FateMINASABA 23th 00ver

 ニュースが流れている。
 朝方、こうしてテレビをチェックするのが日課になりつつある。
 朝の食卓はいつも通りだった。
 セイバーもキャスターも順応性が高いのか、もう普段の食事に馴れている感がある。

凛 「で、アンタはどうするのよ士郎。
   脱落したマスターは二人。聖杯戦争だって期限がないって訳じゃないんだから、
   そろそろ行動に移らないとまずいわよ。いつも後手を踏むってのも情けないし」

 遠坂の言う通りではある。
 体もとりあえず問題ないし、セイバーだってだいぶ回復してきている。
 休日は、昨日で終わりにしなければならない。

士郎「……そうだな。けど行動を起こすにしても、それは夜からだ。日が昇っているうちは今まで通りにする」
凛 「本気? ……まあ、相手の情報がないんだから闇雲に出歩いても仕方がないけどさ。」

 遠坂の家で雨音を聞く。
 昨日も魔術講座とは名ばかりの健康診断もどきで、遠坂の用意した薬を飲んで、全身の魔術回路のチェックをしただけだ。
 これ以上教えるなら本格的になるからこんな状況じゃ無理だ、というのは本当らしい。
 ……それは構わないのだが、こうして何もしないというのも所在がない。

 今日のニュース、冬木ハイアットホテル集団行方不明事件は冬木市をはじめ、日本全国に恐怖と衝撃を与えた。
 昨日未明、突如として宿泊客・従業員を含め123名が失踪するという怪事件が発生。
 被害にあったのは地下3階から5階全域。連絡がとれないという異常に違和感を抱いた外部からの通報により
 事件が早期に判明したのである。
 警察により規制していたらしいが、どこから漏れたのかニュースでは事件時の監視カメラの映像が一部、流れていた。
 白髪鬼とニュースで名付けられた謎の女がひたひたと廊下を歩くのが、映し出されていて
 様々な物議、憶測をかもし出し、全国を騒がせているのだ。
 彼女が、人喰らいに一日、数人を殺害するようになってからもう1週間が経過した事になる。
 既に、魔術協会・聖堂教会が事態の情報究明に乗り出し、現在、言峰が隠蔽と統制をしながら水面下で抑えているんだそうだ。

凛 「でも、さすがに事が大きくなりすぎたわ。私はこれから言峰の所に行って、
   これからのことをあっちで話し合っていくことにするわ」
士郎「ん?電話じゃだめなのか?」
凛 「あいつもかなり忙しいみたい、だから仕事をしながら話をする形になるのよ」
士郎「……そっか、俺もついて行ったら邪魔になるかもしれないな。
   わかった。家でおとなしく身体を休めておくことにするよ」
凛 「うん。そっちも、なにかあったらすぐに連絡してちょうだい。」

 朝食は静かに進んでいく。
 遠坂がつけたテレビだけが騒がしく、かわるがわる事件の話題を提供していた。


◇◇◇


 朝食の後。
 キッチンで食器の洗物をしていると、ピンポーンとチャイムが鳴り響いた。

「―――?」

 新聞の勧誘だろうか?
 いや、それにしては時間が早すぎるし、
 この聖杯戦争時に遠坂が人払いをしていない筈がないと思うのだが―――
 いや、いつものうっかりで忘れていたのかもしれない
 なんて益のないことを思いながら、一時手洗いを止め、玄関に向かうと
 遠坂とキャスターが誰かと話している声がする。

士郎「―――遠坂?」

 玄関前につくと、そこに立つ人物に驚き、足を止める。

言峰「――――ほう。これはこれは、そういう事か。
 ちょうどおまえにも用があったところだ衛宮士郎、手間が省けたよ」

 くくく、と愉快そうに笑う言峰がそこに立っていた。

凛 「……で、一体何の用よ。アンタが自分から出向くなんて珍しいんじゃないの」
言峰「なに、おまえたちがサーヴァントを一体倒したと聞いてな。大したものだと労いにきたのだ」

 ……よく言う。
 仮にホントだとしても、大きなお世話だってんだ。

士郎「そうかよ。悪いが、そういうのは気持ちだけで結構だ。
   別にアンタのために戦ってるわけじゃない。誉められる謂れはない」
言峰「ふむ、つまらぬ世辞は余計だったか。
   ―――では、望み通り本題に入るとしよう。今朝のニュースについてはおまえも知っているな?」
士郎「ああ、知ってるよ。で、その件については遠坂と教会で対策を話し合うんじゃなかったのか?」
言峰「なに、近くに用があったのでな。そのついでに凛を迎えに来てみたのだ。
   だが、おまえも一緒にいたのは好都合だ。一緒に来るがいい。
   この異常事態に対して、監督役として被害の拡大に備えるための対抗策を話し合いたい」

 たった一息で、場の空気が重くなる。
 ……こっちの質問など許さない。
 ただ明確な回答だけを、言峰神父は求めている。

士郎「………わかった。でもここじゃ駄目なのか?」
言峰「他のマスターたちにも打診しているのでな、望みは薄いが既にあちらに来ているやもしれん
   詳しい話は教会でする。すぐに準備を整えたまえ」


◇◇◇


 人の気配がしない。
 いくら早朝だからといって、この静けさは異常だった。
 空気は凍り付き、建物には生気というものが感じられない。
 元々、この住宅街はあまり人通りが少ないにしてもだ。
 ……この数日の間に、町はどうかしてしまったのか。
 なにか、よくない事が起こる兆しが、そこかしこに溢れている気がした。

士郎「………………気のせい、じゃないな」

 視線をきって横を見る。
 流れていく風景に今までの記録(レコード)を重ねる。
 ……大火災によって身寄りを失った少年。

 剣を手にする事のなかった子供が、ある剣士と共に戦争に臨むまでの物語を、
 ぼんやりと思い返した。

 それまで俺のものだった人生は、火災によって奪われた。

 遠くから聞こえてくる怨嗟の響きと、建物を焼く炎の音。
 一人で歩いた。
 助けを求めて、誰でもいいから助けてほしくて、脇目も振らずに歩き続けた。

 ”痛い、痛い、助けて、助けて”

 痛い、とすすり泣く声も無視して、
 出してくれ、と狂う音も無視して、
 死にたくない、という絶叫も無視して、
 この子も一緒に連れて行ってほしいという母親の懇願も無視して、
 助けを求める事さえできない死に逝く瞳さえ無視して、ただ、ただ自分だけが助けを求めて歩き続けた

 幸い、俺は爺さんの機転で奇跡的に生き残ることができ
 不幸な事に、自分だったものなど、助けを求める声を無視するたびに削れていって、跡形もなくなっていた。
 跡形もなくなったのは、何も心だけの話ではない。
 俺は夢の中で考えこむ。
 救わなかった、多くの死に教えられた。
 ……その影で、なくなった物はなんだっただろう。
 死んでいった人たちの代わりに、胸を張って前に進む事だけを考えていた。
 他の事なんて思い返す余裕もなかった。
 だから、ただの一度も考えないようにと、それ以前の記憶を閉じた。
 誰よりも優しかった誰か。
 誰よりも近いところにいた、両親だったひとたちの記憶。
 それを思い返して後戻りしないように。
 自分は死んだようなものだからと、固く固くフタをした。
 強い意志で、覚えていようと決めたからだ。
 俺は彼らの人数とか、声の特徴とか、爛れた顔とかを記憶する。
 絶対に忘れないように。
 おかげでこの10年間、怯える事も退屈する事もなかった。
 それが、俺の7歳の頃の出来事だ。

 家族を失い、居場所を失い、
 心に傷を負った俺に対して大人たちは気をつかってくれたが
 そんなものにかまっている暇はなかった。

 ”死んだ、死んだ、殺した、殺した”

 ……ああ。
 人生、やるべき事が多すぎる。
 俺の場合、特にオーバーワークになりそうなのだから。

 魔術を習った理由は極めてシンプルだ。
 あの火災の後。俺は贖罪ではなく、失ったものと同じ対価を求めた。
 不当な簒奪。
 割の合っていない出来事。
 いまだ払われていない対価。
 帳尻は合わせなくてはならない。
 持っていったからには、それだけのモノを支払ってもらう。
 俺を機械のように正確に、休みなく動かした理由はそれだけだ。
 単に、家族を失った悲しみより衝動が勝り、衝動より目的が勝っただけの理由。
 俺は酷薄な子供という訳ではなかったけど、おかしい、という疑問のほうが上位だったのだ。

 そう、目的。
 はじめは、その為だけだった。
 独りになって以来、俺は誰も信用せず、信頼できないトラウマを持たされたのだから。
 ……けれど。
 俺を救ってくれた人物に、俺は、
 もう抱く事はないと思っていた、信頼を感じてしまった。

切嗣「……子どもの頃、僕は正義の味方に憧れてた」

 俺を救ってくれた爺さん、衛宮士郎を引き取ってくれた男は、ほんとうにバカみたいに子供だった。
 だから、俺にとってはそれだけが真実だ。
 その意味は知らない。
 ただ、衛宮士郎は、衛宮切嗣のように誰かを助けて回る、正義の味方にならなくてはいけないだけ。

士郎「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

 むっとして言い返す。
 だから俺にとって正義の味方そのものである爺さんからそんな言葉を聞かされるのはイヤな気持ちだった。
 切嗣はすまなそうに笑って、遠い月を仰いだ。

切嗣「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると名乗るのが難しくなるんだ。
 そんなコト、もっと早くに気が付けば良かった」

 言われて納得した。
 なんでそうなのかは分からなかったが、切嗣の言うことだから間違いないと思ったのだ。

士郎「そっか。それじゃしょうがないな」
切嗣「そうだね。本当に、しょうがない」

 相づちをうつ爺さん。

 切嗣に引き取られたあと。
 何度も何度も焼け野原に足を運んで、ずっと景色を眺めていた。
 何もなくなった場所にいって、有りもしない玄関を開けて、誰もいない廊下を歩いて、姿のない母親に笑いかけた。
 ……あの日の前に戻れて。
 何もかも悪い夢だったのだと、そう目が覚める日を待ち続けた。
 それも叶わず、現実を受け入れたけど。
 誰も傷つかず、何も起きなかった世界が掴めるのなら、それはどんなに――――

 だから当然、俺の台詞なんて決まっていた。

士郎「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ。
   爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は」

 だから必死に切嗣の後を追った。
 出来なかった事の為に、救えなかった物の為に、“誰かを救う”という正義の味方に憧れた。
 自分だったものなど、助けを求める声を無視するたびに削れていって、跡形もなくなっていた。
 空っぽになった心で、それでも前に進まなければ許されないと。

 俺たちは同じものだ。
 だから、そのとき、
 俺はそれをカタチとして残そうと思って、―――

“――――俺が、ちゃんと形にしてやっから”

 そう言い切る前に、父は微笑(わら)った。
 続きなんて聞くまでもないっていう顔だった。
 衛宮切嗣はそうか、と長く息を吸って、

切嗣「ああ――――安心した」

 静かに目蓋を閉じて、その人生を終えていた。
 それが、あまりにも穏やかな顔立ちだったから、幼い自分は騒ぎ立てなかった。
 死というものを見慣れていた事もあったのだろう。
 何をするでもなく、冬の月と、長い眠りに入った、父親だった人を見上げていた。
 庭には虫の声もなく、あたりはただ静かだった。
 明るい夜(やみ)の中、両目だけが熱かったのを覚えている。
 泣き声もあげず、悲しいと思う事もない。
 月が落ちるまで、ただ、涙だけが止まらなかった。
 それが五年前の冬の話。

 正義の味方。
 それは彼が唯一持ち続けた、戒めのような教訓だった。
 心の傷は一生癒えない。

 そして10日前、俺は聖杯戦争という万能の願望器をかけた殺し合いに巻き込まれる。
 家族を失った時に受け入れたつもりだったけど、戦場はより明確にルールを知らしめてくれた。

 ……この物価だけでなく個々の尊厳、思想すら損得を生む社会において。

 唯一、死だけが平等であるのだと。

 その中で俺が生き延びられたのは、セイバーとキャスター、遠坂の力があったからだ。
 経験的に未熟な俺を、彼らは何度も庇った。
 その理由が情愛からではなく、あくまで悲願成就の為の計算であった事が、俺には頼もしかった。

 川を渡って、新都へ歩いていく。

士郎「――――そうか。あれから、もう十日経ってるのか」

 あの日。
 初めてセイバーと出逢った夜、遠坂と四人でこの橋を歩いた事が、随分と昔に感じられた。
 ―――教会が見える。
『今まで、一度も行った事はない』 そう遠坂に答えたものの、自分はあの教会とは少なからず縁があった。
 なにしろ、本当なら俺はあの教会に預けられ、どこぞの養子縁組に組み込まれた筈なんだから。

士郎「……衛宮の家か、あの教会か。思えば、とんでもない分かれ道だったんだな」

 十年前。
 あの病室にいた子供たちはみんな孤児で、一時的に教会に預けられた。
 俺はそんな孤児たちの中でただ一人、病室から養子として貰われた。
 だからだろう。
 なんだか申し訳なくって、無意識にあの教会を避け続けたのは。
 十日前の夜、教会に行くのは初めてだ、と遠坂に答えたのはそういう訳だった。
 教会はもう目の前だ。
 ……あの神父は苦手だが、そうも言ってられない事もある。

士郎「――――さあ、行くぞ」

 ……信頼に値する。
 俺たちは同じ目的を持つ人間だ。
 これからも、彼らになら何の憂いもなく背中を預けられると思って―――

 ふう、と軽く深呼吸をして、重苦しい扉に手をかけた。