とある公園の中央に、一人の戦士が佇んでいた。その戦士は女であった。つまりは女戦士、もしくは女武者、戦乙女と呼ばれる存在である。
 彼女は三つ編みにされた金糸のような頭髪に、最低限の部分だけを守るように拵えられた軽装の兜を被っていた。それも両耳部に翼のような飾りが付いているデザインの物であった。
 両椀部には手首から二の腕までを銀色の籠手が覆っていた。手は素手でであった。
胴部は、喉から胸のラインをなぞり、バスケットボールのような巨大な乳房を三分の二ほど覆っていて、背中は赤い紐が交差状に通って胴を固定していた。
また、鳥の爪を模した金の飾りを付けられた箇所以外厚みがなく、胸の形を扇情的に、さらにはその尖端の形すらもはっきりと浮かばせていた。
その事から直垂(ひたたれ・鎧の下に着る下着のような物。)の類を付けてないことが見て取れる。
腰部は胴部と同色の素材で作られ、コルセットにも似ていた。また、白い背中が胴を固定している赤い紐越しに見て取れた。また、鳩尾から股間までを金の飾りの付いたネクタイ状の前掛けが下がっていた。
そして、その胴には翼を切り取り赤い帯に縫いつけ、ぐるりと腰に巻いた腰裳(こしも)と一体化していた。これもまた鎧と同じ素材と思われる。
裾は太股(ふともも)までで、脚部鎧の間から白い太股が覗いていた。腰裳は肌にぴったりと張り付く素材のようで、臀部の形がうっすらと見て取れた。それもまた、胸部と同じくらい扇情的であった。
両脚部は白銀の脛当、大腿部には黒褐色の傘状に開いた立挙、ヒールの高い金属靴。そのような三つのパーツで構成されたロングブーツを履いていた。
これが、彼女の――ブリュンヒルドの戦鎧である。全体的に黒褐色の割合が多く、過剰なまでに露出が高い。
おおよそ実用性がないように思われるが、これは英霊の装備である。
零距離からの重機関銃のフルオート射撃でも傷一つ付かず、生中(なまなか)な魔術は弾き返す、神秘の一品である。


鎧を着ると言うことは、“戦”をすると言うことである。
彼女の精神(こころ)は鎧を着た瞬間、スイッチを押すように変った。同居人と食事をし、笑い合い、日常を謳歌していたブリュンヒルド(ブリュン)から、目の前が誰であろうとも、屠り、排除する、ブリュンヒルド(戦乙女)に。
彼女はジライヤを待っている。準備があるから、五分だけ待ってくれと言う“お願い”を受け取り待つことにしたのだ。
その間、彼女は公園に音消しと人払いの術式(ルーン)をかけていた。無論、ジライヤだけは公園に来ることができるように調整してある。

ブリュンヒルドは、思考に没頭していた。
(彼はやはり善人だ。こんな身勝手な願いを聞き届けてくれる。そして、わたしは悪人だ。自身の利益のために彼を利用している。
この戦いでわたしは変われるだろうか? 口調を変え、性格を変えた。だが、英霊であるわたしに変えられるのは表面のみだ。だから、こうやって、何かに没頭すると、
“私はこんなことでいいのかしら、こんな嫌な奴をやっていたら嫌われてしまうわ”……まただな……。
変ったのはうわっ面だけだ。今のわたしはまだあの頃の心のままだ。もし、今の状態で恋をしたら、彼が何かの間違いで浮気をしたら嫉妬に狂って殺してしまう。
そんな“病み”を抱えている。このような事ではシグルドに合わせる顔がない。彼もまた、このようなわたしに会いたくないだろう。…………ああ、思考がどんどん後ろ向きになっていく。速く来ないものか……)
ブリュンヒルドがそう思い、息を吐いた瞬間――公園が淀んだ殺気に満たされた。
(ッ………………! ……ふふっ、貴方はわたしの願いを誠実に聞き届けてくれる善人だ)
 見えないバトンを廻すように、右手首をくるりと一周させた。
 それだけで、彼女の相棒は顕現した。それは、闇のように黒く/物干し竿のように長く/矢印のように尖り/神秘の文字が刻まれ/隕鉄のように重い――槍であった。
 ブリュンヒルドは己が相棒を背後の敵に向けた。先ほどよりさらに黒く、重い、コールタールのように粘つく殺気を放っていた。
「……意外と速かったな」
「いや、何、遅いくらいじゃわい」
 まったく正反対の言葉を吐き、同じくらいの質量を持った殺気をぶつけ合った。

ジライヤの格好は先ほどより変っていた。黒ジャケットが使い古された忍装束に、ショッキングピンクパンツが脚絆に変っていた。
 いつもへらへらと笑い、好色な目をして覗きをしていたジライヤはもうここにはいない。鉢金の巻かれた額。その下の双眸から放たれる眼光は全てを凍り付かせるほどに鋭く、重く、冷たい。
 笑顔は無貌の仮面に、呼吸は息吹にすり替わり、その頑健な肉体は放出されるエネルギーで何倍にも強く、大きく見せていた。
 これが自来也。仙素道人の弟子。雷獸討伐者。義賊団首領。三竦みの死闘の勝者。そして蝦蟇忍者。
――これが闇を生きる自来也。これが怪仙童の自来也である――!

「始めるかの?」
「始めましょう」
 二人の言葉以外に音はない。風は凪ぎ、虫はなりを潜め、体重を移動させる音すらしない。
「何しに行ったか聞かんのか?」
「わたしの中では、辞世の句を考えていた、と言うことにしている」
 メリッ――――――――!
 そんな音がジライヤの顔面から出た。憤怒の余り表情筋と頬骨が軋んだ音だった。
「あまり年上をからかうモノではないぞ」
「年上と言うなら、元女神のわたしの方が年上だな。貴方は生きて数十年。わたしの方は数百年を軽く生きている」
 何時もの会話に聞こえる。会話文だけを聞けば、であるが。
声色はどこまでも固く、顔はにこりともせず、地面に至っては二人を中心に波紋が疾走し中心点では盛り上がりすらある。無論これは二人の殺気で起こったことである。
 二人は数泊置き、言った。
「合図は何でじゃ?」
「これで」
 そう言って取り出したのは、コイン――五百円硬貨である。
 コインの合図で西部劇風に『抜きな、どっちが速いか勝負だ』をしようという腹である。

「ええじゃろう。どちらが弾くかの?」
「貴方で」そう言い放ち、コインをジライヤに向けて弾いた。コインの煌めきすら視認できない――指弾である。
 それをあっさり指で挟み受け止めた。今まで、この公園で起きたことは、常人には踏み越えられない領域のものばかりであった。
 覗きに然り、大地の波紋に然り、殺気に然り。
 そして、二人が武器を取り、戦いの音楽を鳴らすという事は今まで以上の事が公園に起きるというわけである。
 互いに一撃のみと定めているが、その一撃でどのような被害が二人に公園に起きるか。最早想像すらできない。

 二人は今公園の中心から端に向けて歩いている。そしてぎりぎり端まで歩き――止まった。
 互いに向けていた背を返し、向き直る。公園の少ない光量でも、英霊の目にははっきりとその肢体が見えている。
 二人は同時に構えた。
 ブリュンヒルドは、胸が地面にすれすれになるまで、左肩をやや前に出すように前屈させた。そして己が愛槍を引き絞られた右腕、添えられた左手で、三メートルの槍をピタリと固定した。
 ロングブーツに包まれたしなやかな両足は、エネルギーを圧縮し、爆発の瞬間を待つロケットのように、全エネルギーを前に押し出すべく待機していた。
 ジライヤは、威嚇するように肩口に反射防止用の墨を塗られた忍者刀を大きく掲げた。そして左手を刃先に添え、ピタリと切っ先を敵に固定した。
その姿はさながら顎を大きく開き、威嚇する蛇のようであった。太く優れた筋肉によって構成された両足は、前後に開き、ブリュンヒルドと同じようにエネルギーを圧縮し、前に進むべく待機していた。
 二人の体はガンマンの銃弾で、大地は発射台にして拳銃である。
「………………………」/「…………………………」
 互いに無言。ここから先は言葉は要らず。ただ前に流れるだけである。
 ブリュンヒルドは、筋力B/耐久D/敏捷A/魔力A幸運Eの我が身に全力を傾け。
 ジライヤは筋力D/耐久D/敏捷B/魔力B/幸運Aの我が身を信じ抜き。互いに無言を貫く。

ジライヤの左足が音を出した。足袋を穿いた左足の親指でコインを上空に弾いたのである。
 赤い瞳が/黒い瞳が――大きく見開かれる。
 女の体が/男の体が――存在感すらもエネルギーに変え、朧になる。
 高く、高く弾かれたコインは放物線を描き、限界位置で失速――落下――接触。軽い音が公園に響き渡った
 ――――――ちぃん――――――――。

 「キァぁッ!」/「カァぁッ!」
爆音! 互いの足が接触していた部分が放射状に崩れた。
怪音! 切り裂かれた大気が啾啾と哭いた。
高音! 互いに接触した武器が想定外のエネルギーを与えられ、悲鳴を上げた。
 擦過音! すれ違った足から、土の溶ける音と繊維の千切れる音を出した。

「……………………………」/「……………………………」
 互いに無言。微動だにしない。“戦い”が軍配がどちらに上がったのかわからない。
 パッと、左肩に血の花が咲いた。咲かせたのはジライヤであった。しかし、少しばかり痛みに顔を顰めただけで、その顔に喜色を浮かべていた。
「わたしの負けか……。貴方の手癖の悪さを侮っていたな……」
 そう言いはなったブリュンヒルドの胸は外気に晒され、谷間からジュースや菓子類が零れていた。つまりは、鎧がないのである。
 もっとも消し飛んだのでもなければ、粉々にされたわけではない。紐が断ち切られて、ブリュンヒルドの前方の金網に引っ掛かっていた。
「まったく……勝負は一撃、と自分でいっておきながら、二撃繰り出すとは……なあ……」
 ジライヤの攻撃は紐を断ち切った時点で一撃。それ以上の攻撃は二回目の攻撃に換算される。しかし、ブリュンヒルドの声に怒りは含まれていない。

「ワシは忍者でもあるし、盗賊でもあるからのう。卑怯卑劣は当たり前。正々堂々真っ直ぐに勝負なんてほとんどしたことなかったわい」
 そう、言い放ち立ち上がった。蝦蟇油を塗った左肩からはもう出血はない。
 ジライヤはそうやって生きてきた。仙素道人の弟子として育てられるも、義賊団の首領になった。そう言う生き方を選んだ。善人であるジライヤは騎士や武士のように、正々堂々お立ち会いといった勝負をできず、仲間の為、民の為に卑怯と呼ばれることもした。
 だから、ブリュンヒルドに卑怯者と言われようと、友人の体に刃を突き立てることなど出来なかった――善人であるが故に。

だから、策を編んだ。出来る限り友人を傷つけず、気絶させるに留める方法を考えそれを実行した。
 まず、いったん離れて相手に考える時間を与えた――これにより相手は何か考えてしまう。特にブリュンヒルドのように、自分の在り方に嫌悪して、変える為に思考を廻してしまう相手は。
 次に考え事をしている最中に、殺気を放ちながら帰る――これにより、相手は思考を強制的に中断させられ、また殺気によってこちらが自分を本気で殺しに来ている、と誤認させることが出来る。
 三つ目に、少しばかりはなしをする――これは相手に思考を廻す時間を与えない為である。無論、この方法は相手が複数の事に集中できる技術を持っていたら、あまり使えない手であるが。
 四つ目に、互いに真っ直ぐ突撃していく状況である――これは、コインの合図。ブリュンヒルドの性格。本気で真っ向勝負したいという気持ち。もう、後には引けにという心理状態。それらを利用したのである。
 最後に運である――策としては、下中の下である自身の運を使った。自身の運のよさを信じ、槍の突撃をぎりぎりで避けたのである。
 これによって左肩に軽傷を負うだけに済み、忍者刀は刀身が粉になるだけで済んだのである。

「胸に色々入れていたから、貴女の柄での一撃は軽減できた……。カフッ……。しかし、これが刃での一撃だったら、生存フラグが立って、ケフッ、重傷を負っても死なずに済んだのかもしれない……」
 ブリュンヒルドは両膝を付き、激しく咳き込んだ。
「…………地味に痛くて、気絶できない…………」ガフゥ!
 本来なら胸骨への一撃の衝撃は、心臓を震わせ、心停止若しくは、不整脈などを起こし、ブリュンヒルドを気絶させたのかもしれない。しかし、巨大な乳房と谷間に入れておいた様々なもの(お菓子、缶ジュース、香水、財布、etc.)が鎧となりダメージを軽減させていた。
それによって、気絶することも出来ず、地味に響く疼痛に悶えている事になったのである。
「……貴方を巻き込んだ罰だ。この痛みは甘んじて受けよう。カハッ! そして、助平に出血大サービスだ。わたしを自由にするが良い……」
 そういい、仰向けに倒れた。気絶はしておらず、出血もなく、ただ胸の痛みに渋面を浮かべていた。

 じゃり、じゃり、と靴音をたてジライヤが近づいてきた。
(ああ、それでいい……。ジライっち。君は善人過ぎる……。ここで、わたしを陵辱でもして、その困った性分を治しておけ……)
 ブリュンヒルドは眼を閉じ、受け入れる覚悟をした。そして、すぐ近くで足音が止まり胸に手が伸ばされた。
(……………………………)
 ただ、黙ってそれを受け入れる。胸の谷間に何かが、すさまじいスピードで通過した。そして、吹き清められた谷間に蝦蟇油が垂らされたのである。
「なっ!」
 見開いたブリュンヒルドの眼にふわりと落ちるしろい手ぬぐいが映った。そして、ジライヤは後ろを向き立ち去ろうとした。

「どうして……?」
 ブリュンヒルドが疑問に思うのも無理は無い。助平が目の前の半裸の女に手を出さないのだから。
「痛みに呻く女を抱く趣味はないのう」
「……抱いて、と言えば? どうする」
「愛の無い契りは御免こうむる」
 至極、真面目な口調で言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フフフ、あはははははは!!!」
 ブリュンヒルドは爆笑した。笑いながら咳き込み、痙攣しながらも笑い続けた。
「どうした?」
「やはり、ジライっち。君は善人だ! 良い人だ! 最っ高だ! あはははははは!!」
「ワシは帰る。おやすみ・・・・・・」
 足を進めたジライヤに。
「ああ、さようなら! また会おう! あはっ、あはははははは!!」
 まだ笑い転げている、ブリュンヒルドに向かって踵を返し、こっち向け、と平坦な声で言った。
 ブリュンヒルドはその言葉に従い、ジライヤの方を向くと同時に額に鋭い痛みが走った。
「あいたっ!」
 でこピンである。
「笑いすぎじゃ。たわけ」
「ごめんなさい」
 ブリュンヒルドは笑うのをやめ、素直に謝った。

 今、ブリュンヒルドは一人である。掛けられた蝦蟇油で胸の痛みは治まり、鎧も回収し、水で胸を清めているのがちょうど終わったところである。
 ブリュンヒルドは鎧姿から普段着に戻ろうとした。自由に衣服の着替えが出来るのはサーヴァントとしての基本機能である。


 服を顕現し、帰ろうとした所で、止まった。下を見る。胸の谷間が見える。足下が見えないのは何時ものことである。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
しかし立ち止まった理由はこれではない。
――ブラジャーである。つけた覚えの無いシックな感じの黒ブラジャーが見えた。そしてその外側に来た覚えの無い服が見えた。
 メリーの普段着を黒くしてブリュンヒルドの体格に合わせたかのような服。アンティーク・ドールのような服。
 黒のゴスロリである。
 下腹部にも、違和感を感じシルクまみれのスカートを捲り上げると黒いショーツが見えた。これも穿いた覚えが無い。そもそも穿いていない。
 公園に一人たたずむ、黒ロリ女・・・・・・とてつもなくシュールである。
 恐ろしき、神秘の早業。どのようなことをすればここまで見事にすり返られるのか、全くの不明である。

ブリュンヒルドは、自分の服がすり返られたのだと、理解した。そして、ブリュンヒルドはこの贈り物を素直に受け取った。
「・・・・・・良い人だ。このような可愛らしい服まで、プレゼントしてくれるとは。これを着てシグルドに会うのも良いかもしれないな」
 恐ろしいまでのポジティブシンキングで、この恐ろしい服を着て家に帰ることにしたのである。

              《FIN》

  《蛇足》

 酔っ払いは腰を抜かし、やけにボロボロになった家主は硬直し、シグルドは気絶した事は蛇足である。なお、シャツとショートジーンズは畳まれて自室においてあった。
 なあ、この事件は黒ロリ事件として衛宮邸の闇に葬られた。
 さらに蛇足だが、エウロペはこの服を気に入り、着て出かけようとすると、全力でとめる孫と揉みあいになる様子が、衛宮邸の玄関で見られた。