セイバーとは、数多の英雄豪傑が集う聖杯戦争において最優と称される剣士のクラスだ。
 というのも、神話や叙事詩に語られる英雄の武器として聖剣や魔剣の類がメジャーであること、そしてそれを持つ英雄は往々にして実力者であることが挙げられる。
 言ってしまえば、主役級の実力者が多く名を連ねるクラスがセイバーなのだ。

 例を挙げれば、聖剣エクスカリバーを持つアーサー王や、その部下である湖の騎士ランスロット、太陽の騎士ガウェインといった円卓の騎士たち。
 同様に、フランク帝国を修めたシャルルマーニュ帝とその部下であるパラディンたちのような、名のある騎士たちは枚挙に暇がない。
 神話に目を向ければ、悪竜殺しの魔剣使いシグルドや、メデューサ退治で名を馳せたペルセウスのような剣士たちもいる。
 他にも“諸王の王(シャーハンシャー)”キュロス二世、巨人殺しの闘士ベオウルフ、日本最強の神殺しヤマトタケル……
 ざっと思いつく名前を挙げていくだけでも、セイバーというクラスに該当する英雄たちのレベルの高さがよく分かる。

 それだけではない。クラススキルによって付与される高い対魔力も、魔術師の戦争である聖杯戦争において大きなアドバンテージとなる。
 どんな状況でも、どんな相手でも、そつなくその実力を発揮する英雄たち。
 故に最優。
 幾度となく行われた聖杯戦争で、常に最後まで勝ち残ったという実績も頷けるというものだ。



 だが――――それを知っているからこそ、バーサーカーは戸惑いを隠せずにいた。

 バーサーカーは、理性と引き換えにその力を引き上げた狂戦士のサーヴァントだ。
 故に本来、まともな思考は一切できなくなるのが道理。
 しかし今回の聖杯戦争でバーサーカーのクラスに収まったのは、ケルトの魔人クラン・カラティン。
 ただ『怪物である』というだけの理由で狂戦士の座に宛がわれた『彼ら』の狂化適性は非常に低く、多少劣化こそしているものの、正常な思考力を残していた。

 だからこそ、『困惑する』などという狂戦士にあるまじき現象が起きる。
 無理もない。彼らの眼前に立つセイバーは、あまりにも最優という言葉からは程遠い有様だったのだから。


 ひとまず、背は高い。
 体格も良く、そこだけは戦士らしいと評価できる。

 だが、装備があまりにもみすぼらしい。

 体を守る鎖帷子は、まだ戦いも始まっていないというのに砕けている。
 無理やり体に巻き付けたそれは、その巨体の右半分しか覆えていない。

 右腕に握る剣は、もはや剣と呼んでいいのかさえ疑問であるほどの有様だ。
 なんと、錆びている。
 刀身全体が赤錆に覆われ、刃物としての特性を完全に失ってしまっているのだ。
 左手で構えた盾だけはまともな代物のようだが、他の装備がこれでは盾の性能も推して測れるというものである。

 そしてなにより――――この剣士からは、一切の覇気が感じられないのだ。
 戦士にあるべき力強さという物が、微塵も感じられない。

 体は大きい。大きいが、それはただ大きいだけだ。
 評するのならば、ウドの大木。
 ただ大きいだけの、あまりにもみすぼらしい剣士がバーサーカーの前に立っていた。

「おまえ」「おまえはセイバーか?」「本当に?」「おまえがセイバーなのか?」

 バーサーカーの体のいたるところに位置する28の口が、次々に疑問の声を上げる。
 まさに怪物としか言いようのない光景だ。
 頭から、腕から、足から、臍から、胸から、ありとあらゆる部位から様々な声色で喋るのだから。
 だが27人の息子を取り込み、その肉体を自在に操る異能を持つ彼にしてみれば、この程度は造作もないことである。

 肝は据わっているのか、それとも恐怖で感覚が麻痺しているのか、セイバーは黙って赤錆びた剣を顔の高さに掲げて見せ、振り払った。
 いかにも、この剣が証拠である――――黙したまま、セイバーはそう肯定したのだ。

「そうか」「セイバーか」「おまえが」

 バーサーカーが、28本の棘槍を構える。
 槍というよりは棘の密集体という方が正しいその武器は、それを握るバーサーカーの肉体をも傷つける。
 だがそれを微塵も気にすることなく、バーサーカーは血を滴らせながら臨戦態勢に入った。

「ならいい」「死ね」


 もとよりこの身はバーサーカー。
 そもそも頭脳を働かせるような性質ではなく、その上劣化した思考でこれ以上考えてもしょうがない。
 相手が弱い分には問題はないのだ。
 ただ、万力をもって仕留めてしまえばそれで終わりなのだから。

 大地を踏み砕き、バーサーカーが放たれた弾丸の如く突進する。
 否、弾丸などという規模ではない。あらゆるものを粉砕するこの猛進は、大砲の弾とでも表現するのが相応しいだろう。
 自らの血を撒き散らし。28対の腕と28本の槍を持つ怪物が躍り掛かる。

 ―――――28閃、同時攻撃。

 その一つ一つが必殺であり、28を合わせて必中と化す。
 並の英霊では防ぎ得ない、怪物の一撃。
 28の群体ではなく、28の『個』による攻撃がセイバーに迫る。

 対するセイバー、鎖帷子で覆われた右半身を前に向け、剣の切っ先を地面に向けて迎え撃つ。
 盾を持つ左腕は、前に突き出しつつも腰の高さまでグイッと下げて。

 かわし得ない、防ぎ得ない。
 木偶のようなこの剣士では、神代の怪物に対抗し得ない。
 次の瞬間には、28の槍がその身を貫いて果てるだろう。


 ―――――――――――その、はずであった。


「――――――――――!」

 歌うような音と共に、無言の一閃。いや二閃。

 巻き上げるように剣で10の槍を払い、
 押しのけるように盾で15の槍を払い、
 体捌きによって帷子で3の槍を受け流す。

 僅かに2つ、帷子を切り裂いた槍がセイバーの身を傷つけるが、あまりに浅い。
 じくりとした痛みが――――恐らくバーサーカーの能力であろう毒がセイバーを襲うが、耐えられない範囲ではない。
 セイバーの顔が一瞬だけ激痛に歪むが、損傷らしい損傷と言えばその程度。
 毒であるのならば長時間放置するのはマズイかもしれないが、それでも今のところは戦えないほどではないのだ。
 木端のようにはじけ飛ぶはずのセイバーが、バーサーカーの必殺を退けている――――――


「ばかな」「貴様」「ふざけるな!」「こんなことが」「ありえない」「そうだ!」「ありえない」「ありえない!」

 バーサーカーの慢心、それは間違いなくこの現状を生み出した一因ではある。
 だが、それだけでは説明がつかない。
 たとえバーサーカーが慢心しようと、仮にセイバーが守りに長けた英雄であろうと、この状況はあり得ない。
 故にバーサーカーは困惑する。
 狼狽を隠しもせず、口々に言葉を零す異形の戦士。
 その姿を見て、あまりに不可思議なセイバーは――――

「―――――――――――――――」

 不敵に口元を吊り上げ、嘲るような視線でバーサーカーを見た。
 どうした、こんなものか――――目が、口ほどにそう語る。

「――――――ッ!」「舐めるな」「舐めるんじゃあない!」

 バーサーカーはその挑発に耐えられない。
 強者としての自負、戦士としての誇り、そして狂化による短絡的思考。
 明らかな格下に舐められるという屈辱に、耐えられようはずもない。

「我らを!」「クラン・カラティンを!」「舐めるなよ、雑魚がァァァァァァァァァ!!」

 そして再び始まる、バーサーカーの猛攻。
 その攻撃は明らかに精彩を欠いているが、怪物の戦闘とはえてしてこう言うものだ。
 ただ圧倒的な膂力に任せ、28の槍を振り回す。
 槍がかすりでもすれば毒血による激痛が相手の肉体を苛み、それでなくても28の槍が同時に襲い掛かってくるというだけで十分な驚異足りうるだろう。

 ―――――――だが、それでも。

 かすり『しか』しないのだ、バーサーカーの攻撃が!
 その毒血は、確かにセイバーの体力を奪っているだろう。
 だがあり得ない。どう考えてもこの現状は起こり得ない。
 何十何百という攻撃を、この木偶が全て凌ぐなどという状況があり得ていいはずがない。



 ――――理由はある。
 バーサーカーには何一つとして理解できない理由は、確かに存在する。

 怒りに我を忘れたバーサーカーの攻め手は乱雑に過ぎる。
 それもある。
 それこそ理性が剥奪される高ランクの狂化なら、また話は違っただろう。
 だが低ランクの狂化によって思考が短絡的になっただけのこのバーサーカーは、通常のバーサーカー以上に無駄が多い。

 そもそもセイバーが守りに長けた戦士である。
 それもある。
 彼の戦闘スタイルは、ジッと耐え続けて反撃の機会を伺うカウンタースタイル。
 低ランクとはいえ見切りスキルを保有していることもあり、戦闘が長引くほどその守りは堅固となる。

 そして、これが最も大きな理由。
 この期に及んで、バーサーカーはいまだにセイバーの実力を見誤っている――――
 ……セイバーの保有する固有スキル佯狂は、自らのステータスをEランク相当と誤認させる特殊スキル。
 怒り狂うバーサーカーがこの秘密に気付けるはずもなく、彼らは未だにセイバーを脆弱な木偶の棒だと誤認しているのだ。

 獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすという。
 だがそれは、兎を狩るための全力だ。
 兎と馬の狩り方は同じだろうか。いや、そんなわけはない。
 倒すべき敵には適切な倒し方があり、それを間違えている限り真の意味での全力を尽くすことなど到底できるはずがない。

 今のバーサーカーの状況はそれだ。
 敵を兎を見誤り、その兎を狩れぬことに怒りを募らせている愚かな獅子だ。
 これではセイバーを倒せない。
 荒れ狂う槍は無様に空を切り、吠え猛る咆哮は虚しく響くのみ。

「おおおおおおおおお!」「このッ!」「このォッ!!」

 28の槍が、思い思いに突き出される。
 幾度となく繰り返した、必殺の槍撃。必殺のはずの槍撃。


 ああ――――なんと、哀れな事だろう。

 このバケモノは、未だにそれを必殺だと思わずにはいられないのだから――――!

「――――――」

 7の槍を剣で払い、
 12の槍を盾で払い、
 9の槍を紙一重でかわして見せる。

 ――――もはや、かすり傷すら拒絶する。

 またしても成らない必殺にバーサーカーは歯噛みし、殺意と憎悪の雄たけびをあげる。

「ああああああああああ!!」「なぜだ!」「なぜ当たらない!」「この!」「このクラン・カラティンの槍が当たらない!」

 苛立ち紛れに振るわれた追加の一撃。
 セイバーはそれもするりと剣でいなし、流れるように距離を取る。
 槍を払う時、剣が歌うように高い音を発した。

 直後、剣に集まる魔力。

「なっ」「これは」「貴様!」

 ―――――膨大な魔力は剣の錆を剥がし、純色の魔力へと変換して刀身に取り込んだ。

 ぱり。
 ぱり。
 ら、ら、ら。

 ―――――ただの攻撃ではあり得ない、膨大な魔力の奔流がセイバーの錆びた剣に注ぎ込まれている。

 ぱり。
 ぱり。
 ら、ら、ら。

 ―――――赤錆びた剣が、その真の姿を露わにする。歓喜の歌を歌いながら。

 ぱり。
 ぱり。
 ら、ら、ら。

 ――――――――――ぱり。



「させ」「るかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 開けた間合いを詰めるバーサーカー。
 だが、遅い。
 どうしようもなく、遅すぎる。
 セイバーは不敵に笑い、あたかも弓を引き絞るかのようにグイっと剣を固く握りしめ、後方で構えた。

 剣――――――赤錆が剥がれ、美しき刀身を取り戻した魔剣を。

 毒血の苦痛に脂汗を浮かべ、しかしそれでも好機に笑う。

「――――――――――――遅いよ、バーサーカー」
「っ」「なに?」

 初めてセイバーが口を開く。
 沈黙を保ち続けたセイバーの言葉に、バーサーカーの思考が一瞬停止する。
 その一瞬の空白に、魔剣の歌声が滑り込む。

 それは魔剣。
 沈黙の王子が振るう歌う魔剣。
 そう、彼の名は沈黙の王子ウッフェ。
 そして、二人の戦士を両断したというその魔剣の名は―――――――――!



「歌え――――――――――――――――――『赤錆鞘翅(スクレップ)』!!」



 ―――――――――――――瞬間、世界が両断された。



「が」「はっ」「くそっ」「畜生め」

 バーサーカーの数多の顔が、思い思いの悪態をつく。
 もう、彼にできるのはそれだけだ。
 どんな異形の怪物でも、真っ二つに斬られてしまえば死に至る。
 その宿命からはクラン・カラティンでも逃げられず、故に両断された彼は消え去る定めにあるのだ。

「―――――――――――」

 セイバーは、ウッフェは、再び口を閉ざして剣の血を払った。
 歌う魔剣は再び赤錆に包まれ、勝利を讃えるように短く歌う。

「ああ、くそ」「負けたか」「勝てなかった」「悔しいな」「悔しいよ」

 バーサーカーが光の粒子となり、消えていく。
 両断され、倒れ伏すバーサーカーたちは空を見上げ、あるいはどこか遠くを見据え、言葉が宙に溶けていく。

「セイバー」「なぁセイバー」「歌えよ」「歌ってくれないか」「我らに歌を」「それで送ってくれ」
「――――――――――――――――――」

 それが、最期の願い。
 吟遊詩人に謳われ続けたケルトの戦士の死に、歌が無ければ始まらない。終われない。
 だからバーサーカーは歌を乞い、セイバーはそれに応じるように剣を振るった。
 一閃、二閃、数多の剣舞。
 振るうたびに剣が歌い、勇壮な歌でバーサーカーを送り出す。

「ああ」「悔しい」「悔しいが―――――」

 いよいよ体が薄れ、バーサーカーが消え去る直前。
 28のクラン・カラティンは同時に目を閉じ、そして同時に呟いた。

「「「「「次は負けん」」」」」

 ひょう、と。
 錆びた剣が歌うと共に、神代の魔人が粒子に溶けた。