――――――NOON――――――



 「・・・・・・・・・あっちいなぁ、オイ。日本とは大違いだぜ。」

 地平線の端まで続くメキシコの国道を行く一台の車があった
 対向車線含め前後に他の車の影はなく、左右にはひたすら疎らに生えた木々と枯色の草原が続いていた。
 車の運転席に座る男はいつ果てるとも知れぬ道の先を睨みながら、至極気だるそうな口調で言った。

 「お天道様がこんなに張りきってるような土地にはついぞ来たことねぇ。オレも生前は色々ドサ回りをやらされたもんだが、それでもまだまだ見識が浅かったと反省せざるを得んね。」
 「湿度が高くないだけまだましだと思うのだけど。」

 男の独り言めいた言葉に応えたのは助手席に座る少女だった。

 「周りの木々を見ればわかるようにこのあたりは雨量が少ないのよ。これで日本の夏みたいに湿度が高ければ蒸し殺されているわ。」

 少女は手元の地図に視線を落としながらつまらなさそうにそう言った。

 彼女のことを描写するなら、確かに美少女と言っても過言ではないだろう。
 ただしそれはいわゆる今風の少女のような華のある可憐さではなく、古風な少女としてのたおやかな美しさである。

 肩の下まで伸ばした癖のない、墨のように黒く光を吸い込む髪。
 職人の手で刷られた直後の和紙のように、染み一つない白い肌。
 それは水墨画の中から直接抜け出てきたかのような、モノクロの美しさだった。

 「違ぇねぇ。」

 少女――――――御子上紗月に対し、運転席の男が相槌を打つ。

 「真夏の湿原で乱闘とかしたこともあったが、あれは筆舌に尽くしがたい地獄だったな。泥と汗と返り血とその他よくわからん汁でどろんどろんになってだな―――、」
 「・・・いや、そういう血なまぐさい昔話はいいから。――――――ところでね、セイバー。」
 「ん?」
 「あなたの服装、それ・・・・・・どうにかならないのかしら?」

 紗月は運転席に座る男――――――セイバーに冷ややかな視線を向けた。
 確かに彼の服装は、ここがメキシコという事実を加味すれば文化的な意味で場違いであり、時代的な観点からすれば時代錯誤であり、彼の出自を知っていてもなお突っ込みどころ満載であった。

 セイバーが来ているのは全体的に白を基調にした和装―――それも弥生時代や飛鳥時代など、明らかに平安以前のもの―――で、その上に藍色に染められた袖の無い羽織を纏っている。
 服や羽織の襟や裾には幾何学模様のような刺繍が織り込まれている。
 その上で上着の胸元を大胆にはだけており、服の下に巻いているサラシや鍛えられた胸板などが覗いている。
 さらに首からは勾玉や獣の爪等からなる飾りをじゃらじゃらと下げ、その手首にも同種の腕輪などを巻いている。
 女も羨むほど艶のある髪は金糸を織り込んだ紐でポニーテールのようにまとめてある。

 言ってしまえば平安以前の和装をテーマにしたパンクファッションである、と紹介しても違和感がない。
 これがいわゆる『歌舞いている』というやつなのだろうか、などと紗月は思ってしまう。



 「いやぁな、これはその、色々としょうがねぇんだよ。」

 紗月に指摘されると、セイバーはバツの悪そうな表情を浮かべた。

 「暁のお下がりだっていうオレ用に用意してくれた服なぁ、言っちゃ悪いがあれ、格好よくねぇよ。」
 「・・・・・・悪かったなセンスが無くて。」

 セイバーがそう言うと、後部座席から声が上がった。
 何やら投げやりムードな淡々とした声音だった。
 その声の主である紗月の弟―――暁にセイバーが弁明する。

 「怒るなって、別に暁の服が悪いって言ってるんじゃねぇって。ただ俺とは趣味が合わなかっただけなんだよ。そこんとこ誤解しないでくれよ。」
 「だからって、ホテルに置いてあったファッション雑誌を開いて『これと同じ服を見繕ってくれ』はないだろう。こっちの資金だって底なしじゃないんだ、サーヴァントの道楽に付きあって無駄遣いするわけにはいかないんだよ。」
 「・・・・・・・・・くっ。」

 淡々と打ちこまれる暁の突っ込みにぐうの音も出ないセイバー。
 事の顛末はこうであった。

 聖杯戦争に参加するため、セイバーを伴ってメキシコシティに降り立った御子上姉弟。
 ただ聖杯戦争が行われる儀式場はメキシコの首都から車でほぼ半日かかり、電車も通らない。
 よってレンタカーを借りて騎乗スキルをもつセイバーに現地まで運転させようということになり、彼に当世風の格好をしてもらう必要が出てきたわけである。
 しかし、ファッションに関して独自の感性を持つセイバーは暁のお下がりを拒否し、雑誌のモデルのような服を所望したのである。
 だが、暁が先ほど主張したように彼らの資金は有限であるわけで――――――無理やりセイバーは本人曰く『趣味に合わねぇ』服を着てドライブさせられる羽目になったわけである。

 「でもまぁ、いいじゃねぇか。もうこの辺になると走ってる車もねぇし、変な目で見られる心配もねぇだろ?」
 「そういうことを言ってるとどこから車が来るんじゃないかしら。」
 「そういうときは『これがジャパニーズトラディショナルファッションです』って言えばいいんじゃねぇのか。」
 「どんな日本の伝統よ、それ。」

 なぜか横文字を習得している古代日本の英雄に突っ込みを入れつつ、紗月は額を抑えた。
 最初は大人しく暁の服を着ていたセイバーだが、人や車が少なくなってきた途端、『普段着』にいつのまにか着替えていた。

 幸か不幸か、セイバーは非常に美形なので彼が今着ているパンク風の和装が異様にはまっている。
 この分だと彼が所望していた現代風ファッションも着こなしていただろう。
 彼の伝承には女装して敵の暗殺に成功したという逸話もあるぐらいである、美男子なのもある種仕方のないことである。



 「・・・・・・ところでさ、姉さん。例の儀式場にはいつぐらいにつくのかな。」
 「あっ、ちょっと待ってて。」

 暁がぼそり、と呟いた。
 紗月は地図を鞄から広げて見て大まかなあたりをつける。

 「そうねぇ・・・、陽が落ちる前には到着すると思うんだけど。」
 「・・・ふーん。」
 「・・・・・・・・・。」

 紗月はバックミラーに映る弟を観察する。
 彼は窓際に肘をついてつまらなさそうに外を眺めている。

 一族特有の白い肌と黒い髪に灰色のパーカー。
 一見すればごく普通の十代の少年なのだが――――――時折、実の姉である紗月にも読めない表情をすることがある。

 まるで、虚空に浮かぶ月を射ようとするかのような険しい視線。

 そんな顔を見せるときが最近、特に多くなった。
 おそらく――――――彼は姉の知らない何かを抱えて、何かを目指しているのだ。

 (だからといって――――――聖杯戦争には参加してもらいたくなかったんだけど。)

 紗月は自分の左手の甲を撫でた。
 そこには捻じれた鎖をかたどった刺青のようなものが一角刻まれている。

 今回行われる聖杯戦争はアステカ文明のとうに滅んだ儀式に、日本の冬木という町で行われた聖杯戦争のシステムを組み込むことで成立した、歪で不格好な代物だ。
 故に再現しきれていないシステムも幾つかあり――――――その一つが令呪だ。

 しかし、その失われたはずの令呪を、紗月はかつて譲渡されたマキリ一族の技術をもとに復活させることに成功した。
 もとより『縛る』という分野の魔術において紗月は高い才能を発揮していたのだ。
 これで、彼女らは他のチームに無いアドバンテージを得るに至った。
 この令呪を保有しているのは長女である紗月、長男である暁、そして――――――、



 「・・・・・・・・・・・・・・・。」

 紗月はバックミラーに映る幼い少女の姿を視界に収めた。
 彼女は朝からの強行軍にすっかり疲れたのか、後部座席で寝息を立てている。

 紗月や暁とは違う薄いブラウンの細い癖っ毛。
 生来のものではなく、ずっと屋内で暮らしていたが為の白い肌。
 若草色のワンピースに、その細い面立ちには似合わない大きな眼鏡。

 彼女が三人目の令呪の保有者、三人の次女であり、御子上家の実子、御子上壱名だった。
 そして―――――――紗月の最大の懸案事項でもある。

 「・・・・・・・・・・・。」

 元々、紗月と暁は御子上家の人間ではなく澄苗という家に生まれた。
 しかし、両親が他界したことで彼女ら姉弟は親戚である御子上に引き取られることになったのだ。
 その際、実の両親から回収された澄苗の魔術刻印は、未だ紗月に譲渡されていない。
 最初は御子上家の魔術を継ぎ、当主になれば受け取ることができると考え、修行を続けていた彼女だが、ある日養父の真意を聞いてしまった。

 『――――――御子上の魔術は、壱名が将来生むであろう子に継承してもらう。』

 結局、紗月の両親の遺産である魔術刻印は彼女の手元に渡ることはなくなってしまった。
 だが――――――そこで舞い込んできたのが、養父が関係しているというメキシコの聖杯戦争の話だった。

 紗月の養父である、御子上当主は実に『魔術師らしい』感性を持ち、目標もまたしかりだ。
 つまりは――――――『根源』への到達。

 そこを狙って紗月は養父に交渉を持ちかけた。
 『根源』にさえ到達できれば、澄苗の魔術刻印になど意味はないだろう―――と。
 彼女は養父に聖杯を持ちかえることを条件に、澄苗の魔術刻印を譲り渡すことを確約させた。

 つまり、それが彼女の参加動機。
 失われた両親の遺産を受け取るために。
 自分一人で戦地に赴く覚悟だった。
 ・・・・・・だというのに。

 「姉さん、どうかしたの?しかめっ面になってるけど。」
 「いや、何でもないわよ。」
 「だと良いんだけど。」
 「何か含みがある言い方よね、それ。」
 「何か疾しいことがあるから、そう聞こえるんじゃないの?」
 「・・・・・・・・・ねぇ、暁。あなた、『後悔先に立たず』って言葉知ってる?」
 「『先立つ不孝をお許し下さい』って言い回しなら知ってるよ。」
 「んー、『力、山を裂き、剣、水を断つ』だったっけか?」
 「・・・・・・・・・いや、何か違う。」
 「・・・・・・・・・うん、多分違う。」

 ちなみに最後に割り込んできたのはセイバーである。



 結局のところ、紗月は自分一人で戦地に赴く覚悟だったのだが、どういうことか弟と妹もついてきてしまったのだった。
 おまけに問答の末、計三画の令呪を一画ずつ分け合うことになってしまった。

 紗月としては、彼らを巻き込みたくはなかった。
 特に壱名は。

 「・・・・・・・・・。」

 壱名は凶眼という特殊な能力を有している。
 視認した対象に不幸の因子を叩きつける、文字通り凶悪な魔眼だ。
 その力を持て余した御子上の人間は彼女を本家から隔離した。
 もう彼女に会いに行くのは姉と兄くらいなものである。

 能力に目覚めてから、壱名は随分と人見知りをするようになってしまった。
 不幸な境遇に立っているいるからこそ、彼女にはこれ以上不幸になって欲しくないし、また危険な目にも遭って欲しくないと紗月は考えているのだが。

 「・・・・・・・・・・・・っ。」

 知らず、膝の上で手を握る。

 しかし――――――その凶眼に加え、御子上の魔術、得意としている剣術と合わせた結果を想像してみれば、この三姉弟の中で最も直接的な攻撃力は高いだろう。
 その力を奮わせることに躊躇わなければ――――――。

 (・・・・・・そんなことはさせない。)

 紗月は奥歯を噛みしめてその計算【シミュレーション】をふり払った。

 (暁と壱名は私が守る。聖杯を手に入れて、皆無傷で家に帰る。)

 目標を呪文のように頭の中で唱える。

 ――――――しかし、できるのだろうか。
 聖杯戦争に参加するのはいずれも熟練の魔術師たち。
 それだけでなく怪物狩りの専門家や秘密工作員なんて連中もいると聞く。
 そんな中で、まだ若い十代の魔術師三人が、そもそも生き残ることができるのだろうか。

 (あまつさえ、勝ち抜くことなんて――――――、)



 そんなイヤな想像が紗月の頭の中を巡り始めたとき、

 「よぉ、どうした紗月。武者震いかい?」
 「―――――――――っ。」

 セイバーの声でふと我にかえる。
 どうやら知らないうちに手が震えていたらしい。

 紗月が運転席に目を向けると、セイバーは今までとは違う静かで涼やかな視線を彼女に向けていた。
 彼女はその視線をそらさずに気丈に返した。

 「えぇ――――――ただの、武者震いよ。」
 「そいつは重畳。戦場では足の竦んだやつから死ぬと相場が決まってっからな。」

 あっはっは、と笑うとセイバーは若き主に手を伸ばし、乱雑にその頭を撫でた。
 どうにもマスターに対する態度ではないが――――――どうにも、紗月はその手を払いのける気にはならなかった。

 「ちょ、ちょっとセイバー、前見て運転しなさいよっ。」
 「心配いらねぇよ。」

 憎まれ口を叩く彼女に、戦火の英雄は不敵な笑みを浮かべて答えた。

 「もう二度と失わねぇと、決めたからな。」


 かくして、三人と一騎を乗せた車はメキシコの荒れ野を往く。
 彼らの道を照らすものは、唯ものを言わぬ太陽のみであった。