり?」
「……うん、そうかな」
「わかった。じゃあ聖杯戦争の話に戻そう。おまえは信じてないみたいだけど、すごく大事な事なんだからな。あんなどこにでも居るような猫よりずっと」

 みゃー、と猫が鳴く。まるで女の子に抗議するみたいに、塀から降りて、わたしたちの方へ向ってくる。

「怒ったのかしら」
「まさか。妖怪ならともかく普通の猫が怒るなんて」

 にゃー、と猫が鳴く。

「やっぱり怒ってるんじゃない?」
「あのな。猫がどうだっていうんだ。全然大事なことじゃないだろう」

 なーご、と猫が鳴いて、ぐるんと頭が回った。
 ええっと……回ったっていうのは、本当に回ったという意味で。黒猫の頭が時計の針みたいにぐるりと360度、一回転したのだ。
 猫がそんなことできるなんて知らなかった。うん、知らない。もっと言うと、壊れた玩具みたいにケタケタ笑えるなんて、そんな猫なんてこのとき見たのが初めてだった。

 猫は―――

1:『見つけちゃった、見つけちゃった』と女の人の声で喋った
2:『見ツケタ、見ツケタ』と機械の声で喋った
3:狼の声で吼えた