────Servant Side Saber&Fighter ─────────

 大回転しながら空を飛ぶかのような浮遊感を味わった後、セイバーは頭から海水に叩き込まれた。
 飛び込み競技も吃驚なウルトラ技である。尤も人間が今のをやると確実に命に別状があるだろうが…。
 水中深くに没してゆきながらごぼごぼと口から空気の泡が出ていくのが見えた。
 必殺技の途中で攻撃するとは卑怯なりファイター!と水中でもがきながらも脳内で文句を言う。
 身体の状態を確認した。派手にホームランされた割にはダメージは少ない。
 セイバーが咄嗟に防御姿勢を取れたのもあるがそれ以上にファイターが何らかの手加減した可能性が高い。
 その証拠に体のどこにも大きな斬撃傷が全く無いのだ。
 状況的にファイターが意図して剣の腹の部分で自分を打ったとしか思えない。

 一体何故?という疑問は直ぐに氷解した。

 海に沈むセイバーの後を追ってファイターも海中に飛び込んできたのだ。
 なるほど水中戦をご所望らしい。
 見事な泳ぎを見せつけて闘士が潜水してくる。
 彼がしているのはイルカの尾ひれの動きを真似たドルフィンキックという泳法だ。
 力強い両足のキックが水を蹴りグングンと進んでいる。
 右手には赤い魔剣を装備していた。
 セイバーも敵を迎え撃つため水中でどうにか体勢を整える。
 攻撃の構えは刺突を主体とする型の構えだ。
 水中戦では薙ぎ払いや斬りは水の抵抗が強く有効とは言えない。
 よって水の抵抗が少なくて済む刺突の方が有効な攻撃なのである。
 勿論セイバーのお頭はそんな小難しい理屈など理解していない。
 あくまで本能的にやっているだけである。

 間合いが詰まり海中での刺し合いが始まった。
 先手を打ったのはセイバーだ。地上と比べると遅いがそれでも十分に鋭い攻撃。
 細かく鋭く、破壊力よりも鋭利さを重視した攻撃を放ち続ける。
 己に降りかかって来る刃の雨をファイターは実に容易く捌いていく。
 撃ち終わりの隙を見つけファイターが反撃に転じる。
 剣で牽制し、騎士の剣による防御を誘導する。セイバーは水中では自分の様に回避行動はとれない。
 聖剣さえ自身の剣で封じてしまえば突く隙はいくらでも作れる。
 セイバーは予想通り剣で剣閃を防御する。生じた僅かな隙間、そこを素早く己の拳と足で突いた。

「ごぼぉ!?……こぷっ!!」

 衝撃と痛みでセイバーの肺から強制的に酸素が逃げていく。
 水中にあってもなお速く重く貫通力と威力を誇るファイターの格闘。
 ダメージも十分に与えてくる。まったく厄介極まりにない技能だ。
 特にセイバーは純然たる騎士なのだ。剣や槍や騎馬による戦闘はいくらでも経験がある。
 しかし手足を振り回して殴り合うような乱打戦は殆どと言って良いほどに慣れていない。
 対してファイターは剣も有りなら槍も弓も有り、当然格闘も有り有りの戦闘環境を戦い抜いてきた。
 おまけにこの水中戦。ベーオウルフの優位は決して覆らない。
 ファイターは攻撃を喰らい僅かに隙を見せたセイバーの背後に素早く回り込み、その豪腕で騎士の首を絞める。
 騎士の聖剣は自身の剣を絡み付かせて力技で押え込んだ。
 それからさらに潜水してここより深い場所へとセイバーを引き擦り込もうとする。
「ごぶっ?!ぐぶぶぶ…!」
 深海へと堕ちていく身体。首には万力よりも強い剛力が絡み付いて離れない。
 セイバーがどんなに引き剥がそうともがいても豪腕は蛸の吸盤よりもきつく食い付いていた。
 空気が口から抜けていくがそれ以上に脳に血液が届かないせいで頭が呆っとしてしまう。
 ”もうギブアップかセイバー?ではこれでフィニッシュだ!”
 さらに腕力を上げるファイター。咽喉が圧迫され過ぎてもはや声どころか空気すら漏れない。
 頚骨が悲鳴の様な嫌な音色を奏で始める。身体が弛緩して力を失ってゆく騎士。

 ”ち、チクショウここまでなのか?……嫌だ…負けるもんか………まだ負けるものか!”

 最後の力を振り絞り破れかぶれでまだ手に持っていた剣を背後に張り付いている男へと突きつける。
 これが駄目ならもうお手上げだ。大博打とも言えるセイバーの最後の捨て身の攻撃。
 ”まだ力が残っていたか!?”
 まさか奇襲に近い攻撃にも反応する闘士。首を横に曲げて迫る白刃を辛うじて避けた。だが頬を掠めて血が流れる。
 もう死に体である筈の敵の反撃にほんの僅かだけファイターが動揺した。一瞬だけ腕の力が緩む。
 ”しめた今だ!”
 セイバーはその一瞬を見逃さなかった。ファイターの肝臓に角度のいいエルボーをお見舞いする。
 めり込む肘。ファイターは不意に肝臓を叩かれて少し顔を顰める。
 ”くは、き、急所を…上手い、やつ”
 予想していなかった急所を打たれる痛みは身構えている時よりもダメージが大きい。
 さらに首に絡み付いた腕の力が緩む。隙間は出来たしかしまだ首が抜けられるほどの穴ではない。
 それでもチャンスには変わりなし。これで最後であろう千載一遇の好機を必死に手繰り寄せるセイバー。
 首を支点に身体を反転させ抱き合うような格好にもっていく。さらに反転しながら名剣を思いっきり薙いでやる。
 敵の狙いを読み取ったファイターは白銀の甲冑を蹴り飛ばして距離を離した。
 セイバーはついにファイターの豪腕からの脱出を成功させた。脳に血液が供給され胡乱な頭も蘇生する。
 ”あ、危なかった………ファイターの絞め落としには十分に警戒しよう。また喰らったら今度こそアウトだ”
 ファイターの水中戦の上手さに驚愕させらた分より格闘への警戒心を強めることに決める。
 そうして再び踊りかかってきたファイターを迎え撃った。

 必死の想いで果敢に奮闘するセイバーだが次第に守りに入ることが多くなってきていた。

 キンキン!キンキン!と水の中で圧迫された金属音が鳴る。
 ファイターはセイバーの鋭い突きを素早く泳いで回避する芸当まで見せていた。
 この英雄は水中戦闘にも非常に慣れているらしく水中での活動も全く苦にしていない様子だ。
 そのため当然のように薙ぎ払いも切り落としも仕掛けて来る。
 それに対してセイバーは刺突が主体で薙ぎや斬り下ろしは極稀にしか使わない。
 そのため攻撃の対処法が一部に限定される。そうなれば捌く方も楽なのである。
 来る球の種類が分かっていれば打ち返すのは容易い。つまりそういうことだ。
 ファイターがハイキックを放つ。首を反らして何とか避けるセイバー。だが胴ががら空きになった。
 当然そんな隙を見逃すような甘い相手でもなく、即座に胴薙ぎを打ち込んだ。
 斬られる白銀の甲冑。鎧の守りを貫けて筋肉が浅く切り裂かれてゆく。
 海の中に騎士が流した血の赤色が煙の様に溶け込んでいく。
 だがそれでもまだ幸運。陸上だったなら下手すると真っ二つにされかねない一撃だった。
 ならばこの程度ですんだのは僥倖。まだ十分に戦える。気力を奮い立たせてセイバーは剣を構えた。
 好機とばかりに一気に攻め込む闘士。水中で縦横無尽に武器を操りじわじわと騎士を追い込んでいく。
 必死に凌ぐが段々とセイバーの攻撃の手が止まり、とうとう防御に徹する事が増えてきた。

 両者が持つ水中戦での攻撃の引き出しの差が出始めていた。

 このままでは負けると悟ったセイバーが水面を目指して浮上し始める。
 勿論息が続かないからではない。なるだけ自分に有利な場所に移動しているのだ。
 闘士もそれに続いて浮上を開始する。逃すまいと騎士を追う。追いつかれてなるものかと闘士から逃げる。
 激しいキックで水を掻き泳ぐ。二人の生み出す力強い推進力はぐんぐんと水面までの距離を縮めて行った。
 水面はもう直ぐだ。
「ぷはあっ!」
 なんとか振り切る事に成功したセイバーがまず先に水面から顔を出す。
 そして間髪入れずに再び海中に体を潜らせた。
 潜りながら逆手に持った聖剣を水中に突き刺した。
 剣の切っ先が後を追ってきたファイターの顔面目掛けて襲い掛かる。
 突然の反撃に目を見開くファイター。
 しかしキックで生み出した推進力を上手に利用し、まるで魚のようにくねりと急旋回による緊急回避を成功させ事無きを得た。
 だがそれでも少しばかり肝は冷えた。セイバーからのさらなる追い撃ちを警戒し現在位置から少し離れる。
「ぷはっ!」
 そうしてセイバーに続いてファイターも水面から顔を出した。
 ファイターが水面直前で移動したこともあり二人の距離はそこそこ離れている。
 さてどう攻めるかとファイターが思案していると、意外な事にセイバーの方から仕掛けて来た。

「なんだと……速い?!」

 水中戦を得意とするファイターが驚いた声を上げた。
 セイバーがズバババババババババー!!と凄まじい勢いで水を掻き分け、しかも物凄いスピードでこちらに泳いでくるのだ。
 その勢いはまさに腹を空かせた鮫のようである。
 騎士がクロールだと?!あまつさえバタフライだと!?
 先ほどの水中戦でのぎこちない動きがまるで嘘だったかのように今のセイバーの泳ぎは恐ろしく達者でしかも速い。
「もしやセイバーの奴…潜水よりも水泳を得意とするのか?」
 だが全ての生物が眠りについた暗き海ではファイターの問いに答えてくれるものはおらず。
 そして、彼の目の前で起こっている光景こそがその問いに対する明確な回答に他ならない。
 超人的な速度で泳いでくるせいであっという間に両者の距離が詰まる。
「ぬおおおおお!」
 大した息継ぎもせず気合一発根性全開、海獣のような勇猛さでひたすらに泳ぐ。
 目前に迫った水泳騎士を潜水闘士は右方に泳いでなんとかやり過ごす。
 セイバーはファイターの横を通り抜けざまに、ジュパジュパと海水を名剣で切り裂いていった。
 水中戦には慣れていないだろうに、もう水での戦いに適応し始めている。
 騎士のその閃きに思わず感心するファイター。
 セイバーの泳ぎは手で水を掻く動作と剣を振り降ろす動作が連動していたのだ。
 つまり、白い騎士は泳ぎながらも敵に攻撃が可能。
 おまけに剣は水面上から水面下に振り下ろされる。
 水の抵抗が無い分水中での攻撃よりも有効性はずっと高い。

 アタックを外されたセイバーが魚雷のようにUターンして再度強襲をかける。
 またしても先と同等の速度と勢いで突っ込んでいく。
 どうやらあの泳ぎはマグレでも無ければ何かの間違いでもないらしい。
「ちぃ!元気なやつめ!」
 ファイターはとりあえず鮫男が己に到達する前にさっさと水中に潜って接触を避けるした。
 潜水しながら水面の様子を探る。
 ファイターが潜水するのと入れ替わるようにシャークマンが水面を切り裂いて奔っていった。

 セイバーの正体をまだ知らないベーオウルフは知る由も無いが、実はローランもまた泳ぎが達者なのだ。
 それは彼の生前の話に遡る。
 かつてローランはとある事情により理性を失ったことがあった。
 そして理性を失い野人と化したオルランドゥという名のローランは、
 その際に何ヶ月もの間ヨーロッパ中の野山に町村と処構わず裸足で駆け巡り、
 あげくの果てには地中海すらも生身で横断するという暴挙をやってのけた。
 たとえ理性が無くとも一度肉体に染み付けた技能はそうそう消えはしない。
 本能で生きているローランならば尚更だ。
 つまりその地中海横断の時に勝手に身に付いた(あくまで身に付けたではないのがミソだ)のが今披露している見事な泳法なのである。

 一方そんな事情など露知らず、ファイターは知恵を絞っていた。
 あまり悠長にやっている時間はないのは確かだ。
 水中戦を始めてから既に二分ちょっとの時間が経過している。
 遠坂に貰った貴重な時間。彼が敵を前にしてジッとしているにしても五分程度が限界だろう。
 マスターにも色んな思惑もあるだろうが彼が自分達の事を考えてくれた可能性も十分有り得るとファイターは考えていた。
 その心遣いのためにも与えられた約300秒。
 この間に何としても納得のいく決着を付けたい。このまま水中戦を続ければファイターの勝率は高いだろう。
 だがそれはファイターにあまりに有利過ぎてお互い全力を尽くした結果の決着とは少々言えない状態だ。
 それに水中ではセイバーは勿論ファイターも戦闘力が多少落ちる。
 落ちる幅に差が有るだけで陸で戦うよりも弱体化するのは間違いない事実だ。
 そして死力の末の決着を望むならお互いのマスターにも生きていて貰わないといけない。
 もしマスターが死亡すればサーヴァントの力に多大な影響が出るからだ。
 魔術師としての力量はセイバーのマスターよりも遠坂の方が圧倒的に上だという事をファイターは良く理解している。
 あの少女と遠坂がまともに闘えばどうやっても遠坂が勝つのは目に見えていた。
 セイバーのマスターがまだ生きている間に全力のセイバーと正々堂々と決着を付ける。

 ”そのためにはどうするべきか………”

 それにはとにもかくにもまずセイバーを完全な本気にさせないといけない。
 自分を舐めている訳では無いのだろうが、セイバーはなかなか手の内の全てを曝さない。
 全力で剣を交えてくれてはいるようだがそれでも切り札を出してこないのだ。
 体力の温存をしている可能性も否定はできない。
 何せバーサーカーの魔剣をまともに受けているのだ。
 一度喰らったことがある者ならあの宝具の厄介さが心底理解出来る。
 やはり相手が本気を出すのを待つよりもこちらから本気を出す様に誘導するのがいいだろうか。
 時間の事を考えると待ちは不確定要素が多過ぎてよろしくない。
 だがこちらから仕掛ける場合もそれが必ずしも有効だったかと言えばそうでもない。
 巨人の大刀剣を披露してはみたがそれでもまだ僅かに足りないとみえる。生半可な手では駄目だ。
 セイバーに完全に本気を出させる方法。
 深く短く柔軟に思考を巡らせる。
 マスターを襲う?即行で却下。挑発する?怒りはするだろうが本気が出るとは限らない。
 また全力で攻撃を仕掛けてみる?方法的には間違ってないが後一押しが欲しい。
 そうして考えた末、基本にして最終手段でもある結論が導かれた。

 ────両者全力での決闘ならばやはり宝具で決めるのが最良────。

 セイバーの全力を引き出したいのなら。
 こちらが先に全力を出すのが闘いの礼儀。

 セイバーがそれで倒れるならそれでも好し。
 セイバーの本気を引き出せるならなお好し。
 セイバーの本気を引き出して勝つのならさらに好しだ。

 どう転んでもファイターにとって悪くはない結末になるだろう。
 そのことに満足するとファイターは思考を切り替えた。
 今度は闘うための思考だ。
 作戦を素早く立案そして実行に移す。

 よし行動開始だ。

 ファイターは好敵手の待つ海面へと浮上を始める。
 相変わらず騎士はサメ然としてその場をぐるぐると泳いで回っていた。
 その場所から15mほど離れた場所に顔を出す。
 セイバーも一旦泳ぐのを停止してファイターの顔をはっきりと見た。
 二人の目が合った瞬間。
「セイバー、果たして君は私に追いつけるかな?」
 皮肉な笑みを浮かべてついでとばかりに親指でギロチンサインをかましてセイバーを挑発する。
 少しわざとらしいがセイバーの性格を考えると大げさであればあるほどいい。
 そして速攻スタートを切った。
「なにぃ?!この待てーー!!」
 案の定まんまと挑発に乗せられたセイバーも僅かに遅れてスタートを切る。
 まだお互い攻撃できる距離ではない。豪快な泳法で並走する二人。
 どちらの移動速度も速い。とても水の中にいるとは思えないスピードだ。
 斜め前に進むことで徐々に狭まっていく両者間の距離。
 決闘者達は泳ぎながら視界の端で好敵手の姿を確認する。
 そして間合い内に入ると同時に手にした剣を突き出す。
 水に穴を開ける二連射砲。対するは水を切り裂く二連閃。
 互い損傷に至らせるつもりの攻撃が逆にお互いの攻撃を防いでいる。
 それから二三度同じ事を繰り返す。やはり相手の攻撃が障壁となり自身の攻撃が届かない。
 二人は武器を手にした方の手で相手に攻撃しながらも空いた手と足は休めず水を掻き続ける。
 陸が近くなってきた。
 それから海上での殺陣をもう六合ほど繰り返してとうとう二人は浅瀬に到達した。
 先に到達したのはファイターである。
 足が海底につくのを確認すると浅瀬から浜辺までを一気にジャンプした。
 続くセイバーも同様にして陸地へと着地する。
 二人揃って僅かに弾んだ呼吸を整える。
 何も知らされずにファイターの後を追ったセイバーも本能的に勘付いていた。
 これから大きな一勝負があることに。
 ゆえになにも言われずともそれに備えた小休止を行なうのだ。

 その表情もレース直後と打って変わって真剣そのもの。
 先に仕掛けるファイターの表情はもっと真剣だった。


「ではゆくぞセイバー」
 ファイターが後方に下がって距離を開けた。
 セイバーも足場を良く確認し、どんな攻撃にも対処出来るように精神を集中させる。
 ファイターの気配から感じ取ったのだろう。本当に野生の特有の勘の鋭さである。
 セイバーは目の前の男がいよいよ己に対して真なる必殺を放ってくるのを本能的に察していた。
 足を開いて腰を落とし大地を踏み締めているのは降りかかる必殺に備えた構えに他ならない。

 自分たちの現在位置からそこまで離れていない場所に二つの人影が見えた。
 どちらのマスターたちもまだ生きている。
 マスター存命という第一の条件はクリアした。
 後は両者が本気を出し合う第二の条件をクリアするだけ。
 遠坂から貰った時間は残り一分程度。残り時間は十分だ。
 月が綺麗な夜。闇に染まった海と静かな浜辺。
 決闘が決着する場所にしては少々ロマンチック過ぎる所ではあるが。

 さあ尋常な決着のため。


 いざ─────勝負!!!


「いくぞセイバ……我が猟犬の牙を凌ぎ切れるか?」
 吼えるファイターが両腕を開いて体中の魔力を集中させている。
 その魔力の波動でマスターたちが少し離れた位置にいるサーヴァントたちの存在に気が付いた。
 だがそんなものは二人の眼中にはない。視えているのは己の前に立ちはだかる英雄のみ。
 離れていても闘王から迸る力がひしひしと感じられる。
 目をカッと見開いたファイターの瞳には敵を必倒する未来しか視えていない。
「獲物は最高純度の騎士だ、遠慮はいらぬ!全力で喰らいつけ!!」
 その主人の意志を糧に赤の魔犬が目を覚ます。覚醒する宝具。
 ベーオウルフが手にする真赤の魔剣が騎士の血を寄越せと鳴動する。

 ─────ドクン。
          ドクン。

  ドクン。

             ドクン。
      ドクン   ドクン。

      ドクン。

 ドクン───────!!

 胸の鼓動に連動するように魔剣から魔力が溢れ出す。
 左手は前方の騎士へと向けて照準代わりにする。
 そして右手の魔剣は左手とは正反対の後方に切っ先を向ける。
 両足は大地に根を下ろす木々の如くしっかりと固定した。

 ぐぐっと全身の力を溜める。

 溜める。溜める。
 まだ溜める。もっと溜める。
 まだまだ溜める。もっとだ。

 もっともっともっともっともっともっともっともっと力を───!

 そうして溜めに溜めた全ての力が一点に収束していく。
 血で濡れ光るような妖しい煌めきを放ち出す魔剣。
 舌を出し、涎を垂らした紅の猟犬が主人の号令を忠実に待っている。

 闘士が魔剣の柄をこれでもかと握り締め。
 騎士も聖剣の柄をこれでもかと握り締め。

 心音が緊張と興奮で激しく高鳴る。勝利を渇望する魂が荒ぶる。
 極限の競い合いが生み出す歓喜が体中を駆け抜けている。

「貴公の秘めし真の力、私にも見せて貰うぞ────!!!!」
 魂からの叫びを放ちファイターが敵を必倒せんとついに動く。

「真正面から受けて立つ!来るがいいファイターーー!!!」
 セイバーも体中から魔力を立ち昇らせて真正面から迎え撃つつもりだ。
 騎士たる者は逃げも隠れもしない。
 ファイターが全力を尽くして自分を斃しに来るというのならセイバーもまた全力で撥ね返すのみである。

 二人の英雄の雄叫びが周囲を揺るがす。
 正真正銘の全身全霊を篭めた一撃。
 集中させ集積させ集束させた魔力の塊を限界まで引き絞った強弓の如きしなやかさで射放つ。
 ストロークする豪腕。
 流れるように動くなめらかな足捌き。
 僅かな助走をつけた投法はサイドスロー。文句の付け所が無い完璧なフォームだった。

 全ての時は満ちた。今こそ決着の刻───!


    赤原
「───フルン」


 ドグン!!と一際強く輝く赤色。光が蠢動する。
 剣からルビーのような美しい輝きが発散していた。
 最後の踏み込みの雄々しさはまさに獅子。もはや溜息すら出てこない。
 腕の振りは手首のスナップにおけるまで終始完全にして完璧。


  猟犬
「ディング────────!!!!!」


 ついに秘した真名を以ってその魔の猟犬を解放した!
 闘王の右手から死の赤犬の首を繋いだ手綱が離れる。
 その圧倒的な光景に戦慄と歓喜で目を見開く白銀の聖騎士。

 その時セイバーは。

 確かに。

 狼の遠吠えを耳にした───。


 マッハを超える音速の猟犬。
 これはファイターという名の弓から射られし光の矢そのもの。
 大気を吹き飛ばしながら獲物目掛けて一直線に飛翔する魔剣。
 狙うは急所一点。猟犬の持つその強靭な牙を以って相手の息の根を確実に止める。
 主人を決して裏切らないとされる伝説の剣。
 下手に触れようものなら体に巨大な大穴が開くのは間逃れない。
 しかしそんな怪物を前にしてもセイバーは果敢に前進した。
 喉から奔る気合。
 絶対に退かんという鋼の決意。
 勇気こそが怪物を倒すのに最も必要な武器であると。
 嘗てフランク最強と謳われた聖堂騎士はそれを誰よりも知っていた。

「うおおおおおおおおおおおお────オレを斃すにはまだ足りないぞ!!!!」

 そして梃子でも動かんと言わんばかりの踏み込みで大地にしっかりと根を下ろした。
 それに続くのは力を溜めに溜めた右腕とそれに繋がった天使の聖剣。
 闘士と同様に己の全身全霊を込めて下方より三日月の弧を描いて斬り上げる。

 ───互いを殲滅するため激突し合う魔剣と聖剣。

 その勝敗の行方は………。

 空高くに舞い上がる真赤の魔剣。
 騎士とその剣は未だ健在。
 魔の猟犬はセイバーというダンプカーと衝突し遙か後方に跳ね飛ばされていた。
 つまりこの勝負は。セイバーに軍配が上がった。

 騎士はニヤリと好敵手に向けて勝利を確信した笑みを向ける。
 だが喜びも束の間。
 闘士も壮絶な笑みを浮かべていたのだ。
 脳内をかき鳴らす危険信号に反応して騎士は迎撃体勢を継続する。

 それと同時に、
「まだだ、まだ終わってないぞ!ゆけぇぇぇええ我が魔犬よ!!!」
 闘士の一喝が響き渡った。腕を大きく振って、標的である騎士の心の臓を指し示す。
 その意志に従い一度敗れた猟犬が再起動する。
 そしてセイバーの後方頭上高くから再度生き返った猟犬が隕石のように落ちて来る。
 先と同等の速度のまま攻撃を続行する。
「これがファイターの宝具の力か……!!?」
 驚愕する。騎士と同様に魔剣も健在。まだ魔の猟剣は死んではいなかったのだ。
 またしても音速を超えた速度で飛来する。
 とても回避などで出来るスピードなどではない。
 むしろ下手な回避は死に繋がってしまう。
 仮に魔剣そのものに触れなかったとしても猟犬がその周囲に纏った衝撃波があるのだ。
 その魔力の密度たるやサーヴァントの鎧を貫いて致命傷を与える事も十分に可能なだけの力を秘めている。
 それが宝具による攻撃。それが英雄の持つ切り札の真価。
 よって回避は却下。嫌でも迎撃して撥ね返すしか助かる方法は無い。
 またしても気合全開で紅の猟犬を迎え撃つ。
 助走距離が無い分その場でハンマー投げのようにくるりとくるりと何度か力強い回転して勢いを生み出す。
 そしてその勢いを殺さないまま剣を叩き下ろす!
 魔剣の切っ先が心臓を狙う軌道から逸れた。
 セイバーの脇を通り越してそのまま後方へとかっ飛んでいく。
 すれ違いざまに暴力のような衝撃波が騎士の純白の甲冑を舐めていった。

 セイバーの二度目の迎撃も何とか成功した。

 だが今度は一度目と状況が少し変わっていた。
 重い物を強引に剣で吹っ飛ばした衝撃で手が痺れている。
 魔剣が横を通り抜けて行った際に受けた衝撃波のダメージがある。
 体力魔力を消耗している。直撃こそ凌いだだけに過ぎない状態だった。

 またしてもファイターが再攻撃の号令を出す。
 猟犬は軌道を即座に修正してまたもやセイバーを狙う。
 轟く風音がまるで猟犬の唸り声のようだ。
「うわ…また!!?」
 死を運ぶ飛来物。猟犬の凶牙は止まらない。
 そもそもこれしきの事で止まる筈が無いのだ。
 赤い猟犬は白き騎士を喰らい滅するために顎を開く。
 セイバーは三度目の迎撃に入った。死力を振り絞る。
 次の攻撃を考えると余力を残さないとならないが、余力など残せばその時点であっさりと死に絶えてしまう。
 ならば今は後など忘れて燃え尽きるまで生死の根競べを翔け抜けるのみ。
 しかし圧倒的に分が悪い。条件も悪い。何もかもが悪すぎる。
 でも。それでも。
 セイバーの口元から笑みが漏れた。

 条件が悪い?圧倒的に分が悪い?自分の不利?
 これが?どこがだ?冗談にもならない。
 そうさ話にもならない。
 ………だって。

 あの時の方がもっと条件が悪かっただろう───!!

 最強の幻想種。獣の王。最高にして最優の恐怖の具現。そんな数々の畏怖の権化。
 その竜種を相手に棍棒一つで勇猛果敢にも単身で勝負を挑み、無謀な死闘の果てについに勝利の栄光を手にした。
 あの時に比べれば……あの絶望的状況に比べれば、あの逆境の極致に比べれば!

「こんなもの……逆境でさえない。そうだ!魔犬如きがオレの首を獲るなど下らん妄想にも等しい!!」

 剣閃の威力は大魔神の金鎚。
 豪快にして強烈無比な破壊の一撃が魔剣の刀身をしっかりと捉えた。
 刹那の接触に全神経を研ぎ澄まして魔剣の受け流がしに掛かる。
 僅かな狂いが死を招く事になる一瞬の交錯。だが彼はそんな下手を打つ様な間抜けではない。
 絶技とも呼べる領域の絶妙な力加減と角度調整。セイバーの天性のセンスがこれでもかと力を発揮する。
 鎧を砕かれ、体に生傷を作り、魔力を消費し、体力を削がれた。
 しかしそれでも騎士の首は未だに元の勇壮な姿のままだ。

 三度目の迎撃は辛うじて成功した。

 受け流される牙。しかしその代償に騎士は体勢が崩す。
 甲冑全体に皹が入り始めた。聖剣を握る手の痺れが酷くなり麻痺し始めてきた。
 魔力の消費量が上がってきている。体力も消耗が激しい、もう息が上がってきた。

「体のキレが無くなってきているな、もう限界かセイバー!」
 だがファイターは攻撃する意志を止めない。
 魔剣に魔力を供給し続けている。容赦なく攻撃続行の命令を下す。
 その意志を汲んで猟犬が再び軌道を修正し、標的に再アタックを仕掛けようとしている。
 それは止まらない牙。絶対に止まらない牙。
 使用者が狙い続ける限りどれだけ弾かれようとも獲物を追い続ける赤色の猟犬。
 それこそが魔剣フルンディングの能力。
 主を決して裏切らないと謂われた忠実な剣。

 どこまでもいつまでも主人の敵が斃れるまで攻撃し続けることが出来る宝具──!

 セイバーの身体から嫌な汗が流れる。
 彼の直勘が告げていた。このままでは負けると。
 今のまま根競べを続ければ力尽きるのは己が先なのだと。
 ではどうすればいい?
 必死に頭を巡らせて考える。

 どうする!?
 どうする!?どうする!?
 どうする!?どうする!?どうする!?
 どうする!?どうする!?どうする!?どうする!?
 どうする!?どうする!?どうする!?どうする!?どうする───!?

 だが都合良く思い付くわけが無い。
 そりゃ当然か。頭を使うのはオリヴィエの役目であってオレの役割じゃない。
 オレが出来ることは。出来ること。出来ること!何がある!?
 全ての引き出しを開けろ。中身は全部引っくり返せ。
 絶対に使える何かある筈だ。
 自分の周りには知将の親友がいた。偉大な聖堂王がいた。奇跡に通ずる大司教がいた。
 超一流の騎士がいた。邪教を崇拝する王とその手下がいた。大天使様がいた。幻想種がいた。
 これだけのものがあるんだから絶対に無い筈が無い。

 課せられた勝利条件は無茶苦茶厳しい。

 まずファイターの攻撃意欲を殺がないと魔剣の攻撃は止まらないだろう。
 だがファイターばかりに気を取られる訳にはいかない。
 なぜならあの真赤な猟犬の攻撃を喰らえば確実に死ぬ。
 万が一迎撃し損ねても死ぬ。おまけに逃げ切る事など出来はしない。
 とどめにいくら弾き飛ばしても何度でも襲い掛かってくるのだ。
 ファイターの宝具はそういう概念による攻撃だ。
 つまりこれを攻略するには。

 ………魔剣の攻撃を防御して、なおかつファイターの攻撃意志も殺げということだった。

 冗談じゃない。無茶振りもいいところだ。
 そんな奇跡みたいな方法が都合良くあるわけが無い。
 だけどそんな奇跡じみた方法を取らないと敗れるのは自分自身だ。
「セイバー!!」
 セイバーの絶体絶命の危機に綾香が悲痛な叫びを上げている。
 否、自分だけではない。
 己の敗北はイコールあの新しいマスターも死ぬ。という事態になってしまうのだ。
 そう彼女……アインツベルンのように……!
 マスターの声が耳に痛い。
 奇跡が欲しい。奇跡が欲しい。奇跡よ起これ。奇跡を起こせ!
 頭を空っぽにしろ。無心になれ。祈れ。真摯に祈れ!
 テュルパン大司教も言っていたじゃないか。
 真に困ったことが出来たらデュランダルに祈れと!
 天より授かった煌めきの聖剣なんだ。
 信じろ。信じろ。
 この聖剣ならば奇跡の一つや二つくらい起こせるに決まっている!

 ───奇跡の、一つや二つ……?

「こらーセイバー!アンタまだわたしに聖剣の真髄を魅せてくれてないじゃない!!このまま負けるなんて絶対許さないわよ!!」
 少女の声はもはや悲鳴に近いものだった。
 そんな状態でも。それでもまだ彼女は。
 最後の最期まで騎士の力を信じる主君の姿のままだった。

「そうだこれだっ!!」

 聖剣の真髄だ。
 聖剣の真髄を魅せてやればいい。
 相手は宝具。ならばこちらも宝具を以って対抗すれば必ずや道は開けるはずだ。

 否。道を切り裂いてみせてこその誉れ高き聖堂騎士だ…!

 デュランダルの真髄。
 天使の聖剣が起こす奇跡。
 煌きの聖剣が起こせる奇跡。
 オレの聖剣が持つ奇跡───!!

 天啓の如き閃きに導かれ純白の騎士が息を吹き返す。
 その瞳にもはや迷いはない。
 己が起こせる奇跡に手を伸ばすことのみに執心する。
「悪かったよ相棒。これからがオレ達の本番さ……うおりゃぁぁああっ!!!」
 自信に満ちた薄笑みを浮かべてデュランダルに語りかける。
 これからが真の本番だ。最後までこの相方にはオレの無茶に付き合って貰わなくちゃいけない。
 しかし大丈夫だ。無理ではないし不可能でもない。
 デュランダルならば、自分ならば、絶対にやれる。
 再三に渡って襲撃をかけてくる魔剣。
 轟雷と疾風を混ぜ込んだような魔の飛翔。
 第四撃目の猟犬の攻撃に自身の剣のタイミングを合わせる。
 万が一ここでトチれば全てが水の泡。あっけなく全身が粉々になって消滅する。

 しかし、この程度の事でトチるような騎士が最強のパラディンであるはずが無い───!!

 四度目の攻防。
 交差する魂と意地。刃と刃。衝突時の金属音は真実爆音の如し。
 騎士の根性が魔犬に競り勝った。
 フルンディングが遙か後方まで吹き飛ばされる。
 またしてもセイバーが辛勝した。だが騎士の肉体は既に限界。これ以上の迎撃は出来ない。
 セイバーに向かって指を刺す巨漢が一人。
「見事なり白き騎士公よ……だが!」
 まだ終わっていない。
 ファイターもまだ勝負を諦めていない。
 セイバー程でないにしろファイターも余裕がある訳ではない。
 不屈の紅魔剣へ供給する魔力の負担が己を刻一刻と侵食しているのだ。
 しかしそれでも手は止めない。いや止められる訳が無いではないか。
 自分よりも損害が激しいにも関わらず未だ雄々しくも立っているあの英雄を前にして余力のある己が先に諦めるなど出来る訳が無い。
 そんな不覚悟は英雄の恥晒しでしかない。
 主人の闘志に負けぬとばかりに猟犬が猛進してくる。
 とうとう五度目の攻防を迎えた。
 一撃目から既に四度の猛攻を凌いだ騎士と闘士の誇りと意地のぶつかり合い。
 これはまさに肉体ではなく精神の潰し合い。精神を気迫で参ったと言わせれば勝ちなのだ。
 フルンディングの五度目の再々々々攻撃。
「これで終わりだ」
 セイバーが己の聖剣を縦に構え額に当てた。
 決意と覚悟を決めた…腹を括った漢の瞳だった。

 五度目───そして最後になるであろう両者の攻防。

「それが貴公の死力のすべてかセイバーーーー!!!?」

 ベーオウルフが吼えた。
 強い意志と共に見開かれるまなこ。
 その眼はこれより起こる事を一瞬たりとも見逃すまいとした眼だ。

「よく観ているがいいぜファイターーー!!!」

 応じるようにローランも吼える。
 計五回の魔剣と騎士の攻防により奇しくもセイバーとファイターは向かい合う形になっていた。
 お互いの瞳がお互いの姿を鮮明に捉えている。
 ローランが縦にしていた『絶世の名剣』を胸の前で水平にした。
 その今までに観た事が無い奇妙な構えにファイターも遠坂も綾香も眉を顰める。
 今までと全然構えが違う。だが奇妙なのはそれだけではない。
 なにより奇妙なのは。
 剣の両刃は天と地の方角を向いていること。

 つまりセイバーは─────聖剣の腹を魔剣の切っ先に対して向けているのだ。

「これが………」
 音を超えるとどめの『赤原猟犬』が大地と大気を荒らぶらせながら飛来する。
 もはやタイミング的に聖剣で魔剣を弾き返す事は叶わない。
 しかしそんなこと意にも介さない。元より迎撃する気などさらさら無い。
 聖騎士が今から行なうのはただ一つ。

 魔剣を攻撃を無力化し、さらにファイターの攻撃意志をも殺ぐという奇跡なのだから────。

 ローランは最後に神に祈った。
 天使に祈った。
 聖堂王に祈った。
 親友に祈った。
 仲間達に祈った。
 そして己の誇りである愛剣デュランダルに無垢な祈りを捧げた。

「──我が聖剣の秘めたる力!!奇跡の力だ───ッッ!!!!」



 高らかに宣言して、デュランダルを”盾”にした────!!!!!



 完璧に直撃。刹那に魔力と魔力が神秘と神秘が己の存在を賭けて激しくぶつかり合う。
 より強い概念は己なのだと弱き概念を圧し潰しに掛かっている。
 弾いたり受け流したりの今までとは違う完全な激突によって発生した衝撃波が騎士の周囲の物体を蹂躙する。
「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
 吼え猛るローラン。
 フルンディングのパワーと勢いに圧されてセイバーの両足が猛烈な勢いで後退させられていく。
 騎士の強制後退によって砂浜に二筋の深い溝が長々と描かれる。
 しかしそれでもなお騎士は無事であった。それも当然だ。
 何故なら血に濡れたような輝きを放つ真赤な魔剣の切っ先はまだセイバーの体に届いていないのだから。
「すごい………!」
 セイバーがこの状態でまだ生きているという現実に綾香も遠坂もそしてこの宝具を解放したファイターさえも驚いていた。
 魔剣の進攻が完全に止まっている。
 強力無比だった破壊の一撃は掌ほどの大きさしかない剣の盾によって完璧に阻まれそれ以上前に進めずにいる。
 標的を目前にしてお預けをされた駄犬がよだれを垂らして激しく暴れ狂う。
 だがそれでも聖剣の刀身は砕けない。皹すら入ることはない。

 彼の騎士王が持つ光の聖剣は人々の願いと栄光という名の祈りで出来ているという。
 ゆえに最強の聖剣は眩しいまでの儚さで光り輝くのだ。
 ではこの聖堂騎士が持つ天使の聖剣は?
 デュランダルはエクスカリバーのような栄光の祈りの結晶ではない。
 そういった想念ではこの聖剣は編まれていないのだ。
 では一体何で編まれているのか。
 それはただ一つにして絶対の想念。


 デュランダルは─────戦場に生きるすべての者の誇りで出来ている。


 故にかの聖剣は決して折れ砕けはしない。
 誇り高き騎士たちの誇りの結晶。
 気高き戦士たちの誇りの結晶。
 折れる、砕けるという事を知らぬ強固な概念。
 それが聖剣デュランダルが秘める一つ目の奇跡。

 その奇跡の力の恩恵を誰よりも受けることが出来たなれば。


 ────この煌めきの聖剣は、世界最小にして世界最硬の盾となる───!!!


「ぐぬぬぬぬ、お、あ!おお。うおおおおおおおお!!」
 負けるものかと奥歯を食いしばる。腕の筋肉が怒張する。足腰の筋肉が必死に耐える。
 極小の盾を砕かんとしてより激しく『赤原猟犬』が暴れ狂う。
 ぐいぐいと引き摺られる様に強引に後退させられる騎士。だが砂に足を取られてバランスを崩すわけにはいかない。
 額から汗が滴り落ちた。緊張で喉が渇く。全神経が剥き出しになったような超感覚。
 しかし今はその感覚が有りがたい。眼を瞑っていても何がどこにあるのか把握できる気さえしてくる。
「まだいける!まだ…まだまだ、まだだーーッ!!」
 ところで直撃こそしてはいないが無論こんな無茶をしてセイバーも無傷で済むわけがない。
 直接刃は防げても魔剣と聖剣が衝突した際に発生した魔力や衝撃波などの形無いものまでは流石に防げない。
 その無形の暴力は確実にセイバーの体を徐々に蝕んでいた。
 しかしそれをファイターに決して悟られてはならない。必死の想いで苦痛をひた隠す。
 余裕が無いことを知られてはいけない。あくまで余裕であるかの様に振舞わねばならない。
 なにせ最硬なのはあくまで掌サイズの極僅かな面積だけなのだ。
 ローランが持つ野性のセンスと天性の直感で盾の位置や角度をミリ単位で修正することによって、
 聖剣盾と魔剣の二つの力を拮抗させなければ天秤のバランスが崩壊し即座に死滅する破目になる。

 つもるところこの小盾は……己の肉体と精神を極限まで磨り減らしながら使う奇跡の盾に他ならない!

 だがしかし白銀の騎士は毛ほどの力も緩めない。
 目も逸らさない。諦めもしない。
 己の勝利を信じて疑わない。
 無理ではない。無茶でもない。無謀でもさえない。
 そんなつまらない道理など大好きな仲間達と共に、そしてこの天使の聖剣と共にいくらでも斬り崩してきた。
 だから今回だってきっと斬り崩せる。否、斬り崩す。
 無理無茶無謀の巨壁を己が誇りの刃で真っ二つにする。

 それがオレたち十二聖騎士!我らが主と我らが聖堂王が誇る最強の聖堂騎士団の実力だ!

 魔力の猛りと衝撃波が身を貫こうと体力や魔力が底を尽こうとも勝てると信じている。
 何故ならこの程度の駄犬な魔剣に気高き騎士たちの誇りが屈する筈が無いのだ。
 いくら吠え喚こうが無駄なことだ。
 貴様程度の魔の剣に。
 オレたちパラディンの誇りを。


 全て騎士たちの誇りを─────砕けるものなら砕いて見せるがいい!!!!


 目が眩むばかりの眩しい光が周囲を包んだ。
 爆裂する風と衝撃波が周囲を蹂躙していく。
 浜辺に存在した物々が宙を飛び交う有様は凶器が舞い踊っているようだった。
 マスターたちは蹂躙の風に身を低くし顔を手で覆って自身を守る。目は開けていられない。
 そしてようやく烈しい突風が止んだ。
 それから直後にどしゃっと重たい金属が砂の上に落下した。
 真っ赤な色をした長い柄をした魔剣だった。

「……ふふ、はははは!!はっはっはっはっは!!見事だセイバー!
 貴公の真髄しかと見届けさせて貰った!さすがは最強と名高い剣の英霊のクラスだ物が違う!」
 その直後ファイターが心底愉快そうに笑った。
「へへ、見たか!どんなもんだいっ」
 自身が起こした奇跡の結果にセイバーも鮮やかに笑ってみせた。
 ついでに綾香に対してガッツポーズを見せる。綾香もそれに応えてガッツポーズを返してきた。
 主人の命令を失った魔犬はもうぴくりとも動かない。
 散々梃子摺った『赤原猟犬』が攻撃を再開しないということはつまり。
 ファイターの攻撃意志が死んだということに他ならなかった。
 魔剣を防御しファイターの攻撃意志も殺すという二つの難題をセイバーは見事にクリアしてのけたのだ。

「はぁはぁはぁ!でも…これはさすがに少々マズイか」
 肩で息をするセイバーが小声で呟いた。
 宝具を打倒したのは良いがその代償で支払った消耗が激しすぎる。
 最初っから今のがやれていればまだ幾分か消耗度もマシだったのだろうがそれを言った処で何も始まらない。
 まだちゃんと生きているだけでも良しとするべきだろう。
 それによく観るとファイターの方も少し息が上がっているようだ。
 まあどんなにタフなサーヴァントでも宝具を全力全開で解放すればそりゃあ多少なりとも消耗するだろう。
 というよりして貰わないと困る。だがそれでもまだファイターの方が有利である。
 消耗具合もセイバーに比べれば軽いのが予想された。
 しかしそんな状況にも関わらずセイバーは足元に落ちた魔剣を拾い上げてファイターの方へと放り投げてやった。
「………よいのか?折角死力尽くして止めたというのに」
 目前に突き刺さった魔剣に視線を送りながらファイターが問う。
「構わない。剣を持たぬ者とは戦えない。常に正々堂々と闘うのが本物の騎士だ」
 するとセイバーはなんでもないことの様に首を縦に振った。
 己を本物の騎士だと誇るのならば卑怯な真似は出来ない。
 それがローランの短所でもありまた長所でもあった。
「天晴れなり誇りの剣を持つ騎士よ」
 闘士は礼を言って魔剣の柄に手をかける。
 セイバーが宝具を討ち破った事で勝負は再度仕切り直しと相成った。
 そうして互いに武器を構え合う。
 きっとまた剣と剣。自身と自身のぶつかり合いになることだろう。
 集中力を高めていく。神経が刃のように鋭くなる。いつしか二人の荒くなっていた呼吸が落ち着いていた。
 消耗していても構えに一切隙が見当たらない二人の大英雄。

 ……これは決着までもうしばらく時間が掛かりそうだな。

 と、お互いがそんなことを思った。
 途端。
 セイバーでもファイターでもマスターのものでもない強い魔力を持ったナニかが突如としてこの浜辺に出現したのを感じ取った。
「ん?」
「なんだこの魔力は?」
 正体不明の魔力の気配に反射的に首をそちらの方角に振り向こうとし……即座に中断する。
 セイバーは嫌な予感に後押しされるようにその場から思いっきり飛び退いた。
 直後、激しい焔に焼かれる砂浜。
 火柱が夜空高く立ち昇り浜辺をオレンジ色に染めていく。
 突然噴出した炎の触手に少しばかり撫でられるセイバー。
「熱ちちちちち熱ちぃーー!!?」
 悲鳴と共に湿った砂浜をごろごろと転げ回り鎧と外套に燃え移った火を消そうと努力する。
 さらにパンパンと強く手ではたいて火種を払いきってしまう。
 火か完全に消えた時には甲冑に付属する純白のマントは飛び火により焦げて長さが少々短くなるという無残な姿になっていた。
「ォ、オレのマントが………くそっ!なんだっていうんだコノヤロー?!」
 セイバーは悪態をついて今の局地的火災の元凶であろう影に犬歯を剥き出しにして睨み付けた。
 ファイターも遠坂も綾香もその突如出現した正体不明の影を注視する。
 そして固まった。
「──オイオイ………」
 その呟きは誰のものだったのか。
 唖然とした声は波の音にかき消され、そこには殺意を伴った魔力だけが残留する。
 その威圧感に満ちた魔力と人を畏怖させる異形。
 それはこの場にいる者達の視線を独り占めするには十分過ぎた。
「な、な、なんで?なんでこんなのがここにいるのよ!?」
 信じられないモノがここにいる。
 ありえないモノがこの場にいる。
 居てはいけないモノが目の前にいる。
 綾香の困惑と恐怖の混じった悲鳴が周囲に広がっていく。戦慄が伝播する。
 遠坂も両方の目を大きく見開いて有り得ないと口にしていた。

 それは四足獣。形は犬に似ている。
 フサフサとした美しい毛並みに二本の太い尻尾。
 すらりとした体躯にはしなやかな筋肉がついており。
 長い爪と牙が見る者を威嚇する。
 この日本において最も有名な幻想種の一つで有るそれは。
 妖怪でありながら長い年月を蓄えたソレは時に神として祀られる事もある神魔の獣。

 ────妖狐。

 それがその怪物を著す名称だった。

 対峙していたファイターから一旦離れマスターの許へと移動するセイバー。
「おいアヤカ!あいつはなんだ!?」
 切っ先を妖狐の眉間に定めたまま騎士が背後に居る少女に言葉を投げた。
「妖狐よ妖狐!東洋の妖怪でこの国では鬼種に並んで最も有名な幻想種よ!」
「その有名な幻想種がなんでこんなとこにいるんだよ?!」
「わたしが知るわけないじゃない!というよりこんな場所に居て良いような存在じゃないわよこいつ!」
 彼らの前に出現した魔獣は狐にしてはかなり大きい体躯をしていた。
 一般的な狐や犬などの規格値を大きく逸脱している。測れば女子供位の全長はありそうである。
 獣から発散される魔力もヒトのそれとは比べ物にならない。
 魔力の強さはサーヴァント並にありそうだった。
「マスターあの魔獣は……」
「ファイターお前の方が幻想種には詳しいだろう、あれは一体何年物の魔獣だ?」
 ファイターの言葉を遮る遠坂。つまらない疑問よりもまず知っておきたい情報を優先させる。
 質問を遮られたことなど気にした風もなく言われた通りに魔獣の分析に入るファイター。
「そうだな…私の見積もりが間違っていなければ二、三百年の年月は蓄えていると思われるが」
「二三百年か……」
 ファイターの分析に遠坂は口の中で舌打ちをする。
 厄介なものが出てきた。それ以前に二三百年物の幻想種がこんな人里に居る訳が無い。
 仮に居るとしても人間の手が入らぬ秘境の奥地の筈である。
 にも拘らずこんなものがこんな場所に居るということは…。

 もはや誰かが故意に持ち込んだとしか考えられなかった。

 しかしならば一体誰が?という疑問に直面する。
 幻想種など人間の力で簡単にどうこう出来る生物ではない。
 時計塔の魔術師でもそんな真似が出来るのは数える程度しかおるまい。
 当然ながら遠坂でも無理である。遠坂が無理である以上他のマスターの仕業である可能性は極めて低い。
 マスターでは無理。偶然の可能性はまずない。
 仮に偶然こんなものが冬木を徘徊していたのなら嫌でも町に残された魔力の残滓で気付くだろう。
 だが今日までそんな不審な気配は一切感じ取れなかった。
 ということは匿っていた?
 いや幻想種を縛り付けておくなどそれこそ人間業ではない。
 すると何かが遠坂の頭に閃いた。
「人間では……ない?」
 ハッと頭を上げて叫んだ。
「まさか………キャスターのやつか?!」
 その叫びに合わせる様に妖狐が彼らに牙を剥いた。




───────Interlude ───────

 水晶玉に映し出された浜辺の光景を喜悦に満ちた表情で観察している男が一人。
「フフフフ!タイミングは上々だったな。セイバーへの奇襲の先制攻撃が決まっていれば文句が無かったがまあいい。
 ファイターもセイバーも両者共に激しく消耗している。これからさ」
 ソフィアリはたった今始まった妖狐との戦闘を食い入るように眺めている。
 己の筋書き通りの展開になっている現状を満足そうに笑っているのだ。
 しかしソフィアリの顔とは対照的にキャスターの表情は暗く硬い。
「本当にこれでよかったのですか?あの魔獣はボク達の切り札だったのですよ?」

 現刻より少し前に二人は同様の悶着を起した。
 切り札をここで切るべきではないと主張するキャスターと、
 今投入せずしていつ投入すると主張するソフィアリの意見が真っ二つに分かれたからだ。
 そして口論の末。
 結局マスターであるソフィアリに押し切られる形で妖狐をセイバーとファイターが居るあの浜辺に投入したのであった。
 ところで、あの妖狐はキャスターが捕獲したものである。

 中世初期。
 とある国に生命として人間よりも高次元の存在である幻想種を研究のメインとして扱っていた魔術師の家系が存在した。
 そして彼らは必然的に己が研究の為に長い年月をかけてついにある一つの魔術を創り上げることに成功する。
 それがこの世界に生息する幻想種の位置を探知し特定する魔術。
 その魔術を『世界の書』より引き出したキャスターは日本にまだ現存していたあの妖狐を探し出した。
 日本はまだ文明化し始めたばかりの若い国だ。
 そのため既に文明化している西洋よりも人間の手が入らぬ秘境などがまだいくつか大昔のままの姿で残っていた。
 秘境であれば神秘である魔獣もまた存在する事ができる。
 そうして多くの幻想種のように世界の裏側にシフトせずに残っていた妖狐を捕獲した彼らは『聖霊の家』に保管していたわけである。

「またそれか、いい加減にしろキャスター。一体何の問題がある?
 どの道アレはこの工房内では使えなかった代物だ。それにアレにとっては今夜が尤も波長が良い日だろう」
 ソフィアリは一切キャスターの方に目を向けずに口を開いた。
 いかにも面倒といったそんな態度である。
 しかしソフィアリの言葉通り実際あの妖狐はこの工房内で扱うのは難しい。
 何しろキャスター自身が魔獣を操る類のスキルを保有していないせいで正確かつ細かい操作が効かないのだ。
 勿論、幻想種などを操作する類の魔術は『世界の書』にいくつか記載されている。
 だがそれらを使用してもなお妖狐の意思を完全に掌握するまでには至らなかったのである。
 よってひとたび檻より解き放てば獣はまるでバーサーカーの様に大いに暴れまくる事だろう。
 そんな不安定な魔獣の操作にかまけていてはキャスター自身がろくに身動きが取れなくなってしまう。
 元々この『聖霊の家』には侵入した外敵を排撃する類の仕掛けが全くと言っていいレベルで装備されていないのだ。
 キャスターの外敵へのリスクが無駄に上がるどころか、
 最悪工房内でキャスター達と妖狐の同士討ちという危険性まで有りうるのだ。
 自分がそういう不利な事態に追い込まれる可能性をソフィアリは嫌った。

「それについては何も問題ありません。
 ボクもマスターが申しますように『聖霊の家』内であの魔獣を使う気はありませんでした」
 直ぐに同意を示すキャスター。しかし彼の懸念は別の箇所にあった。
「ボクが言っているのは切り札たる魔獣をよりにもよってあのベーオウルフにぶつける事を問題としているのです」
 そこでようやくソフィアリは遠見の水晶玉からキャスターへと顔を向けた。
 キャスターの口からサーヴァントの真名が出ようとは。コーヒーを啜り目を細めた貴族魔術師。
「マスターも見たでしょう!?先ほどの赤い魔剣、フルンディングを!
 ランサーが消えた夜バーサーカーに対してファイターが宝具を使用した時点でもしかしてとは思っていました。
 ですが今回のセイバーとの戦闘で完璧にファイターの真名が判明しましたよ。
 ファイターの正体はあの闘王ベーオウルフです!
 デンマークからスウェーデンに始まりにその詩は北欧一帯に広がり果ては海を越えてイギリスまでその名を轟かせた大英雄。
 数いる英霊の中でも最高レベルの怪物殺しのエキスパートがいる戦場にボク達は魔獣を送り込んでしまったんだ!」
 焦燥感に満ちた苦い口調で魔術師の英霊は語る。
 キャスターもベーオウルフの偉名と伝説は知っている。当然ながら彼のマスターも知っているはずだ。
 だからこそソフィアリがしたこの愚かしい選択に彼は納得がいかない。
 ソフィアリはキャスターをつまらな気に見やったまま何も言わない。
 キャスターはそこで一旦語調を落ち着かせると再度静かに主人に問いを投げかけた。
「……本気で魔獣程度の幻想種であのモンスターキラーに勝てると思っておられるんですかマスター?」
 キャスターの言葉には半ば呆れも混ざっていただろう。だがそれも仕方あるまい。
 なにしろベーオウルフと言えば謙遜抜きに怪物退治の英雄の代名詞。
 むしろファンタジーにおける竜や怪物を退治する勇者の原型そのものと言い換えてもいい。
 もし仮に偉大なる竜殺しのシグルドよりもベーオウルフの方が時代が先だったのなら、
 もしかすると彼がシグルドの居る席に座っていた可能性すらある程のポテンシャルを秘めているのだ。
 それほどに幻想種を退治する事にかけては超一流の英雄であり、
 その特性はかの偉大なる十二の難行と数々の幻想種を超えたヘラクレスとさえ肩を並べられる域に達している。
 それほどの怪物殺しを前にしてあんな高が二、三百年程度の年月しか蓄えてない妖狐が敵うとはキャスターには到底思えなかった。
「ふん愚か者。そもそもいつ誰が魔獣をファイターにぶつけると言った?」
 しかし男は問いに失笑して唇を歪めた。そんなことは百も承知という顔だった。
「私の狙いは最初からセイバーのマスターに絞ってあったさ。
 セイバーやファイターと直接対決して打倒するのは非常に困難だ。
 それは今お前が自らあの浜へ出向いても同じ事。ならばここで敢えて魔獣を投入し場を混乱させてやる。
 ベストコンディションの妖狐ならば奴らに瞬殺されることもまずあるまい。
 そしてその混乱に乗じて強力な対魔力を武装するセイバーをあの小娘を仕留める事で確実に潰す。
 ついでミスタトオサカも一緒に潰しファイターにも御退場して貰う」
 魔術師は笑う。己の謀略を称えるように。
 これより策略に嵌まることになるであろう敵を哀れみながら。
「幸いにしてアーチャーが浜の近くに潜伏している事がお前の探査で判明しているからな。
 アーチャーが居たからこそ私は魔獣を使い捨てる気になったのだ。
 あのレベルの魔獣だ。セイバーにファイターらとて意識が釘付けになろうさ、それこそ……」

 ───草葉の陰から自分達のマスターを狙うスナイパーには意識を割く余裕はない位にな───

 標的はあくまでマスターと豪語するソフィアリ。
 セイバーと違ってファイターには魔術をキャンセルする対魔力スキルはない。
 尤も彼が生きていた時代を考えると魔術に対して高い耐久性を備えているのだろうが、
 それでも三騎士クラスに付属する魔術をキャンセルする対魔力スキルに比べたら遙かに脅威が下がる。
 耐魔能力を殺すキャスターの工房内でならより有利に働くだろう。
 以上の理由によりソフィアリはより厄介なセイバーのマスターの抹殺を最優先としていた。
 元よりファイターの首が獲れずとも対魔力の高いセイバーさえ獲れればそれで良し。
 それに上手く事が運べばセイバーとファイターのマスターが消えるだけでなく、
 その場に残った妖狐とアーチャーが戦闘になり、最高で三つもの首級が獲られる可能性すらあるのだ。
 わざわざこんな中途半端なタイミングで仕掛けるメリットはそれなりに大きいのである。

 普通ならばセイバーとファイターの決着を待ち勝利した方を叩くのが手堅い定石ではあるだろう。
 しかしその場合では潜伏するアーチャーがどう出るかが判らない、仕掛けるタイミングなどもだ。
 ただ恐らくあの弓兵の性格上ひたすら待ちに徹するだろう。この推測はほぼ当たっている筈だ。
 だが逆に言えばアーチャーが今回は無理だと判断してしまえば騎士と闘士の勝ち残った方を見逃すだろう。
 一々アーチャーの出方を窺っていては折角のこのチャンスが流れてしまうかもしれない。
 あるいは弓兵が動くよりも先に勝ち残った者へと魔獣を放つとしよう。
 この場合だと下手をすると勝者と妖狐が戦っている隙を突いてその背後からアーチャーに全部の旨味を掻っ攫われるかもしれない。
 一応目的は果たせそうでは有るが美味しい所を全て横取りされるなど男にとって非常に屈辱的で不愉快の極みでしかない。
 だからこそソフィアリは戦局を見越した先手を打つ必要性があった。
 万が一襲撃するタイミングが偶然かち合い妖狐とアーチャーが戦闘になった場合など目も当てられない。
 しかも魔獣の制御がまともに出来ない分、その可能性は否定する事が出来ない。
 それにもし戦いに勝者したのがファイターだったなら最悪である。
 いくら手負いとはいえファイターの正体が真にベーオウルフならばキャスターの言うように妖狐如きではまず勝てない。
 あの英雄は致命傷を負った状態でもなお火竜に勝利するような勇者なのだ。
 下手するとファイターが瀕死の状態になっていても勝てるか怪しい位である。

 ならば今回は待ちに徹すればいいだけでは?

 という意見も彼らの事情を知らない部外者の意見である。
 正直に話せばソフィアリは内心焦っていた。
 それはもうあまり時間が残されていないという追われるような焦燥感。
 彼らは魔獣をキャスターが敷いた結界で拘束している。
 だがその結界が今朝の時点であまり良い状態とは言えなかったのだ。
 その結果が魔術の心得も無い愚民の侵入を許すという無様極まりない不手際。
 結界で拘束しているにも関わらず工房外にまで響き渡る妖獣の鳴声。
 急いで様子を見に行くと魔獣の神秘の強さに耐え切れない結界が軋みを上げていた。
 妖狐を再拘束した後キャスターは問題ないと言ったが、これは明らかに束縛にガタがきている証に違いないと魔術師は思った。
 仮に結界が破られれば自分たちの工房内で暴れ回り挙句自分たちに襲い掛かってくる事になるだろう。
 そんなもの起爆スイッチを押した時限爆弾と同じだ。
 そのような物騒極まりないものをいつまでも手元に抱えておく趣味はソフィアリには無い。
 いつ爆発する爆弾か判らないのなら爆発しない内にせめて出来るだけ己の利になる使い方をするのが一番だろう。
 ソフィアリはキャスターの結界は大丈夫だという言葉を信用していない。

 彼は自分たちが抱えている問題も考慮して今回の作戦に踏み切ったのだった。

「ではマスターは妖狐があの場に現れる事でアーチャーが動くと?」
 マスターの物言いに眉を他者にはわからない程度に顰める。
 ソフィアリはそんな下僕の表情の変化には全く気付かずに自信満々に断言した。
「ああ、奴なら動く。ランサーの一件をお前も見ていただろう。
 あの弓兵は間違いなく好機は積極的に拾いにゆくタイプだ。
 突如出現した魔獣の存在によって自身の存在は完全にトオサカ達の視野の外になる。
 くくっ!どうだ?弓兵的にはこれほど狙撃に適した事態は中々あるまいさ!
 アーチャーのマスター…マトウだったか?奴もアーチャー同様の判断するはずだよ。
 だが残念。ああ実に残念だったな。愚か者ども!
 結局奴らもこの私に利用されているに過ぎないのだから!くくく、くく、はーっはっはっはっは!!」
 もう堪え切れないとばかりに大笑いするとソフィアリは水晶玉に再び視線を戻した。
 その後もう二三言キャスターはソフィアリに話しかけてみたが彼から返事はなかった。
 くだらない話は終わりだと彼の背中が語っていた。
 アーチャーたちに利用されるのが嫌ならば逆にアーチャー達を利用できる状況に事を運ぶ。
 自尊心の高いソフィアリらしい発想だった。

 そんな彼の背中を見詰めながらキャスターは黙考する。
 マスターの見通しは甘い。
 正直あのタイミングで妖狐を投入してもセイバーとファイターは共闘する可能性が高いのだ。
 だがソフィアリはアーチャーのマスターである間桐がこの隙にマスター達を仕留めろと命令するのを信じて疑っていない。
 まあそこはいい。確率的にも決して低くない。
 しかしそれよりももっと見過してはおけぬ疑惑がキャスターの胸に浮上していた。
 つい先ほどファイターの宝具攻撃を受け止めるという神業を見せたセイバー。
 それ自体も驚きだがそれ以上に驚愕したのがセイバーの剣が宝具の直撃をまともに受けても全く破損しなかったという点だ。
 もはや今更過ぎるせいで己のマスターに報告する気はおきないが。
 ……もし、あれが。セイバーの持つ西洋剣が。

 聖剣デュランダルであるのなら─────。

 キャスターは考える。
 ソフィアリはマスターとして十分に優秀な部類に入る。マスター適性力も一定水準はあるし魔力供給量も十分だ。
 戦闘力にしても元が魔道の名門の血筋ということもあるが、
 何より己が与えた複数の魔術刻印の恩恵で魔術師としての力量なら今回の聖杯戦争では間違いなく最高戦力のマスターだろう。
 魔術師にとって虎の子である魔術刻印が複数あるおかげで一人前どころか数人前の魔術師なのが現在のソフィアリなのだ。
 しかしそれだけで聖杯戦争に勝てるというものではない。
 キャスターのサーヴァントの戦いとはチェスと同じだ。
 セイバーやファイターのような真っ向勝負で勝利を得る戦いではない。
 アーチャーやライダーのように自慢の宝具で勝利をもぎ取る戦いでもない。
 バーサーカーのようにマスターがすべての采配を握り勝利を目指す戦いでもない。
 アサシンのように気配を絶ち相手の隙や虚をを突いて影から勝利を攫う戦いでもない。
 戦局の先を読み、敵の行動を推し量り、敵の弱点や足元を見つけ、
 慎重に一手一手布石を打ち確実に勝利に近づいて行くのがキャスターのクラスの本懐だ。
 だが己のマスターにはその認識がはっきり言って薄い。あまりに彼は大胆な博打が過ぎる。
 彼の意見を尊重し、マスター主導で方針や作戦を今まで任せて来たがそろそろ限界がある。
 無論マスターの態度に不満があるなど断じて有り得ない。
 サーヴァントはただの道具。
 キャスターのマスターたるソフィアリはあくまでその原則を忠実に実行しているにすぎない。
 よって今の扱いに疑問などない。
 だが、だがしかし……キャスターにも聖杯に賭ける願望がある。
 自分は絶対に負ける訳にはいかないのだ。
 自身の敗退は人類の幸福への探求道が閉ざされることに繋がる。
 人類の成長を、未来を、幸福を賭けた千載一遇の大勝負。
 しくじる訳には絶対にいかない戦。
 しかしそれでもこのままいけば彼らは負けることになるだろう。
 キャスターはマスターに気付かれぬよう自分たちの行く末を占ってみることにした。
 ローゼンクロイツが得意とする魔術の一つ。
 彼の卜占はかなり高い的中率を誇っている。
 そうして導かれた答えは………破滅を示す結果が出た。

「─────ここまで、ですかね…」
 その無情な占い結果にキャスターは目を瞑り、主には聞こえぬように悲しげに囁いた。



───────Interlude out───────




 自分の方へと真直ぐに伸びて来る焔を空高く飛び越えて回避した。
 一瞬で態勢を整え直すと即座に反撃。
 しかし騎士たちが反撃に転じると同時に地面から噴射する業火に反撃の機会を潰される。
 そんなやり取りを何度も繰り返した。状況は一進一退の膠着状態。
 体力には自信のあるセイバーとファイターでもそろそろ息が上がり始める頃合であった。
「ハァハァ!さすがにそろそろ疲れてきたぞ」
「ふ、フ、フゥ~。大した敵では無いと思っていたが存外手強いものだ」
 キャスターの予測通り案の定、騎士と闘士の二人は共闘して魔獣・妖狐と戦っていた。
「というよりはオレ達の戦闘力が落ちてるだけだと思う、ぜ!」
 こちらへ疾風のように駆け寄って来る狐色の影。
 獣の双爪が振るわれるよりも先じて首を狙い一閃される白刃。
 ひらりと避けられた攻撃をファイターが間髪入れずにフォローにする。
「なるほどそれは尤もだ!」
 豪快に叩き込まれた剛剣。
 突風そのものとなった凶器、だがしかし妖狐は木の葉もかくやな軽い身のこなしでこれも回避してしまった。
 二足歩行のヒト型の生物とは根本部分が違う駆動原理。
 それは小回りが利く上に恐ろしく疾い…!

 魔獣は四の足で疾駆しながら敵との距離を一旦開けると、二本の尻尾を振り回し始めた。
 低く唸りながら回転数が徐々に上がっていく。回転数に比例して周囲の魔力の密度も上がる。
 尾の残像がくっきりとした円を描いた瞬間。

 妖狐は遠吠えと共に巨大な狐火を発生させた!

 幻想的な朱色に染まる砂浜。焼け焦げる大気。
 巨大な火炎の塊が行列を成してセイバーとファイターへ襲い掛かった。
 轟々と空気を焼く音で威嚇しながら焔が奔り翔ぶ。狐火の温度は計り知れない。
 炎によって空気が熱され海より吹き付ける潮風が肌を焦がさんばかりの熱風と化している。
 灼熱の危険度を察知したファイターは横っ飛びして地面を転がり回避しようとする。
 しかし間に合わない。
 焼き尽くされるよりも速く防衛本能が反応。姿勢を低くし頭を心臓を両腕で庇うように防御体勢を取った。
 その直後、熱死の暴風がファイターの頑強な巨躯を飲み込んだ。
「ぐおっ!!………チィ!やってくれたな妖獣!!」
 ダメージの苦痛を怒りに変えて灼熱地獄に堪える。この程度でやられるほどファイターはヤワでは無い。

 一方のセイバーは真っ向から迎え撃つつもりのようだ。
 回避動作も防御姿勢にも入っていない。それどころか狐火の先にいる妖狐目掛けて突進していた。
「いい加減避けるのも面倒だ、こんなもん対魔力で弾き飛ばしてやる!!」
 強力な遮断壁でもある対魔力スキルを頼りにした戦法。
 炎の壁を突き破り妖狐へと斬りかかる気だ。
「セイバー駄目!妖狐の焔は詠唱魔術じゃないわ!セイバーの対魔力じゃ防げない!」
 しかしセイバーが取ろうとしている行動を見抜いた綾香が大声で中止を促がした。
「なにぃ嘘!?っておおおおおおーーー!」
 少女の声が耳に入り脳が意味を理解する。しかし既に目前には炎の塊が迫っていた。
 頭よりも四肢が反応する。
 綾香の大声のおかげでセイバーの肉体は直撃寸前のタイミングで回避行動に入る。
 だが完全に回避出来る筈もなく騎士の体の一部を狐火が撫でていく。
「ぐわっち!熱い熱い熱い!対魔力が効かないって本当だくそぅ!」
 火の熱さのあまり海に飛び込む。じゅぅ~っと小気味良い音がした。



「狐火ってあんな凶悪なものだったっけ……?」
 綾香が引き攣った顔で綾香が今の光景を脳内リピートする。
 アレは自分が想像していた狐火よりもずっと危険な代物だ。人間なら一分経たずにで炭にされかねない。
「数百年物の魔獣になった妖狐の狐火ならば、あんなものだろう」
 少女の独り言に律儀にも遠坂が答えてくれた。男は少女よりは落ち着いた風に見える。
「す、数百年物の幻想種……ですって?」
 遠坂の言葉に思わず眩暈を覚える。
 冗談抜きでこんな人里の近い場所に居ていい生き物じゃない。
「しかしあんな短いタメであれだけの威力を出すとはね。ファイターも油断していると後に支障が出るな」
 そう言うと遠坂は遠坂家魔術刻印に印された治癒魔術を起動しさらに短い詠唱を重ねてサーヴァントの回復魔術を行なった。
 傷が回復したのかファイターが遠坂に対して合図を出していた。
 治癒魔術をかけ終えたのを確認すると男は今度は綾香の方へ視線を送った。
「精々巻き込まれないよう気をつける事だなセイバーのマスター。
 一般的に狐火は数十個から数百個の焔が数百mから数kmに渡って列を成す発火現象だ。油断していると妖狐に灰にされるぞ?」
 そして何でもないかのような平坦な口調で注意を促した。
 不意打ちを仕掛けないどころかおまけに注意までしてくれるとは。実に紳士らしい振る舞いである。
 しかし赤いスーツの魔術師の言葉の中には聞き捨てならない事柄があった。
「ん?…ってことは…ちょっとそれ拙くない?」
 そしてふと事の重大さに気付た。
 彼曰く、あの妖狐の攻撃レンジは最大で数キロはあると見た方がいいということらしい。
 綾香は現在地の海辺を中心にこの周辺の地図を頭に思い浮かべる。
 数キロどころか数百メートルもあればこの浜辺から一番近い場所にある家屋に十分届く距離だった。
 つまり、下手をすると無関係の人間を巻き込む可能性が出てきてしまった。
「ねえファイターのマスター、貴方はどうするの?」
 頭に過ぎった嫌な結末に焦りを感じた綾香が遠坂に声をかける。
「私はマスターであると同時にこの土地の管理者だ。
 当然あのような神秘の塊を放置するという訳にはいかない。
 アレが深山へ侵入してしまうような事態は絶対に避けたいと思っている」
 視線は妖狐に向けたまま、セカンドオーナーでもある赤の魔術師は慎重な語調でそう言った。
「なら決まりね」
 遠坂の意見に不敵な笑みを浮かべる綾香。
 チラリと目線を少女の方へやると彼女も同じ様に頷き返した。
「いいだろう、では妖狐を倒すまで同盟を結ぼう。一時休戦だ」
 言い終えると同時に赤い貴族は魔術回路と魔術礼装を起動させる。
 緑石の指輪から出現する六つの火球。そして速く流麗に異国の言語で紡がれる呪文。

「───殲滅のポルカ!!」

 術者の呪文に押された炎の踊り子たちが同じく火を操る妖狐に襲い掛かる。
 彗星の如き尾を引いて飛翔する火炎。
 戦闘中ではあったがその炎の流星の美しさに綾香はつい感嘆の声を上げてしまった。
 今の魔術は少なくとも自分に対して使用したどの業よりも威力があるというのが何となく判る。
 これならば妖狐も無事では済まないはずだ。
 ∞模様を描く様に迫り来る炎に魔獣は嘶いて尻尾を大きく振るった。
 猛烈な勢いで振るわれた二又の尾が六の火玉を叩き………呆気無く霧散する魔術師の炎舞。
「嘘…無傷!?」
「っ!やはり私ではパワー不足か、ファイターこの浜から奴を出すな!」
 驚愕する綾香。遠坂は忌々しげに魔獣を睨むと間を開けずに己の剣に指示を飛ばした。
 勇士は承知したと力強く頷いて妖狐へと駆けていく。勢いはまさに闘牛の如し。
 武装は赤い魔剣から尖った古剣へと変更してある。
「まずは一撃、次いで───」
「…もう一発おまけだぜっ!!」
 体ごと体当たりするようにファイターが攻撃を加えると同時に妖狐の側面から現れたセイバーが鋭い剣斬の追加を見舞う。
 連携攻撃は強烈な当たりだったらしくギャウン!と短く啼いて砂浜に叩き付けられた獣。
 二人はさらに追い撃ちをかける為に直ぐ様攻撃態勢を整え挟撃を企てる。
 しかし、魔獣の立て直しはそれ以上に迅速だった。狐の紅い眼が妖しく灯る。
「ぶっ───くぉ!!?」
 一瞬目の前で赤い光が視えたと思った。
 直後ファイターの胸部に強烈な衝撃が走り、痺れる様な重い鈍痛が全身を駆け抜ける。
 体中に灼熱の炎を纏った妖狐がファイターの分厚い胸板目掛けて頭から突っ込んでいた。
 鈍い音と砂埃や水を派手に舞い上がらせて、燃やし打ちのめされた闘士が打っ飛ばされる。
 聖剣を扱う騎士と焔を繰る妖獣の視線が絡み合う。獣の瞳は殺意と敵意が映っていた。
「へヘッ、面白くなってきた上等だーー!」
 激闘の喜びに犬歯を剥き出しにして騎士が斬り掛かる。
 魔獣は自身の周囲に妖火を舞わして聖騎士を牽制する。
 焔の舞と剣の舞が覇を競い合う。血潮が滾り闘いのスピードは増す一方だ。勢いに歯止めが利かない。
 しかしこの白い騎士はその程度のことでストップをかけるような物分りのいい男では断じてない!
「だりゃぁあーーーーーーーーーーー!!」
 英雄と怪物の激突はさらなる加速を生む。
 双爪に牙と一振りの剣刃が鬩ぎ合い敵の血肉を求めてこれでもかと切り結ぶ。
 二人を中心に火の粉と紫電と魔力が激しく舞い踊った。それは死を歓喜する観客の熱気のようでもあった。


「くうぅ、少々効いた……」
 むくりと上体を起こし頭を軽く振る。ダメージで僅かに霞んだ頭がスッと晴れた。
 地面に座った態勢なので腰から下は浅瀬に浸かっている。
 普通ならば胸骨と肺を完璧に圧し潰されて苦しみのた打ち回る程の強烈な一撃だったと言うのにファイターは割かし健在だった。
「これのおかげだな」
 呟いて感謝するように胸元を擦る。指には鋼鉄の冷たくも頼もしい硬い感触がする。
 着ている衣の胸元が破れ、その隙間からは年代物の胸当てが覗いていた。
 元々強靭な耐久力を誇るベーオウルフだが先祖伝来で使用してきた由緒有る胸当ての防御力もなかなか大したものだった。
「む?」
 前の方で地面の微かな振動と共に砂やら流木やらが舞い飛んでいた。
 その爆心源は言わずもがなあの男である。
 先ほどまでファイターとあれほど壮絶な競り合いをしていたというのにセイバーはまだまだ元気そうだった。
「ハハッセイバーめ、つくづくタフな猛者だ」
 やはり間違いない。あのセイバーこそが己の手で打倒すべき相手だ。
 狐風情に獲らせて良いような安い首級ではない。
 騎士の首級の価値を再確認するとすくっと立ち上がり全身の状況を一息で確認する。
 骨折箇所なし、重傷箇所もなし。ダメージは軽微。どこも異常は無し。
「よし、狐狩りといくか」
 風となって先攻するセイバーの後を追う。さっさと倒して決闘の続きを。
 戦えるチャンスが有る内に決着をつけなくてはならない。
 だと言うのに奇妙な気配を感じた。
 自分の見ている風景にどこか…咽喉に魚の骨が引っかかったような違和感がある。なぜか胸騒ぎがする。

「………なんだ?」

 妖狐と直接刃を交えているセイバーは気付かなかった。
 同じく遠坂や綾香では気付けなかった。
 偶然だったとはいえ少し離れた場所で、視野内捉えていたファイターだったからソレの存在に気付く事が出来た。
 最初は染みか動物の影かと思った。だが違和感に促されるままに凝視するとソレは染みでも影でもなかった。
「な…あ……」
 ファイターの皮下に薄い氷膜でも張っているような痛い位の寒気がした。
 数瞬後の残酷な未来が脳裏に浮かぶ。
 自分たちが居る浜辺からさらに距離を取った地点に。

 地を這う遠くの獲物を高所より見定める梟のように。

 切れ長の目に微かな殺気を灯したアーチャーが。

 巨大な弩を構えてこちらを狙っていた───!

「いかぬ!セイバーー!マスターーー!!アーチャーの狙撃が来るぞーー!!」

 浜辺全域に聞こえんばかりの大声でファイターが叫ぶ。

「────!!!!?」
 尋常ではない様子のファイターの必死な絶叫とその内容に全員の表情が凍った。



「ちぃぃ、もうちょい黙っとればよいものを!」
 突然のサーヴァントの絶叫に弓兵が面倒臭げに舌打ちする。
 勘付かれた。しかしここで作戦を止める筈もなし。
 アーチャーを通じて自宅で状況を見守っている間桐も必死にGOサインを出し続けている。
 あの妖狐が出現するまでの間、アーチャー達はずっと隙を突くべきか片方が消えるまで待つべきかで苦悩する羽目になったのだ。
 双方の出方はともにメリットとデメリットをしっかり併せ持っている。
 奇襲で斃せれば好し、斃せなければ同時に敵に回すことになり最悪。
 また待ちに徹して残った方がアーチャーでも倒せるほどに消耗していれば問題ないが、してないと折角の機会を棒に振る事になる。
 そのせいで間桐とアーチャーは自分たちの行くか待つかについて散々悩む羽目になったのだ。
 しかし絶好のチャンスが予想外の形で到来した。ならこの機会を逃す訳がない。

「じゃがな」
 元よりアーチャーでは直接の戦闘力ではセイバーファイターライダーに勝てない。
 勝てない勝負をまともに挑むようなバカは滅ぼされても文句は言えん愚か者だ。
 アーチャーはそのような愚か者とは違う。
 彼は自分の力量を判っている。自分の能力は解っている。
 ならセイバーやファイターから少し離れた場所で突っ立っている二名のマスターを狙うのは当然の行為。
 むしろ基本戦術だ。だがしかし鮮やかな狙撃、などと言う真似はしない。
 アーチャーは己を心底解っている。
 遠距離狙撃ではどうせ狙っても当たらないと言うことを撃つ前から理解しているのだ。
 故に彼は。

「亀よりとろい!貰ったわっ!!」

 大弩の引き金を全弾三瞬で撃ち尽くす気で引き絞る。
 撃ち出す矢が尽きてもいいように予備弾装は既に左手に準備してある。
 軽快高速な連射音、火を噴く大弩。弓より射出される矢は数多。
 天に輝く星々のように多数の人間に死を与える点が宙空より降りかかって来る。
 点攻撃で当たらないのなら面攻撃で当てる。
 どうせ己は無骨な弓兵。一射一殺など流麗な技は望めないし望む気もない。
 なにより気取った華麗な勝利よりも泥塗れてもぎ取る勝利の方が性に合っている。
 雪崩のように無数の矢が標的達に殺到する。

「何度も図に乗るなアーーチャーーー!!!」
 弓兵の予想外の奇襲に誰もが表情と身を凍らせる中。
 この男が誰よりも早く立ち直り、誰よりも速く己が取るべき行動を開始した。
 鋭い牙で首根っこに噛み付いてきていた妖狐を聖剣で抑えていたセイバーは獣の口を力任せに強引にねじ開けて武器を開放。
「邪魔だ……どけ!!」
 そして体を綾香の立つ方角へと向き直しながら後ろ手に剣閃を放つ。
 斜めに胴体を切り裂かれて悲鳴上げて倒れる妖獣。
 もはや妖狐など眼中に無い、とばかりにセイバーの力強い碧眼は背後の敵を視ていない。
 視界に入るのはただ一つ、己の新しい主の姿。
 強張ったその顔が、数日前まで主人だった無表情な貴婦人の美貌と重なる。
 騎士が大地を蹴った。数瞬遅れて闘士も大地を蹴る。
 旋風とはきっと彼らのためにある言葉だろう。
 姿形は無く爆風と暴音だけを伴って超速で移動し、瞬く間に己の主達の前に参上した。
「アヤカ頭を低くしろ!」
 少女は騎士の言葉に素直に従ってしゃがむ。
 巨矢の雪崩はもう目の前まで迫っていた。聖騎士は不屈の闘志とデュランダルで待ち構える。
「無駄だ。我が聖刃、卑劣な邪矢如きでは抜けられはしない!!」
 カッと目を見開く、全弾打ち落とすつもりだ。
 己の剣技に絶対の自信があるからこそ出来る選択。
 下手に回避しようとするよりも全矢潰した方が好しという英断。

 しかし一方、遠坂の前に壁の様に雄々しく立ち塞がるファイターは剣を構えていない。
 頭部と首だけを太い双腕でがっちりと守る以外はこれといって武器で矢を迎撃する気はないらしい。
「この鉄壁にも等しい我が肉体。潜り抜けられるものなら抜けてみるがいい」
 風格のある顎髭に覆われた口元が自信に満ちた笑みを浮かべる。
 己の肉体に絶対の自信があるからこそ出来る選択。
 下手に全矢迎撃しようとして撃ち洩らすよりも全矢受けた方が好しという英断。

 巨矢の雪崩が降り注ぐ。二人の大英雄の雄叫びが轟く。
 激し過ぎる鉄の乱打音と、硬い肉に硬い物が突き立つようなそんな生々しい音。
 しばらくそんな音が鳴り響き、そしてついに音が止んだ。

「……………アヤカ、無事だな?」

 騎士が後ろも見ずに断定する口調で声をかけた。
 少女は無事だと答えた。

「ファイター、生きてるな?」
 赤い魔術師が背中越しに断定する口調で声をかけた。
 闘士は何も問題無しと外套をはためかせながら答えた。
「マスター、もしよければ治癒魔術をお願いできるだろうか?
 致命傷はないが流石にあれだけの数の矢を受けて無傷という訳にもいかないからな」
 そう言うとファイターは、むん!っと筋肉を盛り上がらせて体中に突き刺さっていたいくつもの矢を押し出した。
 鏃が血に汚れだ矢がいくつも砂上にうち捨てられる。
 その様子はあれだけの矢を喰らったのに甚大な損傷があるようには見えない。
 強靭な防御力と戦闘続行スキルが弓兵の雪崩矢を見事封殺していた。
 サーヴァントの要望に応えてマスターは即座に治癒魔術を施す。
 みるみる塞がっていく戦士の身体中に空いた無数の弾痕。これで外傷も完璧に無くなった。
「どういう肉体してるんだファイターは……」
 アイアンボディもかくやなファイターの防御力に呆れながらセイバーは体や腕や脚に突き刺さっていた数本の矢を引き抜く。
 無数の矢を迎え撃ったセイバーには幾つかの矢が到達していたのだ。運良く急所には一つも当たらずに済んだ。
 しかし綾香には一本たりとも矢は届かなかった。
 セイバーの卓絶した剣の技巧がアーチャーの凶弾から少女を見事救ってみせたのだ。
「そういうセイバーこそ、その…大丈夫なの?」
 少し心配そうな様子で綾香がセイバーの様子を伺う。
「オレ、どこか問題あるように見えるか?」
 騎士は首だけで背後を見て、ニマッと無邪気な笑顔を浮かべて少女に笑いかける。
 全然見えないわね。と少女も安心したように微笑んだ。

 ”失敗……おんのれぇファイターのやつめ、いらんタイミングで気付きおって!”

 まさかの全員健在。痛恨の結果にアーチャーが忌々しげに舌打ちし奥歯を強く噛み締めた。
 呪詛を篭めて憎らしい怨敵ファイターを睨んだ。
 事実ファイターが気付きさえしていなければ奇襲作戦は成功し、二人のマスターは血だらけ穴だらけで屍を晒していたであろう。
 だがそんな素晴らしきプランもファイターがすべて台無しにしてくれた。
 頭の奥ではアーチャーのマスターである間桐が喧しく指示だか文句だか分からない事を叫んでいる。
 喧しいのでとりあえず無視することにする。状況はあまり芳しくは無い。
「だが…。妖狐はまだ生きておるわ」
 彼の眼にはセイバーに斬られて倒れていた魔獣が起き上がる姿を捉えていた。
 傷を受けた魔獣の眼は明らかに怒りと殺意で血走っている。
 妖狐が生きている限りはまだ二対二のままアーチャーの作戦は続行出来る。

「アーチャーー!!貴様よくもこのオレの前に姿を現せたな!!!!」
 轟っとセイバーがアーチャーに吼える。威圧にも似た剣気が放たれた。
 妖狐と同じくセイバーの瞳も怒りを湛えている。だがその怒りの対象は明らかに弓兵へと向けられていた。
「マスターの仇、ここで討たせて貰うぞ!!」
 そして一歩前に踏み出し切っ先を掲げて宣告した。
「仇……だと?何を寝惚けた事を。あの美女が死ぬ破目になったのは貴様のせいじゃろうがセイバー」
 だがアーチャーはさも失笑だとばかりにセイバーの怒りを鼻で哂う。
「なんだと貴様ぁ!!!卑怯にもオレのマスターを陥れた卑劣漢めが何を言う!!」
 亀甲の弓兵の度し難い挑発に白銀の騎士の表情が怒りからついに鬼神の形相にまで変わった。
「ふ、ふふ、ぐははは…ガァッハッハッハッハッハッハー!!
 卑怯?卑劣じゃと?!笑わせるな小童が………戯言は勝ってから抜かせい!!!」
 すると今度は騎士の台詞に爆笑していた筈のアーチャーの方が阿修羅の形相に変わった。
 怒号のような音量で唾を飛ばして激怒する。
「戦では勝利こそが至上じゃ!!
 戦とは勝って初めて人が護れる、親族が護れる、友が護れる、民が護れる、娘が護れる、女が護れる!!
 戦とは負ければ当然の様に人が死ぬ、親族が死ぬ、友が死ぬ、民が奪われる、息子が捕虜になる、女が犯される!!
 戦争に卑怯も糞もあるものか!勝ってこそ護れるものがあるのならワシは卑劣で構わん、卑怯で結構だ!
 いつの時代でも人間は勝者こそが正義!敗者はどこまで行こうとどんな理由があろうと悪に過ぎん!
 その事実を前に卑怯じゃと!?貴様らのような寝言ばかりを声高に抜かす騎士どもには心底反吐が出るわ!!」
 アーチャーの感情が爆発する。彼の怒りは本当に真剣な怒りだった。
 ぬるい。全くもってぬる過ぎる。
 アーチャーが生きていた頃の闘争に卑怯と言う言葉は無かった。
 それほどに大陸の中華の蛮族達はそれは容赦がなかったのだ。
 だからこそ英雄アン・ズオン・ウォンは騎士のたわ言が許せない。
 奴らはさぞ御綺麗な戦争ばかりをしていたのだろう。
 一方的に国や民を陵辱される痛みも知らず。敵への降伏の言葉も意味をなさず。
 形式もルールも糞も無い戦争をしたことが無いのだ。卑怯卑劣な敵と戦ったことが無いのだ。
 だからこそあんな寝言を高らかに言える。
 それがアーチャーにはどうしようもなく我慢ならなかった。
 卑怯な事をしなければ正義なのか?正々堂々と戦えば正義なのか?
「否…そんなわけがあるか!勝者こそが正義を口に出来るのだ……!貴様らは自己満足の騎士道に酔って死ねい!」
「我等が崇高なる騎士道を穢すか悪党風情が!!」
 アーチャーの胸に秘めた怒りを真っ向から受け止めてセイバーも吼え返す。
「オレの親友はこう教えてくれたぞ!!
 男は生物として女子供より強い。その気になればいつどこであろうと婦人や女子供を犯し穢し貶める事が出来ると。
 しかし、だからこそ自身の信じる道を邁進する事でそのような外道に外れる事を禁ずるのだと!
 男子が誇り高く生きようとする道こそが騎士道なのだとな!!そしてその道の先に正義はある!!」
「哂わせるな!騎士道は騎士の為の道じゃろうが!身分も権威もない民草が選べる道ではないわ!
 選べぬ道にある正義に意味など無い!!」
 セイバーの言葉にアーチャーが反発する。
 彼の言うように騎士道とは騎士の為の道だ。よって騎士では無い者が進める道ではない。
 しかしセイバーは言葉を続ける。
「オレもそうだと思っていた!だがアイツはこうもオレに言ったぞ!
 そこには身分も人種も性別も国籍も関係ない。
 誇り高く騎士であらんとする者こそが男の中の漢、真なる騎士足りうる者なのだとな!
 その真実を前にすれば身分や権威など無意味な装飾に堕する。
 オレも朋友に言われて心からそうだと思った。だからオレはその理想を信じる!!」

「身分も出身も出生も関係あるものか!オレは誰がなんと言おうが────騎士道を往く騎士だ!!!」

 かつて乞食だった少年がいた。
 その少年は社会的どん底にいながらも常に強くあろうとした。
 その気勢が、その生きた力強い瞳が、少年に後に親友となる少年と巡り会わせ、運命となる聖王と巡り会わせた。
 それは、そんな過去を持つ者だからこそ口に出来る本心からの言葉だった。

「……………」
「そして騎士とは……オレの知っている誇り高き騎士たちはみな己の誇りと名誉を心から信じていた。
 卑怯な事や卑劣な真似は絶対にしなかった。
 どんな時でも、たとえ不利な状況でも正々堂々と真っ向から戦って勝利し自分の騎士道を!正義を示していた!」
 セイバーはそこで一旦言葉を切るとスゥッと息を大きく吸い、
「だから戦場でまず殺すべき敵であるオレを狙わずに真っ先に婦人を射殺したお前は誇りの無い卑怯者だッ!!!」
 断罪するように一気に爆発させた。男の一喝で空気がビリビリと震動する。
「貴様が本当に誇り高い漢ならばまずオレをぶち殺してから彼女を狙うべきだったんだ!
 だがお前はそうしなかった。名誉も誇り無くただただ簡単に手に入る結果だけを求めた!」
 アーチャーは騎士の言葉を受け止めて強く歯噛みする。
 理解不能な怒りが胸の内より湧き上がる。それは彼の内にある誇り故の苛立ちか。
 もしもそうだったらどんなに良かった事か。敵と正々堂々と戦う事が出来ればどんなに良かった事か……。
 だが現実は違った。彼の時代に正々堂々などという崇高な理は存在しなかったのだ。
「……奇麗事じゃ……ワシの知っている現実にはそんなモノはなかった。勝者こそが絶対の正義だった!!」
 胸に沸いた苦さを吐き捨てるように吼えるアーチャー。
「そして大司教もこう教えてくれたぞ!!
 我らの騎士道とは即ち我らの信仰と同じなのだと!誇りを持って己が信じて進む道の先に答えがあるのだと!」
 それに呼応するかのように闘気に滾るセイバーの足がついに宿敵を討つためにスタートを切る。

「信じるものの先にこそ本当の正義があるんだ!勝者こそが正義だなどと断じて有り得はしない!!」

 暴風の勢いでセイバーが真っ直ぐアーチャーの陣取る巨木に向かって突っ込んでくる。

「もういい………黙れ。貴様らは……ぬる過ぎるわ!!理念如きで犯され逝く民が護れるものかよーーッ!!!」

 血が熱く沸き立つ。弓兵は木の枝から宙高く飛び立った。
 互いに相反する理念では反発し理解し合えぬのは必定。
 両者の言葉はどうしようもない程に正しく、また同時にどうしようもない程に間違っていた。
 もとより絶対的に正しいものなどどこにもない。
 言うべき言は全て示した。ならば後は自身の理に従い矛を交えて己の正義を示すのみである。

 同時に妖狐も自身を傷付けた怨敵に牙を剥き疾走を始める。標的は剣士の頚動脈。
 弓兵の狙いはあくまでマスター。少女の方は一度は気紛れで見逃しはしたが二度目は無い。
 まだ聖杯戦争を戦うつもりなのならば所詮は邪魔な敵、ここで死んでもらう。
 さっきまで陣取っていた木よりもさらに高い場所から矢を乱れ撃ち放つ。
 セイバーと真っ向から戦うつもりなどない。
 アーチャーの狙いがまたしてもマスターだと悟ったセイバーは急遽Uターンしてマスターの元へ急ぐ。
 こちらへ駆け来る妖狐の姿も勿論視野の隅に入っている。怒る獣に下手な牽制は通じそうに無い。
 魔獣と弓矢を使って自分を縫い付ける気でいるらしい。
「このぉ卑っ怯者ぉぉー!オレと正々堂々と戦えアーチャー!!それでも誇りある英霊か!」
 怨念よ篭れとばかりにギリギリと歯軋りして己が主の傍へと舞い戻る。
「ワシは名誉などよりも平和な国が欲しいのだ!!そしてそれはキサマのマスターをぶち殺して手に入れる!!」
 少女がセイバーの名を呼ぶ。
「分かってる、分かってるさ!!」
 強く頷いて剃刀より鋭く閃く剣。流麗華麗な太刀筋を描いて少女の命を狙う凶弾の群をすべて斬り捨てる。
 セイバーも必死だ。二度目は無い。断言してもいい。二度目は絶対にないのだ。
 もうマスターを死なせるような。ましてや女子供を戦場で死なせるような真似は絶対にしないと神に誓った!
「セイバー妖狐が!」
「っ!?」
 矢を切り払った僅かな隙を狙われた。騎士の首筋に狙いを定めて妖狐の狂牙が喰らい千切ろうとする。

 魔獣の首を刎ね飛ばそうとするセイバーの名剣は………僅かに間に合わない!

 騎士の首筋にあの剣山みたいな牙が喰い込み、肉を引き裂いて、朱色の飛沫がびゅーびゅーと噴き出す。
 一瞬後に実現する惨劇に綾香は思わず眼を瞑る。


 ────私を忘れてないか?


 場違いな程に落ち着いた深く渋い声。
 それとみしりと軋む嫌な音色とぶぎゃうなんて不細工な悲鳴が鼓膜を叩き綾香は瞼を開いた。
 妖狐に綺麗に蹴りが入っていた。
 それも丸太のように太い脚から繰り出された極悪無比な足蹴が。
 急勾配な弧を描いて巨大狐が空に放り出される。
 追うファイター。口内から獣臭い唾液と真赤な血を垂らしながらも魔獣はまだまだ戦意を失っていない。
 この苦痛を与えたファイターを八つ裂きにするべく血走った細い両目で睨み付けている。
 甲高い嘶き。魔力を収縮し形成される巨大な妖火。それを隕石のように落とす。

          ネイリング
「攻めが甘い─────尖輪猟犬」

 あくまで冷静に落ちてくる妖火にタイミングを合わせて名剣の真の名を解放する。
 刃と炎が接触したと同時に消失する古剣の持ち主。
 妖火に焼かれて砂浜に三本の火柱が激しく立ち上る。
 当然彼は消滅していない。消失しただけだ。
 
「…堕ちろ。狐が狼に戦いを挑むなど───千年ばかり早かったようだな」

 妖狐の後方頭上から声が投げられる。
 突然の事態に魔獣は動揺を隠せない。声のした方へと振り返るがしかし圧倒的に遅い。
 ファイターが魔力で猛回転させたイングの古宝を真っ直ぐ振り下ろした。
 切裂き抉られるれる肉。ドリルの様に回転する刃が凄惨で惨たらしい傷跡を作り出していく。
「ぎ、ギャァアアアウ!!!?」
 狐が耳を塞ぎたくなる悲鳴を上げる。さらにファイターの容赦ない踵落としが来る。
 血飛沫で作った赤いススキを夜空に舞い躍らせ、最後に海に叩き落とした。
 水面に大きいものが落ちた音と同時に再度響く金属の乱打音。
 音のした方へと視線を送るファイター。
 それは綾香は勿論、遠坂の方にも飛来する矢群を白銀の騎士が撃墜した音だった。

「助太刀、礼を言うファイター」
「いや私の方こそ礼を言う。私のマスターに迫る矢まで防いで貰えるとは」
 互いに礼を口にし合う。
「そうかならこれで貸し借りはなした」
「ふむそうだな」
 そして、笑った。
「和んでいる場合ではないぞ二人とも。まだ終わっていない見ろ」
 遠坂が間に割って二人を諌める。示す先には流血で五体を赤く染めた低く唸る妖獣の姿があった。
「さっきの一刀を受けてまだ動けるとは、さすが幻想種だな。強靭な生命力だ」
「生命力なら人間よりもずっと上なのは最初っから分かっていただろ」
 存外落ち着いた様子で二人のサーヴァントは立ち上がった魔獣の姿を眺めている。
 生前何度も幻想種と縁があった彼らだからこの結果にも僅かばかりも驚かない。
「ねえちょっと、あんた達…呑気喋ってる場合じゃないと思うんだけど……!」
 綾香が震える声音で言葉を搾り出す。声こそ出さないが遠坂の表情も硬い。
 彼ら魔術師が恐れをなしているのは妖狐の中身とその周囲。
 魔獣の魔力がみるみる上がっているのだ。
 マナを取り込みオドを燃やして何かを仕掛けようとしているのが目に見えて判った。
「ぐるるるる…ぎぅぅう!!!」
 唸りを上げる妖獣。妖火が妖狐を中心にゆっくりと回転し始める。
 それはさながらメリーゴーランドの様ではあったが、その回転が引き起こすのは笑顔ではなく恐怖そして死だ。
「奥義を見舞って来る、といった雰囲気だな」
「セイバー秘策がある。私が前衛をやろう、後に続いてくれ」
 そう言ってファイターが名剣から赤い魔剣に持ち変え少し前に出た。
 騎士も黙して闘士の策に乗ることを同意し大人しく道を譲る。
 二人がマスターのすぐ近くにいるせいかアーチャーからの狙撃の気配は止んでいた。
「狐と戯れるのもそろそろ飽きて来た頃合だろうセイバー?」
 流し見る男は両手で魔剣を構えていた。
 その姿にセイバーはハッとする。

 ───巨人の大刀剣。

 セイバーに対してファイターが使用した必殺剣。
 ファイターはあくまでただの通常攻撃だと言い張るがセイバーたちから見れば十分必殺技と呼べる破壊力がある。
「成る程必殺技か!よしオレも何か考えなくちゃ」
「………いやセイバー、それは…」
 目の前の緊迫した状況など全くお構いなしで空気読まずにフィニッシュブローを考え始めたアホの子が一人。
 セイバーストームハリケーンは俊敏性がいまいちだからこのケースじゃ使えない。
 セイバーダイナミックアタックは一度ホームランされたし何より縦の攻撃はファイターの攻撃軌道と接触する危険性がある。
 ならば横の軌道の攻撃がいい。それもとびっきりの疾いやつだ。
 ファイターの縦の重く強い一斬でオレが横の疾く鋭い一斬。
 即席な連携での連撃だが手負いの魔獣相手には十分過ぎる必殺となるだろう。
「よしそれでいこう、後は技の名前を考えなきゃだっ」
「……とことん我が道をゆくなのね」
 一人ぶつぶつと真面目に必殺技名を考えている騎士の珍妙な姿に周囲の者はすっかり緊張と毒気を削がれ肩の力が抜けてしまった。
「ふ、セイバーの仲間達はきっとさぞ愉快な毎日だったことであろうな」
 ファイターさえもそんなことを言っている。しかしその表情はどこか眩しいものを見るように優しげだった。
 ぶつぶつと物思いに耽る騎士の姿は無防備そのもの。
 しかし騎士は背中をまったく気にした様子はない。それはここに居る者全員を信頼している証でもあった。
 彼が無意識で行なっているこのような無垢な信頼は時に多くの仲間たちの支持を得る結果に繋がっていた。
「よしっ決めた!スーパーナイトスラッシャーボンバーだっ!」
「…………」
「……………」
 しかしネーミングセンスは最悪だった。


「来るぞ!」
 獣皮の外套を潮風に揺らして全員に注意を払う。
 彼らの前方では妖狐が自身のとっておきの大技を今にも繰り出そうとしていた。
 妖火の回転が徐々に上がり、仕舞いには残像同士が繋がって火の輪が形成されている様に見えるほどだ。
 セイバーとファイターが真剣な顔で愛剣を構える。ファイターが上段に、セイバーは下段だ。
 三者の射抜くような眼光は敵の急所を見据えている。
 ここに至ってセイバーの表情は先程と打って変わって締まっている。
 さすがは一流の騎士と言うことか。恐ろしいまでに心身の切り替えが早かった。
 鋭く尖った犬歯を剥いて唸っていた妖狐がついに剱山のような歯並びの顎を大きく開く。
 そして。

 魔術師がテンカウントで編んだ大魔術よりもさらに強力な獄炎が発動した──!

 視界が紫光に包まれた。目が潰れんばかりの光量が網膜に突き刺さる。
 放射線上にいる全てのモノを根絶やしにするだけの高熱。
 付近の空気中の酸素は一瞬にして獄炎の燃料となってしまった。
 炎の魔獣が放つ極上の大火炎。妖狐にとっての最大出力で放たれた火炎の色は朱色ではない。
 それ以前に赤の系列の色ですらない。紫色の焔という炎では本来有り得ない色。
 毒々しいまでの色の妖火は真実猛毒も同然だった。
 地獄の業火にも匹敵しそうな死の熱が何者よりも早く速く迸る。
 それは前方の浅瀬を瞬時に蒸発させ、砂浜を焦がし、当然のように人間など跡形も無く焼却する。
 だがそれは。

「────忠臣の勇気は地獄の劫火も怖れぬ!!」

 この場にこの英雄が居なければの話である…!
 ファイターの言霊が鍵となり、ここに一つの魔術が成立する。
 不可視の円輪が彼らの前に出現した。そんなものには構わず敵を焼き尽くすために直進する獄炎。
 しかし円輪に触れたと同時に妖狐の妖火が真っ二つに割れた。
 無効化される紫の劫火。Aランクの火除けの護りを備えるファイターに炎など通用しない。
 驚きは誰のものだったか。
 妖獣か騎士かそれとも魔術師か。しかしファイターは一向に気にする事無く割れた炎の間を風となって疾駆する。
 それに続く純白の騎士。二人の気合が爆発した。

「数多の幻想を打ち砕いてきた───」
「如何な悪夢にも怖れをなしたことなど無い───」

 魔獣の頭上に高く跳躍するファイター。
 魔獣の懐へと深く踏み込むセイバー。

「オレに勝ちたければ」
「私に敗北を与えたいのなら」

 両手でしっかりと握った血色の魔剣。ゴムのように筋肉を撓らせ全身の力を剣一点に収束させる。
 右足を軸に一回転し聖剣に遠心力をたっぷり乗せ、さらにもう一段階魔獣の懐へ踏み込む。
 頭上と前方から、縦と横の太刀筋による連携同時攻撃。
 魔獣の逃げ場などどこにも用意していない。
 獣は本能のまま騎士の白刃を止めるために聖剣へと噛みかかった。


「「竜になって──────出直して来いっっ!!!」」


 振り下ろされる渾身の一撃。
 振り抜かれる会心の一撃。
 それぞれ違った煌めき放つ二つの閃光。
 それは妖狐の強靭な歯牙をバターの様に斬り裂き、妖狐の頑丈な頭蓋をゆで卵の様に真っ二つにした。
 二人の太刀捌きのあまりの鋭さに、重さに、痛みすら感じる暇なく絶命する妖獣。
 事切れた幻想種の亡骸が、波によって再び水気を取り戻した浅瀬に崩れ落ちた。

「だがまあ……尤も」
「ドラゴンでも不足なんだけどな!」

 剣に付着した血糊を虚空を一閃して拭い取る。
 竜という名の幻想を退治した大英雄たちにとって、魔獣クラスの幻想では障害にはなりえなかった。
 妖狐はたった今消えた残る敵は。
 セイバーは聖剣の切っ先を遙か虚空へと向け、

「次はお前の番だアーチャーーーー!!!」

 ライオンよりも雄々しく猛然と吼え掛かった。
「チッ、よもや二人掛かりとはいえ幻想種がこうも容易く堕とされるとは………わぁっとるわいマスター、すぐに撤退する!」
 妖狐の死亡を遠目から並外れた視力で確認すると、弓兵は素早く踵を返そうとしていた。
「この!まさか逃がすとでも…」
 追走する為にセイバーも走り出そうとし、
「セイバー待って!」
 綾香がスタートを妨害した。少女は急いで騎士の傍まで駆け寄る。
「なんだよアヤカ!?邪魔は──」
 綾香はただ邪魔をした訳ではない。彼女にしてもまだ敵が居るここに置いて行かれる訳にはいかないのだ。
 しかし黙っていればほぼ確実に頭に血の上ったセイバーに置いて行かれることになるだろう。
 だから僅かな時間のロスは覚悟の上でストップをかける。そして用が済んだら素早く命令を下す。
「アーチャーを追うわ!さあ!」
「…………おう!」
 騎士は少女の様子に一瞬だけポカンとして直ぐにサーヴァントの顔に戻った。
 左腕を綾香の腰に回してしっかり抱える。
 そして仇であるアーチャーに鉄槌を下すべく風になった。

 騎士と少女を黙って見送った。
「勝負はお預けか」
 場に取り残されたファイターは少しばかり残念そうに息をついた。
 セイバーにとってはファイターとの勝負も大事だが仇であるアーチャーの方が優先度は上ということだろう。
 こうなればあの白き騎士が小柄な侍と同様に自分の与り知らぬ所で脱落しない事をただ願うばかりである。
「やれやれ予定外のことが多い戦闘だったな」
 遠坂も礼装の指輪を外して戦闘態勢を解除しファイターの傍へ歩み寄ってくる。
 戦闘は終了したが彼にはまだやるべきことが残っている。
 遠坂は崩れ落ちた獣の亡骸を流し見てから。
「さてと妖狐の死骸を持ってくれファイター、我々も邸に帰宅するとしようか」
 この土地のセカンドオーナーとしての残務に取り掛かるのだった。







──────Casters Side──────

「くそ……っ!!」
 ソフィアリは拳を力一杯テーブルを叩き付けた。激しい震動でカップが倒れ中身が零れて辺りを濡らす。
 しかしそんな些事には意も介さず水晶玉に映る敵を憎々しく睨めつけている。
 ソフィアリの作戦の結果は無残なものだった。
 アーチャーが狙撃するところまではきちんと彼の読み通りであった。
 しかし肝心の結果だけが彼が描いていた脚本とは大きく異なっていた。

 セイバーとファイター、その両名のマスター、そしてアーチャー。

 それが生存者の名前である。死亡したのは名も無き妖狐がただ一匹。
 ソフィアリ陣営の切り札でもあった貴重な戦力はこうして呆気無い程に簡単に散った。
 もし彼が自分のサーヴァントの結界は大丈夫だという言葉を信用していればもう少し違った結果になっただろう。
 だがもう遅い。結果は最悪の形で出てしまった。過ぎた時間は決して巻き戻ることは無い。

「おのれ…おのれぇ!!」
 彼は自分だけ不利益を被った事で癇癪を起こしている。
 せめて一人位は道連れに出来ていたならばもう少し心穏やかだったであろうに。
「くそ!くそ!くそぉ………そうだキャスター!魔力だ!魔力の収集をしろ!一般人から出来るだけ多くだ!
 お前なら上手くやれる筈だろう?!町の人間から魔力をかき集めろ!今すぐにっ!!」
 充血した両目を剥き出しにしてさも名案だとばかりに町の人間からの魔力収集を命令した。
 サーヴァントにとっても魔術師であるマスターにとっても魔力は多ければ多いほど有利になる。
 いわば金銭と同じ。有れば有るほど利にはなれど損は無いのだ。
「お断りします」
 しかしキャスターはきっぱりとした口調でそれを断った。
「なんだとぉ!!?」
 その反抗的な言葉に烈火の如く怒る魔術師。一方のキャスターはまるで氷河のように冷たく落ち着いている。
「それは正直意味がありません。現状ボクに必要な分の魔力は既にこの地下の霊脈から汲み上げている分で足りています。
 しかしそれでもやれ、と言うのでしたらマスターの持つ令呪を御一つ貰い受けますが宜しいですね?」
 さらに断固とした口調で主を見据える魔術師の英霊。
 少なくとも彼は善性の魔術師だ。自ら人間を襲うような真似は絶対にしない。
 その意思を捻じ曲げたいのならそれこそマスターの切り札である絶対遵守の令呪の力が必要になるだろう。
 主従の睨み合いが続く。これは令呪という切り札をちらつかせた駆け引きなのだ。
「この……!役立たずがっ!!」
 流石に令呪を使ってまで命令する内容では無いと思ったらしくソフィアリはサーヴァントを罵倒するだけ罵倒して引き下がった。
 周囲の物に当たり散らしながら不愉快そうに退室するソフィアリ。

 キャスターはそんなマスターの背中をもはや諦めにも似た表情で見詰めていた。







──────Sabers Side──────

 セイバーと綾香がアーチャーの追跡を開始してはや五分が経過した。
 彼らの周囲に憎き仇の気配はない。完全に標的を見失ってしまったらしい。
 もう既に取り逃がしてしまった可能性が高いがこの辺りに隠れている可能性もゼロではない。
 状況はセイバーたちの敗北も同然だがそれでも意地で探すのを止めようとはしない。

 そしてさらに10分の時間が虚しく流れてしまった。

「これはもう流石に逃げられたわね……」
 騎士の片腕に抱えられる格好で綾香が口惜しげに呟いた。今夜の追跡終了を告げる宣言を。
「チクショウ!あいつめぇ…!!卑劣なだけでなく勝負からも逃げ出す卑怯者とは!見損なったぞアーチャー!」
 仇敵をみすみす逃がしてしまい憤怒するセイバー。悔しさと苛立ちで奥歯が軋み鳴る。
「御免なさいセイバー」
「ん?」
 少女は俯き加減に騎士へ謝罪の言葉を口にする。
 どんなに正当でやむおえない事情だったとはいえ少女の存在がセイバーの足を引っ張る結果になってしまったのは事実であった。
 その現実に少女は自身の剣に謝罪するしか出来ずにいた。
 アーチャーとセイバーのスピードは比べ物にならない。
 そんな足の速い剣兵が足の遅い弓兵を取り逃がすことなどまず有り得ないのだ。
 しかしそれはあくまで互いの条件が同等だった場合に限る。
 セイバーたちが追跡を始めた時点でアーチャーは即座に肉体を霊体にして逃走を始めた。
 一方のセイバーは実体化したままで綾香を脇に抱きかかえて追跡を開始した。
 二人は最初の段階では十分にアーチャーに追いつけると思っていた。
 いくら霊体化して移動速度が上がりサーヴァントの気配が薄くなっても、気配が完全に遮断出来るわけではない。
 だから僅かな残り香を追尾すればいずれは気配の大本に辿り着けるだろうと。
 しかし段々と逃げるアーチャーの気配が薄れてゆき、ついにはセイバーが感知できる知覚領域内から気配が消えてしまった。
 それは両者の認識の差が生んだ結果であった。その場の感情で追跡したセイバーと予め退路を確保していたアーチャー。
 そうやってしたたかな手を打っていたアーチャーはセイバーたちの追跡からきっちり逃げ果せることに成功したのだった。
「わたしが居なければ貴方も霊体化してアーチャーを捕まえられた筈なのに………」
「いいや違う!悪いのはアーチャーだ!君のせいじゃないさ、だから謝る必要なんかない」
 少女の謝罪をはっきり首を横に振って否定した。彼女は悪くない。悪くないんだから謝罪される謂れもない。
「…ん、ありがと」
 小さくお礼をいう。おう。と騎士は笑って返した。
「むむむ、とりあえず今夜はどうするんだアヤカ?オレまだアーチャーを探してもいいぞ」
 諦めがつかないのか彼はまだ亀甲の弓兵を追うつもりでいるらしい。
「ん~とりあえずもう今夜はお寺に戻らない?
 正直わたしもくたくただし、セイバーだってかなり魔力と体力を消耗してるでしょう?」
 そんなボロボロの状態じゃ敵討ちもままならないと綾香が帰還を勧めた。
 セイバーは腕を組んでしばらくうんうんと首を捻って考えると、
「うんじゃあまあそうするか!オレもファイターとの決戦はかなり疲れたし」
 マスターの進言に素直に同意した。
「それじゃあ今日は帰りましょ。ファイターの対策も考えなくっちゃいけないしね」
 今居る屋根の上から飛び下りて道路に降り立つ。
 そして龍洞寺の帰り道へと足を進めた。

「にしても近隣住人に被害が出なくてよかったわ」
 月明かりだけの夜道を歩きながら綾香は心底ホッとした口調で先の戦闘の感想を述べた。
「そうだな。あのレベルの魔獣なら冗談抜きで町を火の海にできる」
 今夜の妖狐の脅威は一つ間違えば数日前アーチャーの一件の焼き回しになっていた。
 それを見事に防ぎきってみせたセイバーとファイターは働きは勲章物に匹敵する。
「……そろそろ潮時なのかしらね………」
 少女は想う。
 聖杯戦争とは一つ間違えば全く無関係の人間をも血みどろの闘争の渦中に巻き込むものなのだと。
 それを頭に刻み込んだ上で今の自分たちの立場を考える。
 祖父の友人である柳洞寺の住職さんの厚意に甘えていつまでもお世話になっているのも限界かもしれない。
 自分があの寺に居続けることで常にあそこは戦場になる危険性を孕んでいるのだ。
「とは言ってもこの土地に泊めてくれるような知り合いなんて他にいないのよねぇ……。
 お爺様が全部準備をやっちゃったから何日も宿を取れるほどのお金も持ってきてないし」
 そこが彼女にとって最大の悩みどころでもあった。直ぐにでも発ちたいが行く場所がないというジレンマ。
「あ~クッキーとかケーキとかお菓子が食べたいなー」
 と人が真面目に今後について考えていたら能天気な奴が能天気なことを行き成り横で言い出した。
「サーヴァントに食事なんて要らないでしょ……」
「チッチッチ~。アヤカ、必要ないのと好きなのは別なんだぞ?」
 やや呆れ風な少女とは正反対に騎士は妙にしてやったりな感じで言葉を返す。
「ふ~んそういうものかしらね?とは言ってもお寺にはお菓子なんて無いけどさ」
「な、そんなぁ……前のマスターのとこでは三時のおやつが毎日出てたのに………紅茶…クッキー、果物ぉ~」
「わたしをそんなブルジョワなお嬢様と一緒にしないで頂戴」
「くっそ~こうなったら裏山で野ウサギでも追っ駆けて遊ぼうかな」
「可愛そうだから止めなさい」
 まあ今悩んでも仕方が無い。とにかく一度寺に帰ってそれからとゆっくりと考えよう。


 更けていく冬木の闇夜。
 冬の世界には虫の音はなく静寂だけが存在する。
 こうして各陣営にとって予想外のトラブルが連続する激動の一日が終わったのだった。







──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授!第十七回

V「一片の悔い無しー!」
F「コーナー開始早々に開き直るなんて流石過ぎます先生ー!」
槍「言い訳くらいすればよいでござろうに・・・」
V「だって正直『剣士と闘士』の話がやりたくてローランとベーオウルフをチョイスしてガチンコさせた位だからなー」
F「セイバーが相手を自分と同じ剣士だと思ってたら拳と脚が飛んできてボコボコにされる。なん…だと…?!」
V「ベーオウルフの水中戦も出来て私は満足だ」
F「いやぁローランさんが泳げて本当に良かったですよね!イヨッ!さすがは地中海横断部!
  ウッチャンナンチャンのドーバー海峡横断部も真っ青ですよ!」
槍「しかしあやつは真に地中海を?」
V「実際理性を失くした時にヨーロッパ中を徘徊しまくった挙句、
  オリヴィエたちと再開したシーンには海の彼方から泳いで出現する話があった…」
F「え、じゃあ冗談じゃなくて本当に!?」
V「騎士が月に行く世界観だぞ?しかもローランは竜種を棍棒で撲殺するような男だ。
  それに比べれば地中海横断なぞまだ可愛いものじゃないか」
槍「ま、まぁそうでござるな。素手で絞め倒したり、ただの棍棒で撲殺するよりはまだ」
ア「しかし勢いとはいえ魔獣まで出しても良かったのかしらね?」
F「いえ怪物退治の大英雄が二人もいるのに怪物が出てこないのはおかしいじゃないですか!化け物万歳!」
V「作者もどうしようか悩んだのだが折角時代が時代なんだから現代の事情では出来ない事をやろうということで出した」
F「二、三百年物の妖狐ですんで大体室町末期~安土桃山時代辺りですね。
  あれ…なんかまだ秘境には普通に魔獣とか残ってそう?」
V「妖狐を選んだのは日本だからという理由と火を使えそうな怪物が欲しかったという理由からだ」
ア「ファイターの火除けの護りスキルのためね?」
V「そうだ。ちなみに加護の発動呪文はウィーグラフの事を指している。ちょっと良い話だな」

V「さてと、やはり少しは説明くらいしないと駄目なのだろうか?」
F「さすがにですね。今話一番の見せ場ですし、と言うよりAS全体からしても宝具対決は見せ場ですし」
槍「というより何故にあんな奇抜な使い方を?あのような使用法を想定していた者などおらんのではないか?」
V「利器型の宝具は使い手の技量と使い方次第でいくらでも強い戦闘手段になるのだとエミヤが言ってた!すまん嘘だ」
槍「また本当っぽい嘘を並べ立てて・・・」
V「正直な話だが前話でミス・サジョウの聖剣に対する感想は住人が抱いていた感想でもあるんじゃないかなと思ってな」
F「デュランダルの能力って微妙だね発言のことですか?」
V「ああそれだ。まあこの場合は聖剣の能力が微妙と言うよりは”不壊”の奇跡が活躍する場面が全く無いのが問題なんだ。
  現状のままだとこの”壊れない”は対ベーオウルフの奇跡でしかなく、もし彼が居ないと奇跡の一つは空気化してしまう。
  それを避けるには三つの奇跡そのものを独立させる必要性が出てきたんだ。
  そもそもランク差のある宝具でさえ敵に壊されないのは原作からしてそうな訳であって。
  それでもなお壊れないという奇跡を表現する為にこういう形で独立化させることにしたという訳だ」
槍「ちなみにアイディアの元ネタなどはあるのでござるか?」
V「案の元は衛宮士郎だ。彼のお陰で剣を盾にするという案が生まれた。
  UWBルートでギルのエアの攻撃を防御する為に無限の剣製内の最硬の剣を盾にするというシーンがあるんだが、
  これ皆鯖のデュランダルを複数本展開したら下手な盾より堅くね?な思い付きから採用することにした」
槍「物凄く安易でござるなぁ」
V「放っておいてくれ!大体蜻蛉墜しを使った君に言われたくはないぞ!」
F「あれもあんな必殺技想定していた人居なかったでしょうしね・・・」
V「本気で今更なんだがFateASのサーヴァントは皆鯖のサーヴァントとは別物だと考えた方が良いだろう。
  執筆開始当初は皆鯖版との乖離が激しいのはデュランダルとテュルフィングだけだと思っていたんだが…。
  なんか全体的に乖離し始めている……」
ア「本来無いオリジナル要素が加わっているのだから乖離もするでしょう」
V「うん。聖剣盾のような能力説明の意味の拡張や蜻蛉墜しのような使用方のアレンジなどが加わった分、
  元とは微妙に乖離したものになり始めている。勿論元ネタの内容の延長上の範囲で納まるよう努力はしているが」
F「つまり意味の拡張や内容の延長上にないものは出来ないししないと?」
V「そうなるように努力してる。
  だから壊れないという概念を利用して剣を盾にしたり、魔力炉の有余る魔力を利用して回復に転用したりはしても、
  元から存在しない概念、つまりデュランダルからビームが出るようなことは無い。
  金亀神城がいくらメカっぽくなってもロボット変型したりはしない。補助宝具のファラオ石像で攻撃することもない」
槍「そういうわけなのでコンゴトモヨロシクでござる」

V「さて戦況に入ろうか。脱落者は無しだが遠坂・沙条陣営共に消耗が激しい。
  だがお互いに手の内を曝し宝具まで使用した事により相手の正体の輪郭がはっきりしてきたことだろう。
  特に意を決して横槍を入れたソフィアリ陣営が妖狐を潰されて大打撃だな。
  今回は待ちに回った間桐陣営はアーチャーの逃走成功により殆ど損耗は無い」
F「ついにと言うかとうとうキャスターさんの見限りフラグが立ちましたね!」
V「キャスターの話をもう少し信頼してやれば、妖狐ももうちょっと役に立つ結果に繋げられたろうに」
槍「仏の顔も…でござるな」
V「ローゼンクロイツは聖職者だが同時に魔術師でもあるからな。戦略的な考え方もするし非情な決断も当然する」
槍「はてさてどうなることやら」
ア「きっとソフィアリがキャスターに裏切られて消えるわ、無様ね」
V「消耗している遠坂・沙条陣営は今襲われると苦戦は必須になるだろうな。
  雨生陣営は休止中だが未だに沈黙しているゲドゥ陣営がどう出るかが気になるところだ」
F「昼間は女性とチョメチョメしてましたからねあの人……」
槍「しかし陽が暮れると同時にどこかへ行ったようでござるぞ?」
V「やつが何をしにどこへ行ったのかが戦局を左右するポイントになるだろう、では今回はここまで次回また会おう」



V「8/12文章を一部追記。まさかこの部分を加え損ねるとは…orz」