─────────────────────────────Another Servant     11日目 消えぬ災厄────────


───────Interlude ───────


 この時点で既に彼らの心中は正常なものではなくなっていた。

 たった一日───。
 彼ら攘夷志士が秘密裏にこの冬木へ訪れ調査を開始してから……たったの一日しか経過していない。
 だというのに彼らの仲間の一人が変死体で発見され、夜が明ければなんと町中に大量の死体が溢れ返っていたのだ。
 ここは魔界か地獄なのかと真っ当な人間ならばそう思わずにはいられないような異常事態がこの地で起きている。
 しかし彼ら調査隊は真相への手掛かりを何一つ掴めずにいる。それがとにかく不気味でしかたがなかった。

 さて少し話が変わるが、少数だった志士たちはそれまでは効率を考えて全員が単独で情報収集活動に当たっていた。
 が、仲間の死を目の当たりしてからは方針を一転。現在では安全策として二人一組での行動を原則としていた。

 刀を差した二人の男が提灯の明かりを頼りにして深夜の世界を手掛かり求めて徘徊していた。
 仲間の一人は昨夜このくらいの時間帯から消息を絶ち、翌日遺体となって発見されたのだ。
「しかしどうなっとるんだこの土地は……? あの剣が達者な神谷がああも無惨に殺されるなぞ到底考えられん」
「あの、なんていいますか……この地には新兵器よりもずっとおぞましいものが隠れてる気がしないですかい?
 町全体を嫌な雰囲気が漂ってるって言うか。なんか異界に迷い込んだっちゅーか……」
「新兵器よりおぞましいもの? 幕府の新兵器よりも恐ろしいものなどあるもんかいよ」
「いやその、少し言い難いんですが……例えば妖怪とか物の怪とか、そういう類の───」
「真顔で馬鹿抜かしてる場合かこの非常事態に。第一このご時世に妖怪じゃ物の怪じゃたぁ一体どこのド田舎者だ。しっかりせい!」
「ハァ……申し訳ない。確かにそうですわ、我々にとっては幕府の新兵器以上に恐ろしいものはありゃあせん!
 昔から変なモンが視える質でしてちょっと気が動転しとったようです。おかげで目が醒めました」
 不安そうな若者の言葉を失笑で返す武士風の男。
 そんな中年男性の態度に安心したのか若い武士は我を取り戻したようにシャンとした態度を取り繕った。

 ────じゃり。

 ふと、砂利音らしき物音が前方から聞こえた。
「───ん?」
 眉を顰めて眼を凝らす二人の男。
 提灯の灯が暗闇に沈む前方を照らし出した瞬間──。

「ぎぃやぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 二つの絶叫が闇の中へと消えていった。



         ◇                      ◇



 これはもはや当人さえも記憶していないとある一つの出来事である。

 時刻は夕刻に近い頃合い。その男は彼女が拠点としていた宿屋の一室に突如現われた。
 ノックも呼び掛けもなく物静かに開かれた襖。襖の前には背が高く髭を生やした身なり良い男が立っていた。
 女は一瞬だけ驚いた表情をしたが、男を見知らぬ相手と認識するや直ぐ様腰に忍ばせた暗器に手を伸ばそうとし……男と眼が合った。
 その直後、言葉にならない衝撃が女の脳を激しく揺さぶった。
 地面がなくなり体が地中に沈んでいくような錯覚に陥る。
 まるで悪質な立眩みだ。卒倒する時みたいな気持ちの良い揺り籠の揺れが意識を混濁させる。

「私がする質問にきちんと答えればここで危害を加えるつもりはない。いいね?」
「ハイ、わかりましタ」 
 赤色のハイカラな洋服と帽子を見事に着こなした紳士風の男性が何やら質問をしている。
 不思議と抗えない声音が脳内にいつまでも反響していた。催眠にかかったように自分の意思とは無関係に唇から返事が零れてゆく。
「では最初の質問だ。君は何者だ?」
「……わタしは幕府ノ間者。命令で………コの町へ来た」
 機械仕掛けのカラクリ人形みたいな覇気の無さで女が紳士の質問に答える。
「次の質問だ。いつ、何が目的でこの冬木へやって来た?」
「未確認の不審情報。コノ町に、攘夷志士による不穏当な動キがあるとイウ情報。真偽を確かめる為に我々はキタ。到着は昨日だ」
「不審な情報とはなんだ?」
 赤い洋服を身に纏った男は無駄口を一切叩かず淡々と知りたい情報だけを女から引き出してゆく。
「我々は志士どもがこの地で幕府打倒の為の新兵器の試運転をシタのではと疑っテいる。外国から買ったのか自ら発明しタノかは不明。
 ダガ事実として数日前にこの町では謎の大規模な破壊が起こってイルのをわたしたちは確認している」
 その台詞を耳にした直後、赤い服の男は思いっきり不愉快そうな表情になった。
「チッ、間違いない。この面倒事の原因はアーチャーの宝具の一件が引き金か……間桐めこの礼は絶対に返すぞ。
 ……では次の質問だ、君の仲間は全部で何人いる?」
「十一人。我々は京都の御庭番衆に属する特別な間者だ。目立つような大人数では動かナイし、大量の人員も必要としない。
 必要最小限の人数で与えられた任務を達成デキル一流の専門家ばかりで構成されている」
「なら増援も来ないのか?」
「増援は無い。未確認の情報で下手に大量の増援など送ればこの不安定な情勢に油を注ぐ結果になりかねない」
 女の言葉が意外だったのか男は僅かに驚く素振りを見せた。
 彼の予想ではもっと大人数の人間が冬木に派遣されていると思っていたが、女の話では幕府方の勢力は十人程度だと言う。
 それなりの手練がいそうな感じではあるが、この程度の人数ならば遠坂一人でも十分に火消しは可能そうだった。
「次の質問だ。他の仲間はどこに潜伏している? 彼らの性別や特徴もだ」
「他の仲間達はこの宿にわたしを含メテあと三人、全員女だ。それからこちらの町のXXXという宿に男が四人。
 コレト言った特徴はない。我々は目立たぬよう町民らの格好でいることが多いから。強いて言えば黒い和服の男が一人いる。
 残る三人の男は薬屋や道具屋などの旅の商人に扮装して一般家庭に潜り込み情報を探っテイルため正確な現在地は不明」
「此処に女が四人とXXXという宿に男が四人だな。ところで攘夷志士の居所はもう見つけたかね?」
「……マダ。しかし数日以内に必ず潜伏先を見つける自信はアル」
「ではついでにもう一つ質問だ。この町の見回り組の男を殺害したのは君達か?」
「ソウ。偶然我々の話を聞いてしまった為に口封じをシタ。この町には志士が潜伏シテイル可能性がある。
 情報の真偽の確認は勿論のコト、志士狩りと新兵器の強奪も任務に入っている以上我々の存在を知られる訳にはいかない」
「なるほど。そうだなあとは………」
 男が欲しい情報は粗方引き出せた。
 これ以上は特にすべき質問もないのだが折角なので他にも仲間の特技などを訊こうかとしたそのとき。

「マスター、誰かがこの宿に戻ってきた。女性だが身のこなしや雰囲気から察するにただの町民ではないと思う」

 姿も形も無いのにどこからともなく渋い男性の声が室内に響いた。
 すると赤い紳士はさも当然のように姿なき存在に話しかけている。
「そうかわかった、見張りご苦労だったねファイター。
 では女、君に最後の命令を与える。私が合図をしたら五秒後に君はこの出来事を知覚出来なくなりやがて忘却する───」

 こうして遠坂刻士は間者の女に忘却の魔術を施すと、一切の痕跡も残さず足早に室内から立ち去っていった。



         ◇                      ◇



 ソレは息も絶え絶えで今にも死にそうな有り様で蛆虫のように這いずっていた。
 見るからに無理を押してそうしているのがわかる。
 例えるなら陸に来てしまった魚。エラ呼吸しか出来ない分際でみっともなくもソイツは陸にいることに固執し続ける。
 本当に無様でみっともない。だけどまだ海へ帰るわけにもいかなかった。
 しかしソレが本気でその気になれば陸に海を作ることだって簡単に出来る筈である。
 だけどソレは頑なに陸に海を作ろうとはしない。
 簡単に楽になれる方法を知りながらも無様で憐れな愛に満ちた酸欠に苦しみ続けている。
 意識が朦朧とする。酸素が絶望的に足りない。手足が鉛より重い。生き地獄のように苦しい。
 当然だ、最も重要なモノが欠ければそりゃあ苦しいのが当たり前。
 そうしている内にもはや荒い吐息すらなくなっていた。
 最期まで奮闘してはみたがどうやら陸の魚はここまでらしい。もうじきソレは海へと強制的に連れ戻されるだろう。
 ならば最後にせめてもう一歩だけ進んで終わろうと手足を伸ばしてみた。

「ひぃッ──!! オ、オバケ…? ゴクリ…………………あなた、だぁれ?」

 するとそこには小さな悲鳴を上げる一人の子どもがいた。
 多分夜中に尿意で目が覚めてしまい厠で用を足していたのだろう。
 厠からすぐ傍にある民家へ帰ろうとしている幼い童女がソレを見下ろしていた。
 小さい子供特有の好奇心と恐怖心が入り交じった警戒態勢。
 興味があるけどちょっと怖い。そんなことを考えているのが表情から読み取れる。
 陸の魚は子供を怖がらせるような真似はしない。
 だからソレはニコリと、とても優しげな微笑を浮かべて見せた。

 そして、やっと酸素が見つかったと陸の魚は大変喜びました────。



───────Interlude  out───────




──────Riders Side──────


「ゲドゥ牧師、ご報告致します!」
 陽はとうに昇り切ってそろそろ朝飯の時刻だという頃合いに慌ただしく一人の男がゲドゥ牧師らが拠点とする屋敷に駆けこんできた。
 トンテンカンカン! キンキンカン! ギンゴンカンカン!
「慌ただしいな。なにか進展があったのか?」
 報告書の意味合いも含まれる文の筆を止めてゲドゥが顔を上げた。
 西洋出身のゲドゥからしてみれば膝程度までの高さしかない低すぎる日本の机での物書きに丁度嫌気が差していたところだった。
 トンカンキンコンカンカンカン!
「いえそれが……、昨晩から明け方にかけてまたしても町で大規模な殺人が起きまして………」
 報告に現われた男は何が気になるのかどことなく歯切れの悪い口調で報告を続ける。
 カンカンカンカン! キンコンカンコンキキキン!
「その…我々の間者にも何名かの死傷者が出ております。死傷者の合計は確認されているだけでも50に届きそうでした。
 これはゲドゥ牧師が先日下されました諜報員炙りの際に我々が口封じした町民以外の死者が同時期に出た計算になります」
「大規模な殺人………また魔術師の仕業か? それともこの国の諜報部隊の仕事か?
 間諜たちは不審者や犯人を目撃していないのか?」
 カカンキンカン! コンコンコンゴンゴン!
「申し訳ありません。犯人の目星は全くついていない状態です。目撃したと思われる監視は全員何者かに殺害されているので…。
 また報告では一体どうやって町中に張った監視の網を潜り抜けたのかも不明、とのことです」

 ゴンゴンゴン! キキキン! コココン! キコンカンカントンテンカン!
 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドーーー!!!

「可能性で考えればマスターの仕業が順当か────って、いい加減にうるさいぞライダーーーッ!!
 敢えてお前の行動を問わずにいたがもう我慢も限界だ! 昨日からキンコンカンコンといったい何をしている!?」
 いい加減外から轟く騒音に我慢できなくなったのか、ゲドゥは庭に陣取っている騒音男に向かって怒鳴りつけた。
 庭にはいつの間に建ったのか工事用と思わしき仮設建造が堂々とのさばっており、騒音はその中からずっと聞こえてきている。
 仮設建築物内部の様子は外からでは覗うことは出来ない。
 おかげで内部にいるであろうライダーが何をやっているのか牧師には想像もつかなかった。

「………ん? オイ、貴様いまなんか言ったか牧師?」
 するとゲドゥの怒鳴り声が聞こえたのか当のライダーが建物の中からヒョッコリと顔を覗かせた。
 ライダーは頭になにやらヘルメットのような物を被っている。どことなく建設現場の人っぽい雰囲気であった。
「……ああ言った。昨日から何をしているのかと訊いたんだ」
 ゲドゥはもう一度ライダーに同じ質問を繰り返した。
 眉間に皺を寄せて厳つい面相をした牧師はまるで尋問するかのような眼つきだ。
「どうやら顔を出して損したようだな。下僕風情にファラオの行ないをいちいち教えてやる必要なし」
 と、即答に近い形で取り付く島もなくライダーが言い捨てた。
 そしてあっという間にファラオ様はまた仮設建物の中へと顔を引っ込めてしまわれた。
「おい待てライダー! 私は昨日から貴様の出す騒音に一切口を挟まずにいてやったんだ! 教えんのならそれでも構わん!
 だがそろそろいい加減にその煩すぎる騒音を止めろ! これではここに潜伏している意味がなくなるだろう!」

 ゲドゥの言い分も尤もであった。
 ライダーは昨日のアーチャー戦を終えてからずっとこの調子でトンテンカンカンやっている。
 しかも日没頃から始まった騒音は日の出が近付くにつれて凄まじくなる一方なのだ。
 ライダー曰く屋敷の周りに遮音結界を布陣したから騒音は外部に漏れないとの話だが、結界の信頼性までは不透明だ。
 しかも直接的な問題として騒音が喧しすぎてゲドゥは休息を取ることもままならなかった。
 どうせ結界敷くなら工事用建築の周囲に敷けと本気で思ったほどだ。
 数日程度の不眠不休で不満や弱音を零す牧師ではないがやはり戦時中ならば体調は万全であるに越したことはない。

 そんな牧師の想いが蚊の体積分くらいは伝わってくれたのか、ライダーがまた建物から顔を出した。
「まったく蜂や蝿のようにブーブー小煩い男め、偉そうに命令するな! 俺様はファラオなんだぞ言葉を弁えんかーっ!
 それに騒音もしばらく止めんわこのうつけ者めっ。
 俺様はいま我が自慢の太陽船車の修理をしておるのだからつまらん話で邪魔するなこの馬鹿者!!」
「ほ、宝具の修理……だと?! お前一体アーチャー相手に何をやったん───」
 物凄い早口で捲し立てたファラオ様に対しゲドゥがつまらない質問をしかけた時、
「やはり弓兵如きにグレートでハイパーでエレガントな俺様裏超必殺技を大盤振る舞いしたのがまずかったか……許せ我が愛車!
 だがこの建築王のテクを以てすれば船車の修繕など神殿を建てるよりも容易いぞぅハーッハッハッハ! 待っていろ太陽船ー!」
 パタン──。と、ろくに牧師の質問には答えず独り言を口惜しそうに呟くと高笑いと共に再度仮設建設の中に引っ込んだ。
 そしてまた、キキンコン! トテンカン! キンキンコン! ゴゴンガンキンカンカンテンコン!と騒音を奏で始めるのだった。

「……………………………もう勝手にしろ……くそったれめ」
 ゲドゥ牧師は悟りを拓いた釈迦のような心境で耳穴に耳栓を詰めるとそのまま畳の上にゴロンと寝転がり瞼を瞑った。
「あ、あの~ゲドゥ牧師…? もしかして本気で休眠されたのですか? 報告の方はどうすれば……?」
 その場には心底居心地の悪そうな彼の部下だけが取り残されるのであった。







──────Archers Side──────


 当然の話だが太陽が頂点に達した後は次第に地平線へ向かって沈んでいくだけである。
 夏場に比べるといくらかマシだと思える冬場の太陽光を細目で邪魔そうに睨みながら間桐燕二は深山の町から自宅へと帰ってきた。
 時間的には昼と夕方の丁度中間といった具合だというのが空に輝く太陽の位置や高さから読み取れる。
 本日の燕二は珍しくも手ぶらでの帰宅だった。
 普段からも使用人を顎で使い馬車を出させ、度々女性を邸に持ち帰って来た彼にしてみれば実に珍しいことだと言える。
 今日も昨日と同じく生贄を探しに町へ出向いたまではよかったが、その深山では予想外の事態が起きていた。
 そのせいで彼の外出は結果として無駄足に終わってしまったのだった。

「おいアーチャー」
 馬車内のソファに広々と手脚を伸ばして座っていた雨生が姿なき従者の名を呼んだ。
 しかし従者からはうんともすんとも返事がない。
「おいアーチャー! マスターに呼ばれたらすぐに返事をしろグズサーヴァントが!」
 燕二はもう一度強めに傀儡の名を呼んだ。
 すると声は御者台の運転手にも聞こえたらしく遠慮がちに何か用ですかと訊ねてきたが青年は黙って運転してろと言い捨てた。
「あーあ~なんじゃいなワカメマン。小便か? 小便なら家に着くまで我慢せい。大便ならなおさら後にしろよ臭いからのう」
 ようやく返事をしたかと思えば傀儡は相変わらず主人を舐めた態度のままだった。
 昨日の確執から二人の会話は途切れていたが、アーチャーの態度の悪さは明らかに初日よりも悪化していた。
 不満を全然隠そうともせず、あ~ワカメ野郎うぜぇなオーラが全身から漂っている。
 燕二は頬肉をヒクつかせながらもどうやら辛うじて我慢する方を選んだらしい。が、眼はちっとも笑っていなかった。
「ぐぐ………! 俺は無駄口を叩け、とは言ってないぞアーチャー。黙って質問にだけ答えてろッ。
 昨日ライダーに消し飛ばされた九層の城壁防護結界はどの程度まで修復した?」

 燕二の話が聖杯戦争に関する真面目な内容だとわかるやアーチャーは刺々しかった態度を僅かにだけ抑えて素直に返答した。
「………現在もフルピッチで修復中じゃがまだ二層しか完全回復しとらん。
 この進捗率じゃと深夜にはもう一層不完全ながらも修復できてるかできてないかってところか?
 恐らくじゃが、九層の螺旋防壁を全部を元通りにするには三日はかかるわい。
 しかも神城の本殿の装甲は後回しにしとる状態じゃからコローアの性能を初期化するにゃあざっと六日は必要になるじゃろ。
 ハァァ、ったくよくもまあこれだけ派手に壊してくれたもんじゃあの腐れライダーめが……」
 最短でも三日は必要だと言うアーチャーの回答に対して燕二は胸中の不愉快さを隠そうともしなかった。
「チッ、修復出来たのはたった二層だけかよ……思ったよりも使えないな。
 鈍重なお前でも町の有り様は見ただろうが? どこの誰かは知らないが敵が派手に仕掛けて来てやがる。
 一体いつ魔城が必要になるかわかったものじゃないんだからさっさと修繕しろ」
「無理抜かすでないわいスットコドッコイ。そもそも城が一日二日程度で簡単に直せるもんじゃと思うておるんか貴様は?」

 今日の外出で燕二が敢えて何もしなかった最大の理由がそこにあった。
 彼らマスターの中に大規模な魂食いを敢行した大馬鹿がいる。
 おかげで今、深山の町ではちょっとしたパニック状態に陥っていた。ある種の祭りめいた喧騒が冬木全体に広がっているのだ。
 流石の燕二もその状況で人攫いみたいな真似をやるほど愚か者ではない。
 こうして彼の生贄探しは冷静に次の機会に見送られることになった。

「……しかしありゃあ誰の仕業なんじゃか。破綻者が殺戮者かは知らんが大量虐殺とは悪趣味極まりないわい」
「さあな、俺には関係ないことだけど……まぁ普通に考えれば大方魔力目的の犯行で決まりだろう。
 仮に俺が犯人ならば大規模な作戦を仕掛ける前の下準備の材料ってところか?」
 口調こそ老齢だが年齢は割りと年若いアーチャーがなにやら文句の一つでも言いたげな顔をした。
 しかし燕二はそれを鼻で哂う。
「フン、そんな怖い顔をするなよ。知っての通り俺は特権階級の特別な人間なんだ。その辺の人間など好きに出来るのさ。
 それはお前も同じだろう。違うとは言わせないぞ仮にも一国の王だった男だ。他人の命を自由に出来る権利が確実にあった」
 そのとき燕二はいつか見た夢の中でアーチャーが己の部下に死ねと命じていてたのを思い出していた。

「────確かに似た者ではあるかもしれんが……ワシと思い上がった貴様とは完全に違う者じゃ。
 言う事欠いて英雄《ワシ》らと貴様ら魔術師が同じモノなどとほざき出すとは────あまり自惚れるなよ小童が」
「──────ッ!?」

 アーチャーの断固とした迫力に燕二は思わず気圧されてしまった。
 本気で不愉快だと、姿は透明でもサーヴァントから発せられる殺気が雄弁にそれを物語っていた。
 周りの人間の命を背負い込む覚悟もない半端者風情が偉そうに他者の命を自由に出来る権利があるなどと勘違いするな、と。

 そして敵同士が睨み合うかのように押し黙る二人。
 その後、馬車内は緊迫感が支配する沈黙に包まれたまま間桐家へと戻っていったのだった。







──────Fighters Side──────


 カチコチカチコチカチコチカチコチ……と、規則正しいリズムで南蛮製の柱時計が時の経過を歌っている。
 決して耳障りにはならないその物静かな歌声が眠りに落ちていた遠坂刻士の意識をゆっくりと覚醒させてゆく。
「……………ぅ───んん」
 スゥッと男の瞼が開いた。瞳には眠気も充血もなく至って健康的である。
 それは時間にすると約十五分ほどの熟睡。
 もはや睡眠というよりは仮眠と呼ぶ方が適切な短さだったが、今の刻士は六時間の睡眠を取った後のような爽快な気分であった。
 刻士は高い効果を実感しつつ小指サイズの緑色の物体に眼を向けた。眠る前に飲んだこの魔薬の効力のおかげだ。
 そして彼は椅子に座ったまま、机の上に置かれている葉っぱに包まれた薬を手で一つ摘むとそのまま口に含み水で飲み下した。
 薬草と漢方を一定の割合で調合した後に魔術的な加工を施して精製した薬は全身の老廃物を仮眠中に分解し疲労回復を急促進させる。
 血行も良くなるためどれほど寝不足であろうとも瞼の下にクマが出来るなんて遠坂家の人間にあるまじき無様も起こらない。

 彼は目覚めの余韻に浸りながら、紅茶に適切な温度のままで保温されているティーポットから琥珀色の液体をカップに注ぐ。
 湯気立つお茶の素晴らしい香りがさらなる意識の覚醒を促してくる。
 一口つけて喉を潤した。舌が少し熱いと感じる温度が目覚め直後の体には心地良い。
 ここ数日の忙しさを僅かな間だけ忘れさせてくれる貴重なティータイムが刻士の精神を癒してくれる。
 カップの紅茶を飲み干し、深呼吸のような深く長い嘆息。

 面倒なことにセカンドオーナーとしての職務とマスターとしての仕事が重ならなくなった。
 現在その二つは完全にベクトルが違うものと化している。
 秘匿対象が世間からよりにもよって国家に変わるとは一体なんの冗談だろうか?
 こうなってしまうともう敵マスターを倒しつつ神秘の秘匿をすればいいという、片手間仕事で済ませていい段階ではない。
 遠坂刻士は土地管理者としての職務を十全にこなしながらもマスターとして勝ち抜くという非常に要求難易度の高い仕事をしていた。
 その目の回るような忙しさたるやこうして普段は使わぬ薬を使って時間を効率よく運用せざる得ないほどである。
 怪異情報の隠蔽工作。世間を欺く嘘情報の流布。魔術師が現場に残した痕跡の捜索。幕府一派と志士一派の所在の探索、などなど。
 これだけの雑務を一人でこなしながらもまだ多少の余裕を残している辺り流石は遠坂家当代頭首と言う他ない。
 それに幸いにも今のところはなんとか捌き切れている。

 雨生の連続殺人の件は、こんなご時世だ余所の藩の血に飢えた人斬りが偶然冬木に入り込んだという嘘を皆信じることだろう。
 アーチャーの宝具の件は、直下型の地震が原因だとその区画に住んでいた者を手当たり次第に魔術で刷り込んだ。
 都合の良い事にその数日後に地鳴りも本当に観測されている。後はその嘘が町全体に広がるまで待てばいい。
 幕府と志士の一団の件は、昨日幸運にも幕府の一団の所在を掴むことに成功した。後は残りの三名の現在地を探して一網打尽にする。
 問題そうなのはまだ所在が全く掴めずにいる志士の一団だ。こちらも下手な刺激は与えず全員纏めて処置する方針で行くつもりだ。


 ───それからもう一つ、とても喜ばしいことがあった。
 彼らにとって大事な案件の一つがようやく十五分前に片付いたのだった。


 刻士がそれまでずっと読んでいた厚手の東洋の書物を本棚に戻したと同時に、書庫に巨漢の勇者の気配が出現した。
「………ファイターか、どうかしたのかね?」
 ゆるりと姿なき相方へと振り返る刻士。
 しかしそんなマスターとは対照的にファイターは非常にバツの悪そうな面持ちでついさっき手に入れてきたとある情報を切り出した。
 この生真面目な闘士は主人が調べ物で手が塞がっている間、彼の代わりとなって夜の町の調査を率先して行なっていたのだ。
「遠坂殿大変だ。昼夜務めに励んでいる貴公には少々言い難いのだが……町でまた大量殺人が起きた。犯行は昨夜だろうとの話だ」
「な、に……? まさかまた何か、別の事件が起こったのか?」
 余裕と優雅を信条とする貴族の末裔が僅かながらの動揺を見せた。
 ファイターが肯定し予想被害人数を告げると、刻士は掌で額を押さえて大きな溜息をついた。

「…………すぐに町へ行くぞファイター。私についてきてくれ」
 そして西洋製のコートを手に取ると、二の句も告げずに足早に書庫と遠坂邸を後にした。



       ◇              ◇ 



 遠坂たちが深山の中心部へ下りてきた辺りでわかったことだが、町の喧騒っぷりはちょっとしたお祭り行事のようだった。
 時刻はまだ午前九時前後だというのに町は活気に満ちるどころか騒々しくすらある。
 興味本位の野次馬のざわめき。連日のストレスから怒声を発する男。恐怖心から奇声を上げる女。泣きじゃくる児童。
 とにかくそのような人々の声が集まり増幅され一つの大騒音となっていた。

「失礼、ちょっと通してくれないか? すまない。ああ、ありがとうわざわざ道を開けて貰ってすまないね」
 刻士は人混みを掻き分けながら警察のような役目を与えられた役人たちの許へ歩みを進める。
「ええい、とりあえず皆はただちに家へ戻れ戻れ! 何かわかったら後で───」
「とかなんとか言って本当はなぁんにも分かってねぇだろがい! わかるってんならこの町に何が起きとんのか説明しろ!」
「そうだそうだ! 説明しろ役人ー! あれだけの人が殺されるなんて異常事態にお前ら何やってるんだー!」
「コノォいい加減にしないと貴様ら全員しょっ引く──ってあれ?
 おおっ! これはこれはおはようございます遠坂殿! 一体こんな所で何をしておられるんですかな?
 ……ああいや申し訳ない、いま少し町人たちが騒ぎを起こしてまして、すぐに鎮めますので!」
 大勢の町民に囲まれて揉みくちゃにされていた役人が自分の方へと歩いてくる遠坂の存在に気がつき挨拶をした。

「いや別に構わないよ。暴動が起きているわけでもないのならまだ収拾はつけられる」
 騒乱の中、朗らかに笑う紳士の出現に場が急激にざわつき出す。
 "お、おいあそこにおるのって遠坂様か? ああ間違いね、あれ遠坂様だぞ。丘の上に住んでるあの方がなんでここにいるんだ?"
 なんて好奇と困惑が混ざったひそひそ話も風に乗って聞こえてくる。
 しかし刻士はあくまで優雅で柔和な態度を崩すことなく大勢にも聞こえる声量でこんなことを言った。

「みなに聞いて欲しい! とりあえず今回はこの遠坂刻士に免じて各自の家に帰るか仕事へゆくかしてひとまず解散して欲しい!
 これだけの大人数が押し問答で揉み合いになれば多くの怪我人や建物の損壊なども考えられる! これ以上の死傷者は出したくない。
 私も今この土地で何が起こっているのかくらいは知っている。無論皆の怯えた心中も察しているつもりだ!
 昨夜に起きた事件については私もこれから見廻組などと協力し調査するつもりでいる。何か分かれば必ずみなに教えると約束しよう」
 だからこの場はひとまず解散しては貰えないだろうか。
 と、刻士が熱弁を振るい終えると即座にその言葉の意味が人々に伝播してゆき、たちまちその効力を発揮した。
 町民は皆揃って、まぁ遠坂殿がそう言うなら。遠坂様が出てきた以上任せておきゃぁ安心じゃ。と一応納得した様子で解散した。


「いやはやお見事ですなぁ! 感謝しますぞおかげで助かりました。どうやって町民を解散させるかで頭を悩ませていたもので。
 しかし遠坂殿も咄嗟にあんな出任せを思いつくとはその辺りは流石ですなハハッ!」
 町民たちが遠坂の言葉で素直に解散してゆくのを見届けながら役人の男はホッと胸を撫で下ろすように言った。
「いやいや、別に出任せというわけでもありませんよ」
「へ……?」
「さて、物は相談なのですが……昨夜の大量殺人の現場や遺留品を見せては貰えますまいか?」
「え、え? いやあれは町民を解散させるための嘘だったの……では?」
 名家の貴族にあるまじき頼みに役人は驚きを隠せずにいた。だが役人の問いに貴族は真剣な表情で頭を横に振った。
「まさか……真にですか?」
「ああ是非とも頼みたい。今町で起きている事は大体察していると言ったのは嘘ではない。
 こう言うのも何だが私ならば何か手掛かりが掴めるかもしれないからね。体を張って深山を見廻る君達の力になりたいのだよ」
「いやしかしですね……それは、ちょっと」
 相手はただの冗談ではないとわかるや突然言葉の歯切れが悪くなる役人。
 名家の貴族に自分たちの面子を潰されるかもしれないという考えが邪魔をしているようだった。
「わかった、ならば仕方がない。無理強いはよすとしよう。
 君に命ずる───全ての虐殺現場に案内しろ───」
 このままでは埒が明かないと判断した刻士は男の両眼を見て、強めに暗示を叩き込んだ。
「─────ハイ。ではご案内します」
 面子や面倒な組織のしがらみを暗示によって忘却させられた役人は虚ろな表情で返事をすると、刻士に現場の案内を始めた。



       ◇              ◇ 



 ────私の管理地でここまで好き勝手にやってくれた礼は必ずしてくれる。

 遠坂刻士は歩を止めることなく今し方その目で視てきた光景を思い出していた。
 全ての現場を検分し終えた彼の胸に湧き上がるのは静かな怒り。
 そこは秘匿行為一切なしで放置された痕跡丸残しの殺害現場だった。
 昨夜の事件は間違いなく遠坂のご同類──常識の外を生きる者──が引き起こした事件だと断言できる。
 現場中に魔力の残滓が堂々と残り、そればかりか酷い所では残留物が妖気となって家屋を包んでいる始末であった。
 おかげで刻士はこれらの現場全ての後処理をするだけでもそれなりの魔力や労力を費やす羽目になってしまった。
 こんなものは犯人の正気を疑うしかない愚かしい所行だ。
 またしても雨生の仕業なのか? それとも他のマスターか? あるいは別のナニカか?
 同士討ちしたような現場もあったし、猛獣が襲来したような所もある、家屋から出てきた血の跡が隣家に伸びている現場もあった。
 基本的に皆殺し。殺人現場に居合わせた者で存命しているものは一人もいない。被害者は老若男女と無関係に殺されていた。

 しかしそんな混沌とした殺人現場を検証をしている内に刻士はいくつかの気になる点も発見していた。
 まず一つ目が、皆殺しはさして珍しくもない情景だが、男女共に同様の手口で殺されていた点。
 雨生の犯行では女を雨生が殺し男はバーサーカーが殺すという手口だったが今回のは同一人物の犯行の可能性が高い。
 そして二つ目が、物盗りの犯行風に偽装してある現場が二三件存在したのが気掛かりであった。
 彼らにとって重要なのは神秘が十全に秘匿されることだ。それはつまり神秘さえ隠匿できれば隠匿の仕方は問わぬと言う事。
 あんな強盗に見せかけるなんて面倒で回りくどい隠蔽工作など普通の魔術師ならばまずしない。
 まさかこの事件の犯人はいつの間にか冬木潜り込みあの日以来姿を見せずに沈黙を守っている代行者どもなのか…?

 上手く纏まらぬ推理に頭を悩ましながらも刻士の歩速は少しも緩まない。
 全現場の検分と言う名の隠蔽工作を終えると、続いて刻士は現場周辺の調査を敢行していた。
 捜査の基本にして王道たる聞き込み調査である。
 刻士は現場の捜査をしている見廻り組。現場周辺に住む町人。多くの人と情報が集まる飯場など様々な場所に赴き情報を収集した。

「これはこれは遠坂さん! こんな所で貴殿のような方が一体何をなされておるのですかな?」
「これは、ご無沙汰しております内藤さん。いえ私も昨日の大量殺人の犯人の手掛かりを探そうと思いましてね」
「そんなとんでもない! そんなのは我々の仕事です、貴方のような地位のある人がすることではありませんよ!」
「では内藤さん一つお尋ねします。この事件、物盗りの線での捜査はしてみましたか?」
「え?」
「私は〇〇とXXと◇◇で物盗らしき痕跡を見つけました。これはもしかすると野盗か山賊の一味による強盗殺人かもしれません」
「その話……本当ですか?」
「ご自分の眼で確認してみるのが一番でしょう。他の家屋でも高価そうなものが紛失していたりしていました。
 野卑で下劣な野盗ならば目撃者や盗みに入った家人の命に温情をかけるなどという真似もしますまい」
 刻士の話に役人は慌てた様子で一礼すると真偽を確かめに現場へすっ飛んで行った。

「……遠坂殿、確かに偽装工作らしき真似が施された現場は在ったが……それは精々三件程度だった筈では?」
 そんなマスターの語り口に訝しそうに見守っていたファイターが問いを投げかけた。
 すると赤い魔術師は少々の含み笑いを浮かべて言った。
「物盗りを偽装していた現場以降の家屋にあった金目の物に時限的に意識出来ないような魔術を仕掛けておいたのさ。
 折角世間向きな物盗りの犯行に偽装してくれた輩がいるんだ。ならせいぜいこちらの隠蔽工作に利用させて貰うさ」



 遠坂とファイターの調査は続く。
 この事件の調査を続ける内に彼らはもう一つの不審点に気がつくこととなった。

 これだけ大規模な虐殺が町のど真ん中で起こったというのに目撃者が一人もいない───。

 これほど色んな意味で杜撰な殺人をする犯人を誰一人として目撃していないというのはあまりにも不自然だ。
 しかも聖杯戦争が開幕してから冬木の各所を監視させていた刻士の使い魔も昨夜は誰も捕捉していなかった。
 それは現場周辺に住んでいた人々も同じで、現場周辺で不審な人影は目撃しなかったや、気付かなかったが圧倒的に多い。

「僕ねぇきのうオバケを見た! アタマとカラダが二つある生き物でね、キバが横にこ~んなに長くてね!」
「申し訳ございません。どうぞ子供の言う事なのでどうか真に受けないでやって下さい」
「うそじゃないもん! ほんとに見たんだい! おっ父のバカッ」

 と、中にはこんな風な益体もない話も混ざっていたりはしたが、聞き込み調査の結論としては人影を見た者は皆無だった。

 果たしてこの幽霊のような犯人は一体何者なのであろうか………?







──────Sabers Side──────


 あの死闘から一夜が明けた。
 戦闘後、アインツベルンの別荘にドタバタと帰還した綾香は兎にも角にもセイバーを助けるべく奮闘した。
 治癒魔術だけでは傷は回復しても失った魔力はどうにもならないと判断すると、館中をひっくり返した末に一室であるモノを発見する。
 それはルゼリウフ・フォン・アインツベルンがサーヴァントを召喚したと思しき召喚魔法陣。
 この館の地下は霊脈が通っておりマナも豊富なこの工房内ならばセイバーの魔力回復にはもってこいであろうと少女は考えた。
 おまけに幸いなことに召喚陣は召喚用だけでなくサーヴァントの回復を促進させるための術式も予め組み込まれてあった。
 ルゼリウフがセイバーの寝床として使用するつもりで用意していたのだろう。
 綾香は術式に不備が一切ないことを確認するや否や即座に重傷のセイバーをこの召喚魔法陣に放り込んだのだった。

 綾香の献身的な働きで今ではすっかり呼吸も落ち着き、陣の上では包帯ぐるぐる巻きのミイラ男となった騎士が大人しく眠っている。
 そうして死ぬ直前まで強敵相手に奮戦し続けた騎士の看病をしながら彼女は一夜を明かした。
 あれほどの死闘の後である。体力的にも魔力的にも当然綾香だって疲弊はしている。
 雨生に体中をボコボコにのされ、魔術戦で魔力も沢山消耗し、セイバーが戦闘で消費した魔力も彼女が肩代わりしているのだ。
 しかも不眠でセイバーの看病をしていればこれで疲労がないわけがないってもんである。
 だが少女はそんな体の疲弊なんかどうでもよくなるくらいの喜びに充ち溢れていた。

「………………………えへへへ」
 昨日の戦いを思い返す度に少女の頬が緩む。だらしなくニヤつく表情筋をどうしてもしゃっきり出来ない。
 あの瞬間の自分は間違いなく魔術師だった。今まで駄目だったのが嘘のように完全完璧バッチリな魔術行使の連続だった。
 一度だって成功したことのない長詠唱の大技だって昨日は完璧に発動した。全部ちゃんとできたんだ。
「ふふ…………てへへ、ちゃんと出来てた……うん、バッチリだった……へへ」
 もしかしたらわたしはやれば出来る子だったのだろうか?
 今までずっと己の不甲斐無さに幾度もヘコみ続けてきた。いつも思うように出来なくて劣等感を抱えていた。
 そしてその度にどうせわたしはダメな奴なんだ死んでやるぅぅとイジケてきた。
 だけどついにそんな自分にさよならする時が来たのだろうか!?
 だとしたらとても嬉しい。駄目なわたしにさようなら、素敵なわたしにこんにちわ!
「もうコンプレックスなんか怖くない!」
 立ち上がり両拳を握り締めて脳内で素敵なわたしにこんにちわをしていると、

「…………なあ、さっきから一人で何してんだアヤカ?」

 物凄く不審なモノを眺めるような…大層困惑した表情をしているセイバーと眼が合った。
「──────────」
 綾香の顔面が半笑いの状態で固まる。
 え? 見られてた? あれ? うそ? もしかして今のずっと見られてた……?
「おーいアヤカー? どうしたんだー? あ、それアルマースを喰らったサラセン兵ごっこか?」
 フリーズした少女を呼びかけ続けるセイバー。
 ギギギと錆び付いたボルトを無理やり回すように、彼女はカラクリ人形みたいなぎこちなさで立ちががると………、
「─────くきぃぃいい!」
 少女は謎の奇声を発しながら徐ろに蓑虫騎士を踏みつけた。
「ぐほぉあっ!? ふ、ふふふ、踏むなー! 婦女子が騎士を足で踏むとは何考えてんだアヤカ───
 …って、ウオオオオなんじゃこりゃぁあ!? 全身が包帯グルグル巻きだぞ?!? う、動けねえ……!」
 騎士は一応重体患者なのに手荒く扱われた事にも驚いたようだが、それ以上にミイラ男のような自分の姿に驚愕していた。
 包帯を外そうと芋虫のように必死にクネクネするが巻きつけ方が半端じゃないのか全く解けない。
「うるさいうるさいうるさいだまれーっ! 今見たものを全部忘れなさい! すぐにさあ今すぐにー!
 忘れなさいったら忘れなさいよぅコノォ! ああんもうやだぁーー!! もうダメお嫁にいけない………」
 相当恥ずかしかったのか顔面真っ赤っ赤にして半泣きしている綾香が容赦なく騎士を踏みつける。
「ヌオオオ激しい!? ま、待てアヤカー?! 話せば、話せばわかる! オレは何も見てないぞー!
 キミが一人でニヤニヤしながらてへへとかえへへとか言ってるのなんて見て────ギアアアアアアアアーッ!」
「だああああああーー!」
「待てアヤカ待てー! 人は話し合えば多少は分かり合えるって大司教も言ってたぞ! だから踏むのをやめてくれー!
 ……ってチクショー駄目だこりゃ我を失って全然聞いてねえし! どうするどうする…!?
 ───そ、そうだ! こういう場合は何でもいいから相手を褒めろってオリヴィエが言ってたっけか。
 アヤカ昨日の魔術は凄かったな! 大成功だったぞ。君がつい浮かれちまう気持ちもわかるぜ───うごがごごごごご!?!?」

 ───!
 ──────!!
 ──────────!?!?

 ひとしきり騒ぐだけ騒いだ後、お互い疲れ切った顔つきになり始めた辺りで終戦協定が結ばれた。
「フゥフゥフゥ……! ひ、ひとまずこれで勘弁してあげるわ。一応は貴方重体患者だし?」
「も、もっと…早めに勘弁して欲しかった、ぞ………ガクリ。
 傷が悪化したらどうするんだよまったく。つーかアヤカこの邪魔くさい包帯はなに?」
 セイバーは綾香の言葉にぐったりとした様子で不満を零した。
「ハアァァ、なんかどっと疲れたわ……。ん、それ? 傷を塞いだ状態でしっかり固定するための包帯よ。
 邪魔って言うけど貴方昨夜の自分の状態をきちんと把握してないでしょ? 酷いってもんじゃなかったんだからね。
 あれだけ全身重傷だったら人間なら余裕で死んでるわよ。 ……で、身体の具合はどう?」
「おう、たった今受けたダメージを除けばひとまず安定してるぜ。そっか君がずっと手当してくれてたのか、ありがとう!」
 騎士の面と向かったお礼から逃げるようにして少女は照れ臭そうに視線を逸らした。
「別にいいわよ。ところでその……左腕は?」
 それから非常に聞き難そうに一番気掛かりだった部分に触れた。
 セイバーは昨夜の戦いで左腕を失っていた。最悪の場合片腕を損失したままだということもある。
「ん? 左腕か? ほらとりあえずちゃんと在るぞ。君が左腕を拾って持ち帰ってくれたおかげだな」
 セイバーがグルグル巻きの包帯の下から左腕らしき部分をもそもそと動かして見せる。確かに左腕はちゃんとあるようだった。
「うわぁ……なんかトカゲの尻尾みたい。
 まあ貴方達の本質は霊体だから生身のわたし達よりは融通利くとは思ってたけど、ひとまずは腕が無事で安心したわ」
 綾香はそう言って立ち上がるとそのまま部屋を後にしようとする。
「あれ? どっか行くのか?」
「当たり前じゃない、わたしもそろそろ休まなきゃいい加減しんどいしね。
 見た感じセイバーの容態も安定してるんだからこれ以上わたしがここに居なくても死にはしないでしょ? それじゃおやすみ~」
 蝶々みたく可憐に掌をひらひらさせて出て行く少女。そしてバタンと閉められる扉。
「ああなるほどそりゃそうだ、おやすみアヤカー。
 ───────ん? いや待てよ…ちょ、えええええーーー!!? こ、コラーアヤカ! せめてこの包帯解いていけよぉ!
 いや解いてください頼むからー! これ絶対さっきの仕返しだろ君!? この鬼~眼鏡の悪魔~!!」

 こうして眼鏡の小悪魔の罠によって室内には蓑虫にされたミイラ男の怨嗟の悲鳴がいつまでも残響し続けるのであった。







──────Riders Side──────


「しかし改めて観察すると本当にでかいな……」
 庭に堂々と鎮座するファラオの船を眺めながらゲドゥは呆れにも似た嘆息を吐いた。
 ライダーの謎の突貫工事が終わりを迎えようやく静かになったかと思えば今度は庭が戦車の巨体に占領されていた。
「フッフッフ当然だ。なにしろ俺様が乗る船だからな! 大きく強くそして派手でなければならん!
 よし牧師、俺様の太陽船車が無事修理できた記念だ。貴様にも再び我が王船に乗る名誉な機会をくれてやろうではないか。
 ああ俺様ってなんて下僕想いのファラオなんだ……! あ、今我が妻のあぁ~ラメセス、カッコイイって声が聞こえた!」
 金髪からいつもの赤茶のボブヘアーの髪型に戻した王様が独り悦に浸る姿を極力見ないようにしつつゲドゥは一言断りを入れた。
「いや生憎だが私はいい。これからこの国の間諜を狩りに出かけねばならないからな。
 つい先ほど町に潜伏させている私の部下がターゲットの所在地を洗い出したと報告が入った。私は彼らの加勢に行く必要がある」
「馬鹿か貴様? ファラオの与えた権利を拒否する権限など貴様にはない。さあ乗れい!」
「お、おいライダー? 話を聞いていたのか!? 私は私用があると───いや待てだから遠慮すると言ってる…!」
「さあてと修繕具合を確かめねばな。試運転でゆくぞラー・ホルアクティ!」
 話を全く聞かないライダーは有無を言わさず牧師を船車の車内に放りこむと、華麗な操縦テクニックを披露しながら戦車を発進させた。



            ◇                   ◇



 深夜零時を過ぎた静かな闇夜をパカポコと軽快な足音を響かせて駆ける白い馬影が一つ。
「折角人が気を遣って今夜はわたしだけでいいって言ってあげてるのに………ぶつぶつぶつ。
 大体セイバーは自分が丸一日前に死にかけたってのをちゃんと理解してないのよ。
 魔力や怪我だってまだ回復してないのにさ。これでまた怪我でもしたらわたしの看護が全部パアじゃない……ぶつぶつ」
 馬の背にはムスリとした表情でぶつぶつと不満を愚痴る少女と白甲冑に身を包み手綱を握る騎士の姿があった。
「なに言ってんだよアヤカ。一人でなんか行かせられるもんか。
 いくら昨日一組減ったからってまた敵と遭遇しないとは限らないじゃねーか」
 しかしセイバーも少女に言いたいことがあるようで、彼は彼で何やら不満をぶつくさと述べている。

「──あっそうだ! 何かある前に言っとくけど戦闘はしないからね。というよりもそんなのが出来る状態じゃないんだから。
 え!?じゃないわよバカ! アンタ少しは自分の左腕が一度綺麗に両断されたってのを自覚してよね?
 下手に無理して戦闘中に左腕が取れちゃったらどうする気よ? 今夜はあくまで偵察程度の事しかやら───」
 と綾香が言いかけた辺りでどこからともなく、

 ───ギャルギャルギャルギャルギャルギャル!という音が聞こえてきた。

「…………ん? なぁこの音なんだ?」
 サーヴァントの発達した聴覚が不審な音をキャッチした。
 騎士に言われて少女も辺りをキョロキョロと見回したが特に何も見つからない。
 セイバーはさらに音の発生源を探して首を四方に巡らせていると、一面に暗闇が広がる視界の隅に妙な光体を捉えた。
 綾香も同じくその光る物体を視認した。彼らの後方に現われたその光体は徐々にこちらへと近付いて来ている。
 謎の光体の正体を見極めんと騎士は眼を凝らした。
「オイ…………………あれは、もしかして……!」
 それは一度見たことがある機影。地を踏み鳴らす車輪音がだんだん大きくなる。焔を纏った灼熱の戦車が接近してくる。
 熱気で輝く騎乗物を駆るのは絶対に忘れはしない敵の顔───。

「やっぱり貴様だったかライダーッ!!」
「ほう見ろ牧師。これはまた随分と幸先がいいものだ。また遭ったな小娘、俺様に挨拶をする権利なら与えてやるぞ?」
「誰がアンタなんかに挨拶なんてするもんですか! ベーッだ!」

 名馬と船車が肩を並べる。馬蹄音と車輪音が負けじと激しく打ち鳴らされる。
 まるで張り合うように双方の速度も徐々に徐々にと増していた。
「ライダー、おまえこんな所で何してる!?」
「やれやれ見て分からんのかこのマヌケめ。王の優雅な深夜ドライブに決まっておるだろうに。
 まあ貧弱で常に必死な貴様らとは違って常に余裕綽々だからな俺様はッ! 格の違いってやつよ、ふはははははー!
 あ~そうそうついでに朗報だ。キャスターは俺様が遊興ついでにぶち殺しておいてやったぞ?
 心底感謝するがいい。なんなら貴様も彼奴のように軽く捻ってやろうか、ぬはははははー!」
「そんなもん自慢すんな! オレだって昨日バーサーカーとそのマスターをやっつけたんだぞ!!
 ……だがよくぞ抜かしたなライダー。騎兵風情が剣士と剣を交える覚悟があるとはおもしれぇぜ!!」
 ライダーの挑発に乗ったセイバーが猛然といきり立つ。今にも斬りかかろうと腰から提げた剣に手をかけた。
「ダメよセイバー! 始めにちゃんと言っておいたじゃないっ!!」
 しかしそれを真顔で制止したのは騎士の後ろに座る少女だった。
「でもアヤカ、目の前に君の仇がいるんだぞ?! 指咥えて見てるだけでいいのかよ!」
 綾香が騎士の訴えにピクリと反応した。だがそれでも煮え立つ怒りを噛み殺して彼女は頭を横に振った。
 万全の状態でないとこの敵とは戦っちゃいけないと、少女は理性で知っていたから。
 もし自分が本気で祖父の仇を討ちたいのならばこんな不利な状態で勝つための剣《セイバー》を失うような愚行は絶対に冒せない。

 そんな相手の心情を悟った騎兵はさぞ興味深い遊戯を思いついた時のように不敵な笑みを浮かべた。
「ふん? よかろう丁度いい余興だ。どの道俺様も今宵は本気で殺るつもりは最初からなかったからな。
 馬乗りならば慣らし運転にもってこいの相手ではあるし騎兵として勝負してやろう。そう、騎兵としてな……ッ!!!」
「────ッ!!?」
 ライダーから突如として繰り出された騎乗槍の奇襲。
 騎兵の右手に長槍が出現した直後には躊躇ない槍の刺突が嵐のように乱れ撃たれたのだ。
 迫る危機に咄嗟に反応出来たセイバーは寸前のところで槍の穂先を叩き落した。
 騎士は見事にも愛馬を駆りながら敵の攻撃全てを文句なしの手際で防ぎ切る。

「コノォ…危ねぇな! いきなり奇襲を仕掛けてくるとは卑怯者の所業だぞ!」
「ハーハッハッハ! 面白い、よくぞ今のを防げたものよ! 相手にするに当たって不足はないと認めてやろう。
 ───さあ騎乗戦開始だッ! 終着点はキャスターの工房が存在していた丘の上だ!」

 スタートの合図を高らかに宣言したライダーが先手を切って火炎の車輪を猛加速させる。
「キャスターの工房があった丘がゴールだな。おっしゃあ! いいぜ受けて立ってやらぁ! 走れヴェイヤンチーフ!」
 セイバーとて勝負を挑まれたら簡単に退く男ではない。
 剣ではなく脚力の勝負だとわかるや即座に愛馬に命令を送り急発進させた。

 前を走るライダーの船車をセイバーの名馬が追走する形で異なる騎乗物を乗りこなす二人のレースは始まった。

 前方から無遠慮に吹き付けてくる寒風を全身で切り割いて二つの機影は市街地を走駆し続ける。
 大通りの直角のカーブ。戦車に乗るライダーは華麗なドリフト走行で切り抜ける。
 勝負方法は実にライダーらしい王道で、高い戦車性能と騎手の操縦技術のみ。
 一方セイバーは、四足獣の小回りの良さと騎手の勘で戦車では通れぬ小道を突っ切りショートカット図っていた。
 こちらの勝負法はホムンクルス馬の持つ利点と騎手の土地勘を頼りにしたものだ。

 しかしその駆け合いはすぐに騎乗戦の名に相応しい荒々しい様相へと移り変わっていった。
 大橋へ向かうための大通りで合流した二騎。ライダーの戦車が先行し、セイバーの名馬が後を追っている。
「ぐぬぬ~コラキサマーッ! よりにもよってファラオを風除けにするとは何事だこの痴れ者がー!
 かような虚け者は今すぐ死んであの世で反省してこいっ!!」
 戦車の背後に馬を陣取らせ風除けに利用していたセイバーたちに向かって突然戦車の尻が突っ込んできた。
 急激に速度を落とし戦車の真後ろを走る騎士らを轢き潰そうというライダーの魂胆である。
「──うあヤベッ死ぬ!!? ヴェイヤンチーフ上に高く跳べ!!」
 死の壁となった戦車に綾香が悲鳴を上げた。騎手の指示に反応して空へ舞う馬。
 騎士の手繰る名馬が眼前に迫る巨大な壁を危ういタイミングで飛び越えた。
 船車の頭上を通り越して大地に着陸すると、今度は騎士が騎兵を先行する形となった。
 ライダーはセイバーへのバックアタックが失敗したと悟ると、即座に戦車の車輪を猛回転させて先行を許した敵に追い縋る。
 両者の車間距離は4m未満といった距離。するとファラオの手にした騎乗槍が弧を描きながら薙ぎ払われた。
 長身なライダーの長腕と柄を長めに握って得た槍のリーチによって先行していた怪馬の腹を重そうな豪打が襲う。
 だが、ガギィン!っと金属音を響かせて───騎士は喰らえば二人揃って落馬が必定な一撃を危なげもなく剣で受け止めた。
 そのまま反撃か威嚇のつもりでブンブンと長剣を振るってみたが当然ライダーには届きすらしない。
 再び騎兵が攻撃を仕掛けてくる。
 車体を前後左右に自在に走らせながら攻撃箇所を散らすが、騎士は馬上でも器用に剣を繰り攻撃を防ぎ続けている。
「くそっ、ズルイぞおまえ! そんな遠くからチマチマと突いてきやがって!」
「何を言い出すかと思えばこのドアホめ。馬に乗っておきながら騎乗槍もろくに装備していないからそうなるのだろうが」
 二人とも敵と言葉を交わす程度の余裕は残していた。
 生前によほど騎乗戦で慣らしたのだろう。彼らの表情には悦びすら窺えた。

 …………しかし、そんな血沸き肉踊る騎乗戦を快く思わぬ者もこの場にはいた。

「オイいい加減にしろライダー! 私は部下の応援に出なければならんと言った筈だろう!
 お前の遊びに文句をつける気はない。だがお前たちの駆けっこに一々付き合うつもりもないんだ。いいからここで降ろせ!」
「馬鹿が、今戦車を止めて貴様を降ろしていたらセイバーのヤツめに遅れを取るであろうが!
 俺様が見た感じだとあの馬ただの馬ではない、怪馬の類とみた。舐めてかかれば寝首を掻かれるやもしれんのだぞ。
 いくら我が愛車がまだ本調子ではないとはいえ敗北は王家の恥! 俺様は負ける気は毛頭ない、よって貴様も降ろさん」
「馬鹿馬鹿しい我侭を言うな! 私はこんなつまらん事で令呪など使いたくはないぞ!」
「チッ五月蝿い男だ。いいだろう、令呪を使ってでも降りたいと言う貴様に免じて特別にこうしてやろう。
 これから大橋ではなく河を走ってやる。水ならば地面と違って叩き付けられて死ぬ事もあるまい?」
「わかったその提案を飲もう。こっちはこっちで勝手に戦車を降りてやるから必ず河の上を走ってくれ。
 いくら私でもこの速度で硬い地面に飛び降りれば無事で済むかわからん」
「よかろう、ククッ! ではしばし寒中水泳を愉しむとよいぞ牧師」

 彼らの視線の先に冬木を分断する未遠川が見えてきた。
 冷たい冬の河は月光を乱反射する水面でキラキラと光り輝いている。

「ねえセイバー! 大橋を渡るならライダーより先じゃないと絶対マズイわ!
 宝具の戦車が木造の橋なんかを渡ろうものなら間違いなく崩落するもの!」
「わかってる大丈夫だ! ライダーよりも先に大橋を渡り切ってみせ───ってなんだとぉおお!??
 オイオイオイ……ライダーのあの戦車って水陸両用なのかよ!? アイツ橋通らずに直接河を渡ってやがるぞ?!」
 セイバーの驚きも無理はない。彼らの視線の先には水柱を立ち昇らせて河を渡っている船車の雄姿と騎兵の高笑いがあった。

「ふはーっはっは!! 所詮二流はチンタラと地面を走っておればよい! だが一流の俺様は海だってスイスイゆくぞぅ!」
「クソッ、ナメやがってぇあのやろ~負けるもんかよ! かっ飛ばせヴェイヤンチーフ!」
 先行する戦車の巨体を追う形で名馬を駆る騎士も負けじと大橋を激走するのだった。

 二人の競走は橋を越え後半戦に突入した───。







──────Fighters Side──────


 時刻は草木も眠る丑三つ時を回った。人の時間が終わり魔術師たちの時間が始まる。
 太陽の鏡が天上から地上を薄く照らしている。風は冬に相応しい冷たさで外出する者を歓迎する。

 昼間の調査では決定的な犯人の手掛かりを掴むことは叶わなかった。
 調査後、一旦帰宅した刻士は入浴で心身をリフレッシュし、次に美味い食事で一時の英気を養うと、再び脅威が蠢く戦場へ出陣した。
 昼間のやり方ではあれ以上調べても犯人への手掛かりは掴めまい。
 刻士がさらなる手掛かりを求めるのであれば危険覚悟で暗闇に沈む町を調べるのが最良の手であった。

 ……まあ尤も、遠坂としては犯人の痕跡よりも直接犯人と遭遇したいがために夜の町へ出ているのだが。


「ファイター、君はこの虐殺犯を何者だと考える?」
 市街地へ下りていく道中に暇を感じたのだろう。刻士がそんな質問をファイターに投げかけてきた。
「いやそれは私などが考えることではあるまい。私の司令塔は遠坂殿なのだ。この身は貴殿の考えに従って動くだけだ」
 しかしこの頼もしい巨漢の返答はやはり身体の大きさには似つかぬ毎度の控えめな台詞だった。
「そうか、では言い方を変えようか。君の意見が是非訊きたい。君はこの事件をどう思った?」
 マスターにそんな言い方をされて無下にするほど闘王の人柄は悪くはない。
 ファイターは数秒ほど黙考すると、あくまで私の意見だが…。と前置きして訥々と意見を述べ始めた。
「────私はこの事件はなんと言うか、二つの事件が偶然重なってしまったように感じた。
 物盗りの犯行に見せかけていた家とそれ以外の家があまりに性質が違いすぎる。
 大部分がただ暴れただけという感じだったがあの物盗り風の家々だけは魔力の残滓や神秘の痕跡も一切見受けられなかった。
 あともう一つだけ言わせて貰えばバーサーカーとそのマスターが前に起こした犯行とも微妙に違う印象を受けた。
 なにせ女人が男と同様の手法で殺されているからな」
「………ふむ十分参考になったよ。どうやら私が受けた現場の印象はただの勘違いではなかったらしい。
 やれやれ、最有力である筈の容疑者が一番容疑者として矛盾してるとは困ったものだ」
 ファイターが己の考えと同意見だったことにとりあえず満足する遠坂。
 その直後、主の満足げな語調に参考になったのなら幸いだと闘士の渋い声がした。



 しばらくして、彼らの前方には深山の中心地点となる交差点が見えてきた。
「さてと、いよいよ市街地に入るが……いつか話した教会の殺し屋達の奇襲があるやもしれん。
 君には私の代わりに用心しておいて欲しい。頼んだぞファイター」
「御意、その役割任されよう。遠坂殿は周囲や背後を気にせず異変だけを探してくれて構わない」
 闘王の頼もしき言葉に刻士も首肯で返そうとしたそのとき───。


 ビリッとした痺れる痛みを発して、赤い魔術師の肉体に刻まれた令呪が警鐘を鳴らしていた────。


「─────!! これは………ファイター早速だが敵のようだ」
「……ああ、そのようだな遠坂殿。相手は後ろにいる」
 令呪の警鐘とほぼ同タイミングでファイターの霊感もまた後方に潜むサーヴァントの気配を感知していた。
 刻士も自分に向けられた敵意剥き出しの視線に気付き背後へと振り返る。


「よぉ遠坂、こんなところでお前と遭遇するとは奇遇だな。……いいや、こういう言い方はおかしいか。
 むしろ俺達の邸の位置を考えたら今までこの場所で一度も遭遇しなかったのが不思議なくらいだからな」

 月を背中に背負った男の軽々しい挨拶が夜の静寂を破る。
 坂のずっと上方から刻士を見下ろしてくる間桐燕二の姿がそこにはあった。
「確かにその通りだな間桐。我々が今まで鉢合わせ無かったのが不思議なほどだ。
 ……となれば今夜の邂逅はなるべくしてなったようだな?」
 戦意を隠さずに言葉を交わすマスターたちの背後ではそれまで透明だった彼らの下僕が肉を纏って出現した。
 100m以上離れた位置に立つ二体のサーヴァントは黙したまま敵と睨み合っている。

「間桐先に言っておこう、遭遇したからには私も君と同じく戦いを避ける気はない。
 だがしかし此処ではなんだ、私としては場所を変えたいのだがいいかね?
 君の耳にも届いているのかは知らぬが…現在冬木では昨夜の大虐殺の事件でまたまた揺れている。
 セカンドオーナーとしてはこんな市街地のど真ん中での戦闘は避けたいんだ」
「へッ、冗談じゃないぜ、その手には乗るかよ。お前のことだ、そんなこと言ってまんまと罠にでも嵌める気なんだろ?
 そもそも昨夜の虐殺事件は遠坂の仕業じゃないのか? おかげ様でこちらはいい迷惑を喰らったよクク…!」
「オイそこの小僧。少しばかりその軽い口を閉じることを薦めるぞ? でなくば顎から下が無くなりかねん」
 遠坂の提案を却下するだけでは飽き足らず侮辱とも取れる戯言まで吐く間桐にファイターが少々殺気立った。
 しかし闘士は忠告を発するのみで決して勝手な行動には出ない。
 それをよく知っているからか遠坂もファイターを諌めようとはしない。

「ふぅやれやれ……相変わらずその卑屈な性格は治っていないようだな間桐。
 土地管理者としてこれ以上の面倒事は御免被りたいのだがね? 君と違って私には協会から託された責務があるんだ。
 まあ尤もこの苦労は任も与えられていない君では到底理解できんか」
「な…! なんだと貴様……?! あまり図に乗るなよ遠坂ァ!
 この俺がその気になればお前をここいらごと消し去ってやってもいいんだぞッ!?」
 売り言葉に買い言葉。今度は遠坂の皮肉を混じりの挑発に間桐が激昂していた。
 するとそんなマスターたちの様子を見かねたアーチャーがこんな提案を出してきた。

「ならばファイターのマスターよ、ワシから一つ提案がある!
 そこまで場所変えを望むのならば貴様らがこやつの後に付いて来るという形でどうじゃ?
 この際先にハッキリと言っておくがワシらは別にこの場で殺り合っても何の不都合もない。
 じゃが貴様が移動したいと言うならばこの条件を飲め。さすればワシらとて戦場変えに同意してやろう」
 アーチャーの勝手な提案にマスターの間桐が文句をつけようとした。が、弓兵は少し黙っとけと手で素早く燕二を制する。
「………いいだろうわかった。ただしその条件を飲む代わりにこちらも一つだけ要求をさせて貰おうか。
 人気が完全にない場所にしてくれ、そうでないと意味がない。そこならば間桐の指定する戦場で刃を交えると約束しよう」
 刻士は少々考え込んだがこの場で宝具を使われるよりは数段マシと判断し彼らの提案を飲むことにした。
「だそうじゃ、あとは貴様が戦場を選べ。………分かっておるとは思うがちゃんと選ぶ地形は考えい?」
「ちっ、マスターに相談もなくまた勝手な真似をしやがって…。
 まぁいいだろう遠坂。今回は後始末に追われる無様なお前に免じて場所を変えてやるよ。ついて来きな!」
 燕二の口から詠唱が溢れる。魔術によって強化された四肢を駆動させ燕二が颯爽と坂を駆け下りてくる。
 そして町の交差点の手前にいた刻士の頭上を大跳躍で軽く飛び越えると、そのまま大橋の方へと物凄い速度で走り去ってゆく。

「ファイター彼らと闘う前に一つだけ伝える事がある。念話で話すから移動しながら聞いてくれ。では我々も後を追うぞ!」
 刻士が遠坂家魔術刻印を起動。魔力を通された刻印が強化魔術を一工程で発動する。
 両脚にパワーが漲るのを感じながら間桐の後を追うべく凄まじい駿足でその場から走り去った。

 向かった方角から考えるに彼らの戦場は大橋を渡った先にある町の郊外となりそうだった。







──────Riders Side──────


 大橋を無事通過してからのセイバーとライダーの競走はさらにデッドヒートしていた。
 大人しく道路を駆け合っていたのは河を越えてから始めの数百メートル程度で、現在は位置も把握できない森林内を走り抜けている。
 あっと言う間に後方へとぶっ飛んでいく景色と激しく揺れる馬上。
 ヴェイヤンチーフの背に乗った綾香もきゃーきゃー叫びながら振り落とされまいと必死に騎士の腰にしがみつく。
 そんな少女の醜態とは比べ物にならない余裕の態度で騎士と騎兵は操縦に集中していた。

 細い木々の間を器用に摺り抜けて進む名馬と、木々を踏み倒しながら爆走する戦車。
 例え愛機の走行中だともここは油断厳禁の戦場であった。
 風を切って伸びてくる白刃。馬上の騎士が敵の長槍を払い退けた。すると敵の接近を許さぬよう素早く車間距離を離す騎兵。
 両者共に隙あらば競走相手を落馬させんと刃を振るい合って激しく斬り結んでいた。
 左手に手綱、右手に武器を携え攻撃機会に恵まれようものなら果敢にアタックする。
 無論これが競走であるからには騎馬を操るのも手は抜かない。
 互いに卓越した操縦テクニックを遺憾なく発揮しで次々に難所を突破していく。
 乱立する木々はジグザグに縫うように進み、進行の邪魔になる大木を薙ぎ倒し、崖となっている大地の裂け目を華麗に跳び越えた。
 騎乗物の燃費を考えた適切なペース配分で山を駆け上がり、坂道はノーブレーキの加速ゾーンへと早変わりする。

 彼らの恐ろしいところは速度が一瞬たりとも緩まないこと。
 これほどの障害物だらけのコースであるにも関わらず二人の騎手はアクセル全開の全力疾走をひたすら続けていた。
 先に速度を緩めた方が負けると言わんばかりに騎乗物はひたすら加速命令しか受けていない。
 これでは至極真っ当な肝をした綾香がキャーキャー言うのも無理はなかろう。
 物凄い速さで激突しそうになる幹や枝が自分の身体の傍を通り抜けていくのだ。顔なんてとても上げられたものじゃなかった。


「おっしゃー森を抜けたぜー! さぁあと少しだヴェイヤンチーフ! あんな奴に負けんなー!」
「このまま最後までガンガン進めぇラー・ホルアクティ! ファラオの威信に賭けてあのような小物に敗れるなどあってはならん!」
「お、お願いだから早く終わってよぉぉぉぉおおー!! ……ってうきゃああああーーーーー」
 市街地からスタートした英雄たちの騎馬戦もいよいよゴール目前となっていた。
 彼らは冬木の五分の四を走破して最後の森林を抜けた。ついに終着地点の丘が目視できる位置にまで来ている。

 前半戦は深山の入り組んだ道なりをそれぞれの戦略と手法で駆け抜けて大橋を目指した。
 そして各々の方法で河を渡ると再び人里の道路を疾走した中盤戦。
 だがこの辺りから彼らの競走が次第に変な方向に進み始める。
 英雄たちはただ淡々と道を駆けるだけでは満足出来なくなったのか気付けば何故だか森の中を走っていた。
 障害物だらけのコースで各自の操縦手腕を披露しつつ騎馬上で刃を交換するのは当たり前。
 挙句には後半戦はもう山にまで登る始末であった。
 そうして両者はなんとか無事に下山すると山岳周辺に広がる森林部を駆け抜ける。
 騎手らが目指すゴールは間近に迫っていた。残すはこの直線道路と小高い坂のみ。
 両雄最後の力を振り絞って駆け登るだけである。

「どれ、俺様がゴールしてしまう前にひとつ貴様のせせこましい健闘を讃えておいてやろうか!
 我が愛車が本調子では無かったとは言えど騎兵でもない癖に少しは乗れる騎手のようだな貴様。
 おかげで俺様も久しぶりに真の競走が愉しめたぞ? やはりこの疾走感と興奮こそが騎馬戦の醍醐味よな!
 ふむ……ヴェイヤンチーフと言ったか? 今のそやつが本物の姿ではないとは言え悪くない走りをする名馬だ。
 どうしてもと言うならば俺様に献上することを許すぞパラディン?」
「馬鹿言ってんな誰がやるかよっ! コイツはこれからもずっとオレの愛馬なんだ、オマエなんかにゃ絶対やらん!
 それからその得意気な顔やめろよ。自分だけが相手の真名を知ってるなんて思うなよなっ!」
「ほほう面白い? この身が如何なる貴人であるか貴様にわかると?」
 そう言うや突如穿たれる騎乗槍の穂先。
 だがまるで来ると分かっていたような反応の良さで剣の切先が槍の穂先を明後日の方向に逸らす。
「当然だ、そういうオマエはエジプトの太陽王だろ!?
 名馬や名車なんて腐るほど持ってんだろうに、あんま欲張んなよ! この欲張りマンめ!」

「──ゲッ!? いつの間にか互いに真名バレてるし………!?
 でもまぁそりゃそうよね……こいつら競走中に興奮し過ぎて余計なことペラペラ喋り過ぎだったもん………はぁ」
 敵に真名がバレてがっくり肩を落とす綾香だったがそのショックは競走中の衝撃があまりに強すぎたせいで心なしか軽い。
 不憫にも英雄たちに振り回されすぎて疲弊した彼女の今の心中は、いいから早くおうち帰りたい。であった。

 そんな少女の気持ちなぞ露知らず、真名を言い当てられたライダーはキャスターの時とは違いニヤリと笑みを浮かべていた。
 どうやら騎士が言い放った欲張りという単語がファラオの琴線に触れたらしい。
「く、ふははははは! ふふんそれは庶民の寝言だぞ? 欲張りは結構なことではないか!
 そもそもあれだけの巨大な領地を手に入れた貴様の主君も大層な欲張り者だろうに。それを否定するとは愚かな話しよ。
 いいか王とはいくら手に入れようが決して満足してはならんのだ。王がそこで満足してしまえば民草が飢えるであろうが」
「馬鹿言え! シャルル王は欲張りじゃねえぞ! んと…………そうっ、ちょっと他の国王より大金持ちなだけだ!!」
「───ぷっ、ブハーッハッハッハッハ! くくくっくっく! そうか、他の国王よりもちょっと大金持ちなだけか!
 いいフレーズだな大層気に入ったぞ。今度から俺様もそう言うようにしよう」

 などと二人して無駄口を叩いてはいるが彼らの駆る騎馬たちは主人の代わって猛然とラストスパートを仕掛けていた。
 小高い丘へ向かう最後の平道を瞬く間に走破し切るといよいよゴールへと続く坂に差し掛かった。
 ドギュン───と。一体どこにそんな余力が残っていたのか、二つの騎馬が坂を登り始めた瞬間またも急加速を始めた。
 ここまで来ると両者共に刃を振るおうとはしない。騎手の余計な動作は愛馬の最後の疾駆を邪魔すると知ってるが故に。
 グングンと坂道を登り詰めていく馬影。なるだけ空気抵抗を受けぬよう身を小さく前傾姿勢になる騎手たち。
 猛りながら横一直線に並んだセイバーとライダー。完全な互角。パッと見どちらが勝っているのかわからない。
 走る駆ける走る駆ける走る駆ける。戦車の車輪が唸る。快馬の馬蹄音が小気味いい。
 そしてついに彼らが目指したゴールを眼前に捉えた。

「見えた、うおりゃああああーー!」
「あれか、この勝負貰ったぁーー!」

 二騎は、ほぼ同時に坂を登り終えると最後の直線を駆け抜け─────。


「ゴーーール!! いよっしゃぁああ! オレたちの勝ちだぜーーー!!!
 ハハハ残念だったなライダーホントに惜しかったぞ! でも今のはオレがほんのちょっとだけ速かった──ってあら…?
 あれれ? …………なあアヤカ、ライダーの奴どこ行った?」
「あ~……えとね、喜んでるとこ悪いんだけどライダーならゴール直前で突然姿が消え失せたわよ?」
「えええーー!?? な、なんだよそれ?! じゃあこの勝負どうなるんだよ?! いや勝負自体はオレの勝ちなんだけどさぁ。
 なんつーかこうモヤモヤするって言うかさあ……ああもう畜生! ライダーめどこ行きやがったーー!!」
 どこか釈然とせず月に向かって吼えるセイバー。もう帰ろうよぉと少女の嘆きが悲しさを一層際立てていた。



 さて、ライダーがどこへ消えたかというと………。


 ライダーがゴールを目前に自身の勝利を確信したその時。
「ハーッハハー! 俺様の勝利だ、ファラオ華麗にゴォォォオ───」

 "──ライダーよ、今すぐにマスターの許へ帰って来い───!!"

 下された絶対命令。直後に歪むライダーの視覚。全身の感覚が狂って亜空間の縦穴をひたすら堕ち続ける錯覚を味わう。
 強力無比な令呪の魔力が彼を騎乗物ごとゲドゥ牧師の許へ強制送還した。
 真っ先にライダーの視界に飛び込んできた景色は先刻まで居た丘とはまるで異なるものだった。

 ───グワシャアッ!! ベキベキゴキャ!??

「───ォォオオオル!!! ってオイ牧師ィィイイイッ!!
 き、キキキ、貴様ぁぁーッッ! いったいどこの誰の了解を得て令呪を使ってもよいなどと考えたあー!!?
 もうゴール直前だったのに………許さん……今度という今度は絶対に許さんぞォォーー!!
 ファラオの遊興を邪魔立てした償い、どう果たすつもりだ牧師ええ? 弁解次第ではマスターとて命はないと思え」

 丘の上からこの場所に強制転送したと同時にグシャッと船車が何かを轢いた気がするがこの際そんな些事はどうでもいい。
 今のファラオの頭には憤怒しかないのだ。そこそこ楽しかった遊興を最後の最後で水を差された事が勘弁ならない。

「む…それはすまなかった。お前の楽しみの邪魔をするつもりは毛頭なかったのだが危うく殺されそうになってな。
 緊急を要したため令呪の力に頼るしかなかった。お前とて突然現界の依り代を失うのは都合が悪かろう?」
「危うく殺されそうになった…だと? ハン、笑わせるなよ牧師。言い訳はもう少し真実味のあるものを選べ。
 お前が探していたこの国の間諜は普通の人間であろうが。貴様らのような似非人間が手に負えないような相手ではあるまい」
 ジロリとした疑いの眼つきでゲドゥの弁明を鼻で哂ったライダー。しかし牧師はすぐに首を振って否定した。
「いいや殺されそうになったのはソイツらにじゃない。
 運が良いことにその連中は昨夜の虐殺事件について緊急の会合を丁度開いていてな。
 大方情報の共有と今後の方針を話し合っていたのだろうが…とにかくお前を呼ぶ前に夜襲をかけて一網打尽にしたよ。
 女を一人だけ捕逃したがな。私もすぐに後を追わねばならんから愚図愚図はしていられない。なので手短に説明する。
 殺されそうになったのは間諜どもの排除を済ませて宿から出てきた時にいきなり出現したバケモノじみた輩にだ」
「ほう? バケモノとはまた面白い法螺話だな。で、ソイツはいったいどこにいるのだ牧師?」

 そう言ってこれ見よがしに周囲をキョロキョロとしてみせるライダー。
 だが彼の周りには牧師と牧師の部下らしき連中しかいない。バケモノの姿などどこにも見当たらなかった。

「ガーゴイルに似た姿で凄まじいパワーとタフネスとスピードの正体不明の怪物だったんだが────お前が轢き殺した」
「あん? 俺様が轢いた?」
 眉を顰めて一瞬意味が分からないといった感じの表情をしたライダーにゲドゥはもう一度わかりやすく説明した。
「だからお前が轢き殺した。令呪の力でこの場に出現したと同時にお前がそのバケモノを私の目の前で轢き殺してくれたよ。
 その怪物の成れの果てが"ソレ"だ。まあ見事にグシャグシャで原型をまるで留めていないがな」
 牧師の指差す先には確かになにやらボロ布と血の跡と肉の跡のようなよくわからないモノがペースト状なって地面に広がっていた。
「いや見事だなライダー、出現と同時に私の命を狙う怪物を葬ってしまうとは。流石の私もあの瞬間ばかりは唖然としたぞ」
 とりあえず褒められ?て悪い気はしないのかライダーの憤怒の表情がみるみる崩れていく。
「フフフン、まぁファラオたるもの当然の手際よ。俺様にかかれば不届き者は全て死に逝く運命にあるという証明だな!」
 やはりライダーの機嫌が若干回復している。
 このままファラオ様を思考を誘導すべくゲドゥがもう一押しする。
「しかしなんだ、呼んだ時にどこか不機嫌そうだったが……まさかセイバーとの競走に負けたのか?」
「寝言は寝て言え。そして戯言も大概にしておけ。あの勝負は俺様の勝利以外有り得ないに決まっておろうが。
 今頃セイバーの奴も己の敗北に布切れでも噛み締めて悔しがっていることであろうなぁ、ふははははははーーー!」
 ゲドゥの問いかけで己の勝利を思い出したファラオ様。
 勝ちを高笑う姿はさっきの不機嫌がまるで嘘のように実に上機嫌そうであった。

「そうなのか、では私は逃亡者の追跡に専念するぞ。ここで残党を逃しては折角他を全滅させた意味がなくなるからな」
 これでいい。あとは下手に触らず放っておけばじきにライダーはこの件を気にもしなくなるだろう。
 レース結果の話は怪しいところだが仮に負けても自分が勝者だと言い張るのだから好きに言わせておけばいい。
 それで機嫌が良くなるのなら大歓迎だ。ゲドゥはまだ笑っているライダーに女を捕えると告げその場から音もなく立ち去った。



 ───そうして僅かばかりの鬼ごっこを経て、ゲドゥ牧師は当然の結果のように逃げた女間者を追い詰めていた。
 逃走する女目掛けてゲドゥが得物を投擲する。黒鍵が逃亡者の脚を斬り裂く。バランスを崩した女が地面に転倒した。
「ここまでだな女。いや君に責任はない、ただどうしようもなく運が悪かっただけだ」
「あぐっ!! が、はぁはぁはぁ……ッ! お、おぬしら一体何者!?
 その風貌から察するに異人と見たが……まさか志士どもの活動に手を貸す諸外国の手先か!?」
「………?? いいや君の口振りから察するに、恐らく人違いだろう。そのシシというものもなんなのかよく知らない。
 我々は単に我々の存在をこの国のとある連中に知られたくないだけの影だよ」
「な、に……? 我らの仲間を皆殺しにしておいて倒幕派の愚者どもとは何の関わりもないのと言うのか?
 どういうことだ……なんなのだおぬしたちは?!」
「話しはこれでお終いだ。悪いが君にも仲間と同じようにここで死んで貰う。
 ふむ…………だがしかしよくよく観察すれば器量は悪くない女だ。おまけに肉付きもそれなりにいいとみえる。
 ペロリ───どれ息の根を止める前に少々愉しませて貰うか」
「な、何をする気だ貴様! や、やめろこのッ! 服から手を離せ下衆! このやめろー離せ!! 嫌、イヤッ!!」
 破戒僧の眼の色が怪しく光る。抵抗する女を完全に力で組み伏せた。引き裂かれる布の音。 

 そして誰にも届くことのない女の悲鳴が闇の中に消えていった。







──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授!第二十八回


V「気をつけよう、暗い夜道と変態男。しかしASってド変態マスターが多すぎないか?
  ゲドゥ、雨生、間桐、ラメセスと強姦魔と色欲魔しかいないのかこの物語には………」
F「雨生さんは基盤になった人が既に変態でしたし、ゲドゥさんも倒した相手は即レイプップですし、間桐さんもマキリですし…。
  特に牧師さんは倒せる敵が男ばっかりなASじゃ別のとこから用意するしか……。
  倒した男を即ウホホッな外道牧師───なんか破戒僧過ぎて考えるだけで嫌ですね。
  皆さんもレイプップは犯罪なのでしてはいけませんよ! 雨生さんみたいに天誅されますからねー!」
V「さてと、正直今回はあまり語るところがないな……ぶっちゃけ騎馬戦したかっただけだもん!と言えばそれまでだ」
F「本当に嘘偽りなく騎馬戦したかっただけですもんね……折角ヴェイヤンチーフ出した訳ですし」
槍「拙者も生前度々やった単騎駆けを思い出すでござるなぁ。ああ羨ましい限りでござる」
V「まあ本来なら騎馬戦はファイターアーチャー戦の繋ぎというか前座的な役割で一日一話で纏めるぜと意気込んだは良いが……」
F「折角騎馬戦を短めに纏めたのに肝心の闘弓戦が尺取っちゃいましたからねえ」
ア「なんというか、あっちを立てればこっちが立たずね」
V「しかしまあよくよく考えれば昼のパートがあるわけだから結構厳しいということに気付いた。
  鯖の数が減らんと一日一話で纏めるのは無理だな。昼パートは各キャラの性格を描く上でやはり欲しい」

F「ところで先生! ライダーさんが戦車をカンカンやってたんですが! あの人大工さんみたいなことも出来るんですか!?」
V「建築王の工事力を舐めるな! 英雄一トンカチと釘と安全ヘルメットが似合う男だぞ!
  奴にかかれば日曜大工などお茶の子さいさいだから皆も棚とか作ってもらうといい」
槍「棚って……あやつ意外と器用でござるな……」
V「さて話を変えるが、ラメセスが秘奥の"ウセルマアトラー"を使うと後日ああいった光景が強制的に見られることになる。
  なんと言っても"アメン・ラー"以上の最大火力を得る代わりに太陽戦車に多大な負荷がかかる攻撃法だからな。
  修繕してやらないと戦車自体が使い物にならなくなるというデメリットも存在するから使用には注意したいところだ」
F「色々と大変なんですね、宝具が壊れちゃうと」
V「大変と言うがなフラット、ラメセスや鍛冶スキルを持つシグルドのように外的処置で修繕できる技能を持つ英霊はまだマシだ。
  アーチャーの魔城のように純粋に時間と魔力をかけて修復作業をしなければならない奴が大部分なんだぞ」
槍「拙者の名槍も折れたら治せな────いや蜻蛉切の場合粉々にならん限り柄を短く改造すれば何とか復帰させられるか」
V「しかしそれでは蜻蛉切本来の強みが死んでしまう」
槍「そこなんでござるよ。やはり宝具は壊れぬのが一番であるぞ。それでは皆の者また次回!」
V「あ、私の台詞が………ランサー後で職員室に来い」
槍「え────!?」