──────Archers Side──────

 これは現在時刻から時を数時間ばかり遡った時に起きた出来事。
 ライダーがキャスターたちの魔術工房へ攻め込むよりも前。
 さらに言えばセイバーたちが間桐邸に乗り込んでくるよりも前の話である。


「燕二よ、おるか?」
 間桐家を支配する最強の陰気爺が尋ねてきたのはお馴染みの絶賛する程は美味くない朝食を済ませ、その腹休みしていた頃だ。
 出迎えるのは物凄く嫌だが出迎える以外の選択肢は用意されていないのだから出るしかない。彼は渋々ドアを開けた。
「なんだよ爺さん? 聖杯の器の件なら言った通りだ。好意は感謝するけどマスターの俺に管理する権利がある筈───」
「馬鹿者そんな話ではないわ。まさかとは思っておったがやはり気付いておらなんだか」
 開口一番なぜか臓碩は呆れていた。いかにもやれやれといった風な態度で燕二を見上げている。
「気付いてないって……なにが?」
「この邸のすぐ傍にな、いつの間にやら妙なモノが出現している……と言ったらなんとなく察しが付くか?」
 祖父のジトリとした眼付きに僅かに怯む。警戒とそれに気付かぬ事への非難が混じり合った視線。
「まさか………敵マスターか?」
 それ以外には考えられない。どこの誰だかは知らないがソイツはこちらに悟られぬよう間桐邸の傍まで接近しソレを仕掛けたのだ。
 恐らくこちらの動向を探る為か、または罠そのものなのか……とにかく一度調べる必要がある。
「爺、それは今どこにある?」
「結界の境界に掛かるか掛からぬかのギリギリの位置にある。おかげで儂も暫らくの間は異常に気付かなかった始末よ」
「なんだよ爺さんにわからずに俺に気付ける筈がないだろ、とにかく要するにソレがなんなのかを調べてこればいいわけだ?」
 うむ。と肯く老骨は用件を伝え終えるとさっさとどこかへ消えてしまった。
 さて自分達もさっさとブツの確認に行くとしよう。おっと、念の為に聖杯の器を持っていくのを忘れない。

 ……はてさて、早速現場に来てはみたのだが………。

「なんじゃこりゃ?」
「わからん」
 二人の第一声はまず困惑からだった。
 まさしくアーチャーの言葉通りなんじゃこりゃな代物がそこには鎮座している。
「しっかしなんともまあ趣味の悪い石像じゃのぅ。全裸の仮面男の石像なんぞ誰が喜ぶというのか。
 やはり石像ならやっぱ裸婦の石像に限るわなあ美女ならなお好し。マスター貴様もそう思うじゃろ?」
「やかましい。そんなもんどうでもいいんだよ。お前と違って別に俺は女に不自由はしてないからな」
「なんじゃとぅ?! ワシだってなあ──」
「それよりもだ! アーチャー、お前ならコレが宝具なのかどうかぐらいわかるだろ?」
 つまらぬ話になる前に燕二はアーチャーをぴしゃりと黙らせて検証を開始した。
 まだ石像には触れない。まずは観察からだ。
「ぬぅ……おのれ後で覚えておれよ小童め………。
 そうじゃなぁ見た感じだと…………………宝具っぽくは無いぞ? 宝具にしては魔力を全く感じんし」
「やっぱりか。宝具ならどんなに低ランクだろうとそれだと判る強い魔力が篭っているだろうしな」
 アーチャーの鑑定からとりあえず宝具ではないと仮定し、次のステップへ移る事にした。
「となると残るはマスターが置いて行った代物か、あるいは触れたりした瞬間発動するトラップ類か」
 とにかく手ぶらではどうにもならないと判断した燕二は懐から取り出した紙にスラスラと謎の名詞を書き並べアーチャーに渡した。
 ちなみに燕二が持つ筆は墨やインク無しで字が書ける彼愛用の魔術品である。
「オマエ爺に言ってこの紙に書いてある魔術品を借りて来い」
「何でワシがそんな使い走りみたいな真似をせにゃならんのじゃ?」
「だったらお前がこれを詳しく調べられるのか?」
 俺はどっちでもいいが?と迫るとパシるのが嫌っぽい我侭男は降参したようでぶつくさ言いながらも洋館内に消えていった。

 ────数分後。
 普通人では持てそうにない山のような大荷物を抱えて戻ってきた弓兵はふてぶてしい表情でこう言うことかと文句を垂れていた。


「……………ん~特に罠でもねえな。触っても何も起こらないし反応もない……本当になんだこりゃ?」
 大仰な魔道機器類の力を余す事なく使った検査の結論は──謎の物体の一言で済んでしまった。
「英霊様を顎で扱き使っておきながら結論がそれとは貴様ワシを舐めちょるのか?」
「しようがないだろが判らないものは判らん。というよりも危険物ではない事だけは判明した」
 とりあえず間桐家伝来の魔術品の数々を存分に使って調べた結果がこれだった。
 魔術品の精度自体は爺が直接作成している品もあるのである程度信頼していい筈だ。
「ならいいではないか」
「いいわけないだろ間抜け。考えてもみろ? 宝具でもない罠類でもないものを敵の足元に置いておく理由がない」
「不発だったのかもしれんぞ?」
 考え込む。確かに可能性としては考えられなくはないが英霊やマスターになる程の力量を持った者の技だ、確立としては低い。
 とそのとき、ふと視界の隅に妙なものを捉えた。
「ん────魔力の、残滓……?」
 それは注意深く見るとナメクジが這った後のように魔力の通過した形跡を薄っすら示す道筋だった。
 道は山中へ向かう方角へと伸びている。
「ハ────なるほどねえ。この安っぽい石像はこの痕跡を隠すためのフェイクか」
 燕二はニヤリと、まるでトリック見破った探偵みたいな笑みを浮かべた。
 きっと何者かはこの魔力痕跡を隠したかったのだ。だから敢えて目立つ石像を少し離れた場所に置きこちらの注意を逸らそうとした。
 しかしここで想定外の誤算が発生する。それは、間桐燕二がお前たちの想像以上に有能だったということだ!
「アーチャー行くぞお前も来い。今からこいつを仕掛けた奴が残した魔力の跡を追跡する。
 何者かは知らんが家の近くで魔力垂れ流す必要がある事をやってたのは間違いない。
 これを辿って行けば恐らく敵の手掛かりに辿り着く筈さ………っとその前にアーチャー俺は忘れ物があるから少し待ってろ」
 忘れ物だと言い残して邸に何かを取りに戻った燕二を待つこと五分。準備万端といった様子の男が戻ってきた。
「なんじゃ忘れもんとは?」
「なに単なる用心と護身のためのものさ」
「はあ……用心?」
 そうして彼らは残留臭を追跡する警察犬のように迷いなくその痕跡魔力の追尾を開始した。

 ─────それが彼らを誘う誘蛾灯であるとも知らずに。



       ◇      ◇


 そして……時間軸は現在へと至る。
 彼らの追跡は開始から既に数時間が経過していた。
 魔力痕跡が方角通り山中へと入っていたのが枷となったのだ。山中の魔力追跡は想像以上に困難を極めた。
 霊脈が近い事もあり周囲はマナには事欠かない。おかげ痕跡がより強い気配を放つマナに紛れてしまうのだ。
 しかしそんな状況下でも不屈ならぬ卑屈の間桐スピリットでねちっこい追尾を続けた燕二達は賞賛するに値する。
 その甲斐もあってついに彼らは終着駅まで辿り着いたのだから。

「ふい~ようやくゴールに辿り着いたわい、疲れた疲れた」
「お前は霊体だから楽だろうが、それは生身の俺の台詞だ。
 さてと………魔力の痕跡は此処で終わってる。ん? 隠匿の結界が張ってある──目的の物はこの中か」
 燕二は喜び勇んで結界を通過する。苦労して山登りしたからには相応の報酬が欲しいところだと思いながら。
 だが苦くもそんな彼らの努力は粉々に粉砕されることになった。
 間桐のねちっこさをさらに凌駕するしつこさを兼ね備えた戦術家が仕掛けたものならば当然とも言えたが。

「バカな───これ…………同じ、物……?」

 呆然とする間桐の前には確実にどこかで見覚えのある仮面男の石像が……。
「なんか嫌な予感がしてきおった……」
 激しく混乱する頭を冷静に稼動するよう努力しながら一通り調べてはみたが、やはり結論は変わらなかった。
 間桐邸の傍にあった用途不明のオブジェと完全に同じものである。
「駄目だ………完璧に同じ物だ……発する魔力の強さまで同じだ……なにがどうなってるんだよ………?」
「あっちゃあ~こりゃいかんわい。マスターすぐにこの場所から撤退した方がいい」
「お、オイ! 離れるって?」
 思わぬ事態の直面に困惑する主人とは対照的にアーチャーの方は終始冷静だった。
 この程度の化かし合いなら生前たんまりやっている。狙いは不明だがとりあえず全部含めて罠だったというのはほぼ間違いない。
 となればいつまでもこんな所に留まっていてはどんな危険が振りかかるかわかったものじゃない。
 兎にも角にもまずはこの危険地帯から離れようとして、しかしそう都合良くはいかない事を思い知った。

 ソイツは彼らに逃げる暇すら与えずにまるで異星人のような唐突さで空から襲来してきた。

「あ~あ~一足遅かったか。なるほどこりゃそういう罠かい」
 気だるそうなアーチャーと狼狽する間桐。
 東の空にポツンと見える影から自己主張の激しい魔力反応がこちらへと急速に接近していた。
 まるで計ったかのようなタイミング的に考えてこの罠を張った奴で間違いないとみていいだろう。
「な、なんなんだよこの尋常じゃない魔力は!!?」
「ま、要は敵との遭遇じゃな。おら燕二! シャキっとせんかい!
 相手は殺る気満々じゃぞ、こちらも『金亀神城(コローア)』を出すぞ! 螺旋の神城よ出陣じゃあ!」
「あ!? ちょ待てまだ準備が────フオオオオオオオ!」







──────Sabers Side──────

 少女の口から最初に漏れた感想は呆れた、だった。
「絶対おかしいわ。実はアンタ裏でわたしに黙ってなんかしてるんじゃないでしょうね?
 例えば誰かと手を組んでわたしを貶めようとか。いやむしろその方がまだ納得がいくわ。これ確率的にありえない」
「バカ言うなアヤカ。騎士は誓ってそんな卑劣な真似はしない。天とデュランダルの指し示す方角にこそ求めるものは在るんだ!」
 ホレ言った通りじゃないかと得意満面な騎士と狐や狸にでも化かされてるんじゃないかと半信半疑な少女。
 まあ皆様方ももうおわかりだろう。そのとおりご名答、正解でございます。

 にわかには信じられない話だが棒倒し占いの指した先に─────本当に探し物が居た……。

 まだ視認こそしていないが彼らは魔術師とサーヴァント。常人の眼には視えないモノ(魔力)を正確に捉える事が出来る。
 彼らがいる位置から少し先の場所で戦いが現在進行形で繰り広げられているのが明確に感じ取れた。
「宝具でも使用してるのかしら?」
 疑問よりも先に脚が前へ進む。これ以上近付く気ならセイバーは霊体に戻しておいた方が都合が良いので馬から降りる。
「ヴェイヤンチーフは此処で大人しく待ってるんだぞ?」
 ここまで運んでくれた英馬にそう申し付けるとセイバーはそのまま霊体となった。
 さて、ここからはなるだけ気配を殺して近付くことにしよう。
 草木が鬱蒼と生い茂る原生林のような山中は兎角視界が悪い。前方など25m先も確認できないし空は折り重なる枝葉で見えない。
 足元も歩き易いとは到底言えず転倒による怪我も十分有り得た。だからこそ細心の注意を払いつつ反応の発信源へと近付いてゆく。
 ズズン。先ほどからどこからともなく振動音が聞こえてくる。土砂崩れでも起きているのだろうか。ズズーン。
 そうしてしばらく歩を進めていくと二人は視界が他よりも多少拓いた場所に出た。ここいら一帯を見下ろせる小高い丘だ。
 目指す目的地はまだ先である。ズズン。だが彼らはそこで目撃してしまった。ズズズズン。

 ───この地鳴りの正体と原因を。

「あ────」

 光の巨人VS宇宙怪獣の如き超規模で繰り広げられる一大決戦の一部始終を────!!



          ◇              ◇


 まず判別が付くのはこの戦闘は彼らの本命たるターゲットが行なっていたということだ。
 あの憎影は絶対に忘れはしない。眠りに沈む冬木の町を血に染め上げたあの忌まわしき惨劇を引き起こした悪魔の巨城。
 少女と騎士が見据える先にはこんな山奥には場違いな程に巨大かつ時代錯誤なアーチャーの神城が堂々と聳え立っていた。
 観る者を圧倒する迫力はあの悪夢の夜と変わらない。古の神秘によって裏打ちされた無敵とも言える頑強さは今も健在である。
 ギリギリギリと、肉も骨も無い姿でありながら透明の騎士から歯軋りする音と拳を硬く握り締める音がする。
「──ついに、ついに見つけたぞアーチャー、ルゼリウフの仇……ッ!!」
 騎士にとってこの再会は砂漠を求め歩いてようやくオアシスを見つけたのと同じだ。待ち焦がれ、焦げついてもなお探し続けた仇。
 セイバーは荒馬のように鼻息が荒くなっている。すぐにでも嗜めなければこの騎士は次の瞬間にでも突貫しかねない。
「─────────」
 しかしそんな緊迫した状況下であるにも拘らず綾香はセイバーに言葉をかける事すら忘れていた。
 目が釘付けになって離れない。放心のあまり言葉を発するのさえ忘れた。胸に滾っていた怒りはとっくに恐怖に変わっている。
 目の前で繰り広げられている戦闘の異常性に逸早く気付いてしまったが故に……。
 忘れるなかれ。この戦いは光の巨人と宇宙怪獣の戦いなのだ。怪獣がいる以上はもう片方がいるのは当然の道理。
 そう魔城が怪獣を担当するのなら光の巨人を担当するのは………。
 もはや地震だと断言していい規模の震動が大地を激しく揺する。足場が悪いのが災いして地揺れで転倒しそうになる綾香。
 それは古城の壮大さと比べればまるで虫のように小さな存在が引き起こした現象だった。
 強烈な光を纏った何かが魔城に対し一直線に体当たりを喰らわせた。
 滑稽すぎて哂いそうになる。大きさがまるで違う。虫が人間に体当たりしているようなものなのだ。そんなものが通じる訳がない。
 なのに。なのにだ。魔城と光物体の激突は大地に衝撃となって伝動し地を揺るがせていた。あまつさえ巨城に損害すら与えている。
 空飛ぶナニかは鳥以上に滑らかに、そして雄々しく大空を駆け巡る。
 神城からは無数の鏃がバルカン砲のようにばら撒かれているがまるで当たる気配が無い。機動力に差が有り過ぎるせいだ。
 飛空物体は∞の軌道を描きながら矢を回避する。
 そして────激しい光を纏いながら強烈な体当たりを繰り返すナニか。
 いやナニかなんて言い方は止めよう。もう認めるべきだ。判ってた。一目見た瞬間から少女はソレの正体を認識していたのだから。
「ライ、ダー………ッ!!」
 綾香にとってはアーチャー以上に忘れもしない怨敵だ。祖父を殺し、彼女を殺そうとし、そしてランサーをも殺した倒すべき敵。
「───え? 今アーチャーと戦っているのは……まさかライダーか!?」
 セイバーはアーチャーのことしか眼中になかったのだろう。綾香の独り言に驚いていた。
 そしてもう一方が卑劣な手段で聖騎士の姫君から聖杯の器を奪ったばかりか命までも奪い去った討ち取るべき仇。
 なんて皮肉だろう。彼らにとって最も倒すべき敵同士が戦っている。しかも戦いを怪獣戦争の演目に変更してしまう千両役者達だ。
 馬鹿馬鹿しい位連中の攻撃規模がまるでこちらと噛み合っていない。だがそんな事情などお構い無しに怪獣たちの戦争は続いていた。
 反撃の狼煙か神城より天空へ向けてついに滅びの魔矢が放たれる。弓兵が宝具を発動させたのだ。
 数瞬後に到来する死の豪雨をいつか目にしたせいか相手はこちらに気付いてないと内心理解していながらも反射的に身構える。
 馬鹿げている。大地に容赦なく降り注ぐ流星雨。
 時雨が生物に恵みを与えるものならばこの雨は生物に滅びを与える死雨だ。本気で馬鹿げてる。
 無差別にばら撒かれる大量の死を回避するのは容易ではない。だが騎兵は一向に臆した風もなく高笑いと共に魔城へ突貫する。
 馬鹿げてた。あれは冗談なのか? もしも仮にいや万が一にもの話だがアレが本当なのなら……心底馬鹿げてる。
 ああもう────なにが馬鹿げているかって。

「あれ……一体どうなってんのよ───?!!」 


 ライダーは先ほどからずっと連続して宝具を解放していたのだ────。







──────Archers Side──────

 ─────はっきり言って冗談ではなかった。
 アーチャーは砕きかねん程強く歯軋りして敵を睨め付ける。そして同時に心底自分の判断が正しかったと痛感していた。
 螺旋城の英雄が戦乱の積み重ねで築き上げてきた危機察知能力は中々大したものだったらしい。
 城内に間桐燕二の姿はない。ライダーの最初の一発で神城の王はマスターが居ては邪魔になると早々に決断を下した。

 "オイマスター貴様邪魔じゃ、そこの部屋からとっとと城外に脱出せい!"
 "はぁ!? おま! こんな時にふざけてる場合かっ!"
 "ふざけとるのはおぬしじゃこのスットコドッコイ! 状況見極めんか貴様に城に居座られてちゃワシら共倒れするじゃろうが!"
 "と、共倒れだと!? うわあああああああああああああー!? なななんだなんだ!?!?"
 "痛っつおんのれ~……随分と派手な宝具を保有しとるなライダーの奴め。おまけに破壊力の割に燃費まで良いのかクソッタレ!"
 "げ! ま、また来たぞ!? アイツどうなって───ってウオオオオオオオオオオオ! 落ちる落ちる死ぬ!"
 "じゃからさっさと脱出せいと言うたんじゃい! これからさらに激しい宝具合戦になるぞ、しかもあっちの方が手数が多い!"
 "ライダークラスはアーチャークラスと同じで宝具が強力なのが多いって話だけどこんなんアリかよ!!?"
 "あの様子じゃ何発撃ってくるか見当も付かんわ。まともに付き合えばこっちが先に息切れ起こすのは目に見えとる。じゃから…"
 "だから俺が逃げる切るまでの時間を稼ぐってわけか?!"
 "応。適当に凌いで適当に逃げ出す。じゃがその段階で貴様が此処に居ったら今度はワシが逃げられんようになる"
 "そういう事なら俺は先に脱出するが……適当なタイミングで切り上げろよ。っと聖杯の器はどうするか魔城から離れるんなら──"
 "聖杯の器は宝物庫に入れとけ! 場合によっては盾にして交渉材料に利用できる"
 "わかったいいだろう。だがまかり間違っても聖杯の器を奪われるなんて失態は許さないからな! 死んでも死守しろ!"
 "いちいちマスターに言われんでもわかっとるわい! さっさと行けい!"

 そんなやり取りの後燕二は『金亀神城』から脱出した。今頃は山を下りている最中になるだろう。
 そしてそれは正解だったと断言できる。

      アメン・ラー
「────太光煌く王の神判──────!!!!!」


 四度目の宝具を解放したライダーが真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。図体が規格外にデカイ神城では直撃は間逃れない。
 堅固にして頑強と謳われたコローアの城壁が悲鳴をあげている。即座に城壁の強度補強を図る。補強で済むならまだいい。
 もし城壁が破壊されてしまえば復元するのに時間が必要になる。キャスターによって分解された城壁の復元も数日を要した。
 未だに城壁が一枚も粉砕されてないのが奇跡的としか言いようがない。そんな感想が浮んでくるほどあのライダーは非常識だった。
 まず宝具を解放した回数が多過ぎる。このレベルの威力を誇る宝具ならどんなに低く見積もっても対軍Bランク以上はあるだろう。
 そんなものを連続して四度も放った段階でライダーの異常性は克明になっている。
 普通ならガス欠通り越して魔力切れで消滅していてもおかしくないだけの魔力を動員がされている。
 にも拘らずライダーは健在だ。舐めたことにライダーが全然ピンピンしているっぽいのが理解不能だ。
 本来ならばこの魔城に回避など無用である。神によって力を授けられた最強の鉄壁の前には如何な攻撃も通用しない。
 それがかつてのアン・ズオン・ウォンの認識だった。しかし今、その考えが城砦と共に激しく揺さぶられている。
 可能ならば回避したい。防壁の負担を軽減したい。……まったくなんという無様さだろうか。
 誰よりもその防御力を自負していた英霊がよりにもよって己の土俵から逃げ去ろうとするとは。
 だがしかし。だがしかしだ……。

 この奥から込み上げる熱は───────だた面白い!と溢れんばかりに叫んでいた。

「は、はは、ガーーーハハハハハハハ!! 上等じゃわいクソッタレが! 守性の英雄の本領を魅せてくれるわーーッ!!!」
 笑いは自然に湧き上がった。向こうが攻撃に特化しているのならこちらは防御に特化している。
 そんな対決はまだ経験が無い。興味と戦闘本能が攻と守どちらが優れたものなのか甲乙つけろと彼らを突き動かす。
 弩の砲台に陣取り的に狙いを定める。空を縦横無尽に飛び回る的を射抜くのがどれほど難しいことか弓兵ならば深く心得ている。
 だから端っから狙わない。巨大な弩が撃つ矢はそれこそバルカン砲だ。通常の弓矢と違って射抜く必要はなく掠めるだけで十分だ。
 それになによりこの巨大弩はそれこそ無限に弾が装填されている魔法の砲塔とも呼べる代物だ。
 どれだけ射とうが砦からの弾幕が薄れることは無い!
 無遠慮にばら撒かれる矢弾。流行の環境汚染など知ったことかよと大量の矢が騎兵の戦車に殺到する。
 だが苦もなく回避した。まるで闘牛士。ヒラリと軽やかな動作で船車は迫る矢を避けまくる。
 避けられた矢は全弾山林へと飲み込まれ木々を破壊した。
 倒壊する山林の轟きは冬木の人達の不安を煽る事だろう。きっと一連の不吉な事件の延長のものだと。
 轟音は地鳴りとなりついに地揺れとなって決戦の激しさを物語っている。
 そんな町人の不安など眼中にない攻と守の英霊の戦いはさらに苛烈化し、さながら怪獣大決戦めいてくるのだった。




───────Interlude ───────

 はぁはぁはぁはぁ……!
 アーチャーより一足先に城砦から脱出した燕二は吐息を弾ませて山を駆け下りているところだった。
 城主を確実に脱出させる為なのか、砦の脱出口を利用するとどういう魔術か城から少し距離が離れた地点に瞬間転移する。
 幸い周囲に目撃者はいない。しかしそれでも怪物どもの戦闘圏内でぐずぐずするのは命に関わる。
 間桐は直ちにその場から離れた。
 山中を駆け抜ける一影。冬季は日中が短い事もありもう陽が傾き始めていた。なるだけ速度を稼ぐべく身体に魔術をかける。
 肉体が軽くなる……が、体重0kgにはならない。動物には適度に重量がある方が感覚的に都合がいい。
 軽量化された体を器用に操り獣道以外はまともに道がないような原生林を疾駆……いや跳躍しながら進む。
 枝を飛び移り地を跳ねるように駆ける姿はまるで猿。この分なら間桐邸まで戻るのにそう時間は掛かるまいと燕二は思っていた。

 ──しかしズキリと。その予想を大きく裏切るように。
 彼の体に刻み込まれた聖痕が痛みを音色に不吉の警鐘を鳴り響かせた────。

 燕二は加速がついた身体を強引に急停止させる。未手入れの雑草を蹴散らしてようやく両脚の前進が止まった。
 ここは危険だ、知らぬ間に猛獣の巣に迷い込んでしまったような不吉な気配が漂っている。
 何があってもいいよう魔術回路を全て叩き起こし臨戦態勢に入る。文字通り猛獣が出ようものなら即殺せる準備を整えた。
 そしてここいら一帯に向かって探査用魔術を使う。魔力の糸が四方八方に伸び周囲一帯に潜むモノを捉えた。
「誰だ、出て来い! いるのは既に分かってるぞ」
 ドスを利かせた強めの語調で正体不明の誰かを威圧する。
 すると威圧に圧された訳ではないだろうが黒衣の僧服を着た厳めしい顔をした男が幽鬼みたく燕二の前に姿を晒した。
「やれやれまさかドンピシャリとはな。今日のアレの戦略眼はあまりに冴え過ぎだ。明日以降に反動が無ければ良いが……」
 間桐燕二を前に僧衣の男──ゲドゥはなにやら良く判らない独り言を呟いている。
 あまりにも不信感一杯だが取り合えず燕二は相手の出方を探るべく適当な言葉を投げかけてみた。
「オマエ………聖堂教会の代行者、だろ? いつぞや見かけた気はしたがまさか本当に代行者が冬木に潜り込んでたとはね、何の用だ?」
「───────。 そう言うおまえはこの地に根付く魔術師の一門マトウの魔術師だな?」
 幽鬼は応えない。逆にじっとりとした視線で問い質してくる。
 その声に燕二は思わず首筋に寒気を覚えた。あれじゃまるで死霊の声だ。
 生の熱を一切感じ取らせぬ機械仕掛けの冷えた音声の死霊。それが間桐燕二が抱いたゲドゥという代行者の第一印象だった。
「チッ、その代行者が間桐家に一体何の用だ? 自殺志願なら日を改めろよ。オマエなんかに付き合ってやるほど俺は暇じゃないんだ」
 苛立たしさを隠しもせずに突き放した言い方をしてやると事もあろうに、ふ…フフ。と忍笑いを堪える様な音を洩らしやがった。
「テメエ、なにがおかしい?!!」
「いやなに偶然だろうが己の幸……いやこの場合はヤツの幸運か、を喜ばしく感じていただけだ」
 間桐は完全に置いてけぼりだった。牧師が一人で喋って一人で納得しているような状態だ。その分間桐の不快感は半端ではない。
 意味不明の言葉を並べ続ける僧衣野郎に業を煮やしたのか、燕二は敵剥き出しで怒鳴り付けようと口を開き───。

「─────聖杯について、何か知っているな?」

 致命的にナニかが変わっている事に気が付いた。
「────ッ!?」
 相手の迫力に気圧されて無意識の内に口を噤んでいた。
 妙な直感がある。下手な事を喋れば眼前の幽鬼は容赦なく弁明の余地なく問答無用で襲い掛かってくると。
 おまけに"聖杯"というキーワードが危険過ぎた。現在の燕二にとって身に覚えが有りすぎる切っても切り離せない話題だ。
 知恵を絞る時間など相手は与えてはくれない。牧師は畳み込む様に同じ質問を投げつけてくる。奴の瞳には全然感情がない。
 ただ、喋らねば殺す。虚偽でも殺す。隠し立てしても力尽くで吐かせる。と死霊の目から無言のプレッシャーだけが放たれている。
「ちっ、令呪が反応した時点でまさかとは思ってたがよりにもよってオマエみたいなのがどうやってマスターに……」
 この時期で聖杯の話なんてサーヴァントを従えたマスター以外の者の口からはまず出まい。
 そんなものを知りたがる理由などマスターである以外に考えられない。
 だが、代行者の問いの真意は燕二の想像していたものの完全な外側にあるものだった。
「貴様なら外部の者よりもこの聖杯戦争について詳しく知っている筈だ。質問に答えろ、この戦いに出現する聖杯はあの聖杯か?」
「………は?」
 ゲドゥの思わぬ言葉に燕二はつい唖然としてしまった。
 ……事情はわからないがまさかこいつ、聖杯の器の在処を聞いてる訳じゃない……?
「お前はこの聖杯戦争を始めた魔術師の中核を担った一族の人間だろう? ならば聖杯の正体を知っている筈だ。あれは基督の杯か?」
「─────」
 どうやら完全に予想が正解していたようだ。この代行者はどういう理由か聖杯の器の在処ではなく正体を知りたがっているらしい。
 それは燕二にとってはある意味好機と呼べた。
 代行者はこちらの器を存在を知ってた訳じゃない。手札を隠し通して誤魔化すなら話に乗った方がいい。と判断する。
「……確かに我が間桐家はこの聖杯戦争を始めた"始まりの御三家"の一角だ。お前の言う通り聖杯の正体がなんなのかも知っている」
 相手の反応を観察しながら勿体ぶる様にたっぷりと間を使って話し始めた。
「結構、ならばさっさと教えて貰おうか」
「待てよ、こっちには教えてやる義理も無ければ義務も無い。俺がそれを素直に教えたらオマエなんかしてくれるのかよ?」
 上手な駆け引きのやり方なら糞爺を手本に学んでいた。燕二にとって無価値な情報でもあちらに価値のあるのなら取引材料になる。
「そうだな、ではこうしよう。もしそちらが素直に話すのなら私からは手を出さないで……いや此処から身を引くという条件でどうだ?
 無論そちらから仕掛けてきた場合話は別だが。先に背を向けるのはこちらからだ。もし不信な動きがあれば攻撃すればいい」
「………………いいだろう。俺も今は戦闘は控えたいと思っていたところだ、そういう条件なら教えてやる」
 僅かだけ考える素振り見せ燕二は肯いた。しかし内心では牧師の出した条件の良さにニタリとほくそ笑んでいた。
 あまりに素晴らしい条件でつい哂ってしまう。本当に素晴らしい、そして最高に愚かしい条件を出す馬鹿だ。
 当然のように燕二は約束を守る気など微塵も無い。そればかりか牧師が背を見せたら不意を突いて殺す気満々ですらある。
 反骨精神溢れる逞しいマキリの血筋は弱者と愚者に恵んでやる情けない。
「さてじゃあ話すがその前にお前ちょっと後ろを向いて距離を開けろ。喋った直後に殺されちゃかなわないからな」
「いいだろう…………………………このくらい離れればいいか?」
「よしそこでいい。その場から動くなよ。まず聖杯の正体だが、これはお前らの言ってる基督教の聖なる杯とは完全に別物だ」
「………やはり別物か。ではこの聖杯はなんなんだ?」
 魔力の発露を可能な限り抑えて攻撃待機。まだ攻撃しない。聖杯戦争の来歴と表向きの概要を坦々と語る。
「この聖杯の原型はな神話時代、ユートピアのあらゆる願望を叶えるとされた魔法の釜だ」
 じりじりと攻撃の機会を推し量る。代行者は熱心に話に聴き入っているのか無防備なまでに隙だらけだった。
 確信した、完璧に殺れる……!
「そして聖杯戦争とは、その万能の釜を再現する為に───六騎六魔を狩り尽くすバトルロワイヤルなのさッ!!」
 叫ぶと同時に燕二が攻撃態勢に切り替える。待機していた術式が一気に解凍され腐った毒性の液体が燕二の掌に滲み出た。
 牧師は未だこちらに無防備な背中を晒したまま。毒液の魔術攻撃が自分の背中を腐らせる事になるとは夢にも思っていない。
 そう牧師は夢にも思っていない。

「そうか必要十分な情報だ、もういいぞミリル」

 殺されるのは燕二の方であるとその男は最初っから承知していたのだから。

 ──ヒュン。っと。
 黒い死神と共に天井から降り落ちるギロチンを燕二は見た。
「─────え?」
 ドスドス!!っと鈍い刺突音が間抜けな魔術師の断末魔を綺麗に断ち切った。
「……ぁが………ぉ…!」
 最期の悲鳴すら上げさせない見事な一刀。刃は間桐燕二の心の臓を見事に貫いていた。
 誰が診ても即死は間逃れないとわかる。その証拠に間桐はピクピクと弱々しく痙攣を起こすだけだ。
「作戦終了しましたゲドゥ牧師」
 予定通り間桐暗殺を完了したというのに女は無表情のままだった。
 女が無表情のまま心臓から剣を引き抜くと間桐の体が一際激しくビクンと大きな痙攣を起こす。
 そこには奇襲作戦を成功させた喜びも命が無事だったという安堵もない。
 部屋に突如出没した害虫を新聞紙で叩き潰した程度のつまらない感想しかない。
 そしてそれはゲドゥも同じだった。だからといって彼らに真っ当な感情が無いわけではない。
 これは彼らにとって優先すべきは己よりも教会の任務だというのを修羅の訓練で徹底的に叩き込まれているだけの話である。
「ご苦労ミリル。今作戦において最重要の情報も手に入った。この聖杯戦争に現われる聖杯はまったくの贋物だ」
「はい私も聞いていました。今後はどうするんですゲドゥ牧師?」
 間桐燕二から聞き出した情報が真実ならばこの地に降臨するであろう聖杯は彼らが信仰する神の子の血を受けたものではない事になる。
 彼の言動からみても嘘を言っていた様子はない。恐らく願いを叶える魔法の釜の再現という話は本当なのだろう。
 ならばゲドゥ牧師らの聖杯戦争はここで終了したも同然なのだが……。
「やることは変わらんさ。まずはこの件を本国へ報告する必要がある。その後は命令書通り引続き聖杯の否定をせねばならん」
「了解」
 ゲドゥはなんてことはないかのような当然といった平坦な口調で任務続行を宣言した。
 聖杯が贋物だったとしても、それは回収すべき聖遺物から容認してはならない異端に切り替わったにすぎない。
 どのみち彼らが最後まで勝ち残る必要があるのは最初から決まっていたことである。
 話は纏まった。アーチャーをライダーに任せてるとは言えどいつまでもこの場に留まっているわけにはいかない。
 さて、と二人はこの場から撤退しようと踵を返そうとした直後にそれは起きた。
 殺した敵の屍の上で長々話し込んだのがいけなかったのか。
 それともソレは元から生ける屍だったのか。
 まるで暗がりを背後から忍び寄る暗殺者のように、静かに獲物の動向を観察して。


「────生命を啜れ、醜き鎧蟲───!!!!」


 これ以上無い不意を突くタイミングで死体が怨念(呪文)を吐きながら生き返った!
 間桐の和服の袖から這い出てきた縄状のナニカは蛇のように俊敏かつしなやかな動作でカソック姿の女の首筋に喰らい突いた。
「うが───っ!!?」
 それは何本もの肢を持った巨大な害虫(ムカデ)だった。
 人の腕ぐらい余裕で数往復できそうな長い胴体と人指くらいはありそうな長い節足。
 ソイツが女の細首に長く鋭い毒牙を突き立てていた。
 そしてそのまま大蛇が獲物を絞め殺すように、何本もの指で鷲掴みするように、巻きつき絡みつきミリルの身体をきつく締め上げる。
「な、なんだと……?!」
 反射的運動で牧師その場から飛び退いていた。
 ゲドゥが困惑するのは無理もない。確かにミリルの凶器は間桐の心臓を貫いていた。
 いくら魔術師が人から外れた存在であろうとも人体構造は人類と同じだ。呼吸をしなければ死ぬし心臓を潰されても死ぬ。
 それはヒトなら避けられぬ法則だ。だというのに間桐は反撃したばかりか、あろうことにゆらりと立ち上がった。
 リビングデッド───。
 本気でそうとしか思えないような摩訶不思議な光景さである。
「キサマ吸血鬼の眷属だったかッ!!」
 間桐に向けて黒鍵を弾丸の如く投げつける。ゾンビのように動作の遅い間桐では避けられず黒鍵は二発ともきっちり命中した。
 血肉が飛び散り間桐は横転した。狙いは肝臓と脾臓、俗に言う人体急所を怒りのままに撃ち抜いた殺人攻撃。
 奴が人間なら無事で済む道理はない。
 ところがどうにもこの男はまともな人間では無かったらしい。
「ガ────ゴボッ、おほっごホ! き、ヒヒヒ。ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒイヒヒ……!!
 誰、が吸血鬼だぁ? ふざけるな俺を吸血鬼爺と一緒にするなよ。俺は人間サァ! キヘヘ、ゲーヘッヘッヘヘヘッヘヘ!!」
 ゲゲゲと不気味に哂うリビングデッド。一体どういう秘儀秘術を用いれば人間がこんな状態に至れるのか。
 間桐は本来ならば人体が確実に二度は死んでいるだけの攻撃を受けてまだ健在だった。
「ちっ、くたばり損ないめ!」
 百肢の蟲に身動きを封じられた女を救出すべくゲドゥは術者本人へ突進した。
 ゲドゥは歴戦の代行者だ。鎧蟲(がいちゅう)が使い魔の類であるのはとうに看破している。
 そういう場合大抵は術者本体を潰してしまえば命令系統が崩壊し使い魔の活動に深刻な損害を与えるのを知っている。
「───我らは溶解し貪り消化する───ッ!!!」
 詠唱は一節。最短で練り上げる。間桐の掌から再三待機させておいた毒の液体が勢い良く放出された。胃酸のような溶解液。
 蛋白質を分解するには過剰とも思える毒液を前にゲドゥは怯む事無く踏み込んだ。そして左足首を軸に反転。ぶれる黒衣。
 その動きはまるで華麗にディフェンスを抜き去るバスケ選手。一分の無駄もなく、接触もなく、ゲドゥは完璧に毒液を回避し切った。
「くたばれフリークス!」
 そしてメリケンサックのように三本の黒鍵を鉄爪にして………正拳突きをぶち込んでやった!
「──ぎゃん……!!!?」
 何十キロもの肉の塊が時として空を飛ぶ事もある。それがこの時だっただけ。敵は木に激突し大地へと沈んだ。
 会心の一撃にも似た正拳突きの効果は絶大だった。粉砕する胸骨、内臓は損傷した。だがそれだけでは終わらない。
 刃による刺傷は胸を深々と貫き背骨までもを傷付けているのだ。間桐の人体が受けた損傷度は医師会満場一致で致命傷だった。

「────────ギ」
 痛い。痛い痛い。身体が熱い。
 イタイイタイイタイイタイ。燃えるように体が熱い。
 筋肉が痛い、出血が痛い、臓器が痛い、骨が痛い、そして命が痛い。
 イタイイタイイタイイタイ痛い痛い痛い痛い!!
 傷が治らない。当然だ、治療可能な域はとうの昔に置き去りにしてきた。 
 祖父の言葉を思い出す。こうすれば不死になるとあの爺は言ったっけ? だけど痛い。ひたすら痛い。痛みで発狂しそう。
 しかし決して燕二が死ぬことはない。
 なにせ今の彼の肉体には滅ぶべき命(霊体)がないからだ。それは動く屍と変わらない。
 では間桐燕二の魂(命)どこにあるかと言うと………ずばりアーチャーの腹の中であった。

 間桐臓碩はあの日、燕二の霊魂をまず小さな蟲に転移させ、その小蟲をアーチャーに飲み込ませた。
 それからアーチャーの同意の下、令呪を用いて燕二を消化しないよう命令を下す。
 あとは"寄生"の起源を持つ燕二の方で巧く宿主に寄生すればグールモドキの完成である。
 ちなみに燕二の霊魂がアーチャーの腹の蟲から出るのはいつでも出来ると臓碩は言った。ただし二度目の寄生はできないとも。
 蟲から出た霊体は伸ばしたゴムが縮むように元の肉体へと還る。
 しかしその際に戻るべき燕二の肉体が残っていなければ彼は浮遊霊も同然となる。
 だからこそ肉体の損壊は出来るだけ避けろとマキリの翁は孫に助言したのである。

 しかしそれでもこれはあんまりであった。真実拷問だ。楽になる事を許さない地獄で行なわれている類の拷問。
 痛い!痛いイタイ。イタイ痛いイタイイタイ!!イタイイタイイタイイタイ痛い痛い痛い痛い────!!
 あの腐れ爺ふざけやがってなにが無敵だ、なにが不死身だ! これ死んだ方がマシなぐらい痛いじゃねーか糞爺がーー!!
 有り余る痛みが憎しみに変わる。憎悪が起爆剤となり屍となった肉体を再び起動させる!
 
「ご、ぎゃぇえアアアーーー!!! て、てめぇら後で覚えていやがれよォォォ!!!」
「なるほど、私の考えが甘かったか。どうやら頭を粉微塵にせんと殺し切れんとみえる!」
 絶叫を上げ、激痛を憎悪に変え、怒りを起爆剤にしてリビングデッドは何度でも立ち上がる。
 その都度殺人神父は洗礼の牙を剥く。
 驚愕はまだ終わらない。まず最初の異変は女に表れた。
「あ、あ、ああああああ────!!!!?」
 ミリルがらしくない位に絶叫している。
 苦痛に耐えるという意味ではかなりの耐久性を持っている筈の彼女が苦痛に耐え切れずに叫んでいた。
 チュウチュウとトマトジュースを美味しそうに啜る魔物。どこまでも悪い夢を見ているようだった。
 しわしわと、熱過ぎる日差し耐えられなくなった草花が枯れる様に……女が枯れてゆく……!
「あ……ヤ、ァ。い……や……ゲ、ドゥ……」
「ケヘヘヘ、ひゃーひゃはははははは! イイ! いいねえ若い女は好いぜぇ! 味も良けりゃ活力も最っっ高だ!」
 老婆のように枯れてゆく女とは対照的にゾンビ野郎の活力が満ちてゆくのが目に見えて分かった。
 牧師によって体中に開けられた穴がミリルから吸い取ったモノで埋めるように塞がっていく。いつの間にか出血もない始末だ。
 そうして全ての中身を吸い尽くされた女は見るも無惨な醜い老婆に変えられ息絶えた。
「やってくれる……その馬鹿でかい百足は"そういうモノ"か──!」


 ────吸力鎧蟲(インセクトヴァンパイア)。
 間桐燕二が所持する魔術礼装の中で最も完成度が高く、かつ最も戦闘向きであろう自慢の一品。
 大蛇の様な長い胴体と鎧の如き硬い甲殻で覆われた巨大ムカデの形状をした通常の使い魔(蟲)とは系統が異なるゴーレムの一種だ。
 自動活動を備えた使い魔はそれだけで十分脅威として足り得るが、この礼装にはまだ他に固有能力が存在した。
 それが吸命行為。文字通り攻撃した対象の魔力や体力を強奪するこの吸収は恐ろしいほどにマキリ向きの能力だった。
 マキリの魔術は自身に還る。間桐燕二によって生み出された礼装『吸力鎧蟲』は当然その魔術特性を備えている。
 その為『吸力鎧蟲』が攻撃した対象の魔力や体力は全て間桐燕二に還元されるのだ。


「さあ栄養補給は終わったぞ、次はてめえの番だ! 吸力鎧蟲と俺の餌になれ!!」
 ニヤつく表情筋を上手く制御出来ない。用心の為にと邸に取りに戻って大正解だった。おまけに代行者相手にも通用するとは。
 やはり『吸力鎧蟲』はマキリの得意とする魔術である"吸収""戒め""使い魔使役"などの要素で編まれている分効力が抜群に高い。
 流石に二人の代行者を同時に相手して生存するは困難だったがその二人の内一人はとっくに燕二の栄養源となって死んだ。
 つまり礼装『吸力鎧蟲』を持参した彼の判断は自身の命を救う結果に繋がったのわけである。
 この分なら残るあと一人の敵も十分に屠れるだろう。いや秘術の限りを尽くして屠ってみせる。

「───甘き蜜にたかれ蟲どもッ!!」

 一小節で紡がれた詠唱。燕二の五指が幼虫のようにウネウネとのたくる。
 その指の動きに合わせて何処からともなく飼い主の足元に群がってくる肢刃虫。
 なるほどあの百足といい足元のアレらといい奴は蟲使いだったわけか、とゲドゥは無感情に敵の戦力情報を整理し直す。
 戦死したミリルの事は一旦頭の外に放置しておく。兵士ならどのような事情だろうと任務遂行を最優先とせねばならない。
 牛すら喰い尽くす凶牙で武装した虫たちが羽ばたき、食事を終えたムカデが次の獲物を狩るべく再動する。
 放たれた夥しい数のおぞましい魔物があっという間に砂糖(ゲドゥ)に群がった。
 雷刃六閃が轟き、様々な液体やら破片やらがぶちまけられる。
 あっという間の出来事だった。群がった筈の魔蟲達が死に絶えている。

「うおっ!? 化け物かよてめえ……!」
「貴様にだけは言われたくないな、リビングデッド風情が」

 仮に間桐が化け物と呼ぶならば………ゲドゥは悪鬼と形容した方がいいだろう。
 魔術師ですら目視出来ないくらいの攻防。とにかくゲドゥの動きは人間業ではなかった。
 砂糖に群がる蟲達を瞬く間に且つ尽く、その両手の六の細剣で切り伏せやがったのだ。そんなもの人間の動きではないと誰でも判る。
 今の攻防でゲドゥは勝てると判断した。今の攻防で燕二は敵の地力と戦闘経験は己よりも上だと認識した。
 不利なのは燕二。しかし幸いにして燕二は単独行動スキルを備えたアーチャークラスのサーヴァントと契約したマスターだ。
 おかげで魔力の制限に関しては他のマスターとは比べるまでもない程に有利な状態にある。
 力の不利を埋めるのに役立つアドバンテージ。間桐はこの利点を最大限に利用して牧師の実力に肉薄し打倒しなければならない。
 それが出来ねば死ぬだけだ。蟲の弾幕を厚く張る。飛交う凶器。絶対に蟲の数は減らせない。
 格闘技量は代行者が遥かに上なのをその目で確認している。しかし代行者はお構いなしに魔蟲の群を切り伏せてゆく。
 斬殺の剣風を突破出来た勇猛な蟲のみが神父に対して攻撃権を獲得する。だがその数はあまりに少ない。
 牧師の厚い人肉を喰い尽くせるだけの数には全然届いていない。死の壁を突破した蟲が一矢酬いても直ぐ様牧師が叩き落す。
 長年に渡る鍛錬の結晶か、淀みなく容赦なく躊躇なく、殺戮機械的に死骸の山を築き上げる聖なる殺し屋。

「ぬぐ……! ちぃ鬱陶しい!」
 燕二の口から苦言が漏れる。使い魔の魔蟲だけでは奴の勢いは止められない。
 自前の攻撃魔術も併用する必要があるが現在使用可能な魔力が足りない。
 燕二はアーチャーへ供給する魔力を一時的にカット。全魔力を自分の魔術行使の為に動員する。
 打ち込むのは広範囲吸収魔術。媒体は水。

 最大規模の攻撃魔術であの代行者の体力をがっつり奪った後に鎧蟲に骨までしゃぶらせてやる──!

「くたばれ代行者───!!」
 サーヴァントに供給していた魔力を広域吸収魔術に回して燕二全力の魔術が発動する。
 水爆弾のような大玉の水塊を牧師に向かって投げつけた。さらにもう一つの得物を影で操作し完璧な布陣を敷く。
「図に乗るなよ小虫が!!」
 牧師が鋼の大扇が二つ広げられている。片手四本、計八本の剣を扇状に広げ水塊に対して八本全弾同時に叩き付ける。
 八つ剣弾が全て水の大玉にぞぶりと飲み込まれた。水塊は表層が波打っただけで割れも崩れもしない。
 代行者の無様な抵抗に魔術師が嘲笑った。攻撃後ゲドゥが跳躍する。しかしあまりに遅過ぎる回避運動。間に合わない。

 被弾間近のゲドゥが何かを呟いたその直後、水球内の黒鍵が爆裂した……!

 牧師が跳んだ方向とは反対側の方向に水塊の水が噴出する。飛散る一滴の飛沫すらも牧師に被る事はない。再度牧師が呟く。
 するとそればかりか形状を維持したままの三本が再びロケット弾のように水球外に飛び出し対角線上にいた間桐に被弾した。
 噴射によってミサイルじみた勢いで再発射されたのがまずかったのだろう。
 黒鍵で撃ち抜かれた間桐は剣の勢いのまま背後の木に激突しそのまま昆虫の標本のように肩と腕を縫い付けられてしまった。
「───ごばあ!! ぎげあえええええええ!! ぐ痛ぅッ! 貴様剣に何か、仕込んでいやがったな!!? ぬ、抜けんぞ糞が!」
「ふん、魔術師相手に魔術戦をやるなら当然の措置だろ」
 教会御手製簡易術札が役に立った。なんてことはない。単に指向性爆弾を推進剤として水玉の体内で爆発させたようなものだ。
 血を流す主人をお構い無しに血流を啜る鎧蟲がゲドゥに牙を剥く。百足は虫の力か巨体の割には予想以上に速度が出る。
 一度捕まると自力の脱出はまず不可能だとミリルの死で証明されていた。代行者ですら奴に捕縛されない注意が必要だ。
 この魔物と戦うなら近接戦はなるべく避け、中間距離で刺し合うのがベストと判断すると鞘から弾を装填する。
 約二秒程度で魔蟲との距離を25m開き、剣の装填からノーモーションの連続投擲で繋ぐ。
 放たれた多数の細剣は一切無駄がない。百足を問答無用で針鼠に変えてやる。
 だが魔百足は死なない。甲殻という名の堅い鎧に覆われてるせいか当たりが浅い。
 投擲では有効打にはなり難いと判断した牧師は次々に群れ寄って来る肢刃虫も切り裂きつつ距離を詰める。
 先ほどからばたばたと切り伏せている肢刃虫だがこれも油断して良い敵ではない。牛を殺せる攻撃力もさることながら何より数だ。
 数の暴力は絶対に舐められない。何しろ自分達がよく使っている戦法だ。たとえ雑兵でも数を集めれば怪物をも打倒できる。
 さらに追加でもう数本の黒鍵を投げた。投剣は前方の蟲たちを墜しながら射的の的に刺さる矢のように美しく突き立った。
 効いちゃいないとばかりに今度は百足が蛇の俊敏性としてしなやか攻撃動作で歯牙を牧師の太首に突き立てに来る。
「ふっ───ハアッ!!!」
 一拍の呼吸と吐き出される気合。流水を思わせる連続性を持った動作は華麗。紙一重で避けられる魔蟲の毒牙。
 鋭い毒牙が掠めたゲドゥの首筋から少量の血が吹き出す。問題ないこの程度なら致命傷ではない。
 その間半円の絵を描きつつ振り上げられる強靭な右脚。
 振り上げた脚を天に伸ばしたこの体勢は紛れもなく────。
 打ち落とされた踵が害虫の背に突き立つ黒鍵の柄を蹴り抜いた。まるで鎚を使った杭の打ち込みのようだと間桐は思った。
 ズガン───。
 そんな迫力すら伴った牧師の踵落としは吸血鬼の心臓に杭を打ちつけるかのように鎧蟲を大地に完璧に縫い付けてしまった。

「拙い、拙い拙い拙い……ッッ!」
 己の礼装の敗退に伴い焦りが汗となって噴き出す。あの程度で破壊される『吸力鎧蟲』ではないが行動不能となれば話は別だ。
 どれだけもがいても細剣は抜けない。燕二の腕力不足というよりも刺さり方が悪すぎた。
 肩付近と腕を縫い付けられてるせいで手で柄を握って引っこ抜くことも出来ない。本気で拙い状況にただただ足掻く燕二。
 鎧蟲の悲鳴だろうか耳障りな奇怪音が掻き鳴らされている。行動不能になった百足を無視して殺戮牧師が燕二の顔を睨め付けた。
 ゾッとした。悪寒が押し寄せてくる。殺意に燃える双眸に己の死を予感せずにはいられない。死神が動けぬ獲物に歩み寄ってくる。
 そして、ゆっくりとした動作で異端者を裁く処刑の鎌が振りかぶられる。冷たく光る殺意(黒鍵)が冷たい死を連想させる。
「ミリルの返礼がまだだったな。終わりだ、塵蟲──ッッ!」
「ぎ……く、くそぉぉおおおおおおおおおお!!!」
 薙ぎ払われるギロチン。数瞬後に訪れる断頭の未来予想図。
 燕二の断末魔にも似た絶叫が山中に轟いた。

「─────む!!?」

 反応は反射的とすら言えた。
 凶器を振るった腕の筋運動を完全に無視した下半身の筋運動。吐き気を催す嫌な気配から逃れるように脚が退避を優先させる。
 敵の殺害よりも自身の生存を最優先とした本能に救われた。間桐を殺していたら自分も死んでいたという予感が胸に残留する。
 ………歴戦の代行者ゲドゥがそんな錯覚を抱いてしまうレベルの脅威が近くに"いる"。
 ざわざわとした気色の悪い気配。もし億の百足が這い寄ったとしてもここまで酷い気配にはならないだろう。
 燕二が使役していたどの魔蟲よりもおぞましい腐敗した妖気で周囲を包みながら、その怪人は亡霊の如く牧師の前に登場した。

「そこまでにして貰おうかのぅ神父。儂としてもそこの愚孫にはまだ働いて貰わねばならぬのでな」

 第一印象は動くミイラかと思ったがしかしそんな生易しいモノではないと即座に悟る。珍しくゲドゥの背に悪寒が走るのだ。
 この見た目に騙されてはいけない。老人は中身と外見が完全に食い違っていた。一目で人間ではない化け物の類だと理解した。
「じ、爺……? な、なんだってこんな場所に……?」
「いやなに奮戦する孫の手助けを、っと思ってな」
「ぐ……。は、ウソツケよ爺、どうせまたいつもの様に苦戦する俺を哂いにきたんだろうが?」
 妖怪は間桐と知り合いなのか、袴の男の方を向いたまま暢気に会話なぞをしている。
 何の真似かは知らないがそれをチャンスと判断した牧師はその隙だらけな老人の背に十字の細剣を飲み込ませた。
 ぞぶりと沈む黒鍵。なのに妖怪はなんとも感じていないらしい。臓碩は腹に穴が開こうが平然としたまま会話の続きをしていた。
「カッカッカ。相も変わらずお前は可愛げのない孫じゃな。
 そう言うな、儂もお主の此度の働きには期待しておるのだ燕二よ。貴様は儂が思っていた以上に戦果を出しておる。
 このままゆけば聖杯はついに我らの手中に収まるであろう。マキリの宿願の為にもそうそう簡単には敗れて貰う訳にもいかぬのでな」
 まるで全く手応えを得られない己の攻撃に牧師も眉を顰めた。
 お手上げだ。この妖怪爺は間桐よりも殺し難い敵と判断する。ちゃんとした準備もなく相対してはならない妖怪なのは間違いない。
「どうする教会の小僧? 続きをやるなら次はこの儂が相手をしてやることになるが?」
「───────」
 どうもこうもなかった。間桐燕二との戦闘で消耗し過ぎた現装備では臓碩に有効打を入れられるかも怪しいだろう。
 そんな様で戦闘を続行したところでメリットはなにもない。
 それに冬木の聖杯について、本国へ報告を最優先しなければならない背景もあってか代行者の決断は迅速だった。
 ゲドゥ牧師は忌々しげにマキリの蟲どもに一瞥をくれると何も言わず潔く撤退していった。




───────Interlude  out───────

 世界を真紅に染め上げる美しい夕焼けを背景に、大地に根を張る巨大な城塞と天空を自在に駈け廻る戦艦の争いは続いていた。
 冬木に蠢く闇を一時的にでも払っていた偉大なる陽の光はもうじき落ちることだろう。
 再び暗闇の世界が到来する。そんな昼と夜の狭間の時間帯になってようやく両者の戦力は拮抗の兆しを見せ始めていた。

「むぅ……いかんな。ラー(太陽)のパワーが落ちてきている。太陽像から供給される魔力の出力が急低下中……うぅむ……」
 砦より撃ち込まれる砲撃を尽くかわし切りながら少し困ったような調子でライダーは呟いていた。
 彼の宝具『王奉る太陽像(ウシャプティ・オベリスク)』は日中間においてのみ力を発揮する宝具である。
 正午頃が最も太陽像からの転送される魔力の出力が高く、逆に日が暮れ始めれば太陽像より転送する魔力もその出力を落とす。
「このままいけばあと数分もすれば陽が暮れるか。むむむぅ………やはり手加減して遊んだのが拙かったか?」
 マスターが聞いたら馬鹿じゃないのかオマエ?!と罵倒したくなるような台詞を平然と吐くファラオ様。
 どうやら最初にぶちかました宝具数発の威力の出し惜しみと遊興心に駆られ手加減したのが今頃になって仇になってしまったようだ。
 アーチャーの巨大要塞の城壁はいくらか損耗しているとはいえどまだまだ健在である。
 流石にパワーの落ちた今の状態では口惜しいがちょっと全壊してやれそうにない可能性が浮上してきた。
 しかもその城砦はというと。
「オラオラオラララァ!! ええいでかい図体の割にチョロチョロと蚊蜻蛉の様に飛び回りおってからに全っ然っ当たらん!」
 こちらを近付けまい、宝具の解放をさすまい、と巨矢の弾幕を延々と張り続けていた。
 まったくもって驚嘆に値する城弓である。アーチャーの弩は弾切れという言葉を知らないのか一度たりとも射撃の手を止めない。
 矢の威力自体は凡庸といえこれだけ連射が利けば通常兵装としては十分過ぎておつりがきかねないくらいだ。
 一体どういう仕掛けかは不明だがあの魔城はかなり上等のモノ(宝具)であると断言できる。
 避け損なったかチュインと艦の左舷を掠めていく矢弾。だがそれに続く矢の嵐を太陽船は華麗な旋回軌道を描いて回避し切る。
 バス程はあるであろう巨体からはとても想像もつかぬ機敏な運動性である。しかも旋回力の凄いがなにより速い。
「ほう? 俺様相手に掠るとは思った以上にやるな弓兵風情。貴様如きには勿体無い上等な砦だ、俺様が貰ってやるぞ?」
「誰が貴様なんぞにくれてやるかこの盗人英霊が!」
「なぁ……!? だ、だ……! 誰が盗人英霊かーーーー!!!?」
「貴様じゃ貴様! ワシの城にまで目をつけるとは図々しいにも程があるわい! 神すら腰抜かす暴挙じゃぞ! 度阿呆!」
 互いを口汚く罵り合いながら戦いは激しさの一途を辿ってゆく。
 天の御使いを撃墜しようとするアーチャーと、地に君臨する悪魔を陥落しようとするライダー。
 天空に打ち上げる弾丸と大地に振り下ろす鉄槌。両者の戦いは対地対空戦、いや戦争の名こそが相応しい。

「王に対するその暴言、死してなお許されん罪であったと粉々になるその身を以て思い知れ───!!」
「うお!? あやつまだ撃てるのか!? まさか本気で底無しなどというオチじゃないじゃろうな?!」
 この段階で既にアーチャーはライダーの正体をなんとなく悟っていた。
 あえて当人に確認しないのはリスクの割りにはメリットが少なく、さらに言えばアーチャーが最初から逃げる気満々だからだ。
 人には口にすれば後戻りが出来なくなる類の言葉というのが確実に存在する。侮蔑、冒涜、禁句、そして秘密。
 今回のは秘密だ。一度でも下手に口にすれば逃げる機会を完全に失いかねない。折角相手が油断しているのだ利用しない手はない。

 "しっかしのぅ、いくら奴が古代エジプトの太陽王じゃからってこっちとの性能に差が有り過ぎじゃろが忌々しい!"

 しかし口には出さずとも不満不平は積もる。
 それはあまりにも眩しく、あまりにも不公平な選ばれた者の特権だった。
 "王"とは、何もかもがヒトとは別格であるのが常識ではあるがいくらなんでもこれはないと思う。
 城を丸々一つ持ってくる自分が言うのもなんではあるが、それでもライダーのは不公平過ぎた。
 もしこの戦いの相手が自分ではない別の誰かだったならば……恐らく最初の二発、力に大差があれば一発目で消し飛んでいる筈だ。
 なにせ火力に雲泥の差がある。こっちがピストルならあっちはバズーカのようなものなのだ。
 こちらがせせこましく魔力の節約をしながら必死に遣り繰りしているというのに奴はそんなのお構い無しの"撃ち放題状態"だ。
 防御力に絶対の自信でも持っていない限りとてもじゃないがやってられない。
 勝負を避けた方が無難な相手とはまさに彼奴のような反則野郎を指す言葉だとしみじみ実感する。

 そうして魔城の主がぼやく中、その反則王がもう数えるのも面倒になってきた位に繰り返してきた"反則"をまたしても行使してくる!

    アメン     ラー
「───太光煌く………王の神判─────!!!」


 この圧倒的な光と魔力の爆裂を目の当たりにする毎に何度でも死を予感する。
 背筋に走る冷や汗は背骨に氷柱を捻じ込まれたように冷たい。肝を冷やすどころか肝を凍らせる悪寒。
 しかも今度の一撃は今までのと違い加減抜きだと一瞬で見抜けた。吐き気がする。予測できたアレの破壊力の桁に愕然とした。
 無防御は絶対に駄目だ。九層城壁結界の何層かがごっそり抉り獲られる。魔力の出し惜しみは厳禁。
 下手をするとこの攻防が勝負の明暗を分ける。もし遅れをとれば、すなわちそのまま負ける。
 神に選ばれし者が振りかざす暴挙を持てる渾身の力で迎撃した。
「さっさと堕ちろ蚊蜻蛉めッ!」
 金亀神の爪で作られた弩の引き金に魔力をこれでもかと叩き込む。
 息を吹き込まれた古の神秘が仮の姿を剥ぎ取って眠りから覚醒した。
 前回の町中での初使用では出力を可能な限り抑えたが今回は辺り一面山景色だ、遠慮は一切必要ない。
 全力の一発を見舞ってやる。
 否、むしろ全開の宝具を叩き付けないと競り負ける!


    コロア・キムクイ
「………一射千滅の魔城弩─────!!!!!」


 城主の発射号令(真名)が轟き砦の主砲から最強の砲弾が発射された。月へ届けと天高く急上昇してゆく神矢。
 その姿に打ち上げられる花火を夢想する。頂点まで上り詰めた花火は弾け跳ぶのが運命ならば。
 それは光輝く一条の矢でも例外ではなかった。
 ───天高くで花火(魔力)が炸裂した。

 そして、いつか冬木を恐怖に陥れた死の流星雨がまた降り注ぐ────!!

 一矢で千の兵を殺すと恐れられた殲滅の殺意が容赦なく牙を剥く。
 堕ちてくる死(矢)の数も被害範囲も前回とはまるで比較にならない。回避も許さぬ数の暴力。
 それこそ空が落ちてきたと錯覚してしまうくらいの一瞬の天上崩落。それらは避けられぬ物量を以って地上を蹂躙した。
 神弓の威力は時代を越えてなお絶大だった。かつて数多の敵軍を根こそぎ薙ぎ払い壊滅させてきた真正の殲滅の魔弾。
 その千滅の雨は瞬く間に山々に降り注ぎ、土を木を岩を抉り取りついには岩盤を崩落させた。
 この悪夢が再度町中で実現されなかった事がどれだけ幸運であるか、その事実を知る者は彼らだけだ。
 魔城弩の射手と太陽の翼神を駆る騎兵、そして、彼らの戦いを遠くから見届ける騎士と少女。
 破滅的という言葉がこれほどに似合う宝具は少ない。コローアの魔弩はそれこそ無差別な壊滅を周囲に強要してしまう。
 射手の望む望まぬに関わらず壊滅という結果だけを無情に突き付けるのだ。
 破壊の衝撃が大震動を生み冬木の町を局地的地震が襲来する。
 しかしそんなものに興味は惹かれない。欲しいのは町の崩壊ではない。瓦礫の山など築き上げても歓喜など皆無。
 今アーチャーを歓喜させるものはただ一つ。
 欲しいのはたった一人の王者の死体だけ。

 しかしそんな歪んだ熱望を裏切る奇蹟を見た。

 隕石の如く落下してくる魔矢の豪雨を前に真正面から強引に突っ込んでくる閃光があった。
 輝く業火に包まれた猛禽がその炎翼をはためかせて突進してくる。速度はマッハを超えていた。
 弓兵の両眼がコンマ秒の連続シャッターを切る。
 一秒を数秒に引き伸ばすかのような錯覚に陥る静止画上の急加速。目に焼き付いて剥がれない幻想。
 無数に船体に叩き付けられる瀑布の雨を撥ね退けて直進する飛翔は戦慄を通り越して感動すら覚えたほどだ。
 しかし螺旋要塞の主はその光景を見据えながら勝算は十分にあると口元を歪ませた。
 めり込むように螺旋の防壁へ衝突した太陽の戦車。破壊しようとする力と弾こうとする力が鬩ぎ合い青い紫雷が蜘蛛の巣を張る。
 押し切れぬライダーの姿見届けた。そうしてアーチャーの推測は確信に変わる。

 "しめた、やはり相殺できておったわ!!"

 細く長い綱渡りを成功させた興奮でアドレナリンが一気に踊りだす。血が沸くとは紛れもなくこのこと。
 あれだけの神弩の集中砲火を受けても沈まなかった太陽王の艦には賞賛を贈りたいところだが己の方が一枚上手だったと自賛する。
 要塞とは攻防の能力両方に優れて初めて要塞と呼べる物になる。鉄壁だけや主砲だけでは要塞として欠陥品でしかない。
 ならば軍団を消し飛ばす神弩の火力と軍団に突破させない九層の螺旋状防壁の誇る防御を兼ね備えたコローアこそが最強の要塞だ。
 その自負を証明するように騎兵の戦車の輝く疾走は九層防壁の前に完全に停止していた。
 宝具の破壊力だけ比べればアーチャーはライダーに勝ち目はない。それは数値として既に解り切った答えである。
 しかし思い違うなかれ。アーチャーの宝具とは神の弩ではない。そんなものは力の一部分でしかない。
 アン・ズオン・ウォンにとって宝具とは元より神弩や螺旋状防護結界を含めた螺旋の砦全てを指すものなのだ。

 ───そしてそれら全ての力を合わせた時。
 彼の魔城はたとえA+ランクの神域めいた超火力宝具だろうと完璧に凌ぎ切る────!!

「ぬぐぅぅ、チィッ! おのれ突破出来ん! 奴の矢に貫通力を殺がれ過ぎたか……ッ!!」
「おうし! このまま封殺してくれるわ! 切り札発動じゃ! 螺旋城壁を"螺甲羅装甲"モードに切り替える!
 マスター! さらに魔力がっつり貰うが後で文句垂れるんじゃないぞ!」
 燕二の返答を待たずに王の発令する緊急命令に、
 "ジュダクシマシタ。ラゴウラソウコウへ、シフトシマス" と、いつか聞いた機械的な音声が城内にアナウンスされる。
 直後、城塞に目に見える変化が起こった。
 今まで九つの層で構成されていた城壁が滑らかに螺旋回転しながら移動している。
 そうしてみるみるうちに城壁の渦は九の断層間の隙間を埋めてゆき、最終的には分厚い一つの防壁となって固定された。
 それがどれほど恐ろしい真似であるのか、アーチャーが滅多に使わないこともあり知る者は意外と少ない。
 たった一層分の城壁でも生半可な宝具なら跳ね返せるだけの防御力を誇る螺旋砦の防壁。
 仮に九層全てを犠牲にすれば威力相殺と防壁破壊の繰り返しの果てにどんな宝具だろうと防ぎ切る自信が安陽王にはあった。
 そんなモノを一つにすれば一体どれだけ出鱈目な防護力を得るのか、歯が立たない者にとっては想像するだけで絶望する。
 そしてそれは太陽の王も例外ではなかった。

「……ぬお!? 城壁の硬度が増しおっただと……?
 ええい邪魔だ退かぬか壁! おのれつくつぐ小癪な抵抗をする下民め──ッ!!」

 強力な守りによって太陽の船車の快進撃は完全にストップしていた。見るからに爆発力を失っているのが感じ取れる。
 この高く厚過ぎる壁を突破したいのならば、最低でも九層分の城壁を破壊できるだけのパワーが必須になる。
 しかしそれでもまだパワーが足りない可能性すらあるのだからそうなった場合もう困り果てるより他ない。
 とにかく高く厚く堅い。そんな印象の鉄壁を前にしてトロイアの城壁に梃子摺ったギリシャの英雄達の気持ちを空想する。
 ライダーのやり場のない憤怒をアーチャーはよく理解できた。もう少しで崩せた石壁が突如として鉄壁に変貌したようなものなのだ。
 そんな反則を受ければそりゃ忌々しさも全開で怨念の一つや二つ吐きたくもなるだろう。
 しかしだからと言って同情の余地などない。
「だが反則はお互い様じゃい。いや貴様の反則に比べればワシのとっておきなんぞ些かマシですらあるわい」
 所詮、というのもなんではあるが、アーチャーの"とっておき"は魔力ふんだんに使って螺旋状城壁を一つに固めた防護に過ぎない。
 どれだけ防御力を格段に上昇させる切り札であろうとも、それは身を削った果てに至る神秘に他ならない。
 言わば等価交換である。しかしライダーのアレはそういう次元の話ではないのだ。
 考えるのすらバカバカしくなるがアレは……そうなんというか……。

 ────消耗している気配がない。

 そんなものと比べればアーチャーの鬼札はまだ可愛い方だと言えた。
 ……まあそれでもワニや獅子などの猛獣を可愛いと言ってるようなレベルではあるのだが。
「ええい! ならば攻め口を変えるだけだ!」
 このままではいつまで経とうが突破は出来ぬと悟ったのか、騎兵は防壁を嫌がるように船の進路を上空へ向けた。
 砲塔台座に陣取る弓兵が急な上昇を始めた的に一斉掃射をかけるも戦車は縫うようなアクロバット飛行で巨矢を曲芸回避してみせる。
「はーっはっはー無駄だ下手糞めが! 俺様の超絶操縦技巧を以てすればそんな矢なんぞ止まっているも同然!」
「ぐぎぎぎ……! 心底性格悪いのぅあのヤロウ……!」
 他人様を苛立たせるテクニックを一々披露する戦車をアーチャーはまるで捉えられていない。
 あのライダー、態度こそふざけてはいるが騎兵としては一流と格付けていい操縦技量を誇っていた。
 それはアーチャーの腕前以前の問題。こんなに弾幕を張っているにも関わらず捉えられないというのがそもそも異常事態なのだ。
 軽やかに高速で舞う流星が弩の有効射程圏外にまで到達する。
「一度防いだ位で良い気になるなよ、もう一度行くぞ……さあ今度こそ、神判の時だッ!!」
 ある程度の高度を上昇し切った光る船が今度はくるんと大きく縦旋回する。
 そしてそのまま、

    アメン
「───太光煌く……」

 ジェットコースターの一回転と同じ軌道を描き再度防壁へと体当たりを仕掛けてくるつもりだ。

    ラー
「……王の神判─────!!!!!」

 太陽王が真名を吠え、神判の判決を宣告する木槌を振り下ろす。
 遠くでは太陽が地平線に没しつつあった。じき夜になる。
 代理の太陽が夜にはまだ早いと甲斐甲斐しく眩く光を放ちながら落ちてくる───!

「さぁ来るがいい! ワシとキサマ、攻と守に特化した者同士。一体どちらが優れた英霊か……いざ勝負じゃ───ッ!!」

 宝具解放による爆発力で得た高加速と星の重力も味方に利用した加速力。
 その二つの加速が作り出したパワーは測定器も裸足で逃走する威圧感を生んだ。
 しかし王艦が狙うのはそこに在るだけで威圧感を撒き散らす古砦。図体的に物怖じるような繊細さなど待ち合わせてはいまい。
 それは神城の方も同感だったらしく横綱相撲のようにどっしりと展開させた魔城壁が領地侵犯を行なう不届き者を迎え撃つ。
 流れてゆく景色の中で激突の瞬間を今か今かと待ち侘びる。
 なんのためにソレは在るのか?
 神に背く愚者を破壊するために。王の外敵の進軍を防ぐために。
 自己の存在証明の機会にソレらは歓喜の産声を上げる。

 そうして予想通り、古城の超防壁は太陽神代行の超進撃を真っ向から受け止めた─────!!

 激突によって生み出された衝撃波が台風となって山間を蹂躙した。風に薙がれる草花のように容易く樹木がへし曲がる。
 二つの力はまったくの互角だった。
 ここは己の陣地だお前はどけと主張し合う両者は一歩足りとも動かない。
 二人の英雄の雄叫びが轟き、それに共鳴したのか火花が散り、紫雷が弾け、魔力が暴れ狂い、戦場が蹂躙される。
 山に棲む生き物は生命の危機にただ逃げ惑い。原生林のようだった山中はもう目も当てられない無残な状態に貶められた。
 しかしそれでも両者は一歩も譲らなかった。

「う、ぬ、おおおおおおおおおおおおお!!!」
「がああああああああああああああああ!!!」

 ───1秒、2秒、3秒──と、静止した情景の中でやたら長く感じる1秒間の連続がゆっくりとだが確実に刻まれてゆく。
 あらゆるモノを消し飛ばす筈の王の神判はその悪魔の城壁を前に立ち往生し。
 あらゆるモノを跳ね返す筈の神の城塞防壁はその邪神の神罰代行を前に圧されかかっていた。
 あまりに正反対の二つの力が完全に拮抗し過ぎたせいで、
 とうとう決着が付くよりも先に、

 ───ライダーの我慢が限界点を超えてしまった。


「……もういい。もうこれ以上我が神判の愚弄我慢ならぬ………」

 宝具同士の激突が奏でる爆裂音の中であってもはっきりと耳に届いたそのポソリした呟きに思わずアーチャーはギョッとしてしまった。
 いままでの噴火する火山のような憤怒ではない。刃物のように冷たく鋭い太陽王の静かな怒りをみた。
 脳髄に無理やり捩じ込まれた氷柱が生死の狭間の極限状態で高揚した鼓動を一気に冷却させる。
 彼には知る術もないがラメセスⅡにとって咎人が『太光煌く王の神判』で裁かれないのはつまり彼の父、太陽神ラーの冒涜に等しい。
 それは屈辱や恥辱などといった表現すら生温い背神行為。赦す赦さないの問題ですらない罪悪そのものだった。
 ラメセスⅡの観念に照らし合わせて言えば、神々とは唯一自分と同じ位置かそれ以上の場所に立つことを赦された存在である。
 傲岸で不遜なファラオでも父たる太陽神ラーを初めその他神々を己と同格かそれ以上の存在であると本気で信じている。
 ましてやヒトは神を頂点に生態系を築くものであるとは生前自らが実践してみせたくらいだ。
 なればこそ神の下した判決に異を唱える邪悪は断じて見過ごすわけには……断じていかなった。

 曝すつもり───以前に使う予定すらなかった秘中を以てあの度し難い罪人を城ごと誅戮せねば気が済まなくなっていた。


「───ラーの恒温で燃え尽きろ───」


 ライダーのしたその行為はサーヴァントであるアーチャーの眼から見ても異様極まりない行動だった。
 大柄なライダーの全身からは溢れんばかりの魔力が猛っている。
「なっ───ぁぁ?」
 アーチャーが唖然としたところでなんらおかしくはなかった。
 騎兵が何故今になってそんな行動をするのか誰にも理解できないだろう。
 しかしおかし過ぎるのは理解できた。仮に咎めるならばライダーの方にこそ非がありアーチャーには一切非はない。
 常識外れは明らかに向こうであり、普遍的で正常な流れを汲む者達から見ればそれは異質極まりない隠されし法則だ。
 それは英霊本人から直接宝具へと流し込む魔力ラインと、彼の宝具『王奉る太陽像』から宝具へ転送する魔力ライン。
 その二種類の回路が存在する事で生まれた禁呪。
 通常のサーヴァントでは持ち得ない、ラメセスⅡのみが持つこの二重のパイプラインが生んだ特異性。
 太陽像の回線分は既に使っているがまだ 自 分 の 回 線 分 が残っている。

 ライダーは全身に溜めに溜めた魔力を、十分腹一杯の戦車に全力で叩き込む───!

 そうつまりこの男のやっている行為は……。

 あろうことかライダーは────宝具の解放中に、もう一度宝具を解放させた───!!?

 二つの蛇口から流し込まれた水がどういうことになるか、それを改めて問う必要はないだろう。
 実に簡単である。タンクに溜まる速度が倍化する。
 もしくは…………満タンになった容器から溢れる量が倍増する。
 サーヴァントと補助宝具から魔力を放水車のハイドロポンプで勢い良く注ぎ込まれた宝具はたちまちメーターを振り切った。
 その状態でさらに魔力を流し込み続けると、とうの昔に振り切ったメーターは限界突破してもう三周ばかリ余計に回転。
 危険を報せる警報はビービー鳴りまくっていてついでに照明はとっくにレッド。血をイメージを連想させるくらい朱くて笑えない。
 百の回路に千の魔力なんて入る道理は無い。
 過剰に流し込まれた魔力の奔流は『日輪抱く黄金の翼神』の艦中を荒れ狂いながら増幅し駆け回り、
 やがて行き場を失った魔力の塊は───。


 ウセルマアトラー
「力強き太陽神の正義──────ッッ!!!!!」


 水を入れすぎた水風船の末路のように。

 オーバーロードによる暴走という破滅的な形で終着まで疾走し抜き───────大暴発した。


 幻想が壊れる光景を離れた場所から見届けていた少女と騎士はまるで小型の恒星爆発が近くで発生したようだと思った。
 その光の塊を目視した人々には怪奇による恐怖を飛び越えて神々しさへと成り代わっていた。
 夕闇に沈みかけた夕暮れを真昼に染める過剰閃光。視力を焼き潰しかねないばかりの強烈過ぎる光量。
 世界が有無を言わさず光炎に包み込まれた。

 神秘をより強い神秘が喰らい尽くす瞬間がそこにはあった。

 禁呪による暴発が引き起こした光の奔流と超爆発は瞬く間に周囲と古城を飲み込み───。


 魔城の城壁結界九層全てを根刮ぎ剥ぎ取って、その大暴発を終結させた。



「バ───バケモノか、キサマ………?」
 放心しかける頭が呆然とした口調で吐き出した台詞は実に素直な感想だった。
 まさしく人智を超えたバケモノ。あんなものを間近で受けて自分がまだ生きているのが不思議でならなかった。
 激光のせいで眼が痛い。爆音のおかけで耳が遠い。そして恐怖が胸の奥底で膝を抱えて鎮座する羽目になった。

 アン・ズオン・ウォンご自慢の無敵要塞『金亀神城(コローア)』は無残な姿に成り果てていた。
 全壊はなんとか間逃れたようだが半壊程度は軽くいっている。至る所が膨大な年月を経てボロく朽ちたようになっていた。

 いやそれ以上に"螺甲羅装甲"に切り替えた神城防壁が九層分全て撃滅されるなんて自分はどんな悪夢をみているんだ?

「ふぅふぅ──ハア。まさか使う機会は絶対に無いと踏んでいた奥の手まで出す羽目になるとは……。
 この俺様を予想外に手こずらせてくれおったが────どうだ、これでもう貴様は無力だ……ッッ!」
 珍しく荒い息を肩でしながら、神の古城をほぼ攻略した太陽王は半壊した砦を勝ち誇った半眼で見下ろしている。
 この攻と守の競い合いにもしも勝敗を付けるとしたら、ライダーに軍配が上がったといっていいだろうか。
 ライダーの戦車は未だに攻撃力を残しているが、もう一方のアーチャーの要塞は肝心の城壁を全壊させられている。
 城弩の方はまだ力を残しているが、単純な力比べでは騎兵の戦車に届かないのは実践済みだ。
 しかしだからといってラメセスⅡご自慢の太陽船車『日輪抱く黄金の翼神(ラー・ホルアクティ)』の悲惨さも負けてはいない。
 豪華絢爛だった船飾や外装は見るも無残に剥がれかかり、連戦による酷使のツケが纏めて殺到したせいで装甲もボロボロ。
 そしてそれ以上に危ういのがビシビシと電気機器が漏電しかかってるような放電現象。
 巨大人型ロボットでいうところの被弾して爆発寸前のジリジジジジリ……といった感じなあれの状態である。
 本気で数秒後に爆発したとしても全然不思議ではない有樣なのが現在の太陽船車の状況だ。

 これこそが禁呪と呼ばれる類の奇跡を実行した代償。
 伝承されるが使ってはならないとされる禁忌。ヒトの手には余る奇跡。必ず多大な代償を支払うことになる強力な呪い。
 などなど言い方は様々だがライダーが使った恒星爆発かと錯覚した大暴発もご多分に漏れずそれに属するものである。
 石像と船車、それら二つの宝具が持つ特性を最大限に活用し破壊力だけを徹底的に追求した秘中の秘儀。
 宝具の魔力を爆弾と化す"壊れた幻想"と似て非なる宝具運用法。
 その強引な運用法が生み出す瞬間攻撃力は『太光煌めく王の神判(アメン・ラー)』の威力すらも上回るほどだ。
 宝具を乱発出来るだけでは飽き足らず、さらにそれを上回れる大威力の隠し玉を持つなどふざけているとしか思えない。
 ついレッドカードをダースで叩き付けたい気持ちにもなるだろう。
 だが実際はそんな便利な代物ではなく、どちらかと言えば奥義よりもむしろ自爆に近い性質をしている。
 風船の比喩は言い得て妙ではなかろうか?
 膨らませば膨らませただけ破裂時の音や衝撃が上るがその分最後に風船(自分)に跳ね返ってくるものも上がってしまう。
 使えば使うだけ太陽の船そのものの寿命も削っていく諸刃の剣なのである。
 乱用はいずれ宝具本体の崩壊を招く。

 しかし諸刃の剣であるが故にその攻撃力もまた────絶大だった。


「さて遊興の時間は終わりだ、いい加減とどめを刺して──────チィ……ッ!」
 いざ止めの段階でライダーの手がピタリと止まってしまった。舌打ちが漏れる。
 冷たい夜気が興奮した頭を冷やしてくれたおかげでようやく周囲の景色が頭に入ってきたのだ。

 ────世界が薄暗い藍色に染まっている。

 太陽王(息子)に惜しみない助力を注いでいた太陽(父)は完全に地平線のベッドに潜り込んでしまっていた後だった。
「……………………………」
 最後の一発に大量の魔力消耗している手前どう始末をつけるかとゆっくり考えたのがいけなかった。
「隙あり!」
 目敏くライダーの停滞を読み取った小癪者は砦より色付き煙幕を目眩ましに焚くと、
「さらばじゃ! 今回の勝負は痛み分けだライダー! もし次相見える星の巡りであるのなら覚悟せいや!」
 負け惜しみにも似た捨て台詞を残し韋駄天も吃驚な逃げ足の速さで遁走していった。
「あああああーーー!!!? に、逃げおったなぁ愚民があ!!おぉんのれぇおのれオノレェ!!
 許さん、絶対に許さんからな弓兵! 次に見付けたら初っ端からあの防壁を粉砕しにかかってくれるぞーーッッッ!!!」
 おめおめと逃げられたショックでヒステリーを起こすファラオ。地団駄を踏む姿はまるで駄々っ子であった。

 だがライダーは感情とは反対にアーチャーを追うことは決してしなかった。
 既に日没を迎えあれほどの凶悪な支援を発揮した『王奉る太陽像』がただの無駄にでかいオブジェに格下げしたからにはもう終いだ。
 戦車もガタついているし、ライダー本人の魔力残量も大して残ってないこともあり今日の戦争はこれにて終了と決めた。
 明日にでも再びアーチャーと戦りたいところではあるが恐らくしばらくライダーの前には出てくるまい。
 切り札を突破されたことを棚上げにしても、しばらく砦は元の通りにはならないだろう。
 殺すなら奇襲する形で襲わなくてはならんな、
 と、面倒そうな問題に牧師をどうパシらせるかなどと考えながらライダーは霊体となりその場を後にした。

 自分の指示で山中から進行させたゲドゥ牧師の存在を綺麗さっぱり頭から忘却したまま………。







──────Sabers Side──────

 こうして彼らはライダーとアーチャーの大決戦の一部始終を見届けてから……その両方の撤退を見送った。
 高所独特の強い風がびゅうびゅう吹いている。眼鏡少女のセミロングの黒髪が風に揺れて踊っていた。
 ついでにスカートも捲れかかり慌てて抑える。白い騎士の視線は別の所に向いていたので見られた心配はないようだ。
 それにしても寒い。冬期の冷たい外気と緊張がすっかり少女の体を冷たくしていていた。
 身体が冷えたのは君がそんな短いスカート履いてるからでは? などと間違っても口にしてはいけない。
 なぜだって? 吃驚するほどの速度でげんこつが飛んでくるぞ。と経験者(槍兵)が語っているからだ。

「にしても、よく我慢できたわねセイバー? わたしとしてはてっきり猪突猛進に特攻すると思ってたんだけど」
「そりゃあキミ……婦女子にあんな切実な眼で必死に懇願されたら騎士として無視するわけにはいかないだろ?」
 怨敵(アーチャー)の姿を目撃にして闘牛並に大興奮したセイバーを必死に止めたのは放心状態から我に返った綾香だった。

 ───今あそこにだけは行ってはならない!

 全身を毛虫が這うかのような言いようもない不快感と悪寒。そんな拒否反応をあの違和感に気付いた瞬間に感じた。
 直感の正体は聖杯戦争に参戦してから数度に渡って生命の危機に晒されてきた事が原因で身に付いた危険の臭いを嗅ぎ取る力。
 命の危険を体験して初めて理解できるようになるセーフとアウトが放っている気配の違い。
 サーヴァントが持ってるソレとは比べ物にならない位に脆弱な危機回避能力。
「でも本当は行きたかったんでしょ?」
「そりゃあ、な。でも昔の教訓もあるし………ただ、アヤカがここに残ったのは絶対に正解だった」
「………………………ええ。行ってたら死んでたわ、それも確実に」
 だがしかし、その脆弱な危機回避能力が彼女の命を救うことになったのは今更語るまでも無いことだった。

「アレ、やっぱり宝具攻撃か? それともハッタリ的なフェイク?」
「いいえ、どう"視ても"ライダーが宝具を連発してたのは間違いない事実よ」
 綾香は自分が視たものから一連の挙動を紛れもない事実だと判断した。
 使われていた膨大な魔力も、マスターが持つサーヴァントの性能透視能力も、
 それら全部があれは幻ではない現実だと必死に告げていた。

「ところで昔の教訓って? セイバーでも教訓とか学ぶの?」
「いいやこっちの話。そう言えばアーチャーの奴も想像以上に厄介そうだ。最後の方じゃ明らかに防御力上がってたぞ?
 でもやっぱそれ以上にその防壁を消し飛ばしたライダーの破壊力───これは本当に危険だ……」
 セイバーが珍しく真面目な顔付きをしていた。しかも何かを考え込むような仕草までしている。本当に珍しい……。
「ええ、だけどあいつらを倒したいのなら今日見たものは絶対に無駄にはならないと思うわ」
「ああそうだとも。苦渋の思いで我慢したおかげであいつらの手の内はバッチリだぜっ!
 貴様ら今日のところはアヤカに免じて見逃してやるが次出遭った時は必ず斬り捨ててやる!」
「当然よ! 叩き潰してやるんだから覚悟してなさい!」
 去りし敵に宣戦布告と、互いに激励し合い仇敵との再戦の力に変える。
 今日戦えなかったのは無念ではあるがどの道サーヴァントとマスターはどこかで戦うことになる。
 勝つためなら仇を見逃すことも時にはしなきゃならないのも戦いである。
 それを再度認識し直し彼らはスッパリと気持ちを切り替えた。

「さてと、んじゃあこれからどうするアヤカ? 日も落ちたしこのまま町を練り歩くか?」
「他の敵を探すにはまだ時間的に早いわ、日が落ちたばかりで行動するマスターはいないと思うし。
 しょうがないから一旦邸に帰りましょうか? お昼に工房攻めしてるからちょっと疲れたしお腹も空いてきたし」
「…………腹減ってるのはキミがオニギリに勿体無い真似をするから……」
「な、なによ! あ、あれはセイバーが悪いんじゃない! あまりにバカなことを言うから! 
 それに勿体無い事もしてないわアンタがちゃんと食べたんだしさ!」
 綾香がなにやらあたふたと弁解を始めている。
 ちょっと可愛らしいとセイバーは思った。オードほどではないけど。
「まあいいや。さあ、暗くもなったしなるべく早めに下山しようぜ。冬の山上はすごく冷える、風邪ひいたら大変だ」
「う、うん……」
 なんかさらに珍しいことに騎士は鎧の白い外套を使って防寒をしてくれた。
 あまりに紳士的な振る舞いに、
 へぇこいつちゃんと騎士なんだーなんて思いながらエスコートするセイバーの顔をチラ見する。
「…………ッ!」
 まずい、紳士パワーのおかげかいつもより二割増で凛々しく見える気がしてきた……!
 でもよく見たらこいつ結構整った顔立ちしてるんだ(全く好みのタイプではないけど)いや待った落ち着けわたしッ!
 なんて乙女チックな事まで考えだしてさあ大変!って時に非情なる現実に引き戻された。
「────ゲ……!」
 主人の言いつけ通り行儀よく待っていた駿馬を見ると同時にそんな乙女チックな感想は山の彼方へと吹き飛んでいった。

 だって……ねえ?
 今以上に寒くなれるものに乗って帰らなきゃならないのなら防寒もなにもあったもんじゃないと思うの。
 おまけに結構乗るの怖いしさ……。







──────Archers Side──────

 まったく今日は散々な一日だった。それが間桐燕二の本日の感想である。
 謎の石像の発見と調査から始まった一日は真冬の山登りなんてゴキゲンになるような重労働に続き、山中で発見したのはなんと同じ像。
 しかもそれは実は罠で、どこからか湧いたライダーの襲来。そのまま待った無しの殺し合いに発展。
 いったいどういう仕組なのか出鱈目な宝具能力でアーチャーの魔城と互角以上に戦い。
 それから一足先に城から離脱した燕二の前に立ち塞がった代行者の襲撃。激闘の末、孫の窮地を救う形で糞爺が登場。
 ちなみに臓硯は代行者が完全に去ったのを確認すると燕二の傷の手当ても疎かに"心しておけ"と謎台詞を残して早々に立ち去った。
 多分だが夕焼けとはいえまだ太陽が出ていたせいだろう。臓硯が太陽の光を嫌うのは間桐家では承知の事実である。
 臓硯と比べれば人体的にまともである燕二ですら血筋の問題なのか気分的に日光を鬱陶しく思うのだ。
 あの吸血妖怪ならより強く日光を避けたがるのもなんら不思議ではない。あと失態を演じた自分に傷は己で癒せっつー嫌がらせ。
 まあとにかくそんなこんなで間桐燕二は心身ともに疲労し切っていた。
 体力的にも魔力的にも気力的にもそろそろ底を尽きかけている。
 代行者との戦闘や魔術礼装や攻撃魔術の連続行使に加えアーチャーが宝具を使用したのがとどめになったようだ。
 古神城は燃費が恐ろしく悪い。まあ燃費の悪さに相応する能力はある訳だがそれでもどうしても燃費の悪さに目が向いてしまう。
 宝具使用時にマスターにかかる負担はアーチャーの通常戦闘の何十倍とあっては正直溜ったものではない。
 おまけにアーチャーが今回はなにやらさらに無茶をやらかしたらしく前回の宝具使用を上回る消耗を強制させられた。
 当の本人は生き残る為に仕方なしだった、などと言ってるが信じるつもりは無い。どうせ調子に乗ったとかそういう理由に決まってる。
 唯一の救いと言えば聖杯の器を強奪されなかった事だが、とりあえず燕二は今はすぐにでも我が家のベッドに倒れこみたかった。
 だというのに。 

「な──────なんじゃこりゃあーーーーーー!!!?」

 信じられないものが最後の最後で待ち構えていた。

 理解不能。理解不能。意味が分からない。事情がわからない。何が起こったのか理解したくない。
 というか見たくも無い。
 ああきっと超局地的大地震かなんかで怪獣も一緒に現れて光の国の正義の巨人が戦ったらたまたまウチの邸が踏まれたみたいな? 
 激しく混乱する燕二が見た物は………廃屋のようにボロボロに荒らされた自宅である洋館であった。
 なんて酷い有樣なのだろうか? あの石造建築の巨大洋館が今や本物の幽霊洋館のようである。本気で一体何があったんだ?
 ふと"心しておけよ"なんて意味深な言葉を残して去った祖父を思い出した。ジジイあれはそういう意味かよ……?
 仕方がないのでとりあえずもう一度。
「なんじゃこりゃあああああああああ!!!?」
「敵襲にでもあったかのような荒れっぷりじゃのう」
 アーチャーが霊体のまま暢気な感想を述べていた。自分は霊体だから寝る所には困らんってか死ね。
「暢気なことを言ってる場合じゃないだろボケナス! 馬鹿か? バカなんですか? 痛みの分からない不感症なのか!?
 なんで心身疲労困憊でそれでも頑張って下山して家に帰ってきたら……どうしてその愛しの我が家が無いんだよおおお!!?」
「ちゅーかよマスター、とりあえず事情をあの翁に聞いてみればどうじゃ?」
「そうだ! 爺に何があったのか聞けばいいな、いやつーかこの有樣じゃ嫌でも聞くしかねえぞクソッタレ!」
 ジジイー出て来いー!と疲労困憊であることも忘れて邸の中へズカズカと入っていく燕二とそれを追うアーチャー。

 彼らが臓硯より本日の昼に起こった一連のセイバー襲撃騒動を知るのは数分後の事であった。







──────Fighters Side──────

 刻士が宣言通り全ての雑務を素早く手際良く片付けてみせたおかげで彼らの行動は思いの外早い時間帯から開始できた。
 そして町中を練り歩き不審な魔力放射物を探索した結果、そのうち幾つかの不審物を発見するに至った。
 片方は結体なよくわからない石像。そしてもう片方の見付けた物は巧妙な場所に隠されていたファラオの石像である。
 よくわからない石像の方は警戒した方が無難な結界を張られているのに刻士が気付いた為ひとまず手出ししなかった。
 もう片方のファラオ石像は隠匿の結界が多重に張られていた為、とりあえず念を押してファイターに破壊させた。
 同時に今日は彼らを運気が味方した。
 ライダーが連戦したこと。そして破壊のタイミングが丁度ライダーが戦闘中であったこと。
 これら二つの要素が重なった幸運が宝具像を破壊したファイターと刻士の元へライダーを呼び寄せない事に繋がったわけである。

「遠坂殿、このまま今夜の調査を続行するのか?」
「ああこのまま続けよう。夕食は途中どこかの食事処で取ればいい」

 そうして彼らは今日も滞りなく夜の戦場で敵を探すのであった。







───────Interlude ───────

 夜の闇もすっかり馴染んできた時刻。多くの民家では夕飯を済ませ食後の茶でも啜って腹休めでもしている頃合。
 聖杯戦争参加者の与り知らぬところでとある二つの思惑が水面下で動いていた。
 それは彼ら(魔術師)にとって全く無関係の思惑であり、同時に彼らにとって最も邪魔になるであろう者達であった。

 冬木の町に出入するための存在する東西のルートの中で東側の入り口に当たる地点にて。
「点呼」
 一番屈強そうな風格をした男が全員の確認をしている。次々にを名乗りを上げてゆく黒い人影。
 性別は皆男のようである。人数は10人前後といったところか。
 全員が袴で身を包み、腰には二つの長い鉄の棒──脇差と刀──を差している。
 その眼光は睨まれれば思わず眼を逸らしたくなるくらい鋭い。只者ではない、とどんなに鈍い者でも一目で判断することだろう。
「同志の掴んだ風の噂ではこの町に幕府の新兵器が存在する可能性があるらしい。
 数日前この町の一区画が突然原因不明の火災と崩壊に襲われたという話は紛れもない事実。
 して現に我らの密偵がその眼で確認してきおった。結論はあれは絶対にただの火事ではないとも報告したそうじゃ。
 落雷でも地震でも火の不始末でのないとすればそれは幕府が外国から買取った新兵器の実験が原因である可能性が非常に高い!
 新型の大砲か新型の鉄砲かそれとも軍艦か、どちらにせよ儂ら攘夷志士にとって障害になりうる物は早い内に排除する必要がある。
 噂を掴んでから殆ど日が経っていないせいでこの程度の人数しか寄越せなかったがそれでも事実確認だけでもしなくてはならぬ。
 じゃがこれだけ素早い行動であれば流石の幕府とてまだ動いてはおるまい。奴らが来る前に片を付けようぞ」



                       ◇          ◇



 同時刻。東西ルートの西側の入り口に当たる位置にて。
「全員おるな。これよりこの町に潜む志士狩りを実行する。奴らは非道にも町の一部を破壊するだけの兵器を持っているという話。
 恐らくはアームストロング砲並の威力のある新兵器だろう。新型の爆弾や軍艦の可能性も否定できぬぞ。
 もし噂が真なればその新兵器いずれ徳川幕府の安泰を揺るがす脅威となりかねぬ。見つけ出し可能なら強奪するのが我らの任務ぞ」
 袴に刀を差した武士や商人のような格好をした者と格好にややバラつきが見受けられる。人数は10人程度。
 皆一様に冷淡で鋭利な印象を受ける雰囲気を醸し出していた。やはり一目見て只者ではないとわかる。


 呪いにも似た偶然か、はたまた激動の時代が引き寄せた必然か。
 まるで示し合わすように同時期に冬木へと足を踏み入れた二つの勢力。
 彼らは冬木近隣の町から冬木へ派遣された攘夷志士と徳川幕府の者達であった。
 両勢力共に目的は存在する筈も無い幻の兵器。
 なんて間抜けな話か。この猟犬たちは無形の物を追ってこんな辺鄙な港町までやってきたのだ。
 決して交わる運命になかった筈の条理の者達と非条理の者達が一つの釜の中で知らぬ間にゆっくりと融け合ってゆく。

 それは、いつかアーチャーの宝具が捲き起こした大規模な被災が産み落とした最悪の招かれざる来訪者たちだった───。




                      ◇          ◇




 荒い息が闇の中から聞こえてくる。
 その音はどこか弱々しく、悲壮感に満ちている。
 はっきり分かる後悔の色。ソレには悔恨の念しかない。
 だけどまだ止まることを許されていないのなら無理にでもいくしかない。
 徐々に荒い息が遠ざかって消えていく。
 きっと彼は誰かを探しにどこか新たな場所へゆくのだろう。




───────Interlude  out───────



──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授! 第二十二回

F「死ーんじゃった~死んじゃった~♪ ま~た誰かが死んじゃった~♪」
V「不謹慎な歌を歌うなフラット!」
F「いやでも事実ですし」
槍「この日はバッタバッタと死者が出てるでござるからな。あの日以来の死者数でござる」
ソ「……………ぐすん」
槍「貴殿はまだ立ち直れておらぬのか?」
ソ「………放っておいてくれ……」
F「ああっ?! 拗ねたソフィアリさんが寿司の刺身の部分をペリペリと剥がしてる!? 勿体ない食べないんなら俺に下さい!」
V「まあとりあえず君たち二人も入ったらどうだね?」
ジ「……また俺も入って良いのか?」
ミ「…………(しょんぼり)」
F「おおおー先生見てください! この人たち二人合わせてジミ(地味)ですよ!? 縦読みですか!?」
ジ「放っておけ! 我々はそもそもゲドゥ牧師の手駒の役回りなんだから多少地味でもいいんだ!」
ミ「私はAS始まってから女代行者として存在だけは出てた。ゲドゥ牧師ともちゃんと会話してるわ」
ジ「な……! ミ、ミリル…!? な、なんだその、私貴方と違って一応色付いてるもの、って感じの勝ち誇った顔は!?」
ミ「……………………………でも事実」
ジ「ミリルーーーー!! バ、バカな! 俺たち二人でワンペアじゃないか! 終盤巻き返したお似合いカップルじゃないか!」
ミ「私はゲドゥ牧師がいればいい……」
ジ「そ、そんなぁ! お、おのれ外道牧師……! 強姦趣味なだけじゃ飽き足らずミリルまで毒牙に…!? 絶対許さん!」
F「先生、なんか俺たちの与り知らぬ所で割とどうでもいい三角関係が……代行者も恋とかするんですか?」
V「私には関係ない」
F「でもゲドゥさんには全くその気なさそうですよね! 奥さんと恋人か特にいなかった筈ですし興味も───」
ミ「…………ギロ」
F「いえなんでもないですハイ!」

V「さて今話では何話か前にセイバーが間桐邸へ襲撃した時、間桐たちはどこに居たのかがようやく判明したわけだが。
  彼らは彼らで平行してあんなことをやっていたわけだ。しかも原因は以前ライダーがばら撒いた仕掛けときてる」
ソ「あんな見え透いた手にまんまと引っ掛かるとはやはり所詮は落ち目の門派。底が知れるというものだ」
ジ「俺たちに敗れた負け犬が何を言ってるんだかねぇ」
ミ「同感ね。あなたも偉そうなことは言える立場じゃないわ」
ソ「私は貴様らに負けてなどないッ! ライダーに負けたのだ!
  そこの男(教授)が明言していただろう! 私の力はASマスターの中では最強だとな! 
  きっとケイネス・エルメロイや遠坂凛やバゼット・フラガ・マクレミッツとも互角以上に魔術戦をやれる筈だ! 多分!」
F「フラガラックや宝石剣と戦おうとするなんてすっげー勇敢ですねソフィアリさん!」
ソ「え……? い、いやもう少しレベルを落としてくれないのか? 宝具級武装は使わないとかあるだろう!」
F「えー」
V「確かに君のマスターとしてのスペックは最高レベルだとは言ったが、それと勝敗はまた別問題じゃないのかね?」
F「ですよね、だから現に聖杯戦争に負けてこんな場所にいるんですしね!」
ソ「あ、あれは格下に偶然足元を掬われたに過ぎん! もう一回やれば私が勝つさ!」
ア「聖杯戦争に二度目は無いわ。死者は蘇らないもの」
F「うわぁ……ルゼリウフさんってば容赦なくバッサリだー」
槍「これでライダー陣営は手駒が無くなってしまったでござるな。実質残存戦闘員は牧師一人でござる。戦力半減か?」
V「しかし状態が酷いのは間桐陣営だな。
  アーチャーの砦はフルボッコ。燕二は戦闘での満身創痍ボロボロ状態に加えて工房である間桐邸まで失っているからな。
  誰かさんらのせいで。まあ命あるだけでお慰みか。ラインを一歩でも誤れば死んでるような戦闘を越えたのだから」
槍「贔屓無しでみると現状で一番不利な陣営でござろうな。これに比べるとゲドゥ陣営の方がまだ損害が致命的でないと言えよう」

~燕二VSゲドゥについて~
ミ「エルメロイⅡ、質問があるわ。私の死因となった間桐の蟲はなに?」
V「魔術礼装『吸力鎧蟲』だな。きゅうりょくがいちゅう、と読むらしい。文字通り力を吸う害虫(ムカデ)の形をした礼装だ」
F「先生、ショッキング映像です! 人が干乾びていく瞬間を初めて見ましたよ俺! 礼装の形状もグロイですし!」
V「折角だ、ゲドゥVS燕二のマスター対決を振り返ってみるか。結果だけ言えば間桐臓碩の乱入による引き分け」
F「孫の窮地に颯爽と現れるお爺ちゃんカッコイイー! ソォルケン・マキリーー!!」
V「戦局的にはやや間桐が不利だったかな。地のスペックはゲドゥの方が完全に上であり、燕二はその差を秘術と礼装で補った構図だ」
F「先生改めて訊きたいんですけどASマスターの戦力比較はどんな感じなんですか? マスター適性ではなくて」
V「まず"複合刻印"のソフィアリがぶっちぎりで抜けており、その後ろを間桐臓碩が追走、それを遠坂刻士とゲドゥが離されずに追い、
  さらに燕二がその後ろを必死で付いていき、雨生虎之介、ルゼリウフときて、最後尾が沙条綾香となる。
  間桐燕二や雨生虎之介辺りが一般的な魔術師の戦闘レベルと解釈してくれてかまわないぞ」
F「平均レベルでゾンビになれるんですか?!」
V「アレはすべて臓碩の秘術の恩恵だから別腹扱いだ。原理はSN本編で臓碩がやっていた肉体の遠隔操作。
  いつぞや燕二がソフィアリにこてんぱんにやられた後、臓碩が彼に施した秘法の力が今話で見せたゾンビ状態のアレってわけだ」
ミ「でも所詮ゲドゥ牧師の敵ではナイぃぃ!」

~ライダーVSアーチャーについて~
V「大火力宝具と大規模宝具の戦いはAS内で絶対やっておこうと決めていた一戦だったりする」
F「双方の特色が色濃く出てましたね!」
V「ASのサーヴァントはその大半が対人戦闘に特化した宝具持ちだからな。
  なかなかこいつらと宝具戦にもつれ込ませるのが難しいからな」
槍「拙者とではライダーと宝具戦すらできぬし……ファイターでは火力不足。
  アーチャーに関しては城VS人を真面目にやるのは体力がいるというね……おまけに性能全てを引き出してやるのが難しいときてる」
F「じゃあそういう意味で言えばラメセスさんと安陽王さんは丁度相性が良かったわけですね」
V「そうだ。片や攻撃力一辺倒、片や防御力一辺倒の性能だ。両雄力を出し切るには丁度いい相手だったというわけだ」
ソ「して、なにやら誤魔化そうとしているようだがアレはなんだね?」
V「………ゴホン、ゴホッ!」
F「……ウッ持病のシャクが…!」
ソ「……………………なるほど弁解の余地なしか」
V「いや待ちたまえよキミ、あれは仕方なかったんだ。当初から予定してた裏技の中で真っ先に決定したのがあれなんだ」
ソ「あんなもの作る暇があるのなら私の超必の開発をせんか!」
V「そんなもの作られても誰も喜ばないだろ! "力強き太陽神の正義"は必要性があったから入れたんだ。
  FateASでラメセスⅡには曲がりなりにも太陽王の"王格"を与えてしまった以上生半可な性能は絶対に許されない。
  でないと騎士王や征服王などの他の王格を持つ連中の格式まで下がってしまうからな。
  下手な性能で負けようものなら我ら四天王の面汚しがー!な状態になりかねん。王には一種の無敵臭がどうあっても必要だった。
  ラメセスは現状でも十分過ぎる位に凄いんだが逆に言えばA+ランク以上の火力を持っている輩には無条件で負ける。
  同じ王格の騎士王や征服王とも五分の戦いにはなるまい。よってどうすればA+以上の宝具持ちと五分にやれるか私考えた!」
F「そこで力強き太陽神の正義(ウセルマアトラー)が編み出されたというわけなんですよっ!
  二つの宝具の性能を見比べながら技開発させるのって超楽しいですよね先生!? 今度俺と超必殺技開発しましょうよ!」
V「あーあーそうだな考えておく(超適当そうに)」
F「あ、あれ……? 先生なんか冷たい……」
V「ちなみにウセルマアトラーはラメセスⅡの即位名だ。意味は太陽神の正義は力強い、だそうだ。そのまんまだな私……。
  当初、力強き太陽神の正義は前回キャスターが喰らう予定だった、トロイア防壁魔術でアメン・ラー防いでな。
  …だが流石に高ランク宝具の破壊力に耐える魔術ってどうよ?ってわけでとり止めそういう無茶がやれる者に役割を回した」
槍「何を喰らわせようとも何とかなりそうな図体しておるしなぁあの砦」
ソ「無敵装甲も出てきたしそのうちメガ粒子砲とかまで出てきそうだな……」
F「字音軍から木馬じゃなく亀と呼称されるわけですね!」

ア「ところで最後に出てきた連中の事は何も聞かなくていいのかしら?」
V「…………」
ソ「……………」
槍「…………」
F「皆があえて触れずにいたのにこの人ったら天然!」
V「おほん、時代背景(幕末頃)的に出した方が面白そうだったからな、なので出したっ!」
ソ「おお、あれが噂に名高きSAMURAIとNINJA!」
F「違いますよソフィアリさん! あの人達はラストサムライとラストニンジャです!」
槍「馴染み深い風格の香りがするでござる! 拙者も幕府側の援軍として参加しても?! 否、寧ろ幕府軍として攘夷軍と戦っても?」
V「ダメ。歴史が変わるから止めなさい。君はここで大人しくしていたまえ」
F「というわけで今回はここまでです! 次回にお会いしましょう!」