カーステレオのラジオを付けると、車内を流れるのは気だるいジャズの音色。ジャズってあまり好きじゃないんだが……そんな風に思いながら姫宮冴子はブレーキを掛けた。
 赤信号だ。停車した合間に空を見上げるが、一面に墨を流したような空に星は見えない。
「嫌な空だ……」
 不意に、ぶるりと寒気が走る。
 ここ最近、街中を嫌な空気が流れ始めた。まるで祭りが始まる前にも似た、何かの予感を孕んだ空気でありながら、どうしようもなく嫌な予感しか浮かばない。
 最近はどうも嫌な事件ばかりが続く。頻発する停電。原因不明の気温の低下。幾人もの行方不明者。
 そういえば、と思い出す。二十年前にも似たような空気が流れていた気がする。
 少女だったあの頃の。
 そして、親友二人がいなくなったあの頃の。
「みことに、夏海か……」
 いなくなった親友たちの名前を呼ぶ。あの二人がいなくなった時には、大いに泣いた。そして、少しずつ立ち直ってきた。
 二人の顔は、もうおぼろげにしか思い出せない。あの二人が、二十年前の連続失踪事件に関わっていたのは何となく分かっていた。
「だってのに……」
 ……だというのに、何もできなかった。励ましてやる事も、話を聞いてやる事も、できなかった。こんな事では、親友を名乗る資格がない。
 それでも、祈るに値するのが、あの二人しかいない。
「ったく、…………オカルトは嫌いだ」
 舌打ちする。UFOだろうがプラズマだろうが、嫌いなものは嫌いだ。だけど、今だけは。幽霊でもいいから、あの二人に会いたいと思った。




 不吉な予感を抱えて空を見上げる女性から少し離れ、物語は闇の中で密やかに紡がれる。
 およそ、都市というものは人が集まるものであり、人が暮らすものである。故に無数の人間の目がそこには存在しているが、そうであるからこそ、自然に無数の死角が生まれてくる。
 その場所も、そのような死角の一つであった。

 積層型水上都市、水佐波市の中でも、ライフラインとなるのは東西に水佐波市の中央を通り、関西の中枢を首都と結ぶ鰐橋レイライン。
 高速道路と国立鉄道のラインに、いくつかの私鉄を含めた、都市の大動脈といえる場所。そこから少しばかり離れた所に、バベルの塔を思わせる円筒状の施設が存在した。
 水佐波原子力発電所、建設までに少しばかり住民の反発があった施設だが、結局、そんなものはあっさり押し切って建設された。
 その高い塀に囲まれた敷地の周囲は、通用門や正門から少し離れてしまえば、発電所などに用がある人間など従業員くらいのもので、通りかかる人間もほとんどおらず、結果的に、水佐波環状線のガード下などは特に薄暗く、人の視線も通らない。
 そのわがかまる闇に、ぐちゃぐちゃと、肉を咀嚼するような音が響いていた。無数の歯が肉を食む音。くちゃくちゃ、ぼりぼり、と蠢く無数の口が、人体を人体未満の肉片へと解体し、まるで闇そのものが肉を自らの腹の中に収めているかのようにも見える。
 その腐肉食の闇の中に、一人の少女が佇んでいた。月光のように蒼黒い長髪と、薄っぺらい虚無を宿したガラス玉の瞳。間桐真夜。
 その少女に、話し掛ける者があった。
「なるほど……蟲使いってのは、随分と気色悪いものだな。おい」
 寿命で点滅する街灯の下にいて、尚も鋭く輝くのは魔術師の眼光。鍛え上げられた体躯に、礼装を収めたゴルフバッグ。エーベルト・フラガ・ヌァザレ・ソフィアリ。
 その眼光に返礼するかのように、闇の中からどろり、と老人の声が響く。
『おおぅ……なるほどなるほど、こうも早くに聖杯戦争のマスターと会えるとは……喜べ真夜、最初の獲物じゃぞ』
 声の性質は孫を可愛がる好々爺のそれ。それが聞く者にどうしようもなく違和感を与え、しかしその声に籠る陰性の悪意だけは、どうしようもなくその場に相応しい。少女はその声にこっくりと頷くと、前方に向かってゆっくりと手を差し伸べた。
「……アーチャー」
 少女の、まるで怪物が潜む洞穴のように虚ろに澄んだ声が響く。
 それに応えて、ずるうり、と蠢く肉質の闇の中から、異様なヒトガタが立ち上がった。
 本来なら見る者に強い意志を感じさせたはずの整った彫りの深い顔立ちと、鉄壁のように頼もしくあったはずの逞しい体躯。
 毒に冒された肉体は腐敗し、腐り落ちた肉の間から剥き出しの臓器や骨が覗く。落ち窪んだ瞳には陰火のような怨念を宿し、人形のような動作で武骨で巨大な石の弓を構える。
「爺ぃ……貴様、サーヴァント相手に何をしやがった……!!」
 少女を無視して、エーベルトは闇の中に響く老人の声に向かって罵声を返す。
『おお、怖い怖い。こうも弱々しい老人に向かって、そのように吠えかかるものではないわい。なに、魂喰いを拒まれたのでな、令呪で、こう、属性を反転させてみたわけよ』
 呵々と笑う老爺の声に、エーベルトは思わず顔をしかめた。
「嫌な爺だ……外道が」
『ほぅ……儂等魔術師にとって、悪とは魔術の存在を愚者どもに広める慮外者であろうに……。尻の青い餓鬼がいたものだのお。真夜、喰ってしまうが良い』
 同時に、少女の傍に佇んでいたアーチャーが弓を深く引き絞る。
「っ……!」
 かわし切れない。油断したと後悔する間もなく、闇の中に黒いロープのような影が伸び、アーチャーの矢はその影を撃ち抜き、コンクリートの壁に受け止めた。


「マスター、一人で出歩くのは危険。最初に言ったはず」
 アーチャーの放った矢を受け止めたのは、闇の中から現れた少女。足元まで届く波打つ黒髪、澄んだ海色の瞳が不満気にエーベルトを睨む。
 羽織った毛皮のローブの袖口から伸びているのはベージュの鱗に色褪せた黒い縞の入った毒蛇。ベルチャーウミヘビと呼ばれるその蛇は、頭部を縫い止められてだらりと力無く垂れ下がり、矢に特殊な力でもあったのか、内側から溶かされるようにして腐り落ちる。
「済まんなキャスター。少しばかり油断していたようだ」
「次からは自重して、マスター。あれはおそらく毒矢。陸棲のいかなる蛇よりも百倍強力な毒を持つあの水蛇が、ああも簡単に溶かされた」
 それも、規格外の魔獣殺し。自分にとっては最悪の相手であると、キャスターはその属性を看破する。
「宝具なら、どうせそんなもんだろうよ……キャスター」
「分かった。しかし、本当に大丈夫?」
「なあに心配はいらん。母と最弱アヴェンジャーとのコンビは最強だったと、母も言っていた。それと同じポジションだ。問題は、無い!」
 エーベルトは瞬発力に秀でたボクシングのフットワークで地を蹴った。そこを狙って放たれる矢は、中途で軌道を不規則に捻じ曲げ、周囲の地面やコンクリートの壁に突き立つ。そこに這うのは無数のフジツボ、魔獣の属性を持つ使い魔だ。
「それほどの魔獣殺しの弓をこの魔獣に満ちた空間で、マトモに当てられるわけがない、だろ?」
 周囲に溢れるフジツボは言わばデコイ、相手の矢が魔獣殺しの属性を持つことを逆手に取って、キャスターはあえて使い魔を捨て駒にして攻撃を防ぐ。
 その矢の下をかいくぐり、現実離れした速度で地を蹴ったエーベルトの拳が、アーチャーの腹を殴り付けた。
 エーベルトの脚先がボクシングの高速のタップを刻み、降り注ぐ拳はアーチャーに致命傷こそ与えられないものの、魔獣使いであるキャスターにとって他者の肉体強化は得意中の得意、その援護を以て放たれる拳は英霊たるサーヴァントすら圧倒するのはむしろ自然。
『援護に特化したサーヴァントと、高い戦闘能力を持つマスターの組み合わせはこの上なく厄介――――覚えておくべきじゃったのお……』
 一見余裕に満ちた老人の声は内心で舌打ちを一つ。目の前の男の拳技は確かに老人の知る神代の魔女のマスターに劣るにせよ、目前のキャスターは援護の魔術に関してだけなら、老人の知る神代の魔女すら上回る。


 だが、老人にもまた切札が無いわけではない。カードを切るにはいささか性急に過ぎる局面とはいえ、相手はキャスターのサーヴァント、時間をおけばますます強大になる危険な存在だ。
『身の程知らずに出る杭は、ここで叩いておくに越した事はないかの。真夜』
 その言葉に、少女はこっくりと頷くと、その足元に落ちていた影が濃さを増した。闇よりもなお濃く黒い影がぎちぎちと音を立てながら膨張する。
 その影の中に、まるで水面のように波紋が走り、その中から無数の鎖で戒められた一振りの剣が浮かび上がってくる。剣の柄に紅い呪布に包まれた左手を伸ばし、少女の手には太過ぎる柄を握った瞬間――――初めて少女の口が開いた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!」
 まるで歌のように奏でられる絶叫が、エーベルトとキャスターの耳を打つ。
 咆哮というには細過ぎて、力も無く意志も無く、ただ狂気だけを孕んだ叫び。その絶叫に連動するかのように剣を縛る鎖が弾け飛び、強烈な神秘を孕んでいたのであろう鎖は剣が発するあまりにも禍々し過ぎる威圧に吹き飛んで、無数の散弾となって周囲に飛び散った。
「っ何の冗談だ!?」
 とっさに障壁を張って鎖の散弾を防いだエーベルトは舌打ちして少女を睨む。あれは明らかにおかしい。少女を睨むエーベルトの脳裏に、無数の情報が走る。クラス:狂戦士/筋力:C/耐久:C/敏捷:C/魔力:E/幸運:D。
 少女の身の丈を超える巨剣から放たれるどす黒い瘴気が少女の体を侵食し、肉食蟲を象った刺青のようになって固定する。
 少女の全身を覆う装甲じみたトレンチコートはズタズタになって飛び散り、衣装が内側から弾け飛んで、代わりに少女が纏うのは花嫁衣装にも似た、華麗な毒華の如き漆黒のイブニングドレス。
 その上を大地の亀裂から噴き出すマグマのように輝く赤い刻印が走って彩り、左腕を覆う聖骸布が解け、少女の白魚のような右腕とは対照的に、浅黒い肌を持った野太い男の腕が現れる。
「同時に二騎のサーヴァントを使役する――――いや、人間のサーヴァント化だと……!」
『っくく、我が間桐家の二百年における聖杯戦争の蓄積の副産物、英霊どもの置き土産よ。御陰で、見よ、儂の可愛い孫は、まさに最強の人間兵器となった』
 嘲笑うように老人の声が響く。真夜の握る大剣の正体はかつての聖杯戦争で召喚された狂戦士の英霊が使用していた宝具、握った者の精神を支配し、狂戦士と化す『囁く凶刃(ティルフィング)』。
「初っ端からこれとは……最悪だ」
 横一直線に振るわれた狂戦士の巨剣の下を転がるようにして攻撃を回避、間合いを詰めたエーベルトはまず真夜に向かって神速の拳を飛ばすが、真夜の足元の影が地面から剥がれるようにして盾になり、拳の一撃を受け止め、その隙に弓兵の矢が連射を開始。
 デコイで狙いが甘く、同時にキャスターの魔術で強化されているからこそどうにかかわす事が出来るが、そうでなければただの魔術師に過ぎないエーベルトなど、とっくの昔のあの連射の餌食だ。


 エーベルトは舌打ちしつつ、キャスターと共に狂戦士と弓兵の前から撤退する隙を窺う。だが、敵はロクな理性も残っていない目の前の二人だけでなく、闇の中、どこにいるかすら分からない老人の声の主もいるのだ。そうそう逃がしてくれるとも思えない。
 思考を巡らせるエーベルトは、キャスターの隣まで後退し、狂戦士の追撃をかわす。剣を振り上げて追撃した真夜は、キャスターが召喚した大蛸の触手に殴打されて吹き飛び、空中で猫のように体を捻って姿勢を立て直して着地。
「キャスター、どっちか片方、速攻で叩いて逃げる。できるか?」
「任せてマスター」
 エーベルトの提案に相棒は頷き一つ。それに頼もしさを感じて、エーベルトは再び地を蹴った。
『っくく、無駄だというに。大人しく――――ぬっ!?』
 地を這うような低空姿勢で横殴りの斬撃をかわし、同時に周囲のフジツボがその口から潮混じりの蒸気を噴射、一瞬、潮臭いスチームに視界が閉ざされる。
『いかん、アーチャー、宝具の使用を――――!』
「遅ぇ」
 真夜の懐まで潜り込んだエーベルトの拳が、キャスターが召喚した、内側の肉すら鉄の鱗に覆われた金属質の貝殻に覆われ、エーベルトは硬い甲殻を持つ魔獣をナックルのように握り、砲弾のような右拳を発射。
 対する真夜は魔力を全開に魔術を行使。まるで咲き誇る闇色の花弁のような影の楯がエーベルトの拳を受け止め、その刹那――――。
「キャスター!」
 エーベルトの合図と同時に、待機していたキャスターが足元の水溜まりに足を踏み出し、そこから広がった波紋が、巨大な波濤と化して一帯を薙ぎ払う。
『ぬぅ……!?』
 老人の声が一瞬引きつり、真夜とアーチャーは防御の態勢を取り、誰もがその攻撃に目を奪われた一瞬。アスファルトの地面を砕き、エーベルトとキャスターは逃げ去っていた。




 その様子を観察していた者達がいる。
 闇に包まれ、灯り一つないビルの屋上に立つのは、銀の髪と紅の瞳を持つ少女たち。
 身に纏うのは時代錯誤なナチスドイツの軍服、様々なメディアの「格好いい軍服」のモデルとなった代物だが、一方で現代に伝わるナチスのダークサイドは有名であり、
下手に装えばナチスに怨念を抱いている者は多く、また非難の標的にもなるため、たとえコスプレイヤーや、あるいはたまにいるネオナチにせよ、堂々と公衆の面前で装う者は少ない。
 しかし、見る者が見れば、いくつかの不審な点に気付くはずだ。一つには、少女たちが人形のように美しい、しかし一様に同じ顔形をしている事。そしてもう一つ、少女たちがこの灯り一つない闇の中で、何の不自由もなく動いている事。
「目標の交戦結果を確認。アーチャー及びそのマスター、キャスター及びそのマスター、共に健在。キャスター陣営は地下水道を移動に利用している模様、本拠地の特定は不可能。ドライツェーンはゼクツェーン、ノインツェーンと合流しアーチャー陣営の監視を続行」
「了解。ツヴァンツィヒは大尉に連絡を」
 ややあって、少女たちの一部が駆け出し、ビルの屋上の床面を蹴り、連なるビルの上を跳躍しながら、人間離れした動きで闇の中へと消えていく。
 やがて、そこに残っている少女は一人だけになった。一人になった少女はようやく、萎縮している自分自身の存在に気がついた。袖口で冷汗を拭い、ふぅ、と溜息を洩らす。
「あれが、英霊同士の戦いか……それこそ、人間に踏み込めるものではないな。いや……」
 それならば、と考える。それならば、魔剣を手にして狂戦士となった少女は一体何だったのか。あるいは、キャスターの援護があったとはいえ、拳一つを持ってそれに立ち向かった男は何だったのか。
「我々は、あの高処に至らなければならないのか……」
 溜息を一つ。ツヴァンツィヒと呼ばれていた少女は、懐から通信機を取り出すと、連絡を行うべく、ダイヤルをいじり始めた。通信用の魔術もあるが、使わない。魔術師達に傍受されるわけにはいかないからだ。
「道は遠いか。だが……」
 魔術師どもよりはましか。彼らの目標は、根源、などという、本人たちにもよく分かっていない代物だ。そんなわけの分からない連中でも、利用しなければならない。その事に溜息をついて、ツヴァンツィヒは通信が繋がった事を確認、報告を開始した。




 一方、ビルの谷間の底でその様子を窺っている者たちも存在する。
 最新の特殊機器を使用するファルデウス達にとって、魔術を使わない通信手段を盗聴するのはそれほど難しいことではない。
「まあ他の“ただの魔術師”相手ならいい方法だったのでしょうが……」
 どうも、この手の、近代兵器を使うタイプの“魔術使い”達は、自分以外に同じ手段を駆使する相手がいることを想定しない傾向が強い。魔術しか使ってこない“魔術師”の相手に慣れ過ぎたが故の弊害だろう。
「相手が悪かったという事でしょうね……」
 では、自分たちにとっての天敵とは何者だろう、と考えて、すぐに頭を振ってその思考を打ち消す。現在、自分は考える限りの用意をしてある。考えても深みに嵌まるだけで、どうせ意味が無い事だ。
 ファルデウスは、路地の入口に視線を向ける。ちょうどそこに、人影が現れる。それは、異様な男だった。
 くたびれた黒い牛革のコートを纏い、腰にはスピードローダーを並べたガンベルトを巻いた、まるで西部劇のガンマンのような姿だが、伸び放題に伸ばしてから乱暴に刈り込んだ蓬髪とろくに剃りもしない髭が、まるでホームレスのような雰囲気を醸し出す。
 同時に、男自身が纏っている錆びた鋼のような気配が、男に異様なまでの凄味を与えている。
 ファルデウスの横でツヴァンツィヒ達の報告を盗聴する兵員達がその姿に、不審そうな目を向けた。
「戻りましたか、ミスタ・ローウェル。いかがでしたか、久しぶりの化け物どもの戦いは?」
「相変わらずだ。……弾丸が届きそうにない所まで相変わらずだ」
 ファルデウスの言葉に、ローウェルは表情一つ変えずに錆びた声で返し、そのまま石段に座り込んで、腰から外したガンベルトからよく使い込まれた得物を取り出し、分解して手入れを始める。
「一応、ニホンには銃刀法というものがあるのですから、その格好のままで出歩くのはどうかと思いますよ」
「何、俺でも一応、認識阻害の魔術くらいは使えるさ」
 予想通りといえば予想通りの返事にファルデウスは溜息をつき、スーツのままでローウェルの隣に座る。
「こちらで用意させて頂いた得物は使わないのですか?」
「ソーコムに……ツェリザカか。ツェリザカの反動を除けば確かにいい得物だが……このピースメイカーは家族の形見でな」
「それは……悪い事を聞いてしまいましたね」
 少しばかり後悔したファルデウスを気にした様子も無くローウェルは続けた。
「何、気にするな。ツェリザカの使い所があるかは知らんが、ソーコムはいい銃だ。そういう意味では感謝しているよ」
「それは何よりです」
 ローウェルはコートのポケットから煙草を取り出し、火をつけた。ファルデウスはその臭いから、その煙草のニコチン分とメンソールが異様に強い事、そして、中に大麻が混じっている事に気付き、わずかに顔をしかめた。
 この男の経歴は知っているが、おそらく、麻薬でもなければやっていられないような絶望的な戦いなのだろう。それがまるで自分の将来のような気がして、なおさら気分が悪くなった。
「何事もなく終わればいいのですが……」
「そんな事は有り得ないだろうな……」
 聖杯戦争において何事もないという事、それ自体が異常だ。そんな事を考えて、ファルデウスとローウェルは、互いに顔を見合わせる事も無く溜息をついた。
 ローウェルの咥えた煙草の先から漂う大麻混じりの煙が風に吹かれて消えるのが、ファルデウスにはまるで自分たちの未来のように思えてならなかった。




 同じように戦いを見守っていたのは、ツヴァンツィヒやファルデウスだけではなかった。
「アーチャーとキャスターが交戦、か。しかし……どっちもタチの悪いコンビだな」
 ビルの屋上の縁に腰掛け、足を中空に投げ出して、アルサランはひとりごちた。
 まず、アーチャー組。サーヴァントが強力な場合、まずは脆弱なマスターから狙っていくのはアルサラン的には常道だが、アーチャーのマスターがあの様子では、とてもではないがマスター狙いなど不可能だろう。
 確かに戦闘能力が全てのバーサーカーとしてはお寒い限りの能力値だが、アーチャーが敵サーヴァントを押さえている間にマスターが敵マスターをミンチにするか、また、逆も可能だ。
 続いて、キャスター組。キャスターの感知能力はとてもではないが馬鹿に出来るものではない。加えて、キャスターの援護魔術を受けたあのマスターは、遠距離専門のアーチャーのクラスとはいえ、肉弾戦でサーヴァントを押していた。
 加えて、召喚した魔獣による攻撃がメインのあのキャスターは、三騎士のクラスの最大のアドバンテージである対魔力が意味を為さない。
 どちらにせよ、マスターとサーヴァントの組み合わせが最悪だ。どうにかしてマスターとサーヴァントの組み合わせを分断するか、さもなければ弱っているところを叩くか。さもなければ、手のつけようがない。
「こうなると、無理矢理にでも戦闘に介入するべきだったか?」
 まあ、考えても意味のないことだ。それに、どうせ霊地の管理者である自分は、聖杯戦争に参加するのが当然の存在、あまり表に出ないのならば、アサシンクラスの存在を疑われて当然。
 そうなると、アルサランが取るべき道は主に二つ。
 一つには、直接戦闘能力が低いアサシンクラスの存在を匂わせておいて、正面から攻め込んでくる敵マスターに対して、バーサーカーの戦闘能力を得たアサシンで背後から殴り潰す。
 そしてもう一つ、最初に敵マスターの首級を上げたのが自分であることを喧伝し、バーサーカーのサーヴァントを保有している事を表に出し、暗兵の存在が消えた事を疑わずに油断している敵を背後から叩くか、だ。
「……守りに入るのは趣味じゃないな」
『なら、何が趣味なのだ?』
「圧倒的な力で蹂躙する」
 アルサランの背後に旋風が渦巻き、実体化したアサシンがしなやかな腕を首元に絡ませてくる。獣じみた凶悪な気配を纏ったアルサランはアサシンの艶やかな黒髪を撫で、アサシンはその手の感触にわずかに目を細めた。
「今までに出てきたのは、アサシン、バーサーカー、アーチャー、キャスター。残りはセイバー、ランサー、ライダー、か」
 そして、どうせ生きているであろう先代セイバー。母が従えた先代ライダーですら仕留め切れなかった大物だ。
 アルサランはアサシンの髪を撫でながら夜の街を見下ろす。先程まで、眼下ではアーチャーとキャスターが各々のマスターと共に戦いを繰り広げていた。
 アルサランはそれを単独で監視し、アサシンには、アサシンに特有の気配遮断とバーサーカーから奪った妖術の機動力を生かして、周辺一帯の戦いを嗅ぎつけてくる勢力の存在を探し、報告するように命じていた。
 バーサーカーの能力を得たアサシンは、この聖杯戦争の中では最高の索敵手だ。
 見つかった勢力は二つ。ノイエスフィールのホムンクルス達と、そして、近代兵器で武装した、正体不明の組織。おそらくは、後者がこの聖杯戦争の戦況を崩す鍵になる。
 アルサランの獣の瞳は戦場の全てを俯瞰して、まだ見えぬ新たな戦場を蹂躙すべく、軍略を展開していた。





――――おさえて、破底魔先生!

破底魔:「さて今回も、まだ一回目ですが『おさえて、破底魔先生!』の楽しい授業時間がやって参りました。このコーナーは、バッドエンドを迎えた可哀そうな戦死者の人をダシに、楽しくイジり……ゲフンゲフン、楽しく読者からの疑問に答えていこうというコーナーです」
タダーノ:「ちょっと待てこのクソアマ、今、ダシにするとか何とか言いやがったか!?」
破底魔:「誰がクソアマですか? まったく、先生に対して口答えするなんて生徒としての心構えがなっていませんね」
タダーノ:「うるさいうるさいうるさい! せっかく出番がもらえると思って来たのに、何なんだこの展開は……首切断してホルマリン漬けにすんぞ!」
破底魔:「はあ、まったく、授業態度の悪い生徒ですね。で、首切断してホルマリン漬け……でしたっけ?」
タダーノ:「え!? ちょっ……待っ……!!」
破底魔:「問答無用です。お父様、お母様、お兄様、やっておしまいなさい」
タダーノ:「ぎゃあああああああああああああああ!!」

しばらくお待ちください。

破底魔:「切り取って粉砕した首の代わりに犬の頭を付けてみたのですが、あまりいい出来ではありませんね。ぶっちゃけキモいです」
犬只野:「ワンワン」
破底魔:「無視して授業を進めましょう。さて、前回のタダーノさんの死因ですが……弱点であるアサシンに対して無警戒過ぎた、といったところでしょうか」
犬只野:「ワンワン」
破底魔:「ただでさえステの割に消耗がキツイ茨木童子の魔力消費量を考慮に入れれば、早期決戦を考えるのは確かに悪い判断ではないのですが……迂闊過ぎます。雁夜さんを見習って地面に潜るなり何なり、対策を考えるべきでしたね」
犬只野:「キャンキャン」
破底魔:「次に、今回のアーチャー&キャスターの戦闘でしたが……アーチャーサイドにかなり厳しい内容でしたね。
キャスターは後回しにすれば後で地獄を見ますから、決して悪い判断ではないのですが……アーチャーの宝具こそ使ってはいないものの、マスターがかなり物騒なアイテムを持っている事がバレましたし」
犬只野:「クゥーン」
破底魔:「犬の分際でベタベタと近寄らないでください鬱陶しい。
で、無視して話を続けてしまいますと、これはアーチャーの正体にこそ直結しないものの、肝心要のアーチャーの正体にしたところで、全身腐敗したゾンビ紛いのやたら特徴的な姿を見せてしまっているため、蟲爺の余裕に反して、実は結構まずい展開です」
犬只野:「キャインキャイン」
破底魔:「さて、次にキャスター陣営ですが……正面切っての戦闘が苦手なキャスタークラスの割に、アーチャーと狂戦士化したマスターの猛攻から、ほとんど無傷で逃げおおせてます。
実際、最悪なまでに綱渡りのような展開でしたが、結果だけ見るともはや見事としか言いようがありません。これから、キャスターは陣地に引きこもって、しばらく兵力の強化に努めるのでしょう」
犬只野:「キャイーン」
破底魔:「では、今回の授業はここまで。ライダー陣営も先代セイバー陣営も、読者にまで最悪と言われているアサシン陣営も、いろいろと暗躍しているようですし、次は新しい展開が見られるでしょうね。では、次回も『おさえて、破底魔先生!』をお楽しみに!」
犬只野:「ワンワン」