―――Interlude


「つまり、僕に協力しろってェ事ですか、それは」
「難しいお話ではないでしょう、ええと……」
「優介。管代優介です」
「ユースケ。貴方はわたしを手伝うだけで良いんですもの。
 聖杯はわたしが必ず手に入れるのですから、ね」

 パレス・ミズサバ最上階。
 昼過ぎから夕方にかけての穏やかな日差しを浴びながら、たおやかに笑う黒衣の美女。
 その姿を見て、対面に座る優介はハァと気の無い返事を零した。
 無理も無い話だ。
 今の彼の心境を二言で表現するとこうなる。

 面倒臭ェ。
 帰りてぇ。

 やる気なんざこれっぽっちも無かった。
 というか自意識過剰すぎじゃないかこの女とまで思っていた。
 当然、口に出したりはしないが。
 立場的には明らかに彼の方が下であるし、怒らせるのは不味い。

 ファーティマ・アブド・アル・ムイード。

 没落した名門魔術師一家の末娘でありながら、恐ろしいほどの天才。
 時計塔が誇り、協会が期待する、魔術師業界のホープ。
 これで二十歳を越えたばかりだというから、なんともはや。
 その上、彼女は家督を継いだわけではない。つまり魔術刻印を持っていないのだ。
 全て独力で、様々な魔術を行使できるとなれば、それは―――……

(たった一人で、新たな家を作ることも可能、か)

 まったくもって末恐ろしい。
 今年の時計塔は入学早々寮をぶっ壊すほどの新人もいると聞くし、
 下手をすれば魔術師の黄金時代が再び訪れるのではないか、とか何とか。
 まあ、優介にとってはどーでも良い話だ。
 「」には興味も無い。魔術師として成り上がる野心も無い。
 一生ぐーたら過ごして生きてられれば良いのである。
 まったくもってして駄目人間であった。
 問題なのは、彼女が『協会から派遣されたマスター』という一点だ。
 親父が妙な組織と取引をした挙句、それが発覚。
 魔術協会から物凄い勢いで睨まれてしまったのが、今の優介である。
 このままでは文字通り首が飛んでしまう。
 穏便に済ませたい旨を伝えると――彼女、ファーティマが現れた。
 つまり「聖杯を協会に寄越すなら許してやろう」という事。
 ……勘弁して欲しい話である。
 結局、自分も殺し合いに参加しなけりゃならないわけだ。


 それより気になるのが――部屋に漂っている異臭だ。
 やけに革張りの家具が多いから、その臭いかとも思ったが、違う。
 魔術的な香りの類とも思えない。
 そしてファーティマや、その背後にて微笑んでいる家族達の誰も気に留めていない。
 不気味だった。只管に。
 美人であるだけに、どうにも。

「それで、答えはイエス、ノー?」
「選択できるような身分じゃないですよ、僕は」
「なら契約成立、ね。よろしくお願いしますわ、ユースケ」

 たおやかに微笑むファーティマに頷きながら、内心で優介は溜息を吐く。
 勘弁して欲しい。本当に。
 そのまま丁重に挨拶をして部屋を出て、そこでようやく気がついた。

 ――――あれは腐敗臭だ。

 思わずうへぇ、という気持ちが顔に出る。

「糞。面倒臭ェ女だよなぁ……本当」

 大体、何処まで本心で語っているのやら。
 が、しかし協力体制は結んでしまった。
 となれば、契約を反故にすれば、もっと面倒臭くなる。
 ……やれやれだ。
 最上階から長い間エレベーターに乗って一階に降り、さっさと駐車場へと向かう。
 白スーツのポケットからキーを取り出して愛車に乗り込み、やっと一息。
 これから仕事が山積みになってるのに、まったく。

「御館様ー、御館様ー」
「なんだうっさい」
「ちょっとばかし卑怯臭くはないで御座ろうか。拙者、そーいうのは苦手なので御座るよ」

 ――――と、不意に背後から声が聞えた。

 やはり異常な光景である。
 何せ『他には誰も乗っていない』のだから。
 だというのに優介は、特に気にした様子も無い。不機嫌そうに声を返す。

「仕方ないだろ。僕ァ面倒臭いのが嫌なんだ。
 相手の陣地に乗り込んで攻撃されてその場で対策考えるなんて面倒臭い。
 だったら先に対抗手段を打って置くほうが楽に決まってるだろ?」
「まあ、魔術師といえど人間四人に負ける拙者では御座らぬからして」
「……本当に"人間"が四人だったのかねえ、あれは」

 やけに人形めいだった、ファーティマの家族を思い浮かべる。
 立ち振る舞いや表情などは確実に人間のそれだ。
 だが、指示が無ければ動けない辺り、あれは――……。

「しかし大丈夫だったんで御座るか?
 ぶっちゃけ、あの部屋にアサシンでもいれば拙者には如何ともし難く」
「ほら、こいつを見ろ」

 エンジンをかけながら、助手席に置きっぱなしだった『板』を背後へと放る。
 実に不可思議な板だった。
 太極図のような意匠を見る限り大陸系の呪術によるものなのだろうが、
 不可思議なことに四方をラテン語が囲っており、周囲には日本語も入り混じっている。
 何より特徴的なのは、全体に掘り込まれた様々な武具の文様であり、
 注視してみれば、その刻印の中で、弓の絵だけが輝いているのがわかった。

「ふむ……こいつは何で御座るか?」
「霊器盤―――の模造品だか偽造品だか。
 召還されてる英霊の数と種類が一発でわかる板らしい」
「ほほう。世の中というのは随分と便利になったんで御座るなぁ」
「いや、世の中とは関係ないだろ。
 まあ僕ので見れるのはこの街の中にいる奴だけだけど、十分だろ?」
「するってぇと、つまり、今この街にいるのは――」
「弓矢。つまりアーチャーのサーヴァントだけ、ってわけだ」
「となれば、あの女人は英霊を召還していないわけで御座るか」
「まあ、召還するとしても今夜辺りだろうなぁ……。
 街の状況を掴んだ頃合だろうし、早く呼び出す方が選択肢も広い」
「他のマスターはどうなんで御座ろう?」
「正直な話わからないな。
 土地の管理者である僕、協会から派遣されたミス・ムイード、後はナチスから一人。
 これで三人だ。あとの四人は想像も――いや、一人はできるのか」

 うわ面倒臭ェと心の底から呟いた優介はハンドルを切る。
 恐らく……血筋だけで考えるならば、水佐波で一番マスターになる可能性の高い人物だ。
 もっとも今現在はムイード家同様に衰退し、魔術なんぞとは全く無縁なのだけれど。

「見張っとかないと、本当にマスターになっちまった時に面倒だよなぁ……」
「御館様、べつにバレなきゃ問題ないと昔の偉い人が言っていたで御座るよ」
「バレるんだよ、確実に……僕は管理者なんだから、把握してるのは当然なんだ」

 つかお前が昔の偉い人だろうがと吐き捨てる。


 ああもう糞親父め、なんて面倒臭い揉め事を残していきやがったんだ。
 やらなきゃならない事が多すぎて、どれからこなして良いものやら。
 夕暮れが迫りつつある街中を大蛇で走りながら、思い切り舌打ちをする。
 ――幸先の悪い事に、渋滞に巻き込まれてしまったらしい。
 何か向こうで事故でもあったようで、救急車が止まっているのが見えた。
 事故の現場でも見てしまったのか、大蛇の横をツインテールの少女が走っていった。

「……面倒臭ェ」
「御館様ー、御館様ー」
「ああもう、何だうっさい!」
「拙者腹が減ったで御座るよー」
「……はぁ? お前、飯とか必要なのか?」
「必要に決まってるで御座る!」
「面倒臭ェ……」
「出来れば今朝食べた"カレー"なる物をまた食してみたいので御座るが」
「…………レトルトで良ければ作ってやるよ」
「わあい! ボンカレーはどう作っても美味いので御座るよー!」

 っていうか。
 僕が呼び出したの、本当に英霊なんだろうか。

 聖杯戦争開始間近だというのに、優介の胸には不安以外何もなかった。