鬱蒼とした森は、数十年に一度やってくる主しか招くことは無い。
森に張ってある結界を破れば別だが、それでは相手方に襲来を悟らせることになる。
そもそも魔術の知識に疎いライダーと、魔術師ですら無い慎二では結界を破れない。
「奇襲は意表を突き、なおかつ悟らせぬ事こそが肝要」
「……だからこその待ち伏せか」

森に入るための車道は、あっさり見つかった。森から遠い冬木市街に入るためには絶対に車を使っているに違いない。アインツベルン程の財力なら当然だと推測した慎二の眼は、草が刈り込まれ新しいタイヤ跡がある道を見逃さなかった。
「通り道に間違いないようだな。一通り森の周囲を回ったがそれらしいものは見当たらぬ」
そこでライダーはふんと鼻を鳴らした。
「敵に通り道を教えるとは愚昧なり。良将を抱えても、所詮は小娘か」

枯れ草が茶色く大地を覆っている。その中に慎二とライダーは身を潜ませていた。
草を編んで作った即席の隠れ家で、大陸最高の英雄と魔術師ですら無い少年は待つ間に会話をしていた。
「でも、良くお前承伏したよな」
「何がだ」
「マスター狙いだよ。お前ってプライド高そうだからそういう作戦とりたがらないかと思ってさ」
「たわけ」
一言で返すと、ライダーの視線は車道に戻った。
「弱所を突くことこそ兵法の基本、剣士と槍兵の弱点はあの小娘よ。何せセイバーを戦わせ、ランサーを傍に置いている時点で小娘は愚昧に過ぎる」
殺してやるのが情けだ。と言うライダーに、慎二が首をかしげて反論する。
「何でだよ。最優が前衛で戦うのは当然だろ」
「最初に手の内が知られてもか?戦えば自ずと明らかになる。おまけにあの剣士は弱点まで世に広く知れ渡っておるわ」
そこまで聞いた慎二は、ああ、と頷いた。
「……なる程。いいカードを最初に使い切る可能性があるってことか」
「分かってきたではないか」
そう言うとライダーは持っていた袋からあるものを取り出した。慎二も取り出して、口に運ぶ。
「……問題は」
あんパンと牛乳を装備した状態で、慎二とライダーは待ち続けるために身を潜めた。
「いつ通りかかるか、だよな」
「待つことも兵法よ」
林道は未だ静けさを保ち、誰一人として通りかかる気配は無かった。



遠坂の屋敷はあちらこちらが傷ついていた。外見に穴が無数に開いているだけにとどまらず、家を支える柱自体が歪む程に攻撃を受けている箇所も多い。
「下手をすれば家ごと建て替えないといけないかもしれないな」
士郎がそう言う程に屋敷の損傷は大きかった。おそらくアーチャーの襲撃はこの家を拠点として使えないようにする為の意味もあったのだろう。
「そうなるにしても、とにかく役に立つ物は全部持ち帰るんだから、協力して貰うわよ。みんな」
遠坂凛がそう言った先には軍手をはめて様々な道具を持った四人がいた。
「はい!頑張ります!」
「洋館というものは一度入ってみたかったからな。期待させて貰うぞ」
「先生!拾った物は持って帰っていいですか!」
「……面倒ね。全部焼き払おうかしら」
「三枝さんありがとう。無理はしないでね。氷室さん。悪いけど今の遠坂邸は見せられるような状況じゃないわ。
却下よ蒔寺さん。小銭一枚でも拾ったら家主の私に届けること。あとキャスター、そんなことしたら最初にあんたから聖杯戦争の脱落者になってもらうわよ!?」
一気に言い終えると、遠坂凛は家のドアを開けた。
「トラップは全部解除してあるけど、良く分からないところは私を呼ぶこと。いいわね?」

家の内部も、外見が語るように相応の被害を受けていた。
「あーあ、高そうなアンティークまでぶっ壊してる。英雄なら文化も大事にしろよなー」
蒔寺楓の言葉通り、テーブルや家具なども被害を受けていた。エーテルで構成された矢はその身を残さず、テーブル上の陥没だけがその破壊を物語っていた。
「むっ。しかし妙だな」
「何がだ?氷室」
「弓矢のことは分からないが、ああいう傷にはならないのではないだろうか」
氷室鐘の指差す先には大きく亀裂が走った壁があった。確かに大きく抉れた傷や裂傷は矢では説明が付かないだろう。同じような傷は屋敷のあちこちにあった。
「それは多分バーサーカーの仕業よ」
傷ついたテーブルを片付けながら、遠坂凛が毒づくように答えた。
「あいつお構いなしに戦うもんだから、あちこちが壊れたのよ……令呪で何か恥ずかしいことを命令してやろうかしら」
突然ぼそりと妙なことを口走る遠坂凛に、思わず士郎達の背筋が冷え込んだ。猫かぶりをやめたこの少女ならやりかねない。
「ブラックキングは冷凍怪獣じゃねえぞ」
「何か言った?蒔寺さん」
「蒔ちゃんは遠坂さんと仲良しになれて嬉しいんです。遠坂さん」
三枝由紀香は倒れた椅子を元の位置に直して、微笑んだ。
「え?」
「由紀っち?」
「こんな大変なことになっちゃったけど、遠坂さんの色んな表情が見られて私嬉しいです」
「あ、あのねえ。そんなこと言ってる場合じゃないと思うけど」
「だって、遠坂さん口調がいつもと違ってるから」
「……むう。猫被る私も結構お気に入りなんだけど」
「くるくる表情が変わる遠坂さんも私好きですよ」
そう言ってほにゃっと笑う彼女に対し、周囲の目は当然言われた相手を視界に入れた、
「なっ、なっ、なっ何言って「むっは~!!由紀っちをたぶらかすかー遠坂!!ゆるさーん!!」」
「たぶらかすの意味も知らない癖にそう言うことを言うなー!!」
やいのやいの騒ぎながら攻撃してくる楓に対し、凛は中国拳法の技法で抵抗する。
そんな傍目から見たらじゃれあいのような姿を見ながら三枝由紀香は―――何かに気づいた。
それは違和感だった。それは25メートルプールの中に浮かべた一つのビーチボールのように、たいしたことのない、しかしどうしても感じる違和感。
壁の一部を払いのけ、しゃがみこんでテーブルの裏側に目を向ける。

「―――?」

テーブルの裏側には、セロハンテープで固定された黒っぽい機械が貼り付けられていた。
「遠坂さん。これ何だか分かる?」
蒔寺楓を必死で捕まえ、二の腕で拘束している遠坂凛にそれを見せた。
「捕まえたわよこのバカ豹!……何それ、私そんなの知らないけど」
「ぐぐぐっ……家電とかじゃないのか?」
捕まったまま口を開いた楓の言葉に、凛は首を横に振った。
「いいえ。私の家はそういうハイテクは極力排除されてるわ」
怪訝な物を見る目で、凛は眼前の小型機械を見つめていた。


「……盗聴器に気づいたか」
拠点にしているワンボックスカーの中で、アサシンは舌打ちするまでも無く受信機のスイッチを切った。
「遠坂邸に仕掛けた機械に気づかれたぞ」
その言葉に、バゼットは視線をアサシンへ向けた。
「これで、遠坂邸への“耳”は利用価値が皆無になりましたね」
助手席に座るバゼットの言葉にアサシンは軽く頷いた。
「状況は俺達にとって―――実に素晴らしい」
そう言うと、アサシンはサブマシンガンの弾倉をガチャリと装填した。
「連中は盗聴器を仕掛けられていると気づいてはいる。だがそれだけだ。ミスリードを誘うこともせず、警戒するにとどまっている―――連中が無能なのは大いに喜ぶべき幸運だ」
仮にだが、盗聴器の存在に気づき、こちらを誘い出す罠を張られたら厄介だったろう。
狂犬や魔術師に狙撃兵が正面から勝てる筈も無いからだ。
「彼等が他のマスターに情報を流す可能性は?」
「メリットは?」
「デメリットが大きいですね。いずれの陣営ともやがては戦わなくてはならないのに、貴重な敵の情報を流すことは無い。仮に流せば……」
「俺達を低く見る連中が出てくる―――まっとうな魔術師なら科学技術は使わない。使う奴は三流、そう思う連中が魔術師には多いんだろう?」
「ええ―――そして、私達と同盟を『結んでやろう』と考える連中が出てくる。そういうわけですが」
「労せずして間抜けな同盟者(捨て駒)が手に入る」
そこでアサシンは無表情な顔を、それでも引き締めた。
「だが、ただただ低く見られては共倒れになる可能性もある。適当な兵隊が必要だな」
そこでアサシンは幾つもある受信機のスイッチの一つを入れた。
「……そろそろキルスコアも必要だ」



「……どうしよう」
間桐桜は、衛宮邸に行く道を歩き続けていた。歩数的に言えばとっくに着いている。
そうならないのは桜が衛宮邸の近くに来ては、引き返すといったことを繰り返しているからだ。
公園での一件から、衛宮士郎とは会えなかった。連絡も取れていない。

……当然だ。自分で会わないようにしているのだから。

兄に暴力を振るわれ、魔術師同士の暗闘が行われている今の状態でも、桜は衛宮士郎に無事でいて欲しかった。
明日になればもうあの少年の生きている姿を見ることは永遠に無いかもしれない。しかも、それが自分が喚んだ英霊の手で為されるかもしれない。
……それだけは阻止しなければならない。だが、ライダーも兄も聞く耳を持たない。
いつもこうだ。何か持っていたら奪われ、何かを守っていれば汚され、逃げることも出来ない。
結局自分は諦めるだけなのかもしれない。だけど、今度ばかりは諦めたくないという自分がいるのも確かなのだ。
眼前に目をやると、曲がり角が見えた。あれを曲がれば懐かしい衛宮の屋敷に辿り着く。
そのまま立ち尽くした時に、突然に声をかけられた。

「あれっ、間桐?」

振り返った先には、蒔寺楓と氷室鐘、そしてキャスターのサーヴァントがいた。


商店街に存在する喫茶店、その一角のテーブル上では、心配する桜と、大丈夫だと返す二人、そして無表情で茶を飲んでいるキャスターがいた。
「それで、皆さんお怪我は無いんですね?」
「心配性だな間桐は。見ての通り怪我は無い」
「常識はドンドン削られていってるけどさ」
そこで楓は注文したコーラをぐいと飲んだ。
「あのっ、本当にすいません。兄さんがあんな事をするなんて」
たまらずに謝罪する桜に、楓がばつの悪そうな表情になって問を投げかけた。
「ワカメの奴はまだあたしらを狙ってるのか?」
楓の言葉に、桜が押し黙る。それだけで答が分かった。
鐘がううむと唸って頭を抱えた。
「まずいな……いくら衛宮に匿ってもらっているとは言え、このままで良いはずが無いしな」
「え……?」
鐘の言葉に桜の目が大きく見開かれる。
「ああ、騒動が終わるまで、衛宮んちに住んでるんだよ。あたしら」
楓の言葉に、桜は今度は身を乗り出した。
「そそそ、それって同せ「んなわけあるかあ!!この美身に汚れた毒牙は指一本とて触れさせん!!」」
「言葉の意味と使い方が間違っているぞ蒔の字……それに同棲と言うが間桐、君も通い妻をせっせと行っているのではないかね?」
「か、通い妻!?そ、そんなこともありますけど」
顔を紅くした桜に鐘はにやりとチェシャ猫のように笑った。
「ふむむ。興味深いな。なあ、間桐」
「い、いじめないでください……」
赤くなった桜は目を回転させながら懇願した。その顔色が徐々に戻っていくにつれて、ぽつりと言葉を紡いだ。
「あの……お聞きしたいことがあります」
「ん?なんだ」
「……衛宮先輩は私……達のことを何か言ってませんでしたか」
桜の言葉に、楓はああ、と頷いた。
「そーいや、衛宮がぼやいてたな。ワカメに電話が繋がらないって。家にも携帯にも。やっぱり知り合いだから心配してんじゃね?」
「そう、ですか」
ようやくそれだけを絞り出した桜は、頼んだカフェオレをゆっくり口に含んだ。
「桜、だったかしら」
その言葉は、今まで何も喋らなかったキャスターから発せられていた。
「は、はい」
返事をする桜に対し、キャスターは無表情に呟いた。
「我慢、ご苦労な事ね。でも現状は悪くなるだけだと思うわ」
「―――!?」
「キャスターさん、何を言って……」
「我慢しかせずに結局は破滅した人物を知っているわ……似ているのは雰囲気くらいで良いでしょう。何でもいいから抗うくらいはやってみなさい」
そこまで言うと、キャスターは持っていたカップをテーブルに置いて席を立つ。

「―――助けを求めれば応えてくれそうな相手はいるでしょう」

それだけ言い残すとキャスターは店外に出た。外では先程から降っていた雪が積もり、静かな銀世界となっている。
「キャスターさん、何言ってるんだ?」
「……なにやらいつもと違って積極的だったが……ん?間桐?」
桜からの返事はない。本人は目を落として俯いていた。
「間桐?」
鐘の言葉に身じろぎもせず、桜はテーブル上のカップを見つめ続けていた。
喫茶店から見える景色は、既に雪が化粧を施し、この土地には珍しい銀世界を作り出そうとしていた。



枯れ草が敷き詰められていた野原は今では銀世界が広がっていた。その中からカチカチという音がするが、それに気を止める人はいなかった。
寒さで歯の根を鳴らしながら、間桐慎二はアインツベルンの主従を待ち続けている。結果は出ていないが。
枯れ草を編んだドームにも雪風は吹き込み、震えながらも慎二は悪態をついた。
「ま、ま、まだこないのかよ畜生……」
「待つのも兵法じゃい」
事も無げに言うライダーは、携帯電話(勿論慎二の物)をいじっている。古代の英雄が現代の機械を扱う姿に思わず慎二は口を開いた。
「お前大昔の人間だろ?ケータイなんかいじって何が楽しいんだよ」
ライダーは携帯電話を慎二に返し、言葉もまた返した。
「本当に便利な時代だな。儂のいた時代では連絡手段は伝令かあるいは狼煙で伝えるぐらいしかなかった」
だが、とライダーは前置きする。
「それさえあれば命令が瞬時に伝わる。時間差による状況の変化で混乱する心配は無い。人伝による間違いも心配は無い。いくらでも状況の確認が出来るからだ」
「知ってるよそれくらい。通信機器の発達が戦争の形態を変えたってのはミリタリー雑誌だかで見たことがある」
ふむ、とうなずき、ライダーは携帯電話を見つめる。
「儂の仮初めの肉を動かしているのは魔の力だが、それを使えぬ人民が研ぎ続けた科学も侮れぬ」
そう言うと、ライダーは宝具である大刀を手に取った。
瞬間、斬撃が一閃した。
周囲の枯れ草と雪が一瞬で吹き飛ばされ、ライダーと慎二の姿が露わになる。ライダーの視線は車道に立つ人影に注がれていた。
白一色の服装に身を包んだ背が低い男に対し、ライダーは一瞬たりとも気を抜かない。

ライダーは大英雄である。
普通の方法では殺せない豪傑を相手にした敵はそれでもどうにか自分を殺そうと掃いて捨てる程多数の暗殺者を送り込んできた。一人も成功しなかったが。
その自分に対し、これ程の距離までに接近するという絶技を見せたこの男の力はどれほどのものか。
警戒しすぎてもしすぎることはない。
ライダーの緊張にあてられたか、慎二もライダーの傍らに立ったまま一言も口をきかない。
少しの間の沈黙は、出現したサーヴァントによって破られた。
「警戒しなくてもいい」
「それを判断するのは儂らだ」
「そうだな。なら言い方を変えよう。少なくとも俺に戦う意思はない。君たちに接触した理由は一つだ」
「……なんだよ?」
警戒する慎二に対し、白影のサーヴァントは理由を口にした。

「同盟を組まないか?」


衛宮邸のテーブルに、中央に置かれている小型機械があった。
それを凛は渋い顔で見ている。由紀香や士郎も難しい顔で機械を手にとって観察していた。
ふすまが開き、帰ってきた客人に士郎は目を向けた。
「おかえり。どこに行ってたんだ?」
「少しね、ところでそのカラクリに関して分かったことは?」
キャスターの後から入室した鐘と楓も、機械を囲むようにテーブルに座った。
「やっぱり、盗聴器か?以前見た映画でそんな機械が使われていた気がするけど」
「盗聴器か……遠坂嬢、聞くがストーカーに悩まされているといったようなことはないのかね?」
「そうだったらまだ安心できるけどね……」
凛は機械を指でつまんで親の敵でも見るように睨み付けた。
「明らかに聖杯戦争がらみよね。コレ、私の家を監視していたのかしら」
「だとしたら、一体誰なんだ?」
「暗殺者でしょうね」
士郎の疑問に答えたキャスターは、そのまま言葉を続けた。
「彼等は常に最新の技術を取り入れて仕事に当たるものだから」
そこでキャスターは出された茶を飲み、一息ついた。
「かつて砂の国の老翁達は呪術を扱ったそうだけど、それだけ扱っていたわけじゃ無い。使える物なら何でも扱うのが暗殺者よ」
「暗殺者って……あの時イリヤを銃で狙った奴か」
セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、そしてバーサーカーとキャスター、消去法でも残っているのは一騎しかいない。
「『銃』で、『暗殺』かあ……」
「盗聴器を平気で使えるアサシンって、誰なのよ」
「……そういうことか」
頭を抱える凛に対し、楓はふむふむと頷きながらビシッと人差し指を立てた。
「何よ。蒔寺さん」
「アサシンの真名が分かったぞ」
その言葉に、全員の目が楓を注視した。
「本当か!?」
「まかせたまへ天才工兵。アサシンの真名は―――リチャード・ニクソンだ!!」
「……根拠は?」
断言する楓に対し、鐘が尋ねた。楓はふふんと鼻を鳴らす。
「世界で最も有名な盗聴事件、ウォーターゲート事「銃を使う根拠は?」……む、わからんちんめ。奴は海軍に入り、戦闘要員とはならず補給士官に任命され、アメリカ海軍でも最高のポーカーの腕を……あれ、狙撃関係無くない?」
「機械を扱えるのだから、近い時代の人物だな……暗殺……リー・ハーヴェイ・オズワルドなどどうだ?」
「三枝さんは姿を見たのよね?どんな格好だったか覚えてる?」
「シカト?ひょっとしてあたしいじめられてる?」
楓は泣くぞこらー、といいながら、士郎に梅干し攻撃をしかけた。当然士郎は抗議する。
「イダダッ、なんで俺なんだよ?」
「遠坂は怒らせると怖い。メ鐘も怒らせると怖い。由紀っちも怒らせると怖い」
「消去法かよ。だからって梅干しはやめろ!それより他に意見は無いのか!」
その言葉に楓は攻撃を止め、うーむむ、と背伸びをして考えた。
「銃で暗殺……狙撃……狙撃兵ならいっぱいいるけど……」
「狙撃兵?特定できそうか?」
「できるわけねーだろ。第一次世界大戦の頃から数えてウィキっても著名な狙撃兵なんて、世界中で三十人以上はいるぞ」
「そりゃそうか……なあ、三枝が見た人影はどんな格好していたんだ?」
話を振られた由紀香は、思い出しながら口に出した。
「えーっと、何かこう、白っぽい格好していたと思う」
「白色?」
狙撃兵は隠れ潜むことが役目の筈だ。必然的に服装も目立ちにくくなる。だが、白などという光を反射しやすい色の服装をしていたら逆効果ではないだろうか。
「―――いや、ちょっと待て。由紀香。そいつは雪国の兵士かもしれない」
いつになく真面目な表情で、楓が口走った言葉に全員が反応した。
「蒔寺?」
「ちょっと待ってろ衛宮。今頭が冴えてるんだ。あんにゃろに呑まされた宝具だかの効果かもな」
「―――大丈夫か!?」
聞き捨てならない言葉に血相を変えた士郎に、楓は無言で頷いた
「頭が冴えてる以外に特に変わったところは無い。それよりキャスターさん、サーヴァントだかは基本的に服装は召喚された当初から変わらないんだったな?」
「ええ。アインツベルンのお嬢さんは従者に現代の服を着せていたようだけど、基本的な姿は変わらないわ……なる程、雪国なら白い服でも頷けるわね」
「北欧やロシアのスナイパーかもな。それも冬期迷彩が必要な程の極寒の戦場で名を馳せた英雄か……それならかなり絞り込める。あたしの推察によれば―――」
自身気に言う楓に、いつになく驚いた様子で鐘と由紀香が見ていた。
「凄い……蒔ちゃんが輝いてる」
「うむ。これが宝具の効果とやらかもな……いや、あるいはこれが蒔の字の本気……?」
驚く二人に対し、楓は再び力説する。
「つまり―――西から昇ったお日様が東に沈むのでこれでいいのだと言う訳だよ!」
「あっ、元に戻った」
楓はそこまでで、オーバーヒートをおこしたように、ぷしゅーと頭から湯気を出して机に突っ伏した。キャスターが頭に手を当て、納得いった表情で呟いた。
「宝具の効果で軍略に関する閃きと洞察力が強化されたようね。この様子だとあまり無理はしない方が良いわ」
「やはり宝具の力だったか……」
「普段使ってないだけあって、衛宮君の無茶より酷いかもしれないわね」
「言い方が酷いですよ……」
「俺さりげなく引き合いに出されてるし……」
「こ……これでいいのだはんたいのさんせい~」
楓は反論する気力も無く、目を回しながら意味不明のうわごとを呟き続けていた。



曇天の空の下、森中に存在するアインツベルンの出城は、戦場となっていた。
「ッ!!!!!!!!!!!」
ライダー=関羽雲長が大刀を振りかぶり、霊馬の疾駆によってランサー=ブリュンヒルドに接近した。
美貌を曇らせるまでも無くランサーは槍を構え、吠える。
「させると思うか!」
「おうよ。できんでどうする」
大刀が横薙ぎに走る。直撃すればランサーの細い腰はあっという間に輪切りにされるだろう。
瞬間、虚空に炎が生まれた。それは空中をなめるように霊馬に騎乗しているサーヴァントと、その背後に捕まっている少年に向かっていく。
「どわちちっ!ライダー!」
「おっと、まずいな」
赤兎馬が後方に撤退し、火焔は地面を焼くに止まった。そのままライダーとランサーは睨み合う。
「何やってるのよ。ランサー」
僅かな沈黙はランサーの小さな主によって破られた。小さな頬を膨らませている姿は愛らしくもあり、微笑ましいとも言える。
「そいつは大した英雄じゃ無いわ。多分マスターが無能なんでしょ。ステータスは平均よりちょっと上回るぐらいよ」
「な、なんだとこのガキ「ほっとけ、油断させておけば楽で助かる」」
慎二をなだめるライダーの目は、イリヤスフィールの傍らに佇む青年に向けられる。
視線に気がついた剣の英霊は、怪訝な表情でライダーを向いた。
「何か用か?」
「いや、ようやく自分の弱さを理解したかと思ってな」
激昂は剣の英霊では無く、槍の英霊だった。ルーンが彫刻された大槍は神速の突きを持ってしてライダーの喉元を狙った。それをライダーは大刀で受け止める。
戦乙女は瞳を怒りに燃やし、ライダーとの鍔迫り合いをしながら気炎を吐いた。
「我が夫への侮辱は槍の一撃で返してやろう。ここでその小僧もろとも串刺しにしてくれる!!」
ライダーは無言で大刀に力を込める。ランサーが僅かに体勢を崩した瞬間、赤兎馬が跳躍し、更に後ろに下がった。それを見てランサーの瞳が嘲りの色に変わる。
「達者なのは口だけか!キーナの英霊!」
「やめるんだ。ブリュンヒルド」
挑発する戦乙女を諫めたのは少女に付き添う魔剣の主だった。
「そいつの言い分に俺は今何も返せない」
瞬間、セイバーの手が動き、中空を飛ぶ『何か』をつかみ取った。拡げた掌にはひしゃげた鉛弾が鎮座していたが、それはエーテルの塵に雲散霧消する。
「あの暗殺者の攻撃から俺はイリヤの側を離れない程度のことしか出来ない」

アサシンは間違いなく殺しに長けた英霊だ。そして殺されないことにも長けている。
数回の攻撃は数回とも失敗したが、発射した場所が判らないだけではなく、判ったとしてもセイバーには為す術が無かった。イリヤの側を離れれば間違いなくアサシンはイリヤを殺すだろう。あの飛翔によって空を切り裂く音以外何も感知できない弾丸は恐るべき脅威だ。
そして、イリヤを連れて探し回れば隙を見せた瞬間にイリヤを殺すだろう。こんな時程自分の獲物である帯剣を恨めしく思ったことは無かった。飛び道具ならばまだ戦い方もあったろうに。
セイバー=シグルドにできる事は、その身体を盾にすることだけだった。

「―――そんなこと「ハッ、ざまあないね。古代人の英霊ごときが調子に乗るなよ」―――!!!」
慎二の侮辱は戦乙女の炎を容易に燃え上がらせ、その槍はライダーの主従に向いた。
「こ、言葉に武器向けるなんて大人げないな。文句があれば口で言えよ」
「言葉が少ないのだ。何せヨーロッパとか言う化外の化外にある地の野人じゃからのお。顔は良いのに残念」
慎二の言葉に乗るようにライダーが侮辱し、それが更にランサーの怒りに油を注いだ。歯を食いしばって怒りの表情に変貌するランサーを前に、ライダーは鼻息も荒く言葉を出した。
「何か文句あるか?わしは当時から続く超大国で文化の中心、中国の英霊。お前らは洞穴で踊って生肉かじってたゲルマンだかフン族だかの英霊。高等文明人と猿くらい差があるわい」
長々としたイヤミに、慎二がとどめを刺した。ランサーをなるべく見ないようにしながらだが、

「や、や、や~い。エテ公」

「―――いいだろう。肉片に変えてやる」
表情から感情の全てが欠落した状態で、ランサーが槍を構える。それは炎を纏っていた。
ライダーは一瞬後の攻撃を前に、少しも表情を変えずにこう言った。

「間抜け」

鉄板の上に無数の小石を落とすような音が響いた瞬間、幾多の火線が殺到した。
英霊にとっては豆鉄砲、しかし少女一人を殺めるには十分過ぎる攻撃に、ランサーはライダーへの攻撃態勢をすぐに解く事が出来ずに、自らの良人が身体でマスターを庇う光景を見ることしかできなかった。
「シグルド!」
思わず叫んだ真名に、セイバーは全身に銃弾を浴びせられながら笑って返す。
「この程度屁でも無い。それより、頭を冷やせ。まんまと乗せられてるぞ」
「―――」
その通りだ。返す言葉もない。火線の発射場所と思われる城の屋根の上には、撃ち手を失ったマシンガンとか言う現代の武器が転がっている。自分がライダーに乗せられている隙にいつの間にか城まで接近した暗殺者は、好きなだけ弾丸をバラ撒くと、さっさと撤収したらしい。

―――シグルドがいなければ、イリヤは殺されているところだった……!!

自らの醜態に自分自身に怒りそうになるが、その暇も惜しいとばかりにイリヤの位置まで跳躍し、槍を構えた。
「来るならば……」
来い、と言い終わる前に目を丸くした。敵である騎乗兵の姿は影も形も無い。

暗殺者が奇襲に失敗したことでさっさと退却した。
それだけの事だが、非常に腹だたしいことに違いは無く、溜め込んでいた剛力を、地面に鬱憤と共に突き刺す。
地面が陥没し、亀裂が放射状に拡がったところで、息をついた。ホムンクルスの少女に顔を向けた。
「すまないイリヤ、私の落ち度だ」
「気にしなくてもいいわ。どんな敵が来ようとセイバーとランサーの二人がかりに勝てる英霊なんていないもの」
事も無げにイリヤはふふんと笑った。
「それにしても中国最大級の英雄も本当に零落れたわね。鼠の攻撃が失敗したら簡単に逃げちゃった」
イリヤの言葉に、ランサーとセイバーは顔を見合わせた。二人とも怪訝な表情をしている。
そして、口には出さないが思っている事も同じだった。セイバーが口を開く。
「なあ、イリヤ。あいつらどうもあっけない割に手際が良すぎる。少し用心しておいた方がいいかもしれない」
「平気よ」
有無を言わせない調子で断言するイリヤは、二英霊への信頼で満ちあふれていた。
「悲願を叶えるのは私達アインツベルンよ」
でも、と句切る。
「城に居るのも飽きたわね」


「もしもし、あんたか?『仕込み』は終わったよ……本当にアレでいいのか?」
森林から脱出したライダーと慎二は、奇襲を『予定通り』に失敗した後で、アサシンのマスターである魔術協会の執行者に連絡をしていた。
携帯電話から聞こえる声はうら若い女性のものだがそれがかなりの武力を持つ存在であることをライダーはとうに見抜いていた。当然慎二にもその事は伝わっている。余程のことを除いては直接接触するべきではない。このような時に携帯電話とやらは非常に役に立った。
『協力感謝します。マキリのマスター、それでは次に備えて今は休んでいてください』
「OK」
そこまでで通話は終わった。携帯をしまいながら、慎二はライダーに話しかけた。
「あれでうまくいくと思うか?まあ、最優と最速を順当に始末するならあの方法が一番だとは納得するけどさ」
「今はあやつらの好きにさせておいてやろう。暗殺者の手練手管を見る事が出来るからな」
ライダーの表情には油断は欠片も無く、これからの作戦を確認し始めた。